In The Groove

a beautiful tomorrow yea

In The Groove In The Groove
In The Groove In The Groove In The Groove
In The Groove In The Groove In The Groove
私はいつも自分をびっくりさせている。

人生に生きる価値をもたらすのは、それだけだから。

―オスカー・ワイルド




自信のないメトロセクシャルは価値がない。自信の鍵となるのは知識である。自分自身を知り、自分の力を知り、弱点を知ることである。それは、持つ人持たない人のいる特殊な資質ではなく、本人の心の持ち方である。“が人生なのだ。

―マイケル・フロッカー





テーマ:

ジギー・ツアーの終盤、デヴィッド・ボウイが次のRCAのアルバムの企画を考え始めた頃に、二人の友人関係は始まった。ある晩遅く、一行がコンサートの後くつろいでいる時に、マイク・ガースンがバーのピアノでジャズのスタンダード・ナンバーを弾き始めた。彼が<My Funny Valentine>を弾くと、デヴィッドがやって来て彼に合わせて歌った。「すごくまともな声で歌ったんだ。ちょっとアンソニー・ニューリーみたいでもあったけど、やっぱり独特だったね。美しい歌声だったよ」とガースンは思い出す。それ以降、デヴィッドはジャズの世界に巨匠たちと過ごしたガースンの過去にいたく興味を持ち、彼がビル・エヴァンス、ハービー・ハンコック、レニー・トリスターノと共演したり、ナンシー・ウィルソンやメル・トーメのバックをやった話に熱心に耳を傾けた。「つまり私はスターだったんですよ」とガースンは言う。

―ピーター&レニ・ギルマン著『デヴィッド・ボウイ 神話の裏側』より

 

サマー・オブ・ラブから50年

デヴィッド・ボウイ生誕70周年

アレキサンダー・マックィーン没後7周年

 

2017年は、デヴィッド・ボウイ(1947-2016/享年69歳)生誕70周年のアニヴァーサリーな年であり、ボウイが当時20歳だった1967年に起こった、世界的な社会現象<サマー・オブ・ラブ>から50年の節目にあたる。言い換えれば、60年代や70年代に、若者文化の最先端に位置づけられた「ロック」という音楽が、50年もの時を経て、色褪せて、古くなり、世の中から抹殺されたわけではないが、「新しいもの」ではなくなったのだ。

 

俺自身、80年代末頃から「ロック」という音楽から距離を置き始め、英国のインコグニートをはじめ、ブラン・ニュー・ヘヴィーズガリアーノ、そしてジャミロクワイに代表されるような「アシッド・ジャズ(クラブジャズ=踊れるジャズミュージック)」に傾倒していったのだ。その後は、説明するまでもなく「ハウスミュージック」にどっぷりと浸り、

インターネットの台頭以降、若者文化の最先端な音楽は「ハウスミュージック」へと変化を遂げ、21世紀の現在(いま)、カルヴィン・ハリスに代表されるようなそれは「EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)」と呼ばれている。

97年にいち早く、ロックという古典ミュージックに、ハウスミュージックという新しい音楽を実験的に採り入れ、新しい音楽を生み出した(1989年からニューヨークのクラブシーンを創り上げてきたDJ<ジュニア・ヴァスケス>をプロデュースしたマーク・プラティを、「アースリング」のレコーディングでも起用し、ジャングルとロックを融合した、当時では最先端のアルバムを完成させた)ロックスターが他でもないデヴィッド・ボウイ(当時50歳)その人だ。そう、英国の異端児デザイナー<アレキサンダー・マックィーン>(1969-2010/享年40歳)がデザインしたフロックコートを身に纏って、ね。なお、今から7年前の2月12日(金)付ブログ“ALEXANDER McQUEEN FOREVER”(テーマ: ファッション)では、ボウイとマックィーンの関係性について触れたので、興味がある方はどうぞ。

 

そもそも、70年代生まれの俺にとって、「60年代の推進力が何だったのか?」なんてことに興味はあまりないわけだが、83年にデヴィッド・ボウイの洗練された音楽に出会ってからというもの、俺の価値観や人生観が大きく変わっていったのは確かだろう。彼はとても知的で、とても美しくて、とてもファッショナブルで、そして我々ファンをいつの時代にも飽きさせることなく、次から次へと変化し、時代の最先端を走り続けた孤高のロックスターだった。デヴィッド・ボウイの前妻<アンジー>の著書『デヴィッド・ボウイと私と70’s』には、60年代について次のように述べられている。

 

1966年のロンドンは最高に素敵だった。まるで、文化全体が変化しているようだった。ビートルズやストーンズとザ・フーが、古い英国の優雅さや秩序、抑制といった壁に穴をあけ、多くの若者たちがその穴からどっと溢れ出した。それまでのメディアのスターは貴族や貴婦人だったり、エリート中のエリートだったりしたけれど、初めて毛並みの悪いポップ・シンガーや、アーティスト、モデル、フォトグラファー、デザイナーなどが、そのルックスやサウンドやスタンスによって彼らに取って代わることになった。ついに、上流階級の話し方ができなくても、もって生まれた権威がなくても、英国社会で認められる時代がやってきたのだ。

―アンジェラ・ボウイ

付け加えるなら、1973年リリースの傑作アルバム『アラジン・セイン』同様、マイク・ガースンがピアノで参加している、ボウイが1974年4月にリリースした傑作アルバム『ダイアモンドの犬』をご存じだろうか。同アルバムは、ジョージ・オーウェルの反ユートピア小説『1984』をモチーフに制作されたそれなのだが、同アルバムには同名タイトル曲“1984”も含まれている。そんな私的に記憶に残る、同作家の『1984』と『動物農場』の2冊は、ボウイの影響で10代の頃に繰り返し読んだことを憶えている。そんなオーウェルの小説『1984』が、ドナルド・トランプが大統領に就任した今年、米国のアマゾン書籍売上ランクのトップに躍り出たと、先月末ニュースで話題になったのは我々の記憶に新しいところだ。「時代が変われば、ロックも変わる」ように、ね。

 

また、英国人作家<オルダス・ハクスリー>著『すばらしい新世界』に関して、2013年10月8日(火)付ブログ“BRAVE NEW WORLD”(テーマ: 本・雑誌)で触れたので、興味がある方はどうぞ。同エントリーの冒頭で、ニコライ・ベルジャーエフの言葉「ユートピアはかつて考えられていたよりもずっと実現可能なように思える。われわれは今、従来とはまったく異なる憂慮すべき問題に直面しているのだ。ユートピアが決定的に実現してしまうのをどう避けるかという問題に。ユートピアは実現可能である。社会はユートピアに向かって進んでいる。おそらく今、新しい時代が始まろうとしているのだろう。知識人や教養ある階層が、ユートピアの実現を避け、より“完璧”でない、もっと自由な、非ユートピア的社会に戻る方法を夢想する時代が。」を紹介した。そして今年、ドナルド・トランプの時代が始まったわけだが、彼はアメリカの救世主なのだろうか?

 

デヴィッド・ボウイ・トリビュート・コンサート

Celebrating David Bowie

 

前置きが長くなってしまったが、当初の予定は「デヴィッド・ボウイ大回顧展」について綴る予定だったが、今回のブログは、先週2月2日(木)の冬の夜に足を運んだデヴィッド・ボウイ・トリビュート・コンサートについて―。

土曜日の夜、ディナー後に、先月足を運んだ同企画展で購入したデヴィッド・ボウイのチョコレート(高級ショコラではなく普通のチョコレート)をいただきながら、シャンパン片手に、ボウイの曲をBGMに、ブログを書き始めたわけだが、最近感じるのは、俺自身、ボウイ同様、1月生まれの山羊座だからだろうか、夏よりもの季節が好きなことに気付いたのだ。とはいえ、子供の頃は、より夏が好きだったのは確かだけれど、の夜に聴くデヴィッド・ボウイの音楽もまた、格別に素敵だ。

 

本題に入るが、今から34年前、デヴィッド・ボウイの世界的に大ヒットしたアルバム『Let’s Dance』がリリースされた1983年、当時の・・・小学1年生(7歳)が今年41歳(1976年生まれ)、中学1年生(13歳)が47歳(1970年生まれ)、高校1年生(16歳)が50歳、大学1年生(19歳)が53歳(1964年生まれ)だ。そして当時、30歳ならば今年64歳で、(ボウイと同い年の)36歳ならば今年70歳だ。

 

したがって、先週の木曜日、タクシーから下車し、東京ドームシティホールに到着した夜、会場内で周りを見渡すと、50代60代と思われるファンがほとんどで、今から27年前となる1990年5月に東京ドームで観たデヴィッド・ボウイのコンサートの客層とは明らかに異なるそれだったのだ。「輝ける青春」はどこへやら、俺も年齢(とし)を取ったとはいえ、周りからは未だ30歳前後に見えるようで、単に若く見えるからだろうか、(飽きることなく)今でも日課のスポーツジムを消化し、ファッションや美容、食事などにも過度に気を遣っているからだろうか、オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』ではないが、会場を訪れていたファン(ほとんどが俺よりも年上だろう)の顔がとても老けて見えて、俺ひとりだけ若いような気がしたのだ、まるで子守にうんざりし「ラビリンス 魔王の迷宮」に連れ去られたかのように、ね。同じボウイファンが一堂に会するような、こういう機会はもう二度とないのだろうが、デヴィッド・ボウイ大回顧展でも同じようなことを感じたわけだが、デヴィッド・ボウイだけは永遠に若いままだが、時の流れとは残酷なものだ。

 

俺の勝手な妄想だと前置きしておくが、デヴィッド・ボウイのファンは皆、知的で、高額所得者で、洗練されていて、ストイックなまでに自己管理(運動)も怠らず、色んな意味でスマートだと思い込んでいたのだ。今回、そのイメージが完璧に崩れ去り、とっても衝撃的な夜となった(笑)。

 

当日の俺のファッションは、<ロロ・ピアーナ>のベビーカシミヤのタートルネック(ライトグレー)に<ジョルジオ・アルマーニ>のヴェルヴェットパンツ(ブラック)、そして<ジョルジオ・アルマーニ>のレザージャケット(ダークブルー)を羽織り、首元には<ジョルジオ・アルマーニ>のヴェルヴェットのストール(ブラック)を巻き、足元は<サントー二>のレザー製アンクルブーツ(ブラック)、そして腕時計は<ピアジェ>のアルティプラノを選択した。

デヴィッド・ボウイを偲ぶ夜は、18時半スタート予定が10分ほど遅れて始まり、71歳となったジャズ・ピアニスト<マイク・ガースン>のピアノソロで静かに幕を開け、俺自身の1983年から始まったデヴィッド・ボウイのリアルタイムな記憶の断片が、頭の中の宇宙を漂流し、1990年5月に2日連続で行われた東京ドームのコンサート“Sound & Vision”ツアーにワープしたり、デヴィッド・ボウイの音楽の歴史が鮮明なまでに蘇ってきたのだ。会場内は照明が落とされ、とても暗かったので、周りのファンの顔色を窺うことはできなかったとはいえ、きっと泣いていた女性ファンも少なくなかったはずだ。

特筆すべきことは、今回東京で開催されたボウイ・トリビュートのファイナル・コンサートは、ピアノ(キーボード)担当のマイク・ガースンが中心となり、70年代及び80年代に発表された楽曲で構成されたヒットパレード的なそれであり、3時間弱にも及ぶ長い時間、プロ歌手によるデヴィッド・ボウイを偲ぶカラオケ大会で盛り上がった素敵な冬の夜だったとも言えるが、

とりわけ、ゲイビー・モレノちゃんが歌うデヴィッド・ボウイの名曲の数々だけは他を圧倒するくらいに、魔法にかかったように、とても気分が高揚し、素晴らしかったことを付け加えておきたい。しかも歌うだけではなく、ギターを弾きながら再登場したときの彼女には、鳥肌が立つほどに、ロックスター的な雰囲気が漂っており、俺にデヴィッド・ボウイの記憶を改めて呼び覚ましてくれたのだ、素敵に。

多くのミュージシャンが今回参加したゆえ、聴くに堪えないそれもあったのは確かだし、1990年5月の東京ドームで、ボウイ(当時43歳)の隣でギターを弾いていた天才ギタリスト<エイドリアン・ブリュー>(当時40歳)も67歳となり、髪の毛も薄くなり、時の流れを感じさせた。そして今回、ギタリストの彼がボウイの楽曲を数曲歌ったのだが、上手いそれと下手なそれの違いがありすぎて、とても面白かった(笑)。普通に上手いレヴェルなのかもしれないが、34年もの長い間、何万回も何十万回もボウイの歌声を聴いてきた、肥えた俺の耳には、その違いがはっきりと分かり、とても貴重な体験となったわけだが、本物にそして贅沢に、慣れ過ぎたせいだろうか、デヴィッド・ボウイの偉大さを改めて知る夜となった。

 

<セットリスト>

1. Rebel Rebel (1974)

2. Lady Grinning Soul (1973)

3. Five Years (1972)

4. The Man Who Sold The World (1970)

5. Changes (1971)

6. Life On Mars? (1971)

7. Sound And Vision (1977)

8. Starman (1972)

9. Rock 'n' Roll Suicide (1972)

10. Where Are We Now? (2013)

11. Space Oddity (1969)

12. D.J. (1979)

13. Boys Keep Swinging (1979)

14. Suffragette City (1972)

15. Diamond Dogs (1974)

16. Win (1975)

17. Young Americans (1975)

 

18. All The Young Dudes (1972)

19. Wild Is The Wind (1956/カヴァー曲)

20. Ashes To Ashes (1980)

21. Fame (1975)

22. Fashion (1980)

23. Golden Years (1976)

24. Aladdin Sane (1973)

25. Stay (1976)

26. Moonage Daydream (1972)

27. Ziggy Stardust (1972)

28. Heroes (1977)

 

アンコール

29. Let’s Dance (1983)

30. Under Pressure (1982)

 

コンサートは、マイク・ガースンのピアノソロから始まり、『ダイアモンドの犬』収録のロックンロール・ナンバー“Rebel Rebel”(1974)で会場内の温度は一気に上がり、

続いてホリー・パーマーが歌う『アラジン・セイン』収録の“Lady Grinning Soul(邦題: 薄笑いソウルの淑女)”(1973)で一転、マイク・ガースンのロマンティックなピアノが同曲の艶めかしい雰囲気を盛り上げ、1800年代のショパンやリストを彷彿とさせた瞬間、デヴィッド・ボウイの当時のラヴ・ストーリーを俺に思い起こさせたのだ

コンサートで披露された全曲の感想を綴りたい気分だが、長くなるので、これくらいにしておきたい。そう、日本人アーティストも今回数組参加したのだが、イエローモンキーの吉井氏が歌う“Ziggy Stardust”は普通レヴェルで、オリジナル・ラヴの田島氏が歌う“Starman”は聴くに堪えないレヴェルだったが、後者の彼は歌詞を完璧に覚えてきてほしかったね、デヴィッド・ボウイにも観客に対しても失礼なそれだった(ステージ上での丁寧な立ち振る舞いは伝わってきたけれど)。一方、日本人ゴスペルグループのThe soulmaticsが歌う“Young Americans ”には正直、度肝を抜かれ、彼らのそのパワフルな圧倒的な歌唱力に「日本人もやるじゃん」と内心思いながら、マイク・ガースンも彼らのパフォーマンスに感心していた。正直な感想なので、あしからず。

 

最後になるが、冬の凍えるような夜の東京も悪くはないが、“All the Young Dudes”を聴きながら、同曲の邦題『すべての若き野郎ども』とは対照的に、会場内の年老いた観客に囲まれていたせいだろうか、同曲が『すべての老いた野郎ども』に聴こえたのは俺だけだろうか? とはいえ、生涯忘れられないくらいに記憶に残る、デヴィッド・ボウイを偲ぶ素敵な夜となった。俺は★(星)が輝く冬の夜に、素敵なロックンロールな夢を見た気がするよ、デヴィッド。

 

Happy Valentine's Day!

