In The Groove

a beautiful tomorrow yea


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世界的水準で見て、銀座の欠点は、明らかにスカイラインの低いことである。
道路の点は、パリだって、ローマのお洒落通りヴィア・コン・ドッチだって、車の往来にイライラする窄い通りはいくらでもあるが、屋根の低さだけはどうにもならない。どうして「銀座百点」あたりが気をそろえて、十階建平均の下駄穿きビルを建て、町に秩序と重厚さをもたらさないのか、これもふしぎのひとつである。



売ってるものがあんなに精選され、ウィンドウ・ディスプレイがあんなに洗練されて来ているのに、銀座が安手な感じを与えるのは、屋根が低いせいである。銀座が世界の銀座になるには、今のようなゴミゴミした感じを払拭しなければダメである。そのためには、「銀座の柳」的情緒主義、低徊趣味を、思い切って捨て去らなければダメである。

三島由紀夫著<青春の町「銀座」(『銀座百点1961年81号>より




自由な世界、幸福な世界、のある世界




前回のブログは、テーマを「番外編」に決め、いつものように、シャンパン片手に、気まぐれに綴ったのだが、隠しテーマは「資本主義と社会主義の対立」だ。ソビエト連邦の崩壊は、日本経済のバブル崩壊と同じ1991年まで遡るが、今世界が注視するロシアのクリミア侵攻の行方は、1979年のアフガン侵攻にも似た、ソ連時代の闇をイメージさせる。



そんな闇にをもたらしてくれるような「」をイメージしながら、現在の「クリミアの春」から時空をワープし、1968年の「プラハの春」を背景に、執筆されたクンデラの小説『存在の耐えられない軽さ』(1984年)がふと脳裏をよぎったのだ。そして、同小説を原作に映画化された同名作品にフォーカスしてみたが、何が幸せなのか、また、人生の重さ軽さ」に言及するのは俺の趣味ではないので、



資本主義の象徴である<ニューヨークの摩天楼>をはじめ、夢の世界ハリウッド>、そして贅沢で洗練された旅行雑誌<コンデナスト・トラヴェラー>のファッション寄りツイート、アメリカン・ドリームを実現させたスーパーモデル<シンディ・クロフォード>、そしてハリウッドとの蜜月が、成功の後押しをしたファッション・デザイナー<ジョルジオ・アルマーニ>のドレスなどなどに注目し、軽~くまとめてみた。



結局、何が言いたかったのか、それはシャンパーニュの未来図でもなく、男女間の恋愛に抱く幻想でもなく、前々回のブログの最後で取り上げた、終わりなき旅を続けるミック・ジャガーの、2004年の曲“Old Habits Die Hard”の冒頭<僕は「自由」になれたと思った>に繋げたかった、ただそれだけ。




サッポロ銀座ビルの建替




周知のとおり、銀座5丁目角のランドマーク『サッポロ銀座ビル』(1970年開業/10階建)が、ビルの老朽化に伴い、今月末を最後に、建替えとなり、2016年に12階建ビルとして開業予定だ。
■写真は、数年前のクリスマスシーズン、ソニーのサイバーショットで撮影したサッポロ銀座ビル。



同ビルの1階には、日産のショールームが入り、最上階の10階にはサッポロビールのパーティルーム(宴会場)が、地階にはサッポロビールのビアホールライオン」が入居している。大学時代の俺は、日本を代表する社交倶楽部を中心に、ホテルの高級フレンチでウェイターの派遣アルバイトを体験したが、



それは例えば、銀座の「交詢社」(現バーニーズニューヨーク銀座)、霞ヶ関の「三井倶楽部」、丸の内の「日本工業倶楽部」などなど、全部は書かないが、例外的に、サッポロ銀座ビル10Fのパーティルームにも派遣されたのだ。これらのアルバイトの時給は平均1500~1600円で、繁忙期が2250円~2400円だったと記憶している。大学時代は、親からの援助で、お金に困ることは一切なかったが、社会勉強のひとつとして、日本経済のバブル期に夜な夜な行われていた、大企業のパーティに集まる人々の横顔を眺めながらのアルバイトは、とても貴重な体験となった。

■写真は、数年前にサッポロ銀座ビルから撮った銀座4丁目交差点角の和光。


そんなバブル期の記憶に残るサッポロ銀座ビルが、ビルの老朽化の問題で、建替えになるのは、甚だ寂しい限りなのだ。当時、日産ショールームのコンパニオンと会話したり、一緒に飲んだ美しい記憶もぼんやりと残ってはいるが、退廃的な暮らしを送っていた大学時代、記憶に残るお酒といえば、サッポロ黒ラベルの生ビールだ。シャンパン愛好家の俺にも、ビールの時代が存在していたのだ(笑)。



東京都心は、昔も今も変わらず、俺の遊び場であることに変わりはなく、地図がなくても、どこに何があるのか、変遷の歴史も踏まえ、ほとんど把握している。俺が生まれた1970年代以前の東京を除いて、ね。




銀座にはなぜ超高層ビルがないのか




先日、(東京生まれ、慶応大学文学部卒の)竹沢えり子著『銀座にはなぜ超高層ビルがないのか』(2013年11月初版/平凡社)を斜め読みしたのだが、シャンパン片手に読むにふさわしい、軽いタッチの、とても面白くて、興味深い内容の本だった。



