August 31, 2005 07:43:29

スカイプ

テーマ:エッセイ

スカイプについて質問があったので、今日はこのことについて書きたい。

スカイプとは、P2P通信技術を応用した「無料電話」のことである。
このソフトをネットからダウンロードし(もちろんfree ware)、ユーザー登録しているもの同士は
何時間話をしても、どこに住んでいても、電話代がかからない。
プロバイダを通すわけでもなく、パソコンの端末同士を直接結びつけるのでセキュリティも高い。

欧米でのユーザー数は、1億人を超える。
しかし日本での普及率はかなり低い。日本の電話会社の圧力でもあるのだろうか。

それはいいにして、簡単に説明しよう。

まず、以下のサイトに行く。


http://www.skype.com/intl/ja/


ここでスカイプをダウンロードし、ユーザー登録をする。

そして、友人のユーザー名を入力しクリックするだけ。


これで世界が繋がる。


※ただし、windowsで言うと windows 2000/XP、メモリ128MBクラスのスペック数が必要となる。
加えてヘッドフォンマイクも必要。

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August 25, 2005 16:49:39

発音の重要性

テーマ:エッセイ

こちらに来て、自分の英語力のなさに愕然とした。
英語力というのも、それは「技術」のことである。
つまり、「発音」を意味する。


今まで、日本にいたころ英語圏の人から
「君の英語の発音はきれいだね。留学していたの?」
など言われることもあったので、多少自信があった。

しかし、こちらに来ると全く通じないことが多々ある。
(学校の先生は、こちらの話を聞こうと努力しているし、
日本語訛りの英語にも慣れているので、ほぼ完璧に理解してくれる。
問題は彼らではなく一般のアメリカ人だ。)



発音に関して日本ではほとんど勉強せずにこちらに来た。
特に日本英語教育では発音に対して全くというほど力を注いでいない。



しかし、最も端的に言えば、「はじめに発音ありき」と断言できる。



言語学・神経学的にも発音から入るのが、言語習得を最も効率化するそうだ。
子供が母国語を思えるときも、まずは音から覚えていくことが、それを如実に証明する。


言語獲得初期段階では、「ワンワン」と言って犬を指差し、
大人が「あれはイヌと言うのよ」ということで、赤ん坊の頭の中では
「イヌ」という音は「わんわんと鳴く四本足の生き物」だと記憶される。

そして自分も口を動かし「イヌ」という発音を繰り返すことで、ここで音の発し方も身に付ける。
(子供が大人が言ったことを真似していることに注目してほしい)


次に犬を見たり、誰かが犬という言葉を発した時、脳の中では
「イヌ」という音と連結するいろいろな情報(ここでは犬の鳴き声、映像、形など)

を拾ってきて、「イヌ」という音は「犬」なのだと判別し、

はじめて「犬」という語彙を認識し理解したことになる。


しかし、僕の場合日本にいるころ単語をたくさん覚えることに集
中するだけで、その単語の音に気を配ることをほとんどしなかった。
単語のスペルを知っていても、口をどうやって動かして発音するか知らない。


これは上記に示したとおり、神経学に完璧に反している。
自分が発音できる音以外は、聞き取ることもできず、
脳内で情報を連結させそれがなんであるか理解することは不可能である。


では、前置きはこのへんでおいておいて、どう勉強すればいいのか書いていこう。
僕は今実践中だ。



まず、発音の基礎である口の動かし方、顎の動かし方、舌の動かし方、を徹底的に覚える。


日本語の発音と英語の発音は全く違うと考えなければならない。


つまりカタカナで代用できる発音はひとつもない。


例えばpinだと、「ピン」と言っても通じない。
英語っぽく「ピン」と言ってもだめ。
このiの発音は思ったより曲者だ(itのiも一緒)。
無理やりカタカナであらわそうとするなら、
口を少し開いて、かなりカタカナの「エ」に近いだらけた音、だそうだ。


