ぼくには数字が風景に見える | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

ダニエル・タメット:著 古屋 美登里:訳 講談社 定価:1700円+税 (2007年6月)


     私のお薦め度:★★★★☆


静かに清流が流れていく川を見ているような、そんな印象の本です。


筆者のタメット氏・・・と言うか、ダニエル君は1979年生まれ、本書が日本で発行された2007年にはまだ20代の青年です。9人兄弟の長男としてロンドンに生まれたダニエル君はアスペルガー症候群であり、数学や語学にサヴァン能力を持っています。


25歳の頃には、てんかん協会の寄付集めに協力するため、円周率πの暗唱イベントを計画して、22,514桁もの数字を暗唱してヨーロッパ記録を作ったそうですから、これは本物ですね。

我が家の息子も、カレンダーボーイで、何年か前の小さな出来事でも日にちと曜日まで覚えてくれているので結構重宝していますが、比べ物にならないですね。


そのダニエル君は、題名のように「数字が風景、形や色までも持ったもの」として見えるそうです。これは複数の感覚が連動する「共感覚」と言い、誰でも多少は持っているもので、例えば二つの星型の図形があり、どちらかが「タカテ」でもう一つが「マルマ」だとすると、多くの人は角のとんがった図形を「タカテ」だと答えるということです。中にはまれに文字や数字に色が伴って見える人たちがいて、ダニエル君はそれがさらに進んで数字に感情までも伴って見えてくるそうです。


数字はぼくの友だちで、いつでもそばにある。ひとつひとつの数字はかけがえのないもので、それぞれに独自の「個性」がある。11は人なつこく、5は騒々しい、4は内気でもの静かだ。


累乗計算のそれぞれの答えは、独特な形をしている。答えの数が大きくなるにつれて、見える形と色も次第に複雑になっていく。37の五乗(37×37×37×37×37=69343957)は、小さな円がたくさん集まって大きな円になり、それが上から時計回りに落ちてくる感じだ。


その世界は、まさにダニエル君自身のもので、他からはうかがい知ることができないのでしょうが、自閉症の子どもたちの中には、車のナンバーやカレンダーに興味をもつ者も多いですから、彼らにも同じように見えて、楽しい風景が見えているのかもしれません。


さて、そんなダニエル君、やはり多くのアスペルガー症候群の子どもたちと同じく、特に学校生活においては、周りから理解されにくく、苦労しながら生きてきます。


ぼくはいつも消え去りたいと思っていた。どこにいても自分がそこにそぐわないと思っていた。まるで間違った世界に生まれてきてしまったような感じだった。安心していられない、穏やかな気持ちでいられないという感覚、どこか遠く離れたところにいつもいるという感覚が、絶えず重くぼくにのしかかってきた。


そんな、数字を友だちにして一人遊びの素数トランプをしたり、弟や妹たちだけが遊び相手であったダニエル君ですが、決して友だちがほしくなかったわけではありません。ただそのつくり方がわからなかっただけです。


アスペルガー症候群の子どもたちの中には、「友だちを持つことは良いことだ」との固定観念に捉われて、無理をしてでもなんとか友だちを作らなければ、と悩んでいる子もいて、それはそれで問題なのですが、本書のダニエル君のように、本当に友だちがほしいのなら、その正しいノウハウを教えてあげることもまた大切だと感じました。


無礼なことをするつもりはなかった。会話の目的が、最大の関心事について話し合うこととは違うことを知らなかったのだ。ぼくは話しはじめると、非常に細かなところまで執拗に話し、話したいことをすべて言い切ってしまうまでやめられず、途中でさえぎられると破裂しそうな気がした。自分の話が相手には関心のないことかもしれないとは思わなかった。相手がそわそわしたり、まわりを見たりするのに気づかなかったし、「そろそろ行かなくちゃ」と言われるまでえんえんと話し続けた。


今だと、ソーシャルストーリーズなどを使って教えてあげたくなるような切ない話ですね。


やがて、成長したダニエル君、自分がゲイであることに気づき、お互い理解しあえるニール君と巡りあって、パートナーとして暮らし始めます。彼の協力もあり、冒頭のπの暗唱イベントが行われるわけです。


