The Ichiro Habits

九州は熊本県在住の男子系看護師 ナースマンです。
医療系で役に立ちそうなこと、興味のあること、
体験したことこと、勉強したこととか
載っけていきます。
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新しい職場に来て早7ヶ月がたった。

過ぎてみれば早いもので仕事でも余裕が生まれるようになってきている。

そんな中、職場の教育プログラムで「私の看護観」についてまとめてきなさい、という課題が出た。

ワタクシは思った。

「え?看護観てなに?」

なにやら7ヶ月間で学んできたものを自分の看護観としてまとめなさい、ということなのだそうだ。

正直今までそんなの考えたことがなかった。

「看護」に対しての自分の価値観って改めて聞かれると難しい。

ぶっちゃけ日々生活するための手段ってくらいにしか思ってないし。

でも患者との関わりでこのことを分かってないと意外にうまくいかない事が多いんだよね。


ということで「私の看護観」について書いてまとめてみた。せっかくなのでブログで公開してしまおうと思う。

長ったらしいので部分抜粋



 今回自分の看護について振り返るに当たり、今まで自分は、臨床の現場で漠然とした看護観の基に看護実践をしてきたことに気が付いた。看護師としてこれまでの間、自らの看護観について考えたことはほとんどなく、そのことを問題に思ったこともなかった。

今年の3月から○○で勤め始め、教育プログラムの研修で基本的な治療の流れについて学び、7月には施設での患者の生活の実態や工夫されている点や安全面での配慮について知った。この時点ではこれで大体の病院の特徴を学べたので後は仕事を覚えていくだけだ、と考えていた。

しかし、仕事続ける中で、徐々に患者との関わりや仕事での他職員との連携で度々失敗を繰り返すようになり、初歩的なミスが目立ち、また患者との心理的な距離も近づくことができないと感じていた。職場師長と面談し、自分にある根本的な問題点について「業務をこなしているだけで看護をしていない」と指摘を受け、「看護とは何か?」について考えるようにと指導を受けた。この時はまだ失敗を繰り返す自分の問題点と看護観に何の関連があるのか理解できなかった。

9月の教育プログラムで「自分が関わった対応に困った事例」の研修があり、事例の中で、自分と患者の関わりは、患者が自分の傷を自分で治療したいという考えを無視して、何故医療者の治療を受け入れようとしないのか、と自分の考え方を相手に一方的に押しつけていることに気が付いた。この講習で自分には患者の視点に立って考えるという看護師としての基本的な部分が不足していると痛感した。

その後、看護師としての考え方の原点を探るためにナイチンゲールの「看護覚え書」を読み返し、彼女の残した多くの言葉の中に、『自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただ中へ自己を投入する力をこれほど必要とする仕事は他に存在しないのである。そして、もしあなたがこの力をもっていないのであれば、あなたは看護から身を退いたほうがよいであろう。』という記述があった。つまり自分自身を相手に感情移入し、その内側からの視点で物事を捉えるということが看護にとって大切なことであり、これができていなければ看護ではない、と述べている。ナイチンゲールのこの言葉から、「相手の内側からの視点で物事を捉える」という看護の原点といえる考え方を理解でき、9月の研修での学びと併せて自分にはこの考えが自分に決定的に不足していたことに気が付くことができた。その後、少しずつ患者からの信頼を得られていると実感できるようになった。 

看護の定義は様々あり、明確な定義はない。だからこそ看護に携わる者それぞれが看護についての考え方を持つ必要がある。ナイチンゲールは『世の中に看護ほどに、その仕事において自分が何を為しうるかが、自分がどのような人間であるかにかかっている職は、ほかにない』と述べている。自分は、専門的な知識や技術を持っている事で看護ができると思いがちであった。しかしそれだけではなく、看護に携わる者は、まず自己の価値観をしっかり持っていなければならない。

今まで学んだ事を踏まえ、看護師としてどうありたいのか、どうしていきたいのかを考えました。患者それぞれ治療に対する考え方、病気との付き合い方があり、その思いに寄り添えなければ、医療者側がどれだけその人に最善と思われる医療を提供しようとしても、患者に受け入れてもらうことはできません。

ここで自分の考える理想の看護師像は、先輩看護師が良いモデルだと考えています。プリセプターや先輩看護師の患者への関わりでは、患者の想いを尊重した上で病状の変化を見守りながら長期的な視点で患者へ関わるという看護計画が立案されていました。また看護の基本は患者が何を求めているのかを、患者の視点に立って考える事が大切ですが、時には患者に注意しなければならないこともあります。先輩看護師の患者への関わりから、ただ患者さんの求めに応じるだけではなく、時にはダメなものはダメだと強く注意できることが必要であり、そのために患者の要望に応えられるだけの自己研鑽と、日々の患者との関わりで信頼を得ることが必要だと思いました。

患者の望む療養環境を維持するため、患者の想いを受け止め、その想いに寄り添って援助すること、そして時には患者に指導できる知識・技術を備えた看護師でありたいと考えています。今までの研修と指導者からの指導で疾患に関する基礎知識と看護について学んできて、自分自身の成長に繋げることが出来た。しかし、まだ自分の看護観は未熟で、ようやくスタートラインに立てたくらいだと思う。

今後も自己の価値観をもち、自己研鑽をし続けながら、患者との関係を構築させていく努力が必要です。どうすれば患者に受け入れられる看護師になれるのか、臨床現場で働く看護実践者だからこそ、時折看護の原点に戻って「看護とは何か?」を問い続けて自分の看護観を完成していかなければならないと実感しました。




なんかこう言うのってホント個人の価値観ですね。

改めて見てみるといいこと書いてるような、ちょっとクサイような。

同じく「看護観ってなに?」って思ってる人の参考にでもなればと思います。

大したことは書いておりませんが・・・




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