In The Groove

a beautiful tomorrow yea

In The Groove In The Groove
In The Groove In The Groove In The Groove
In The Groove In The Groove In The Groove
私はいつも自分をびっくりさせている。

人生に生きる価値をもたらすのは、それだけだから。

―オスカー・ワイルド




自信のないメトロセクシャルは価値がない。自信の鍵となるのは知識である。自分自身を知り、自分の力を知り、弱点を知ることである。それは、持つ人持たない人のいる特殊な資質ではなく、本人の心の持ち方である。“が人生なのだ。

―マイケル・フロッカー





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進化するスーパースターDJカルヴィン・ハリス

 

1934年生まれのジョルジオ・アルマーニが、7月11日に83歳の誕生日を迎えたばかりだが、その50年後の1984年に生まれたのが、他でもない英国のスーパースターDJカルヴィン・ハリス>その人であり、現在はロサンジェルスの街を眼下に見下ろすウエスト・ハリウッドのプール付き大豪邸に住む33歳の天才音楽プロデューサーだ。 

 

彼のサクセス・ストーリーに関しては、2014年12月29日(日)付ブログ“EMPORIO ARMANI for Calvin Harris”(テーマ: 音楽)の中で詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。周知のとおり、彼はジョルジオ・アルマーニのセカンドライン<エンポリオ・アルマーニ>の2015春夏キャンペーンの広告にも起用された。

 

 

カルヴィン・ハリスの新作<FUNK WAV BOUNCES VOL. 1

 

2013年(当時の年収約68億円)から4年連続で、米雑誌『Forbes』が選ぶ<世界で最も稼ぐDJ>ランキングで1位に輝いているカルヴィン・ハリスが、前作『Motion』(2014年)から3年ぶりとなる5枚目のアルバムを先月30日に、

フィジカルコピー(CD)及びデジタル配信で同時リリースしたのだ。

 

新作の特徴はいくつかあるが―、

 

まず1つ目。新作には、ジジ・ハディドちゃんをMVに起用した“How Deep Is Your Love”(2015年7月)も、当時の恋人<テイラー・スウィフト>が作詞で協力し、リアーナをフィーチャーさせた“This Is What You Came For”(2016年4月)も、そしてカルヴィン・ハリスが作詞作曲し、自ら歌い上げる“My Way”(2016年9月)も収録されておらず、別コンセプトのアルバムになっている点だ。

 

2つ目。前作までは、女性ヴォーカル(全部は書かないが、例えば、“We Found Love”でリアーナ、“I Need Your Love”でエリー・ゴールディング、“Sweet Nothing”でフローレンス・ウェルチ)をフィーチャーし、自らヴォーカルも担当するなど、リスナーの感情に訴えかけてくるような、洗練されたハウス・ミュージック一辺倒の作りであった一方、

 

新作では自ら歌うこともなく、主にアメリカの黒人ミュージシャン(HIP HOP/R&B)ばかりを起用したアメリカ市場を強く意識した、従来のディープなハウス・ミュージックとは一線を画す、(アルバムジャケットそのままの)夕暮れ時のビーチで聴きたくなるような、チルアウト系のトロピカルなハウス・ミュージック・サウンドに仕上がっている点だ。 

したがって、前作までのカルヴィン・ハリスの音楽を期待して、新作を手に取ると面食らってしまう音楽ファンも少なくないはずだ(笑)。新作のタイトル『FUNK WAV BOUNCES』に注目すると、<FUNK><WAV>BOUNCES>の3つに分かれるが、音やビーチの波を意味する単語は<WAVE>だが、同タイトルは<WAV>になっているように、同アルバムには、色んな意味で“Eが足りないサウンドに仕上がっているのは明白だろう。それが“Electonica”なのか、“Ecstasy”なのか、Edge”なのか、“Emotion(感情)”なのか、“Epoch”なのか、“Experiment”なのか、“Exploration”なのか、“Evolution”なのか、その解釈は人それぞれだろうが、唯一本作をうまく形容できるそれは“Enjoy(楽しい)”だけだろうか。

 

近年、異なる音楽ジャンル毎の化学反応が功を奏し、成功している。そして今回、カルヴィン・ハリスが新作に黒人ミュージシャンばかりを起用したわけだが、その20組の面々の名前を見て、時計の針が逆回転したような感覚に陥ったのは俺だけだろうか。この流れは、カルヴィン・ハリスと人気を二分するデヴィッド・ゲッタの近年(2009年及び2011年)のアルバム制作での起用にも似たそれだが、この2人は共にデヴィッド・ボウイに影響を受けている。

 

今回の起用でまず目に留まったのが、黒人ではないが、5曲目“Prayers Up”にフィーチャーされたカナダ人のA-トラック(35歳)だ。なぜなら、彼はカニエ・ウェストのツアーにも同行するなどしていたDJのひとりであり、俺のブログでは、今から11年前となる2006年4月6日付ブログ“Forever ever? Ever, ever? Ever, ever?”(テーマ: 音楽)で取り上げた人物だが、あの日は雨が降りしきる中、横浜BLITZまで足を運んだのだ、カニエ・ウェストの日本公演<Touch The Sky Tour 2006>のために。カニエ君は今ではすっかり過去の人となり、音楽家ではなく、ファッションの人と呼ばれるまでに落ちぶれた感は否めないが、あの当時の彼は正に時代の寵児だった。

 

付け加えるならば、同公演で紹介されたのが、今のアメリカを象徴する超売れっ子のファレル・ウィリアムスその人だ。1973年生まれで、現在44歳の彼は遅咲きのミュージシャンだとも言えるが、ダフト・パンクが2013年にリリースしたアルバム『Random Access Memories』でコラボし、彼は世界的に名が知れ渡るまでに至ったよね。彼を知らない人には、彼もカニエ同様、ファッションの人だと思っている人も少なくないかもしれない。

 

そして、今から24年前となる1993年に、アルバム『Doggystyle』でデビューを果たしたスヌープ・ドッグが懐かしい今日この頃でもあるが、当時俺は大学生だったが、同アルバム収録の“Who Am I? (What's My Name?)”は未だ鮮明に憶えている。1971年生まれのスヌープ・ドッグは現在45歳であり、ハリウッドのB級映画にもよく出演している。

 

要は、カルヴィン・ハリスが、このアメリカを代表するラッパーでもあるファレル・ウィリアムスとスヌープ・ドッグを新作に同時起用し、アルバムタイトルの<FUNK>からも想像できるように、今作はEDMとは距離を置いた、或る意味、抜け感のある、70年代及び80年代風を意識したような、チルアウト系トロピカル・サウンドを創り上げたのだ。自ら歌うことも作詞することもなく、作曲、プロデュースに専念しているのが特徴だ。

 

もう2つ補足するならば、以前のブログでもオススメした<フランク・オーシャン>(29歳)が同アルバムのオープニング曲“Slide”で、2曲目“Cash Out”にはケンドリック・ラマー率いるブラック・ヒッピーのメンバーのひとり<スクール・ボーイ・Q>(30歳)が、9曲目“Faking It”にはカニエ・ウェスト繋がりの<リル・ヨッティ>がそれぞれ起用されているのだ。

 

そして今回参加した女性陣に目を向けると、3曲目“Heatstroke(熱中症)”にはアリアナ・グランデ(24歳)が、7曲目“Skrt On Me(スカート・オン・ミー)”にはニッキー・ミナージュ(34歳)が、8曲目“Feels”にはケイティ・ペリー(32歳)がそれぞれフィーチャーされている。

 

歌詞に注目しても、意外と面白い。例えば、1曲目にはピカソの有名な絵画「パイプを持つ少年」に、ゴヤールのバッグ、2曲目にはフェラーリロレックス、3曲目にはアルマン・ド・ブリニャックのシャンパンイエローダイヤモンドポルシェエルメスのバーキン、4曲目にはグッチエミリオ・プッチメルセデスクリードの香水、7曲目にはエミリー・ブラントの名前も。

 
 

 

最後になるが、カルヴィン・ハリスの新作は“遊び”心に溢れた万人受けするオススメ作品だ。続編があるとも考えられるが、同作品は、収録曲名の“Holiday”や“Heatstroke”が象徴するように、中毒性のある心地良い向けのスイートレゲエ(例えば、キャロル・トンプソンの名曲“Free”)を私的にはイメージさせるアルバムゆえ、「熱中症にくれぐれも気を付けて、(昼間ではなく)夕暮れ時に聴いてほしい。Enjoy!」なのだと、俺は勝手に解釈している。今作は、“魔法”でも何でもなく、凡人には真似できないただの“遊び”であり、進化する彼がクリエイトする音楽の断片にすぎないとはいえ、次回作が今からとても楽しみだ。

 

Have a nice day!

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イタリアの現場では、仕事が終わったらその場でみんなでワインを飲んで家に帰っていきます。片や日本はまっすぐ家に帰る。どちらが面白い人生を歩んでいると言えるでしょうか? イタリア人は生まれた時から生活は楽しむものだと思っているのです

 

イタリアの経済は正直、破綻寸前と言ってもいいですが、ファッション、フード、インテリアなど、生活文化にまつわる企業は今も元気いっぱいです。イタリア人たちは生活を豊かに楽しむためにはお金を惜しみません。ですから国も会社も個人も、みんなお金を貯めず、すぐに使ってしまいます。一方、日本人は先行きに対する不安からお金を貯めこみます。企業は内部留保、個人は貯蓄に走ってお金を使いません。長い人生を考えた時に、はたしてどちらがよいでしょうか。考えてみるのも面白いと思います。

 

イタリア人の美に対するこだわり、そして誇りにはすごいものがあります。小さい頃からコロッセやパンテオンを見て、ミケランジェロが近くにある生活を送ってきた人たちだからでしょう。現場の職人たちもそうです。だから、私は彼らの仕事、誇りに対して敬意を払います。彼らは、できあがった建築に強い愛着を持っています。自分たちのつくっているものが美しいもの、そして生活のために役に立つと信じている。アルマーニの建物も、完成してから15年が経っていますが、今もきちんと手が入っていて、ピカピカですよ。

安藤忠雄(雑誌『GOETHE』2017年1月号より)

 

2018年夏メンズ・ミラノコレクション

 

ミラノ・ファッションウィークが、先月16日から20日まで開催され、全部は書かないが、

 

17日にエンポリオ・アルマーニ、18日にフェラガモ、モンクレール・ガムブルー、ディースクエアード、19日にジョルジオ・アルマーニ、フェンディのショーがそれぞれ行われた。

 

ショー以外のプレゼンテーションとして、17日にジミー・チュウ、ブルネロ・クチネリ、キートン、カナーリ、ジュゼッペ・ザノッティ、ラルフ・ローレン・パープルレーベル、18日にサントーニ、エトロ、トッズ等々。

 

私的に最も気になった同ファッションウィークのイヴェントが、現地時間17日夕方にアルマーニホテルのバーで行われたパーティだ。なぜなら、エンポリオ・アルマーニのショーにモデルとしてデビューを果たしたのが、俺のお気に入り元祖スーパーモデルのひとり<シンディ・クロフォード>の息子だったからだ。

この話題は、国内外のファッションニュースでもほとんど取り上げられていないが、あれからもう17年もの歳月が経過したのかと、私的には驚きと共に嬉しいニュースだった。

 

そして本日、7月1日(土)を迎えたが、早朝には、東京都心の上空は雲に覆われ、梅雨らしい鬱陶しい空模様が広がっており、小雨が降っていた。ここ10数年、朝のルーティンとなって久しいモーツァルトのクラシック音楽をBGMに選択し、日経新聞に目を通したが、同紙1面には「香港が英国から中国に返還され20年を迎えた」と。3面には「iPhone発売10年」、そして5面の「5月家計調査」・・・レジャーに関しては「支出増」である一方、衣料・外食に関しては「根強い低価格志向」で、消費はまだら模様だと形容されていた。 

とはいえ、先々月ブログで取り上げた銀座の巨大複合商業施設「銀座シックス」の売り上げは好調のようだ。消費における二極化現象とも言えるが、それはよいことではないのか。

 

ところで、岡田暁生著『恋愛哲学者モーツァルト』のまえがきは、<モーツァルトは「語る」ことが本当に難しい作曲家である>で始まるが、ファッションはとりわけ「語る」ことが比較的易しいそれだと俺は理解している。 

俺のファッション熱は、小学生の頃に目覚めたが、具体的なブランド名を挙げるならば、中学時代にコム・デ・ギャルソンの黒シャツに袖を通し、高校時代にラルフ・ローレンのボタンダウンシャツを愛用し、大学時代にはエンポリオ・アルマーニのジャケットを羽織り、就職活動にはラルフ・ローレンの真面目なネイビースーツで挑み、成人式にはジョルジオ・アルマーニのスーツを身に纏い、それ以降、俺のワードローブはほぼ100%が“MADE IN ITALY”のモノで溢れかえっており、地球上にこれ以上の製品は存在しないとも断言できるが、アルマーニに限らず、メンズファッションにおいて、イタリアを超えるような洗練されたファッションを創出する国は存在しないのが現実だろう。成熟したラグジュアリーブランドの市場でね。

 

付け加えると、俺自身、世界中の大都市を旅したが、最もお洒落な人がいるのは、他でもないイタリアだった。あの独特のお洒落の感覚は生れ育った環境のおかげなのかもしれない。ニューヨークやロンドン、パリにもお洒落で洗練された人はいたが、ミラノの伊達男たちのそれは特別だった。

 

「知識のあるえり抜きの人々」は「表示が控えめな製品、繊細でいて特徴的なスタイル、目立たない高級ブランド」を好むことがわかった。

―ハーバード・ビジネス・レビューのコラム「非顕示的消費に対抗する高級ブランド」より

 

             コラム<ダメリーマンが着ている「スーツ」3つの残念な特徴>         

 

そんな矢先、先日Yahoo!ニュースで目に留まったダイヤモンド・オンラインのコラム“ダメリーマンが着ている「スーツ」3つの残念な特徴”は、メンズファッションに無知な、結婚相談所の(60歳前後と思われる)おばちゃんが書いたそれであり、それについた怒り?のコメントが647件にも上り、その炎上ぶりが殺気に満ちていて面白かった(笑)。先述した日経朝刊の衣料に関する「低価格志向」はさておき、同コラムに対しての、俺の意見をまず述べたい。

 

彼女が書いたコラムはナンセンスだと前置きしておくが、スーツを購入する際・・・「サイズ感が大事」という部分は正しい一方、間違っているのは、「吊るし」のスーツに関しての知識の無さだろう。

 

普通体型であれば、ほとんどの男性は、百貨店をはじめ、セレクトショップ、量販店に並べられた既製服(プレタポルテ)のスーツは良かれ悪かれ似合うはずだ。極端な痩せ型や肥満型でなければ、ね。付け加えるならば、スポーツをやっていて、胸筋や肩回り、そして太ももが異常に発達した方々もまた、既製服の選択は厳しいかもしれない。したがって、彼女が例を挙げた「オーダーメイド」の某仕立て屋のスーツは4万円と異常に安いのが魅力的なのかもしれないが、普通体型の男性が「オーダーメイド」でスーツを仕立てる必要性など全くないのだ。安いオーダーメイドのスーツが一部の男性の間で流行しているようだけれど・・・。

