LAST GIGS

テーマ:
2年前、私は手術をしました。
首の手術でした。
海外・タイで行いました。
失敗でした。
余計に悪化して、車椅子が必要になりました。
仕事をやめ家族を残し日本にリハビリのために帰国しました。
その頃、氷室さんは引退すると言いました。
でも、最後のライブをすると言いました。
病気で好きなことをやめなければならない苦しさが、痛いほどわかりました。
絶対に見に行こうと思いました。

私はリハビリに10ヶ月の時間をかけて何とか回復し、タイに戻ってきました。
タイで仕事を再び始めました。
家族を養えるようになりました。家内はタイ人で、子供たちはハーフです。
自分の好きなことにお金を使えるようになりました。
10年ぶりにファンクラブに入会しました。
先行予約で何とか東京ドーム最終とそのひとつ前を確保しました。
神様のおかげで、結構いい席でした。

家族旅行のついでに、いや、氷室さん観戦のついでに家族旅行をしました。

ライブ本番、1年前には首を動かすだけで痛かったのが、ガンガン首を振って拳を突き上げても
大丈夫になっていました。
通路側だったので、思いっきりジャンプしました。
朝起きたら足が攣っていたぐらいに。

氷室さんは22日は調子が悪そうでしたが、23日、大ラスでは完全に吹っ切れていました。
最高の氷室京介がそこにいました。ひょうきんで明るくてカッコいい魂がそこにいました。

着いてきて良かった。
信じて前向いてきて良かった。
死なないで良かった。

一つだけの全て。それは、何があっても先には光があるということ。
身を持って体験させていただきました。

私にとって、氷室京介は光でした。
まぶしいまぶしい光でした。
東京ドームの真ん中で、太陽のように輝く光でした。

きっとこれからも、輝く光であり続けることでしょう。
私たち一つ一つの星を照らす光であり続けることでしょう。


氷室さんの病気は治らないかもしれませんが、悪くならないかもしれません。
私の首がそうだったように、良くなるかもしれません。
何が起こるか、神のみぞ知る、ですが、
きっと良いことが起こる気がしてなりません。
AD

"A"GELESS

テーマ:
“B”ORDERLESS 【初回限定盤】/氷室京介
¥3,000
Amazon.co.jp
今日が氷室京介の50歳の誕生日だ。
日付が変わると同時に武道館大晦日カウントダウンを含む
4追加公演が発表され、これでたしかツアー50公演となるはずだ。
それぞれのライブは2時間程度と、前回の20周年アリーナツアーと
比べてライブ1本あたりの時間数が減ったが仕方ないだろう。
いくら50歳に見えない"A"GELESSな氷室でも、全公演3時間ぐらい
やってたら死んでしまう。

彼より年上の山下達郎は3時間近いライブを連日行っているが、
氷室と違うのはインストやMCが多いということ。
ゴリゴリのロックで弾けるようなライブをこの年になってもやっている
大人気ない氷室をみんな好きなのだ。

まぁこのアルバムについても、慣れるまで時間がかかった。
初めの印象は、うるせぇな。バラード途中で入れんかい。なんで似たような
アップテンポの曲を連発して後半にミディアムテンポを固めるんだ。
聴きづらいなぁ、と失笑に近いものだった。

が、だんだん聴いてると氷室の狙いがわかってきた。
彼自身がラジオでも語っていたとおり、群馬"B"OYだった氷室の
先天的な音楽的素地とアメリカに来て10余年たつ今の氷室の
後天的な音楽的発展というか、成長というか、変化そのもの。
それの"B"ORDERを超えるためにあえてこの曲順だったのだ。

「やりすぎだろ」と聴くものを閉口させるぐらいのチカラ技を
この天命を知らない50歳の"A"GELESS野郎がやってのけること。
この曲順も50本ものツアーも普通のやつにはまるで自殺行為だろ、
すなわちROCK’N'ROLL SUICIDE MISSION。

氷室がまだまだ天命なんてわかんねぇ、まだまだそんな孔子サマの
カテゴライズなんかにはおさまんねぇぞ、という宣言がこのアルバムであるし
ツアーであるしドキュメンタリーへの出演なのだ。

明日にはまたNEWS ZEROの密着第2弾の放送がある。
そこで恐らくこの"A"GELESSロックおじさんは吠えるんだろう。
いつもその背中が無言で吠えているように。

アルバムそのものに話しを移すと、結局氷室はパンクから出てきて
いろいろな音楽的実験を重ねたりテクニックを身につけたり
ミディアムテンポやバラードの珠玉の名作を作ったり
緑色の炭酸飲料をラッパ飲みしてみたりしたけど
結局やってるこたぁパンクにまたもどってるじゃねぇか(笑)
って感じかと。
この(笑)も何というか、ニヤリでもないし微笑ましいでもないし
まだ、またやってるな、このヤロッ!っていうくすぐる感じの(笑)なんだなぁ。


そうそう、アルバムを手にして思ったのだが付録のステッカーは使えないね。
どこ貼っても浮いてしまうだろう。もったいないし。
あ、そうか。これもロックおじさんの悪戯なのか。
"U"SELESSってね!(笑)

この(笑)はどっちかというと(苦笑)または(失笑)に近い
オヤジギャグがスベった時の感じですなぁ。

とにかく、天命なんて知らなくてもいいからあんたは死ぬまで
そのままでいてくださいってこった!
それがあんたのROCK'N'ROLL SUICIDE MISSIONですがな。

Happy Birthday オサーン
AD

"B"ORDERLESS 試聴

テーマ:
“B”ORDERLESS 【初回限定盤】/氷室京介
¥3,000
Amazon.co.jp
氷室京介のニューアルバムの試聴が始まった。
http://www.himuro2010.com/album.html

歌唱法はどことなく矢沢を感じさせるが、
意欲的な楽曲群がそろっているようだ。

< 収録曲 >
* 1. My Name is "TABOO"
* 2. PARACHUTE
* 3. Rock'n' Roll Suicide
* 4. Doppelganger
* 5. The Distance After Midnight
* 6. 忘れてゆくには美し過ぎる…
* 7. Sarracenia
* 8. Time for Miracles
* 9. Never Cry Wolf
* 10. Traumatic Erotics
* 11. BANG THE BEAT

[ Bonus Tracks ]
* 12. Across The Time
* 13. Safe And Sound

青字が試聴曲。
試聴のくせにシングル曲が選ばれているのが解せないが、発売前に
聴けるというのはいいものだ。
正直あまり期待もしていなかったが、近年になくシングル曲が少なく
アルバムのための書下ろしで占められている。
こういうアルバムは氷室の場合自信作であることが多い。
今までの例を挙げると、「IDEA」「FOLLOW THE WIND」である。
どちらも氷室の活動のターニングポイントになった重要な作品である。
この「"B"ORDERLESS」がそれらに肩を並べる可能性は高い。

しかし気になるのが「"B"」である。
まさか・・・あのバンドのことであろうか?
と邪推させるとはニクい。

日本にいるみんなはツアーを楽しみにして欲しい。
久々に純粋なニューアルバムを引っさげてのツアーだ。
いつも以上に気合が入っている氷室が見られる。
シングルの寄せ集めとベスト盤を受けてのツアーとは
ひと味違うであろう。
AD
今日は群馬県出身のパンクおっさん、氷室京介の48歳の誕生日です。
前から書こうと思っていた、OFFICIAL PIRATES MIX すなわち
2008/9/1~2の武道館2Days音源のレビューを行いたいと思います。
レビューは基本、9/1のライブを元に行っています。
音源をお持ちの方は、ぜひ9/1音源を思い出しながらお読みください。
そうでない方は、アホやなぁと思いながらお読みください。


パンクおっさん



2008/9/1~2 武道館公演セットリスト

1. NATIVE STRANGER
2. SWEET REVOLUTION
3. Wild Romance
4. Girls Be Glamorous
5. Claudia
6. CRIME OF LOVE

7. MISTY~微妙に~
8. Be Yourself
9. ダイヤモンド・ダスト

10. STAY
11. SQUALL
12. HEAT

13. 季節が君だけを変える(9/2 B.BLUE)
14. MARIONETTE(9/2 FUNNY BOY)

15. Keep the faith
16. Say something 
17. WILD AT NIGHT
18. IMAGE DOWN

EN
19. 魂を抱いてくれ
20. DEAR ALGERNON
21. RAINY BLUE
22. LOVER'S DAY
23. CLOUDY HEART (BOφWY Version) 
    (9/2 わがままジュリエット)
24. VIRGIN BEAT 
25. LOVE&GAME 
26. JEALOUSYを眠らせて
27. SUMMER GAME
28. ANGEL2003



氷室京介のソロ活動20周年記念ツアーのハイライト、9/1と2の武道館公演が、何とツアー中に
ネットのみで販売となった。
このライブ、ただレアであるというだけならわかる。しかし氷室のキャリアの中でも外すことのできない
名ライブが収録された貴重な音源である。特に9/1はそれまで発表されてきたどのライブ盤より
熱く、濃く、クオリティが高い。
2Daysライブの場合、初日はその会場の音響の特徴に合わせたPAの調整が不十分で、内容は
2日目の方が良いというのが定説である。
現に今回のツアーのスタートはさいたまスーパーアリーナ2Daysであったが、初日と2日目では
2日目の方が良かったということである。
しかしこの武道館2Daysに関しては、全く逆の結果となっている。
それは、やはり「360度ぐるっとオレのファン」に囲まれた状態で行われたことが大きい。
普段のアリーナと全く違うステージセッティング、観客との距離感、20周年という記念すべき年での
伝説の地「武道館」でのライブに対する観客の期待・・・
それらの要因全てがこの初日のライブを別格のものにした。


まずはイントロ。通常氷室のライブは仰々しいSEとライティング、ステージの仕掛けという演出で、
ショー的に幕を開ける。
しかしこの武道館では、そうしたものは一切無い。サポートメンバーがステージに上がり、
それぞれの楽器をおもむろに鳴らし、スタンバイ。そして氷室の登場。
「ハロー武道館!!」
そう、氷室がライブハウス武道館に帰ってきたのだ。