すごく些細なことのようで気にしていなかったことがとても重要だと気がついた。
語学学校当初、先生に発音を聞いてもらったところ、
「あなたの発音は、penに聞こえる。あっ、今度はpeanだ。」と言われた。
よく聞きなさいと言われて、聞いて同じように真似て発音しようとしてもなかなかできない。
僕の耳は「ペン」といってるように聞こえたり、「ピェン」と聞こえたりしていた。

この理由は、日本語のカタカナ発音しか知らず、iを発するためには
口をどういうふうに動かせばいいのか、ということをしらなかったからだった。
(つまり脳内でこの音を認識することができなかった)


他にもまだまだ紛らわしい発音がたくさんある。
coat:caught, year;ear, hole:hall, bag:bug,
などなどこれは無限だ。


そして、英語は子音が主な言語だということも忘れてはいけない。
例えば、”next station”はxtstと四つも子音が続いている。
これは日本語ではありえない発音だ。
もちろん「ネクストステーション」と言って通じるわけがない。


これはkの音は舌の奥で喉を閉じ、一気に発音し、sの音は歯と歯の隙
間から日本語の「ス」の数倍の力で息をはきながら高速で発音
し、tは舌を上の歯茎につけ息を遮断しこれまた一気に吐き出
す。sの音は上記に同じで、最後のtも上記に同じ。


読むとわかるように、このとおりに発音していると本当に疲れる。
しかし、口を日本語で喋るときの何倍も動かす気持ちでや
らないと永遠にうまくならないと言う。


口や舌の周りの筋肉をつけることが大事のようだ。
これが僕が英語力を「技術」と呼んだほうがいいと思う所以である。
これは明らかに一種の筋トレであり、どこをどうやって動かすのかという技術
を、何度も反復練習することで体に覚えこませるしか習得の方法はない。
サッカーでも、ボールのどの辺りを足のどの部分で蹴ったらどういう風に
カーブがかかる、ということは何回もやってみて体で覚えるしか習得できないと同じことだ。
いくら本で読んでその知識を得たとしても、中村俊介やベッカムのようなフリーキックを
蹴ることは永遠にできない。


今僕はまだ上の段階だ。
とにかく、英語の発音というものを体に覚えこませなければいけないと感じている。
次に何をやればよいかなど、いいサイトをみつけたのでいくつか貼っておこう。


英語で書いてあるサイトより、日本語で書いてあるサイトのほうが

日本人がなぜできないのかを詳しく書いてあるので理解しやすかった。

上に書いてあることもいろいろなサイトから得た知識を、

僕なりに要約して、実践からの感想を織り交ぜたものだと
サイトに行ってもらえばわかるだろう。


http://www.scn-net.ne.jp/~language/ 「英語・発音・語彙」


http://www.uda30.com// 「30音でマスターする英会話」


http://www.uiowa.edu/~acadtech/phonetics/english/frameset.html
これは口をどうやって動かせばいいのかを音声、画像つきで教
えてくれる最高のサイト。
普通ならウン万円する教材が無料で使えるのはインターネット
の力だろう。


http://www.1englishdoctor.com/index.html
これも読む限りには発音を徹底的にやる教材のようです。TOEIC
を920点取った医師が書いたもの。
そこまで高くないので挑戦してみる価値はあるかもしれない。


蛇足
http://www.ratemyprofessor.com/index.jsp  アメリカの大学
教授を評価するサイト。ほぼみんな登録されてある。結構
信憑性があるそうな。


http://www2.netdoor.com/~takano/english/english_index.html
英語について結構おもしろいことが書いてある。


http://www.eigotown.com/eigocollege/marie_english/marie_english_back.shtml
アメリカンカルチャーが学べる。著者が博識。


これからアメリカの入試を受ける人も、日本の入試に臨む受験生も

英語を勉強するときはこの発音からとりかかり、より英語学習にはずみがつけば、と思う。

発音・イントネーション・アクセントを完璧に身に付ければ、

リスニング・リーディングも今までより10倍できるようになるという。

(読んでいるとき頭の中で声を発していることに注目してもらえれべ発音の重要さをわかってもらえると思う。

うまく発音できる場合とそうでない場合は大違いではないだろうか。

この文章を読んでいるときも、日本語できっと自然と声を発しているはずだ)


