★ 行列のできないブログ ★

2011年9月に「家庭菜園ブログ」としてスタートしましたが、いつのまにか道を踏み外してブレまくり、野菜作りとは何の関係もないことばかり書くようになりました。なお、このブログには農薬と化学肥料は使用しておりませんので、安心してお読みください。


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 2日前のことだが、バンド仲間の家でビールと夕食をご馳走になった折り、彼の奥さんが、去る5月28日に私が小ブログに書いた記事の最後にある『アナと雪の女王(原題: FROZEN )』に関するくだりが、とても面白かったと言ってくれた。
 奥さんはこの映画が大好きで、これまでの3年間にDVDで10回以上は観ているそうで、主題歌の『 Let It Go 』をはじめ、お気に入りの歌がいくつかあるらしく、中でも一番好きなのは『 Love Is An Open Door (邦題:とびら開けて)』だそうである。





 私も、どこか60年代ポップスを思わせる軽快でハッピーなこの歌が好きだと言ったところ、奥さんは、Love is an open door とはどういう意味なのかと私に尋ねた。
 池袋の立教大学を卒業している彼女は、この英文の和訳が「愛は開かれた扉」や「愛は開いているドア」であることはわかるのだが、たとえば Love is blind. の訳が「恋は盲目」であっても、この言葉には深い意味が込められているように、Love is an open door という英語のセンテンスに含まれているはずの言外の意味が、よくわからないとのことだった。


 ネット上に紹介されているこの歌の訳詞をいくつか読んでみたそうだが、Love is an open door という歌詞の部分はおおむね「愛は開かれた扉」と訳されているだけで、彼女の疑問を解くには至らなかったようである。
 そこで私に尋ねてみたのだが、実は私にもよくわからなかった。
 たしかに Love is an open door とは少々ミステリアスな言い回しであり、an open door は何かの比喩か象徴のようである。
 私は、近いうちに自分の家でこの歌をじっくり聴き直してみて、そのタイトルについて考え、それをブログの記事にするかもしれない、あるいは、してみたい、と彼女に伝えておいた。





 この数年間というもの、アメーバから提示されるブログネタでしか記事を書いてこなかった私としては、今年の4月にアメーバからの告知で、ブログネタで書いた記事に対する5段階評価のシステムが廃止されたことを知って以来、ブログを書くという行為への熱意をほとんど失っていたので、何かの外的な誘因がない限り、アメーバのマイページにある「ブログを書く」というボタンをクリックすることはなかったが、今回 Love is an open door の奥にある意味の説明を依頼されたことは、その誘因だったわけであり、およそ2ケ月ぶりにこうして記事を更新している次第である。


 それにしても、私のようにブログネタでしか記事を書かなかったアメーバ会員はたくさんいると思うが、評価のシステムがなくなってからは記事を更新する意欲が失せてしまった人も多いことだろう。
 たとえば中学生や高校生を対象に新聞社などが主催している作文コンクールや読書感想文コンクールのような行事で、もしも「特選」や「入選」などの評価を取りやめてしまったら、作品を応募する生徒は激減するはずである。
 それが人間のありきたりな反応であり、かくいう私も非常にありきたりな人間なので、ブログネタの評価システムがなくなってからは記事を書かなくなったのである。





 下の YouTube 動画は、Love is an open door の実写版(?)である。
 なかなか可愛くて楽しい作品であり、2014年5月の公開以来、なんと1億6千万以上ものビューを記録している。






 まずは、このデュエット・ソングの歌詞と和訳を紹介しておこう。
 Aはアナのパートを意味し、Hはハンスである。
 歌詞の中で、意味がわかりにくいと思われる部分には番号を付け、それぞれの番号の箇所については、あとで説明を加えている。


LOVE IS AN OPEN DOOR ( By Robert. J. Lopez & Kristen Lopez )

A:(セリフ)
Okay, can I just say something crazy?
あのね、変なことを言ってもいい?