 

安価なスーツを身に纏った成功例は、フランスの若き大統領マクロン氏の格安スーツだろう。参考までに、そのネイビースーツはフランスの「ジョナ シー(JONAS ET CIE」のもので、価格は340ユーロ(約4万1000円)だとWWD紙で紹介されている。付け加えるならば、彼のスタイルの特徴は、そのネイビースーツにナロータイを合わせている点であり、それゆえ、モダンな印象を与える一方で、大統領らしからぬカジュアルテイスト(粋がった印象を与えるかもしれない)のその遊び心がアンバランスゆえ、トゥーマッチなスーツスタイルだとも言えよう。

したがって、サルコジ元フランス大統領のプラダのネイビースーツにネイビータイのスタイルは退屈だった一方で、クラシックで普遍的なそれだったのかもしれない。

ブリオーニを身に纏った元気なベルルスコーニが懐かしい今日この頃だ。 

コラムに話を戻すが、この筆者はスーツをかっこよく着こなすルールのひとつとして、「サイズ感」にフォーカスし、「プレタポルテ(既製服)」ではなく、「安価なオーダーメイド」をお薦めしたまでは理解できるが、後半部分では、ニューヨークの弁護士事務所を舞台にしたアメリカドラマ「SUIT」の中で、エリート弁護士で高収入な主人公が身に纏っているトム・フォード(アメリカ)のスーツを、ビジネスマンにお薦めのスーツだと紹介しているのだ(俺のブログで、5、6年前に取り上げた同ドラマのそれだね)。

 

そして、同ブランドをはじめ、ブリオーニアルマーニラルフ・ローレン等々、4ブランドの名前を挙げ、「自分の目指す収入に合わせて、スーツを選んでみてください」と提案しているのだ。私見だが、ラルフ・ローレンのスーツはないと思うが、同ブランドの最高峰モデルの「パープルレーベル(イタリア製)」であれば、上質の生地に縫製も素晴らしく、1着50万円前後するため、先述した3ブランドと同価格帯になるとはいえ、この価格帯のスーツを日常的に何着も着回すビジネスマンの想定年収は3000万円以上だろうね。それに超高級な・・・シャツ、タイ、靴、バッグ、腕時計、クルマ、住居等々を合わせるとなれば、理想の年収は1億円か!?

 

そう、647件(RT時点)のコメントにも興味本位からすべて目を通したが、ヤフー!のコメント欄に書き込みするくらい、みな暇人なのだろうが、ラルフ・ローレンを除いて、他の3ブランドをすべて所有している人は皆無だと思われ、それぞれのスーツに袖も通したことがない人がブランドイメージや雑誌などで得た知識で書き込んだそれなのだろう。トム・フォードのスーツは悪くはないが、英国調スタイル(チェンジポケットが特徴)で、イタリアのブランドに置き換えると、エルメネジルド・ゼニアと同等(もっと詳しいことも書けるが、長くなるので今回省略する)であり、それ以下でもそれ以上でもない、ただそれだけ。したがって、トム・フォードのスーツが、ブリオーニやキートンのスーツ、ハンドメイドラインのアルマーニより、色んな意味で、上であることは100%ないことは、ファッションに精通している人であれば、容易に理解できるはずだ。

 

結論。この結婚相談所の筆者が書いたコラムは、俺が推測する限り、相談所に来店した男性客のスーツのサイズ感が合っておらず、サイズ感を合わせるため、安価なオーダーメイドの仕立て屋を提案したと思われる。また、プレタポルテのお薦めを4ブランド(すべてラグジュアリーブランド)紹介しているが、電車通勤するビジネスマンが着るそれでないことは明白であり、多くの男性から反感を買ったのだろう。メンズファッションに疎い、その昭和的感覚を除いても、ね。

 

なお、トム・フォード(ブリオーニ)のスーツに、アストン・マーティン(BMW)の組み合わせだと、映画『007』シリーズのジェームズ・ボンドの世界そのものだが、それが理想だとすれば、結婚は無理な話だが、同コラムの筆者はバツ3なんだよね(笑)。

 

白シャツ

 

メンズ・プレシャス最新号の「白シャツ」特集は、とても興味深かったが、すべて知っているブランドばかりで、シャンパン片手に、その歴史や蘊蓄に目を通すその時間はとても楽しかった。

全部は書かないが、スーツスタイルを格上げするドレスシャツ・・・シャルベをはじめ、フライオリアンルイジ・ボレッリバルバターンブル&アッサープラダエルメスの白シャツも取り上げられていたのは愛嬌だろう。

 

帝国ホテルが誇るランドリーの「白シャツを洗う工程」はとても貴重なそれだったし、白シャツの奥に潜むダンディズムの真髄はさておき、究極のシャツ生地<カルロ・リーヴァ」社の社長インタヴュー、ブリオーニのスーツが完成するまでの工程などなど、同雑誌は今回も俺の期待を裏切ることなく、俺のファッションへの想いを掻き立ててくれた。ブリオーニの1着60万円ほどするプレタポルテ(既製服)のスーツが完成するまでには、220工程、そして6000ものハンドステッチを要している、と。なお、同ブランドの工房では、約1000名の職人(うち75%が女性)が働いているそうだ。

 

KENZO

 

最後になるが、同誌に掲載された日本を代表するファッション・デザイナーのひとり<髙田賢三>氏のインタヴュー記事から、意外だった彼の一面を一部抜粋して紹介したい。

 

サンローランのミューズだったルル・ド・ラ・ファレーズとよく遊んでいました。朝4時とか5時まで踊り明かして。だから、イヴのパートナーのピエール・ベルジュが、僕がルルをサンローランから引き抜くじゃないかと警戒していたらしいです。それに、サンローランが、カールの恋人のジャックを好きになってしまって、クラブで彼を捜す姿も見かけましたね。イヴ・サンローラン時代のエディ・スリマンはよかった。クラシックなものを現代的に変える力がありました。ベルルッティも、今度ハイダー・アッカーマンがきたので面白くなるかもしれない。

―髙田賢三

 

 

Have a nice weekend!

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観客は油断しがちだけど、『トレインスポッティング』には驚くべき量の感情が込められているんだ。『T2 トレインスポッティング』は年月が経過したことで、もっと感情的なものになる。これは避けられないことだよ。前作は少年時代についての映画だった。若さの祝福だね。本作は大人になるということ、またいかに僕たちはそれに対処するのが下手か、についての映画だ。そして、子供がいるということや子供がいないということ、もしくは父親たちに失望させられる子供たちの物語だ。この映画はどれだけ彼らが変化したのか、そしてどれだけ変わっていないのかを描いている。

―ダニー・ボイル(監督)

 

戦後のある時期までは若者たちといえば、無軌道というイメージがすぐ浮かんできたほど、よかれあしかれ、エネルギーに満ちあふれたものでした。「アプレ・ゲール」、「太陽族」、「かみなり族」、そしてまた「全学連」が、それであります。その頃の若者たちの顔には、どことなく暗い翳りがあり、凶暴な目つきがあり、不敵なシニカルな唇がありました。べつに悲壮感をよしとするつもりはありませんが、わたしは、現在、それをなつかしく思い出します。よくテレビ・ドラマなんかに出てくる、すなおな、従順な、まじめな、いかにもおとなから気に入られ、「いい子、いい子。」と頭を撫でられるような優等生的な青年―そういう青年が、近ごろやたらにふえてきたことは、じつに嘆かわしい傾向だと思わないわけにはいきません。

 

わたしはいつも疑問に思うのですが、新時代のエネルギーに満ちあふれた若者が、そんなカビくさい「幸福論」なんぞに満足していられるのだろうか。そんな本を読んで、ますますお行儀のよい、ますます飼い馴らされた社会人になっていくのは、じつに嘆かわしいことではないだろうか。人生に目的がなければ、覚悟をきめて、自分でつくり出せばよいのです。欲望を満たそうとする努力こそ、人間が生きている以上避けて通ることのできない、人生の目標だともいえましょう。

―澁澤龍著『快楽主義の哲学』より

 

映画『トレインスポッティング』公開から21年、そして90年代

 

俺のお気に入り作家のひとり<アーヴィン・ウェルシュ>原作(1993年)の、ダニー・ボイル監督作『トレインスポッティング』が日本で公開されたのは、今から21年前となる1996年まで遡る。当時の俺は大学を卒業し、社会人となり、某金融機関に勤め、20代という青春を、そして人生の愉快の絶頂を愉しんでいた。

俺のファッションもまた、大学時代から愛用していた<エンポリオ・アルマーニ>から<ジョルジオ・アルマーニ>へとワンランクアップした時期だ。 

あの時代を振り返ると、(俺のお気に入り小説のひとつ『アメリカン・サイコ』がアメリカで刊行された)1991年に日本経済のバブルが弾け、

同年西麻布にオープンしたのが伝説のクラブ『イエロー』であり、芝浦に誕生したのが英国系ディスコ『ジュリアナ東京』だ。後者はナンパ箱と形容され、ボディコンシャスなドレスを身に纏ったワンレンの女の子たちが扇子片手にお立ち台で踊り狂い、社会現象とまでなったが、1994年に閉店。そして、ジュリアナ東京が閉店した1994年の末に六本木にオープンしたのが巨大ディスコ『ヴェルファーレ』だった。 

付け加えるならば、バブル絶頂期(1989年)に芝浦にオープンしたファッションピープル御用達となった伝説のクラブ『ゴールド』が1994年に、『ヴェルファーレ』が2007年元日に、スーパースターDJのパーティ箱として名を馳せた伝説のクラブ『イエロー』が2008年6月に、それぞれ閉店した。俺の頭の中の、東京のキラキラした夜のパノラマは、2008年に終焉を迎えているのだ。

 

ところで、90年代の東京は、アシッド・ジャズの全盛期でもあり、当時一世を風靡したのが他でもない英国の<ジャミロクワイ>であり、<インコグニート>であり、そして英国のクラブカルチャーを盛り上げた立役者のひとりが<アンダーワールド>だ。今年は、ジェイムス・ブレイク、ノラ・ジョーンズ、コールドプレイ、ヘレン・メリル、EDC JAPAN、ブリトニー・スピアーズ、スティング、マリア・シュナイダー等々のライヴに足を運んだが、とりわけ記憶に残っているのは、コールドプレイ(東京ドーム)とスティング(武道館)だ。

 

ジャミロクワイの日本公演(5月)は突如中止が発表された一方、先日足を運んだスティングの日本公演は、俺が1995年6月に足を運んだ今から22年前の武道館公演と比較して、(いい意味で)何も変わっていなかった。

 

スティングの日本公演セットリストは、新作アルバム収録曲などを除けば、“Synchronicity II”、“Englishman in New York”、“Fields of Gold”、“Shape of My Heart”、 Message in a Bottle”、“Walking on the Moon”、“She’s Too Good for Me”、“Roxanne”、“Every Breath You Take”、 そしてアンコールの最後に“Fragile”は22年前と同じだ。

 

今回、特筆すべきことは、スティングがデヴィッド・ボウイの名曲“Ashes to Ashes”を披露したことなのだが、ボウイの追悼として何か歌うだろうと期待していた矢先、その選曲はとても予想外で、俺のハートを鷲掴みにしたのだ。先述した22年前に同じ場所で耳にした10曲を、25年もの歳月が経った今年耳にしたわけだが、その変わらない、哀愁漂う、素晴らしく力強い歌声に感動を覚えたのは俺だけではないはずだ。

95年当時20代だった俺は現在40代となり、日本公演当時43歳だったスティングは現在65歳となった。デヴィッド・ボウイが未だ健在であれば70歳であり、そして今年は、ボウイと親交があったアンディ・ウォーホル(1928-1987)没後30年だ。

或る意味、音楽家はみな「ボウイ・チルドレン」であり、写真家はみな「ウォーホル・チルドレン」だとも形容できる。そう、人生を変えてくれたヒーローは、人それぞれなのだろうが、音楽は甘い記憶を呼び覚ましてくれるから素敵だ。

 

T2 トレインスポッティング

 

1996年11月に日本公開となったユアン・マクレガー主演作『トレインスポッティング』を渋谷スペイン坂上のミニシアター「シネマライズ」で劇場鑑賞してから、早いもので20年もの歳月が経過した。同劇場は、渋谷パルコの再開発に伴い、昨年閉館した。そして今年、同作品の20年後を描いた『T2 トレインスポッティング』(以下「T2」)を、渋谷西武に隣接した映画館「シネパレス」で劇場鑑賞した。両劇場は小規模で、2階席があるという意味合いにおいて、とても似通った映画館だともいえるが、同劇場で特筆すべきなのは、メンズデーが設けられている点であり、毎週木曜日、男性は1000円なのだ。日本はとても治安が良く、そして世界でも稀に見る女性優遇のサーヴィスが数多く設けられた国(こんな国は他にはない)の筆頭だが、同映画館のそれはとても珍しい。

 

本題に入るが、『T2』の感想について―。

 

英国社会の底辺に生きる、無学で、将来に希望もない、そんな若者たちが欲望の赴くまま、青春時代を過ごした結果、彼らのその20年後の未来はどうなっているのかを本作は描いているが、人間の生成はさまざまな可能性の枯渇の歴史であるとはいえ、彼らは何も変わっておらず、昔のままクズだったという話に帰結する(笑)。本作は、エリートの没落を描いた物語とは真逆であり、登場人物たちの会話の程度が低く、したがって単純で、中身がないため、観ていて正直疲れるのだ。劇中、知的な会話も、シャンパンも、高級車も、高級アパートメントも、そしてアルマーニの服も登場しない。彼らの現実は、ボロアパートに安酒、そしてドラッグ漬けの毎日なのだ。

 

このどうしようもなく救いようのない彼らの生き方は、ブログ冒頭で一部引用した澁澤龍快楽主義の哲学』とも異なるそれなのだが、アーヴィン・ウェルシュが描く世界はドラッグに走り、現実逃避するのが彼らの日常であり、それが彼らの唯一の楽しみであり、目的なのだ。ウェルシュの中編三本で構成された小説『エクスタシー』のあとがきには、彼について「16歳で学校を辞め、電機修理などの仕事を転々としながらロンドンに移り、ヘロインとパンクの日々を送る。その後、禁断症状との闘いの末にヤク中から抜け出し、不動産ディーラーの職に就き、結婚。」とあるように、トレインスポッティングで描かれた世界と似通っている。

 

そう、2013年11月18日()付ブログ“You're so fucking special!”(テーマ: 映画)で、アーヴィン・ウェルシュの小説『フィルス』を映画化させた同名タイトルの作品について感想を綴ったので、興味がある方はどうぞ。

 