それに、発音のせいで聞きなおされたり、顔をしかめられるのは結構辛いものだ。



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July 16, 2005 01:25:34

生き方

テーマ:エッセイ
生き方には答えはない。
ただ、自分自身へ問いかければ、限りなく答えに近い答えを探すことはできる。
今日は、そのことを書きたいと思う。

僕は、嫌われる人間だと思う。
今までの人生において、虐げられたり、人と違う目でみられてきた。
そしてこれからもそうかもしれない。
しかし、おもしろいことに、僕を嫌う人間と同じくらいか、むしろそれ以上の人が、
僕を好んでくれる。
これ以上の幸せはないのではないかと思う。

万人に好かれる必要はない。
むしろそれはおこがましい考えだと思う。

このような言葉がある。

「殺される程憎まれたということは、それと同じ力で愛されていたということでもある。」

実に的を射ている言葉だと思う。
竜馬もケネディも、人々に愛されるが故に殺されたのだった。

僕は、自分で決めた道を、自らの意思決定で歩んでいくと決意した。
失敗はそれを失敗と思うか、それを成功への過程-ステップ-と思うか。
それは自分次第だ。


常に考え、日々進化を繰り返し、人生を楽しむ。
人とのつながりを大切にする。


たった一度の人生に悔いを残すつもりなど毛頭ない。

考えない人生など生きるに値しない。

これが僕の生き方の答えだと思っている。


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June 03, 2005 01:46:21

ヘンリー・フォード

テーマ:エッセイ
前回の記事の続きで、今日はヘンリー・フォードの話。
ご存知の通り、彼はT型フォードによって自動車の歴史を塗り替えた人物である。

フォードは、小学校程度の学歴しかない。
しかし、世界の大富豪であり、それを否定する人間は誰もいないだろう。

彼は知識を富に変換する方法を知っていた。
そんなことを説明するのにちょうど良い逸話があるので、ここで紹介したい。

ある時、フォードはシカゴのある新聞社から、「無学な男」として中傷に近い批判されたことがあった。
彼の成功を妬む人間の行為であることは間違いない。
フォード陣営は、この記者を名誉毀損罪で訴えた。

法廷では、相手側の弁護団は、いかにフォードが無学であるかを延々と証明しようとする。
「18xx年、フランスでは何が起こりましたか?」
「アメリカ独立革命は世界にどのような影響を与えたとお考えですか?」
等など・・・・
フォードは答えられない。
しかし、彼は堂々とこういった。

「残念ながら、私はあなたの質問の多くに答えることはできません。しかし、私のデスクにはたくさんのボタンがあります。その中の正しいボタンさえ押せば、私が必要とする知識を持った部下がすぐに来てくれます。私がどうしてあなたに答えるために、一般的知識を詰め込んでおく必要があるのでしょうか?」

弁護人たちは言葉に詰まる。
陪審員たちは、この言葉を聴き終わると、フォードが決して無学な人間でいないことを悟ったという。


一般的知識・教養がない人間は劣っているのか?いやそれは間違いだ。
そのような教養を辞書のように持っていたところで、それを使う方法を知らなければ価値はない。
フォードはそのことをよく理解していた。
彼の場合それは部下や友人たちに聞けばすぐにわかる。
自分はそれを活用すればいいだけだ。
製造ラインに疑問があれば、担当者を呼べばよいし、
独禁法の知識が意思決定に必要なら、商法の専門家と話しをすればいい。


また、アンドリュー・カーネギーも似たような言葉を残している。
これは、彼の墓標に刻まれている文字である。

「世界で最も、自分より優秀な部下に働いてもらう方法を知る男、ここに眠る」


知識というものは、いくら持っていてもその運用方法を知らなければ、
決して流動化できる資産にはなり得ない。
この二人は、他の人間から教えてもらう、または代わりにうまく働いてもらうことで効率が上がることも知っていた。

それが彼らの「知は力」になりえる方法だったのだ。
知識を共有でき、力となる得る集団-知識集団-を築けば、成功への近道となる。


今何位でしょうか??
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May 27, 2005 17:12:20

