きょうも、いただきまーす!

パパが一生懸命作った野菜たち。
それらを食べつくすために、レシピを考えることにハマっています。ここでは、それを紹介していきます。


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山頂の遊歩道は舗装してあるってよ。大げさな登山靴はいらないよ。パパ。

短い登山靴で行ったら甘かった!

なんと! 三原山は雪山だった。(@_@)


でも、真っ黒い溶岩の上に降り積もった雪景色の 白と黒、真っ青な空のコントラストの素晴らしいこと!

風がいつも強く吹くという山ということですが、この日は天気快晴、とても穏やかで、本当にラッキーな登山が出来ました。



1
ここは、車道の終点、三原山の展望所。外輪山の一角です。広い火口丘が広がっていて、その向こうにドーンと中央火山が見えています。

観光客が馬に乗って歩けるように遊歩道も舗装されているはず・・・・ですが、


2 このとおり。

まだ朝なので雪が締まっていて、ズボッと落ちることはありません。

3 やがて、1986年の噴火で流れた溶岩流の先端まで来ました。

4
ごつごつとげとげした溶岩。

黒の溶岩に白い雪音譜


5 これは突然噴火した時に逃げる場所。

こういうのが、何か所かあった。ここ、活火山ですものね。


もしかしたら、今ドーンと言うかも。。。


6  いよいよお鉢に登ります。急坂。



7 上り詰めると、三原神社です。

8 場所によっては雪が深いです。神社由来も、下の方が埋まっています。


9 賽銭箱が少し顔を出していたので、そのすきまから心だけのお賽銭で(笑)

大島に来ることが出来たこと、無事登れたことを感謝して手を合わせました。

10
今来た道を振り返りました。ひろーい火口原。


1 いろんな形の溶岩。

舗装された雪の上はここまでで、あとは自然のままの砂礫の内輪山火口丘を一周ぐるっと歩きました。


2 避難シェルターを兼ねた展望台の屋上に、方位版があったんだけれど、この日は天気が良すぎて、霞んでる・・・・。、

水平線も、おぼろ。

3 こういう観測用の機器も、いくつかありました。

4 この一番高いところが、剣ヶ峰だと思う。


巨大な中央火口。
5


1 この穴には60階建てのビルがすっぽりと入ってしまいます。

とは、ジオパークの説明にあった。

日本って、本当に火山列島で、大きな河口穴もいくつか見ていますが、

やっぱりつい近年に噴火した穴はなまなましい。
2 火口の縁からは、こうして湯気が上がっているのも見ることができます。



火山は、いつも山頂から噴火するとは限らない。

4
1986年に起きた割れ目噴火の第2火口。このあと次々に裂け目から噴火を繰りかえした。

雪が積もっていて、よく見えなかった。繰り返して割れ目噴火がおきたので、全島民避難せざるをえなかった。


3 クリックすると、説明が読めます。



5 さらに一周ですもの、歩きます。雪が深いです。

時間に立つにつれて、雪が緩み、たまにどさっと落ちちゃいます。

まあ、いいんです。これも楽しい。



1 溶岩は、本当に面白い形に固まるんですねえ・・・・。

まるで、雪原にお化けがいっぱいいるみたい。

2 はーい。これで一周してきました。三原神社に戻ってきました。

陽の光って偉大だ。だいぶ暖かくなりました。

ザックの果物と甘いものを食べ、しばし休憩のあと・・・・


火口丘に生えていた植物を観察しながら来た道を戻りました。
でもよく難の植物かわからないんです。

私の天気予報さん、助けて。

5    1

ハンノキ、だと思う。

4 アジサイの仲間でしょうか。



3 マメツゲ?


8 ツツジ

自信を持ってツツジだと言えると思うけれど、もしかしたらナントカツツジと名前があるかもしれません。


9 マツ でしょうが、何マツ? アカマツかなあ・・・。


9 タニウツギ?

冬の姿の植物たちに、同定できず、お手上げです。


1
もどってきました。

朝は逆光の中でシルエットだけだった山が、昼近く、縞々に輝いて見えました。



1
伊豆大島からは、富士山も見えるのねぇ…。

残念ながら霞んでダメでした。

下に降りてから、PM2,5のことがニュースになっていました。

うーん・・・。富士山が見えなかったのは、そのせい?

