...西大寺会陽に参加しました。
毎年2月の第3土曜日の夜に、西大寺観音院の境内で行われる西大寺会陽(はだかまつり)は、岩手県黒石寺の黒石裸祭(蘇民祭)、大阪市四天王寺のどやどやと並び日本三大奇祭として知られています。
永正年間(1504年~1521年)のこと、お寺で配られる護符が「ぼっけぇ利益があるんじゃそうな」と評判になり、人々が殺到したために、やむなくこれを投げ与えたことに始まるとされています。

その護符はやがて紙から木になり、かつては「真木」と呼ばれ、神の木とされていた頃の音だけが残って、現在は「宝木」と書くようになりました(上の画像は会陽当日まで奉られている宝木)。
もともとは、旧暦に合わせて行われていましたが、今は観光化がすすみ、会陽を2月の第3土曜日と定め、それに合わせて諸行事を行うようになっています。
まず午後6時20分から少年はだか祭りが始まります。
小学校1・2年の男の子は宝もち、3・4年の男の子たちは五福筒を、5・6年の男の子たちは宝筒を取り合います。
ちなみに2年前、当院の S ナースの息子さんが福男児になりました。

午後9時より対岸の吉井川第1緑地公園において、会陽冬花火が打ち上げられ、また境内では、女性グループによる会陽太鼓が打ち鳴らされます。
「お酒を飲んでいる人、入れ墨をした人、座敷用の足袋以外の履物を履いている人は参加できません」というのが表向きの決まり事ですが、ちょろっと飲酒してる人は多く、私も前から決めてたワインでテンションを上げながら午後10時の M 氏邸に向かいました。
私が子供時代には入れ墨の参加者も多く、かなり怖いイメージでしたが、その点はかなり様変わりしています。
さてしばらくすると F 先生も到着、まず F 先生が...

... M 氏のサポートでまわしを締めます。
この M 氏、毎年 TV 取材が来るほどの有名人です。
今まで数回、宝木を獲得してるとか。
特に2年前は、この M 氏グループが宝木を2本とも獲ってしまったのは、あまりに有名です。
ズボンを脱いだ M 氏、中途半端な格好で F 先生の手助けをしてるのはご愛敬(笑)。 
次は M 氏と F 先生の二人がかりで私のまわしを締めていただきました。
不思議なもので、この格好になると気が引き締まるっていうか、「絶対宝木、取ったるぞぉ~」と、ドリームジャンボ狙うくらい無理なことを、結構本気で考えてしまいます。
それにしても中年太りだな...
細かなノウハウですが、途中で足袋が脱げてしまっては戦意喪失です。
足の裏が痛いし、他人にどかどか踏まれちゃうし。
そこでこうしてビニールテープでぐるぐる巻きにします。
続々と参加者が集まり、こうして M 氏の指導のもと、まわしを締め上げていきます。
ここで手を抜くと、公衆の面前で赤っ恥をかくことに。
実際、今年も金髪の欧米人が TV の真ん前でご開帳し、「ほほぉ、頭が金髪だとアソコも金髪なんだ」って、視聴者に感心されてました(笑)。
今年も NHK が取材に来てました。 
代表で取材に応じる M 氏。
御トシ 70 歳には見えない引き締まった立派なお体。
リポーター女史:「どうしてこのお歳になっても毎年、会陽に出るんですか?」
M 氏:「みんなの幸せや健康を祈って出るんだよ」
リポーター女史:「宝木を獲るコツを教えてください」
M 氏:「宝木は獲るものじゃなくて、授かるものだよ」
なんとも含蓄のあるお言葉でした。
23:15 我が M 氏グループが出陣。
既に境内は裸衆で一杯!警備の警察官に誘導され...

...宝木の争奪戦前に必ず何回となく垢離取場(こりとりば)の冷水に入り身体を清め、斉戒沐浴して福が授かるように祈願をします。
昨年は膝のあたりまでしか水なかったのに、なぜだか今年は胸のあたりまであって、真剣に心臓停まるかって思いました(寒!)。
そして境内を回り、千手観音と牛玉所大権現を詣でます。
このあたりは地味なところですが、参加者は真剣に拝みます。
ある人は生まれくる我が子の安産を祈って腹帯をまわしに託し、ある人は家人の病の回復を祈る。
多くの参加者は、宝木獲得だけが目的ではありません。
いろいろな願をかけて、この祭りに参加しています。
その願を神に届けるため、こうして2月の寒空の下、奇祭に出ていくわけです。
子供の頃は「怖い祭」というイメージしかありませんでしたが、自分がこの歳になって、初めてその気持ちがわかります。

そうして夜12時に近づくと、、皆が本堂に集まります。
まず枝宝木が撒かれますが、23:59 にすべての明かりが消され、24:00 ちょうどに御福窓から宝木が投げ入れられます。

テレビで見た方もあるかもしれませんが、この争奪戦では、ある者は人の股をくぐって前に出たり、またある者はグループになって鮮やかな連携プレーを演じたりします。
あまりの凄ましさに怪我人が出ることもしょっちゅう、救急車が数台、待機しています。
我が西大寺医師会の 2 病院が救護所を作って、怪我人の治療をします(恐!)。
これもはだか祭りの醍醐味と言えるでしょう。
クライマックスの宝木の争奪戦を制して、うまく手に入れた者は福男と呼ばれ、その年の幸福が約束されます。
私は本堂の西側に上がりましたが、残念ながら宝木は違う方向へと流れていったようです。
M 氏グループとしても残念な結果ですが、皆さん全力を出しきりましたから、終わったときは爽快です。
M 氏邸で皆で車座になって乾杯!
単純なようですが、「岡山に生まれて良かった」、「男に生まれて良かった」と、しみじみ感じる数少ない時です。
こんなすばらしい祭が、多くの西大寺の人々に支えられ、約 500 年も続いていることを誇りに思いますし、またこれからも続いていくと確信できます。
会陽は「備前平野に春を呼ぶ」と言われます。
冬の締めくくりにふさわしい、この伝統ある祭に参加できたことを、感謝したいと思います。