H:(セリフ)
I love crazy.
変なこと、大好きさ

A:
All my life has been a series of doors in my face
これまでの私の人生には、いつも目の前に、閉ざされたドアがあった
And then suddenly I bump into you
そして、突然あなたに出会った

H:
I was thinking the same thing, ‘cause like…
僕も同じことを考えてた。だって・・・
I’ve been searching my whole life to find my own place
僕はこれまでずっと自分の居場所を探していた
And maybe it’s the party talking or the chocolate fondue (1)
それは、あのパーティーでのおしゃべりや、チョコレート・フォンデュかもしれないけど(1)

A:
But with you
でも、あなたといると

H:
But with you, I found my place
でも、君と出会って、僕は居場所を見つけた

A:
I see your face (2)
私には、あなたが見える(2)

A&H:
And it’s nothing like I’ve ever known before
こんなこと、これまでにはなかった

Love is an open door
恋は開かれたドア

Love is an open door
恋は開かれたドア

Love is an open door
恋は開かれたドア

A:
With you
あなたと一緒

H:
With you
君と一緒

A:
With you
あなたと一緒

H:
With you
君と一緒

A&H:
Love is an open door
恋はドアを開けてくれた

H:
I mean it’s crazy…
変だよね

A:
What?
何が?

H:
We finish each other’s…, (3)
僕たちって、本当に(3)

A:
Sandwiches! (4)
サンドイッチ!(4)

H:(セリフ)
That’s what I was gonna say! (5)
僕もそう言おうと思ってた!(5)

A:
I’ve never met someone…,
今までに出会ったことはなかった

A&H:
Who thinks so much like me!
こんなに気が合う人と!

Jinx! (6)
ジンクス(不吉)!(6)

Jinx again! (7)
またまたジンクス(不吉)!(7)

Our mental synchronization can have but one explanation
こんなに心が通じ合う理由は、ただひとつ

You and I were
きっとぼくたちは、私たちは

Just meant to be!
結ばれる運命だった

A:
Say goodbye
さよならを言うわ

H:
Say goodbye
別れを告げよう

A&H:
To the pain of the past
昨日までの苦しみに

We don’t have to feel it anymore
もう二度とあんな思いをすることはない

Love is an open door
恋がドアを開けてくれた

Love is an open door
恋がドアを開けてくれた

Life can be so much more
人生は素敵なことにあふれているはず

A:
With you
あなたと二人

H:
With you
君と二人

A:
With you
あなたと二人

H:
With you
君と二人

A&H:
Love is an open door…
この恋は、開かれたドア

H:(セリフ)
Can I say something crazy?
おかしなことを言ってもいいかい?
Will you marry me?!
僕と結婚してくれないか!

A:(セリフ)
Can I say something even crazier?
もっとおかしなことを言ってもいい?
Yes!
いいわ!


(1)、ハンスは謙遜しながら冗談で、自分が探し求めていたものは取るに足らないようなものだったかもしれない、と言っているのだろう。
 ここでの「パーティー」は、原文では定冠詞の the が付いて the party となっているので、ある特定のパーティーを指しており、それはこのとき2人の近くで開かれていた戴冠祝賀パーティーのことだと考えられる。
 チョコレート・フォンデュは、そのパーティー会場に用意されていた美味しいもののひとつであり、この言葉自体に特に深い意味はなく、直前にアナが歌う歌詞の最後にある I bumped into you の you (ユー)に韻を踏ませるために fondu (フォンデュー)が使われているだけだと思う。

(2)、この I see your face (あなたの顔が見える)は、その前の歌詞の I found my place (自分の居場所を見つけた)に韻を踏ませるための、たいして意味のない言葉のようにも思えるが、あるいは、いつもアナの前にあった閉ざされたドアが今はないので、ハンスの顔や姿がちゃんと見える、という含みで使われているのかもしれない。

(3)、英語には We finish each other’s sentences. (私たちはお互いの文章を完結できる)という慣用句があり、相手が次に何を言おうとしているのかがわかるほどに仲がいい、あるいは、非常に気が合う、という意味である。
 ここではハンスも、そういうつもりでこの決まり文句を言おうとしている。