1曲目NATIVE STRANGERからハイテンションで飛ばしまくる。そのエンジンはチャーリー・パクストン。
彼のドラムは派手でありながらグルーブに富む。このライブではまさしくドラムの鬼と化している。
DAITAのギターはまだいつもの通り固い。この曲のソロなど、オリジナルが完成されていて
崩すことができないものは、彼は正確無比に弾く。
しかし、まるで音符を並べたかのように弾くため、機械的で歌心が足りない。
しかしそんなことはこのライブの迫力、会場がまさに一体となった異様な雰囲気の
中では何の障害にもならない。
SWEET REVOLUTIONWild RomanceGirls Be GlamorousClaudiaと、
通常のツアーでは最終コーナーを回るあたりに位置づけられる曲たちが、
この20周年ツアーでは氷室とオーディエンスをフルスロットルでスタートダッシュさせる。
特にこの武道館では、得も知れぬエネルギーが会場に満ちていくのがわかる。
DAITAも徐々にメタルモンスターっぷりを発揮し始め、続くCRIME OF LOVEでは
アウトロで彼の得意とするアーミングを効果的に交えた早弾きを炸裂させる。

そしてバラードおよびミドルテンポのパート。
MISTYは、正直ほとんど思い入れのない曲で、さほど重要視していなかった。
しかしこのツアーで大島秀一は本職のキーボードのみならずサックスでフレーズを歌い上げる。
DAITAくん、ギターでこれができるようにならんといかんよ。
さいたまで聴いた時もいいなと思ったけど、何本ものライブをこなした後のこの武道館は最高。
チャーリーも若いのに懐の深いドラムを聞かせる。この音源の特徴として、
PIRATES MIXというだけあってライン録りそのままと言っていいほど生音が
リアルに聴こえるという利点があるのだが、この曲でチャーリーが多用しているスネアの
ゴーストノート(聴こえるか聴こえないかのギリギリで鳴らす音)
は、本当に味わい深い。「グルーブ」というものをわかっているプレイだ。

そしてBe Yourself。スタジオバージョンよりエモーショナルなグルーブと歌唱だが、
ギターが今ひとつ。
曲の持つ意味を理解したプレイ、感情表現ができていない。
DAITAの苦手とするプレイだ。
続くダイヤモンド・ダストも同様。
氷室の歌唱は素晴らしいが、ギターソロでペケペケと弾かれてちょっと萎える。
もっとビブラートを効かせて、グリッサンドを交えるなどして、息吹を与えて欲しかった。
「顔で弾く」という表現があるが、それが全くない。つまりは味がないのだ。

しかしそのDAITAも、続くパートでは面目躍如に成功する。
「懐かしいのいくぞ~」
という氷室のMCに続いて演奏されたのは、全く懐かしくもない3曲(爆)
STAYSQUALLHEAT
ここでDAITAは先ほどまで自分が酷評した人間とは思えないプレイを披露する。
それが「SQUALL」のソロ。出だしこそ音符を置きに行くような安全第一のプレイだが、
この曲独特のブルージーな横揺れのグルーブに乗った味のある、
流れるようなソロを聞かせる。
たしかにオリジナル音源と同じフレーズではあるが、DAITAは完全に自分のものにしている。
ストラトならでの透き通った、それでいて深みのあるサウンドも曲に合っている。
なんだDAITA、やればできるじゃん!正直すまんかった!

そしてHEAT。これは音源で残された氷室のライブの中で最も優れた歌唱であると断言できる。
この曲は、オリジナル音源でされているとおり、複数のボーカルが重ねられている。
どういうことかというと、ボーカル音源をオケと共に鳴らしつつ、それと同じラインを氷室自身が
歌って音に厚みを出しているのである。
以前よりこの曲に関しては「口パクではないか」と言われていたが、そういう人は
全く意図がわかっていない。
あくまでオリジナル音源のもつ分厚いボーカルを再現するための措置である。
そのボーカルラインを、この武道館ライブ初日の氷室は
一音たりとも一拍たりとも外さず完璧に歌っているのだ。

自分の声だから当たり前じゃないかという輩がいるだろうが、それなら一度やってみればいい。
録音した自分のボーカルラインを聴きながら、寸分たりとも違わぬタイミングで1曲歌いきることが
どれだけ大変なことか。
しかも氷室はライブで、ステージでオーディエンスに対峙しながら実現しているのである。
数あるライブ音源の中で、この氷室のボーカルは最も難易度が高く、完成度が高い。
2日目の音源と聴き比べてみればよくわかる。初日がいかに完璧なのかということが。

そしてついに本当に懐かしい曲たちになる。
初日は季節が君だけを変えるMarionette。2日目はB.BLUEFUNNY BOYというラインナップ。
自分が参戦したさいたまスーパーアリーナ2日目では、これら4曲全てが演奏されていた。
その時は冷静に音を聴くことができなかったのだが、今回のOFFICIAL PIRATE MIXでじっくり
聴くことができてしまった。
できてしまったと表現したのは、じっくり聴くとやはりBOφWYの持っていたグルーブとは全く異なる
のっぺりとした音だとはっきりわかってしまったからである。
あの渾然一体としたバンドサウンドは再現できないものなのだろう。
しかしもちろんクオリティはすこぶる高く、氷室はバンド時代よりも数段上手いボーカルである。

BOφWYへの郷愁を漂わせた後、それを断ち切るのがKeep The Faithである。
KAT-TUNに提供したことから賛否両論、むしろ否の声を浴びたこの曲であるが、
このツアーの中で確実に氷室のモノと化していた。
何より、イントロの氷室の咆哮。
「Right, Now・・・」
BOφWYの2ndアルバム収録の「LONDON GAME」のエンディングで聴かれるものと寸分違わない。
そう、氷室はあの頃と何にも変わっちゃいない。
年齢と経験に伴う円熟味を身につけてはいるが、もともとパンクの人間なんだ。

Say Somethingでは会場全体が文字通り一つになる。
ギターソロ後のブレイクでの「ハッ!!」の掛け声は、一つの巨大な音塊と化した。
もはやこのオリジナル音源がGのつくバンドの演奏だとかどうでもよい事実である。
今この瞬間の氷室と自分たちの重なる瞬間、ただそれだけでいい。

過熱したパンク野郎、氷室。WILD AT NIGHTで爆発する。
客を煽る煽る。ギターソロ前のブレイクでは
「武道館ベイべあじゃsdfghjkl;’・」
と訳わからんくなってるw
そして十八番となった「センキュセンキュセンキュ・・・」連射砲。
他のアーティストがやるとただのアホである。しかしパンク野郎氷室がやると決まってしまう。

「気持ちいいぜ武道館!ライブハウス武道館!!」 
さらにタマネギを炎上させる。
「パンクやるなら こういう具合にしゃさんせ!」  
平成生まれに元ネタはわからないぜ!!

そうしてついに始まったIMAGE DOWN
今までベースは弦楽器だと思っていたが、
このイントロのベースは、打楽器だ。
カウントと共に弾丸のごとく発射する重打撃音。
西山史晃がステージの定位置から客席向かって走り出す姿が見える。
本田毅がいつもより余計にくるくる廻る。
氷室が火をつけたタマネギ・ハウスが火の車と化す。
もう書いている自分も訳わからんくなっているw
実際、この音源を聴きながら運転していると、ボリュームを2つは確実に上げる。
低音を1つは確実に上げる。
スピードは時速5kmは確実に上がる(たった5kmかい!)
そして氷室の客を煽る声は、いつもより1音は確実に上ずっている。
明らかに常軌を逸したライブ
2008年9月1日は、こうして氷室とファンにとって特別な日となった。

アンコールは、一変して温かいムード。
「今日はホントに、気持ちいいよね~(´▽`)」
という氷室の何と気持ちよさそうな声だこと。
パンク野郎も、今や3児のパパ。
人生のステージを何度も上がってきた男のみ見せられる優しさ。

本田毅が絶賛したストロークで奏でる、魂を抱いてくれDEAR ALGERNON
そしてその本田をサイドに演奏しようとした際に、セッティングしていたスタッフにギターのシールドを
ちょっと引っ張られて動揺してしまった氷室。
アドリブで
「そこをそうやるんだよ・・・何ならオレがそっち行こうか?」

と笑わせる。スタッフをネタに
「おめぇのせいで笑われちゃったじゃんかよ」でさらにドッカーンww
そこでにっこり
「愛してます(o^-')b」
で、ドッカンドッカーン!!
今日で48歳になるおっさんに萌え~~!
「今日は雨降ってないけど、おまえらにも送ってやるよ」
ツンデレ!!
おちゃらけた後、何事もなかったように世界を変えるRAINY BLUE
惚れてまうやろ~~~!!!

大島秀一をフューチャーしたニューバージョンの「LOVER'S DAY 」。
CDで聴くのもいいが、これはライブで聴いた時の感動に勝るものはない。
追い討ちをかける「CLOUDY HEART (BOφWY Version)」および「わがままジュリエット」。
ただしこれもBOφWYのあの感じは出ていない。
ここでは主にチャーリーのドラムがそれを妨げている。

BOφWY、そして氷室の得意とする刹那さを感じさせながらもアップテンポなロック。
これを表現するには彼のドラムではできない。
日本人でなければできない。いや、正確に言うと
日本人の持つわび、さびの感情を理解する人間でなければ、
この曲の本当の意味を伝えることはできない。

余談だが、氷室のソロ作「Stranger」も同様である。
One Night Standのライブバージョンが、テクニック的にも音楽的にも最高だと言う人が多いだろうが、
自分は違う。ファーストアルバム収録バージョンが最もこの曲の真意を伝えている。
そのドラムを叩いているのが日本一のセッションドラマーとして知られる村上ポンタ秀一
彼は常に歌詞を最初にもらってからレコーディングに望むという。
氷室がソロになって初めてのアルバム。この曲に込めたメッセージ。
まだまだ技術的にも完璧ではない当時の氷室のボーカル。
しかしあの頃の氷室が伝えたかったことを一番伝えているのが、村上ポンタ秀一のドラムである。
ハイハットの一音一音、スネアの一音一音が、氷室の伝えたい「痛み」を伝えてくる。

話を戻そう。
最後はもう、お祭。
CLOUDY HEARTの後、またあったまるのは難しいが、その難役を仰せつかった
VIRGIN BEAT」。チャーリーのドラムが鬼だ。
定番中の定番、誰もが飽きたと思いつつ演奏されると嬉しい「LOVE&GAME」。
何度聴いても熱く、温かくなる「JEALOUSYを眠らせて」、「SUMMER GAME」。
そして、「ANGEL」。
2008Versionと言われた、オリジナルバージョンとANGEL2003の歌詞の混合バージョン。
誰もがそこに、ANGELの存在を感じていた。
そして、音源を耳にした私たちの心にも。
氷室の放ったPIRATESは、皆の耳を、心を奪うのに成功した。