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今日2月24日の散歩は、海。

えっちゃんと一緒に、もしかしたら新しいハイキングコースが開拓できるかもと言う期待も込めて歩いてきました。


1 先日の大雪で、車は閉鎖。ラッキー!

2 まだ日陰はこんな・・・。



3 キラキラ光る海を眺めながらの散歩は快適ね。

4 歩幅1m近くもある足跡なの。どんな化け物の足跡? 大男?


5 車道を離れ・・・・子馬へ。


1 ほら! 馬の背が目の前。

2 子馬が。

3 子馬先端から見た。


4 海がきれいだ。。。。

5 子馬から戻り、さらに奥へ。

目の前直ぐに笄(こうがい)島。

先端につきました。
1 庵島は、この先端とは2mも離れていません。

むこうに行けるよ大丈夫。と、えっちゃん。

でも・・・雪だよ。滑って海に落ちたら大変だよ。こわがりの私。

もどって・・・・次は

2
これが馬の背の全景です。


3  箕輪島がすぐそばに見える先端へ。

薮をかき分け、雪を踏んで。

4 海を眺めながら、おしゃべりに花を咲かせ、えっちゃんが持ってきたデリシャスファームのトマトをいただく。甘くておいしい!


2 松くい虫の被害で、枯れた松の撤去と、植林がすすめられているようです。

5



1
田里津庵は、本当に素晴らしい場所に建っている。

ここで食べたのって?

いいえ。高いから。

某焼き肉店のランチ。500円。石釜で焼かれた熱々のビビンバをいただきました。

うん、これで歩いた分はチャラですねぇ・・・・・。




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2月22日(土)
大車輪で準備に追われた祝賀会が盛大に行われました。

現会員のほかに、山岳会を卒業した旧会員が共に50周年を祝いました。

菊地多賀城市長をはじめ多くの来賓の方々も駆けつけてくださいました。

まず、亡くなった方々に対して、黙とうすることから会は始まり・・・・・


2 会長さんの挨拶。

会長さんは3代目、創立当初からずっと山岳会のかなめだったんだよね。

挨拶の口上どおり、60年、70年と山に登れるように会長さんも身体を大切にしてくださいね。

外国の山にも、私もついていきますから。



3 宮城県山岳連盟元会長さんは、90歳。とてもそんな年齢には思えないユーモアにあふれた祝辞。

記念誌のために原稿を書いたから、それを見てください、と前置きしてしゃべりが長くなることへの配慮も忘れません。


式典が終わり、宴会に入りました。

会場をいろいろ歩いていたので、気がつけば写真がありませんが、
5 乾杯のあと、山岳会の足跡をスライド上映。それを見ながらおしゃべりに花を咲かせ、

旧会員の方々と思い出話に盛り上がり・・・・


アルコールが適当に回ったころ、森さんのハーモニカ伴奏で雪山賛歌、早春賦を合唱し、

みんなが大好きな蔵王の歌で怪気炎。男性軍の意気が盛んな事ビックリマーク

4 そうそう、菊地市長さんがカラオケに合わせて歌ってくださいました。

素晴らしい声です。

山登りがしたいから、連れて行ってとも祝辞で言っていたので、市民登山にはスケジュール空けてくださいね。

って言っても・・・・忙しい人だからなあ・・・・はたして・・・・。



会場のホテル側の好意で、お開きのあともテーブルを寄せて2次会のために宴会場を貸してくださいました。これも、ホテルに顔が効く会長さんのおかげですね。



色々手際が悪くて、行き届かないことが多々ありました。

そのあたりは、寛大な皆さんに許していただきたいわね。皆様、ご協力ありがとうございました。

とにかく、穏やかに晴れたこと、よかったわ。

無事終わってホッとした。


明日、いろいろと後始末することになっています。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



山岳会が出来たころ、若い人たちの間で登山がブームだった。みんな10代、20代だったのよね。

私は山岳会ではなかったけれど学校時代の部活の延長で気の合う友達とよく登っていました。あのころ。

昔の記録を見ていると、みんな本当にハードな登山をやっていた。



それが50年も経つと、会員の平均年齢は60歳を超えています。8割が60歳以上。

新入会員も、定年を迎えたから…と、新しい道を探して山岳会に入会してきます。



山ガールとか言ってファッションから山へ誘導するような、商魂見え見えな動きも世にはあるようですが、山岳会にはなかなか若い人は入ってきません。組織に縛られることを嫌うのでしょうか。