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:

大晦日。午後11時30分をまわって、気分は最高である。シャンペンは当たり年のクリュッグ、その泡がはじけ、血が騒ぎ、大勢の見知らぬ美もしくは美男たちが真夜中の時報とともにあなたにキスをしようと、すでに長い列を作って待っている。楽しかった1年よ、さようなら。と、そこで誰かが近づいてきて(どこのパーティでも必ずひとりはいるものだ、レモン入りのペリエを飲んでいるようなやつが)、こう尋ねる―。

 

新年の抱負は?

 

やれやれ。誰だい、いったい。せっかくパーティが乱れに乱れてもおもしろくなりそうなときに、そんな現実的な耳の痛い話を持ち出すのは。その場でわからなくても、翌朝には声の主は明らかになる。つまりそれは他人の姿を借りたあなた自身の“良心”に他ならない。よくないことは知りながら手放せないでいるあれやこれやの楽しみ、せめてそのひとつくらいはやめる決心をしたらどうだ、と問いかけているのである。

 

誰だったか、確かオスカー・ワイルドだと思うが、こんなことを言っている。「何事もほどほどに。ほどほどの中でも、ほどほどに」 何かというとはめをはずして大騒ぎしてしまいがちな人間の本能を、きちんと見抜いているところが賢い。新年の誓いにおいては、ふつうこんな格言は見向きもされない。やるかやらないかのどちらか。異様なほど凝り固まった考えのもと、みんなが“やりすぎ”という極端な方向へ向かって走りはじめる。だから結局は2月の中旬頃、それなりの罪悪感を抱くか、もしくは自分を正当化しつつ、一斉に元の生活へ戻らざるをえなくなるのだ。こうして意味のないことが何年も続いたので、いちいち誓いを立てることは、私はもうやめてしまった。

ピーター・メイル

 

どこからはじめようか?

 

クリスマスで慌ただしかった、東京の街がイルミネーションで素敵に飾られた日。“And the Party goes onそしてパーティは続く)”と題してブログを更新してから、早いもので1カ月が経過しようとしている。昨年末、幸運にも、航空チケットが急遽取れ、年末年始はカナダの<トロント>で迎え、その後<シカゴ>と<ニューヨーク>にそれぞれ滞在し、白銀の世界で約2週間を過ごし、新年の誓いはさておき、家族でヴァケーションを楽しみ、帰国した。

 

帰国した翌日は、<虎屋菓寮>で京都の白味噌仕立ての「雑煮」(正直、俺の好みのそれではなかった)をいただき、夜はディナー後、自宅で虎屋の羊羹「夜の梅」(切り口の小豆の粒が、夜の闇にほの白く咲く梅の花を思わせることに由来しているそうだ)に日本茶を合わせた。そう、かつて冬の季節にニューヨークに旅行した際、美術館巡りの途中、アッパーイーストサイドに位置した<TORAYA CAFÉ>に立ち寄り、羊羹と日本茶をいただいたものだが、同店はいつの間にかニューヨークから撤退していた。東京では、もうバレンタイン商戦が始まったが、スイーツは甘い記憶を呼び覚ます

 

そして日本での新年は、『デヴィッド・ボウイ大回顧展』をはじめ、年末年始に足を運ぶ予定だった映画3本(『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』『聖杯たちの騎士』『ネオン・デーモン』)をようやく劇場鑑賞した。

 

The Weeknd

 

ところで最近、自宅でヘヴィーローテーションしていたアルバムは、トロント出身のR&Bシンガー<エイベル・テスファイ>君(26歳)こと<ザ・ウィークエンド>のニューアルバム『スターボーイ』で、デヴィッド・ボウイへのオマージュ作品なのだ。なお、同アルバム収録曲“Party Monster”は中毒になりそうなくらい、俺の頭の中を“♪PARANOID♪”という一節が無限にループしている。

 

聖杯たちの騎士

 

デヴィッド・ボウイ大回顧展>に関しては、次回のブログで綴る予定だと前置きしておくが、まず今年初めてのブログは、クリスチャン・ベール主演、テレンス・マリック監督最新作『聖杯たちの騎士(原題: Knight of Cups)』について―。

正直、最高の映画だ! スローモーションで何度も繰り返して観たくなるくらいに、ね。俺は、その美しい映像の数々に何度もノックアウトされたのだ。劇中、素敵に、俺を夢の中に、心地よく誘(いざな)ってくれて、無意識に身体(からだ)がシャンパンを欲していたような、そんな不思議な感覚に包まれたわけだが、万人にはオススメしない。

人間は大抵、小説同様、映画に「実人生」を探したり重ねたりするものだが、前回のブログで、ジュリアン・バーンズの小説から「本の中では物事が説明されるが、人生ではそんなことはない。人生より本を好む人がいるのは驚くことではない。本は人生を意味づけてくれるからだ。唯一の問題は、本が意味付ける人生というのは他人の人生であって、決して自分の人生ではないということだ」を引用したが、この「」の部分を「映画」に置き換えても意味は通じる。

同作品を鑑賞後、「退屈だった」とか「つまらなかった」とか「共感できなかった」とか、そんな感想しか思い浮かばなかった人は、それは君の人生が、クリスチャン・ベール演じたハリウッドで成功した脚本家・・・知的で洗練された男<リック>の、享楽的で、パーティ続きの、魅惑的な人生とは対照的に、退屈な人生だからだろう、きっと。どちらの人生が善いとか悪いとか、それは大した問題ではない。アンドレ・マルローは「反回想録」の中で、「人間の真実は何よりもその人が隠しているものにある」と言ったが、リックの人生はコントラストに富んでいて、悩みなどなく、一見とても光り輝いているように見えるのだ

 

ところで、昨年クリスマスに53歳の若さで亡くなった、英国を代表する天才シンガーソングライター<ジョージ・マイケル>の名曲“FASTLOVE”(1996)をご存じだろうか。以前のブログでも何度か取り上げたそれだが、その歌詞には「刺激を求めて/夜の闇を手探りしていた/どこも下らない話ばかりだ/ベイビー、俺の合図が見えないのか?/たぶん君なら、僕を楽にしてくれる/僕はミスター品行方正なんかじゃない」とあるが、クリスチャン・ベール演じた脚本家リックも同じようなタイプの人間なのだろう。とはいえ、ハンサムで、知的で、社会的に成功している幸せな男の、過去に巡り合った、美しい女たちとの過ぎ去りし日の思い出を、約2時間(正確には1時間58分)もの長時間にわたり回想し、スクリーンで見せられると、それとは真逆の人生を送って来た(今も送っている)人々からしたら、腹立たしくなるのもわからなくもない(笑)が、一見そういう完璧なように見える人生も、世の中には存在するのだ

 

生活するとは、この世でいちばん稀なことだ。

大抵の人は、ただ存在しているだけである。

―オスカー・ワイルド

 

したがって、同作品を「素晴らしいお伽噺」と形容するのも悪くはないし、夢の世界ハリウッド>ではよくある話なのかもしれない。こういった俺好みの物語は、小説や映画の世界では珍しくなく、世界のどこかしらで何度となく語られてきたはずだ。そう、ブレット・イーストン・エリスの小説に登場しそうな・・・例えば、彼の代表的な小説『アメリカン・サイコ』に登場するスノッブな主人公<パトリック・べイトマン>がそうだが、『聖杯たちの騎士では殺人などは一切起こらず、大きな変化も生じない劇中、美しい音楽が流れ、そしてただひたすらに美しい映像と、美しい男女のラヴストーリーが延々と続くのだ、まるで、ジョルジオ・アルマーニの、美しい海辺で撮影された、香水のCMでも見せられているかのように、ね。本作は、真実の愛を探し、彷徨っている、クリスチャン・ベールの答え探しの物語なのだ

視点を変え、私的に分析すると、同作品の主要なキャストのふたりに注目してほしい。クリスチャン・ベールとケイト・ブランシェットは、それぞれアルマーニマンとアルマーニウーマンであり、劇中、クリスチャン・ベールが身に纏っていた衣装は<ジョルジオ・アルマーニ>のそれだ。アルマーニスーツに、ブラックシャツではなく、ネイビーシャツを合わせたその姿が、アメリカ西海岸の青い空の下、劇中とてもよく映えていた。

極論、同作品には、物語も、台詞も必要ないくらいに、そのディテールだけで観客にメッセージを伝えていたのだ・・・美しい男女、サンタモニカの美しい浜辺、LAの街を眼下に見下ろす丘の上に位置するプール付きの邸宅での華やかなパーティ、シャンパン、そして退廃の街<ラスヴェガス>、他には何もないくらいに、魅惑的なまでに単純化された、分かりやすい映画(世界)なのだと、俺の眼には映ったが、この作品を理解できない人は、「愛の経験」が足りないのかもしれない。何度も言うが、人生には遊びが必要だ。いや、愛なのかな。

聖杯たちの騎士』は難解な映画でないのは確かだが、日本国内のツイッターや映画評を見る限り、低評価のそればかりを目にし、それらが俺の感覚とかけ離れた意見ばかりで、内心とてもホッとしている(笑)。うーん、同作品は、テレンス・マリック流の「知的な芸術家気取りと虚栄についての物語」だとも言えるが、クリスチャン・ベールが演じたロマンティストでエゴイストな脚本家<リック>の気持ちは、俺自身とてもよく理解できた。フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』の主人公<ギャツビー>もまた、ロマンティストでエゴイストな男だが、リックは彼ほど純粋な人物ではない。

アンディ・ウォーホルの伝記本『パーティのあとの孤独』に何と書かれていたかはもう憶えていないが、そんな喧噪を通り抜けた果てに、リックには何が見えたのか―。彼が「成功」以外に、人生に欲していたのは「真実の愛」そのものではなく、「愛の経験」だったのだろうが、それも、俺自身、とてもよく理解できる、モテる男の宿命(女性には怒られそうだが 笑)なのだろう。そして、現実世界でそれを華麗に実践している男がひとりいる、レオナルド・ディカプリオその人だ。我々が生きている物質世界には、時間の意味を明白に示してくれるものはない。冷めた視点で語るならば、人生は無意味で、冷淡で、絶えず移ろい、儚いものなのだろうが、同作品の中では、人間の世界を「自然の世界」に結び付ける叙景の語りが、詩的でとても秀逸なのだ。ひとつだけ言える確かなことは、時間は万人に平等だが、我々人間にとって時間(人生)は有限だ、ただそれだけ。

 

を求め、彷徨う、ある男たちの映画

 

ところで、同作品に似たような作品をいくつか挙げるならば、ニコラス・ケイジ主演作『リービング・ラスベガス』(1995)をはじめ、ジャック・ニコルソン主演作『恋愛適齢期』(2003)、ジュード・ロウ主演作『アルフィー』(2004)、マイケル・ダグラス主演作『ソリタリー・マン』(2010)等々などがすぐさま思い浮かぶが、ソリタリー・マンに出演していた女優<イモージェン・プーツ>(当時19歳)が『聖杯たちの騎士』に出演していたのだ。

なお、日本において、2011年に劇場公開された『ソリタリー・マン』に関しては、2011年6月26日(日)付ブログ“If you start me up I'll never stop”(テーマ: 映画)で、イモージェン・プーツに関しては、彼女がミュウミュウの2015年春夏キャンペーンの広告モデルに起用され、来日した際、2015年3月31日(火)付ブログ“Young and Beautiful”(テーマ: ファッション)の中でそれぞれ取り上げたので、興味がある方はどうぞ。

 

聖杯たちの騎士のあらすじ

 

同作品のパンフレットに記載されたあらすじから、一部抜粋して紹介したい。

デラ(イモージェン・プーツ元妻の医師ナンシー(ケイト・ブランシェットモデルのヘレン(フリーダ・ピントリックの子を身籠った女性エリザベス(ナタリー・ポートマンストリッパーのカレン(テリーサ・パーマーリックを進むべき道へと導く若い女性イザベル(イザベル・ルーカスら女性たちとの交わりの中に、リックは気晴らしを求めていく。

リックには、女たちは自分が知るよりも多くのことを知っているように思えた。彼女たちのおかげで、リックは物事の核心に近づいていく。だが、気持ちの高鳴りの正体は分からない。どんなパーティも、男女の情事も、キャリアも、リックを満足させない。それでも、リックが人生を通して出会ってきた女たち、男たちが、ガイドとして、またメッセンジャーとしてリックを導いていく。リックの前には、東の国へ続く道がのびている。前に進むか? 勇気が足りずに諦めるか? 目を覚ましているか? それとも、すべて夢、希望、つかの間の空想としてしまうか? 旅は始まったばかりだ。

 

 

最後になるが、マドンナ1989年日本経済のバブル絶頂期、テイラー・スウィフトが生まれた年)にリリースしたシングル曲“Like a Prayer”の歌詞の一節は、“Life is a mystery”で始まる。なお、『聖杯たちの騎士』の最後の台詞は、「始めよう!」だ。

 

Have a nice weekend!