これからもパンクで萌え~なおっさんでいてください。氷室京介様。

2008.10.7 タイマイ





p.s.最後に、おまけ。
    今回のツアーで演奏されなかった曲です。

08-07-21 Easy Love.mp3
ダウンロード用リンク

    さいたまスーパーアリーナ帰りに新宿某所でレコーディングしてまいりました。
    タイで車運転しながら練習してました。基本、アホです。
    

アメばた会議というサービスがアメブロで始まっているのをご存知でしょうか?
例によってアメブロのことなのですぐ開店休業状態になってしまう可能性もあるサービスですが
掲示板感覚で語れるもので、場合によっては話が盛り上がって面白い時もありそうです。

というわけで、LOFT of HIMUROの番外編としてとりあえずやってみようかなと思い立ち、
スレッドを立ち上げました。

http://amebabbs.ameba.jp/thread/tfMO383TbthyXW1V3e8gJG/

みなさまどうぞご参加ください。m(_ _ )m

Missing Piece
Missing Piece(1996)

96年、氷室は独自レーベルの『Beatnix』を立ち上げ、BOφWY時代から所属した東芝EMIから
ポニーキャニオン ポリドールに移籍した。この移籍はBOφWY時代から氷室が世話になってきた子安次郎氏を
追ってのものである。後に氷室が東芝EMIに戻った際にも、子安氏の力添えがあったという。

上記、訂正。当時のインタビューで下記のような発言がある。その中で触れられている東芝EMI時代に
お世話になった人を、私は子安次郎氏と思っていたが、どうやらそれも間違いのようである。
詳しい情報をお持ちの方はご一報いただければ幸いです。


-新しいレコード会社へ移籍したのは、氷室さん自身も何か新しい刺激を求めていたという部分はありますか?

「そうですね、きっかけは東芝EMI時代にすっごくお世話になった 人がポリドールに移ったんです。その人はこのままいけば当然エグゼクティブなのに、それをあえて捨てて新しい何かを求めた。それが単純にカッコいいなと 思っちゃったんですよ。男心をくすぐられたというか。そこで、社会的な自分の立場とか損得とかを計算できる人はきっと賢い人なんでしょうけど、そういうも のを越えちゃう隙間が俺にはよくあるんです。あのまま東芝EMIにいれば俺も安泰だったと思うんです。氷室京介っていう型にハマった、他人が納得するもの を作ることは大変な作業ではなかったでしょうからね。ただ、それとは違うことをやってみたい自分がいるんでしょうね。”まだまだこんなもんじゃねえぜ”っ ていう。俺自身が自分に対する可能性に期待したいんでしょうね」


このアルバムでも前作同様、アレンジを迷って同じ曲をバージョン違いで収録したり、シングル曲を
多く含んでいたりと、氷室の煮詰まり感が伝わってくる。実際、ボーカル録りではスタジオの天井が
ぐるぐる回るように感じるなど、自律神経失調症に見舞われるほど氷室は苦しんでいた。

しかし多彩な楽曲の挑戦が実を結ばなかった前作に比べ、まだ完成度が高い分救われている。
またこのアルバムに収録された楽曲のPV撮影で「プロパガンダ」というLAの映像制作グループを
起用した点も見逃せない。当時氷室はアメリカのエンターテイメント業界の歴史の深さと
プロフェッショナリズムに感銘し、高く評価している。この時の体験が氷室に渡米を決意させる
最後の一押しとなった。

シングルとして先に発表された楽曲が多いため、アルバムとしての印象は弱いが、後の氷室を
考える上で外せない1枚と言える。この作品で氷室はかつてのBOφWY色をほとんど排除しており、
シンプルな8ビートの楽曲はほとんど無い。バラードが多く大人びた印象を与える。
氷室流AORといったところか。これは必ずしも今までのファンに受け入れられたとは言えない。

自分も曲の良さと歌唱力の高さは認めるものの、この方向性で氷室が進んでいたとしたら、
今はもうファンではないかもしれない。研ぎ澄まされた野性味が影を潜めているからである。
シンガーとして高い評価は得ていても、もはやロック・ミュージシャンとしての枠ではなく
徳永英明やロッド・スチュワートのような卓越したポピュラーシンガーに収まっていたかもしれない。

多くのファンにとっても同様だったのか、このアルバム以降氷室のセールスはがくっと落ちる。
この時期がシングルを出せば必ずチャートの上位に食い込む最後の時期であった。
年表的には渡米と同時に日本のマーケットへの影響力が弱まったと思われがちだが、
この時点で氷室自身の音楽的な欲求がセールスという数字から開放されていた。

氷室の方向性がまだ定まらないながらも、完成度の高いサウンドで楽曲に説得力を
持たせている点を評価したい。また、氷室京介を全く知らない人には、氷室の歌唱力の
レベルの高さをアピールできる内容である。

なお、このアルバムを受けてのツアーは行われなかった。
当時大学生だった自分は氷室のライブにまだ行ったことが無く、あれば絶対に行こうと思っていた。
残念だったが、またチャンスがあるだろうと思っていた。
しかし氷室がツアーに復帰するまでにはこの後まだ2年、前回ツアーから何と4年もの年月が
必要であった。氷室が自身のアイデンティティを取り戻すまでにそれだけの時間がかかったのである。
その谷間に位置づけられるこのアルバム。彼のキャリアにはいろいろな意味で重要である。

師匠のおすすめ度 ★★★

1 .STAY
 氷室らしい8ビートのアップテンポの楽曲。Aメロで低い音程から入りBメロで少し上がり、
キャッチーかつ高音程のサビにつなげるという、氷室お得意のパターンを踏襲している。
制作された順番から言えば先行シングル第1弾になってもおかしくなかったが、新レーベルを設立し、
レコード会社を移籍したその1発目には新たな氷室京介像を出したかったということから、
2枚目としてリリースされた。
 初めてライブで披露されたのはツアーBeat Haze Odysseyにて。Case of Himuroで
再演された際に、キーボードの斎藤雄太がイントロにカッコいいアレンジを加えた。以来それが
定着している。

2. PLEASURE SKIN
 1.のシングルのカップリング曲。タワー・オブ・パワー風のホーンセクションを大胆にフューチャーした
個性的な楽曲。氷室の楽曲では異色な作品であり、全くライブ向きではない。
CASE of HIMUROで唯一ライブ演奏されたが、イントロでいたずらっぽくニヤッと笑う氷室が
印象的だった。まるで「この曲やるなんて思わなかっただろ?ついて来れるかい?」と言わんばかり。
実際オーディエンスは全くついていけなかった。サビでマイクを向けられたものの、歌えた人が
どれだけいただろうか。自分はもちろん歌えたw
 氷室の音楽的な引き出しの多さをうかがえる曲である。

3. MISSING PIECE
 タイトル曲。シングル「STAY」のカップリング曲。これも氷室としては異色の作品。
ミディアムテンポの都会的なサウンド。まさにAORというのがぴったり来る。
同名の絵本を題材にした歌。その絵本では丸いボールが欠けた自分のかけらを探す旅に出る。
いろいろな形のかけらを見つけ、欠けた部分に当てはめていくがなかなかぴったりしたものに
出会えないボール。だが最後にぴったりとしたかけらを見つけることが出来た。
しかしボールはせっかく見つけたかけらを放り出し、再び旅に出る。
こういうストーリーは、何だか氷室にぴったりな気がする。
彼のソロ活動は、失われたビートを探す旅でもあった。
BOφWYで独自のビート感を確立し、日本の音楽シーンに風穴を開けた後、それに代わるものを
求め続けてきた氷室。8年間というBOφWYの活動と同じ年月をかけたここに至っても、いまだに
それを見つけることができなかった。
氷室は次のアルバムでその欠けた部分にハマるものを見つけるのだが、それさえ捨てて歩んでいく。
その歩みはポジティブなものであるが、この曲が発表された時点ではそうだったのだろうか。
この曲が表すもの。それは渡米前のこの時期に氷室の抱いていた焦燥感、閉塞感ではないか。
それを証拠に、この時期にはアルバムに関する氷室自身のコメントは全く残されていない。
自らの音楽性に自信を持つことが出来ない。収めたはずの成功さえ自分を縛る。
このままでは本当に探しているものを見つけられない。見つからない。
まして元のかけらを取り戻すことはできない。
 氷室のボーカルは何だか沈んだ声で、曲調も決して明るくは無い。この曲をタイトルにしたのは
自虐的な思いからだったのか。いずれにせよ、この時期の氷室を象徴する曲ではある。
未だにライブで演奏されたことはない。これからも、されないだろう。


4. 魂を抱いてくれ
 レーベル立ち上げ、レコード会社移籍第一弾シングル。作詞は松本隆。
元はっぴいえんど、日本のポップスシーンに重要な楽曲をたくさん生み出した作詞家である。
氷室が松本に依頼したのは初めてのこと。それまでは自身の作詞およびBOφWY時代から
組んでいる松井五郎を起用してのものばかりだった。このシングルリリースにおいては、
氷室自身今までの自分のイメージを打ち破るような楽曲を考えていた。だからあえてビート系を
避けてバラード、そして松本の起用という選択になったのだ。
松本の歌詞は、氷室が依頼した楽曲イメージをこれ以上ない形で表現した素晴らしいもの。
氷室は「魂」や「錆びついた」などの歌詞を入れた楽曲は自分の思いを込めたものだと語っている。
その通り、タイトルに「魂」がついたこの曲には氷室の思いが溢れんばかりに込められている。
「ANGEL」と共通するのは「裸のまま」「むき出しの」という表現。
言うまでも無く、氷室の心情を表している。ソロデビュー以来、自身のキャリアを確実に
築き上げてきた氷室。「かっこなどつけてない」と、カッコつけたバンドだったと後に述べる
BOφWY時代と違う自分をソロになってからずっと表現し続けてきた。
そしてそれはこれからも続くことを表している。
 しかしながらLAで「プロパガンダ」を起用してPVを製作したのだが、砂漠で厚着してカッコつけている
氷室の姿はちょっと痛いw しかし彼らとの仕事が渡米を決意させ、活動の幅を広げたのでたので
結果オーライ!


