東京・サルサダンスレッスン・初心者・企業・社長・経営者・研修・教室・目黒・日暮里・曳船/サルサ講師・ダンサー石田頼子

初心者に優しく、セミプロにも教えるサルサレッスン・教室を東京で主宰の石田頼子。船堀・日暮里・目黒・銀座・曳舟でサルサレッスン開催。14年のダンス教室経営で延べ1万人以上の生徒を育てた経験から、強み発掘コンサルタントとしても活動。350人近くにセッション。

東京キューバンサルサのYorikoです。



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■サルサ教室で 先生に踊ってもらえない


インターネットで探し辿り着いた塩田先生の教室でキューバンサルサを

習い始めました。


初級クラスから始めましたが、サルサはまだ上手く踊れないものの、
前記の通り体操やダンスなどは幼い頃からこなしており、
まあ普通の人よりチョッとは踊れるつもりでおりました。


足繁く教室に通うも「踊り方が体操みたいだ」とあまり褒められない日々。


何より、ペアダンスになると


「チカラが入りすぎている」

「一人で踊っている」

「相手を無視して踊っている」


挙句に、


「貴女と踊っても 全然楽しくない」

「女性を感じない」

「色気が無い」


と言われる始末。


…何故通ったのでしょうね(笑)。


あまりにも?過ぎて、その答えを知りたかったというのがありました。


耳では理解していたものの、心の底では「でも自分は踊れる」と
思って居たのだと思います。


「ああ、この子には言葉で言ってもダメ」と先生が思われたのでしょう。


ある時からイベントやパーティーなどフリーで踊る機会に
先生が絶対ワタクシとは踊ってくれなくなりました。


本当に1回も、です(苦笑)。


頭は???え?自分は何か悪い事をしたのか、そんなに一人で
踊っているのか、相手を感じるってどういうこと?と
ようやく重たい腰を上げるように真剣に考え始めました。


「自分が思っている以上、いや以下に自分はペアダンスを踊れて居ない」
という事実を、ようやく受け入れたのでした。


穴があったら入りたい、もう出て行きたくない気持ちで一杯でしたが、


同時に


「相手も喜んで自分も喜ぶペアというものを、一度ぐらい
せめて一度ぐらい踊ってみたい、相手を一度ぐらい喜ばせたい」


という思いもあり、恥ずかしながら続けることにしました。


いえ、本当はかなりいじけたと言うか落ちたのですが(笑)。


コンプレックスが原動力とは、まさにこのこと。


先生に踊って貰いたい、相手に喜んでもらいたい、この一心で
改めてサルサやソンなどのペアダンスに必至で取組みました。


→NEXT【#10 駄目駄目サルセーラが アシスタント任命】





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←BEFFORE【#7 コロンビアでの生活 サルサはつまらない?】


■最初のキューバ と 日本ではサルサが流行っている!?


2年半の任期を終え、日本に帰ることになりますが、

当時最大1ヶ月?3週間?まで寄り道しながら日本に帰る事が
許されていました。


最初はパナマに入り陸続きで中南米を抜け、メキシコから日本に帰る
予定でしたが、


直前にハリケーンの影響でそれらの国々への渡航が禁止となり、
急遽ジャマイカとキューバに行くことにしました。


これが最初のキューバです。


3週間近く居た割には、サルサは殆ど踊りませんでした。


この時のキューバが、一番観光していたと思います。
地方へ色々行けましたから。


そんなこんなで3年近くぶりに日本に帰国。


ワタクシが南米に行った影響?でサルサを始めていた妹と友人に
六本木や池袋、新宿のサルサクラブに連れて行かれます。


するとビックリ!
「日本人がコロンビアの人たちより、がっつりサルサを踊っている!」


南米で3年近く過ごしたワタクシですが、日本のサルサについて行けない
という事実!


踊り方は日本のそれとは違うものの、事実ワタクシは踊れないのでした。


コロンビアで真面目に踊ってこなかったとはいえ、こんなに踊れないとは…。


今度こそサルサを踊れるようになりたい!と色々見て周り、
どうも自分はキューバンスタイルと呼ばれるものが好みだと気がつき
キューバンサルサ教室の門を叩くことになります。


→NEXT【#9 サルサ教室で 先生に踊ってもらえない】




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←BEFORE【#6 協力隊訓練にて 初めてサルサとこんにちは】



■コロンビアでの生活 サルサはつまらない?