ビジネスと教育

テーマ:エッセイ

今朝まで頭が痛かったのですが、昼過ぎまで寝ることですっかりよくなりました。
思えば、ここ数日4時間くらいの睡眠しか取っていなかったために、
ただの睡眠不足による疲れのようでした。
お騒がせしてすみません。


────────────────────────────

さて、今回はブログ用アドレスからいただいたメールを公開させてもらいたいと思います。

ご本人とは了承済みですが、何か不都合な場合があればお知らせください。


「さて、今日メールを打とうと思ったのは、一つお願いがあるからです。それは、道徳的にビジネスを行って頂きたいということです。自分の企業の利益、一部の社会層の人々の利益のみに終止するようなことはしてほしくない。それだけです。あなたの世界観が世の中でどう評価され、どのように世界を変えていくのか楽しみに思います。
私はといえば、教育という観点から社会に関わりたいと思っています。大学では数学と英語の教員免許を取得し、さらに、近代主義の導入の歴史、仏教と日本人について学びたいと思っています。それをどう生かし、具体的に高校という環境でどのような対策を講じるべきか考え、実践の中でそれを形にしていくことが、私の夢です。教育はビジネスにおいても存在するものであると思います。折々、意見など頂ければ幸いに思います。」


このような真剣なメールを送っていただけ、とても嬉しく思います。
この記事をもって、返信という形にさせていただきたいと思います。


まず、ビジネスについてです。
偽善めいた発言をしたくはないので、素直な考えを申し上げると、
私がビジネスを成功させたいという理由は、
「自分のため、つまり成功し名を上げ富を得たいという単純な欲求」からです。
まずはこれを言っておかないといけないと感じました。このことを隠す必要はないと思っています。


しかし、誤解してほしくないことは、
私が個人レベルで満足するようなビジネスには終止するつもりはない、ということです。
おっしゃるように「自分の企業の利益、一部の社会層の人々の利益のみ」を重視するようなものをするつもりは毛頭ありません。例を挙げて言えば、株式の短期売買やM&Aでせこせこ金を稼いでいくことには興味がありません。(しかし、資産の運用方法としては最適だと思っていますが)


今考えているものも社会のためになるビジネスだと確信しています。
私の信念は、「よりよい社会をつくるためのビジネスを成功させること」です。
私が事業を成功させることによって、消費者の生活が豊かになり幸福を共有できることを願っています。
また、私のいう富も、それは手段であって目的ではありません。


私は得た富を社会還元するために、将来日本に大学を作りたいと思っています。
最近つくづく感じることは、「知識は、その活用方法を知らない限り持っていないと同じ」ということです。
知的教養というものをいくら持っていても、それを実生活で運用する術を知らなくては教育の意味を為していないと思っています。
かのエジソンやアインシュタインは正当な教育(この正当という言葉も間違いがあると思っています)を受けていないにも関わらず、彼らを成功に導けたのは、「知識の活用方法を熟知していた」からだと思います。

このような構想を実現させるためにも、より実践的は学問を行うため、世界各国から優秀な教授を招くこと、
また、実際の現場で活躍しているビジネスパーソンや法律家、また宇宙工学のスペシャリストなどを招き
講師として講義を行ってほしいと考えています。
(今で言うと、知名度のある堀江社長や丸山弁護士などでもよいと思います。また、それは私立大学として生徒を引き付ける強力な商品となると確信しております。)

また、harvardやstanfordなどの海外の一流大学と提携プログラムを組み、単位の互換制度を作ることもおもしろいと思っています。


「知は力なり」ということはかねがね言われていることですが、
その本意は、上記で述べたような力を得ない限り発揮されないと思います。
これは次の記事のヘンリー・フォードの話でもしていきたいと思います。


最後になりますが、このようにメールを送っていただけ、再度私に考える機会を与えてくださったことに本当に感謝しています。この場をもってお礼申し上げます。ありがとうございました。


現在の順位は??