映画『トレインスポッティング』も『T2』も、俺の趣味でないのは確かなのだが、劇中で使用された音楽を含め、総合的に判断した場合、俺好みのアシッド・ムーヴィーという結論に至るわけだが、ユアン・マクレガー演じるジャンキーは<デヴィッド・ボウイ>に憧れており、音楽にはボウイと親交が深い<イギー・ポップ>や<ルー・リード>の曲が使われ、その場面毎の使われ方が最高ゆえ、前作が公開された96年当時、世界中の若者たちの共感を得、世界的に大ヒットしたのだろう。が、どうしようもない懲りない連中を描き、最高の音楽を劇中に使用するという意味合いでは、近年高い評価を得ているのが、他でもないカナダの若き鬼才<グザヴィエ・ドラン>その人だろう。以前のブログでも書いたが、彼は劇中、デヴィッド・ボウイの楽曲を最高の場面で使用するのだ。過去のデヴィッド・リンチ作品やデヴィッド・フィンチャー作品のように、ね。

 

澁澤龍は、「人生に目的がなければ、覚悟をきめて、自分でつくり出せばよいのです。欲望を満たそうとする努力こそ、人間が生きている以上避けて通ることのできない、人生の目標だともいえましょう」と言ったが、それをできるのは天才といえる限られた人達であり、例えば、それは情熱を音楽に変えた<デヴィッド・ボウイ>であったりするのかもしれないが、アーヴィン・ウェルシュが描く世界に登場する人物にはそれは到底無理な話だ。

なお、ウェルシュは、両作品ともに端役で出演している。前作で女子高校生だった知的なダイアンは、クズの彼らとは対照的に、

彼女は現在弁護士としてまっとうに生きている。

 

彼らが置かれた環境が悪い、育った環境が悪いといえば、それまでなのだが、ダニー・ボイル監督が描いたそのサイテーな世界にも、ユアン・マクレガー演じるレントンを助けていたのは、彼の両親であり、それが救いのひとつでもあったのは明白であり、20年経った続編では彼の母親は他界している。こんなサイテーな息子を家族は見捨てず見守り続けたが、先述したグザヴィエ・ドランは家族の在り方に注目し、低予算ながらも、家族の物語を描き続け、最高の音楽を劇中で使用するといったカタチで、ヒット作を近年立て続けに世に送り出している。

 

最後になるが、全仏オープン準決勝のナダルの試合をTV観戦しながら、時計の針は6月9日(金)の26時を回ったが、ウェルシュの『エクスタシー』は、現代の不安と焦燥をテーマに構成されており、『懲りない』といった章の中の台詞が、私的にとりわけ印象に残っている。

 

君があいつを“しごくまっとう”に変えてくれるといいんだけどな。

 
 

 

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今日は見事な空だ。くつわも拍車も手綱もないが、葡萄酒という名の馬に乗って飛び立とう、夢のような神々しい天空へ。ひどい熱に浮かされた二人の天使になって、朝の澄んだ青空に、彼方の幻を追い求めよう。御しがたい風の翼の上で、軽やかなバランスをとり、ともに妄念を抱きつつ―。愛しい君よ、二人並んで空を漂い、休むこともなく、逃げて行こう、僕の夢の楽園へ。

―ボードレール著『悪の華』より

 

グレン・グールドの<ゴルトベルク変奏曲

 

ゴールデン・ウィーク後半を迎えた5月3日(水)、先日の会食で久々に耳にしたスーパーモデル<リリー・ドナルドソン>も30歳かと、ふと思い出した早朝。

ディプティック期間限定の香り『TOKYO』の檜の香りで満たされた、超高層階に位置する自宅マンションの窓を開けると、心地良い風がリビングへと吹き抜け、昨日同様、気持ち良い朝を迎えた。都心上空には無限に青空が広がっていた。

 

グレン・グールドが演奏したモーツァルトの音楽(ピアノ・ソナタ)を聴くのは、毎朝のルーティンになって久しいが、今朝はグールドの演奏で最も有名な、バッハの『ゴルトベルク変奏曲』をBGMに、日経新聞朝刊に目を通した。英国を代表する超高級車<アストン・マーティン>社の、CEOの的を射た発言「価格を下げて顧客層を広げる戦略には出ない。超富裕層の人口は中国を筆頭に年10%前後で増えている。彼らの消費は短期的な不況などに左右されず非常に底堅い」が目に留まった。

 

話を戻すが、グレン・グールド(1932-1982)を取り上げた文藝別冊の増補新版『ゴルトベルク 遺作録音30年』(2011年発行)に掲載された、『グレン・グールド論』の著者によるグールドと《ゴルトベルク変奏曲》の考察がとても興味深かったので、一部抜粋して紹介したい。

 

グレン・グールドの生涯とその音楽活動は、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》によくなぞらえられる。主題のアリアで始まり、各種の変奏を経て、ダ・カーポのアリアが回帰して終わるように、グールドは1955年録音の《ゴルトベルク》でデビューし、1981年に《ゴルトベルク》の再録音を終え、翌年急遽した。

 

ただし、《ゴルトベルク変奏曲》は「睡眠薬」ではない。これは今なお多くの人が誤解している点であり、グールドでさえ誤解していた。グールドはデビュー盤に自ら寄せたライナー・ノーツに書いている―「カイザーリンク伯爵がバッハに作品を依頼した話である。伯爵はザクセン宮廷に駐在するロシアの外交官で、おかかえの音楽家にヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクがいた。彼はバッハの最も優秀な弟子のひとりだったのだ。伯爵は頻繁に不眠に悩まされていたらしく、睡眠薬代わりにゴルトベルクが弾ける落ち着いた鍵盤曲を書くように頼んだのである。この治療法が成功したとすれば、私たちはこの鋭敏で小気味よい作品に施したゴルトベルク巨匠の正当性に疑念をはさまずにはいられない 

この逸話はフォルケルの『バッハ伝』(1802年)に由来するが、同書によれば、伯爵の求めたのは「眠れぬ夜を楽しく過ごせる穏やかで快活な音楽」だったのであって、直接の「睡眠薬」ではなかった。ライナー・ノーツの記述から判断する限り、グールドは逸話を誤解していたと同時に、《ゴルトベルク変奏曲》は本質的に「睡眠薬」になり得ない「鋭敏で小気味よい作品」であるという認識を演奏者の立場から得ていたことになる。だとすれば、彼の演奏のアグレッシヴな性格(スピード感やドライヴ感)には、睡眠薬であるという「事実」に逆らおうという意図が働いていた可能性すらあり得る。

 

グールドは総括する―「要するにこれは、始まりも終わりもない、真のクライマックスも真の解決もない音楽、ボードレールの恋人たちのように、“御しがたい風の翼に軽やかに乗った”音楽なのである。」そして「ここには直感による統合がある」と。

 

結局彼は、熱に浮かされた恋人たちの飛翔の危ういバランスの中に、“今=ここ”の瞬間に存在する芸術の法悦の境地と永遠性を読み取ったのであろう。ただバッハの書いた《ゴルトベルク変奏曲》そのものにこのイメージを押しつけるのはやや難がある。しかし少なくともグールドのデビュー盤にならば、この比喩はふさわしいと思う。いたずらなつむじ風のように私たちの心を駆け抜けたあの演奏にならば。

 

ラファエル・ナダル復活

 

ところで、エンポリオ・アルマーニ・アンダーウエアの2011年夏キャンペーンに起用されたスポーツ選手が誰だったのか憶えているだろうか?

 

そう、他でもない、今年完全復活を果たしたスペイン人プロテニス選手<ラファエル・ナダル>その人だ。2010年のナダルは、「全仏オープン」「ウィンブルドン選手権」「全米オープン」で優勝し、ロジャー・フェデラーから世界ランク1位の座を奪い取るなど、若き天才テニスプレイヤーの時代の到来を告げ、それを世界中のテニスファンに強烈に印象付けた1年だった。

 

ナダルがアルマーニの広告に起用された当時はまだ24歳で、現在は30歳となり、来月3日に31歳の誕生日を迎える。そして今年は、マイアミ・オープン決勝でフェデラーに敗れはしたものの、モンテカルロ大会に続き、

バルセロナ・オープンでも優勝を果たすなど、ナダルの復活劇は、私的には嬉しい限りであり、彼が出場する試合月は今後も眠れない夜になりそうだ。

なお、エンポリオ・アルマーニのアンダーウエア広告キャンペーンには、過去にデヴィッド・ベッカムクリスティアーノ・ロナウドも起用されるなど、スポーツ界を代表する華のある男が抜擢されているのが特徴なのだ。ナダルには、今後益々の活躍を期待したい。まだまだ老け込む年齢ではないはずだ。

 

銀座丁目の大型複合商業施設

GINZA SIX(銀座シックス)>

 

もうかれこれ3、4年になるだろうか。銀座の再開発に関しては、過去度々ブログで取り上げてきたが、銀座5丁目に位置する「東急プラザ銀座」(2016年3月開業)と「銀座プレイス」(同年9月開業/主なテナントは、日産自動車のショールーム及びソニーのショールーム)に続き、先月20日(木)、同6丁目に大型複合商業施設「銀座シックス」が開業した。

 

なお、森ビルの発表によれば、オープン初日となった先月20日の来館者数は約9万人に上り、年間来館者を2000万人、年商600億円を目標としているようだ。

平日の木曜日にも関わらず、東京ドーム満員(野球開催)時の2回分だとも言える、驚きの9万人の来館は、正に春のフィーヴァーとも形容でき、日本が世界に誇る高級ファッションストリート<GINZA>にふさわしい盛り上がりを連日見せている。

 

付け加えると、銀座の再開発に関しては、例えば、2014年3月17日(月)付ブログ“Ginza meets Luxury

2015年9月14日(月)付ブログ“Bubble Againの中でそれぞれ詳細に触れたので、興味がある方はどうぞ。

 

とりわけ、銀座6丁目の再開発に関しては、2014年4月18日(金)付ブログ“Life At Its Best”(テーマ: ファッション)の中で取り上げ、ブログ冒頭では、ダン・アリエリーの著書から引用するなど、興味がある方はどうぞ。あれから早3年、同再開発は「銀座シックス」として生まれ変わったわけだが、俺自身、先週の平日に2度ほど足を運んだ感想をツイートしたので、それをいくつかここに張り付けておきたい。

なお、同施設のコンセプトは、3年前のブログでも書いたように「Life At Its Best 最高に満たされた暮らし」だ。

 

ブライト・ライツ・ビッグ・シティ

 

最後になるが、俺のお気に入り小説のひとつ『ブライト・ライツ・ビッグ・シティ』より、季節と場所こそ違えど、銀座の歩行者天国をイメージさせる一節を一部抜粋して紹介したい。

 

空は青く、そして眩しい。勿体ないほどのいい天気だった。運よく、今日はサングラスも忘れてはいない。昼飯時のパーク街は人の波で溢れそうだ。脅えた表情でじっと見つめている者がいないか、きみは辺りをぐるりと見回す。だが、きみに注意を払う人間など一人もいない。街角では、肥った男がヤンキースの野球帽をかぶって、手押し車に積んだプレッツェルを売り、毛皮のコートを羽織った女は右腕を真っ直ぐ立て、魔法でタクシーを呼び出そうとしている。バスが轟音と共に通り過ぎていく。何年ぶりかでプールに飛び込む時のように、きみはためらいがちに歩行者の波に入り込んでいった。

―ジェイ・マキナニー著『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』(1984年/米)より

 

Have a beautiful day!

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子どもを持とうと真剣に考えたことはなかったし、そのことへのロマンティックな憧れもなかった。エヴァ・メンデスの妊娠は計画したわけじゃなく、自然な流れだった。子どもを持てば人生が変わるよ、なんていうのは古臭い言い草だと思っていたけれど、でも、本当にその通りのことが起こっている。エヴァは理想の母親だし、娘たちも素晴らしい。子どもを見るたびに『立派な両親にならなくては』と思うし、人生の優先順位もおのずと変わってきた。

―ライアン・ゴズリング(雑誌『GQ JAPAN』5月号のインタヴューより)

 

ライアン・ゴズリングとエヴァ・メンデス

 

 

2004年末にブログを気まぐれに始めてから、今年で早13年目になるが、俺自身、2007年2月に結婚し、翌3月末を最後に、1年間ブログを休止した一方、その翌年にはブログを再開し、現在に至っている。

俺自身、今年が結婚10周年というアニヴァーサリーな年なのかどうかはさておき、先月は1度もブログを更新することなく、4月を迎えた。

ところで、2002年4月にブリトニーズ・スピアーズちゃん(当時20歳)が東京ドームで初来日公演を行い、俺も足を運んだわけだが、あの当時の面影は消えたわけではないが、そんなアメリカのスーパーアイドルは現在35歳(1981年生まれ)となり、2児の母親となった。そしてブリちゃんの15年ぶりとなるジャパンツアー(6月3日・4日/国立代々木競技場第一体育館、6月6日/大阪城ホール)が決定した。

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙の3月28日付コラム「ロックの神々の黄昏、その先にあるものは 膨大な売り上げを誇った創生期の「メガスター」たちが相次いで死去、業界の未来は」はとても興味深い内容のそれだった。以下、一部抜粋して紹介したい。

 

米調査会社ニールセンによれば、1991年から現在まで最も多くアルバムを売った上位25組のうち、現在40歳以下なのはブリトニー・スピアーズただ1人だ。一方で25組中19組が50歳以上だという。またWSJが業界誌ポールスターのデータを分析したところ、コンサートの興行収入が最も多かったアーティスト上位100組は、2016年に合計で45億ドル(約4960億円)の売り上げを記録していた。だがこの金額の半分は、50歳以上のアーティストが稼ぎ出したものだ。

 

ロックの終焉の話はさておき、3月下旬、都心の大型書店に立ち寄った際、1980年にカナダで生まれたハリウッドスター<ライアン・ゴズリング>君が表紙を飾った、米コンデナスト社の雑誌『GQ』日本版が目に留まり、同誌を久々に手に取った。その写真は、海外版『GQ』誌の中で昨年すでに目にしたラルフ・ローレンの衣装を身に纏ったライアン・ゴズリングだったのだ。俺にとっては、正にデジャヴだ。

 

ブログ冒頭、同誌のインタヴュー記事から一部抜粋したが、ライアン・ゴズリングの出演作を初めて見たのは、もうかれこれ12年前の2005年頃まで遡るが、それは彼がレイチェル・マクアダムスちゃんと共演した映画『きみに読む物語』(2004年・米)だ。

 

同作品の感想は省くが、ライアン・ゴズリング出演作で、私的に最も記憶に残っているのは寧ろ、マーク・フォースター監督作『ステイ』(2005年・米)だろうか。ユアン・マクレガーが主演を務め、ナオミ・ワッツとも共演を果たした作品なのだが、当時ロン毛のライアン・ゴズリングの身体(からだ)の線が異常に細かったことを鮮明に記憶しており、そして劇中で、トム・ブラウン(今でこそ有名なファッションデザイナーのひとりだが、公開当時では、日本人のほとんどの人は彼の存在を知らなかったはずだ)のスーツが登場するなど、同作品は色んな意味で、当時俺に強烈な印象を残したものだ。デヴィッド・ボウイと、ニューヨークの新星<トム・ブラウン>との出会いもちょうどその頃だろうか。

 

また、2012年4月23日(月)付ブログ“Oh My Love”(テーマ: 映画)では、ライアン・ゴズリング主演作『ドライヴ』に関して、「2011年の第64回カンヌ国際映画祭で、監督賞を受賞したデンマーク人<ニコラス・ウィンディング・レフン>監督作『ドライヴ 』の鑑賞に、劇場まで足を運んだのは、都心で桜が満開の4月上旬頃だった」と当時のブログで綴った。そして今年1月、六本木ヒルズで劇場鑑賞した同監督最新作『ネオン・デーモン』の劇中、エル・ファニングちゃんが身に纏っていた華やかなブルーのドレスはエンポリオ・アルマーニだった。