5. WALTZ
 アルバムからのシングルカット。当時はマキシシングルというものが出るか出ないかという
境目の時期で、いわゆる12cmCDシングルとして発売された。
今の若い人はご存じないだろうが、以前はシングルCDといえば8cmの媒体で、初期は
プラスチック製の12cmの型にはめて通常のCDサイズにしてからコンポやラジカセに入れていた。
シングルの発売は97年の1月であり、カレンダーがついた豪華なものであった。
この年から連続するダイドーブレンドコーヒーとのタイアップの第一弾である。
曲はバラードであるが、氷室には珍しい、というか唯一の、タイトル通り3拍子のリズムである。
氷室はこの曲を作るに当たり、ドラムを担当した湊雅史のグルーブがあってこそだと発言している。
その通り、この曲のキモはドラムである。跳ねるでもなく、スイングするわけでもない独特なリズムが
曲の世界を作り上げている。
久しぶりに氷室が作詞を手がけている。何でも、メロディと一緒に歌詞が響いてきたという。
たしかに曲を作る際に、インスピレーションを得てそういう経験をすることはある。
氷室の場合は、かなり作りこむタイプなのでこういうケースは珍しい。
この曲もPVをアメリカで製作したが、こちらは曲の静かなイメージを見事に表現したものであった。

6 .IF YOU STILL SHAME ME
 WALTZのカップリングとして収録された曲。これもバラードで、美しいメロディが特徴的。
ボーカルも完璧な音程で、実に巧い。しかし、しかしである。
これが氷室の目指すものだとはとても思えなかった。あまりにも完成しすぎている。
野性味あふれる氷室をもう見られないのかと、当時は思ってしまった。
それが誤りであることは、次のアルバムで証明された。

7. SQUALL
 ドラマ「グッドラック」の主題歌、と言っても誰も知らないだろう。オレも知らないw
しかしこの曲はネット上で非常に有名である。なぜなら過去にも「Virgin Beat」のPVをパロった
ナインティナインの岡村が、再びこの曲をパロったからである。
その映像がネット上で広まっている。かつてはwi○○yなんかで検索するとすぐひっかかったものだ。
 このPVもアメリカで撮影されたが、正直言ってセンスは微妙である。
フライングVのギターを持って直立した氷室の弾き語りシーンや、ガイジンのねーちゃんをしたがえて
レッドカーペットを闊歩する姿や、近未来風の椅子に腰掛けていたかと思うと急に立ち上がり
歌いだす姿、狭い部屋の角の部分で踊り狂い、千手観音のように腕が残像を描くシーンなど、
筆舌に耐え難いシーンばかりである。
しかし氷室がこれをやるとなぜか決まってしまう。それを身を持って証明したのが岡村である。
彼のおかげで、「カッコ悪いことをしてもカッコよくなる」氷室の偉大さを改めて認識できた。
 曲は、ある評論家をしてうならしめるほど、面白いリズムである。ヒットシングルでこうした
実験的なリズムの曲は珍しい。シャッフル気味の軽快かつタイトなリズム。余計な音を廃し
隙間の多い音空間。その中を切り裂くような氷室のボーカル。ギターは佐橋幸弘だろうが、
非常に“イナタイ”。後のアルバム『Mellow』を先取りしたようなサウンドだ。


9&10. NAKED KING ON THE BLIND HORSE

 アルバムの最後はこの曲のバージョン違い。ロックバージョンとダンサブルなディスコ調?バージョン。
断然ロックバージョンがいい。トヨタ「RAV」のCMソングとしても起用された。
ライブで演奏されたことはないが、かなりステージ映えする曲だと思う。
ギターのストレートなリフとハードロック的なビートが最高。
一方のディスコ調バージョン、面白いとは思うが、単なるボーナストラックとして考えたほうが良いだろう。
要するにこのアルバムは新曲というものはほとんどない。この曲が数少ない新曲であるが、こうして
バージョン違いを収録しないとアルバムとして体裁をなさないほど曲数が少ない。
これはつまり、氷室が壁にぶちあたっていたことを意味する。新たな方向性を探れば探るほど
ドツボにはまり抜け出せない。それが自律神経をも蝕む。
自分も同じような経験があるが、思い切って環境を変えるのが一番である。
それまでの人間関係、職場、生活空間、すべてが自分を苦しめるのである。
傍目には幸せに見えても、本人は地獄の苦しみにもがいていることだってある。
その通り、氷室はすべてを変えるためにLAに拠点を移した。それからが本当の氷室京介としての
スタートであったことは、その時点では本人はもちろん、誰も知るものはいなかった。

<追記>
8.MIDNIGHT EVE
 すっかりこの曲の存在を忘れていた!「魂を抱いてくれ」のカップリング曲。
発表当時、関西セルラーのCMソングにもなっていた。最初テレビから聴こえてくる歌声に
「氷室?」と反応したものの、あまりの曲のインパクトのなさに拍子抜けした。
いいメロディではあるが、エッジが全く効いていない。アレンジもまさにAORで、氷室らしさの
かけらもない。ライブでも演奏されていないが、ファンから特に要望もない。
きっと一生、氷室はステージで披露することはないであろう。

追記: 2010-11のツアー初日、市原公演でMIDNIGHT EVEは取り上げられていたようです。
     情報提供ありがとうございました。

Shake The Fake
『SHAKE THE FAKE』(1995)


 前作の大成功を受け、嫌が応にも期待の高まった今作。
レコーディングにも1年半という長期間をかけ制作された。
 氷室の当時のインタビューを紐解くと、「様々なパターンの曲を書いて、自分の曲作りの力を
アピールしたかった
」とある。その言葉通り、確かにこのアルバムはバラエティに富んだ楽曲を収録
している。しかしながらアレンジャーを3人も起用するなど、アルバムとしての統一感に欠ける。


 アレンジャーの中でも、以前紹介したホッピー神山は、氷室曰く「嫌なことでもさらりを言ってくれる
ので助かった
」というように、アレンジ面だけでなくレコーディング全般にも大きく力添えをした。
それは技術的な面だけではなく精神的な面も大きいと思われる。上記の発言を裏返せば、
「嫌なことを気を遣って言わない人が多い」ということではないか。
 後に氷室がLAに渡った際に日本ではいわゆる「スター様」になってしまってかえって居心地が
悪かったという発言をしているが、レコーディングなどの音楽活動においてもそれはあったのだ。

 氷室自身は前作での成功をプレッシャーに感じていたに違いない。そして彼の性格ならば
それを超えようと、今までの殻を破ろうとしたに違いない。彼が今までそうしてきたように。
そして冒頭の様々なパターンの曲作りへと彼を向かわせたのだ。

 

 しかしそれは確固たる方向性、ある1つの到達点に達した氷室が新たな地平線を求めていながら
自分自身それがどこにあるのかわからない。孤独な戦いでもあった。
その方向性が定まらぬままもがいている様がこのアルバムには見て取れる。
自分自身でジャッジメントを下すソロ・アーティストとしての本当の苦しみが彼を追い詰めていった。
そして成功が生んだ「スター」「成功者」という自分の位置づけ。その枠にはめ込まれることとの
戦いも、彼を追い詰めていったのだ。

 したがってこのアルバムは統一感の無い、異なるタイプの楽曲の寄せ集めという特徴となっている。
個々の楽曲に確かに面白いものはあるが、全体としての印象がはなはだ薄いアルバムなのだ。
元ネタがはっきりしている楽曲もあり、それは氷室自身に今まで見られなかった「洋楽に対する
コンプレックス」を強く反映したものでもあった。
非常に評価しづらいアルバムだが、厳しく採点しよう。


師匠のおすすめ度 ★★


1. VIRGIN BEAT
シングルが先行発売された。そのビジュアルイメージは鮮烈であった。
ベイエリア工業地帯と思われる所にクレーンがあり、その先端部分に氷室が独りで立っているのだ。
少しでも足を滑らせたら真っ逆さまに海に落ちてしまう。当時自分は氷室がスタント無しでやったと
思っていたのだが、よくよく映像を見ると別人だとわかって萎えた。
 この氷室のイメージはアルバムジャケットにも取り入れられ、ギリギリな状態にある自分と
重ね合わせたのか、氷室もたいそう気に入っているとのこと。ビジュアル的には非常にインパクトが
強く、各方面に影響を与えた。中でもお笑いのナインティナインの岡村はパロディで氷室を
演じ、大きな笑いを取った。後日氷室本人が「スタッフ一同笑わせてもらいました」とのメッセージ
を送ったほどである。このビジュアルはCMサイズで作られたのみで、フルレングスのものは無い。
DVD「CAPTURED CLIPS 1988-2006」にて初収録され、当時を知るファンを喜ばせた。

 曲自体は氷室の得意とするポップセンスあふれるロック。ドラムにはSP≒EEDから永井利光を起用。
強靭な8ビートを奏でている。後に氷室は海外の有名ドラマーを起用してレコーディングをするのだが
「日本人の方が8ビートが上手い」という趣旨の発言をしている。恐らくそれは長年ステージで親しんだ
永井らのビートが体に馴染んでいるからだと思われる。
 1995年のSHAKE THE FAKEツアーでリストに入った後、しばらく間を空けて2003年の
CASE of HIMUROでオープニングに使われた。イントロのキメに合わせて氷室が人差し指を
天に突き立てた瞬間、客は燃えた。俺は萌えた。同年の「Higher Than Heaven」でも
歌詞の「Higher and Higher」に合わせてオープニングに選ばれた。

2. BREATHLESS
 前曲同様、イントロのキメが印象的。低音のAメロから日本的なメロディのBメロに入り、サビで
氷室節が炸裂する、王道な作り。しかしなぜか一度もライブで披露されていない。以前カラオケで
歌ったことがあるのだが(いわゆる3rd STAGE)、そこでその理由がはっきりした。超難しいのだ。
これほど一つの曲の中でメロディの起伏が激しい曲は他には無い。
自分の想像だが、全曲もこの曲もアレンジャーは同一人物ではないか。そしてそれはホッピー神山
の可能性が高い。ちょっとプログレッシブなニュアンスがそう思わせるのだ。