同書には、全銀座会組織図をはじめ、銀座まちづくり年表銀座町名の変遷図中央区基本構想による地区ゾーン分け1991年時点の銀座の金融機関分布図ほかが紹介されており、とても興味深い構成となっており、現在、銀座のすぐ近所に住む俺にとって、過去の記憶を辿る意味でも、とても参考になった。



また、「二〇〇三年夏、松坂屋と森ビルによって、二百メートル近い高さの超高層ビル計画が銀座に提案された。しかし、本当に超高層ビルは必要なのか?」という見出しが、ニューヨークの摩天楼をはじめ、現代建築に興味がある俺の「好奇心」と「知識欲」をくすぐったのだ。



とはいえ、ブログ冒頭で引用した三島由紀夫の銀座への想いもそうだが、森ビルによる「松坂屋銀座店」(銀座6丁目)の超高層ビル化は、「銀座ルール」問題と対立し、実現不可能となったのだ。2008年には、「銀座デザインルール」という小冊子も発行されている。

銀座らしさ」の定義はともかく、銀座にふさわしくない店舗は、銀座から撤退しているようだが、その代表例は、ファストフードの「マクドナルド」や「森永ラブ」だろうか。それぞれその跡地には、「グッチ銀座」と「GU(ユニクロ)」が進出している。ここで、ユニクロには言及するつもりもないが、近年、ファストファッション「ZARA」「H&M」「GAP」(写真:上)ほかの銀座進出により、10代の若者が銀座に足を運ぶようになったのも事実だ。

■写真は、数年前のバレンタインデー・シーズンに、アルマーニ銀座タワー(銀座5丁目)のワインラウンジでシャンパンをいただいた際、眼下の銀座4丁目交差点の和光と三越


一方、大手ファストフード店の銀座からの撤退だけではなく、店舗のデザイン変更を余儀なくなれたのが、ソニービル、アルマーニ銀座タワー、ディオール銀座などの世界的なブランド企業が立ち並ぶ銀座5丁目の、晴海通りに面したドラッグストア「マツモトキヨシ」だ。同書には、<ネット上では「日本一、悪い景観」に掲げられ、来街者から不満の声も届くなど、頭の痛い問題となっていた>とある(笑)。



確かに、あの悪趣味な黄色い看板のそれは、銀座には場違いに映るが、最終的には、グレーをベースとしたすっきりとしたシンプルなデザインに変更された。ユニクロもそうだが、お金があれば、何でもできるといった風潮はナンセンスであり、何の価値もない、中国で大量生産される、ユニクロの服の宣伝に、ハリウッドスターや外国人モデルを起用し、延々と繰り返し流されるテレビCMにも、うんざりするのは俺だけではないはずだ。高級で洗練された日本を代表する街<GINZA>に、ユニクロは不要であり、同企業にふさわしい、安っぽい街は、例えば新宿とか、他にいくらでもあるはずだ。



同書から、「銀座ルール」の内容を一部抜粋すると、



銀座通り、晴海通りなどで、建築面積が100㎡以上の建物を建てるとすれば、総床面積の半分以上を商業用途にすれば、容積率は800%に300%のボーナスがついて1100%、歩道の広さは5.5m以上あるので高さは56m、壁面後退は20cmで傾斜制限はなし。同じく並木通りなど14.55mの道路幅員の通りに面した道では、容積率は200%緩和、最高高さは48m、壁面後退は30cmということになる。

■数年前に撮影したシャネル銀座(銀座3丁目)のウィンドウ・ディスプレイ。

銀座にはなぜ超高層ビルがないのか」、その答えは「銀座ルール」に隠されているが、銀座の良いところは、ニューヨークのような超高層ビルがないため、圧迫感がないところだと思うが、俺の希望は、三島由紀夫同様、銀座全体の超高層ビル化だろうか。俺が現在住んでいる中央区の超高層マンションから、銀座方面を見渡しても、銀座に超高層ビルがないため、土地勘がない人であれば、超高層階に住んでいても、銀座がどの辺りなのか、分からないはずだ。一部、ネオンが輝いているため、予想はつくとは思うけれど・・・。

バブル期の銀座は、今と変わらず素敵だったが、右を見ても、左を見ても、銀行や証券会社ばかりで、90年代のバブル崩壊以降、それらは外資系ラグジュアリーブランドの銀座進出により、様変わりし、洗練されていった。まるで、銀座の街が魔法にかかったかのように、ね。

それは夢じゃなくてひとつの場所だったの。そして、あなたも、あなたも、あなたも、あそこにいたのよ。でも、そんなことありっこないわよね? あれは本物の、本当の生きた場所だったわ。思い出すとあんまり素敵じゃないこともあったけど、でも大抵は素晴らしかった。

―映画『オズの魔法使い』のドロシーの台詞より



同書の中から、印象的だった一節を紹介したい。



最後になるが、バブル崩壊後、銀行は統合されて数を減らし、かつて銀行のあった場所は、地価が安くなるのを待って進出してきた外資系ブランドの旗艦店に姿を変えていった。こうしてバブル期よりもバブル後のほうが、銀座通りの街並みは華やかになる、という皮肉な結果となった。




Have a nice day!

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