中国で出会った人 彼女、かわいいでしょう? チベット族の彼女は、顔だけ見れば、日本人と変わりありませんね。

大学2年生の日本語専攻の学生だそうです。

日本語を習ってまだ1年数ヶ月しか経っていないとは思えないほどしっかりした日本語でお茶の作法と、茶葉古道を通して山奥に伝わってきたお茶(プーアール茶)のこと、チベットの人たちにとって、お茶がどれほど大切かなど、説明してくれました。



中国で出会った人 彼は、佐藤さん。博物館に勤務する日本人。

杜甫草堂 の研究員だそうです。

観光に行った私たちに、杜甫、李白・・・専門知識を駆使して案内してくれました。


びっくりしたのはそのあと。

博物館には、その古い建物の1棟が工芸品店になっていて、まるで展示してある古い宝物の延長のように工芸品を買うように勧めるのです。

安くないんですよ。金額。簡単に200万円です、なんておっしゃるの。


博物館は、これらの工芸品を販売することで、その運営資金得るのだそうで・・・。

えーーっ!!博物館って、こんな高いものの売り場でもあったのねー。ほんとにびっくりです。



中国で出会った人 彼は、旅行中ずっと私たち一行のガイドをしてくださった将さん。


日本が大好きで、大学で日本語を専攻し、現地の旅行会社に勤務して3年目なのだそうです。

中国では、大学を卒業しても、なかなかすんなり就職が出来ないこと。

そんな中、やっと自分が思っていた仕事ができるようになったこと。きっと優秀な成績だったんでしょうね。


若いだけに、その知識にはまだまだ浅いところもあるけれど、庶民の現在の生活の様子からこんなことしゃべってもいいの?と心配するような政治向きの話までいろいろ教えてくれました。


日本に行って、もっともっと日本語を磨きたい、一生懸命働いて、マンションを買い、彼女と結婚したいというようなことまで。一般の市民からの視点でいろいろ中国のことを彼から知ることが出来ました。


将さん、ぜひいつか日本に来て、ますます日本語に磨きをかけて日中友好のために架け橋になってください。




中国は、今来年のオリンピックを控えて国中が建設ラッシュに沸いているようでした。

成都でも北京でも、あちこち工事をしていました。高層住宅が林立し、高速道路もかなり発達しています。

中国は20年前に1度来たことがあってそれ以来なのですが、特に北京はちょっと立ち寄っただけでも、もう昔とは様変わりなのがよくわかります。


観光にもかなり力を入れている様子で、世界遺産に指定されている各地でもホテルの建設が進んでいます。



中国で出会った人 工事は、名勝地、峨眉山頂も同じで、3000mの高さまで建設資材が人の手で運ばれていました。まだ朝7時です。


将さんに通訳してもらったところ・・・・

1度に約100kgくらいの重さを運ぶんだとか・・・。

空気が薄いので自分1人で歩くだけでも息が苦しいのに・・・100kgですよ。ヽ((◎д◎ ))ゝ

中国で出会った人 このかごの中は、砂。

手に持っている杖は、休むときにかごを支える役目もしていました。


何回くらい往復するの?と聞いてみました。

そしたら、ロープウエーの山頂駅から20往復くらいする、ということでした。すごいですね。




被写体が人になると、とても写真を写しにくいので、あとは写真がないのですが・・・・


観光を終えて、九黄空港から成都に戻る日。

3500mの標高の空港は気流が安定せず、結果的に飛行機は欠航になってしまいました。

欠航が決まるまで、飛行場の待合室で横になったり立てになったりしてたけど、退屈なので、売店を冷やかしに。

夜中の11時も過ぎていたその時間まで若い店員さんが働いていました。

中国語の雑誌を手に取ったら、早速彼女がやって来ました。

「!?!?!?!?」 何か言った彼女の言葉は、全く理解不能。

私「ニーハオ!」

彼女、夜も遅いのに笑顔で「!?!?!?!?」 えーい、わからん・・・。手帳を出しかかったら

「Korean?」

「no, I'm Japanese. and I cannot read this book」

お! ブロークンでも通じたかな?


彼女メモ帳をだして、中国語を教えてくれました。

書いたものを発音、ついでに発音記号も書いてくれました。

そのとおりしゃべってみました。

彼女、違うと首を振って発音。


中国語は難しいですね。なかなか彼女が満足するようには発音できません。

確か、5つくらいの単語を教えてくれたけど、今となっては何だったのか、脳みそに記録されていないのです。(ノ_・。) かわいらしかった彼女の顔は、しっかりと思い出すことができるのに・・・。

せめて、彼女の書いたメモをもらって来ればよかったな・・・。


最後に、「シェシェ ツァイチェン」お礼を言って別れました。



いろいろと難しいこともある日本と中国の間柄も、個人的に知り合う機会が増えると、また見方が変わりますね。

日本が大好きでガイドの仕事に就いた将さんや、自分の学問をより深めるために中国で研究をしている佐藤さんのような人がいることを知って、なんだかとってもうれしいです。


それから、言葉って、大切ですね。

本当に理解するには、言葉というコミニケーションツールだけでなく、文化的な背景や、歴史の勉強までかなり知らなければならないし。

自分の知らないことの多さに改めて気づき、なぜ勉強しなければならないかの質問に、答えが出た思いです。


実に壮観だった成都の朝の通勤のラッシュ。隣の国のこれからもっともっと発展していくだろうことを思わせるエネルギーを感じ、たった1週間だけど、いろいろな見聞が出来たことはしあわせなことでした。