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May 24, 2005 01:49:56

親子の確執

テーマ:エッセイ

親子の確執はどの家庭にもあるのかもしれない。


自分の幼稚さが頭にくる。


感謝に気持ちを素直に表現できない自分はできそこないなのかもしれない。

狂気と悲しみが体の中を駆け巡り、思考を停止させる。


志賀直哉は、最後には「和解」する。

血が繋がっているからこそ、確執は硬直化し悪化するのだろうか。


この世界に生を与えてくれた両親に心から感謝している。

夢を持たせてくれたことに心から感謝している。


素直に口にできないことを、受け止めてもらえないことを、

この場を借りて発しさせてもらうことを許してほしい。



ありがとう。愛しています。

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May 16, 2005 07:05:04

夢を失う恐怖 夢を保つ苦悩

テーマ:エッセイ

夢を失うことはとても怖いことだと思う。


今まで、何度か大きな挫折を味わい、夢を失ってきた。


幼い頃、サッカーをしていて、本気でプロを目指していた。

かけっこでは負けたことがなかったから、自分にもなれると信じてきた。

サッカーのために遠い地区の学校に行った。


でも、そこに待ち受けているのは、現実と挫折だった。


思うプレーができず、いつもはがゆい思いをしていた。

自分にはどうにもできない怒りともどかしさ。

罵倒される自分、滑稽な自分。


サッカーを愛していたのに、ブラジルでトッププロになりたかったのに、

いつの間にかサッカーが憎くなってしまった。

サッカーをすることが苦痛になり、ぼろぼろだった。


夢を諦めた。


顧問を恨んだ。

罵倒され、殴られ、走らされ。

好きだったサッカーを僕から奪った。

殺してやりたいとまで思った。



でも、今は違う。

彼に感謝している。

彼のおかげで僕は強くなれた。

自分もみつけられた。

このことがなかったら今の自分はなかったと思う。


辞めたチームが全国大会に出た時は純粋に嬉しかった。

そう思えたのも、自分が成長できた証のようで少しうれしかった。

そしてサッカーも再び愛すことができるようになっていた。



そして今、夢を保つことの苦悩を感じている。


起業し成功したい。


この思いを保つことはきっととても大変だと思う。


アメリカの見知らぬ地で、いつの間にか失ってしまうかもしれない恐怖がある。




でも、決して忘れてしまいたくない。

何もかも長く続けることができなかったけど、

今からはそうじゃない。


俺は絶対成功してやる。

そう思って、これからもがんばっていきたい。



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May 07, 2005 08:59:17

虞美人草

テーマ:エッセイ

『力 山を抜き 気 世を蓋う 時利あらず 騅逝かず。

 騅逝かざる 奈何すべき、 虞や虞や 若を奈何せん』   項羽 「垓下歌」


(訳; 我の力は山をひっこ抜くほど強く、その気力は世界を覆う。しかし、時運は私に背を向け、騅は走らない。 騅が走らないのはどうしたらよいのか、 あぁ、愛する虞姫よ、虞姫よ、 そなたをどうすればよいのか)

※騅とは項羽の愛馬の名前



これは、項羽が劉邦率いる軍隊に追い込まれた時(いわゆる垓下の戦い)に詠んだ詩である。

明らかに能力では圧倒的に劉邦を上回っていた項羽であっても、優れた人心力をもった劉邦には敗れることになる。

力で強制的に「統率する」マネジメントと、人の心によって自然に「統率される」マネジメント。

この違いは大きかった。



しかし、個人的には、厳しく勇猛であった項羽が自分の身が滅びるまで、生涯において唯一心から愛したと言われる虞姫の行く末を案じている姿を想像すると、項羽も嫌いにはなれない。

有能すぎた所以の結果だったのかもしれない。



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May 03, 2005 01:06:25

教育理念 -松下村塾-

テーマ:エッセイ

吉田松陰と言えば、幕末紀、長州(今の山口県)にて松下村塾を開き、高杉晋作、山形有朋、伊藤博文など明治維新の立役者となり、明治の政界を担う若者を多く輩出した人物である。
奇しくも、尊皇攘夷思想による幕府批判によって処刑され、彼は30年という短い生涯を閉じた。