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

人生も残り少なくなれば、誰でも少しは休めると思う。休む権利があるとさえ思う。私もそうだった。だが、そんなとき、人生に褒美が用意されていると思ったら大間違いだとわかりはじめる。老いがどんな痛みや惨めさをもたらすものか、若いころはわかった気でいる。孤独離別死別―想像できる。子供たちが成長して去り、友人たちも次々に死んでいき、社会的な地位は下がり、欲望は減退し、欲望の対象からもはずれていく―それも想像できる。

 

もう少し先へ進んで、間近に迫るを見つめる若者もいるかもしれない。残る仲間をいくら呼び集めようが、には独りで立ち向かうしかない。そこまでは若くても想像できる。だが、結局、それは先を見ているにすぎない。先を見て、その地点から過去を振り返ること―それが若者にはできない。

 

時間が新しい感情をもたらすことも知りえない。たとえば人生の証人が次第に減っていき、記憶の補強が覚束なくなり、自分が何者であり、何者であったかが次第に不確かになっていく。それがどんな感じのものか、若者にはわからない。いかに熱心に記録しつづけ、言葉と音声と写真を山のように積み上げても、結局は役立たずの記録になるかもしれないことに思い至らない。歴史とは、不完全な記憶が文書の不備と出会うところに生まれる確信だから。

ジュリアン・バーンズ著『終わりの感覚』より

 

デヴィッド・ボウイと記憶の固執

 

2016年正月。俺はいつもと変わらず、前年の師走~クリスマスから続いたシャンパンの宴にも似たどこか浮ついたような気分で新年を迎え、室内ではモーツァルトの音楽が流れ、ジョルジオ・アルマーニの服を身に纏い、高級ソファにもたれながら、永年愛飲している<ボランジェ>が注がれたバカラのシャンパングラスを傾けていた。

 

そして1月10日、「さよなら」も言わず、デヴィッド・ボウイが★になったのだ。あと1週間で新年を迎えるが、ボウイがまだ生きていたならば、来年で70歳の誕生日を迎えたはずだ。そう、今年初めて綴った1月3日(日)付ブログの“absolutely gorgeous”(テーマ: ファッション)の中で、俺はクリスマスについて書かれた日経新聞の社説「春夏」から一部抜粋して引用していた。

 

バブルのころ読んだマンガに、こんな場面があった。大勢の若いカップルが高級レストランでディナーを楽しんで、その後シティーホテルに泊まる。女性が「どうして毎年こうするの」と聞くと、男性は「さぁ、よく知らないけど、12月24日はそういう決まりだから」。

 

日本でのクリスマスの盛り上がりにそもそも宗教的な意味合いは薄いけれど、バブル期にはそれが極まった。都心のホテルやレストランは半年も前から予約で埋まり、彼氏は高価な指輪やイヤリングを彼女に贈らなければならない。イヴまでに何とかデートの相手を、と焦りを募らせた当時の若者もおられるのではないか。

 

バブル期は消滅し、震災なども経験して、クリスマスイヴの景色はずいぶん変わった。1人で過ごすクリスマスを、若い世代は「クリぼっち」と呼ぶそうだ。「独りぼっち」にかけた言葉である。皆で盛り上がる場にいないことを恐れているようにも聞こえるが、読書ぼっち映画ぼっちのイヴだって悪くない。一人静かに過ごし、家族への感謝の気持ちを胸に一日を終える。それだけでもう特別な夜になる。

 

そして世界が涙したデヴィッド・ボウイ訃報のニュースが流れた翌1月11日(月)、“David Bowie Forever”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)と題してブログを更新し、スペインの思想家<バルタザール・グラシアン>の名言「我々が手にしているのは、時間だけだ」を引用した。

 

続いて1月13日(水)付のブログ“I lost a Hero”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)では、最後にヘルマン・ヘッセの名言「どの花も実を結ぼうとする。どの朝も夕暮れになろうとする。変転と時の流れのほかに永遠なものはこの世にはない」を引用した。

 

さらに1月17日(日)付ブログ“Hot tramp, I love you so!”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)では、ボウイと親交があったスペインの画家<サルヴァドール・ダリ>との関係性について触れ、今年日本で開催された『ダリ展』(京都美術館: 7月1日~9月4日、六本木の国立新美術館: 9月14日~12月12日)について取り上げた。

 

ダリもまた引用が好きだったひとりだが、彼が影響を受けた画家たち・・・ラファエロ、ベラスケス、フェルメールなどの話はさておき、彼は建築家<ガウディ>を天才と呼び、「食欲を覚えさせる」と彼独特の言い回しで形容した。正直、ダリの数々の幻想的な作品は俺の趣味ではないが、彼とボウイの共通点は「想像力」の豊かさだとも言えよう。また、私的に興味を覚えたダリのそれは「時間」を描いた作品群だ。

1931年(昭和6年)に描かれた「記憶の固執」と題された絵画の時計に注目してほしい。現実の時間、記憶の時間、時の経過。その柔らかな時計には「ハエ」が一匹描かれているのだが、シュルレアリスム的語呂合わせとして、“Time flies like an arrow(光陰矢の如し)”という名言を思い浮かべたのは俺だけではないはずだ。要は、鬼才<ダリ>の絵画もまた、天才<ボウイ>の音楽のように、我々の「想像力」を強烈に刺激し、新しい世界へと誘(いざな)ってくれるのだ、素敵に。

 

例えば、デヴィッド・ボウイの名盤『ダイアモンドの犬』(1974年)のアルバムジャケット然り、ね。付け加えると、同アルバム収録曲“Rebel Rebel(愛しき反抗)”は、70年代初頭の性別の不明化を言い表した名曲なのだが、マドンナのお気に入り曲のひとつでもある。なお、1936年12月14日号の雑誌「TIME」の表紙を飾ったダリの顔写真を撮影したのは、マン・レイその人だ。そう、先日、父親とロブションで会食した際、東京五輪が開催された1964年(昭和39年)に、東京プリンスホテルで「ダリ展」が開催されたと教えてくれた。俺が生まれるずっとずっと昔の話だけれど。正に、光陰矢の如し、だ。

 

フロベールの鸚鵡(おうむ)

 

ところで、ダリ(1904-1989)が亡くなったのは、奇しくも日本経済のバブル絶頂期にあたる1989年まで遡るが、クリスマスのイルミネーションで幻想的な東京の夜の街を今月歩きながら、バブル期当時のそれと2016年のそれは、とりわけ何も変わったようには思えないが、12月のこの時期の雰囲気は私的にはとても好きであり、宗教的な意味合いは除いて、クリスマスを「普通の日」と形容する冷めた人は、その人の人生観を表しているようでもあり寂しい限りだ。サンタがいると信じている幼い子供のように、冷めた大人である彼らの心が躍り、夢を見る日は訪れるのだろか。極論、「人生には遊びが必要だ」。

ひとつだけ言える確かなことは、クリスマスの意味云々ではなく、変わったのは東京の街の風景だろう。それが最も顕著な場所が、世界的に有名な高級ファッションストリート「GINZA」だ。バブル期の銀座界隈で、高級百貨店の代名詞だった1984年開業の「有楽町西武」が2010年に閉店し、

そして同年開業した若者向け百貨店「プランタン銀座」は年内に閉店する。時代の流れはさておき、銀座も二極化しているのは確かだろう。そう、1983年にはデヴィッド・ボウイの“Let’s Dance”が、翌84年にはマドンナの“Like a virgin”が日本国内でも大ヒットしたが、もうかれこれ32年、33年も昔になるのか。

 

デヴィッド・ボウイの影響で、近年読み始めた英国人作家<ジュリアン・バーンズ>の小説から、ブログ冒頭で一部抜粋して引用したが、彼が1984年に著した「フロベールの鸚鵡(原題: Flaubert’s Parrot)」の特徴のひとつは、大量の引用でもあるのだが、私的に印象に残っている一節を一部抜粋して紹介したい。どこかの本でも目にしたようなそれなのだが・・・。

 

本の中では物事が説明されるが、人生ではそんなことはない。人生より本を好む人がいるのは驚くことではない。本は人生を意味づけてくれるからだ。唯一の問題は、本が意味付ける人生というのは他人の人生であって、決して自分の人生ではないということだ。

―ジュリアン・バーンズ

 

一方、ショウペンハウエルは『幸福論』の中で、次のような名言を残していた。

 

人は誰も、自分の個性から逃れることはできない。

―ショウペンハウエル

 

リッツ・ホテルのように大きなダイアモンド

 

フィッツジェラルドの(日本ではあまり有名ではない)隠れた作品『リッツ・ホテルのように大きなダイアモンド』は、主人公ジョンとキスミンとのロマンスの物語だが、その逃避行の話はさておき、キスミンが星空を見上げながら、溜息をついてジョンに言った言葉がとても印象的だ。

 

今まで気付かなかったわ。星は誰かの大きな、大きなダイアモンドだっていつも思っていたの。星を見るのが怖いわ。みんな夢に思えるのよ。わたしの青春が。

 

アンソニー・ドーア

 

今夏の終わり頃、ファッションピープルの女の子たちと会食した際、ファッション映画音楽旅行

レストランなどなどの話ではなく、

ある本の話で盛り上がった矢先、好奇心旺盛なひとりの若い女の子から「アンソニー・ドーアをご存じですか?」と訊かれ、「名前は知っているけど、彼の作品は読んだことないね」と答え、アンソニー・ドーア著『すべての見えない光』を手にすることもなく、4カ月の歳月が経過しようとしている。

 

そして当時の、夏の或る夜、シャンパン片手に、その女の子が面白いと教えてくれた(2014年にTBSで放映された)テレビドラマ『Nのために』も未見だ。テレビドラマを連続して見た記憶はここ20年ほどないと思うが、先述した小説とテレビドラマは年末年始に挑戦してみたいが、そのことをこの時期にふと思い出したのには何か意味があるのだろうか(笑)。かつて、トム・フォードがインタヴューで答えていた・・・「いつも同じ世代と飲む(遊ぶ)のではなく、若い世代と交流しなさい」と。この2つの小説とドラマのテーマともなっている「記憶」と「時間」のそれは、わがままな俺の特異な感性をはたして刺激してくれるのか、楽しみだ。

 

ビル・エヴァンスのクリスマスアルバム「TRIO 64

 

ロバート・グラスパーのブルーノート東京公演について書き綴ってもよかったと前置きしておくが、もうかれこれ12年近くもブログを続けていると、毎年同じようなことを繰り返し、そのことを書き綴っているようにも思えるが、近年必ずといっていいほどクリスマスのこの時期に、変わらずに愛聴しているアルバムが、過去何度も書いたように、ビル・エヴァンスが1963年にニューヨークのウェブスターホールにて録音した8曲収録された、“Little Lulu”で始まる『TRIO 64』だ。同アルバム4曲目が、誰もが知る“Santa Claus is coming to town(サンタが街にやってくる)”だ。

聖なる夜に、超高級オーディオに同CDをセットし、超高級ヘッドフォンで、そのハイレゾ音源を聴きながら、毎年(毎日のように)ボランジェを飲んでいる俺はワンパターンな気もするが、昨日は朝の9時頃から非公開ツイッター上で連投し、その後スポーツジムに出掛け、ランチは銀座の鮨屋でボランジェを傾けながらの鮨を、そして夜は自宅にてクリスマスディナーをいただいた。ピエール・エルメのケーキとともに。そう、ボランジェをこれから購入する方には、その箱にも注目してほしい。そこにはマダム<リリー・ボランジェ>の言葉が記されているのだ。彼女の名言に興味がある方は、2013年5月7日(火)付ブログ“I drink it when I’m happy”(テーマ: シャンパン)の冒頭で引用したのでどうぞ。

最後になるが、冬至、そして暖かった金曜の夜も過ぎ去り、今年も残すところわずかだが、夜の会食は2回残っており、俺にとってのシャンパンの宴はまだまだ続きそうだ。

 

Happy Christmas!

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

贅澤と遊ぶといふことは同じであって、

遊ぶ気持ちが働いてゐなければ、

贅澤をしても贅澤にならないからつまらない。

吉田健一著『乞食王子』より

 

贅沢趣味が満たしてくれるものは、その性質上、物質的欲求だけにとどまらない。経済力の限界というものを考えれば、ほんのひと握りの幸運な人々にしか味わえないわけだから、肉体面はもちろん、精神面すなわち自尊心にとっての喜びにもつながることになる。

 

四本どりで編んだ厚手のカシミア・セーターを着たり、高級珍味であるチドリの卵を食べて満足感を覚えるのは、隣人たち、たとえばお抱え運転手や食料品を配達にくる小僧には決してできない真似だからである。歴史を振り返ると精神分析から旅行に至るまでこうした金のかかる習慣だらけで、それらひとつひとつが次第に品位を失い大衆化していくという形で、社会は発展してきた。

 

そんな中で人間は、何かが俗化の危機にさらされれば、さらに希少かつ贅沢な新しい趣味を考えだすという具合に創意工夫を常に怠らなかったわけだが、ひとつだけ大きな例外がある。クリスマスだけは、なぜかいまや万人の贅沢趣味である。世界中で大勢の人が楽しむ(というより、たぶん耐える)行事。金銭面で無理をしていない人は、いないのではなかろうか。

 

そもそも宗教上の祝い事だったはずが、いつの間にか国防費並みの予算を注ぎ込む消費社会の乱痴気騒ぎとなってしまった。お祭り気分を盛り上げる派手な宣伝に踊らされて、プレゼントはプレゼントの応酬を招く。

ピーター・メイル著『贅沢の探求』より

 

ドナルド・トランプとマドンナ革命、そして80年代

 

先月13日(日)にブログを更新してから、早いもので約1カ月になろうとしている。オスカー・ワイルドは「私にとって自分の義務は、猛烈に楽しむことだ」という名言を残したが、俺にとってこの1カ月は、まだ未開封の新譜CD(20枚ほど)や映画DVD(20数本)の視聴、今こそ読み返すべき本の再読、3泊5日の旅行、

そして11月後半から今月も続いているシャンパンの宴などなどに時間を費やし、遊びを優先してしまった。それゆえ、ブログの更新は先送りされ、師走の今に至っている。そう、ギャスパー・ノエの映画『LOVE』 が、2016年で最も記憶に残る作品となったが、俺好みのそれだったとはいえ、万人にオススメはしない。

書き出せばキリがないが、例えば、ヴィム・ヴェンダース監督作『誰のせいでもない』を渋谷のヒューマントラストでの劇場鑑賞(同作品はオススメしない)、11月としては54年ぶりとなった都心の初雪に心躍り!?、再訪の『ダリ展』、

7月17日(日)付ブログ“D.A.N.C.E.”(テーマ: 映画)で取り上げたフランスのエレクトロ・デュオ<ジャスティス>の、新作アルバム『Woman』リリース及び代官山での無料ライヴ、そして雑誌『ゲーテ』の表紙を飾ったのは、今年82歳の誕生日を迎えたファッション・デザイナー<ジョルジオ・アルマーニ>だった。この1カ月は、猛烈に楽しんだ。ジャスティスの新曲“Fire”のMVに起用されたスーザン・サランドン(70歳)は、デヴィッド・ボウイの若かりし頃の恋人のひとりだが、暗闇に必要なのはであり、今、病んだ地球には、闇を照らしてくれるようなが必要なのだろう、ヒーローが・・・。

 

 

1カ月前に話を戻すが、前回のブログでは、ブレット・イーストン・エリスの小説『アメリカン・サイコ』の主人公<パトリック・べイトマン>が崇める不動産王<ドナルド・トランプ>氏にフォーカスした一方、21世紀アメリカを象徴する強い女性像<ヒラリー・クリントン>氏に対して、オスカー・ワイルドの名言「彼女は、弱さという何ともいえない魅力を欠いている」を贈り、さよならを告げた。そもそも、我々が生きている世界に、彼女がメタファーとして形容した「ガラスの天井」なんてものは存在しないのだ。

そう、約1カ月前のあの頃、俺が書店で目に留まり、手に取った雑誌が、ニューズウィーク日本版(11月22日号)の「ドナルド・トランプの世界」の総力特集号だった。表紙をめくれば、オバマ米大統領の「あなたが成功すれば、国家が成功する」といった皮肉交じりの名言は、アメリカに何の変化ももたらすことができなかった、弁護士出身の弁論だけが上手な男の、精一杯のブラックジョークにも思えた。

 

同誌の総力特集にすべて目を通した感想だが、偏見に満ちていて、読むに値する内容ではなかったが、この1カ月、為替相場は「ドル高・円安」に進み、トランプ相場のおかげで、日経平均株価は12月9日、一時1万9000円台までに回復するに至ったのだ。まるで、今年6月の同株価1万4000円台が嘘だったように、ね。例えば、11月8日の米大統領選の投票日の終値から、三菱UFJフィナンシャル・グループの株価の上昇率は43%にも達した。