(4)、しかしアナは、sentences と言うべきところを、ふざけて冗談半分に sandwiches と言っているようであり、この「サンドイッチ」には特に深い意味はないと思う。
 また、sentences (センテンスィズ)も sandwiches (サンウィチズ)も ともに3音節の言葉であり、どちらも歯音の S で始まるので、ここでの歌詞の言葉としての「サンドイッチ」に、それほど唐突さや不自然さは感じられない。

(5)、あとでわかることだが、この歌の場面でハンスは本気でアナに恋をしているわけではなく、彼女をだまして利用しようとしているだけなので、この「僕もそう言おうとしていた」というセリフは、僕たちは同じことを考えてしまう人間だ、ということをアナに印象付けるための、単なる出まかせだろう。

(6)、日本でも「ジンクス」というカタカナ語で使われる jinx は、「不吉なもの」や「悪運を招くもの、または人」という意味である。したがって、「6月に結婚すると幸せになれるというジンクスがある」という使い方は誤用である。
 この歌詞での Jinx! は、一種の「厄除けのおまじない」であり、二人の人間が偶然に同じことを同時に言った時に使われる。
 オンライン辞書のひとつである Wikitionary の jinx の項目では次のように説明されている。「 Interjection: Used after the same response is said by two people simultaneously (間投詞:2人の人間が同時に同じ反応を口にしたあとに使われる)」
 アナとハンスは、直前に2人で同時に同じことを言ったので、このおまじないを口にしているのである。

(7)、これに先立つ Jinx! は、2人で同じことを言ったあとのおまじないだったが、そのおまじないの言葉も2人で同時に言ってしまったので、Jinx again! である。






 『アナと雪の女王』の中で Love is an open door を歌っているのは、アメリカの女優クリステン・ベルと、同じくアメリカの舞台俳優であるサンティノ・フォンタナである。
 この映画が公開された2013年、クリステン・ベルは33歳で、フォンタナは31歳だった。
 この2人がどんな容貌をしているのか気になる方もおられるかもしれないので、とりあえず下に2人の写真を貼っておこう。





 この映画のDVDに含まれている日本語吹き替え版では、Love is an open door というタイトルが『とびら開けて』になっているが、英語の原題が6音節のセンテンスなので、同じく6音節の日本語をあてているわけであり、意味が少し変わってしまうのは仕方のないことだろう。
 この記事を書きながら、私はこの吹替え版の歌を初めて聴いてみたが、これがけっこう見事な出来栄えであり、オリジナル英語版のイメージや雰囲気をあまりそこなうことなく、巧みな日本語歌詞が付けられていた。
 その日本語版 Love is an open door の YouTube 動画を下に貼っておくので、ご興味のある方は観ていただきたい。






 ただ、私としては吹替え版でアメリカのミュージカル映画を楽しむ気にはなれず、その第一の理由は、特に歌の場面で、人物の口の動きと歌の言葉が噛み合っていないことが多いからだ。
 その点がどうも好きになれない、というか画面に漂う違和感が気になってしまって、作品にのめり込めない。
 しかし、オリジナルの英語版では口と歌詞の不一致はほとんどなく、特にディズニーのアニメ・ミュージカルは、人物の口の動きと歌詞やセリフが完璧にシンクロしている。
 これは、じっくり手間と時間をかけて、そのように作られているからである。


 口の動きと言葉を寸分の狂いもなく一致させるという手法は、アニメの登場人物たちに生命を与え、まるで彼らを実在するキャラクターであるかのように錯覚させるパワーを持っていると思う。
 スクリーンの上にリアリティーを生み出し、一種の現実世界を出現させるのだ。
 そして、観る者に魔法をかけ、その世界へと引きずり込んでしまう。
 少なくとも私は、そのように感じている。






 さて、ずいぶん前置きが長くなってしまったので、そろそろ本題に入ろう。
 つまり、Love is an open door とはいったいどういう意味なのか、あるいは、この題名は何を表現しているのか、ということである。
 なお、この記事には、『アナと雪の女王』を観ていない人にとってはネタバレの箇所がいくつかあることを、あらかじめお断りしておきたい、というか、すでにそういう記述はあったが。


