安倍晋三さんが、2020年までに憲法を改正するだけでなく、

それを施行する、という目標を掲げました。

 

しかし、その一方で彼は、自身の立ち場を

ときに「自民党総裁」、ときに「総理大臣」と使い分けることによって、

国会での答弁から逃げ、こともあろうに、

「言いたいことは読売新聞に書いてあるから、それを読め」と

言ってしまいました。

 

皆さんに認識していただきたいのです。

いま、私の国、あなたの国、「日本」は、腐っているのです。

 

  ※

 

我々、日本国民を政府の暴走から守り、

基本的人権を約束している「日本国憲法」。

 

あなたも、この憲法に守られ、今日も生きています。

 

その日本国憲法の第10章には、こんなことが書いてあります。

この憲法が、いかに国民への愛に溢れたものであるかを感じながら、

読んで頂きたいです。

 

  ※

 

第10章 最高法規

 

第97条

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、

人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、

これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、

現在及び将来の国民に対し、

侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

 

第98条

この憲法は、国の最高法規でって、

その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関する

その他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

 

第99条

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、

この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

   ※

 

戦後の瓦礫の中で、これから生まれてくる日本人の命を守りたい。
そんな「愛」が、この憲法の底流に流れていることを、感じられたでしょうか?

この憲法の存在そのものが、大きなメッセージを携えているのです。

その10章。

ここに、現在の安倍政権を糾弾すべき点が、山のように含まれています。

 

   ※

 

まず、97条では、憲法が認める「基本的人権」とは、

人類が多くの努力の末に獲得した永久の権利だ、と言っています。

つまり、日本人そのものは人権のために立ち上がり戦った経験はないけれど、

我々の代わりに世界中の多くの人々が犠牲となりながら、

勝ち取ったものが、ここで認める「自由」である、ということです。

 

基本的人権は人類全体の財産であって、

しかもそれは「永久だ」と言っている。

 

そのときの決意が伝わりますか?

「永久」という言葉に、当時の人々が私たちに何を託したかったのかを。

 

簡単な国語ですが、そもそも「永久」と書かれ、

それを皆で認めたものは、もう二度と変更することはできませんよね。

変更できてしまうなら、それは永久ではないわけですから。

 

我々の基本的人権はすでに永久に認められているのであり、

そうなると、「天賦人権論に立たない」などという

自民党の発想そのもののが、すでに「違憲である」ということなのです。

 

   ※

 

つぎに98条では、基本中の基本ですが、

この憲法が「最高法規」であることを記しています。

この憲法こそが日本のすべてのルールの中で最も重要であり、

優先される、ということであって、この憲法に反する一切の法律は

効力がない、ということなのです。

 

いま、安倍晋三は「閣議決定」という憲法と比較したら

ずっと重要度の低いランクのものを用いて、憲法を度々蹂躙しています。

この憲法が守っているのは、一重に、「日本国民の権利」ですから、

安倍政権が蹂躙しているのは、日本国民の存在そのものだ、

ということなのです。

 

憲法改正とは、日本国民を守っている盾を、取り除こうとする試みなのです。

 

   ※

 

そして最後に99条。

これは俗に「憲法遵守擁護義務(けんぽうじゅんしゅようごぎむ)」と

呼ばれる部分で、天皇や大臣、国会議員、裁判官、すべての公務員は

憲法のルールを守り、かつ、この憲法そのものの存在を護る

義務があると定めています。

 

これはどういうことか、と言えば、

上記の人々は「憲法を変えようとするチカラ」から

憲法の存在を守る義務がある、ということですよね。

 

となると、大臣や、国会議員の中から「この憲法を変えよう」

などと言い出すこと、そのものが

すでに「違憲である」ということなのです。

 

しかし、いま、国務大臣も国会議員も、

日本国憲法を変えよう変えようとしています。

いまや、憲法遵守擁護義務を誠実に履行しているのは

「象徴」に徹する今上天皇だけしかいないように思えます。

 

では、憲法改正というものは、

いったい誰が言い出せば正当性があるのか。

 

それは「国民」だということです。

つまり我々です。

 

我々国民が言い出す以外に、憲法改正が話題にのぼるはずなど、

そもそもあり得ないはずなのです。

 

   ※

 

何度も言いますが、日本国憲法は、

日本政府から日本国民を守るためにあるルールです。

 

それをいま、政府が変えようとしている。

国民を守るルールを変えようとする意味は、

つまり国民を守らない方向に変える、ということです。

国民を傷つけ、犠牲にするというルール変更です。

 

いじめを禁止するためのルールを、

いじめっ子が変えようとしているようなものです。

 

とてもシンプルな話ですよね?

 

憲法改正議論を、

単なる「9条の賛否」にすり替えてはいけません。

彼らの本丸は「基本的人権」なのです。

 

もちろん、彼らは本当のことは言いません。

まずは変えられるところから変えて、

「憲法は変えられる」という既成事実をつくることが、

安倍晋三がその任期中に成し遂げようとしていることです。

 

だから「このくらいならたいした変更じゃないよね」と思えるように

言葉をオブラートに何重にも包んで、

我々にはわからないようなモノの言い方をしてきます。


目的を達成するまで、本当の姿を決して現さない。
それが彼らの作戦なのです。

 

我々は彼らの手の内を先に読み、

絶対に、いま手にしている基本的人権を

手放すような誤った判断をしてはなりません。

 

憲法改正は、最終的に国民の投票に委ねられます。

ですから、彼らは国民の洗脳を、なすべきミッションと位置づけて、

今後本気で取り組んでくるでしょう。

 

決して騙されないで下さい。

フランスなど各国の選挙で、

国民が極右勢力を敗北させる判断をしました。

 

まさに水際の「行動」だったわけですが、

日本人は、欧州の人々にくらべ、残念ながら自治の意識が低いし、
お上のやることに興味がありません。

ですから、為政者の洗脳に騙されたり、利用されやすい体質があります。

 

自ら民主主義を守った経験がないから、仕方ないのですが、

いまはもう言い訳ができない状況になっています。

 

一人ひとりがちゃんと立ち上がって、

何を選択することが、自分の命を守ることになるのか、

しっかり考えましょう。

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