・・・すみません、昨日の続きです・・・
その内容は私小説的内奥の発露だったり、日々の生活、また人種的問題葛藤だったり、社会問題の提議だったり、政治的メッセージだったり多種多様です。
実は、1960年代にワッツで活動した詩人達こそ、現代のHIP HOP文化の中心核となるラップを産んだのだ、との発言が興味深かったです。その名もワッツ・プロフェッツ / WATTS PROPHETS。
『ワッツの預言者』たる意味がとても啓示的ですね。私もこれまで彼らの名前はそこここで聞いていましたが、明確には意識していませんでした。
と言うのも一般的にはラップは、1970年代のニューヨークで誕生したと言われています。メルローズ通りにある、とある超アンダーグラウンドHIP HOPブランドの%^$##&*((*^ (まだ公表するにはもったいないので)のAdam氏に言わせれば、HIP HOPの誕生は1973年なのだそうですヨ,,,。
まいずれにせよNYの持つアメリカやカリブ等の多民族文化的融合こそ人種の坩堝たるアメリカの象徴。まさにHip Hopの誕生である、と思っていました。もちろんニューヨークだけが単発的にそうした芸術を生む素地を持っていた訳でも無く、当時アメリカ中の多くの都市や地域で新しい芸術の芽が拭き始めていたんですね。それがある程度の時期になると大ジョッキに注がれたビールの表面張力パッツンパッツンの状態のようになり、その後一気に溢れると今度は雪崩のようなパワーで一気に膨張させ、アメリカ中の黒人街を素早く燃え盛る野火のように広がったのでしょうね。
さて1960年代のワッツに話を戻せば、一向に改善の兆しさえ見えない人種差別や貧困、犯罪犠牲のどん底にあえいでいた頃で、アメリカ最大のゲットー最貧困地区として嬉しくない評判を戴いていました。そしてついにその不満が大爆発、1965年夏にはアメリカ史上最悪の大暴動が発生、銃撃戦や略奪、街の至る所には火の手が上り、約3,500名が逮捕!40名近くの人命が失われ、ついに街は再起不可能なほどにトコトンに叩きのめされ焦土の廃墟と化したのです。
そんな焼け跡の煙さえ消えていないだろう60年代後半にワッツ地区ではワッツ・プロフェッツ / WATTS PROPHETSと言う詩人グループが活発に活動したのだそう。
と、ここまで書いて止めます。(ヘソ曲がりで御免なさいね,,,)
今の世の中、ウィキぺディアやYou-TubeなどでWATTS PROPHETSと検索すれば、お宝がザラリザラリと流れ出しますよ,,,
関心のある方は検索してみて下さいませ。
ちなみに、ワッツ・プロフェッツのメンバー、Ande Hamiltonはエチオピア原理主義教会の祭司さんのようですが、1981年のボブ・マーレー葬式の時にスポークンワードのパフォーマンスをしたそうですヨ。多分、これも探せば記録映像が出てくるんでしょうね,,,
ふ~便利な世の中になりました。
てか、このネタは非常に重要だと思いますので、いつかHIP HOP INSIDER誌で発表できるようにしっかりリサーチせねば!と思っとる所デス。