なので、山岳会の活動も、若い時代の冒険を求めてする登山から、健康スポーツとしての登山へと変わりました。



山岳会は市民登山の支援を通して健康スポーツとしての登山の楽しさを市民に伝えるという役目も持っています。

高齢であってもみんなまだまだ山が好きと言うことには誰にも負けない気概を持っています。

60年、70年に向けてこれからも好きな山で社会貢献できる山岳会であり続ければいいな、というのが50周年の行事を終えて感じることです。


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2月23日。
歩くと、とっても体の調子がいいんです。 

神様、こうして元気に日々暮らすことが出来て、ありがとうございます。

と、チャリーンと賽銭を音を立てて、神様に感謝して。

なにしろ、50周年記念の祝賀会が無事終わったし。

1 陸奥総社の宮。

2 クリックすると、どんな神社なのか、わかります。

ここから家に帰るだけじゃ歩き足りない。

3 まだ深い雪が残っているところをこいで…

加瀬沼まで。

4 あらま。全面結氷。

まさに春は名のみ。

あれだけごちゃごちゃいたカモさんたち、今日は全くいません。もう北帰行したのかなあ・・・・。

鳥たちは、日が長くなって、日差しを感じればまだまだ寒くても、春が近いとわかるんでしょうね。


5

白鳥さんが10羽。氷の上にいました。


1

2


3 加瀬沼公園は桜が咲くとお花見で賑わうのよ。

4 公園を突き抜けて、川沿いに出ました。もしかしたら、鳥観ができるかもと、期待して。

目の前は利府ジャンクション。
5 ここで勿来川と砂押川が合流。

高速道路、三陸自動車道は、相変わらず渋滞が続いています。 津波に襲われた沿岸部には泊まる場所が少ないために、内陸部からみんな通っていることが渋滞に拍車がかかっています。


測量する人たちが数人、一生懸命仕事していました。

この川の堤防も、かさ上げを予定しているの? 聞いてみました。

どうやらそのようです。

この川の下流ではあの時3,11の津波で堤防が決壊してひどい被害が出たのですものね。


1

ほら!

もくろみあたったわね。コサギでしょうか。見ていると面白い。じーっと水面を見て魚を狙っているんです。

葦のかげに4羽の白鳥さんも見つけました。カモメ、トンビ、畑にツグミ・・・・

けっこういろいろ水辺には いるのね。

2
カモちゃんも!

ひょい と潜ってどこから出て来るのか、見ていて面白い。カイツブリ?


ぐるっと3時間足らずのお散歩でした。16286歩。


こうして歩いていると、気分が晴れます。ちょっと膝が痛い、と思うことがあっても、それがなおります。

歩くと、あまいものを食べても、体重、血糖値を心配する罪悪感?を感ぜずに済みます。(笑)

知っている人に会うこともあって、おしゃべりも楽しむことが出来ます。



3

帰ってささっと作ったお昼ご飯がとってもおいしく感じられるのも、散歩の効用でしょうか。(*^ー^)ノ



歩くことの効果

http://www.karadakarute.jp/tanita/column/columndetail.do?columnId=48

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50周年を迎えるお祝いのための実行委員会は平成22年に立ちあがってはいたのですけれど、そのあとの東日本大震災のために、お祝いの準備どころではなくなり、