ところで、同誌の最終面に、マドンナにフォーカスしたコラム“セックスを商品にした「革命家」マドンナの狙い”が掲載されていたので、一部抜粋して紹介したい。今から24年前の1992年に発行された米ニューズウィーク誌で特集されたそれだが、俺は当時、大学生だった。

 

あらゆる部分で先進的な超大国アメリカだが、女性の社会進出に関しては意外に保守的な面がある。ただ、カルチャー界では一足早く「強い女性像」を体現して一世を風靡した女性がいた。58歳になる今も走り続けるポップスターの女王マドンナだ。92年11月2日号のニューズウィークは、当時34歳のマドンナを特集した。82年にデビューし、セクシーかつ挑発的なパフォーマンスと奇抜なファッションで一躍スターの座に上り詰めたマドンナが、今度は過激な写真集『SEX』を発表。またしてもアメリカ社会に激震を走らせた。当時のアメリカは、セックスが文化として消費される時代を迎えていた。80年代にエイズ感染者が急増して性を危険視する風潮が生まれ、「する」ものではなく「見る」「読む」対象としてセックスが市場に出回るようになった。

 

マドンナは本誌の取材に対して、こう語っていた。「セックスは私が使うメタファーで、写真集の本当のテーマは愛。人の望みや求めているものは、それぞれ違うわけでしょう。好みや性的な欲望も違う。他人が自分と違うからといって、その人を非難したり、善悪の判断を下すべきじゃない」。マドンナの功績は単なるセックスにとどまらず、「女性の殻をいち早く破ってそれを世間に認めさせたことだろう。

 

82年のデビューはさておき、デヴィッド・ボウイに憧れていたマドンナが、83年のデヴィッド・ボウイの大ヒットアルバム『レッツ・ダンス』に触発され、同アルバムのプロデューサーだったナイル・ロジャースを起用し、マドンナが制作したセカンド・アルバムが84年の『ライク・ア・ヴァージン』であり、日本での知名度を上げた彼女の代名詞的なアルバムだろう、俺の趣味ではないけれど(笑)。俺自身、あの当時の記憶は未だ鮮明に残っているが、付け加えるならば、同アルバムのオープニングに収録された“マテリアル・ガール”は、マドンナ自身を映し出したような内容のそれであり、物質的欲求のピーク80年代という強欲の時代を象徴している。小説『アメリカン・サイコ』で描かれた時代もまた80年代であり、トランプ氏がニューヨーク五番街の超一等地にトランプタワーを開業したのが83年であり、デヴィッド・ボウイの大ヒット曲“Let’s Dance”がリリースされたのも同年だ。

 

今年1月、デヴィッド・ボウイが★になってから、マドンナによるボウイ追悼のツイートをRTし、今年1月17日(日)付ブログ“Hot tramp, I love you so!”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)の中で取り上げたが、ひとつだけ言える確かなことは、彼女も俺もボウイの大ファンであり、生まれ育った国こそ違えど、彼の歌を聴いて、色んな意味で、彼の“変化”に翻弄!?されながら、デヴィッド・ボウイの冒険を楽しみながら、今まで生きてきたのだ。今年58歳となったマドンナの追悼ツイートは、以下のとおりだ。

 

ものすごくインスピレーション豊かで革新的でした。

独創的で挑発的でした。本当の天才でした。

今日は自宅の部屋中がデヴィッドの写真だらけになっています。

デヴィッドは本当にお洒落で美しくて品がありました。

時代のずっと先を行っていました。

ありがとうデヴィッド・ボウイ。

わたしはあなたにたくさんのものを負っています。

世界があなたのことを惜しむことでしょう。

愛をこめて

マドンナ

冷めた視点で、本質を語るならば、性のタブーを破った人は歴史上たくさんいると前置きしておくが、最も有名な、その最初の人は19世紀末に活躍した天才作家<オスカー・ワイルド>その人かもしれない。そして20世紀、サマー・オブ・ラブが真っ盛りだったスウィンギング・ロンドンにおいて、1960年代のセックス革命の扉を開けたのは、他でもない英国のロックスター<デヴィッド・ボウイ>その人なのだろうが、それについて綴ると長くなるので、機会があればまた。

 

スティングのニューアルバム<57TH & 9TH

 

ボウイの最初の妻<アンジー>曰く、「1966年のロンドンは最高に素敵だった。愉快の絶頂にある、世界屈指の大都市だった」のかもしれないが、2016年の今、ドイツを除けば、英国をはじめ、フランスやイタリアもそうだが、現在のヨーロッパは暗黒の時代に突入したかのように暗いイメージが先行している。で照らしてあげたいくらいに、ね。

昨年、テロに見舞われたパリへの旅行客は大幅に減り、日本からパリへの旅行はただ同然のように格安となり、テロの襲撃により多数の犠牲者が出たパリのライブハウスでの事件から1年が経過した先月、同地でライヴを行ったのが他でもない英国のロックスター<スティング>だった。前回のブログでスティングのツイートを取り上げたばかりだが、その後、ニューアルバムのプロモーションのため、先月末に彼が来日を果たしたのは、誰の記憶にも新しいはずだ。

同アルバムを繰り返し20回ほど聴いたが、とりわけオススメもしない。

アルバムタイトルとなった「ニューヨーク9番街57丁目」は、デザイナーズホテル<Hudson>の眼と鼻の先だが、

同ホテルに宿泊した際、デジカメで撮った写真が何枚かあるので、一枚だけ貼り付けておきたい。そして、同アルバム4曲目の“One Fine Day”の歌詞の一節がとりわけ印象的だった。

 

親愛なる、指導者達よ、頼むから早く何か手を打ってくれ

時間がないんだ、この惑星は病んでいる

でもほら、皆感謝するはずさ

ある晴れた日に

 

オテル・リッツ

 

ところで、ブログ冒頭で、ピーター・メイル著『贅沢の探求』より一部抜粋して引用したが、同書はかつて『Esquire』誌や『GQ』誌に連載されていたコラムを集めた短編集であり、シャンパン片手に気軽に読めるそれなのだが、その中の「贅沢なシャツ」というタイトルの短編から、今年パリにリニューアルオープンしたばかりの名門ホテル「オテル・リッツ」の固有名詞が登場するので、一部抜粋して紹介したい。なお、俺のお気に入りホテルは、パリにはいくつかあるが、フォーシーズンズホテル・ジョルジュサンクは無敵に素敵だ。そして、ブログ冒頭で引用したイギリス文学者の故<吉田健一>氏は、日本の歴代首相のひとり<吉田茂>氏の息子だからだろうか、ユーモアに溢れていて、とても面白い。

 

華麗なるギャツビーの洋服箪笥にはシャツがぎっしりと並んでいた。ギャツビーは明らかにシャツ中毒である。それに、ことシャツに関する限り、これでもうどこかへわざわざ買いに出かける必要がない。手元に<シャルヴェ>の電話番号がある。一方の<シャルヴェ>には私の採寸記録と型紙が保管されている。その気になりさえすれば、プロヴァンスでいながらにして、数千ドルの買い物ができる。発作的に受話器をとりあげるだけで、三週間後には郵便配達人が<シャルヴェ>の箱をどっさりと抱え、よたよたと家の前の道を上がってくるという寸法だ。別にパリにまた出向いていくのだって、悪くない。あの生地室は、もう一度探検するに値する。

 

それでは楽しい夜を、とジョゼーフに見送られて外へ出た。ヴァンドーム広場のちょうど向かいに、陽が沈もうとしていた。そのとき、ほかのシャツ専門店にはない、<シャルヴェ>ならではの魅力がもうひとつあることに気づいた。と言ってもワイシャツとは何ら関係ない。この店からだと、あのリッツ・ホテルの<ヘミングウェィ・バー>まで歩いて二分なのだ。

ピーター・メイル

 

 

あっという間に今年も終わりそうだが、もうすぐクリスマスだ。

 

Have a wonderful night!

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

自分が「最高の生活」として憧れるような環境になったとする。そこで感じる幸せがある。でもその幸せは、いま自分が経験している「慎ましい生活」で感じる幸せと、ほぼ変わらない。

―アダム・スミス著『道徳情操論』より

 

人生は決して公平ではない。

我々にとっては、それはよいことではないのか。

―オスカー・ワイルド

 

現代のドン・ファンを見ていると、どうも暇つぶしをしているような気がしてならない。どんなおとぎ話も必ず結婚で終わることを考えれば、われわれロマンチストが何よりも説得力のある神話である結婚を信じることは驚くに当たらない。だから、今度、年がら年中女の尻を追い回しているくせに幸せな結婚生活を送っている男のことを耳にしたときも、不愉快な奴だと思わないで、どうかオスカー・ワイルドの次の言葉を思い起こしていただきたい。「一夫多妻―ひとりの女と結婚し、多くの女を愛することができれば、そのほうがどれほど詩的なことだろうか

―タキ・テオドラコプロス

 

多くのアメリカ人、とくに小さな町で育ったアメリカ人と同じで、イギリス人の貴族は気に入った人物は誰かれかまわず自宅に呼んで歓迎する。また彼らは、一見して人を判断する。この点でも、多くのアメリカ人と似ている。

 

自分でも手に負えないほどスタイルを持っていたオスカー・ワイルドは、こう書いている。

初対面で人を判断できないのは底の浅い人間だけである、と。

 

これまでスタイルがないということでハリウッドを非難する者はいなかった。それどころか、ハリウッドは、一度として文明と呼ばれる域に達することなく、原始時代からデカダンへ移行してしまった唯一の社会なのである。

―タキ・テオドラコプロス著『ハイ・ライフ』より

 

トム・クルーズ来日と木枯らし1号

 

今週、独身貴族に戻ったハリウッドスター<トム・クルーズ>が新作映画『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK(原題:Jack Reacher: Never Go Back )』のプロモーションのため、22度目の来日を果たした。

ペニンシュラ東京での記者会見を行った翌9日(水)午前、ここ東京では木枯らし1号が吹き、同日夜には、ジョルジオ・アルマーニのスーツを身に纏ったトム・クルーズが、六本木ヒルズで行われたジャパンプレミアに出席した。

 

同作品で、トムが演じるジャック・リーチャーは「アウトロー(異端児)」であり、今週末11日(金)から日本国内でも劇場公開されたばかりだが、『アウトロー』が日本で劇場公開されたのは2013年まで遡る。今作はその続編にあたり、日本国内における邦題が前作とは異っているが、前作のタイトルは『アウトロー(原題: Jack Reacher)』だった。当時の来日に関しては、2013年1月7日(月)付ブログ“American dreams came true somehow”(テーマ: 映画)で取り上げ、映画監督<大島渚>の著書『解体と噴出』風に、次のようにトム・クルーズを語っていた。

 

自己変革が到底不可能な女に、自己変革しろと迫るのが、トム・クルーズの趣味なのかもしれない。どうも彼には、そういう不可能へ寄せる情熱のようなものがある。そして美女たちは結局逃げ、彼自身はそのことによって、必然的に自己変革を迫られるという、彼自身にとっては、或る意味で、なかなか都合の良いシステムが出来上がっていて、だから俺は、妻に逃げられるという一種の才能も、この世の中にはあるのだと感嘆した。

 

トム・クルーズの作品はすべて面白いと思うが、彼の大ヒット作『トップガン』をはじめ、『ミッション・インポッシブル』シリーズよりも寧ろ、(前妻のニコール・キッドマンと競演した)夫婦の嫉妬を描いた『アイズ・ワイド・シャット』はすべてが最高だったし、『マグノリア』『バニラ・スカイ』『コラテラル』などの作品も俺好みで、とても洗練されている。

 

ところで、俺がトム・クルーズ出演の映画を初めて劇場鑑賞したのは今から33年前の1983年の夏まで遡るが、それはフランシス・フォード・コッポラ監督作『アウトサイダー』(1983年・米)であり、主題歌にはスティーヴィー・ワンダーの“Stay Gold”が使用された。同作品の物語は、富裕層と貧困層の不良グループの対立を背景にした青春映画の傑作のひとつだ。

付け加えると、先述した映画とは一切関係ないが、デヴィッド・ボウイの愛読書のひとつで、コリン・ウィルソンの小説『アウトサイダー』はとても興味深い作品であり、ブログ冒頭で引用したアダム・スミスの著書同様、人はどう生きるべきかを教えてくれる。

そう、トム・クルーズ主演の大ヒット作『トップガン』の公開は1986年で、友人に連れられ、劇場に何度も足を運んだ青春映画だ。その頃からトム・クルーズの美しさは花開き、1994年公開の吸血鬼映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(私的には最高の部類の作品であり、エンディングが俺好みだ!)でピークを迎えた感じだろうか。ハリウッドにおいて、彼はとりわけ特別な存在であり、ハリウッドを代表するスターだが、私的には『マグノリア』で演じたセックスの教祖役は最高だったよ(笑)。『コラテラル』の悪役も良かった一方、近年彼が演じている役は俺の趣味ではないのは確かだろう。

 

最後の晩餐

 

 

新しい時代の幕開け

 

ところで、ブログ冒頭で引用した俺のお気に入り作家のひとり<タキ・テオドラコプロス>は、オスカー・ワイルドに多大に影響を受けているが、彼は大富豪であると同時に、アウトサイダーだとも形容できるが、それはアメリカの不動産王<ドナルド・トランプ>も同じだ。

周知のとおり、(俺が予想していた通り)ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に選ばれたばかりだが、彼に関しては、以前のブログでも何度も取り上げたように、私的には大学時代から注目していた人物のひとりであり、当時から彼の著書にもすべて目を通したが、彼にあって、ヒラリー・クリントンにないものをふと考えた際、まず思い浮かぶのは「カリスマ」性だったのだ。トランプは“スーパー”ビジネスマンである一方、ヒラリーは“スーパー”エリートの弁護士(後に政治家)であり、弁護士出身という意味合いではバラク・オバマと同じで、秀才だ。が、ひとつだけ言える確かなことは、オバマ政権は超大国アメリカにおいて、何ひとつ“変化”をもたらすことができなかった

そう、今から5年前の2011年2月20日(日)付ブログ“I still don't know what I was waiting for...”(テーマ: 番外編)では、ドナルド・トランプを取り上げ、彼について次のように記していた。

 

ところで今週、俺の非公開ツイッター上で、ある女の子から映画『アメリカン・サイコ』についての感想をいただいたので、そのツイートに対して、いくつかツイートしてみたのだが、アメリカン・サイコの主人公パトリック・ベイトマンが、ヒーローとして崇める人物が、他でもないニューヨークに実在する不動産王ドナルド・トランプその人なのだ

 

彼が5、6年前に来日した際、酒の席で話題となったような気もするが、それは ジュリアーニNY元市長 のことだったのか、記憶が定かではない。いずれにしろ、 ブルームバーグNY現市長 も、私的には大変興味深い人物ではあるのだが、ドナルド・トランプ(今年で65歳)という男に関しては、俺が以前から(大学の頃)注目していた人物なのだ。

 

どこか、やっぱり足りない感じがする。

遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ。(サンフランシスコで)ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする。

―石原慎太郎

 

俺はこの発言に対して、異論を唱えるつもりは全くないが、こういった発言は内心思っていても、立場上、口にしないほうが賢明だろう。アメリカ人のように、物事をはっきりと言うのは俺もそうなのだが、オトナになれば、状況に応じた使い分けが必要だ。CNNのサイトで紹介されていたような、ドナルド・トランプ氏の発言も危険だとは思う一方、彼は多くのアメリカ人に求められているような人物なのかもしれない!?