コロンビアではフィエスタ(パーティー)の際に、確かにサルサを踊ります。


自分はサルサを踊るには踊るのですが、どうもイマイチらしく、
あまり積極的には誘われず、またこちらも積極的に踊る事もありませんでした。


色々要因はありましたが、


●日頃からコロンビアの生活に慣れようと歩み寄っているのに
ダンスまで歩み寄りたくない


●こっちは頑張っているんだから、もっと優しくしてくれても
良いじゃない


といういじけた気持ちと高飛車且つ青い態度と、
女性として全くイケテいない容貌のワタクシにはお声が掛からなかった
というのが事実だったと思います。


つまり、お子様で心を閉ざしていたのですね。


相手を楽しませる…などと到底考えられず、自分の事で手一杯、
自分よりずっと年のお肉タップリのおばさんが誘われて楽しそうに踊っているのに
自分はあまり踊れず誘われず…そして最終的に


「サルサってそんなに面白くない」


事に、心の中で処理しました。


本当は気になって踊りたくて仕方ないくせに、小さなプライドから
全く素直になれなかった訳です。


お付き合い程度にサルサは踊りつつ、でも一人の時は音楽を聴いて思いっきり
ステップを踏んでみたり…そんなコロンビア時代でした。



→NEXT【#8 最初のキューバ と 日本では

サルサが流行っている!?】




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←BEFORE【#5 青年海外協力隊に挑戦&合格!

行き先は南米コロンビア】



■協力隊訓練にて 初めてサルサとこんにちは


青年海外協力隊の訓練は約3ヶ月、当時東京の広尾にあるJICA訓練所で
過ごしました(現在はありません)。


訓練は主に語学習得に時間を費やし、ワタクシはスペイン語圏だったので
初のスペイン語習得にひーひー言っておりました。


講師陣は日本で実績のある各国の方々で、私の先生はペルー人でした。


その講師陣が口を揃えて


「貴方たちはこの音楽と踊りを覚えなければ、南米では生活できない」


と紹介したのが「サルサ」でした。


そう、サルサとの始めての出会いは、青年海外協力隊の訓練中だったのです。


第一印象は「楽しそうだけど、難しいよね」でした。


クネクネしていて、でもリズムには合っていて、一体どう踊っているの~?
と???だらけの頭。


にも関わらず、私たち訓練生を六本木のサルサバーに連れて行く講師陣。


最初に行ったのは中目黒のサルサクラブ(今は無いかも知れません)、
次に連れて行かれたのは、写真からすると六本木のサルサスダーダ
(こちらも今はないですね)。


はっきり言って、殆ど踊れませんでした(笑)。


そしてそれは大した事だと思ってはいかなったのです。


→NEXT【#7 コロンビアでの生活 サルサはつまらない?】






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←BEFORE【#4 番組制作ADから青年海外協力隊へ】

■協力隊に挑戦&合格!行き先は南米コロンビア


ある日、横田基地時代の友人(同じくマスコミ業界、出版系)から、
仕事を辞め国際ボランティアとして南米に行くと告げられます。


恐らく仕事に煮詰まっていたのと(笑、情けないですねえ)、海外への
単純な憧れから、「自分にも出来ることは無いか」と調べました。


と、辿り着いたのが青年海外協力隊の「視聴覚教育」という職種。


映像をはじめとする視聴覚教材を作成したり、プロジェクトそのものを
立てるような職種…だったと思います。


映像製作なら出来るかも知れないと思い、試験も間近だったので
すぐさま応募しました。


1次、2次試験を通過し、1回で合格。


翌年には訓練に入りました。


南米に既に派遣された友人に触発され、第一希望を「コロンビア」としたのも
合格出来た要因かな、と思います(笑)。


ゲリラなどで治安の悪いイメージのあるコロンビアに希望を出す人は
少なかったようです(笑、派遣される場所は政府により安全が確認
されている場所のみです)。


青年海外協力隊の訓練は約3ヶ月、当時東京の広尾にあるJICA訓練所で
過ごしました(現在はありません)。


訓練は主に語学習得に時間を費やし、ワタクシはスペイン語圏だったので
初のスペイン語習得にひーひー言っておりました。


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←BEFORE【#3 体操から入って R&Bへ】



■番組制作ADから青年海外協力隊へ


大学を卒業し、最初に就いたのはテレビ番組制作でした。


ドキュメンタリーや情報番組を中心に製作している会社に入り、
ADとして走り回っておりました。


「自分の目で直接色々な世界を見たい、色々な人と出会いたい」


そんな想いで飛び込んだマスコミ業界。


不規則且つお休みも少なくハードでしたが、やりがいのある仕事でした・・・
な~ん言えないほど、辛かったです!!(笑)。


若く未熟なワタクシは、ただただひたすら辛かった。


まあ、理想しか見ていなかったのでしょうね。


青かったです。


それでもリサーチや取材をするのは、好きでした。


あまりの知識の無さに、特に職人さんや長く商売されている方に

叱咤される事が多々ありましたが、それでも様々な方々と

出会える刺激と喜びは今でも自分の大事な財産となっています。


この時取材した、アルゼンチンタンゴの日本における先駆者ともいえる
アルゼンチンタンゴダンサー・振付家の桑原和美さんとは、
今でもお付き合いさせて頂いております。


お互い母になり、そして踊っています。


あの頃和美さんは既にアルゼンチンタンゴ講師・ダンサーとして名を馳せて
いらっしゃいましたが、自分がまさか15年以上経って同じダンサーという
立場で親交を深め合えているとは…本当に人生は不思議なものです。



→NEXT【#5 青年海外協力隊に挑戦&合格!

