【NoNameEyes・第11話】桜の樹の下で
最後のステージが終わった時には、すでに日付が変わっていた。
柊とアキの自宅は意外に近いということがわかり、アキは一緒にタクシーで帰ろう、と柊を誘った。
いつもは物静かな柊も、ステージの後は気分が高揚しているせいか、かなり饒舌になる。
アキは、興奮気味に話す柊の仕草が嬉しくて、車の中でずっと彼の話を聞いていた。
音楽やバンドのメンバーのこと、彼の話は尽きることがなかった。
無邪気な笑顔で話す彼の表情を、アキはずっと見つめていた。
彫りの深い顔立ちに長い睫毛、男らしいというより、中性的で少年のような顔立ちに、顎まで伸びたくせ毛が、彼の印象をよりやわらかく見せる。
細長くしなやかな指で空気を掴むような仕草を見せ、アキに顔を向けながら嬉しそうに話す柊を、アキはずっと見ていたいと思っていた。
柊の自宅よりちょっと手前でアキはタクシーを止めた。
幹線道路から少し入った角に公園がある。
柊の自宅はそこから歩いてすぐだと言った。
アキはもっと柊と一緒に居たくて、彼と一緒にタクシーを降りた。
公園の脇の自動販売機が青白い光を放ってぼうっと浮かび上がっている。
アキは缶コーヒーを2本買うと、プルトップを開けて柊に手渡した。
「ありがとう。」
柊は、コーヒーを一口啜った。
「女の人に送ってもらうなんて、情けないな。」
「そんなことないよ。うち、ここからそう遠くないし。この辺は結構明るいから大丈夫だよ。」
もっと、キミと一緒にいたいから…アキは心の中にその言葉をそっとしまいこんだ。
ふたりは古びたベンチに並んで座った。
公園というより広場に近いそこには、木製の大きな滑り台とブランコがあり、真ん中には大きな桜の木が一本、枝先のつぼみを膨らませて立っている。
「もうすぐ、桜が咲きそうだね。」
「桜かあ、もうずっと見てないな。」
柊は、白い杖を指でくるくる弄りながら呟くように答えた。
「あ、ごめん…。」
アキは申し訳なさそうに口ごもった。
「いいんだよ。気にしないで。 僕、これでも子供の頃は結構見えてたんだ。中学に入る頃からどんどん視力がなくなってきちゃって。いずれ全く見えなくなっちゃうんだろうけど。」
柊は空を見上げるように顎を上げ、何かを思い出すように言った。
「桜…。どんなんだっけ?子供のころにもっと良く見ておけばよかった。」
柊はアキに顔を向けて笑いかけた。
「ねえ、アキさんはどんな顔してるの?」
「えっ?どんなって言われても…。普通だよ。」
「普通、かあ。じゃあ、髪の長さは?」
「肩より少し長いくらい、かな。」
「どんな色?」
「少し茶色っぽい…ね。ちょっとだけパーマが残ってる。」
「肌は白いの?色黒?」
「どっちかっていうと、白いって言われるよ。」
「目は?大きい?小さい?瞼は二重?」
「大きい方かな。二重瞼だし。」
答えながらアキはドキドキと胸の鼓動が早まるのを感じていた。
それを柊に感じ取られまいとすればするほど、アキは自分の声がうわずっていくような気がして、さらに鼓動が高まっていく。
「ねえ、髪に触っても、いい?」
「えっ?」
「だめ?」
アキは、しばらく考えてから答えた。
「…いいよ。」
柊はしなやかな指をのばして、そっとアキの肩に触れた。
それからゆっくりとアキの肩に指を這わせ、彼の指先がアキの髪を探しあてた時には、アキは心臓を素手で掴まれたような感覚を覚え、思わずぎゅっと瞼を閉じた。
「やわらかいね。」
柊は無邪気に笑いかける。
「柊…くん。」
アキは髪を梳く彼の指先に、震えながら手を伸ばした。
そして、柊の手に彼女の指がそっと触れようとしたその時、
「柊!」
彼を呼ぶ声にはっと顔を上げると、ショートカットの女の子が鋭い眼差しでアキを見つめていた。
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