3. SHAKE THE FAKE
 問題の曲。以前記事にも書いたが、元ハノイ・ロックスのマイケル・モンロー作「Dead Jail Rock'n'Roll」に
瓜二つなのだ。しかも仮タイトルは「スティーヴ・スティーヴンスがいなけりゃただの人」。
当時スティーヴとマイケルはJerusalem Slimというバンドを組んでレコーディングまでしていながら、
スティーヴが元モトリー・クルーのヴィンス・ニールのもとへと去ってしまったためアルバムそのものも
日本発売されたのみでお蔵入りするという事件があった。それを揶揄してのパクリなのであろうか。
 この曲に対する氷室の気合の入れ方は尋常ではない。ベースに松井常松を起用。歌入れの
前に走りこみするなど。パクリを悟られないためか、はたまたパクリと言わせないだけのクオリティを
曲に与えたかったのか。
 でもそんなのカンケーネー!と言わんばかりに、ファンの間ではライブの定番曲として人気を博した。

4. LOST IN THE DARKNESS
 オーケストラ風のキーボードが仰々しい。このアルバムではこうしたキーボードサウンドが特徴的
で、中には行き過ぎたアレンジのものもあるが、この曲はまだかろうじて許せる。
それはメロディが強いからである。低音から始まりサビでピークに持っていくのは氷室のお得意の
パターンだが、この曲では高いレベルで成功させている。氷室もこの出来に満足したのか、
ツアーではオープニング曲にしていた。しかしそれはそれまでの氷室では考えられなかった。
一発目はガツンとハイテンポの8ビートから入るのが十八番だったからである。
新たな音楽性を探ろう、何か違うことをやろうとしていたのがそこからも明らかである。
 ギターソロ直前のプログレ的なストリングスのメロディから、ホッピー神山のアレンジではないか。
やはり彼の貢献度は高い。

5. HYSTERIA
 モロ、ホッピーの世界。イントロからトランペットのアバンギャルドな音が炸裂。
純日本風のメロディの楽曲を異世界に連れて行く。ダンサブルなリズムも心地いい。
前曲同様、プログレッシブな要素もたっぷり。氷室の楽曲では異色のものだ。
アルバムを受けてのツアーでも演奏されたが、ホッピーがバンドメンバーに参加した2000年の
Beat Haze Odysseyツアーでも一部の会場で演奏された。

6. FOREVER RAIN
 これはオーケストラ風のアレンジの行き過ぎの例。いくらなんでもやり過ぎ。ファンは氷室の
ロックが聴きたいのであって、クラシックを聴きたいのではない。そう言いたくなるほどモロ、である。
氷室が本当にやりたい音楽はここには無い。これを聴くと、完全に煮詰まって曲の仕上げを
アレンジャーに丸投げしてしまったのだと思わされる。

7. DON'T SAY GOODBYE
 シングル「Virgin Beat」カップリングのバラード。「KISS ME」と「You're The Right」の関係と同じ。
 アルバムではリミックスを施しているのも同じ。シングルバージョンの方がいいのも同じw
 音がどうも硬質になっていて、素直にポップさを出しきれていないのだ。それが狙いなのだろうが、
 メロディがいいのだからポップに走っても問題ないはず。歌詞も氷室お得意の痛みを感じさせる
 内容だが、どうも狙いすぎててあざとい印象が強い。名作の域には達していない佳作。 

8. DOWN TOWN ARMY
 氷室が得意なはずのシャッフルビートの曲だが、アレンジとビートが弱すぎて絞まらない出来。
 ボーカルも中途半端な印象で、オケに乗り切れていない。これ以上は語るまい。

9. LONESOME DUMMY
 女性コーラスを大胆にフューチャーし、氷室ならではの色気を感じさせる秀曲。
 ただ氷室のボーカルには迷いが感じられる。ライブバージョンの方が思い切りがあって良い。
 ある種の実験的な曲だが、こういうリッチなアメリカン・ロックテイストも氷室には合っている。
 今後へと繋がる曲。

10. BLOW
 これは痛い。ボブ・ディランの物真似。歌詞にまで「Like A Rolling Stone」とある。
あいたたた。氷室の汚点の1つだ。3曲目のタイトルチューン「SHAKE THE FAKE」では気合で
パクリから自分の曲へと力技で持っていったが、この曲はそれさえできていない。
ぱっと聴きには長渕剛風でもあり、氷室ならではの魅力のかけらも無い。
自分はファンだがこの曲だけはお蔵入りさせたい。

11. TRUE BELIEVER
 最後に救われる美しいメロディ。氷室のボーカルも澄んだ空を思わせる輝きを放つ。
CROSSOVER05-06で初めてライブ演奏され、楽曲の良さを改めて認識させられた。
前曲さえなければもっと映えた曲なのに、もったいない。たいていはこの曲に至るまでに
ストップボタンを押してしまうだろう。

結論を言うと、このアルバムには捨て曲が多い。そしてサウンドにエッジが足りない。
6,7,10を削ってキーボードの音量を10%下げてボーカルを録り直せばもっといいアルバムになる。
暴言かもしれないが、それほど出来は良くない。今回改めてアルバムを通して聴いてそう思った。
氷室が国内での活動に限界を迎えていたのは明らかである。


厳しすぎかな?
後半を追加しました。だんだん文章が壊れてきました。
化けの皮が剥がれてきた、とも言います。

Memories of Blue
『Memories of Blue』(1993)

 氷室のオリジナルアルバム4作目にして現在までのキャリア中で最もセールスを挙げた作品。
BOφWYの『PSYCHOPATH』の持つ100万枚という記録を抜く130万枚という驚異的な数字
である。しかしながらこの数字の持つ意味はさほど大きくないと自分は思う。
なぜならBOφWYの挙げた数字は、日本でほとんど初めてロックバンドが大衆にまで影響を及ぼした
という記録的なものであり、単なるソロ歌手が挙げた数字とは全く意味が異なるからである。
 しかもBOφWYの場合、ライブハウスで叩き上げ演奏力とパフォーマンスを磨き上げ、
イベントライブ参加等によって口コミ式に人気が広がるという、常識を覆す形で得た成功だった。
この成功により真の意味で日本という土壌にロックが根づき、その後の音楽シーンの活性化と成熟に
道を開いたのである。数字以上に、このことが持つ意味は大きい。

 そしてこのアルバム発表時の1993年、CDセールスが軒並み桁違いの数字となった時代である。
氷室のみならず、ミリオンセールスを記録するアーティストが数多くいた。携帯電話はまださほど普及
しておらず、若者の消費の対象はCD、カラオケ、ゲームなどに傾いていた。
小室哲哉などの有名音楽プロデューサーが数多くの歌手を輩出、ミリオンセラーを連発していた時代。
音楽的なバブルの時代であったのだ。
 氷室はその中で一つの勝負をかけた。それがこのアルバムならびにシングル「KISS ME」であった。
キャッチーなメロディの秀作であるこのシングル曲を売り込むために、徹底的なビジュアル
戦略がとられた。ジャケットは大型バイクにまたがった氷室を写し、斬新なデザインであった。
氷室のパフォーマンスの魅力を存分に見せ付けた、力の入ったPVが作られ、
カラオケボックスでも流された。本人がカラオケのビデオに出るのは当時は珍しかった。

 アルバム発表時にはジャケットの印刷されたポスターが渋谷センター街を埋め尽くし、大型の看板が
各地に飾られた。 こうした「渋谷ジャック」と呼ばれる手法は今では珍しくは無いが、当時は人々の
度肝を抜いたという。実はBOφWYもシングル「B BLUE」のプロモーションで、曲名の書いたキャップを
かぶった人たちを都内各所で歩かせるというユニークな手法を用いたことがある。
BOφWYのスタッフが解散後多く氷室についていったというが、もしかすると同じスタッフ陣のアイデア
なのかもしれない。氷室のこの成功も、BOφWYが作った土壌が無ければ実現しなかった。

そういう意味では、真の意味で氷室がBOφWYを超えることは無いとも言える。
何故ならBOφWYは彼の歴史の一部であるから。過去を消すことは誰にもできない。
人はそれを受け入れるか、受け入れないかだけだ。

 「KISS ME」以外にも「Good Luck My Love」ではTBSが「社運をかけた」番組とのタイアップが
行われた。これは非常に趣向を凝らしたもので、夜7時からの枠で月曜日から金曜日まで
クイズやバラエティなどのいろいろな形態の番組が放送され、それら全ての番組のエンディングテーマに
この曲のPVが使われた。月曜日には誰だかわからないシルエットで、金曜日にかけてだんだんと
はっきり氷室だとわかるようになるという仕掛けであった。このPV、長らく公式に発表されなかったのだが
2006年にDVD「CAPTURED CLIPS 1988~2006」に収録され、当時ワクワクしながらPVを見た
私のような人たちはほくそ笑んだ。
このような仕掛けは大当たり。上記に挙げたような大セールスをあげ、「氷室京介」は一般大衆に
浸透した。

 自分は数字の持つ意味はさほど大きくないと思っているが、氷室個人にとっては重要な意味があった。
BOφWYの持つ記録に追いつき追い抜くこと。元BOφWYという肩書きを一刻も早く外すこと。
その思いこそが氷室の音楽活動へのモティベーションを掻き立てたのだ。そしてそれを成し遂げた。
本人にとってこの成功は喜ばしきものであるが、同時にこれからの彼の活動にとっては足かせにさえ
なりかねないものであった。
今でも氷室って知ってる?と聞けば「ああ、KISS MEの人」みたいな返事が返ってくることもある。
この新たに作られたパブリック・イメージに、氷室自身が縛られてしまったのも皮肉である。

 そしてこのアルバム完成時の彼のコメント。「もうこれ以上のアルバムは作れないかもしれない」という。
実際に手をかけられたこのアルバムだが、むしろ氷室が音楽的にこれ以上向上できないかもしれないと
少しでも思ったこと、これが一番の大きな問題であった。
 
 現在の耳で聴くと、このアルバムは自分には隙だらけに聴こえる。
楽曲の中には優れたものもあるが、中途半端なものもある、玉石混交と言える。
サウンド面では氷室のボーカルも今ひとつだし、アレンジも時代に添ってはいるものの少しあざとく
感じられ、時の試練に耐え切れるものではない。
中古CDコーナーにも必ずと言っていいほどこのアルバムはある。
その事実がこのアルバムの特色を大いに物語っている。
残念ながら「流行り物」の一つとしてとらえられてしまった氷室のアルバムである。
氷室のこのアルバムに賭ける意気込みも、音の面では残念ながら空回りしている。
このアルバムに対しては、自分の評価はカラい。
一般の評価が高すぎることへのアンチテーゼと思って欲しい。

