Hedda Gabler
テーマ:critiqueTheatre BebelによるイプセンのHedda Gablerを観劇。
劇を簡単に説明すると、満足できない結婚生活を送る、気位の高い女ヘッダのもとに、ある日昔の女友達と昔心を寄せ合っていた男が現れる。二人は共に著作活動をしているのだという。ヘッダは嫉妬し、男をまた自分の支配化に置きたいと思う。けれどある日男は酒に酔って原稿をなくし、世に醜態をさらしたことで、行き場を失う。傷心の男にヘッダは自分の所有する対のピストルの一つを手渡し、「どうぞ最後は美しく」と言う。そして男は森の中で発見される。しかし、女友達が原稿の写しを持っており、同じく著作活動をしていたヘッダの夫と共に、原稿の編纂をはじめる。それまで夫をばかにしていたヘッダは行き場を失い、残りのピストルで自殺する。という話。
イプセンはこの『Hedda Gabler』によって世に初めてリアリズム演劇を紹介した。解説によれば、当時はその手法がモラルに反するとして大ブーイングにあったのだとか。「この演劇が、批判に耐えて生き延びたのは、一重に熱烈な一群のファンのおかげだ」と解説は続ける。そのファンの多くが、当時、ロシア社会に生まれつつあったインテリゲンチアだったのだと言う。ちなみにイプセンはノルウェー人。でもノルウェーの小さな社会のつきあいに耐えられなかったイプセンは、外国、特にイタリアとドイツに長く住んでいた。でも評価したのは主にロシア人。ヨーロッパの文化を育む土台は、小さな島国ではとても太刀打ちできない、広さと深さを持っている気がする。(当時のヨーロッパについてよく知っていれば、もっと面白いんだろうなあ…。)それにしても、イプセンは当時ヨーロッパが突進していた「近代」を批判したのだ。よく生き延びたなあ。
そしてもちろん、イプセンの批判は現代の社会にも強く響いてくる。特に、ヘッダが執拗に死の醜悪さを恐れ(現に夫の親類が死の床にある時も「死や病は醜悪だからみたくない」という理由で見舞いに行かない)男が自殺を試みたと聞いて、「素晴らしいわ。この世にそんな勇気のある美しいことのできる人がいるってことが!」と言うのだけれど、実は男は自殺に失敗し病院で苦しんでいる、というくだりは印象的だ。ヘッダにこの事実が告げられる時の、「夢から覚めろ」という台詞。これは、全てに秩序と美しさを求める近代への強い批判であるようにも感じられた。現実は「近代」という枠には収まらない。その代表例はたしかに人の死であり、命だと思う。この問題は今本当に重い。イースターにジョン・ポール二世が最後の力を振り絞ってお祝いの言葉を述べた時、「あんな姿で出てこないで欲しい」と思った人が結構いたそうだ。そんな、自分も含めた現代人の姿と、気位が高く、生活に満足できず、人を妬み、陰謀を働き、結果自らの首をしめることになったヘッダが、死の醜悪さを恐れる姿が重なる。










