長門有希のため息 | 長門有希の失望

長門有希のため息

数億年前の宇宙の果て……それは生まれた。スタニスワム・レムの著「ソラリスの陽のもとに」の高度な知能を持つ海(ソラリス)のように、しかし、それは実体を持たず、全宇宙の情報の渦の中で自立進化の過程を模索し続けている。
 それは情報統合思念体と呼ばれる概念。その食指は全宇宙に張り巡らされ、ある日、全宇宙的情報フレアを観測する。
 辺境のそのちっぽけな惑星で発生した情報フレアは、ただ一つ彼らの興味を惹く。発生源たる概念が持つ自立進化への希望である。
 有機生命体とコンタクトの手段を持たない統合思念体はヒューマノイド・インターフェスとして長門有希を造り、
発生源たる有機生命体、涼宮ハルヒを監視するため辺境の惑星にこのヒューマノイドを送り込んだ。

 少しずつ、少しずつ芽生えてゆくもの……わたしという個は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースに過ぎない……でも、わたしの中に芽生えてゆくものは、わたしにも解析不可能な「感情」という概念。

 この湧き上がってくるものをどう伝えたらいいのか、情報の伝達に齟齬が発生するのが、こんなに恐いと考えたことはない。

 あなたの名前を一度も呼んだことがない。
有機生命体はこんな時どう表現するんだろう……。どうしたらこの気持ちを、正確に、的確に、伝えられるんだろう。

 胸が苦しくなるって……わたしはヒューマノイド・インターフェースに過ぎない……でも、でも、苦しいの、通常の概念や、通念なんかじゃなく……シ・ア・ワ・セだって思える痛みもあるんだね……。

 「お前はいつもそうやって、たった一人であのマンションの一室でコンビニで買った弁当をたった一人で食ってるのか……友達はいないのか? 帰ったらナニしてんだ? 休みの日は? 私服持ってないのか?」

 ……なに一つだって答えられないんだ。答えようとしても、そういった質問には答える必要がないと統合思念体が判断し、わたしは口をつぐむ。
 伝えたいんだ! 伝えたいんだよ! このあふれる気持ちを! 一人ぼっちなんかじゃないって、あなたはいつだってこんな近くにいて、でも、遠すぎるんだ! 遠すぎて見えなくなるんだ!

 こんな時有機生命体なら、涙……出るのかな……?

 なんだかわくわくしたんだよ。わくわくって概念どう伝えたらいいの? あの公園で待ってる時、ずっと、あの栞に気づかなくってもいいとさえ思った。ずっと、ずっと待っていたかったんだよ……。
千年だって、二千年だって……待ち続けたい。
 そう思ったんだよ……。

 この新しい、全く解析不能なこの気持をずっと、ずうっと持ち続けていたいとさえ思ったよ!
 
>YUKI
個としてのわたしもあなたが生還してほしいと望んでいる。


「また朝倉みたいなのが出てきて殺されそうになったりするのか……」
大丈夫……わたしが、させない……。

 忘れないよ……あの日のこと、図書館で、貸し出しカード作ってくれて……忘れないよ……眼鏡ないほうがいいって言ってくれた……絶対忘れないよ……ブラブラ、あなたの後をついていった駅前の通りを……。

>また図書館に……

 ここに座って本読んで、あなたを見てる。
それだけでシ・ア・ワ・セって思えるんだ。
 いつかヒトに近づけるの? このまま無機質なヒューマノイドのまま、一人ぼっちで……。

 あなたに会って、一人ぼっちがこんなに寂しいんだって……分かったよ、ヒトがなぜヒトを求めるのか……分かったんだ!


 一度でいいから思いっきり叫んでみたいよ……キョンって……。

こんな時有機生命体なら、泣いたり……するのかな……? 

 読んでる本の上に小さな染みができたよ……いくつも、いくつも……。



 「長門お前にもあるのか?一人であることが寂しいと思うことが……」



長門有希の失望-ため息