師匠のおすすめ度 ★★★

1. KISS ME
 アルバム・バージョンとシングル・バージョンが違うのは前回のアルバムも同様で、シングル・バージョン
の方が出来がいいのも同じである。この曲のシングル・バージョンのイントロではキーボードがいい音を
出しているのだが、アルバムではギターのカッティングだけである。よりロックっぽくしたかったのだろうが、
ポップな曲調なのだから徹底した方がいい。
 ただこの曲を続くツアー「L' EGOISTE」の1曲目に持ってきたことは評価できる。普通ならば
ブレイクした曲を本編最後かアンコールまで取っておくものだが、シングルを「名刺代わり」と言い切る
氷室にとってこの曲は「つかみはオッケー」に過ぎなかった。氷室の本当に伝えたいロックはここにはない。
 しかしカラオケでは未だにこの曲を歌って氷室の真似をするとウケるので、外せない曲ではある。
音楽的には正直いい評価はできない。売れすぎた。
 サウンドでは、ドラムがかっこいい。かつてレベッカに在籍し、COMPLEXのファーストツアーのサポート
を務めたことのある池畑潤二のプレイだが、単純な8ビートではなくアクセントを上手くつけている。
おかずがまた絶品。まさしく「Play The Song」している。アルバムの大半は彼のドラムである。

2. You're The Right
 全曲シングルのカップリング曲。これもシングル・バージョンが格段に良い。ポップなサウンドもそうだが
何より「痛みを許す気持ちが 欲しい」の「ふぉぅしい・・・」の「ふぉぅ」の声のかすれ具合である。
アルバムバージョンではボーカルが別テイク。ただの「ほぉ~ぅしい」になっている。
これでは胸がかきむしられない。萌えない。抜けない(いや、抜いたことは無いw)。
リズムパターンも、アルバムバージョンではパーカッションが追加されている。
オフビートを強調しているのだが、これがあんまり良くないのだ。無い方がリズムに「間」があって
味がある。何しろ余計なことしないでよい。このバージョンを収録したのは誰だ!けしからん!!
あ、氷室か・・・。

3. RAINY BLUE
 メロディが美しいバラード。氷室のボーカルは力強く歌い上げる。ただアレンジが今ひとつ。
しゃくりあげるようなストリングスの音が耳につく。未確認情報ではあるが、氷室本人も後に
振り返ってこのアレンジを気に入っていないと語っているという。こうした欠点はあるものの、
やはり歌声の持つ力というのは高い水準にあり、説得力を持って響いてくる。
相当歌いこんだんだろうなというのが音に表れている。
歌詞は痛みを持ちつつ優しさをたたえたもの。
「重ねた罪許される 悲しみも許せる 優しさが欲しい もう一度」
この曲はぜひライブでアレンジを変えて歌ってもらいたいものである。

4. Memories of Blue
 これも切ない歌詞が魅力の曲。氷室曰く「収録曲の中で最も気に入った曲をアルバムタイトルに
した」そうだ。この曲はアルバムを象徴している。それは前曲にも歌われた痛みと優しさが存分に
表現されているからである。
「なぜただ若すぎただけで 二人泣きたくなったのだろう」
「夢だけに生きていた いつも現実から目を背けて」
BOφWYの名曲「Cloudy Heart」に通じる、切ない世界である。
氷室にとって「Blue」というのは特別な意味を持っている。それは黒人のブルースとは違う、
日本人特有の「わび・さび」に通じる感情である。日本の水墨画の世界との類似点を
指摘されるマイルス・デイビスのアルバム「Kind of Blue」の「Blue」が近いのかもしれない。
氷室の表現したい「Blue」の一端が垣間見える。
サックスの本田俊之のソロが切ない。CASE of HIMURO以降ライブのリストに入ることが多くなったが、
2006年のIn The Moodツアーではキーボードの大島俊一がサックスも披露。目玉の一つとなった。

5. Good Luck My Love
 アルバムから先行シングルカットされた曲。これもしつこいようだが痛みと優しさをたたえている。
この曲は自分の心の傷にズキズキっと染み入る曲だ。こんな内容だ。
好きな人とどうしようもない距離が出来てしまい、戻ることはできない。
そんな人に対してクールに忘れることができず、消せない想いを抱えている。
自分にできることは幸せを祈ることだけ・・・ああ、切ない。切ないッスねぇ兄貴!
 しかしながらこれもアルバムバージョンには文句がある。どうしてリズムパターンをいじったのだ?
余計なハイハットのパターンを入れたことでグルーブが変わってしまっているじゃないか。
シングルバージョンの方がやはりリズムの「間」があって、わび・さびを感じさせるではないか。
いったい誰がこのバージョンを(以下自主規制)
 ボーカルは技術的にも素晴らしい。聴いただけでは耳あたりの良いメロディなのだが、
実際に歌ってみるとその難しさが身に沁みてわかる。相当上手くないと歌えないノートだ。
音符の飛び方、拍の取り方・・・どれひとつとっても氷室ならではのものである。

6. SON OF A BITCH
後半は打って変わってロックンロール大会となる。
ドラムは元DEAD ENDの湊雅史が担当。イキのいい8ビートを奏でている。
しかしいかんせん曲がイマイチ。オリジナリティが感じられない。どっかで聴いたようなリフとメロディ。
サウンドも前作の友森が主にレスポールで太い音を基調にしていたのだが、それよりも細い音。
最近松たか子との結婚が秒読みと目されているギタリスト佐橋佳幸によるプレイである。
テクニックもフィーリングも優れているが、自分にはガツンと来るものに欠けると感じる。
簡単に言えば「上手いけど面白くない」ということである。
 歌詞も特に響くものは無い。パンクっぽいフレーズをちりばめているが、ねらった感があり過ぎ。
BOφWYの頃の本物のパンク魂から生まれたものではない。
ちょっとライブ向けの曲でも入れておこうかというだけのものである。

7. D'ecadant
 こちらはモロ、歌謡ロックの世界。アレンジもそれである。氷室が好きじゃない人には全く
受け入れられないだろう曲だが、BOφWYの日本的なメロディが好きな輩にはもってこいの曲。
歌詞もその世界。曲のはじめっからこうである。
「噂のまなざしで 摂氏100℃のMakin' Love」
あ、アイドルかよ!並の歌手では恥ずかしくて歌えない。しかし、氷室が歌うと許されるのである。
なぜなら歌を自分の世界にしてしまっているから。氷室歌唱の魔術である。
彼の声のもつサウンドが、この世界を成り立たせている。試しに歌ってごらん。全くキマらないから。
かつてBOφWYをはじめてプロデュースした時の佐久間正英は、BOφWYの持ってきた曲を聴いて
「やばい」と思ったという。いい意味ではなく、悪い意味で。あまりにも歌謡曲していたからである。
しかしそれをためらわずに、変に洋楽に媚びずにやりきったところにBOφWYの偉大さがあった。
それを氷室は確実に引き継いでいる。いや、氷室がもともと持っているものなのだ。
受け入れるか受け入れないかは、あなた次第!(都市伝説か)
 
8. Urban Dance
 アルバム制作に入るずっと以前、前回のツアーが終わりオフでエジプトに滞在している際に
ドラマ主題歌のオファーを受け、滞在先でデモテープを作ったという作品。
ドラムにはロキシー・ミュージックのツアーメンバーだったアンディ・ニューマーク、そしてベースには
何とあの名手トニー・レビンを迎えてレコーディングされた。トニーはキング・クリムゾンに在籍、
スタジオ・ミュージシャンとしても超売れっ子の凄腕ベーシストである。
 このアルバムの前にベスト盤『Master Piece#12』が発表されているが、それは
アメリカの一流エンジニア、ミュージシャンに依頼して氷室の楽曲を多彩にアレンジしたリミックス
アルバムであった。それをきっかけに、氷室は徐々にアメリカへと接近していく。その一つがこの
曲での彼らの起用であった。
 確かにドラムはさすがにタイト、ベースは絶妙なラインで、この曲に必要な都会的な無機質さ、
繊細さ、たくましさが表現されている。しかしそれが氷室の理想とするビートであったとは到底
思えない。この曲の本当の姿が表れたのは1998年のONE NIGHT STANDツアーであった。
スティーヴ・スティーヴンスのギターのカッティング、マーク・シューマンの躍動的なドラム、西山史晃の
タイトなベースによって、氷室の歌がばっちりとハマるグルーブが出来上がった。
 ちなみにスティーヴとトニーは超絶ドラマー テリー・ボジオと組んでアルバムを発表している。
(Bozzio Levin Stevens『Black Light Sindrome』)
 
9. GET READY "TONIGHT" TEDDY BOY
 痛快ロックンロール。この曲は氷室らしさにあふれている。まずはタイトル。ちょっとポップなニュアンスを
含んだ意味のわかるようでわからない英語。これこそヒムロックである。
なんでTONIGHTが" "でくくられているのかがまったくもってわからないw
ただこの言葉そのものの響きがリズムに乗っていて非常に気持ちいい。
頭打ちの早いエイトビート、サビから始まる曲展開、フロアタムとタムタムとを絡ませるドラムのおかず。
氷室が得意とするパターンが満載のおいしい曲である。
ここまでやりきってしまわれると素直にこぶしを上げるしかない。
 このアルバムに続くツアーでももちろん取り上げられたがCROSSOVER03-04で久々に披露された。
イントロでどよめきをもって受け止められ、序盤のつかみになるかと思われたのだが、いくらあおっても
なかなかついていけないオーディエンスに、氷室が親指を下に向けるポーズで不満を表すという
シーンがあった。このつまずきが1st Stageの流れに悪影響を与えてしまい、氷室自身が「調子が良くない」
とMCで言うに至った。
 しかしその時会場にいた自分からしてみれば、氷室に責任がある。
客は慣れないオールスタンディングの
会場で爪先立ちしながら氷室の姿をおっかけ、
その上転調してからサビを連呼させられるのである。

しかも当時からのファンは三十路を迎えた元TEDDY BOY & STEADY GIRLS(笑)
今は一児の母になったりバツ1のリーマンだったりするわけである。そんな俺たちには過大な要求である。
 しかし氷室はなんで老けないんだ・・・永遠のTEDDY BOYとでも言わせてもらおう。

10. WILL
 この曲は氷室のゴスペルである。いろいろと文句をつらつら書いてきたが、この曲にたどり着ければ
このアルバムの印象はぐっと変わる。氷室はソロ2作目から様々なボーカルスタイルを実験してきたが
この曲での歌唱はその集大成と言える。カッコつけず、ねらい過ぎず、感情を込めながらもうっとうしくない。
傷だらけの魂を引きずりながら真摯に人生に向かう一人の男の生の姿がそこに映し出されている。