 

先例なき時代に、日本人に求められているのは「内向きとの決別とグローバル化(世界に目を向けよう)」なのだろうが、すぐに変化できるものでもないだろう。

 

高坂正堯著『文明が衰亡するとき』には、13世紀から14世紀の地中海世界に君臨したベネチアは、16世紀後半以降に「内なる変化」にさらされ、喜望峰ルートの発見という当時の「グローバル化」の影響を見誤り、「守旧的性格」が強まった。

 

日本の過去における2度の“奇跡”はともかく、21世紀の世界に求められているのは“変化”に他ならないのだ。今月開催された、アメリカで大人気のスーパーボウルで流されたTVCFBMWTVコマーシャル)は、とても印象深いものだった。なぜなら、デヴィッド・ボウイの曲“Changes”が使用されていたから、ただそれだけ。

 

最後になるが、ブログ冒頭で引用したタキの言葉「一夫多妻―ひとりの女と結婚し、多くの女を愛することができれば、そのほうがどれほど詩的なことだろうか」を借りれば、イタリアの超高級スーツ<ブリオーニ>を身に纏ったドナルド・トランプ氏は、或る意味、下品かもしれないが、ロマンティストの異性愛者であり、誰よりも詩的な男なのは明白だ。そして私見だと前置きしておくが、俺の眼には、移民で元モデルのトランプ夫人<メラニア>のほうが、アメリカンドリームを実現させ、ヒラリーよりも幸せそうで、とても魅力的な女性に映っている。

一方、秀才<ヒラリー・クリントン>氏がかつて身に纏ったジョルジオ・アルマーニのパワースーツも、今年連日身に纏っていたラルフ・ローレン・コレクションの高級スーツも素敵だったが、そんなアメリカを代表する69歳(デヴィッド・ボウイと同い年)のパワーウーマンヒラリー・クリントン>に、天才<オスカー・ワイルド>の名言を贈りたい。

 

彼女は、弱さという何ともいえない魅力を欠いている。

―オスカー・ワイルド

 

 

Have a nice day!

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

音楽と音楽の好みは、個人とグループのアイデンティティーを表し、それぞれを区別する目印になるのだ。好きな音楽は、その人の個性と繋がる、その人の個性を表していると、ある程度までは言っていいだろう。

―ダニエル・J・レヴィティン著『音楽好きな脳 人はなぜ音楽に夢中になるのか』より

 

周囲から浮き上がるのを恐れずに、

とっぴな行動ができる人間がいないこと。

それが今の時代の最大の危機だ。

―ジョン・スチュアート・ミル

 

自由の最高の使い手は、充実した個人である。では、そうした個人となるにはどのような要素が必要になるのだろうか。まず、個性を鍛えねばならない。自ら正しいと信じたことを敢然と主張し、意見が通るか否かにかかわらず、それを聞いた人たちが満足感を覚え、その人を尊敬し威厳を感じるような状況を生み出せるなら、意見は強いほど良い。それを聞いてみたくなるのは、内容、表現、感情の表出を総合した一つの作品としての魅力があるからだ。

―ジョン・スチュアート・ミル著『自由論』より

 

冷たい雨が降り続いた金曜日

 

個性多様性に富み、“天才”を併せ持った魅力溢れる男<デヴィッド・ボウイ>。1960年代から2010年代までの半世紀もの永い間、常に“変化”しながら、かつ時代のアイコンであり続け、いつの時代においてもミュージックシーンの最先端を駆け抜け、彼自身の存在そのものがファッション(流行)を超えた、ロック界の伝説だったが、そんな麗しき“スーパー”スターが今年1月、★になってから、早いもので10か月が経過しようとしている。

色んな意味で、俺の人生に“洗練”を加味してくれた偉大な恩師であり、理想の男。そして誰もが夢見たであろう完璧な偶像。彼がいなくなった世の中は今、とっても退屈だが、ひとつだけ言える確かなことは、デヴィッド・ボウイは、彼の人生を猛烈に楽しみ、それをアートに昇華させた、稀有な存在のロックスターだったのだ。I miss you, oh Bowie.

 

ところで昨日(28日)、東京都心には冷たい雨が降り注ぎ、午後1時の気温は10度9分を記録し、これは平年だと12月下旬、クリスマス頃の寒さだったようだ。季節はだけれど。

金曜の夜は、銀座のフレンチでの会食後、最後にプティフルと共にブラックコーヒーをいただいた。フレンチにシャンパンを合わせるのは最高のそれだが、日本酒とのマリアージュも悪くない。当日のファッションは、ジョルジオ・アルマーニのシルク混スーツに、トム・フォードのカシミアコートを羽織っていたが、寄り道せず、タクシーに乗り込み、まっすぐ家路に就いた。

 

昨夜、車中とても小さな音量で流れていたのはジャズだったが、俺の頭の中では、アメリカのラッパー<エミネム>が2000年にDido(ダイド)をフィーチャーリングし、世界的に大ヒットしたシングル曲“Stan”の記憶が蘇り、その歌詞の一部“My tea's gone cold I'm wondering why I got out of bed at all / The morning rain clouds up my window and I can't see at all(紅茶は冷めちゃったし、なぜ起きてしまったのかを考えてる。朝から降り続いた雨のせいで、窓が曇っていて、外は何も見えない)”が無限にループしていた。

そう、ニューヨークのセントラルパークはすでに紅葉したようだが、今週はじめ、<アメリカン・サイコな事件>の続報が世界中を駆け巡った。何かと言うと、今から2年前、2014年11月8日(土)付ブログ“I read the news today, oh Bowie”(テーマ: 本・雑誌)のそれを憶えているだろうか。当時のブログでは、ハニフ・クレイシの著書を引用し、ロンドンのフォーシーズンズホテルのツイート写真と、メラニア・トランプのツイート写真(紅葉に染まったニューヨークのセントラルパーク)をそれぞれ張り付け、香港で起こった殺人事件にフォーカスした一方、かつてデヴィッド・ボウイが住んでいたセントラルパークを眼下に見下ろす超高級ホテルピエール>、トム・フォードの超高級子供服、フランス映画『クロワッサンで朝食を』(2012年)などなどを取り上げ、英国の名門大卒のエリート金融マンがなぜ殺人事件を起こしたのかを、同映画の曲のタイトルに合わせて、「の不足」と結論付けていた。事実は小説よりも奇なり、だ。

 

デヴィッド・ボウイの妻<イマン>の現在

 

世界で最も洗練されたロックスター<デヴィッド・ボウイ>の妻で、未亡人となった元スーパーモデル<イマン>の顔にようやく笑顔が見え始めた。本日、土曜の昼下がり、スポーツジムから帰宅後、彼女のツイートを久しぶりに、ピエール・エルメの紅茶をいただきながら、デヴィッド・ボウイの生前最後となったスタジオ・レコーディング音源3曲を収録したアルバム『ラザルス』をBGMに、ゆっくりと覗いてみた。

そこには、KENZOH&Mとのコラボレーション・キャンペーン広告に起用された自信に満ち溢れた元祖スーパーモデル<イマン>の横顔、

ファミリーマン<デヴィッド・ボウイ>が残したノリータに位置するアパートメントのペントハウスから撮ったニューミュージアム方面の空との写真、

そして愛犬<マックス>の写真、そしてボウイ関連ツイートなどなど、俺の興味を掻き立ててくれる魅力的な世界が広がっていたのだ。彼らの娘<アレクサンドリア>ちゃんの写真は見当たらなかったが、今年61歳となったイマンと、彼女の友人<シンディ・クロフォード>(50歳)との2ショット写真も目に留まり、11連続でRTした。

 

そう、幸福感に包まれた・・・イマンと愛娘と愛犬が住むペントハウスの目と鼻の先には、90年代後半頃、俺も足を運んだキャビアもいただける、当時最先端と形容されたバー<PRAVDA(プラウダ>が現在も営業を続けている。同エリアから西に進めば<ソーホー>、南西に進めば<トライベッカ>が位置しており、ニューヨークを代表するトレンディスポットを形成している。したがって、そこは一般人が居を構えるのは不可能なくらい家賃が最も高騰したエリアであり、ハリウッドスターや有名ミュージシャンが数多く住むニューヨークを代表する超高級住宅街であり、アッパーイーストサイド(高級という意味合いでは、もはや死語か!?)が高級と形容された20世紀が懐かしい今日この頃でもある。90年代当時、俺が好んで宿泊したロイヤルトンソーホー・グランドなどなどのデザインホテルは素敵だったね。

 

マンハッタンでは、お金がない世代は一体どうするのか、その答えは、家賃が安い隣のブルックリンに移り住むなど、選択肢は残っていなかったのだ。そして、かつて何もなかったブルックリンが次第に注目を浴びるようになり、近年、映画にも度々取り上げられるトレンディエリアへと変貌し、新しいスポットが次から次へと誕生したのだ。ボウイが1971年にリリースした傑作アルバム『ハンキー・ドリー』に収録された名曲“Andy Warhol”、その本人が生きていた70年代という時代こそが、ニューヨークという街が、或る意味、刺激的で、妖しくて、最も輝いていた時代であり、音楽家や作家、画家たちが好んだ世界だったのかもしれない。

 

参考までに、『アメリカン・サイコ』が描かれた金融の時代は80年代(日本のバブル期・・・ボウイの名曲“Let’s Dance”のリリースは83年)であり、バブルがハジけた91年以降、日本経済は「失われた時代」に突入していくわけだが、同年セ・リーグで優勝したのが広島カープだった。あれから早25年、あの当時の日本シリーズ同様、広島は今回もまた優勝することができなかった。

 

3年ぶりの来日となったスーパーモデル<ケイト・モス

 

先週、ファッションピープルの女の子たちと、ドナルド・トランプの妻<メラニア>が身に纏っていたグッチボウタイシャツ(ピンク)がカワイイと会話したのが遠い昔のようにも思える今日この頃だが、過去記憶にないような猛烈な暑さを記録した2013年の夏を憶えているだろうか。

2013年9月2日(月)付ブログ“Dear Kate”(テーマ: 番外編)では、ブログ冒頭でオスカー・ワイルドの小説を引用し、ケイト・モスの来日について、俺は次のように記していた。

フランスとイギリスを代表する2人の「時を超えるミューズ」たちが来日を果たした。東京ステーションホテルで8月29日(木)、ルイ・ヴィトンの特別展『Timeless Muses』のレセプションパーティが開催され、同会場に、(1943年生まれで今年70歳となる)フランスの大女優<カトリーヌ・ドヌーヴ>と、(1974年生まれで39歳の)イギリスのスーパーモデル<ケイト・モス>が姿を現したのだ。彼女と俺は共に、1970年代生まれゆえ、年齢がとても近く、1月生まれの山羊座だ。付け加えると、さほど自慢にもならないが、デヴィッド・ボウイも同じく、1月生まれの山羊座なのだ。そして、イギリス生まれのボウイとケイトは、とても仲がいい。というより、ケイトの一方的な憧れのほうが強いのは確かだけれど。

 

ブログ冒頭で、オスカー・ワイルドの短編小説『非凡な打ち上げ花火』から一部引用したが、山口椿氏は、ワイルドの同小説について、「三島由紀夫は、「打ち上げそこねたお祝いの花火」という名せりふで、悲劇『鹿鳴館』を終わらせていますが、・・・(中略)・・・美しさと虚しさ、美と生死というものを縫い合わせていったのが、ワイルドと三島由紀夫ですが、このふたりは、共に「ブルジョワを魂消させる」ことに、それぞれの天才を賭けてしまったのだったら、惜しむべきことです。・・・(中略)・・・私は、この背の高い娘を告発しているつもりはありません」と語っている。

最後になるが、ケミカル・ブラザーズマーティン・スコセッシの来日と、

ジジ・ハディドちゃんの初来日話はさておき、今月3年ぶりの来日を果たしたケイト・モスは、恵比寿ガーデンプレイス内の会場において、DJブースでデヴィッド・ボウイのレコード『ジギー・スターダスト』を見つけ出し、彼女はボウイのロックンロール・ナンバー“月時代の白昼夢(原題: Moonage Daydream)”を同会場で流したのだ。来日していたプライマル・スクリームのコンサートにも顔を出したようだが、今、ふと思い出したのだが、2014年8月8日(金)付ブログ“Summertime Sadness”(テーマ: 音楽)の中で、同バンドのMVに起用されたケイト・モスを少しばかり取り上げたことを・・・。

 

Dear, Kate

Hey, what are you doing tonight, honey? 

他にも書きたいことは山ほどあるが、今夜はこのくらいで。

そして<美食の秋>、白トリュフの季節の到来だ。

 

Happy Halloween!

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

「それと覚えておくべきなのは、ミネラルウォーターを買うときは、ガラスの瓶にすることだ。プラスチックボトルのはいかん」私はおどろおどろしく言って、二人のどちらかが理由を聞くのを待つ。 「どうして?」コートニーの声には本物の興味がにじんでいる。 「酸化するからだ」と私が解説する。「へんな後味のない、さらっとした水がいいじゃないか」 長い、わけがわからなくなった。コートニーらしい間合いがあってから、マクダーモットが窓の外を見ながら、「なるほどな」と言う。 「でも、ほんと、水の味って違いがわかんないのよ」コートニーがぶつくさ言う。

ブレット・イーストン・エリス著『アメリカン・サイコ』より

 

晴れとノラ・ジョーンズとミネラルウォーター

 

カルヴィン・ハリスの名曲“Summer”の季節も完全に終わり、本日10月15日(土)、京都にカナダ系超高級ホテル<フォーシーズズホテル>が開業した。日経新聞のWebサイトには「最高級の客室は1部屋1泊120万円超。地元では外国人富裕層の呼び水になるとの期待が高まる。180の全客室の3割を分譲販売して、観光客でにぎわう桜や紅葉のシーズンでも泊まりやすくし、長期滞在する富裕層の需要を取り込む」と紹介されている。なお、俺のお気に入りでもある同超高級ホテルに関しては、7月24日(日)付ブログ“Extraordinary Experiences”(テーマ:ホテル&リゾート)の中で詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。

 

京都も素敵な街だが、俺はここ東京都心で変わらず、イタリア製のフレッテのシーツに包まれ、いつものように気分良く週末の朝を迎えたが、今月に入り、ヘヴィローテーションしていた黒人ジャズピアニスト<ロバート・グラスパー>(1978年生まれ)の新作CDを、気分新たに白人女性ジャズピアニスト<ノラ・ジョーンズ>の4年ぶりとなる新作CDに替え、高級オーディオにセットした。いずれも音楽のジャンルは<JAZZ>だが、今朝はノラ・ジョーンズの素敵な音楽ではじまった。その始まりを、京都の同ホテルで迎えることを春先に考えていたのだ。予約はしなかったとはいえ、年内もしくは来年には足を運ぶ予定だ。

なお、フォーシーズンズ丸の内のレストラン&バーは、今年も日常的によく利用しているが、今年も足を運んだニューヨークだが、マンハッタンには2つ目となるフォーシーズンズホテルが開業している。