行き先は南米コロンビア】




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←BEFORE【#2 最初に始めたのは 音楽】


■体操から入って R&Bへ


8歳の頃から器械体操を習い、10歳ごろから平行して

新体操も習うようになりました。


レッスンの中では、バレエやジャズの基礎などもあり、

そんな中でダンスに触れていきます。


中学校の時にはダンス部や体操部…ではありませんでしたが、

体育際や文化祭の時など、人数が足りないからと助っ人を頼まれており。


実際、カラダを動かす事も踊る事も好きでしたし、周りからもそう言われていたので、

きっとそこそこ踊れるのではと自覚していました。


大学の折、横田米軍基地内でアルバイトを始め、ここで

ブラックミュージック&ダンスと出会います。


まさに山田詠美さんの世界でした!これまで知らなかった世界。


「ノリ良く格好良く踊る」。


運動神経も悪くなくそこそこ踊れると思い込んでいたワタクシでしたが、
横田基地内のボールルームでは他の女の子達は粋にクールに格好良く
踊れているのに、自分はイケテいない。


体操のようなカラダ使いしか出来ず、音楽に乗れていなかったのでしょうね。


何だか悔しくて、でもあのR&Bの音楽で格好良く踊りたくて、
足繁く六本木や他のディスコ(当時は、ディスコ!!)に通っていました。


Jトリップバー、King&Queen、ジャパジャイブ、イエロー、芝浦のゴールドや
ジュリアナ東京にも行きましたよ(笑、踊る目的ではなく、ライブで)。


ブラックミュージック、ひいてはアフロのビートにカラダとココロが反応し
それに身をゆだねる熱さと心地良さを覚えたのは

ここだったかなあ、と思います。




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←BEFORE【#1 プロローグ まさかの10年目】

■最初に始めたのは 音楽


幼少の頃から活発だったワタクシ。


親戚の叔母さんから「1万円貰っても預かりたくない」と言われるほどやんちゃ…

もとい、お転婆な子どもでした。


最初に触れた楽器は、幼稚園の鼓笛隊の小太鼓。


すぐリズムの虜になったのを覚えています。


楽器が楽しくて楽しいくて、木琴、オルガンと、手当たり次第叩き、
弾いていきました。


以降、20歳ぐらいまで、ず~っと音楽を奏でることになります。


特に鍵盤にはまり、オルガン→ピアノ→エレクトーン。


エレクトーンで落ち着き、10年近くお付き合いすることに。


最初の先生がラテンやジャズ好きで、エレクトーン教室なのに何故か

パーカッションをやらせ(笑)、ボンゴやマラカス、ドラムも少々習いました。


ラテン音楽との出会いは、ここからかしら…と思います。


中学校、高校と、バンドも組みました。


音楽はその時流行の「レディースバンド」のコピーでしたが(笑)。


寝食を忘れ、夢中になって譜面を覚えたり、起こしたりしていました。


また、楽しい時も嬉しい時も、辛い時も哀しい時も、エレクトーンを弾いて
自分の心を慰めていました。


キューバにおいて音楽とは、CDを買ったりコンサート会場で聴きに行く
ものではなく、自分たちから生み出されるもの、生活の傍らにあるものです。


そんな所が、幼い頃から音楽に頼り助けられてきた私にとって、

キューバ音楽に弾かれた理由の1つだったと思います。


何よりラテンのリズム!


三つ子の魂百までも、とは申しますが、エレクトーンの先生に感謝です(笑)。


→NEXT【#3 体操から入って R&Bへ】




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■プロローグ まさかの10年目


2012年9月で、キューバンサルサインストラクターという仕事を始めて
ちょうど10年経ちました。


まさか自分がサルサインストラクターになり10周年を迎えようとは
思いもよりませんでした。


サルサをはじめとするキューバの音楽やダンスと出会い、出会いや
別れを経て結婚し、子どもを授かり、今もキューバンサルサインストラクターや

ダンサーとして仕事をしていることに、驚きと感謝の気持ちで一杯です。


自分のチカラではなく、キューバ音楽やダンス、そしてそこから派生する

ご縁に恵まれ、かなりドタバタな毎日ですが(笑)音楽と踊りのある人生は

本当に有難く思っています。


正直、自分がサルサを教えることはありえないだろうと思っていました。


それどころか、ペアダンスを上手に踊る事は出来ない、自分は適していないと、

本気で信じて(笑)居ました。


まして人前でサルサを踊るなど…そのぐらいサルサに対して

苦手意識と自信喪失感で一杯でした。



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