 

そう、2005年5月のブログでは、1970年にマイアミで生まれたハリウッド女優<エヴァ・メンデス>がウィル・スミスと共演した恋愛映画『最後の恋のはじめ方』(2005年・米)について取り上げたが、エヴァは当時31歳で、現在43歳だ。付け加えるならば、2005年頃にライアンが交際していた、1978年にカナダで生まれたハリウッド女優<レイチェル・マクアダムス>は現在38歳となり、俺も彼女達同様、1970年代生まれの世代なのだが、お互い歳(とし)を重ねたなぁ、と。

 

一方、ライアン・ゴズリング君の恋愛遍歴に興味はないと前置きしておくが、彼はジェイク・ギレンホール君同様、ここ10数年の間で、私的に最も注目していたハリウッドスターのひとりであり、偶然にも、ふたりとも1980年生まれゆえ、今年で37歳なのだが、若手俳優の中ではハリウッドで最も成功した俳優だろう。

今年1月にライアン・ゴズリングと共に来日を果たしたデイミアン・チャゼル監督は、映画『ラ・ラ・ランド』に関して、記者会見の席で「叶う夢もあるが、叶わない夢もある。究極のテーマは、夢を追いかけるということだよ。星に向かって手を伸ばし続けるのは、それ自体が美しいことなんだ」と名言を残したが、先述した2人の俳優は「ラ・ラ・ランド」な世界で夢を叶えたのは確かだろう。

 

そして来週4月8日(土)、ユアン・マクレガーふたたび登場する、1996年に日本でも劇場公開された青春映画『トレインスポッティング』の続編『T2 トレインスポッティング』がいよいよ日本公開だ。また今秋、10月27日(金)には、ライアン・ゴズリングハリソン・フォードが競演した映画『ブレードランナー2049』も公開を控えている。

来月5日(金)から『カフェ・ソサエティ』、12日(金)から『パーソナル・ショッパー』、6月には『フィフティ・シェイズ・ダーカー』、

そして現時点で公開月は未定だが、トム・フォード監督最新作『Nocturnal Animals(原題)』も待機している。なお、同監督最新作に関しては、2015年6月25日(木)付ブログ“Love is”(テーマ: 映画)の中で取り上げたので、興味がある方はどうぞ。

もう1作品、日本公開は未定だが、シャーリーズ・セロン主演作『アトミック・ブロンド』も期待大だ!

 

アルマーニ再編

 

 

ところで、本日のブログのテーマは「ファッション」に決めたが、WWD紙(3月6日号)の「2017-18年秋冬 ミラノ速報」特集号について―。

 

同号では、「LVMHの投資会社<L Catterton Asia(Lカタートン)>が日本に本格進出」「エルメスの妥協なきモノ作り」「2017‐2018秋冬ニューヨークコレクションにおける突然のエレガンス回帰、背景にはアイツの影!? トレンド素材はべルべット&べロア」「ラ・ぺルラが描くブリティッシュガーデン」などなど、久々に面白い話題が揃っていた。付け加えるならば、マイケル・コースのインタヴュー記事も面白かったので、一部抜粋して紹介したい。

今年、正月を京都で過ごした時、若い女性たちがキャメルのコートに黒いインナーを合わせていたのが魅力的だった。そこから着想し、今季のファーストルックを飾ったエディ・キャンベルにはキャメルのコートにブラックシャツを合わせた。

―マイケル・コース

そしてもうひとつ、俺のお気に入りの都市<ニューヨーク>と<ファッション>の関連性について、湯山玲子の著書『クラブカルチャー!』には以下のように説明されているので、一部抜粋して紹介したい。

 

ニューヨークの住人は自分が社会のどの「センス」に属するのかを、まずファッションで示し、口で伝え、他人にコミュニケートする努力を一瞬も欠かすことがない。周囲への目配りこそが彼らの自己主張であり、その気構えや、人に弱みを見せない冷静なありようが、「クール」という、彼らの会話にハンパではない頻度で発せられる単語に集約されている。

―湯山玲子

昨年秋から今冬における俺のファッションは、ジョルジオ・アルマーニのカシミア混のキャメルジャケットに、ロロ・ピアーナのグレーやブラックのカシミア製タートルネックを合わせたり、ジョルジオ・アルマーニのブラックシャツに、ジョルジオ・アルマーニのグレーのカシミアコートを羽織ったりと、いつもと変わらずのスタイルだった。それゆえ、先述したマイケル・コースの意見には共感を覚えたわけだが、以前にも書いたと思うが、彼はワインではなく白ワインを好むように、彼の趣味嗜好や考え方は俺ととてもよく似通っている部分があり、また彼が創造するその「普遍的な洗練美」は、正に俺の好むスタイルそのものなのだ。彼はその外見とは異なり、とてもクールな人物であり、とりわけ彼のインタヴューでの発言は面白い。

前置きが長くなってしまったが、同号で私的に最も驚きだったのが、「アルマーニ再編」のニュースなのだ。何かと言うと、ジョルジオ・アルマーニ・ブランドは現在、

ハリウッドセレブや欧米社交界向け!?のオートクチュールライン<アルマーニ・プリヴェ>(ドレスが数百万円~数千万円)をはじめ、

ファーストライン<ジョルジオ・アルマーニ>(既成スーツが40万円台~/写真上)、

セカンドライン<エンポリオ・アルマーニ>(既成スーツが20万円台~/写真上)、

ディフュージョンライン<アルマーニ・コレツィオーニ>(既成スーツが20万円前後/写真上)、カジュアルライン<アルマーニ・ジーンズ>、エンポリオ・アルマーニのスポーツライン<EA7>、そしてアルマーニ版ファストファッション<アルマーニ・エクスチェンジ>などなど、複数ものブランドを展開しているが、アルマーニの熱心なファンならともかく、ファッションに疎い(興味がない)一般の方々には先述したブランドの違いが分からないのが現状だろう。価格の違いは、素材であるとか、イタリア製なのかインポートなのか、そしてマシーンメイドなのかハンドメイドなのか等々、チェック項目は多岐にわたるが、10代の頃から20数年も飽きることなく、毎シーズンチェックしていると、その違いが歴然と分かるわけだが、トレンドだとか、そのビミョウな違いを楽しむのが、ファッションの醍醐味のひとつなのかもしれない。まずは実際、袖を通してみないと、ね。

 

で、アルマーニブランドはどうなるのか? <アルマーニ・コレツィオーニ>(世界に754店舗)と<アルマーニ・ジーンズ>(世界に880店舗)が「2017-2018秋冬」で終了し、その両ラインが<エンポリオ・アルマーニ>(世界に338店舗)に1本化されることが決定。要は、今後(来年以降)、先述した両ラインの店舗はなくなり、両ラインの流れを組むアイテムはすべてエンポリオ・アルマーニに統合されるということを意味する。したがって、アルマーニ帝国のブランドは再編され、(一般人にはほとんど関係のない)「オートクチュールライン」をはじめ、超高級価格帯の「ジョルジオ・アルマーニ(ファーストライン)」、そして高級価格帯の「エンポリオ・アルマーニ(セカンドライン)」の2つのハイブランドを中心に今後展開されるようだ。また、先述したハイブランドとは対照的に若者向けの超低価格帯のファストファッション「アルマーニ・エクスチェンジ」(世界に238店舗)も引き続き、世界展開される。大まかに分類すると、3ブランドだろう。

 

デニム

 

 

ところで、『GQ』5月号の43頁に、春のデニム事情として、<トレンドキーワードを抑えたい。この春は「ブリーチ」「スキニー」「カラー」の3本柱>だと紹介されていた。デニムは学生時代を除けば、今の年齢まで履いたことが一度もなかったが、ジョルジオ・アルマーニトム・フォードディオール・オムサンローランディースクエアード等々、色々試着した挙句、先述した中からホワイトジーンズを今年海外で2着購入した。ジーンズはここ20数年間、スルーしてきたアイテムだったゆえ、価格推移が正直全く分からないのだが、ジーンズ1着が当時10万円前後もしたのか甚だ疑問である一方、都心でいただけるグラスシャンパン1杯の価格推移に限れば、日常的にいただいているゆえ、誰よりも詳しいつもりだ。洗練されたファッション然り、美味しいシャンパン然り、それらは人生に豊かさをもたらし、人々をとても幸せな気分にさせてくれるから素敵だ。

 

価格の話題でふと思い出したのだが、先日、雑誌『ワイナート』で「モンラッシェ」が特集された2008年11月号を読み返した際、最後の頁の「価格論とは幸福論なのか?」と題したコラムが、先述したジーンズのそれと少しばかり重なったので、一部抜粋して紹介したい。

 

価格とは心理学なのだ。「幸福感」の対価たる「金額」に「お値打ち感」を感じうるなら、お店はお客に二重の「幸福感」を提供しうるのだ。ところがこのところ、高級ワインの暴騰や、価格戦略を巡る飲食企業の迷走を見るにつけ、天を仰ぎたい気分になる。

 

「そこにはあるのかい?」

 

価格論とはあるいは幸福論か。幸福をゆがめる罪は重い。

―コラム「ワイン・エコノミクス講座」より

俺自身、ファッションのスタイルは、学生時代も今もほとんど変わらないが、ラッキー・ブルー・スミスくん(写真: 上)が身に纏っているような、シャツ(9割はアルマーニ、その他はトム・フォードグッチドルチェ&ガッバーナバルバ他)にパンツを組み合わせるのがほとんどで、それにジャケット(9割はアルマーニ)を羽織るスタイルが定番となって久しいが、俺は胸元のボタンは3つも4つも外さないよ(笑)。秋冬だとカシミアやフランネル、ヴェルヴェット素材のジャケットにシャツまたはニット、春夏だと麻素材のジャケットにVネックニットやVネックTシャツ、そして麻のシャツなどを組み合わせるのが俺の永年のスタイルだ。若い頃と何が違うのかといえば、ブランドの流行などはどうでもよくて、各ブランド毎の上質な素材に関して、こだわりがいっそう強くなったような気がしてならない。敢えて書くなら、ブランドの諸事情はさておき、俺自身、トム・フォードブルネロ・クチネリのアパレル製品の価格設定は2割ほど高い(他にもたくさんある 笑)と感じている一方、グッチルイ・ヴィトンの革製品の価格帯はとても適正だと感心している今日この頃だ。後者の製品には「お値打ち感」を感じ得るとも言えよう。

例えば、足元がスキニーなホワイトデニムであれば、ジミー・チュウクリスチャン・ルブタンジュゼッペ・ザノッティサンローラン等々のハイカットレザースニーカー(黒)を合わせるのが今の気分なのか、それともベルルッティコルテなどの超高級紳士靴のローファーを合わせるのがオトナの粋なのか、それは好みの問題だろう。そう、学生時代や20代前半の若かりし頃は、海外で毎年購入したフェラガモグッチのローファーにデニムをよく組み合わせたものだが、グッチ時代のトム・フォードのスタイルを振り返ると、あの時代のそれがとても懐かしい今日この頃だ。

 

マイアミ・オープン

 

 

話は変わるが、今年のマイアミ・オープンは、自己主張が強いイタリアンブランド<ハイドロゲン>を身に纏った伊達男<ファビオ・フォニーニ>君のプレーが私的に記憶に残った一方、

錦織くんは残念な結果に終わったが、

毎年この時期には、超高級ヘッドフォンを耳に装着し、同大会をラナ・デル・レイ(またはジャック・ジョンソン)の音楽を大音量で流しながら、早朝テレビ観戦&ツイートしている。

したがって、まだまだ寒い東京のこの時期に、意識だけマイアミにトリップしたような、近年のこのスタイルに不思議と快感を覚えているのだ(笑)。

最後になるが、先日、ファッションピープルの女の子たちとゴッセのシャンパン片手に会食しながら、俺が<アレッサンドロ・デラクア>と<アレッサンドロ・サルトリ>について話していた際、何か話が嚙み合わないなぁと思っていたら、ある若い女の子が頭の中で思い描いていたファッションデザイナーが<アレッサンドラ・ファッキネッティ>その人だったというオチ。

とはいえ、俺がベルルッティの新作靴とブリオーニの春夏ジャケットの魅力ついて話していた矢先のそれだったのだが、ファッキネッティというその懐かしい名前を耳にした瞬間、トム・フォードがディレクションしていたセクシーだった頃のグッチ・ファッションと、その当時の甘い記憶を呼び覚ましてくれた、あの忘れかけていた記憶を、ね。

結論、いくつになってもファッション選びは楽しくて、その日のファッションのスタイルで気分が変わるのも確かだし、自己満足だとはいえ、これからも幸せな気持ちにしてくれる素敵なファッションを身に纏いたい。なぜなら、人生は短いから。

 

そして今、時計の針は、4月1日(土)の26時25分を回った。

 

 

 

Spring goes sexy.

Have a nice weekend!

