2006-08-03 10:19:47

今年の前半旗ベスト・スリーに挙げられる秀作! (これぞまさし本格推理!)

テーマ:書評

 
 
「森本警部と二本の傘」  


 ティモシー・ヘミオン

 訳・インスペクターM邦訳集団 吉備人出版 (2006/7/20・1260円) 00000



 岡山に本社を置く大手コンピューターメーカー・ナショナル・エレクトロニクス社の関川が、岡山駅近くの路地裏で刺殺体として発見された。
 殺しの手筋から暴力団による殺しではないかと、推定されはしたが、無論、断定までは出来はしない。
 だが、彼は、暴力団筋から多額の借金をしていたという事実が、捜査の途中に判明した。

 果たして、この殺人は、借金絡みの殺しであるのか?
 そこで、関川に纏わる幾つかの不審点を挙げてみたい。
 大雨の夜であったにも関わらず、彼は何故傘を差していなかったのか?
 片手に握っていたコイン・ロッカーの鍵を元に、現場を突き止め、ロッカーを開けたところ、何故中身は空であったのか?
 何故、彼の恋人である酒井は、彼の死の直前に、預金の全額を引き出しておきながら、死後数日経過してから、別銀行の口座に再び同額振り込んだのか?
 関川が殺される前日に恋人といる時にかかってきた一本の電話とは誰からであるのか?
 生命保険金を受け取った関川の元妻は、本件に関わりがないのか?

 その後、容疑者の一人となる関川の上司の石原は、大阪ドームにいたと証言するが、彼のアリバイは裏づけが可能であるのか?

 ナショナル・エレクトロニクス社から紛失したコンピューター・チップは、本件に何か関係ないのか?

 それら、バラバラに散りばめられ、複数の角度から謎めいたパズルのピースを、一つ一つかき集め、岡山県警の森本警部と、東大数学科卒の女性刑事(鈴木刑事=何故、
キャリア≪警察学校を卒業と同時に警部補≫ではないのかが疑問?)が謎を解く、アメリカ在住のイギリス人数学者かつ推理作家ティモシー・ヘミオン作品第一弾!

 本書は、秀逸なる本格ミステリだ。
 ひょっとすると、エラリー・クィーンの未発表の作品ではないかと思われるぐらいに、美しい論理性を宿した黄金級の本格作品であった!

 ティモシー・ヘミオン
彼を知ったのは、たまたま岡山繋がりという次元でしかない。
 だが、インスペクターM邦訳集団の手により翻訳された本書を読了時、私は、歓喜した。

 これぞ、ロジックの聖剣。
 本格の王道作品ではないかと!

 一言でうと、論理のきらめき。


 数々の矛盾する謎を紐解いていく、まさに数学的な美しさをその内に持つ芳醇なミステリではないかと。

 さすがに作者は数学者だ。しかも、そのセンスが、小説の中にも生かされている。

 何かよい例えはないだろうか。
 そうだ、ここにダイスがあるとしよう。そのダイスは一面から見ると、数字の一が点で塗り込められている。
 しかし、多面では数字は一ではない。
 そう、本作の謎も、一面的な謎ではないのだ。

 まるで、幾つもの顔を持つ生き物のように、ある角度から見ると、一で、別の角度から見ると三。
 さて、その論理は?

 謎の側面に、ある謎が存在し、その二つは、互いに意図があるせいか、二つの思惑は思い通りに進まない。
 まるで、そんなイタチゴッコのような論理的な競争が、本書には秘められているから、なかなか真相にはたどり着けない。

 この多重の構造は、まさにダイスだ!

 もう一度言おう、論理のきらめき。
 美しくも枝道の多き森に迷い込んだかのような迷宮。

 しかし、汚点もある。

 まず、警察捜査の遅さ。

 森本警部が論理派であると謳う反面、非常に同じことを繰り返し口にしたり、すぐに気付きそうなことを、ある地点でようやく気付いたりと、やや老いた刑事のような書かれ方をしている点は、作者かつ邦訳集団ともども注意すべきだったのではないだろうか?

 そして、人物造詣にもブレがあり、人格的、性格的な統一がなされていない点……ここも汚点かもしれない……。


 小説は、かなり書きなれてこないと、それらに気付くのは容易ではないので(つまり過去、私もその失敗を繰り返した一人)、指摘されても気付かないかもしれないが。

 きっとわかる時が来るはずと、私は楽観視したい。

 ただ、やはり現時点では、小説作法(文章)において、初歩的なところで、多々、欠陥が見られるために、「これはもう少し校正すべきだったのでは?」と残念に思えてならない……。

(翻訳集団の代表にはお伝えいたしましたが、私に校正を頼んでいただいてもよかったのではと思ってしまうくらいに、結構、文体に朱が入りそうな気配……)

 しかし、それを、はねかえすほどに、謎と推理が美しいために、これは、もうA級の本格ミステリーだ!

 グレイト!素晴らしい!


 良質の本格推理を味わった時にしか感じられないほどの感応を、読了と共に味あわせていただいた傑作であった!

 この才能は素晴らしい!

 そう、本書は、論理の宝石だ!


 最後に。

 本書のように素晴らしき推理小説を翻訳してくださったインスペクターM邦訳集団の皆様へと、心より感謝の意を送りたいと思います!(2006/8)


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