しかし、彼の思想は今も尚語り継がれ、現代の社会にも通じるものを理想としている。


松下村塾の教育理念は「人たる所以を学ぶこと」である。
つまり、「人は学んだことをどう実行するかが大切である」と言う意味だ。


その中でも、特におもしろいと感じたのは、このエピソードである。


桂小五郎と言う人物をご存知だろうか?後の木戸孝允である。
彼は、塾に入った頃からの秀才で、特に詩の才能に秀でていた。
毎日書物を読み、考えにふける塾生活を送る。行動派ではない。


塾長松蔭は小五郎にこう言う。


「学問も大事だが、知ってかつ実行するのが男子の道である。詩もおもしろいが書斎で詩を作っているだけではつまらない。男子たるものは、自分の人生を一遍の詩にすることが大事だ。楠木正成は一行の詩も作らなかったが、彼の人生はそのまま比類なき大詩編でないか。」


この一言で、小五郎は目を覚ますことになる。
何を学ぶかではなく、何を学びどう行動するか、が真の学問の道なのだと。
これ以来、小五郎は積極的な行動家となり、明治維新に大きく貢献することになる。


学問を学ぶこともとても大事である。
しかし、もっとも重要なものは、いかにそれを実社会で運用するかでないだろうか。


100年経っても、物事の本質は変わらない。
この挿話はそのことを実に端的に教えてくれている。


自分の人生を、一つの詩編にするという壮大なテーマ

なんと心躍るものだろうか。



(※男子という言葉は当時の武士社会に反映されています。男子を「人」と置き換えればしっくりするかもしれません。

※楠木正成は、鎌倉時代の名武将です。)



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April 17, 2005 23:49:59

僕が僕であるために

テーマ:エッセイ

少し前、僕はこの曲を何度も何度も聴いていた。

 

彼の曲は僕に勇気を与えてくれ、時に大きく感情を揺さぶる。

 

思えば、留学を決めた頃、社会に学校に大人に反抗するだけの少年だった気がする。
ブルーハーツの歌詞ではないけれど、社会に迎合し大人に褒められるような子供にはなりたくなかった。
誰がなんと言おうと、自分で金を貯めて留学する気でいた。

 

 
そんな時、ニーチェと彼、尾崎は「自分は自分であればよい」ことを僕に語りかけてくれた。

 

 
正直に言えば時には楽になりたいと思い、優等生のままでいればよかった
(すべての優等生が悪いというわけではなく、模範生として扱われる自分)と思う存在も少なからずいる。

 

社会や基本通念に縛られず、「自分は自分である」という精神姿勢を持つことはとても困難なことで辛いことだと思う。
この精神を保つために、自嘲とナルシズムを繰り返しながら、僕は成長してきた。
ぶつかる障壁と葛藤は大きなものだけど、それはかけがえのない財産にもなり得る。

 

 

もし、みなさんが新たな世界に飛び出そうとしている時、また流されそうな自分に憤りを感じる時、
自分を見失いそうであるなら、この曲を聞いてほしい。

 

 

 僕が僕であるために / 尾崎豊

   心すれちがう悲しい生き様に
 ため息もらしていた
 だけど この目に映る この街で僕はずっと
 生きてゆかなければ
 人を傷つける事に目を伏せるけど
 優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆく

 

 僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない
 正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで
 僕は街にのまれて 少し心許しながら
 この冷たい街の風に歌い続けてる

 

 (※著作権の侵害にあたる恐れがあるので、全文は掲載しませんでした)

 
また、以下のURLからフラッシュとして楽曲を少しだけ聴くことができます。

 

http://wandergalaxy.daa.jp/ozakibokugabokude.html
(これも問題あるんじゃないのか?と思いますが)

 

 
「自分は自分でありたい」

 

単に我を通すというエゴではなく、「自己を確立する」という意味で、
僕にとって大きな目標であり壁でもあります。

 

閉鎖的な社会、他人と違うことをすることを嫌う風潮。
その中で確固たる自分を築き生き抜くためには、

この曲の言うように「自分は自分である」ために勝ち続けなければならないのかもしれません。

 

ozaki     photo; Yutaka Ozaki



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