 人はひとつ優しく変わろうとするたびに いくつもの新しい痛み覚えるけど
 なにもかも許せる力を握り締めて    明日のはじまりこの瞳で見つめたい

この歌詞に至るまでにどれだけの道を辿ってきたのだろう。
当時、氷室33歳。今の自分とほぼ同じ年齢であるが、自分にはこんな歌は歌えない。
真似しようとも思えない。氷室にしか描けない傷であり、痛みであり、優しさである。
ちくしょう!こんなやつだからここまで同じ男でありながら惹きつけられるんだ。
この歌は軽々しく聴ける類のものではない。
この歌にたどり着いたこと。それはBOφWYとのセールス面での勝ち負け以上の成果である。
そしてこの歌の後にさらなる戦い、自分との戦いがさらに続くことを氷室自身は予想していただろうか。
ビッグセールスを生んだ後の氷室。その歩みは決して平らなものではなかった。

成功がさらなら試練を生む。それを受け止めて何もかも許せる力を、氷室は持っていた。
あるいは持とうとしていた。それこそが、「WILL」である。

後半部分を追加いたしました。お付き合いください。

Higher Self


『Higher Self』(1991)

前作で完璧なまでのプロダクションでコンセプトアルバムを作り上げた氷室。
この作品では彼自身の原点であるバンドサウンドに回帰している。
そのバンドとはSP≒EED(エスピード)。改めてメンバー紹介を。
ギター   友森昭一
ベース   春山信吾
ドラム   永井利光
キーボード 西平彰

ライブで鍛え上げられたSP≒EEDは、見事にバンドとなっている。
「もともとバンドの人だから」という氷室。BOφWYとは違うビートをこのバンドで実現したかったに
違いない。その上でBOφWYを超えたいという強い欲求があったのだろう。
そしてアルバムの収録曲のほとんどが、SP≒EEDのメンバーとの共作である。
特にギターの友森の貢献度は高い。またキーボードの西平は氷室と共同プロデュースを務めた。

統一感のあるサウンドであるが、楽曲はバラエティに富んでいる。
氷室はバラードやキッチュなロックンロールナンバーで新たなボーカル表現にトライしている。
それが全て成功しているとは思わないが、それでも自分はこのアルバムに夢中になった。
なぜならファンだと意識して初めてリアルタイムで買ったアルバムだったからである。
BOφWYの存在を知ったのは86年。そして初めて聴いたのは87年。ファンになった頃には
解散してしまった後であった。
それ以前はビートルズが好きになったが、もちろん自分の生まれる前に解散していたし、ジョン・レノン
はすでに鬼籍に入ってしまっていた。
90年に地元に氷室がやって来たときにはチケットの予約telにつながらず早々にあきらめていたほど
淡白なファンであった自分だが、このアルバムで氷室に本気でハマり始めた。
アルバムのストレートさが自分にはピッタリ合っていたのである。

タイトルの「Higher Self」とは、当時流行っていたシャーリーマクレーンらが書いたチャネリング本の
影響である。ミーハー性な氷室らしいと言えなくも無いが、氷室の解釈は恐らく自分を越えた存在を
意識するというよりは、もっと己を高めていこうという志の表れではないかと思う。
ソロアーティストとしてスタートダッシュに成功した氷室だが、そこにとどまるのではなく
より音楽的にもスケールを増し、自分のロックに自身を持てるようになりたいということだ。

氷室はインタビューで「自分の音楽にコンプレックスを感じている」と明かしたことがある。
それは日本的なメロディを伴うロック、いわゆる歌謡ロックとも揶揄される氷室の音楽に対し
氷室自身が洋楽に比べてクオリティの面で劣っているのではないかというコンプレックスである。

サザンオールスターの例を挙げるにおよばず、日本語をいかにロックのリズムに乗せるかということは
80年代以前からの命題であった。その中で氷室は普遍的な魅力を持つBOφWYを結成したが、
若さの勢いにまかせて活動していたこともあり、確固とした裏づけのある音楽にはなっていないと
氷室自身が思っていたのではないか。
ソロとなった氷室が様々に自己革命とも言える音楽的変化を経ていったのは、
こうした彼のコンプレックスが背景にあったのだろう。

このアルバムは、氷室が自分自身と向き合い、新たな音楽性への飛翔を目指した作品である。
完成度は高いとは言えないものの、その後の氷室の活動を示唆する楽曲が目白押しだ。
何より、個人的にはテープにロゴまで書いて聴きこんだ愛聴盤である。
また初回版のイラスト集のカッコよさと言ったら・・・男を惚れさせるほどである。
この作品について冷静なジャッジはできない。が、あくまでも個人的なお勧め度としてご参考まで。

師匠のお勧め度 ★★★★☆

1. Crime of Love
 日本的なメロディの楽曲であるが、サウンドはずっしりと重いグルーブを基調とした
骨太のロックである。氷室はこの曲を「太くて黒いのいくぞ!」とか「太くて硬いのいくぞ!」とか、
お下品に紹介していたという。アルバムの先行シングルとして発表されヒットしている。
ライブでも定番とまではいかずとも馴染みの曲であり、その時のバンドのグルーブの違いが
はっきりと表れる。特に98年のOne Night Standツアーでの演奏は素晴らしく、
グルービーなこの曲の魅力を一気に開花させた。

2. Black List
 氷室の今までの楽曲では挑戦したことが無いビート、アレンジが際立つ作品。
カッティング主体のギターリフは妖しくクールに曲をリードし、キーボードによるホーンがさらに
グラマラスに味付けする。リズムはヘビーではないがハード。ほんの少しシャッフルの
ニュアンスが入っている。 氷室のボーカルも物憂げに妖艶に、クセのあるメロディを歌い上げる。
 歌詞も非常にユニーク。Black Listというタイトルに引っ掛けて、曲の最後には様々な団体の
イニシャルをごちゃ混ぜにして歌っている。全ては聞き取れないが、わかるものだけを挙げると
BBC、CIA、FBI、KGB・・・イギリスの国営放送や各国の諜報機関の名前がずらりと並ぶ。
氷室の得意な聞き取り不能のでたらめ英語にまぎれているが、アブナげな雰囲気である。
 ライブではこのアルバムを受けた91年のOVER SOUL MATRIXツアーでリストに入った。
曲の後半では永井のツーバスを多用するハードなドラムで激しくテンポアップするアレンジで、
序盤から会場を盛り上げる重要な役割を担っていた。
 
 98年のOne Night Standで復活。
 公式に音源として残されていないのが残念だが、リハーサルの模様はSkyPerfecTV!特別番組で
放送された。ドラムのマーク・シューマンが間奏部分のドラムのフィーリングをつかめるように氷室が
指示している場面や、ラフなボーカル入りで音あわせする場面が見られた。本番の音源を聞いたことが
あるが、非常にカッコいい出来である。スティーヴのギターも、この曲の妖艶さをより際立たせている。
 想像するに、スティーヴ・スティーヴンスもこの曲が気に入ったのではないか。
というのも彼がリーダーとなり結成したバンド「Atomic Playboys」の唯一のアルバム収録曲に、
この曲に似てホーンを大胆に取り入れたナンバーがあるのだ。
 都会的でちょっと危険、元祖「ちょいワル」な氷室にぴったりのナンバーである。

3. VELVET ROSE
 春山のフレットレス・ベースが光るバラード。このアルバムではバラードが大きなポイントとなるが、
その一つ目。シンセによるヴェルヴェットのようなサウンドの波間を彷徨うベースのメロディ。
その厚みのある音に氷室の感情を抑制するようなボーカルがさらに加わり、重厚な空間を彩る。
フルートのソロはひとしずくの湧き水のように爽やかな風となって響き渡る。
すると突然薔薇のような情熱的な愛がギターとともに燃え上がる。
 これほどの楽曲だが、ライブでは再現できないためか演奏されたことが無い。隠れておくには
もったいない名曲である。

4. PSYCHIC BABY
前曲のムードをかき消すように、プリミティブなギターリフが反逆の狼煙を上げる。
恐らく友森によるものであろうギターの印象的なリフが曲の骨格を成す。
そこに西平の、一切無駄を省いたキーボードが味付けをする。リズムはあくまでもタイト。
互いの呼吸のタイミングまで分かり合ってるかのようだ。
 ソロは一転ゴージャスなキーボードサウンド、そして早弾きに逃げないセンスの光るギター。
氷室のボーカルもバンドサウンドの一部となり、パーカッシヴにメロディを刻む。
 スタジオ盤でももちろん魅力的なのだが、ライブバージョンではさらにイキのいいサウンドとパフォーマンスに
圧倒される。ビデオで確認して欲しいのだが、この曲での氷室のアクションはキレキレ。
キーボードのフレーズに合わせて口元を悪ガキっぽく結びながら首を上下させたり、モニターにかけた
足元に沿ってマイクを下から上まで一瞬にしてかき上げたり、ソフトリーゼントにキメた広いおでこに
滴る汗を指先でしなやかに払いのけたり・・・ああ、この氷室になら抱かれてもイイ。

5. MAXIMUM100の憂鬱
 頭打ちのビートが強襲、氷室のパーカッシヴなボーカルが追い討ちをかける。キーボードもリズムを
強調したサウンドである。SP≒EEDバンドサウンドの集大成である。
 歌詞は調子にのってる女たちに対する苛立ちがテーマ。まぁ大した意味は無いがそれが
ロックンロールである。OVER SOUL MATRIXではキレた氷室のパフォーマンスが炸裂した。
CROSSOVER05-06で突然復活したが、会場は「待ってました!」というよりは「へぇ~意外」
という空気に包まれた。発表当時の氷室でなければ似合わない曲である。