 

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ジギー・ツアーの終盤、デヴィッド・ボウイが次のRCAのアルバムの企画を考え始めた頃に、二人の友人関係は始まった。ある晩遅く、一行がコンサートの後くつろいでいる時に、マイク・ガースンがバーのピアノでジャズのスタンダード・ナンバーを弾き始めた。彼が<My Funny Valentine>を弾くと、デヴィッドがやって来て彼に合わせて歌った。「すごくまともな声で歌ったんだ。ちょっとアンソニー・ニューリーみたいでもあったけど、やっぱり独特だったね。美しい歌声だったよ」とガースンは思い出す。それ以降、デヴィッドはジャズの世界に巨匠たちと過ごしたガースンの過去にいたく興味を持ち、彼がビル・エヴァンス、ハービー・ハンコック、レニー・トリスターノと共演したり、ナンシー・ウィルソンやメル・トーメのバックをやった話に熱心に耳を傾けた。「つまり私はスターだったんですよ」とガースンは言う。

―ピーター&レニ・ギルマン著『デヴィッド・ボウイ 神話の裏側』より

 

サマー・オブ・ラブから50年

デヴィッド・ボウイ生誕70周年

アレキサンダー・マックィーン没後7周年

 

2017年は、デヴィッド・ボウイ(1947-2016/享年69歳)生誕70周年のアニヴァーサリーな年であり、ボウイが当時20歳だった1967年に起こった、世界的な社会現象<サマー・オブ・ラブ>から50年の節目にあたる。言い換えれば、60年代や70年代に、若者文化の最先端に位置づけられた「ロック」という音楽が、50年もの時を経て、色褪せて、古くなり、世の中から抹殺されたわけではないが、「新しいもの」ではなくなったのだ。

 

俺自身、80年代末頃から「ロック」という音楽から距離を置き始め、英国のインコグニートをはじめ、ブラン・ニュー・ヘヴィーズガリアーノ、そしてジャミロクワイに代表されるような「アシッド・ジャズ(クラブジャズ=踊れるジャズミュージック)」に傾倒していったのだ。その後は、説明するまでもなく「ハウスミュージック」にどっぷりと浸り、

インターネットの台頭以降、若者文化の最先端な音楽は「ハウスミュージック」へと変化を遂げ、21世紀の現在(いま)、カルヴィン・ハリスに代表されるようなそれは「EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)」と呼ばれている。

97年にいち早く、ロックという古典ミュージックに、ハウスミュージックという新しい音楽を実験的に採り入れ、新しい音楽を生み出した(1989年からニューヨークのクラブシーンを創り上げてきたDJ<ジュニア・ヴァスケス>をプロデュースしたマーク・プラティを、「アースリング」のレコーディングでも起用し、ジャングルとロックを融合した、当時では最先端のアルバムを完成させた)ロックスターが他でもないデヴィッド・ボウイ(当時50歳)その人だ。そう、英国の異端児デザイナー<アレキサンダー・マックィーン>(1969-2010/享年40歳)がデザインしたフロックコートを身に纏って、ね。なお、今から7年前の2月12日(金)付ブログ“ALEXANDER McQUEEN FOREVER”(テーマ: ファッション)では、ボウイとマックィーンの関係性について触れたので、興味がある方はどうぞ。

 

そもそも、70年代生まれの俺にとって、「60年代の推進力が何だったのか?」なんてことに興味はあまりないわけだが、83年にデヴィッド・ボウイの洗練された音楽に出会ってからというもの、俺の価値観や人生観が大きく変わっていったのは確かだろう。彼はとても知的で、とても美しくて、とてもファッショナブルで、そして我々ファンをいつの時代にも飽きさせることなく、次から次へと変化し、時代の最先端を走り続けた孤高のロックスターだった。デヴィッド・ボウイの前妻<アンジー>の著書『デヴィッド・ボウイと私と70’s』には、60年代について次のように述べられている。

 

1966年のロンドンは最高に素敵だった。まるで、文化全体が変化しているようだった。ビートルズやストーンズとザ・フーが、古い英国の優雅さや秩序、抑制といった壁に穴をあけ、多くの若者たちがその穴からどっと溢れ出した。それまでのメディアのスターは貴族や貴婦人だったり、エリート中のエリートだったりしたけれど、初めて毛並みの悪いポップ・シンガーや、アーティスト、モデル、フォトグラファー、デザイナーなどが、そのルックスやサウンドやスタンスによって彼らに取って代わることになった。ついに、上流階級の話し方ができなくても、もって生まれた権威がなくても、英国社会で認められる時代がやってきたのだ。

―アンジェラ・ボウイ

付け加えるなら、1973年リリースの傑作アルバム『アラジン・セイン』同様、マイク・ガースンがピアノで参加している、ボウイが1974年4月にリリースした傑作アルバム『ダイアモンドの犬』をご存じだろうか。同アルバムは、ジョージ・オーウェルの反ユートピア小説『1984』をモチーフに制作されたそれなのだが、同アルバムには同名タイトル曲“1984”も含まれている。そんな私的に記憶に残る、同作家の『1984』と『動物農場』の2冊は、ボウイの影響で10代の頃に繰り返し読んだことを憶えている。そんなオーウェルの小説『1984』が、ドナルド・トランプが大統領に就任した今年、米国のアマゾン書籍売上ランクのトップに躍り出たと、先月末ニュースで話題になったのは我々の記憶に新しいところだ。「時代が変われば、ロックも変わる」ように、ね。

 

また、英国人作家<オルダス・ハクスリー>著『すばらしい新世界』に関して、2013年10月8日(火)付ブログ“BRAVE NEW WORLD”(テーマ: 本・雑誌)で触れたので、興味がある方はどうぞ。同エントリーの冒頭で、ニコライ・ベルジャーエフの言葉「ユートピアはかつて考えられていたよりもずっと実現可能なように思える。われわれは今、従来とはまったく異なる憂慮すべき問題に直面しているのだ。ユートピアが決定的に実現してしまうのをどう避けるかという問題に。ユートピアは実現可能である。社会はユートピアに向かって進んでいる。おそらく今、新しい時代が始まろうとしているのだろう。知識人や教養ある階層が、ユートピアの実現を避け、より“完璧”でない、もっと自由な、非ユートピア的社会に戻る方法を夢想する時代が。」を紹介した。そして今年、ドナルド・トランプの時代が始まったわけだが、彼はアメリカの救世主なのだろうか?

 

デヴィッド・ボウイ・トリビュート・コンサート

Celebrating David Bowie

 

前置きが長くなってしまったが、当初の予定は「デヴィッド・ボウイ大回顧展」について綴る予定だったが、今回のブログは、先週2月2日(木)の冬の夜に足を運んだデヴィッド・ボウイ・トリビュート・コンサートについて―。

土曜日の夜、ディナー後に、先月足を運んだ同企画展で購入したデヴィッド・ボウイのチョコレート(高級ショコラではなく普通のチョコレート)をいただきながら、シャンパン片手に、ボウイの曲をBGMに、ブログを書き始めたわけだが、最近感じるのは、俺自身、ボウイ同様、1月生まれの山羊座だからだろうか、夏よりもの季節が好きなことに気付いたのだ。とはいえ、子供の頃は、より夏が好きだったのは確かだけれど、の夜に聴くデヴィッド・ボウイの音楽もまた、格別に素敵だ。

 

本題に入るが、今から34年前、デヴィッド・ボウイの世界的に大ヒットしたアルバム『Let’s Dance』がリリースされた1983年、当時の・・・小学1年生(7歳)が今年41歳(1976年生まれ)、中学1年生(13歳)が47歳(1970年生まれ)、高校1年生(16歳)が50歳、大学1年生(19歳)が53歳(1964年生まれ)だ。そして当時、30歳ならば今年64歳で、(ボウイと同い年の)36歳ならば今年70歳だ。

 

したがって、先週の木曜日、タクシーから下車し、東京ドームシティホールに到着した夜、会場内で周りを見渡すと、50代60代と思われるファンがほとんどで、今から27年前となる1990年5月に東京ドームで観たデヴィッド・ボウイのコンサートの客層とは明らかに異なるそれだったのだ。「輝ける青春」はどこへやら、俺も年齢(とし)を取ったとはいえ、周りからは未だ30歳前後に見えるようで、単に若く見えるからだろうか、(飽きることなく)今でも日課のスポーツジムを消化し、ファッションや美容、食事などにも過度に気を遣っているからだろうか、オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』ではないが、会場を訪れていたファン(ほとんどが俺よりも年上だろう)の顔がとても老けて見えて、俺ひとりだけ若いような気がしたのだ、まるで子守にうんざりし「ラビリンス 魔王の迷宮」に連れ去られたかのように、ね。同じボウイファンが一堂に会するような、こういう機会はもう二度とないのだろうが、デヴィッド・ボウイ大回顧展でも同じようなことを感じたわけだが、デヴィッド・ボウイだけは永遠に若いままだが、時の流れとは残酷なものだ。

 

俺の勝手な妄想だと前置きしておくが、デヴィッド・ボウイのファンは皆、知的で、高額所得者で、洗練されていて、ストイックなまでに自己管理(運動)も怠らず、色んな意味でスマートだと思い込んでいたのだ。今回、そのイメージが完璧に崩れ去り、とっても衝撃的な夜となった(笑)。

 

当日の俺のファッションは、<ロロ・ピアーナ>のベビーカシミヤのタートルネック(ライトグレー)に<ジョルジオ・アルマーニ>のヴェルヴェットパンツ(ブラック)、そして<ジョルジオ・アルマーニ>のレザージャケット(ダークブルー)を羽織り、首元には<ジョルジオ・アルマーニ>のヴェルヴェットのストール(ブラック)を巻き、足元は<サントー二>のレザー製アンクルブーツ(ブラック)、そして腕時計は<ピアジェ>のアルティプラノを選択した。

デヴィッド・ボウイを偲ぶ夜は、18時半スタート予定が10分ほど遅れて始まり、71歳となったジャズ・ピアニスト<マイク・ガースン>のピアノソロで静かに幕を開け、俺自身の1983年から始まったデヴィッド・ボウイのリアルタイムな記憶の断片が、頭の中の宇宙を漂流し、1990年5月に2日連続で行われた東京ドームのコンサート“Sound & Vision”ツアーにワープしたり、デヴィッド・ボウイの音楽の歴史が鮮明なまでに蘇ってきたのだ。会場内は照明が落とされ、とても暗かったので、周りのファンの顔色を窺うことはできなかったとはいえ、きっと泣いていた女性ファンも少なくなかったはずだ。

特筆すべきことは、今回東京で開催されたボウイ・トリビュートのファイナル・コンサートは、ピアノ(キーボード)担当のマイク・ガースンが中心となり、70年代及び80年代に発表された楽曲で構成されたヒットパレード的なそれであり、3時間弱にも及ぶ長い時間、プロ歌手によるデヴィッド・ボウイを偲ぶカラオケ大会で盛り上がった素敵な冬の夜だったとも言えるが、

とりわけ、ゲイビー・モレノちゃんが歌うデヴィッド・ボウイの名曲の数々だけは他を圧倒するくらいに、魔法にかかったように、とても気分が高揚し、素晴らしかったことを付け加えておきたい。しかも歌うだけではなく、ギターを弾きながら再登場したときの彼女には、鳥肌が立つほどに、ロックスター的な雰囲気が漂っており、俺にデヴィッド・ボウイの記憶を改めて呼び覚ましてくれたのだ、素敵に。

多くのミュージシャンが今回参加したゆえ、聴くに堪えないそれもあったのは確かだし、1990年5月の東京ドームで、ボウイ(当時43歳)の隣でギターを弾いていた天才ギタリスト<エイドリアン・ブリュー>(当時40歳)も67歳となり、髪の毛も薄くなり、時の流れを感じさせた。そして今回、ギタリストの彼がボウイの楽曲を数曲歌ったのだが、上手いそれと下手なそれの違いがありすぎて、とても面白かった(笑)。普通に上手いレヴェルなのかもしれないが、34年もの長い間、何万回も何十万回もボウイの歌声を聴いてきた、肥えた俺の耳には、その違いがはっきりと分かり、とても貴重な体験となったわけだが、本物にそして贅沢に、慣れ過ぎたせいだろうか、デヴィッド・ボウイの偉大さを改めて知る夜となった。

 

<セットリスト>

1. Rebel Rebel (1974)

2. Lady Grinning Soul (1973)

3. Five Years (1972)

4. The Man Who Sold The World (1970)

5. Changes (1971)

6. Life On Mars? (1971)

7. Sound And Vision (1977)

8. Starman (1972)

9. Rock 'n' Roll Suicide (1972)

10. Where Are We Now? (2013)

11. Space Oddity (1969)

12. D.J. (1979)

13. Boys Keep Swinging (1979)

14. Suffragette City (1972)

15. Diamond Dogs (1974)

16. Win (1975)

17. Young Americans (1975)

 

18. All The Young Dudes (1972)

19. Wild Is The Wind (1956/カヴァー曲)

20. Ashes To Ashes (1980)

21. Fame (1975)

22. Fashion (1980)

23. Golden Years (1976)

24. Aladdin Sane (1973)

25. Stay (1976)

26. Moonage Daydream (1972)

27. Ziggy Stardust (1972)

28. Heroes (1977)

 

アンコール

29. Let’s Dance (1983)

30. Under Pressure (1982)

 

コンサートは、マイク・ガースンのピアノソロから始まり、『ダイアモンドの犬』収録のロックンロール・ナンバー“Rebel Rebel”(1974)で会場内の温度は一気に上がり、

続いてホリー・パーマーが歌う『アラジン・セイン』収録の“Lady Grinning Soul(邦題: 薄笑いソウルの淑女)”(1973)で一転、マイク・ガースンのロマンティックなピアノが同曲の艶めかしい雰囲気を盛り上げ、1800年代のショパンやリストを彷彿とさせた瞬間、デヴィッド・ボウイの当時のラヴ・ストーリーを俺に思い起こさせたのだ

コンサートで披露された全曲の感想を綴りたい気分だが、長くなるので、これくらいにしておきたい。そう、日本人アーティストも今回数組参加したのだが、イエローモンキーの吉井氏が歌う“Ziggy Stardust”は普通レヴェルで、オリジナル・ラヴの田島氏が歌う“Starman”は聴くに堪えないレヴェルだったが、後者の彼は歌詞を完璧に覚えてきてほしかったね、デヴィッド・ボウイにも観客に対しても失礼なそれだった(ステージ上での丁寧な立ち振る舞いは伝わってきたけれど)。一方、日本人ゴスペルグループのThe soulmaticsが歌う“Young Americans ”には正直、度肝を抜かれ、彼らのそのパワフルな圧倒的な歌唱力に「日本人もやるじゃん」と内心思いながら、マイク・ガースンも彼らのパフォーマンスに感心していた。正直な感想なので、あしからず。

 

最後になるが、冬の凍えるような夜の東京も悪くはないが、“All the Young Dudes”を聴きながら、同曲の邦題『すべての若き野郎ども』とは対照的に、会場内の年老いた観客に囲まれていたせいだろうか、同曲が『すべての老いた野郎ども』に聴こえたのは俺だけだろうか? とはいえ、生涯忘れられないくらいに記憶に残る、デヴィッド・ボウイを偲ぶ素敵な夜となった。俺は★(星)が輝く冬の夜に、素敵なロックンロールな夢を見た気がするよ、デヴィッド。

 

Happy Valentine's Day!

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大晦日。午後11時30分をまわって、気分は最高である。シャンペンは当たり年のクリュッグ、その泡がはじけ、血が騒ぎ、大勢の見知らぬ美もしくは美男たちが真夜中の時報とともにあなたにキスをしようと、すでに長い列を作って待っている。楽しかった1年よ、さようなら。と、そこで誰かが近づいてきて(どこのパーティでも必ずひとりはいるものだ、レモン入りのペリエを飲んでいるようなやつが)、こう尋ねる―。

 

新年の抱負は?

 

やれやれ。誰だい、いったい。せっかくパーティが乱れに乱れてもおもしろくなりそうなときに、そんな現実的な耳の痛い話を持ち出すのは。その場でわからなくても、翌朝には声の主は明らかになる。つまりそれは他人の姿を借りたあなた自身の“良心”に他ならない。よくないことは知りながら手放せないでいるあれやこれやの楽しみ、せめてそのひとつくらいはやめる決心をしたらどうだ、と問いかけているのである。

 

誰だったか、確かオスカー・ワイルドだと思うが、こんなことを言っている。「何事もほどほどに。ほどほどの中でも、ほどほどに」 何かというとはめをはずして大騒ぎしてしまいがちな人間の本能を、きちんと見抜いているところが賢い。新年の誓いにおいては、ふつうこんな格言は見向きもされない。やるかやらないかのどちらか。異様なほど凝り固まった考えのもと、みんなが“やりすぎ”という極端な方向へ向かって走りはじめる。だから結局は2月の中旬頃、それなりの罪悪感を抱くか、もしくは自分を正当化しつつ、一斉に元の生活へ戻らざるをえなくなるのだ。こうして意味のないことが何年も続いたので、いちいち誓いを立てることは、私はもうやめてしまった。

ピーター・メイル

 

どこからはじめようか?