 

ジャズに話を戻すが、先日、タワーレコード渋谷店で入手した、ノラ・ジョーンズが表紙を飾ったフリーペーパーには、同新作について「名曲《ドント・ノー・ホワイ》から15年。初めて購入したジャズのCDは、ブルーノートからの彼女のデビュー作『ノラ・ジョーンズ』でした。凛とした横顔のジャケットが印象的ですよね。同じような方もいらっしゃるのでは? 当時中学生の私はJAZZを知っていたわけでもなく、声とアンニュイな雰囲気に惹かれ、「なんて美しい女性が素敵な歌声で弾き語りをするのだろう・・・」と憧れを抱いたものでした。 (中略) 2児の母となった今、15年ぶりにピアノ弾き語りスタイルに原点回帰」と紹介されていた。

 

正確に言えば、今年37歳となった2児の母親でもあるノラ・ジョーンズ(1979年・ニューヨーク生まれ)が、デビュー作をリリースしたのは2002年ゆえ、あれから14年もの歳月が過ぎ去ったことになる。なお、同新作の国内盤の対訳を担当したのは、1976年生まれの作家<川上未映子>だ。

 

そう、1970年代生まれの俺がこのブログを始めた2004年以前からもずっと、朝の目覚めの習慣は、イタリアのミネラルウォーター<サンペレグリノ>(750mlガラス瓶の炭酸水に限る)を冷蔵庫から取り出し、それをバカラのグラスでいただくのが日常となっていたが、今週からここ東京は秋らしい、涼しくて、とても過ごしやすい気候となり、冷やしたそれではなく、常温のそれをいただいている。なお、ミネラルウォーターに関しては、2009年10月24日(土)付ブログ“You don't understand the differences in water.”(テーマ: レストラン&バー、カフェ)で、六本木のレストランメニューに掲載されていたミネラルウォーターを引き合いに出し、ニューヨーク旅行時のレストランの記憶と共に、小説『アメリカン・サイコ』の中に登場するミネラルウォーター談義にフォーカスし、詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。

 

私はこだわる。情熱を持って。

こだわらない人たちのことを考えると、ぞっとする。

私はこだわる。あなたにもこだわってほしいものだ。

―トム・ピーターズ

 

今朝、ノラ・ジョーンズの新作をBGMに、超高層階に位置する自宅リビングの窓から空を見上げると、ここ東京都心の上空には雲一つない秋晴れが広がっていた。朝食はフルーツのみで、コーヒー用のマグカップは、2004年以前から愛用しているマイケル・グレイブスがデザインしたイタリア製のアレッシィのそれだが、過去2度ほど破損し、買い替えている。自宅で愛用しているのは、アレッシィ以外に、陶磁器は<ウェッジウッド>(英)&<リチャードジノリ>(伊)で、愛用のグラスはほとんどが<バカラ>(仏)で、数点は<アルマーニ・カーザ>(伊)のそれだ。また、他ブランドのシャンパングラスもいくつか揃えてあり、その日の気分で使い分けしている。

 

映画の

東京国際映画祭のオンラインチケットサイトがパンク

 

秋の恒例イヴェントとなり久しい、映画の祭典『東京国際映画祭』(10月25日(火)~11月3日(木・祝)の10日間)も今年で早いもので29回目を迎える。今朝、スポーツジムから帰宅し、同映画祭のチケット(正午から販売開始)を購入しようとした矢先、同サイトの、オンラインチケットサイトがアクセス集中のため、パンクしていたのだ(笑)。先日発生した東京の一部地域での停電同様、ここは中国か韓国かと思えるくらいの、程度の低さに俺は呆れ返ったわけだが、

ボランジェのシャンパン片手にこのブログを書いている今、時計の針は土曜の夜の11時半を回ったが、未だ同サイトのチケットサイトはメンテナンス中だ。

 

で、どのチケットを購入しようと思ったのかと言えば、今春4月17日(日)付ブログ“Spring Breakers”(テーマ: 映画)の中で「第69回カンヌ国際映画祭」(5月11日~22日)に注目した際、私的に気になる7作品を紹介したが、それ以外で最も気になる作品として選んだのが、ニコラス・ウィンディング・レフン監督作『The Neon Demon(原題)』なのだ。今回チケットが取れなくても、今後、日本国内で間違いなく劇場公開されるだろうから、何ら心配はしていない。なお、10月27日(木)の夜の予定として、六本木で同作品の映画鑑賞をスケジューリングしていたが、「男心との空」ではないがもうどうでもよくなってきたというのが本音だろうか。実は、正午半すぎ、一度だけサイトにアクセスでき、席を選ぶ画面までは進むことができ、プラス500円席を選ぼうとした矢先、再び同サイトがパンクしたのだ。

 

なお、当時のブログには、<主演にエル・ファニングを配し、アビー・リー・カーショウ、キアヌ・リーヴス、クリスティーナ・ヘンドリックス等々、興味深いキャスティングなのだが・・・なお、エル・ファニングに関しては、日曜日の早朝、イマジカBSで放映された(俺好みの、ジョン・アーヴィングの小説『未亡人の一年』を原作にした)トッド・ウィリアムズ監督作『ドア・イン・ザ・フロア』(2004年・米)で、キム・ベイシンガーやミミ・ロジャース(トム・クルーズの元妻)等と共に出演しており、2004年公開当時のエル・ファニングの年齢は6歳だった。彼女が主演を務める最新作『The Neon Demon』は、アメリカのモデル業界を舞台にしたホラー作品になっているが、ニコラス・ウィンディング・レフン監督独特の映像美とB級感が今からとても楽しみだ。>と記していた。

 

美食の秋

音楽の秋

読書の秋

 

映画の話はさておき、今秋の東京はとてもホットで特別な日が続いた。ニューヨークを代表するスーパースターシェフ<デヴィッド・ブーレイ>が来日を果たし、紀尾井町に新たに開業した超高級ホテル『ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町』内レストランで特別メニューを振舞ったのだ。

 

そう、90年当時、ニューヨークで「トライベッカ」(Triangle Below Canal Street)というカナルストリートの南に位置する同地区はトレンディスポットではなかったが、ロバート・デ・ニーロが同地区に移り住み、自身の映画製作会社を設立し、ドリュー・ニーポレントと手を組み、レストラン「トライベッカ・グリル」を90年にオープンして以降、瞬く間にニューヨーク随一のオシャレエリアへと変貌を遂げたのだ。

 

トライベッカは、今でこそ誰もが知る高級住宅街のひとつになったが、85年に同地区にドリュー・ニーポレントがいち早く注目し、オープンさせたフレンチビストロが「モンラッシェ」であり、当時無名に近かったシェフを起用したわけだが、そのシェフが他でもない、ニューヨークを代表するスーパースターシェフ<デヴィッド・ブーレイ>氏その人だったのだ。先述したレストランには90年代に何度か足を運んだが、同エリアにデ・ニーロに誘われ、松久信幸氏がオープンさせた日本食レストランが<NOBU>だ。今では、ニューヨーカーで知らない人はいないほど有名な<NOBU>だが、現在デ・ニーロが73歳、松久氏が67歳、そしてデヴィッド・ブーレイが63歳だ。デ・ニーロを除いたこのシェフ3人は、ニューヨークの食のトレンドを牽引している面々と言っても過言ではないはずだ。

 

食から音楽に話題を変えるが、今秋、スーパースターDJ<Kaskade(カスケイド)>が渋谷のクラブ<SANKEYS TOKYO>に降臨し、ブルーノート東京では90年代の東京で一世を風靡した英国発アシッドジャズを代表する人気グループ<インコグニート>がライヴを連日行なった。年内には、ロバート・グラスパーが新作を携えての再来日公演も決まっており、来年にはノラ・ジョーンズの来日公演も決定しており、いずれの公演が今からとても楽しみだ。

 

読書の秋に、ノーベル文学賞を今年受賞したのはアメリカのミュージシャン<ボブ・ディラン>だった。俺のお気に入り作家<アーヴィン・ウェルシュ>が「もうろくしたヒッピーによる懐古趣味賞だ」と毒舌を吐いたが、ジョージ・マイケル風に言わせてもらえば、“That’s right!”だろうか。誤解のないように付け加えておくが、ボブ・ディランが悪いわけではなく、選んだ側が悪いのだ。いずれにせよ、彼の音楽は、俺の趣味ではない。今回の同賞受賞がデヴィッド・ボウイだったらと考えたら・・・。

 

 

最後になるが、先日、ジョージ・マイケルの名曲“Freedom! '90”(1990年秋リリース)が、2016年のニューヨークを舞台に、現代の若手スーパーモデルを起用し、撮影された新しいMVが話題になったが、

90年代に一世風靡した元祖スーパーモデルたちは現在、シンディ・クロフォードが50歳、

ナオミ・キャンベルが46歳となり、素敵に歳を重ねている。今の時代、我々は「一流」では納得せず(慣れてしまい)、その前に“スーパー”を加えたそれらを欲しているのかもしれない。プロ野球でいえば、日本ハムの大谷くん(22歳)のような「スーパー」な存在のスター選手を期待しているのだろう。彼を見ていると、他の選手が皆平凡に見えてくるから不思議だ。

 

自分の道を進む人は、誰でも英雄です。

―ヘルマン・ヘッセ

 

Have a nice weekend!

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

どの花も実を結ぼうとする。

どの朝も夕暮れになろうとする。

変転と時の流れのほかに

永遠なものはこの世にはない。

―ヘルマン・ヘッセ

 

9月の始まりと終わり

 

秋のはじまり」と前回のブログで綴り、ロバート・グラスパーフランク・オーシャンについて触れたばかりだが、今月の東京は、秋の到来を知らせるかのように、すっかり恒例となった・・・今年で15回目を迎えたジャズの祭典「東京JAZZ」をはじめ、2009年からNYでスタートしたヴォーグ主催ファッションの祭典「 FASHION’S NIGHT OUT」などなどイヴェント続きだったが、鬱陶しい台風や雨続きのここ東京都心に、いつ秋晴れが訪れるのかと思いきや、早いものでもう9月も終わりに近づいてきた。

 

六本木7-7-7

この道はいつか来た道

 

今月16日(金)、セレクトショップ(スペシャリティストア)「バーニーズ・ニューヨーク六本木店が、東京ミッドタウン前にオープンした。80年代末頃から、毎年ニューヨークに足を運ぶ度、立ち寄っていた高級セレクトショップ「BARNEYS NEW YORK」が、ここ東京に初出店した場所は新宿であり、今から26年前の1990年まで遡る。91年のバブル崩壊後、日本の失われた時代が続き、21世紀に入り、ようやく2004年の銀座店、そして2016年の六本木店開業へと続くのだ。

 

そんなどこか懐かしい、最先端とはもう言えない、ニューヨークのそれとは全く!?異なる、日本のバーニーズが今回開業先に選んだ場所は、私的には「この道はいつか来た道」の近くであり、大学時代に夜な夜な遊んでいた六本木の、裏道に続く7丁目7-7だったのだ。東京ミッドタウン側の表通りがメインエントランスになっているが、その反対側の狭い裏通りに面した同ビルには、アメリカ西海岸発のサードウェーブコーヒー「ブルーボトルコーヒー」が出店している。かつて、その通りには、焼肉の「叙々苑」(六本木7-12-2)があり、そして私的によく足を運んだエンターテイメントレストラン&クラブ「TATOU TOKYO (タトゥー東京)」(六本木7-6-2 )へと続く裏通りだったのだが、前者は今春移転のため、後者は随分昔に、それぞれ閉店している。それゆえ、この裏通りは、俺にとって「この道はいつか来た道」であり、生涯忘れることはないであろう遊び場のひとつだったのだ。改めて、時の流れを感じさせる。

 

そんな場所に、バーニーズ・ニューヨークが出店するなんて、26年前には想像もできなかったそれなのだが、それは、六本木という“”のイメージが強かった(或る意味、ディスコなどのナイトクラブ以外に何もなかったに等しい)エリアに、六本木ヒルズ(グランドハイアットホテル)、東京ミッドタウン(リッツカールトンホテル)、国立新美術館というトライアングル地帯が完成したことにより、家族でも訪れることができる、昼間でも足を運べる安全な場所に変容したことを意味するのだ。百貨店がない同エリアで、国内の大企業や外資系企業の誘致に成功し、外国人富裕層の囲い込みにも成功し、高級ファッションといえば、今もなお「銀座」もしくは「表参道・南青山」のイメージだとはいえ、それをカヴァーできるほどの高級ブランドが集まる“ファッション”エリアへと変貌したとも言えよう。

 

そう、今年1月17日(日)付ブログ“Hot tramp, I love you so!”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)で取り上げた『ダリ展』が、今月14日(水)から、六本木の国立新美術館で開催中だが、先述したバーニーズ・ニューヨーク六本木店から続く道を歩いていけば、同美術館に辿り着くのだ。なお、サルヴァドール・ダリは、デヴィッド・ボウイと親交があったスペインの画家だ。

 

デヴィッド・ボウイを一言で形容するならば、例えば「変化」「変容」「進化」する人が的を射ていると思われるが、港区六本木は、ここ30年ほどの間で、TOKYOで、最も変化した、進化した、変容した場所に他ならない。昔からキャバクラが乱立する場所の向かいに、大企業が多数入居している東京ミッドタウンのオフィス棟が存在しているのは、或る意味、とても感慨深い(笑)。大企業や外資系企業が集まる、日本の心臓部にあたる、千代田区丸の内(三菱の村)や中央区日本橋(金融街)、そして新宿区西新宿(都庁や多数の超高層オフィスビル街)では考えられない光景なのも確かだろう。したがって、先述したようなことから、混沌とした街、それが港区六本木の魅力のひとつなのかもしれない。アメリカ大使館の住所は、東京ミッドタウン同様、「港区赤坂」だが、そこは六本木の目と鼻の先だ。結論、長い間、ファッションとは無縁だった土地が、“ファッション”化したのだ。

 

「ブルー」

ベルルッティ

ガジアーノ&ガーリング

 

世界中で、「音楽の秋」「ファッション(オシャレ)の秋」「映画の秋」「芸術の秋」をイメージさせるイヴェントが開催されているが、ミラノでは去る23日、ジョルジオ・アルマーニ2017年春夏コレクションが発表されたばかりだが、同ショーで記憶に残ったのは、女性モデルたちが身に纏ったアルマーニの美しいブルーの衣装だった。ブルー、ブルー、ブルー。なお、ボウイの名曲“Sound and Vision”(1977年)の歌詞に登場するのは、“Blue, blue, electric blue”だ。

 

一方、(NYファッション界の新星)トム・ブラウンの登場以降、近年、グレーばかりが目立つようになって久しい(デヴィッド・ボウイが生前、いち早く身に纏ったのがトム・ブラウンのスーツであり、彼が公の前に登場することになった最後の衣装もトム・ブラウンのグレーのスーツだった)とはいえ、オン・ビジネス以外で、俺のワードローブに取り入れた色は「ブルー」だったのだが、昨年ニューヨークのオフブロードウェイで公演された(デヴィッド・ボウイの音楽で構成された)舞台『Lazarus(ラザロ)』に登場した女性たちの髪の毛とドレスは共に「ブルー」だった。