暮れからあわただしく準備に大車輪で追われました。

2月22日(土)。記念式典を終了し、まずは一段落です。


1 これが、今回の記念品。


3 ウサギが山岳会のマークに決まってから、30年にもなるのでしょうか、私が参加させてもらうようになった時にはすでにウサギがいたような…。

マークについてのうんちくは、またの機会として・・・・・

ほんとはね、目は、二日酔いのために赤いのだそうですが、山頂で乾杯することはなくなったからね、今は。


2 チタンのカップ

みんなすでにカップは持ち歩いているけれど、チタンの軽いカップは値段が高いので、こういう機会にゲットできるはうれしいだろう、というのが選んだ理由。

持ち手をたたむことが出来、2重カップになっていて、保温性があって。


圧巻は
4 事務局長が渾身の編集をした記念誌。

原稿の半分はデータでもらったけれど、半分は手で入力した、とのこと。

一口に手で入力したって、簡単に言うけれど、暮れからずっと、休日返上、出勤前朝3時からこの記念誌の入力のためにかかりきりだったということで、本当に頭が下がります。


すごいのは昭和60年から昨年の暮れまでの山行の記録の数々。
1
記念誌の半分以上を占めるこの記録を、始めのころのほとんど手書きの読みにくい(ごめんなさい)、様式もバラバラな中から、全部拾い出して記録にするのは本当に根気のいる、大変な仕事だったと、思います。


そして、これには索引がちゃんとついていて、それさえ見ればいつでも記録を取り出し、参考にすることが出来るのです。すごい!


それにしても・・・・・

このころは、山行参加者も少なくて自家用車利用だったのよね。

記録1つ1つが、たちまちあの時の楽しさがよみがえります。


また1つ大きな財産が手に入った気持ちです。


で、ついでに、次は、私がこの記念誌のために書いた原稿です。



 デジカメを持って山に行こう!

デジカメを持つようになったのは、確か最初が2002年なので、もう10年以上デジカメで山行を記録していることになります。
井の中の蛙が大海を見ようと、ネパールに2度、世界一きれいな散歩道と言われるミルフォードトラックなどにも行ったので、それらもデジカメに記録として残っていて、写真を見ればその時々の感動がよみがえります。
でも・・・・。
井の中の蛙は、それらが世界に2つとない感動に満ちた素晴らしい風景であることを認めながらも、
故郷の山々が、どんなに素晴らしいのかをわざわざ確認するために外国まで行ったのかもしれない、と思えるほど蔵王が愛おしいのです。
春。水が張られた田んぼに写る、まだらに雪が溶けた山の姿を見ると、じっとはしていられません。



1

残雪をバックにして、やっと芽吹いた木々の息遣いが聞こえそうな姿。



2

毎年、下界の花見が終わって、最後の花見を楽しむのは、屏風岳をバックにした不忘山のミネザクラ。


夏には百花繚乱の山の上を歩いて、秋は錦秋の風景を、冬は雪と氷に覆われた真っ白い世界を楽しむことができて、それらを見たいと思えば即、見に行ける近さにあるのですものね、大好き! 蔵王。

写真は風景を単にそこに留めるだけではなく、写した時の感動した気持ちも思い出すことができます。
最近のデジカメはカメラ自体が軽くて小さくなり、山に持っていくにも手軽になりました。気軽にバシャバシャ撮りまくることができます。

地元の山が大好きなのは、それだけではありません。
それらの景色と一緒にいつも山仲間の笑顔がある。
写真を見ていると、その時の楽しさがよみがえります。 ほら!



3



みんな例外なく笑顔でしょう?  
この笑顔に会いたいからこそ、地元の山が一番好きなんですよね~。
仕事や社会的な肩書などまったく関係なく、山が好きだということでつながっている仲間たち。
私の大切な山仲間。

自然は、2011年の津波のように時として大きな災害をもたらすこともあるけれど、私たちに素晴らしいフィールドを用意してくれています。
人間が長い地球の歴史の中の、限られた一瞬だけこの世の中に置いてもらっている存在とすれば、自然の脅威や恐ろしさをしっかりと受け入れたうえで、せいいっぱい山仲間たちとこれからも地元の山を楽しみたいと思います。

10年以上分もたまった写真を選ぼうとして、ついつい思い出にふけってしまい、なかなか先に進めず。
さあ! 原稿をまとめなくちゃ。




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