 

クリスマスで慌ただしかった、東京の街がイルミネーションで素敵に飾られた日。“And the Party goes onそしてパーティは続く)”と題してブログを更新してから、早いもので1カ月が経過しようとしている。昨年末、幸運にも、航空チケットが急遽取れ、年末年始はカナダの<トロント>で迎え、その後<シカゴ>と<ニューヨーク>にそれぞれ滞在し、白銀の世界で約2週間を過ごし、新年の誓いはさておき、家族でヴァケーションを楽しみ、帰国した。

 

帰国した翌日は、<虎屋菓寮>で京都の白味噌仕立ての「雑煮」(正直、俺の好みのそれではなかった)をいただき、夜はディナー後、自宅で虎屋の羊羹「夜の梅」(切り口の小豆の粒が、夜の闇にほの白く咲く梅の花を思わせることに由来しているそうだ)に日本茶を合わせた。そう、かつて冬の季節にニューヨークに旅行した際、美術館巡りの途中、アッパーイーストサイドに位置した<TORAYA CAFÉ>に立ち寄り、羊羹と日本茶をいただいたものだが、同店はいつの間にかニューヨークから撤退していた。東京では、もうバレンタイン商戦が始まったが、スイーツは甘い記憶を呼び覚ます

 

そして日本での新年は、『デヴィッド・ボウイ大回顧展』をはじめ、年末年始に足を運ぶ予定だった映画3本(『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』『聖杯たちの騎士』『ネオン・デーモン』)をようやく劇場鑑賞した。

 

The Weeknd

 

ところで最近、自宅でヘヴィーローテーションしていたアルバムは、トロント出身のR&Bシンガー<エイベル・テスファイ>君(26歳)こと<ザ・ウィークエンド>のニューアルバム『スターボーイ』で、デヴィッド・ボウイへのオマージュ作品なのだ。なお、同アルバム収録曲“Party Monster”は中毒になりそうなくらい、俺の頭の中を“♪PARANOID♪”という一節が無限にループしている。

 

聖杯たちの騎士

 

デヴィッド・ボウイ大回顧展>に関しては、次回のブログで綴る予定だと前置きしておくが、まず今年初めてのブログは、クリスチャン・ベール主演、テレンス・マリック監督最新作『聖杯たちの騎士(原題: Knight of Cups)』について―。

正直、最高の映画だ! スローモーションで何度も繰り返して観たくなるくらいに、ね。俺は、その美しい映像の数々に何度もノックアウトされたのだ。劇中、素敵に、俺を夢の中に、心地よく誘(いざな)ってくれて、無意識に身体(からだ)がシャンパンを欲していたような、そんな不思議な感覚に包まれたわけだが、万人にはオススメしない。

人間は大抵、小説同様、映画に「実人生」を探したり重ねたりするものだが、前回のブログで、ジュリアン・バーンズの小説から「本の中では物事が説明されるが、人生ではそんなことはない。人生より本を好む人がいるのは驚くことではない。本は人生を意味づけてくれるからだ。唯一の問題は、本が意味付ける人生というのは他人の人生であって、決して自分の人生ではないということだ」を引用したが、この「」の部分を「映画」に置き換えても意味は通じる。

同作品を鑑賞後、「退屈だった」とか「つまらなかった」とか「共感できなかった」とか、そんな感想しか思い浮かばなかった人は、それは君の人生が、クリスチャン・ベール演じたハリウッドで成功した脚本家・・・知的で洗練された男<リック>の、享楽的で、パーティ続きの、魅惑的な人生とは対照的に、退屈な人生だからだろう、きっと。どちらの人生が善いとか悪いとか、それは大した問題ではない。アンドレ・マルローは「反回想録」の中で、「人間の真実は何よりもその人が隠しているものにある」と言ったが、リックの人生はコントラストに富んでいて、悩みなどなく、一見とても光り輝いているように見えるのだ

 

ところで、昨年クリスマスに53歳の若さで亡くなった、英国を代表する天才シンガーソングライター<ジョージ・マイケル>の名曲“FASTLOVE”(1996)をご存じだろうか。以前のブログでも何度か取り上げたそれだが、その歌詞には「刺激を求めて/夜の闇を手探りしていた/どこも下らない話ばかりだ/ベイビー、俺の合図が見えないのか?/たぶん君なら、僕を楽にしてくれる/僕はミスター品行方正なんかじゃない」とあるが、クリスチャン・ベール演じた脚本家リックも同じようなタイプの人間なのだろう。とはいえ、ハンサムで、知的で、社会的に成功している幸せな男の、過去に巡り合った、美しい女たちとの過ぎ去りし日の思い出を、約2時間(正確には1時間58分)もの長時間にわたり回想し、スクリーンで見せられると、それとは真逆の人生を送って来た(今も送っている)人々からしたら、腹立たしくなるのもわからなくもない(笑)が、一見そういう完璧なように見える人生も、世の中には存在するのだ

 

生活するとは、この世でいちばん稀なことだ。

大抵の人は、ただ存在しているだけである。

―オスカー・ワイルド

 

したがって、同作品を「素晴らしいお伽噺」と形容するのも悪くはないし、夢の世界ハリウッド>ではよくある話なのかもしれない。こういった俺好みの物語は、小説や映画の世界では珍しくなく、世界のどこかしらで何度となく語られてきたはずだ。そう、ブレット・イーストン・エリスの小説に登場しそうな・・・例えば、彼の代表的な小説『アメリカン・サイコ』に登場するスノッブな主人公<パトリック・べイトマン>がそうだが、『聖杯たちの騎士では殺人などは一切起こらず、大きな変化も生じない劇中、美しい音楽が流れ、そしてただひたすらに美しい映像と、美しい男女のラヴストーリーが延々と続くのだ、まるで、ジョルジオ・アルマーニの、美しい海辺で撮影された、香水のCMでも見せられているかのように、ね。本作は、真実の愛を探し、彷徨っている、クリスチャン・ベールの答え探しの物語なのだ

視点を変え、私的に分析すると、同作品の主要なキャストのふたりに注目してほしい。クリスチャン・ベールとケイト・ブランシェットは、それぞれアルマーニマンとアルマーニウーマンであり、劇中、クリスチャン・ベールが身に纏っていた衣装は<ジョルジオ・アルマーニ>のそれだ。アルマーニスーツに、ブラックシャツではなく、ネイビーシャツを合わせたその姿が、アメリカ西海岸の青い空の下、劇中とてもよく映えていた。

極論、同作品には、物語も、台詞も必要ないくらいに、そのディテールだけで観客にメッセージを伝えていたのだ・・・美しい男女、サンタモニカの美しい浜辺、LAの街を眼下に見下ろす丘の上に位置するプール付きの邸宅での華やかなパーティ、シャンパン、そして退廃の街<ラスヴェガス>、他には何もないくらいに、魅惑的なまでに単純化された、分かりやすい映画(世界)なのだと、俺の眼には映ったが、この作品を理解できない人は、「愛の経験」が足りないのかもしれない。何度も言うが、人生には遊びが必要だ。いや、愛なのかな。

聖杯たちの騎士』は難解な映画でないのは確かだが、日本国内のツイッターや映画評を見る限り、低評価のそればかりを目にし、それらが俺の感覚とかけ離れた意見ばかりで、内心とてもホッとしている(笑)。うーん、同作品は、テレンス・マリック流の「知的な芸術家気取りと虚栄についての物語」だとも言えるが、クリスチャン・ベールが演じたロマンティストでエゴイストな脚本家<リック>の気持ちは、俺自身とてもよく理解できた。フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』の主人公<ギャツビー>もまた、ロマンティストでエゴイストな男だが、リックは彼ほど純粋な人物ではない。

アンディ・ウォーホルの伝記本『パーティのあとの孤独』に何と書かれていたかはもう憶えていないが、そんな喧噪を通り抜けた果てに、リックには何が見えたのか―。彼が「成功」以外に、人生に欲していたのは「真実の愛」そのものではなく、「愛の経験」だったのだろうが、それも、俺自身、とてもよく理解できる、モテる男の宿命(女性には怒られそうだが 笑)なのだろう。そして、現実世界でそれを華麗に実践している男がひとりいる、レオナルド・ディカプリオその人だ。我々が生きている物質世界には、時間の意味を明白に示してくれるものはない。冷めた視点で語るならば、人生は無意味で、冷淡で、絶えず移ろい、儚いものなのだろうが、同作品の中では、人間の世界を「自然の世界」に結び付ける叙景の語りが、詩的でとても秀逸なのだ。ひとつだけ言える確かなことは、時間は万人に平等だが、我々人間にとって時間(人生)は有限だ、ただそれだけ。

 

を求め、彷徨う、ある男たちの映画

 

ところで、同作品に似たような作品をいくつか挙げるならば、ニコラス・ケイジ主演作『リービング・ラスベガス』(1995)をはじめ、ジャック・ニコルソン主演作『恋愛適齢期』(2003)、ジュード・ロウ主演作『アルフィー』(2004)、マイケル・ダグラス主演作『ソリタリー・マン』(2010)等々などがすぐさま思い浮かぶが、ソリタリー・マンに出演していた女優<イモージェン・プーツ>(当時19歳)が『聖杯たちの騎士』に出演していたのだ。

なお、日本において、2011年に劇場公開された『ソリタリー・マン』に関しては、2011年6月26日(日)付ブログ“If you start me up I'll never stop”(テーマ: 映画)で、イモージェン・プーツに関しては、彼女がミュウミュウの2015年春夏キャンペーンの広告モデルに起用され、来日した際、2015年3月31日(火)付ブログ“Young and Beautiful”(テーマ: ファッション)の中でそれぞれ取り上げたので、興味がある方はどうぞ。

 

聖杯たちの騎士のあらすじ

 

同作品のパンフレットに記載されたあらすじから、一部抜粋して紹介したい。

デラ(イモージェン・プーツ元妻の医師ナンシー(ケイト・ブランシェットモデルのヘレン(フリーダ・ピントリックの子を身籠った女性エリザベス(ナタリー・ポートマンストリッパーのカレン(テリーサ・パーマーリックを進むべき道へと導く若い女性イザベル(イザベル・ルーカスら女性たちとの交わりの中に、リックは気晴らしを求めていく。

リックには、女たちは自分が知るよりも多くのことを知っているように思えた。彼女たちのおかげで、リックは物事の核心に近づいていく。だが、気持ちの高鳴りの正体は分からない。どんなパーティも、男女の情事も、キャリアも、リックを満足させない。それでも、リックが人生を通して出会ってきた女たち、男たちが、ガイドとして、またメッセンジャーとしてリックを導いていく。リックの前には、東の国へ続く道がのびている。前に進むか? 勇気が足りずに諦めるか? 目を覚ましているか? それとも、すべて夢、希望、つかの間の空想としてしまうか? 旅は始まったばかりだ。

 

 

最後になるが、マドンナ1989年日本経済のバブル絶頂期、テイラー・スウィフトが生まれた年)にリリースしたシングル曲“Like a Prayer”の歌詞の一節は、“Life is a mystery”で始まる。なお、『聖杯たちの騎士』の最後の台詞は、「始めよう!」だ。

 

Have a nice weekend!

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人生も残り少なくなれば、誰でも少しは休めると思う。休む権利があるとさえ思う。私もそうだった。だが、そんなとき、人生に褒美が用意されていると思ったら大間違いだとわかりはじめる。老いがどんな痛みや惨めさをもたらすものか、若いころはわかった気でいる。孤独離別死別―想像できる。子供たちが成長して去り、友人たちも次々に死んでいき、社会的な地位は下がり、欲望は減退し、欲望の対象からもはずれていく―それも想像できる。

 

もう少し先へ進んで、間近に迫るを見つめる若者もいるかもしれない。残る仲間をいくら呼び集めようが、には独りで立ち向かうしかない。そこまでは若くても想像できる。だが、結局、それは先を見ているにすぎない。先を見て、その地点から過去を振り返ること―それが若者にはできない。

 

時間が新しい感情をもたらすことも知りえない。たとえば人生の証人が次第に減っていき、記憶の補強が覚束なくなり、自分が何者であり、何者であったかが次第に不確かになっていく。それがどんな感じのものか、若者にはわからない。いかに熱心に記録しつづけ、言葉と音声と写真を山のように積み上げても、結局は役立たずの記録になるかもしれないことに思い至らない。歴史とは、不完全な記憶が文書の不備と出会うところに生まれる確信だから。

ジュリアン・バーンズ著『終わりの感覚』より

 

デヴィッド・ボウイと記憶の固執

 

2016年正月。俺はいつもと変わらず、前年の師走~クリスマスから続いたシャンパンの宴にも似たどこか浮ついたような気分で新年を迎え、室内ではモーツァルトの音楽が流れ、ジョルジオ・アルマーニの服を身に纏い、高級ソファにもたれながら、永年愛飲している<ボランジェ>が注がれたバカラのシャンパングラスを傾けていた。

 

そして1月10日、「さよなら」も言わず、デヴィッド・ボウイが★になったのだ。あと1週間で新年を迎えるが、ボウイがまだ生きていたならば、来年で70歳の誕生日を迎えたはずだ。そう、今年初めて綴った1月3日(日)付ブログの“absolutely gorgeous”(テーマ: ファッション)の中で、俺はクリスマスについて書かれた日経新聞の社説「春夏」から一部抜粋して引用していた。

 

バブルのころ読んだマンガに、こんな場面があった。大勢の若いカップルが高級レストランでディナーを楽しんで、その後シティーホテルに泊まる。女性が「どうして毎年こうするの」と聞くと、男性は「さぁ、よく知らないけど、12月24日はそういう決まりだから」。

 

日本でのクリスマスの盛り上がりにそもそも宗教的な意味合いは薄いけれど、バブル期にはそれが極まった。都心のホテルやレストランは半年も前から予約で埋まり、彼氏は高価な指輪やイヤリングを彼女に贈らなければならない。イヴまでに何とかデートの相手を、と焦りを募らせた当時の若者もおられるのではないか。

 

バブル期は消滅し、震災なども経験して、クリスマスイヴの景色はずいぶん変わった。1人で過ごすクリスマスを、若い世代は「クリぼっち」と呼ぶそうだ。「独りぼっち」にかけた言葉である。皆で盛り上がる場にいないことを恐れているようにも聞こえるが、読書ぼっち映画ぼっちのイヴだって悪くない。一人静かに過ごし、家族への感謝の気持ちを胸に一日を終える。それだけでもう特別な夜になる。

 

そして世界が涙したデヴィッド・ボウイ訃報のニュースが流れた翌1月11日(月)、“David Bowie Forever”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)と題してブログを更新し、スペインの思想家<バルタザール・グラシアン>の名言「我々が手にしているのは、時間だけだ」を引用した。

 

続いて1月13日(水)付のブログ“I lost a Hero”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)では、最後にヘルマン・ヘッセの名言「どの花も実を結ぼうとする。どの朝も夕暮れになろうとする。変転と時の流れのほかに永遠なものはこの世にはない」を引用した。

 