 

誤解のないように付け加えておくと、それは“アルマーニブルー”と言われるそれではなく、アルマーニの中心カラーは、古くはベージュ(クレージュ)であったり、ブラックであったり、ネイビーであったり、ダークブルーだが、昨年頃から俺が遊びで取り入れている色が、(冒険とまでは言わないが)「ブルー」なのだ。例えば、それは、シューズ(ベルルッティやガジアーノ&ガーリング)とトートバッグ(某イタリアブランド)なのだが、正確には、それは晴れた空の色ではなく、ダークブルーに近いのかなぁ・・・したがって、その色は、ブラックでもなく、ネイビーとも異なる、ブルーなのだ。

 

オレンジ

エルメス

ヴァレクストラ

 

ブルー以外のカラーでは、小物類(財布、小銭入れ、キーケース、名刺入れ)に関しては「オレンジ」のそれを新たに購入し、現在愛用しているが、それはエルメスとヴァレクストラの革製品だ。カラーで遊べるのは、それくらいのアイテムだけなのかな。ヴァレクストラといえば、「ホワイト」がシグネチャーカラーだが、オレンジ(2種類あり)もオススメのカラーだ。

 

ブラックネイビーグレー

モンクレール

モンクレール・ガム・ブルー

トム・ブラウンのグレー

ヘルノのダークブルー

ジョルジオ・アルマーニ

トム・フォード

 

付け加えるならば、週末用、自宅用、スポーツジムに出掛ける時用に、モンクレールガム・ブルー(MONCLER GAMME BLEU)トム・ブラウンのスエットパンツやシューズも何点か購入した。とはいえ、両ブランドの野暮ったいダウンジャケットは購入していないので、あしからず。

そもそもダウンジャケットやダウンベストそのものが俺の趣味ではないのだが、イタリアの「ヘルノ(HERNO)」のカシミア素材のパデッド・レインコート(ダークブルー: 写真上)は、阪急メンズ東京で試しに一度羽織ってみたが、週末用には良い選択だと思う。価格もお手頃だし、ね。

 

10代の頃から、イタリアンブランドを愛用し始めてから現在に至るまで、ブラックを中心に、ネイビー、ダークブルーなどなどダークカラーを中心に、スーツをはじめ、パンツ、シャツ(白シャツは除く)、ニットを着回してきたが、2000年以降はグレーも、俺のワードローブの3割ほどを占めるほどになり、お気に入りカラーになったのは確かだろうか。基本的に、ジョルジオ・アルマーニのスーツには、(タイ着用時には)極上の白シャツしか合わせない主義だが、ノータイ時はブラックかネイビーのシャツのいずれかだ、ね。 

今月30日から来月初旬にかけて、全国のジョルジオ・アルマーニのブティックにおいて、オーダー会「MADE TO MEASURE」が開催されるが、グレーのピンストライプスーツは、上品で、洗練されており、オトナのスタイルが好みであれば、オススメのそれだ。私見だが、同スーツに、ストライプのシャツはくど過ぎるので、極上の白シャツを選び、ネイビーシルクタイもしくはカシミアタイ(オススメ!)を合わせるのがベストだろう、ね。

 

分かりやすいように言えば、先述したようなスタイルは、レオナルド・ディカプリオをはじめ、ジョージ・クルーニー、トム・クルーズ、ブラッド・ピットなどなどが、新作映画のプレミアの席で身に纏っているそれと同じだとも言える。が、先日離婚したブラッド・ピットの近年のそれはトム・フォードのスーツが多いようで、あの英国調スタイルは俺の趣味ではない。とはいえ、昨年トム・フォードで購入したブラックのカシミアコートは、ジョルジオ・アルマーニのカシミアコートに負けず劣らずの極上のそれだった。

 

メタリカ for ブリオーニ

 

ところで、数年前から、定期的に足を運んでいた深夜まで営業していたレストランのウェイトレスが昨年、彼女の通う有名大学卒業&就職に伴い、同レストランのアルバイトを辞めたのだが、彼女のことを今でも覚えている理由は、俺がブルーノート東京に足を運んだ後、同レストランで、彼女から「今日はどこに行かれていたんですか?」と訊かれた際、俺が彼女に「普段、どんな音楽聴いてるの?」と逆質問し、俺が予想だにしなかった答えを彼女が口にしたからだ。

 

彼女が普段からよく聴いていた音楽とは、米西海岸発のへヴィメタルバンド「メタリカ」だったのだ。その時、「えっ?」と聞き返したことを今でも鮮明に覚えているが、彼女曰く、「お兄ちゃんの影響です」と。

 

あれから1年半以上が経過したが、俺の人生で、彼らのアルバムを聴いたことも、ライヴに足を運んだことも、一度もないが、そんな彼らをブランドの広告に今夏起用したのが、イタリアの高級ブランド「BRIONI(ブリオーニ)」なのだ。悪意はないと前置きしておくが、デヴィッド・ボウイの知的なファンが「ブリオーニ」を身に纏うことがあっても、メタリカのファンが「ブリオーニ」を身に纏うことなど到底考えられないことだが、それがブリオーニの狙いでもあり、究極のサプライズなのだろう。ブリオーニの顧客ターゲットは、ジョルジオ・アルマーニ同様、年収3000万円以上だと思われるが、スーツ1着が50万以上することも付け加えておきたい。俺の記憶が間違っていなければ、ジョルジオ・アルマーニのスーツは、既製服であれば95万円が最高峰で、オーダーであれば、スーパー250の生地を選べば、1着441万円だったと記憶している。イタリア製の高級生地の取り扱いは、現在では世界一で、エルメネジルド・ゼニアの上をいくように、時代は変わったのだ。 

そう、ツイッターで、「アルマーニ」と入力し、検索をかけると、日本の学生やフリーターと思われるごくごく一部の若者たちが、ツイートしているのをよく見かけるが、エンポリオ・アルマーニのスイス製ではない時計であれば、10万円以内で購入できるが、同ラインのスーツの中心価格帯は20万円台なので、とてもとても彼らに手が届くブランドでないのは確かだろう。

顧客ターゲットは、年収1000万円くらいを想定していると思われるが、月の手取りを12か月で均等に割れば、66万円くらいだが、家賃、生活費などを差し引いて、残ったそれで購入できるアルマーニのラインが、セカンドライン「EMPORIO ARMANI(エンポリオ・アルマーニ)」や、それよりもお手頃な価格帯のビジネス向けディフュージョンライン「ARMANI COLLEZIONI (アルマーニ・コレツィオーニ)」だろう。

 

最後になるが、今夜はロバート・グラスパーのニューアルバムをBGMに、タリスカー18年をオン・ザ・ロックでバカラのマッセナグラスでいただいたが、今季のイタリアンブランドに目を向けると、現在店頭に並んでいるグッチの2016年秋冬コレクションは、バーバリーを彷彿させるそれで興味深かった(俺の趣味ではない)が、最近俺の興味がなくなったのがプラダであり、ドルチェ&ガッバーナは変わらず(若者向き)、ブリオーニやキートンは上質で変わらずに素晴らしい(俺の好みのスタイルではない)が、私的に一番“進化”したと思うのが、他でもない「エンポリオ・アルマーニ」だろう。従来のそれとは異なり、スーツはジョルジオ・アルマーニ並みの上質な素材使いが特徴であり、その違いは店頭でなくとも、アルマーニのオンラインショッピングサイトでも確認できるはずだ。

 

 

俺の中で“ファッション”熱が再燃か―。俺は変わらず、アルマーニを着る。ところで、カルヴィン・ハリス君、永遠なもの()はこの世にはない、だろ?

 

Have a wonderful night!

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

ロバート・グラスパーのはじまり

 

7月31日(日)付ブログ“Summer has begun!”(テーマ: ビューティー)で、「今週28日(木)、東京は平年よりも7日遅く、昨年よりも18日遅い梅雨明けが気象庁より発表され、本格的な夏がようやくはじまった。今週は、ロバート・グラスパー(現代の最先端ジャズ)が25日(月)から3日間、マリーナ・ショウ(古き良き時代のジャズ)が28日(木)から3日間、東京ミッドタウン内のビルボードライヴ東京でそれぞれライヴを行い、俺は全6日間すべての公演に足を運びたかったというのが本音なのだが、前者に2夜連続、後者に1夜、計3公演を鑑賞し、俺の夏ははじまった」と綴ってから早1か月、暦では夏は終わり、東京都心では残暑がまだ続いているとはいえ、季節はを迎えた。

 

ファッションの秋”を先取りするかのように、先週末26日(金)の夜は、有楽町の男性向け高級百貨店「阪急メンズ東京」で、開業5周年を祝う<オータム・ナイト>パーティが招待客を集め、19時から22時までの3時間開催された。「ファッションショー」をはじめ、「ザ・ビートルズ来日50周年記念スペシャルトークショー」、映画「ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK – The Touring Years」(9月22日~)公開記念のパネル展及びフォトブースなどなど様々なイヴェントが用意され、プレミアム・イヴェントとして、レベッカのNOKKOがライヴが行い、各フロアでは数種類の高級ウィスキーなどが振る舞われたのだ。とはいえ、同日夜は銀座で会食だったため、俺は足を運ぶことができなかった。

 

ビートルズの初来日が1966年、俺が生まれたのが1970年代、レベッカのデビューが1984年シェイクスピアは「すべての人生には歴史がある」「私たちは時の家来だ」「若さとは、長くは続かぬものだ」等など数多くの名言を残したが、今年★となったロックスター<デヴィッド・ボウイ>(1947-2016/享年69歳)に関して、シェイクスピアの言葉を借りれば、正に「失ったものを賞讃すると、思い出がいっそう辛くなる」のだが、「どんなに長くても、夜はいつか明ける」のも確かだろう。 

俺にとって、今年の夏は、ロバート・グラスパーのライヴで本格的に始ったと書いたが、今月16日(金)には、早くも彼のニューアルバム『ArtScience(アートサイエンス)』が世界同時リリースされる。正確に言えば、今回は「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」名義でのリリースゆえ、前作『BLACK RADIO 2』(2013年10月)以来、約3年ぶりとなる。したがって、先に「早くも彼の・・・」と書いた理由は、「ロバート・グラスパー」名義でのカヴァーアルバム『COVERED』(2015年6月)及びマイルス・デイヴィスの楽曲を“Reimagined”(再創造)したアルバム『EVERYTHING’S BEAUTIFUL』(2016年5月)に続く新作だからだ。 

そんな世界待望のロバート・グラスパーの新作アートサイエンス』が待ち遠しい今日この頃でもあるが、彼(ピアノ)は今冬には、ヴィセンテ・アーチャー(ベース)とダミオン・リード(ドラムス)と共にトリオで、ブルーノート東京において、12月18日(日)から22日(木)までの5日間(10ステージ)、来日公演が決定した。彼は、俺に日本の季節の移り変わりを教えてくれるかのように頻繁に来日しているが、今年何度来日を果たしたのだろうか? そう、ビルボードライヴ東京での7月公演の感想をまだ綴っていなかった。劇場鑑賞した映画の感想然り。

 

ロバート・グラスパーも才能を認めた、

黒人ミュージシャン<フランク・オーシャン>の

お気に入りの50曲

 

2000年以降にデビューしたミュージシャンの中で、このブログでいち早く取り上げ、オススメしたアーティスト(当時はごくごく一部の洋楽好きの間でしか知られていない存在だった)は現在、その全員が世界的に成功を収めた(今では誰もが知るビッグネームにまで成長した)が、その筆頭がリアーナ(ダンスミュージック)であり、カニエ・ウェスト(ヒップホップ)であり、ジェームス・ブレイク(ハウスミュージック/EDM)であり、カルヴィン・ハリス(ハウスミュージック/EDM)であり、カスケイド(ハウスミュージック/EDM)であり、そしてロバート・グラスパー(ジャズ)なのだが、彼らの来日公演には過去何度も足を運んだ。

 

2000年以降、彼らはミュージックシーンの最先端を走ってきたアーティストだとはいえ、カニエ・ウェストだけはもう過去の人なのかもしれないが、リアーナはファッション・アイコンでもあり、正に「VOGUE」な存在の歌姫だとも言えよう。

 

一方、ブログ内でオススメはしたが、唯一足を運べていない(来日公演なし)アーティストが、ラナ・デル・レイ(ハリウッド・ポップ/サッドコア)とフランク・オーシャン(R&B)の2人なのだ。また、バンクス(R&B)の初単独来日公演に関しては、2015年2月13日(金)付ブログ“I’m already falling”(テーマ: 音楽)の中で、特別に、詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。 

本題に入るが、ニューアルバム『Blond』をリリースしたばかりのフランク・オーシャンだが、彼はフリーマガジン『Boys Don't Cry』を発行し、同誌の中で、お気に入りの音楽(50曲)が紹介されたゆえ、本日のブログでは、彼が選んだ50曲に注目してみたい。

 

“Crosstown Traffic”, Jimi Hendrix

“How Insensitive”, Frank Sinatra

“Scarborough Fair”, Simon & Garfunkel

“Alina”, Arvo Part

“I Feel Love”, Donna Summer

“To The Last Whale”, Crosby & Nash

“Prints Tie”, Bobby Hutcherson

“Jardim Dos Deuses”, Joyce Moreno

“Fade Into You”, Mazzy Star

“No More Shall We Part”, Nick Cave & The Bad Seeds

 

“I Never Learnt To Share”, James Blake

“One Mo Gin”, D'Angelo

“The Last One To Be Loved”, Gabor Szabo

“Shadows”, Lonnie Liston Smith & The Cosmic Echoes

“Images Live In 1964”, Nina Simone

“The First Time Ever I Saw Your Face”, Roberta Flack

“It’s Gonna Rain”, Steve Reich

“Stardust”, Willie Nelson

“Nós e o mar”, Tamba Trio

“$”, D.R.A.M.