 結論から言えば、Love is an open door というタイトルのセンテンスは、一般に広く通用するような概念を表しているのではなく、あくまでアナの個人的な心情を反映したものだと思う。
 これまでのアナの人生には、いつも目の前に閉ざされたドアがあった。
 閉ざされたドアは、寂しさや、心の痛みの象徴かもしれない。
 そして、開かれたドアは、閉ざされたドアの対極にあるもので、これは人間の温もりや、人と触れ合う喜びや、未来への展望を表しているのではないかと思う。


 我々日本人にもすっかりお馴染みの英単語である love だが、この言葉は文脈や状況次第で微妙に意味やニュアンスが変化する。
 したがって、和訳する場合には適切な日本語を選択する必要があるのだが、では Love is an open door での love は「愛」でいいのだろうか。
 おそらく、この映画で描かれている愛とは、アナが自分の命と引き換えに姉のエルサを救う時に示すような、もっと崇高で奥の深いもののような気がする。


 あるいは、クリストフが、自分が密かに想いを寄せるアナを、ハンスのもとへ送り届けるときに見せるいさぎよさや犠牲的精神、そしてそのあとに彼が味わう切なさなども、やはりこの映画が描く愛の様相かもしれない。
 そうなると、ハンスと巡り合って恋に落ちた嬉しさに有頂天になっているアナが楽しげに歌うこのラブ・ソングのタイトルに、「愛」という訳語はどうもしっくりこない気がする。
 そこで私は Love is an open door を「恋は開かれたドア」と訳した。
 やはり、あくまでこの歌は「恋の歌」ではないかと思う。
 
 
 そして、an open door とは結局のところ何を表現しているのかといえば、それは、永遠とも思えるほどの永いあいだ、閉ざされたドアに苦しめられ続けてきたアナに突然訪れた「救済」であり、つらかった過去から抜け出すための「出口」であり、幸福に満ちた未来へと続く「入口」なのだろう。
 素敵な人と巡り合って恋に落ちることを夢見ていたアナにとって、ハンスとの出会いは、その夢が実現された素晴らしい出来事だった。
 ハンスと恋に落ちた彼女は、自分の目の前に、大きく開かれたドアを見たのだろう。
 そして、そのドアの向こうに、希望と喜びに満ちた明日が見えたのかもしれない。
 いっぽう、邪悪な企みを胸に秘めてアレンデール王国へやってきたハンスにとっても、アナとの恋は、その目的に近づくための「開かれた扉」だったと言えそうだ。


 以上が Love is an open door という歌の題名についての、私なりの勝手な解釈である。
 一人よがりな部分もあるかもしれないが、とりあえずこれが私の回答ということになる。





 ついでに、映画のオリジナル・タイトルである FROZEN という言葉についても、少し私なりの雑感を述べておこうと思う。
 この英単語の語義は「凍りついている」や「非常に冷たい」である。
 そして映画の中では、いろいろなものが凍りつく。
 それはアナとエルサの関係であったり、エルサが触れたり踏みつけたりするいろいろなものであったり、あるいはアレンデール王国そのものや、アナの心と体でもあったりする。
 ハンス王子も、凍りついた心の持ち主である。
 どうして FROZEN という題名になったのか、その詳しい経過や理由について私は何も知らないが、この映画が備えている以上のような特性を考えれば、このタイトルは、何か特定の事項や人物などを指しているわけではなく、物語のすべてを広く包み込んで象徴するような、全体的なイメージを示唆する言葉として使われているのではないかという気がする。


 私としては、このタイトルはとてもいいと思っているが、邦題をそのまま『フローズン』というワケのわからんタイトルにして公開していたら日本ではこれほどヒットはしなかっただろう、という声はあちこちで聞いたことがある。
 確かにその通りだろうと思うが、あるいは『フローズン』でも同じようにヒットしていたかもしれない。
 なにしろ、『ファインディング・ニモ』などという不可解なカタカナの邦題が付いていても、この2003年公開のディズニー・アニメは、日本でも爆発的なヒットを記録したのである。
 不可解なタイトルゆえに、かえって耳目を引いたということも考えられるし、それならば『フローズン』も同じだったのではないかという気がする。