さらに1月17日(日)付ブログ“Hot tramp, I love you so!”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)では、ボウイと親交があったスペインの画家<サルヴァドール・ダリ>との関係性について触れ、今年日本で開催された『ダリ展』(京都美術館: 7月1日~9月4日、六本木の国立新美術館: 9月14日~12月12日)について取り上げた。

 

ダリもまた引用が好きだったひとりだが、彼が影響を受けた画家たち・・・ラファエロ、ベラスケス、フェルメールなどの話はさておき、彼は建築家<ガウディ>を天才と呼び、「食欲を覚えさせる」と彼独特の言い回しで形容した。正直、ダリの数々の幻想的な作品は俺の趣味ではないが、彼とボウイの共通点は「想像力」の豊かさだとも言えよう。また、私的に興味を覚えたダリのそれは「時間」を描いた作品群だ。

1931年(昭和6年)に描かれた「記憶の固執」と題された絵画の時計に注目してほしい。現実の時間、記憶の時間、時の経過。その柔らかな時計には「ハエ」が一匹描かれているのだが、シュルレアリスム的語呂合わせとして、“Time flies like an arrow(光陰矢の如し)”という名言を思い浮かべたのは俺だけではないはずだ。要は、鬼才<ダリ>の絵画もまた、天才<ボウイ>の音楽のように、我々の「想像力」を強烈に刺激し、新しい世界へと誘(いざな)ってくれるのだ、素敵に。

 

例えば、デヴィッド・ボウイの名盤『ダイアモンドの犬』(1974年)のアルバムジャケット然り、ね。付け加えると、同アルバム収録曲“Rebel Rebel(愛しき反抗)”は、70年代初頭の性別の不明化を言い表した名曲なのだが、マドンナのお気に入り曲のひとつでもある。なお、1936年12月14日号の雑誌「TIME」の表紙を飾ったダリの顔写真を撮影したのは、マン・レイその人だ。そう、先日、父親とロブションで会食した際、東京五輪が開催された1964年(昭和39年)に、東京プリンスホテルで「ダリ展」が開催されたと教えてくれた。俺が生まれるずっとずっと昔の話だけれど。正に、光陰矢の如し、だ。

 

フロベールの鸚鵡(おうむ)

 

ところで、ダリ(1904-1989)が亡くなったのは、奇しくも日本経済のバブル絶頂期にあたる1989年まで遡るが、クリスマスのイルミネーションで幻想的な東京の夜の街を今月歩きながら、バブル期当時のそれと2016年のそれは、とりわけ何も変わったようには思えないが、12月のこの時期の雰囲気は私的にはとても好きであり、宗教的な意味合いは除いて、クリスマスを「普通の日」と形容する冷めた人は、その人の人生観を表しているようでもあり寂しい限りだ。サンタがいると信じている幼い子供のように、冷めた大人である彼らの心が躍り、夢を見る日は訪れるのだろか。極論、「人生には遊びが必要だ」。

ひとつだけ言える確かなことは、クリスマスの意味云々ではなく、変わったのは東京の街の風景だろう。それが最も顕著な場所が、世界的に有名な高級ファッションストリート「GINZA」だ。バブル期の銀座界隈で、高級百貨店の代名詞だった1984年開業の「有楽町西武」が2010年に閉店し、

そして同年開業した若者向け百貨店「プランタン銀座」は年内に閉店する。時代の流れはさておき、銀座も二極化しているのは確かだろう。そう、1983年にはデヴィッド・ボウイの“Let’s Dance”が、翌84年にはマドンナの“Like a virgin”が日本国内でも大ヒットしたが、もうかれこれ32年、33年も昔になるのか。

 

デヴィッド・ボウイの影響で、近年読み始めた英国人作家<ジュリアン・バーンズ>の小説から、ブログ冒頭で一部抜粋して引用したが、彼が1984年に著した「フロベールの鸚鵡(原題: Flaubert’s Parrot)」の特徴のひとつは、大量の引用でもあるのだが、私的に印象に残っている一節を一部抜粋して紹介したい。どこかの本でも目にしたようなそれなのだが・・・。

 

本の中では物事が説明されるが、人生ではそんなことはない。人生より本を好む人がいるのは驚くことではない。本は人生を意味づけてくれるからだ。唯一の問題は、本が意味付ける人生というのは他人の人生であって、決して自分の人生ではないということだ。

―ジュリアン・バーンズ

 

一方、ショウペンハウエルは『幸福論』の中で、次のような名言を残していた。

 

人は誰も、自分の個性から逃れることはできない。

―ショウペンハウエル

 

リッツ・ホテルのように大きなダイアモンド

 

フィッツジェラルドの(日本ではあまり有名ではない)隠れた作品『リッツ・ホテルのように大きなダイアモンド』は、主人公ジョンとキスミンとのロマンスの物語だが、その逃避行の話はさておき、キスミンが星空を見上げながら、溜息をついてジョンに言った言葉がとても印象的だ。

 

今まで気付かなかったわ。星は誰かの大きな、大きなダイアモンドだっていつも思っていたの。星を見るのが怖いわ。みんな夢に思えるのよ。わたしの青春が。

 

アンソニー・ドーア

 

今夏の終わり頃、ファッションピープルの女の子たちと会食した際、ファッション映画音楽旅行

レストランなどなどの話ではなく、

ある本の話で盛り上がった矢先、好奇心旺盛なひとりの若い女の子から「アンソニー・ドーアをご存じですか?」と訊かれ、「名前は知っているけど、彼の作品は読んだことないね」と答え、アンソニー・ドーア著『すべての見えない光』を手にすることもなく、4カ月の歳月が経過しようとしている。

 

そして当時の、夏の或る夜、シャンパン片手に、その女の子が面白いと教えてくれた(2014年にTBSで放映された)テレビドラマ『Nのために』も未見だ。テレビドラマを連続して見た記憶はここ20年ほどないと思うが、先述した小説とテレビドラマは年末年始に挑戦してみたいが、そのことをこの時期にふと思い出したのには何か意味があるのだろうか(笑)。かつて、トム・フォードがインタヴューで答えていた・・・「いつも同じ世代と飲む(遊ぶ)のではなく、若い世代と交流しなさい」と。この2つの小説とドラマのテーマともなっている「記憶」と「時間」のそれは、わがままな俺の特異な感性をはたして刺激してくれるのか、楽しみだ。

 

ビル・エヴァンスのクリスマスアルバム「TRIO 64

 

ロバート・グラスパーのブルーノート東京公演について書き綴ってもよかったと前置きしておくが、もうかれこれ12年近くもブログを続けていると、毎年同じようなことを繰り返し、そのことを書き綴っているようにも思えるが、近年必ずといっていいほどクリスマスのこの時期に、変わらずに愛聴しているアルバムが、過去何度も書いたように、ビル・エヴァンスが1963年にニューヨークのウェブスターホールにて録音した8曲収録された、“Little Lulu”で始まる『TRIO 64』だ。同アルバム4曲目が、誰もが知る“Santa Claus is coming to town(サンタが街にやってくる)”だ。

聖なる夜に、超高級オーディオに同CDをセットし、超高級ヘッドフォンで、そのハイレゾ音源を聴きながら、毎年(毎日のように)ボランジェを飲んでいる俺はワンパターンな気もするが、昨日は朝の9時頃から非公開ツイッター上で連投し、その後スポーツジムに出掛け、ランチは銀座の鮨屋でボランジェを傾けながらの鮨を、そして夜は自宅にてクリスマスディナーをいただいた。ピエール・エルメのケーキとともに。そう、ボランジェをこれから購入する方には、その箱にも注目してほしい。そこにはマダム<リリー・ボランジェ>の言葉が記されているのだ。彼女の名言に興味がある方は、2013年5月7日(火)付ブログ“I drink it when I’m happy”(テーマ: シャンパン)の冒頭で引用したのでどうぞ。

最後になるが、冬至、そして暖かった金曜の夜も過ぎ去り、今年も残すところわずかだが、夜の会食は2回残っており、俺にとってのシャンパンの宴はまだまだ続きそうだ。

 

Happy Christmas!

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贅澤と遊ぶといふことは同じであって、

遊ぶ気持ちが働いてゐなければ、

贅澤をしても贅澤にならないからつまらない。

吉田健一著『乞食王子』より

 

贅沢趣味が満たしてくれるものは、その性質上、物質的欲求だけにとどまらない。経済力の限界というものを考えれば、ほんのひと握りの幸運な人々にしか味わえないわけだから、肉体面はもちろん、精神面すなわち自尊心にとっての喜びにもつながることになる。

 

四本どりで編んだ厚手のカシミア・セーターを着たり、高級珍味であるチドリの卵を食べて満足感を覚えるのは、隣人たち、たとえばお抱え運転手や食料品を配達にくる小僧には決してできない真似だからである。歴史を振り返ると精神分析から旅行に至るまでこうした金のかかる習慣だらけで、それらひとつひとつが次第に品位を失い大衆化していくという形で、社会は発展してきた。

 

そんな中で人間は、何かが俗化の危機にさらされれば、さらに希少かつ贅沢な新しい趣味を考えだすという具合に創意工夫を常に怠らなかったわけだが、ひとつだけ大きな例外がある。クリスマスだけは、なぜかいまや万人の贅沢趣味である。世界中で大勢の人が楽しむ(というより、たぶん耐える)行事。金銭面で無理をしていない人は、いないのではなかろうか。

 

そもそも宗教上の祝い事だったはずが、いつの間にか国防費並みの予算を注ぎ込む消費社会の乱痴気騒ぎとなってしまった。お祭り気分を盛り上げる派手な宣伝に踊らされて、プレゼントはプレゼントの応酬を招く。

ピーター・メイル著『贅沢の探求』より

 

ドナルド・トランプとマドンナ革命、そして80年代

 

先月13日(日)にブログを更新してから、早いもので約1カ月になろうとしている。オスカー・ワイルドは「私にとって自分の義務は、猛烈に楽しむことだ」という名言を残したが、俺にとってこの1カ月は、まだ未開封の新譜CD(20枚ほど)や映画DVD(20数本)の視聴、今こそ読み返すべき本の再読、3泊5日の旅行、

そして11月後半から今月も続いているシャンパンの宴などなどに時間を費やし、遊びを優先してしまった。それゆえ、ブログの更新は先送りされ、師走の今に至っている。そう、ギャスパー・ノエの映画『LOVE』 が、2016年で最も記憶に残る作品となったが、俺好みのそれだったとはいえ、万人にオススメはしない。

書き出せばキリがないが、例えば、ヴィム・ヴェンダース監督作『誰のせいでもない』を渋谷のヒューマントラストでの劇場鑑賞(同作品はオススメしない)、11月としては54年ぶりとなった都心の初雪に心躍り!?、再訪の『ダリ展』、

7月17日(日)付ブログ“D.A.N.C.E.”(テーマ: 映画)で取り上げたフランスのエレクトロ・デュオ<ジャスティス>の、新作アルバム『Woman』リリース及び代官山での無料ライヴ、そして雑誌『ゲーテ』の表紙を飾ったのは、今年82歳の誕生日を迎えたファッション・デザイナー<ジョルジオ・アルマーニ>だった。この1カ月は、猛烈に楽しんだ。ジャスティスの新曲“Fire”のMVに起用されたスーザン・サランドン(70歳)は、デヴィッド・ボウイの若かりし頃の恋人のひとりだが、暗闇に必要なのはであり、今、病んだ地球には、闇を照らしてくれるようなが必要なのだろう、ヒーローが・・・。

 

 

1カ月前に話を戻すが、前回のブログでは、ブレット・イーストン・エリスの小説『アメリカン・サイコ』の主人公<パトリック・べイトマン>が崇める不動産王<ドナルド・トランプ>氏にフォーカスした一方、21世紀アメリカを象徴する強い女性像<ヒラリー・クリントン>氏に対して、オスカー・ワイルドの名言「彼女は、弱さという何ともいえない魅力を欠いている」を贈り、さよならを告げた。そもそも、我々が生きている世界に、彼女がメタファーとして形容した「ガラスの天井」なんてものは存在しないのだ。

そう、約1カ月前のあの頃、俺が書店で目に留まり、手に取った雑誌が、ニューズウィーク日本版(11月22日号)の「ドナルド・トランプの世界」の総力特集号だった。表紙をめくれば、オバマ米大統領の「あなたが成功すれば、国家が成功する」といった皮肉交じりの名言は、アメリカに何の変化ももたらすことができなかった、弁護士出身の弁論だけが上手な男の、精一杯のブラックジョークにも思えた。

 

同誌の総力特集にすべて目を通した感想だが、偏見に満ちていて、読むに値する内容ではなかったが、この1カ月、為替相場は「ドル高・円安」に進み、トランプ相場のおかげで、日経平均株価は12月9日、一時1万9000円台までに回復するに至ったのだ。まるで、今年6月の同株価1万4000円台が嘘だったように、ね。例えば、11月8日の米大統領選の投票日の終値から、三菱UFJフィナンシャル・グループの株価の上昇率は43%にも達した。

ところで、同誌の最終面に、マドンナにフォーカスしたコラム“セックスを商品にした「革命家」マドンナの狙い”が掲載されていたので、一部抜粋して紹介したい。今から24年前の1992年に発行された米ニューズウィーク誌で特集されたそれだが、俺は当時、大学生だった。

 

あらゆる部分で先進的な超大国アメリカだが、女性の社会進出に関しては意外に保守的な面がある。ただ、カルチャー界では一足早く「強い女性像」を体現して一世を風靡した女性がいた。58歳になる今も走り続けるポップスターの女王マドンナだ。92年11月2日号のニューズウィークは、当時34歳のマドンナを特集した。82年にデビューし、セクシーかつ挑発的なパフォーマンスと奇抜なファッションで一躍スターの座に上り詰めたマドンナが、今度は過激な写真集『SEX』を発表。またしてもアメリカ社会に激震を走らせた。当時のアメリカは、セックスが文化として消費される時代を迎えていた。80年代にエイズ感染者が急増して性を危険視する風潮が生まれ、「する」ものではなく「見る」「読む」対象としてセックスが市場に出回るようになった。

 

マドンナは本誌の取材に対して、こう語っていた。「セックスは私が使うメタファーで、写真集の本当のテーマは愛。人の望みや求めているものは、それぞれ違うわけでしょう。好みや性的な欲望も違う。他人が自分と違うからといって、その人を非難したり、善悪の判断を下すべきじゃない」。マドンナの功績は単なるセックスにとどまらず、「女性の殻をいち早く破ってそれを世間に認めさせたことだろう。

 

82年のデビューはさておき、デヴィッド・ボウイに憧れていたマドンナが、83年のデヴィッド・ボウイの大ヒットアルバム『レッツ・ダンス』に触発され、同アルバムのプロデューサーだったナイル・ロジャースを起用し、マドンナが制作したセカンド・アルバムが84年の『ライク・ア・ヴァージン』であり、日本での知名度を上げた彼女の代名詞的なアルバムだろう、俺の趣味ではないけれど(笑)。俺自身、あの当時の記憶は未だ鮮明に残っているが、付け加えるならば、同アルバムのオープニングに収録された“マテリアル・ガール”は、マドンナ自身を映し出したような内容のそれであり、物質的欲求のピーク80年代という強欲の時代を象徴している。小説『アメリカン・サイコ』で描かれた時代もまた80年代であり、トランプ氏がニューヨーク五番街の超一等地にトランプタワーを開業したのが83年であり、デヴィッド・ボウイの大ヒット曲“Let’s Dance”がリリースされたのも同年だ。