 

“When I Die”, Goldlink

“The Man-Machine”, Kraftwerk

“Asiko”, Tony Allen

“Earth Bound Hearts”, John Mclaughlin feat. John Surman

“Simply Beautiful”, Al Green

“Mr. Bojangles”, Nina Simone

“Flamingo”, Todd Rundgren

“The Medley Of Praise”, Daryl Coley

“Claire De Lune”, Isao Tomita

 

 

“Calls”, Robert Glasper feat. Jill Scott

 

“Your Smile”, Chaka Khan and Rufus

“Bitch Please”, Death Grips

“Anthrax”, Gang Of Four

“I Am The Walrus”, The Beatles

“Jesus Children Of America”, Stevie Wonder

“Garden Of Linmiri”, Caustic Window

“Home (YouTube Rip)”, Kim Burrell

“Vibrate”, OutKast

“12 Aisatsana”, Aphex Twin

“Mis”, Alex G

 

“Right Down The Line”, Gerry Rafferty

“Anytime”, Ray J

“Jesus”, Curtis Mayfield

“Something About Us”, Daft Punk

“Your Daddy Loves You”, Gil Scott Heron

“Portrait Of Tracy”, Jaco Pastorius

“Rusholme Ruffians”, The Smiths

“When U Were Mine”, Prince

“Road To Nowhere”, Talking Heads

“Boys Don’t Cry”, The Cure

 

先述した50曲は、彼が自らのセンスで選んだそれだと思う一方、彼が他のメディアで選んだお気に入りの映画100本は、明らかにアメリカの著名な映画評論家などが選んだ名作リストや本などを参考にして、選んだ感は否めず、現在28歳の彼がそれらを全部鑑賞しているとは思えないそれだった。なぜなら、28歳の割には洗練されたセレクションだったからだ、ただそれだけ。映画好きの俺は、子供の頃からビデオで、90年代はLDで、それ以降はDVDで、トータル5000本以上は鑑賞してきたが、彼が鑑賞した映画の本数は、年齢的(彼のデビューは2012年であり、経済的成功はそれ以降)なそれから考慮すれば、限定されるからだ。

 

音楽に関しては、彼の本業であり、インスピレーションの源なのだろうから、その範囲ではないが、音楽好きならば、誰もが知る有名なミュージシャンの名前ばかりが並んでおり、曲目に関しては、なぜそれを選んだのかは甚だ疑問が残ったとはいえ、私的にはとても興味深いそれだった。

 

俺のお気に入りの米国の黒人女性ジャズシンガー<ニーナ・シモン>をはじめ、英国の<ビートルズ><ジェイムス・ブレイク><エイフェックス・ツイン><ザ・スミス><ザ・キュアー>、(デヴィッド・ボウイも影響を受けた)ドイツの<クラフトワーク>、フランスの<ダフトパンク>、今年他界した日本の<冨田勲>、そして今年急逝した米国の<プリンス>、同じく同国の<ロバート・グラスパー><スティーヴ・ライヒ><カーティス・メイフィールド><ロバータ・フラック><フランク・シナトラ><トーキング・ヘッズ>等などの名前が目に留まった。

 

全部は書かないが、他にも、サイモン&ガーファンクルをはじめ、ドナ・サマー、スティーヴィー・ワンダー、チャカ・カーン、アル・グリーン、ディアンジェロ、アウトキャスト、トッド・ラングレン等々、アメリカ人であれば、誰もが知る有名なミュージシャンばかりだ。

 

結論、28歳のフランク・オーシャンが選んだ50曲は、全部が全部、洗練されているとは言えないそれなのだが、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ロック、フォークと多種多様なのも特徴のひとつであり、ニーナ・シモンをはじめ、ジェイムス・ブレイク、ダフトパンク、ロバート・グラスパー、プリンス等々の名前が挙がっているように、彼の音楽の趣味は、俺ととてもよく似通っているのは明らかだ。とはいえ、同50曲のリストには、天才作曲家<モーツァルト>の名前も、天才ピアニスト<グレン・グールド>の名前も挙がっていない(ロバート・グラスパーは黒人ジャズピアニストである)ことから推測できるのは、彼は黒人の音楽とも形容できるジャズやヒップホップ、R&Bなどを中心に強い影響を受けたことが窺い知れるのと同時に、米国のロックよりも寧ろ、英国のロックに影響を受けながら、ヨーロッパの電子音楽(ハウスミュージック他)にも関心があったのか、と俺は読み取ったのだ。また、デヴィッド・ボウイの名前は、アルバムに貢献してくれた(要は、フランク・オーシャンが影響を受けたという意味合いで)クレジットされているが、先述した50曲の中に、ボウイの曲が含まれていないのは意味不明だ。

 

付け加えるならば、彼が選んだお気に入りの映画100本に関しては、次回のブログで取り上げる予定だが、もうひとつ、俺が知りたいのは彼のお気に入りの小説や作家の名前だろうか。彼がシェイクスピアオスカー・ワイルドのそれを読んだことがあるのか否かは知らないが、意外にも、彼のお気に入り小説が、ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』だったら、或る意味、面白いと考えたのは俺だけではないはずだ。彼がストレートなのか、それともゲイなのかバイセクシャルなのか、それは大した問題ではないけれど・・・。彼のニューアルバム『ブロンド』は、俺が過度に期待したほどの面白いアルバムではなかったが、彼のまた違う一面を知るにはとてもよい機会だった。なお、音楽専門サイト<NME>のサイトでは、同アルバムの全曲レヴューが掲載されている。

 

 

最後になるが、フランク・オーシャンのデビューアルバムChannel Orange』(2012年)収録曲“Bad Religion”を耳にする度、特に理由はないが、今は亡きプリンスをふと思い出すのは俺だけだろうか。

 

Have a nice day!

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

かつてウォーホルなんかも出入りしたStudio 54を手がけ、80年代にブティック・ホテルの嚆矢となったMorgans hotel groupをフィリップ・スタルクとともに手がけて一世を風靡したイアン・シュレーガーや、同じくスタルクとともにYOOというレジデンスデヴェロッパーをつくったジョン・ヒッチコックスに、かつてぼくは割と影響を受けていたんです。彼らは、自分たちでリスクを負うかたちで不動産を買い、それにデザインという付加価値をつけて販売したり、マネジメントしたりということをやっていたんです。YOOがグローバルのデヴェロッパーに向けたコンサルティングというやり方でビジネスを拡大していくことになるんですが、そうしたなか、彼らを日本の大手デヴェロッパーに紹介するようなことをやっていたこともあるんです。

 

ところが、結局のところ「需要がない」ということで、日本では実現できなかった。「需要がない」は、つまるところ「日本的なエスタブリッシュメントが欲しがらない」ということなんです。

 

それでも、2000年以降、日本でも不動産開発サイドから面白いことをやっていこうという機運はなかったわけではなく、デザイナーと組んでクリエイティヴな開発をしていこうという会社もたくさんできたんですが、これもリーマンショックで見事なまでに吹っ飛んでしまいます。以後、不動産に手を出すのは、海外のファンドか、旧財閥系、電鉄系、旧国有企業系といった大手ばかりになってしまいます。当然彼のビジネスロジックからいえば、「エスタブリッシュメントが欲しがるもの」をつくることになりますから、デザイン面での洗練はあるとはいえ、そこまでラディカルなことはできません。結果として、風景としてはそこそこは個性的だけれども、さほど変わり映えのしないタワーマンションばかりが建つようなことが起きるわけです。

―雑誌『WIRED』(Vol.24)

~林厚見のコラム「東京にはR&D+Oが必要だ」より

 

雑誌<WIRED

 

先日、俺の興味の対象ではない理系寄りの雑誌『WIRED』日本版(Vol.24)を購入した。同雑誌のサイトには、それは<テクノロジーによって、 生活や社会、カルチャーまでを包括した、 わたしたち自身の「未来がどうなるのか」についてのメディアです>と説明されている。同誌を発行しているのは、他でもないニューヨークを拠点とする巨大出版コングロマリット『コンデ・ナスト』社であり、他には文系寄りの雑誌『The New Yorker』『VOGUE』『GQ』『Vanity Fair』等々も同社の刊行物だ。それゆえ、今回手にした『WIRED』だけは、俺の趣味ではない雑誌だとも言えよう。

 

そんな俺にとっては、退屈で、全く興味を誘わない、テクノロジー系!?雑誌を今回購入した理由は、以前のブログで取り上げたニューヨークの・・・大規模再開発プロジェクト「Hudson Yards」、パブリックスペース「High Line」「Bryant Park」、ワールドトレードセンター跡地のモニュメント「Oculus」、ザハ・ハディドが遺したミッドタウンの高級アパートメント「520 West 28th」、移転した美術館「Whitney Museum」等々、ニューヨークの都市改造についての特集が組まれていたからだ、ただそれだけ。そう、「収穫逓減(しゅうかくていげん)の法則」という経済学用語を久々に目にしたよ。

 

全部は書かないが、例えば、「スタルク」に関しては、2015年4月19日(日)付ブログ“American, American Oxygen”(テーマ:レストラン&バー、カフェ)で、「ハドソンヤード」に関しては、2015年5月17日(日)付ブログ“The New York Way”(テーマ: ニューヨーク)で、「ザハ・ハディド」&「オキュラスを設計したスペイン人建築家・サンティアゴ・カラトラバ」に関しては、2015年5月19日(火)付ブログ“The reality often contradicts the ideal?”(テーマ: アート/デザイン)でそれぞれ詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。

 

先述した大手不動産デヴェロッパーによる大規模プロジェクトは、数年前のツイッターでもいち早く取り上げ、ブログでは毎年のように取り上げているとはいえ、今回『WIRED』が、かつて俺が興味を抱いたプロジェクトを、数年遅れであれ、取り上げてくれることはとても嬉しいものだ。建築専門系の雑誌では、度々取り上げられているそれだけれど。

 

デザインとしての開発

 

雑誌『WIRED』最新号で、俺の興味を牽いたのは、ブログ冒頭で引用した「東京R不動産」代表の林厚見氏のコラムであり、そこには俺が以前のブログで指摘したようなことが書かれていたのだ。

 

なお、東洋経済オンラインの2013年2月14日付インタヴュー記事“草食系マッキンゼーが営む、面白い不動産屋 新世代リーダー 林 厚見 不動産プロデューサー”には、同氏について「1971年東京生まれ。東京大学工学部建築学科(建築意匠専攻)、同大学院を経てマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。3年半ほど主に大企業の経営戦略コンンサルティングを行う。その後コロンビア大学に留学」と経歴が説明されている。

 

そして、「大学卒業後、なぜコンサルのマッキンゼーに就職を?」との質問に、彼は<建築の勉強中に、経済にも興味を持ち始めたからです。きっかけは、「なんでこんなにつまらないマンションだの、味気ないビルばかり増えていくんだろう」という、建築学科の学生らしい疑問でした。きっと現実社会の構造に何か原因があるんだろう。それなら資本主義構造というものを、ちゃんと理解してやろうと思った。そこで日経新聞や、大前研一さんの本を読み始めたら、けっこう面白くて。大前研一さんがいたマッキンゼー(・アンド・カンパニー)という会社を知った。「ここは勉強になりそうだ」と思い、「俺は別の道で街を変える」というスタンスで、マッキンゼーに入社しました。以上が25歳までのざっくりした経歴です>と答えているのだ。

 

正に、俺も感じていた、光速のスピードで変遷するTOKYOという大都市の街の風景が、同氏が形容した「つまらないマンション」「味気ないビル」の集合体みたいに、俺の眼にも映っていたからだ。なぜ、ニューヨークをはじめ、マイアミやロサンゼルス、サンフランシスコにあるような、イアン・シュレーガーがフィリップ・スタルクと組んで、80年代から次々とオープンさせた、面白くて、洗練されたデザインホテルが、東京では誕生しないのか、不思議に思っていたのだ。

 

俺自身、10代の頃からニューヨークに毎年足を運び、ここ30年ほどのニューヨークという街の変容を目の当たりにしてきた一方、東京の街の風景も随分変わったとはいえ、味気ないビルばかりが乱立し、どこも同じような四角い超高層ビルばかりが次々と建設され、現在に至るのだ。街との調和は大切だとはいえ、俺が2015年5月19日(火)付ブログ“The reality often contradicts the ideal?”(テーマ: アート/デザイン)で言いたかったのは、ザハ・ハディド建築に代表される、脱構築主義と形容されるような、その前衛的なデザインの建物を、東京でもいくつか見てみたいな、と以前から思っていたのだ。その夢は叶うことなく、彼女は今年3月31日、65歳の若さで、静養先のマイアミで死去したが、彼女がデザインした建造物はロンドンをはじめ、ニューヨークなどでも確認できる。

 

東京都心で、前衛的なデザインの近未来的な超高層ビルといえば、西新宿にそびえる50階建のモード学園コクーンタワーだろうか。また、高層ビルではないが、ヘルツォーク&ド・ムーロン設計による南青山に位置するプラダ ブティック青山店は、訪日外国人にも人気のそれであり、観光スポットのひとつとなり久しい。東京もロンドンも、そしてニューヨークも土地が限られているため、横ではなく、縦に伸びるしかなく、今後も超高層ビルの建設は続いていくはずだ。2000年代前半から、もうかれこれ15年ほど中央区の超高層マンションの高層階に住んでいるため、東京都心のどこで大規模再開発が行われているのかは目視できるが、先述したように、東京に限らず、日本の大都市圏のそれは四角いビルばかりが乱立し、本当に味気ないのだ(笑)。2020年代には、東京の街の風景は様変わりしていると思うが、ニューヨークの街が映画『ブレードランナー』のように変貌していくのとは対照的に、林厚見氏が述べた「エスタブリッシュメントが欲しがるもの」しか、東京にはできないのは大変残念な話だ。

 

Life on Mars?

 

先日、東急プラザ銀座内のレストランフロアで鰻をいただいた後、同商業施設内の三菱電機によるイヴェントスクエア<METoA Ginza(メトア銀座)>に立ち寄った際、「Space in Ginza 銀座の中の宇宙」というイヴェントが開催中で、2フロアをゆっくりと見て回り、宇宙に全く!?興味がない俺には退屈なそれだったが、偶然とはいえ、それは俺に「宇宙」を改めて意識させる時間となったのも確かだろう。

 

WIRED』最新号では、107頁から「火星移住をマジメに考えることから見えるぼくらの未来」と題された特集が組まれており、深夜に超高級ヘッドフォンで、デヴィッド・ボウイの名曲“Life on Mars?”をはじめ、70年代のボウイの曲をBGMに、同特集頁に目を通したわけだが、俺が生きている時代に実現されないことだからだろうか、「宇宙でちゃんと生きるために必要な13のこと」等々、その理系的ファンタジーでもある「宇宙暮らし」のポイントは、俺の脳に記憶されることはなかった。

 

116頁からは、今年日本でも公開された映画『オデッセイ』を基にした、宇宙に関するコラムが書かれていたが、「どうして同作品の劇中で流れるのは70年代のディスコミュージックなのか?」から、その疑問に答えるには「他でもないNASAが置かれた状況を立ち返ってみる必要がある」と強引に繋げられ、「アポロ時代のような白い火星に取り憑いた黒い異物が70sの音楽なのだ」とか、「70年代にはアフロ・フューチャリズムといわれる未来を見通す一連のスタイルがあった」とか、結論付けられていた。

 

同コラムには、「デヴィッド・ボウイ」の固有名詞こそ見当たらなかった一方、その流れから俺の予測した「アース・ウィンド&ファイアー」のそれは目に留まったのだ。1970年代生まれの俺が、彼らのライヴに足を運んだのは1990年の東京ドーム公演が初めてだが、彼らの代表曲「宇宙のファンタジー」は、俺がかつて大学時代に足を運んだディスコ(クラブ)で耳にタコができるくらい聴いたダンス・クラシックの1曲に他ならない。なお、同コラムを書いたのは、1965年生まれの池田純一という、早稲田大学大学院理工学部卒で、コロンビア大学に留学した理系の人物だった。

 

最後になるが、同誌86頁の「ジントニックを科学する」第1回“味わい”という特集のそれは、ジントニックも好きな俺には大変興味深いもの(ジントニックの味を構成する甘味・苦味・酸味)に映った一方、取り上げられていたジンが「ボンベイ・サファイア」というのは少しばかり残念だった。とはいえ、今号のニューヨーク特集が、俺の興味を惹いたのは確かであり、隔月発行の理系が好みそうな同誌のサイトや特集を今後はマメにチェックしてみたいと思う。いや、俺の気が変わらなければ、ね(笑)。

 

Have a wonderful night!

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。