水上 勉:著 ぶどう社 定価:1311円 + 税 (1980年7月)
私のお薦め度:★★★★☆
「飢餓海峡」や「五番町夕霧楼」でもうみなさんご存知の推理作家、水上勉氏ですが、実は次女の直子さんが脊椎破裂と水頭症という重い障害を持ってこの世に生まれてこられました。
手術をしても99%は亡くなる、もし手術が成功しても脳の大きな、足の動かない、歩行困難な廃人として成長・・・本書では、そんな我が子を必死に生かそうとする水上氏の父親としての思いが伝わってきます。
「さっき、宮森先生に会ってきたよ。望みはないと先生はいった。しかし、その子は生きている。おれとお前が産んだ子だ。望みがないということは覚悟しなければならないが、生きている間は、お前、誠心誠意その子のために何でもしてやれ。いいかい、精一杯、生かそうと努力してみろ。その子は生きたいに違いない。おっぱいを吸うようになったそうじゃないか。」
「吸うわ」と妻はすすり泣く声でいった。「おっぱいをすったらね、顔色がだんだんなみの赤ちゃんみたいになってきたのよ。泣き声も心もち大きくなったわ・・・・・」
「元気をだせ。その子を見守る責任がおれたちにはあるンだ。いいか。お前がしょげたらダメだ。投げるな。」
妻は頷いたようであった。 ・・・・・・・・・・・・・
いつまでも、鼻をすする音が受話器を通して聞こえてくる。私が受話器を切ろうとすると妻はいった。
「すみません・・・・・・」
「馬鹿」と私は胸苦しさを耐えていった。
「誰が悪いんでもない。その子はぼくらが産んだンだ。いいかい。不幸な子を仕合せにしてやらなければならない。いいかい。」
幸い手術は成功し(その費用を稼ぎだすため、水上氏は死に物狂いに原稿用紙に向かい、小説を書きつづけたそうです)、無事普通小学校を卒業するまでになります。
そして卒業をひかえて 「中学校へ行ったら、自分と同じ、もしくは自分よりも障害の重い友だちのいる学校へ入って、できることなら軽症の自分が重症の子を助けてやれるような学校生活をおくりたい。」とあえて身体障害専門の養護学校を選ぶようなお嬢さんに成長します。
「負うた子に瀬を教えられる」 そんな父親の喜びも感じられます。
一方で水上氏は当時の福祉行政に対する貧困さに怒りの声をあげています。「拝啓 池田総理大臣殿」に代表されます。
「こんなことがありますか。水上勉個人が、一人の障害児を持っていて、その子を育てながら 1,100万円の税金を払うのに、日本に国立重症児施設が一つもなくて、私立の施設(島田療育園)が出来てそれに援助する額が1年間で 400万円とは何事ですか」
本当ですね。戦闘機1機を作るお金を福祉に回してくれたら、それによって受けるサービスの質が上がる人の数は、今でも膨大なものでしょう。
ともあれ、みなさんには、「まえがきにかえて」とある 『 娘への手紙 』 から読んでいただきたいと思います。
養護学校高等部を卒業し、大学へ入学することになった、直子さんへの手紙です。
障害の種別を超えて、同じ父親としての思いが感じられる一文です。
(2003.2)
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目次
娘への手紙
1 直子断章
誕生
靴と杖
2 障害を抱いて生きる子
子について
「障害」を抱くということ
子の決意
ある夜のつぶやき
娘への贈りもの
3 わが直訴
拝啓 池田総理大臣殿
あれから十年
障害の子
障害者の怒り
4 いのちへの思い
石を抱いた木
私の闘い
「悲しみ」の特権
背骨のまがり
虫のいのちにも
母子心中
いたわりの夕暮れ
誰が石を投げよといったか
生きる
学校も変わってほしい
5 一期一会
盲目の人たち
延岡の少女
両足のない人
片輪者という勿れ
31年目の分教場
あとがき