 

今年1月、デヴィッド・ボウイが★になってから、マドンナによるボウイ追悼のツイートをRTし、今年1月17日(日)付ブログ“Hot tramp, I love you so!”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)の中で取り上げたが、ひとつだけ言える確かなことは、彼女も俺もボウイの大ファンであり、生まれ育った国こそ違えど、彼の歌を聴いて、色んな意味で、彼の“変化”に翻弄!?されながら、デヴィッド・ボウイの冒険を楽しみながら、今まで生きてきたのだ。今年58歳となったマドンナの追悼ツイートは、以下のとおりだ。

 

ものすごくインスピレーション豊かで革新的でした。

独創的で挑発的でした。本当の天才でした。

今日は自宅の部屋中がデヴィッドの写真だらけになっています。

デヴィッドは本当にお洒落で美しくて品がありました。

時代のずっと先を行っていました。

ありがとうデヴィッド・ボウイ。

わたしはあなたにたくさんのものを負っています。

世界があなたのことを惜しむことでしょう。

愛をこめて

マドンナ

冷めた視点で、本質を語るならば、性のタブーを破った人は歴史上たくさんいると前置きしておくが、最も有名な、その最初の人は19世紀末に活躍した天才作家<オスカー・ワイルド>その人かもしれない。そして20世紀、サマー・オブ・ラブが真っ盛りだったスウィンギング・ロンドンにおいて、1960年代のセックス革命の扉を開けたのは、他でもない英国のロックスター<デヴィッド・ボウイ>その人なのだろうが、それについて綴ると長くなるので、機会があればまた。

 

スティングのニューアルバム<57TH & 9TH

 

ボウイの最初の妻<アンジー>曰く、「1966年のロンドンは最高に素敵だった。愉快の絶頂にある、世界屈指の大都市だった」のかもしれないが、2016年の今、ドイツを除けば、英国をはじめ、フランスやイタリアもそうだが、現在のヨーロッパは暗黒の時代に突入したかのように暗いイメージが先行している。で照らしてあげたいくらいに、ね。

昨年、テロに見舞われたパリへの旅行客は大幅に減り、日本からパリへの旅行はただ同然のように格安となり、テロの襲撃により多数の犠牲者が出たパリのライブハウスでの事件から1年が経過した先月、同地でライヴを行ったのが他でもない英国のロックスター<スティング>だった。前回のブログでスティングのツイートを取り上げたばかりだが、その後、ニューアルバムのプロモーションのため、先月末に彼が来日を果たしたのは、誰の記憶にも新しいはずだ。

同アルバムを繰り返し20回ほど聴いたが、とりわけオススメもしない。

アルバムタイトルとなった「ニューヨーク9番街57丁目」は、デザイナーズホテル<Hudson>の眼と鼻の先だが、

同ホテルに宿泊した際、デジカメで撮った写真が何枚かあるので、一枚だけ貼り付けておきたい。そして、同アルバム4曲目の“One Fine Day”の歌詞の一節がとりわけ印象的だった。

 

親愛なる、指導者達よ、頼むから早く何か手を打ってくれ

時間がないんだ、この惑星は病んでいる

でもほら、皆感謝するはずさ

ある晴れた日に

 

オテル・リッツ

 

ところで、ブログ冒頭で、ピーター・メイル著『贅沢の探求』より一部抜粋して引用したが、同書はかつて『Esquire』誌や『GQ』誌に連載されていたコラムを集めた短編集であり、シャンパン片手に気軽に読めるそれなのだが、その中の「贅沢なシャツ」というタイトルの短編から、今年パリにリニューアルオープンしたばかりの名門ホテル「オテル・リッツ」の固有名詞が登場するので、一部抜粋して紹介したい。なお、俺のお気に入りホテルは、パリにはいくつかあるが、フォーシーズンズホテル・ジョルジュサンクは無敵に素敵だ。そして、ブログ冒頭で引用したイギリス文学者の故<吉田健一>氏は、日本の歴代首相のひとり<吉田茂>氏の息子だからだろうか、ユーモアに溢れていて、とても面白い。

 

華麗なるギャツビーの洋服箪笥にはシャツがぎっしりと並んでいた。ギャツビーは明らかにシャツ中毒である。それに、ことシャツに関する限り、これでもうどこかへわざわざ買いに出かける必要がない。手元に<シャルヴェ>の電話番号がある。一方の<シャルヴェ>には私の採寸記録と型紙が保管されている。その気になりさえすれば、プロヴァンスでいながらにして、数千ドルの買い物ができる。発作的に受話器をとりあげるだけで、三週間後には郵便配達人が<シャルヴェ>の箱をどっさりと抱え、よたよたと家の前の道を上がってくるという寸法だ。別にパリにまた出向いていくのだって、悪くない。あの生地室は、もう一度探検するに値する。

 

それでは楽しい夜を、とジョゼーフに見送られて外へ出た。ヴァンドーム広場のちょうど向かいに、陽が沈もうとしていた。そのとき、ほかのシャツ専門店にはない、<シャルヴェ>ならではの魅力がもうひとつあることに気づいた。と言ってもワイシャツとは何ら関係ない。この店からだと、あのリッツ・ホテルの<ヘミングウェィ・バー>まで歩いて二分なのだ。

ピーター・メイル

 

 

あっという間に今年も終わりそうだが、もうすぐクリスマスだ。

 

Have a wonderful night!

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自分が「最高の生活」として憧れるような環境になったとする。そこで感じる幸せがある。でもその幸せは、いま自分が経験している「慎ましい生活」で感じる幸せと、ほぼ変わらない。

―アダム・スミス著『道徳情操論』より

 

人生は決して公平ではない。

我々にとっては、それはよいことではないのか。

―オスカー・ワイルド

 

現代のドン・ファンを見ていると、どうも暇つぶしをしているような気がしてならない。どんなおとぎ話も必ず結婚で終わることを考えれば、われわれロマンチストが何よりも説得力のある神話である結婚を信じることは驚くに当たらない。だから、今度、年がら年中女の尻を追い回しているくせに幸せな結婚生活を送っている男のことを耳にしたときも、不愉快な奴だと思わないで、どうかオスカー・ワイルドの次の言葉を思い起こしていただきたい。「一夫多妻―ひとりの女と結婚し、多くの女を愛することができれば、そのほうがどれほど詩的なことだろうか

―タキ・テオドラコプロス

 

多くのアメリカ人、とくに小さな町で育ったアメリカ人と同じで、イギリス人の貴族は気に入った人物は誰かれかまわず自宅に呼んで歓迎する。また彼らは、一見して人を判断する。この点でも、多くのアメリカ人と似ている。

 

自分でも手に負えないほどスタイルを持っていたオスカー・ワイルドは、こう書いている。

初対面で人を判断できないのは底の浅い人間だけである、と。

 

これまでスタイルがないということでハリウッドを非難する者はいなかった。それどころか、ハリウッドは、一度として文明と呼ばれる域に達することなく、原始時代からデカダンへ移行してしまった唯一の社会なのである。

―タキ・テオドラコプロス著『ハイ・ライフ』より

 

トム・クルーズ来日と木枯らし1号

 

今週、独身貴族に戻ったハリウッドスター<トム・クルーズ>が新作映画『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK(原題:Jack Reacher: Never Go Back )』のプロモーションのため、22度目の来日を果たした。

ペニンシュラ東京での記者会見を行った翌9日(水)午前、ここ東京では木枯らし1号が吹き、同日夜には、ジョルジオ・アルマーニのスーツを身に纏ったトム・クルーズが、六本木ヒルズで行われたジャパンプレミアに出席した。

 

同作品で、トムが演じるジャック・リーチャーは「アウトロー(異端児)」であり、今週末11日(金)から日本国内でも劇場公開されたばかりだが、『アウトロー』が日本で劇場公開されたのは2013年まで遡る。今作はその続編にあたり、日本国内における邦題が前作とは異っているが、前作のタイトルは『アウトロー(原題: Jack Reacher)』だった。当時の来日に関しては、2013年1月7日(月)付ブログ“American dreams came true somehow”(テーマ: 映画)で取り上げ、映画監督<大島渚>の著書『解体と噴出』風に、次のようにトム・クルーズを語っていた。

 

自己変革が到底不可能な女に、自己変革しろと迫るのが、トム・クルーズの趣味なのかもしれない。どうも彼には、そういう不可能へ寄せる情熱のようなものがある。そして美女たちは結局逃げ、彼自身はそのことによって、必然的に自己変革を迫られるという、彼自身にとっては、或る意味で、なかなか都合の良いシステムが出来上がっていて、だから俺は、妻に逃げられるという一種の才能も、この世の中にはあるのだと感嘆した。

 

トム・クルーズの作品はすべて面白いと思うが、彼の大ヒット作『トップガン』をはじめ、『ミッション・インポッシブル』シリーズよりも寧ろ、(前妻のニコール・キッドマンと競演した)夫婦の嫉妬を描いた『アイズ・ワイド・シャット』はすべてが最高だったし、『マグノリア』『バニラ・スカイ』『コラテラル』などの作品も俺好みで、とても洗練されている。

 

ところで、俺がトム・クルーズ出演の映画を初めて劇場鑑賞したのは今から33年前の1983年の夏まで遡るが、それはフランシス・フォード・コッポラ監督作『アウトサイダー』(1983年・米)であり、主題歌にはスティーヴィー・ワンダーの“Stay Gold”が使用された。同作品の物語は、富裕層と貧困層の不良グループの対立を背景にした青春映画の傑作のひとつだ。

付け加えると、先述した映画とは一切関係ないが、デヴィッド・ボウイの愛読書のひとつで、コリン・ウィルソンの小説『アウトサイダー』はとても興味深い作品であり、ブログ冒頭で引用したアダム・スミスの著書同様、人はどう生きるべきかを教えてくれる。

そう、トム・クルーズ主演の大ヒット作『トップガン』の公開は1986年で、友人に連れられ、劇場に何度も足を運んだ青春映画だ。その頃からトム・クルーズの美しさは花開き、1994年公開の吸血鬼映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(私的には最高の部類の作品であり、エンディングが俺好みだ!)でピークを迎えた感じだろうか。ハリウッドにおいて、彼はとりわけ特別な存在であり、ハリウッドを代表するスターだが、私的には『マグノリア』で演じたセックスの教祖役は最高だったよ(笑)。『コラテラル』の悪役も良かった一方、近年彼が演じている役は俺の趣味ではないのは確かだろう。

 

最後の晩餐

 

 

新しい時代の幕開け

 

ところで、ブログ冒頭で引用した俺のお気に入り作家のひとり<タキ・テオドラコプロス>は、オスカー・ワイルドに多大に影響を受けているが、彼は大富豪であると同時に、アウトサイダーだとも形容できるが、それはアメリカの不動産王<ドナルド・トランプ>も同じだ。

周知のとおり、(俺が予想していた通り)ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に選ばれたばかりだが、彼に関しては、以前のブログでも何度も取り上げたように、私的には大学時代から注目していた人物のひとりであり、当時から彼の著書にもすべて目を通したが、彼にあって、ヒラリー・クリントンにないものをふと考えた際、まず思い浮かぶのは「カリスマ」性だったのだ。トランプは“スーパー”ビジネスマンである一方、ヒラリーは“スーパー”エリートの弁護士(後に政治家)であり、弁護士出身という意味合いではバラク・オバマと同じで、秀才だ。が、ひとつだけ言える確かなことは、オバマ政権は超大国アメリカにおいて、何ひとつ“変化”をもたらすことができなかった

そう、今から5年前の2011年2月20日(日)付ブログ“I still don't know what I was waiting for...”(テーマ: 番外編)では、ドナルド・トランプを取り上げ、彼について次のように記していた。

 

ところで今週、俺の非公開ツイッター上で、ある女の子から映画『アメリカン・サイコ』についての感想をいただいたので、そのツイートに対して、いくつかツイートしてみたのだが、アメリカン・サイコの主人公パトリック・ベイトマンが、ヒーローとして崇める人物が、他でもないニューヨークに実在する不動産王ドナルド・トランプその人なのだ

 

彼が5、6年前に来日した際、酒の席で話題となったような気もするが、それは ジュリアーニNY元市長 のことだったのか、記憶が定かではない。いずれにしろ、 ブルームバーグNY現市長 も、私的には大変興味深い人物ではあるのだが、ドナルド・トランプ(今年で65歳)という男に関しては、俺が以前から(大学の頃)注目していた人物なのだ。

 

どこか、やっぱり足りない感じがする。

遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ。(サンフランシスコで)ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする。

―石原慎太郎

 

俺はこの発言に対して、異論を唱えるつもりは全くないが、こういった発言は内心思っていても、立場上、口にしないほうが賢明だろう。アメリカ人のように、物事をはっきりと言うのは俺もそうなのだが、オトナになれば、状況に応じた使い分けが必要だ。CNNのサイトで紹介されていたような、ドナルド・トランプ氏の発言も危険だとは思う一方、彼は多くのアメリカ人に求められているような人物なのかもしれない!?

 

先例なき時代に、日本人に求められているのは「内向きとの決別とグローバル化(世界に目を向けよう)」なのだろうが、すぐに変化できるものでもないだろう。

 

高坂正堯著『文明が衰亡するとき』には、13世紀から14世紀の地中海世界に君臨したベネチアは、16世紀後半以降に「内なる変化」にさらされ、喜望峰ルートの発見という当時の「グローバル化」の影響を見誤り、「守旧的性格」が強まった。

 

日本の過去における2度の“奇跡”はともかく、21世紀の世界に求められているのは“変化”に他ならないのだ。今月開催された、アメリカで大人気のスーパーボウルで流されたTVCFBMWTVコマーシャル)は、とても印象深いものだった。なぜなら、デヴィッド・ボウイの曲“Changes”が使用されていたから、ただそれだけ。

 

最後になるが、ブログ冒頭で引用したタキの言葉「一夫多妻―ひとりの女と結婚し、多くの女を愛することができれば、そのほうがどれほど詩的なことだろうか」を借りれば、イタリアの超高級スーツ<ブリオーニ>を身に纏ったドナルド・トランプ氏は、或る意味、下品かもしれないが、ロマンティストの異性愛者であり、誰よりも詩的な男なのは明白だ。そして私見だと前置きしておくが、俺の眼には、移民で元モデルのトランプ夫人<メラニア>のほうが、アメリカンドリームを実現させ、ヒラリーよりも幸せそうで、とても魅力的な女性に映っている。

一方、秀才<ヒラリー・クリントン>氏がかつて身に纏ったジョルジオ・アルマーニのパワースーツも、今年連日身に纏っていたラルフ・ローレン・コレクションの高級スーツも素敵だったが、そんなアメリカを代表する69歳(デヴィッド・ボウイと同い年)のパワーウーマンヒラリー・クリントン>に、天才<オスカー・ワイルド>の名言を贈りたい。

 

彼女は、弱さという何ともいえない魅力を欠いている。

―オスカー・ワイルド

 

 

Have a nice day!

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