 さて、馬に乗ってアナの前に現れたハンス王子については、後半にサプライズが用意されていて、実はこのハンサムなプリンスは、とんでもない悪党であったことが判明する。
 兄弟が多いために自分の国の国王になることは無理だと考えていたハンスは、アレンデールのアナと結婚し、そのあと姉の王女エルサを事故に見せかけて殺し、自分がアレンデールの国王になることを目論んでいたのである。


 そのような奸計(かんけい)を腹にかかえて自分に近づいてきた人間であることを見抜けず、アナは彼にひと目惚れし、あろうことか出会ったその日に婚姻の約束を交わしてしまう。
 このときのアナは、いわゆる Love is blind (恋は盲目)の状態におちいり、すっかり浮かれて正常な判断力を失っていたのだろうか。
 そうではないと思う。
 なぜなら、この時点では観客もハンスの正体にまったく気付かないのだから、アナには何の落ち度もない。
 彼女には、責められるべき点は何もないわけである。





 サプライズがあって、ハラハラドキドキのアクションがあって、笑いも充分にあって、涙があって、そして音楽もたっぷりの、文字通り内容てんこ盛りエンターテインメント作品である『アナ雪』だが、あくまで私個人の感想としては、この映画のストーリーには、かなり無理があると思う。
 非常に強引とも思える設定を軸にして物語が進んで行くのである。
 なぜそう感じるのか、順を追って説明してみたい。





 エルサは、幼い頃に、自分の手から発する魔法の力のせいで、仲のいい妹のアナを誤って傷つけてしまう。
 エルサの父である国王は、ふたたび事故が起きないよう彼女の魔力を封印することに決め、彼女を幽閉同然の状態にして誰にも会わせないようにする。
 エルサのたった一人の妹であるアナでさえ、エルサと会うことができなくなる。
 数年が経って、エルサが10歳ほどになった頃、国王はエルサに手袋を与える。


 手袋をしていればエルサは魔法を使えず、普通に人と接することができる。
 このことは、エルサの戴冠式の場面を見れば明らかである。
 手袋をはめているときのエルサは、いうなればノーマルな女性であり、誰かを傷つけることもない。
 それならば、なぜエルサが成人するまでの何年間も、妹のアナをかたくなに遠ざける必要があったのか?
 エルサは、手袋をしてアナと接すればよかったはずである。





 いつもエルサが手袋をはめている理由をアナが尋ねたら、魔力のことを話してあげてもいいと思う。
 エルサの両親である国王と女王は、エルサが生まれつき持っているこの力のことを知っているのだから、早いうちにアナにもそれを教えてやるべきだったかもしれない。
 そうすればアナは、エルサの悩みや苦しみを理解し、それを分かち合うこともできただろう。
 それが血を分けた姉妹というものであり、家族というものではないだろうか。


 しかしアナは、愛する姉のエルサに会うことを決して許されないまま、固く門を閉ざした城の中で、外にも出してもらえず、孤独に苦しみながら成長して行く。
 これは一種の虐待だと言えるかもしれない。
 そして、エルサの戴冠式の日に、手袋の理由を何も知らないアナは、大勢の人々の前でエルサのその手袋を脱がせてしまい、遂に事態はとんでもない方向へと進んで行くのである。


 つまり、私が言う強引な展開とは以上のようなことだが、もちろん、早いうちにアナに手袋の秘密を教えたのでは、この物語自体が成立しないのだから、まあ仕方のないことである。
 思えば、エルサが生まれながらに身に付けている魔力や、物語の中に登場する石の妖精(?)のトロールたちや、そして、道化のようでもあり時には狂言回しの役割も演じる「生きている雪ダルマ」のオラフの存在などを考えれば、この映画はいうなればオカルト・ファンタジーであり、あくまで1本のおとぎ話なのだから、とうてい納得できないようなそのストーリー展開にも目をつぶるべきだし、私としては、世界中でたくさんの人に愛されているこの映画について、どんな批判もするつもりはない。
 むしろ、私もこのディズニー・ミュージカルのファンの一人である。



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