またダニエル君は数学とともに語学にも並外れたサヴァン能力があり、テレビのドキュメンタリー番組のため、難解と言われるアイスランド語を取材に合わせて1週間で覚え、インタビューに応えられるところまでマスターします。(その番組「ブレインマン」は2005年に日本でも放送されたそうですが、私は残念ながら見逃しました)


本書を、そんなセンセーショナルなサヴァン能力者の話と読むか、あるいは一人のアスペルガー症候群の青年の真摯な半生の綴りと読むか、それは読者にお任せするしかないのですが、私にはあくまで静かな印象の本でした。最後にπの暗唱のシーンです。


すっかり言い慣れたπの初めの数字を声に出していくと、頭の中の数字の風景はどんどん広がり、進むにつれて変化していった。
ホールのなかは静寂に満ちていたが、ときどき咳の音やホールを横切る足音が聞こえた。しかしその音は気にならなかった。暗唱するうちに、頭のなかに流れていく色と形と質感と動きにすっかり魅せられ、いつの間にか数字の風景に囲まれていたからだ。
暗唱はほとんどメロディを奏でるような感じになり、息を吐くたびに次々に数字がこぼれ落ちていった。
 


その美しい世界をいつまでも大切にしてあげたいと感じた一冊でした。


                (「育てる会会報 144号 」 2010.5)


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ぼくには数字が風景に見える/D. タメット
¥1,785
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目次


青い9と赤い言葉

  青い日に生まれて
  輝く1と相性がいいのは暗い8や9
  数字を使って人の感情を理解する
  ぼくの名前が書かれた本


幼年時代

  泣きやまない赤ん坊
  うちとけない子ども
  本の中の数字に囲まれて
  風船は嫌い


稲妻に打たれて

  4歳で発作を
  祖父もてんかんだった
  薬の副作用
  研究者たちの関心
  ドストエフスキーと「不思議の国のアリス」


学校生活がはじまった

  朝礼は楽しい
  書き取りは苦手
  おとぎ話に魅せられて
  双子素数
  数字パズルに夢中
  ぼくの蒐集癖
  オリンピックとフェニキア文字
  ぼくには「なにが起きるかわかっている」ことが大事
  算数のプリントを見て混乱する


仲間はずれ

  ぼくはひとりぼっち
  行間が読めなくて
  想像の友だち
  素数のひとりトランプ
  歯磨きと靴紐


思春期をむかえて

  父の病気
  中学校へ
  「フィボナッチ数列」
  「歴史上の人物」を創作する
  友だちができた
  チェスに熱中
  人を好きになって


リトアニア行きの航空券

  海外派遣の新聞広告
  初めての共同生活
  リトアニアへ
  英語を教える仕事
  ゲイの友だち
  忘れられないクリスマス
  リトアニア語をマスターする


恋に落ちて

  新しい自分
  ニールとの出会い
  仕事が見つからない
  語学学習サイトを立ち上げる
  僕たちの猫ジェイ
  ぼくにとって難しいこと


語学の才能

  古いテキスト一冊でスペイン語を
  「複雑」という言葉は三つ編みの長い髪のイメージ
  言語共感覚はだれもがもっている
  手話とエスペラント語
  ぼく独自の言語を造った


π(パイ)のとても大きな一片

  πの暗唱イベントを計画
  数字で表わされた国
  ぼくの暗記トレーニング法
  数字の風景が頭のなかで変わっていく


「レインマン」のキム・ピークに会う

  TVドキュメンタリー「ブレインマン」
  「きみは科学者にとってのチャンスなんだ」
  カジノで勝負
  奇跡の人キム・ピーク
  「きみはぼくと同じサヴァンだね」


アイスランド語を一週間で

  新しい言語にゼロから挑戦
  レイキャヴィクへ
  アイスランド語でのインタビュー
  NYで人気トーク番組に
  家族の支えがあったから
  家での生活
  人生のなかの完璧な瞬間


 訳者あとがき


解説 サヴァン症候群とアスペルガー症候群 ・・・ 山登 敬之