6. WILD AT NIGHT
 SP≒EEDの最高傑作と言ってよいでしょう。この曲ができただけでもこのアルバムは大成功。
3分と短いが、強烈なインパクトを与える名曲。まずはイントロ。車または大型バイクのエンジン音
をきっかけに、ギターの歯切れのいいリフがスタートダッシュを決める。ドラムが入ると一気に加速、
キーボードの機械音が高速まで押し上げる。
「きついアルバイト止めにして まよわずGetaway」
「派手にNoise Up この街の奴隷じゃないぜ」
氷室総長が叛乱を扇動する。みんな狂うしかない。
 ライブでも重要な曲。完全な定番曲。OVER SOUL MATRIXではオープニングから聴衆を
文字通りワイルドな夜へと導く。その後もほとんどのツアーやライブでリストに入ったが、中でも
2000年のBEAT HAZE ODYSSEYツアー最中に「Hey!Hey!Hey!」のTV中継が
入った際に、生中継のためか非常に限られた時間の放送枠となってしまい、演奏時間の短い
この曲が選ばれた。こうした決められた枠組みに対して甘んじて収まっている氷室ではない。
本番ではキレキレのパフォーマンスを見せてくれた。上記の歌詞の一部をこう変えたのだ。
「奴隷じゃねぇよな(怒)!!」
アップになった氷室の顔には、かつての狂介の面影があった。
氷室はやっぱり、何にも変わっちゃいなかった。
何ものにも縛られない、自由な自分でいるために。
魂を込めて歌う彼が、そこにいた。
・・・この氷室には路上で遭いたくない・・・

7. STORMY NIGHT
 感動的なバラード。歌詞が秀逸。ほろりとさせるフレーズ満載である。
「もうどこへも行かないで このまま瞳閉じて 胸のメトロノームを一つに止めてみたい」
「なくしてきたものより 眩しい夜明け待とう」
 絶望に満ちた時、この曲にどれだけ救われたことだろう。エンディングのドラム・ロールは、
闇の底から立ち上がり再び歩き出す人たちのためのマーチだ。
 この曲には2つのバージョンがあり、1つがこのオリジナル・アルバムバージョン。もう1つが
ベスト盤「Master Piece#12」に収録されたバージョン。後者はイントロに雷雨のSEが
入っており、シンプルなパーカッションによるリズムトラックになっており、ギターも差し替えられている。
このバージョンはバラード・ベストアルバム『Ballad Le Plue』のオープニングを飾っており、
現在はこちらの方が馴染み深いものとなっている。
 ライブでは発表から10年以上経った2003年のSoul Standing Byツアーで取り上げられた。
氷室はこのツアーでは過去のバラード作を掘り起こして数多く歌っている。理由としては、当時は十分
表現できなかったことが、不惑を過ぎて文字通り迷いが無くなり、自身が納得できるだけの歌が歌えるように
なったからだという。それだけこの歌に込めた感情が深いということである。長く胸に残る名曲。

8. CLIMAX
 前曲の雰囲気をぶち壊しにしてくれる曲。キーボードの怪しげなリフが気分を盛り下げる。
ギターもリズム隊も、救ってはくれない。氷室のボーカルはねっちりと不気味なメロディを響かせる。
こんな風に書くと駄作なように思えるが、これが日によっては良く聴こえてしまうもんだから困るw
退廃性をテーマにした歌なのだが、歌詞とサウンド、雰囲気がばっちりと合っているのだ。
やっちゃいけないことをやってしまう、見ちゃいけないものをあえて見てしまう、そういう時の感覚に似ている。
この曲を聴いたら気分が悪くなるんだけど、わかっちゃいるけど聴かないではいられない。
そう、聴く者を退廃性のCLIMAXに導く魔力を、氷室はこの曲に閉じ込めてしまった。
ライブ音源も聴いたことがあるが、会場をなんとも言えない空気に包んでしまったのがわかる。
 好き嫌いのはっきり分かれる曲。

9. CABARET IN HEAVEN
 これも退廃性をテーマにした曲。前作と全く違う世界を表現している。
氷室のボーカルは「帰ってきたヨッパライ」のオクターブ下げの様(分かる?)。
「天国に行っただ~」てな具合に、天国のキャバレーへとあなたをいざなう。
そこにはマリーネ・ディートリッヒノーマ・ジーン(マリリン・モンロー)らの故人のみならず、
存命中のエリザベス・テイラーマドンナもみーんな誘ってくる。さあ、あなたならどうする?
快楽に溺れる人間の弱さ、醜さを
切り捨てる。
「最低なロマンティスト そこらじゅうで濡れるだけ」
 発表時1991年は、まさにバブル末期。浮かれた気分でいてはいけないと警鐘を鳴らす。
「上品なアバンギャルド この世界から抜け出そう」
バブル青田はまだ抜け出せないでいる。
 サウンド面では前曲よりはリズムもシャッフルでアップテンポで気持ちいい。キーボードがジャジーな
ロでキャバレー気分を盛り上げている。変態チックなギターソロがソドムの悦楽を思わせる。
ライブではさすがに氷室はアルバムバージョンの声では歌わず、演奏も横に縦に気持ちよく乗せてくれる。
どっちのバージョンが好きかと言われれば、自分はアルバムのほうである。
妄想に狂い猿のように毎晩自分を慰めていた私を、この歌が諌めてくれた。性春、もとい青春の歌だ。
 何だか訳分からなくなったが、氷室の実験的な作品である。

10. MOON
 退廃の世界から抜け出したら、お月様が見つめていてくれた。お月様
「Moonlight 僕らにまちがいがなく Moonlight 涙がうそつきじゃなく
 何もかもひとつになれるまで Wow ずっと見つめて欲しい」
 アルバムのタイトルである「Higher Self」、すなわち自己を超えた大きな存在を歌っている。
氷室の曲でここまで素直な歌はない。「僕ら」という呼称を使っているのもこの曲だけである。
前作でファシストを演じた男とは思えないほど、まっすぐでまじりっけの無い自分を出している。
ボーカリストとして、様々なスタイルに挑戦しているこのアルバムの中でも、最も成功した曲ではないか。
それは氷室がこれまでになくシンプルに、飾りを捨てて望んでいるからである。
ボーカリストとしてのエゴや美学だけでは表せないものが、この歌にはある。

11. Jealousyを眠らせて
(RE-MIX VERSION)

 先行シングルとして発表された同曲のアルバム・バージョン。限りなく装飾音を削って、シンプルな
ロックサウンドに仕立て上げている。Aメロなど、ドラムとベースだけのオケである。シングルでは
いきなりサビのメロディで始まるのだが、それも割愛されている。この曲にはいろいろなバージョンがあるが
最もシンプルなアレンジである。バンドサウンドに重きを置いたアルバムの内容に準じた形である。
 自分は正直このアルバムバージョンはさほど気に入っていない。シングルの方がよっぽど曲の魅力を
伝えている。サビからいきなり始まるパターンはこの後も何度か用いられるが、最もフレッシュな印象を
与えるのがこの曲である。
出すシングル全てがNo.1になっていたこの時期、確かに売れ線ではあるが
こうしたポップなアレンジは
いつの時代にも色あせない。

 ライブでももちろん定番となり、タイアップシングルだったのを氷室が忘れてしまうぐらいである。
(MCで「タイアップとかせずにオーディエンスと作り上げていった曲」と紹介したことがある)
しかし実際、この曲が何のタイアップだったかなんて覚えている人の方が少ない。
OVER SOUL MATRIXツアーでは非常に速いテンポで演奏され、会場を1つにした。

12. LOVER'S DAY
-SOLITUDE-

 前曲シングルのカップリングとして収録されたバラードの名曲のインストゥルメンタル・バージョン。
西平のピアノによる独奏である。こちらは自分は大好きである。氷室の楽曲の中で最も美しい
この曲のメロディをいっそう際立てている。この曲もいろいろなバージョンがあるが、インストの方が
自分は好きである。氷室のメロディ・メーカーとしての才能が十二分に発揮された名曲。
 ライブでは当時この曲などでいい雰囲気になるカップルが多かったらしく、氷室がMCでそのことに
触れ揶揄することもあったという。確かにそういう気分にさせるメロディと歌詞である。
 「あの季節の中で二人が見た夢は 止めたはずの時間と 傾いたMoon」
あ、ここにもお月様が・・・お月様




NEO FASCIO
NEO FASCIO(1989)

 1989年世界は変革期にあった。旧ソ連のゴルバチョフ書記長の推進するペレストロイカを
きっかけとして、東側の共産主義国の体制が次々と崩壊していったのである。
中国では天安門事件が起こり、自由を求める民衆と既存の体制を維持したい権力側との
激しい衝突があった。
 またBOφWYが東芝EMIに移籍して初めてのレコーディングに望むため訪れたベルリンでは、
東西を断絶するベルリンの壁が崩壊した。中国政権が民衆を制圧したのに対し、ベルリンで
は民衆の力を押さえつけることはできなかった。
 ルーマニアでは1974年より独裁政権を敷いたチャウシェスク共産党書記長が民主化運動
の中逮捕、即日処刑された。しかしこれは公正な裁判に基づくものではなく、自由を求める
民衆の力が暴走した結果もたらされたものであった。
 このように既存の権力構造と民衆との間で起こったパワーシフトは、世界史を大きく変えると
ともに、崩壊した体制の後をどのように秩序立てるかという課題を人類に突きつけた。

 こうした背景の中氷室が発表したのがこのアルバム。
タイトル『NEO FASCIO』とはファシズムが終わった後の新たな体制を示している。
アルバムの中で氷室はファシストを演じ、その暴力性と孤独、そして愛を表現した。
 サウンド面では上記のBOφWYのレコーディング時にプロデューサーを務めた佐久間正英を
再びプロデューサーとして起用し、硬質なサウンドづくりを行っている。
しかしBOφWYの時に比べるとよりダークな質感で、前作Flowers~のきらびやかさとは
大きく異なる音世界である。
 
 製作に当たり氷室が作成したデモテープは、佐久間いわく「そのまま出しても十分作品として
通用するレベル」であったという。
自分はネット上に流出していたデモテープ音源を聴いたことがあるが、確かにリズムトラック
などは完全にスタジオ版と同じであった。
しかもそのリズムトラックは非常に作りこまれており、氷室の頭の中でいかに複雑に鳴り響いて
いたのか想像に難くない。佐久間はドラマーにそうる透を起用し、氷室の作った
リズムパターンをドラムでそのまま再現させた。しかし後に黒夢やCOMPLEXのサポートにも
加わる名ドラマーそうる透をして、「最初はどう叩くか非常に悩んだ」と言わしめるほど
そのリズムは難解なものだった。
 これは氷室がBOφWYで培ったビートとは別のビートを探求していたことを意味している。
BOφWYではシンプルな8ビートが基本で、いわゆる縦ノリといわれる、思わずこぶしを
上げたくなるような強く速いリズムに氷室の独特な譜割りのボーカルが乗ることで
発明とまで言われるあのビートが作り上げられていた。
 一方このアルバムのビートはツーバス(バスドラムを2つ使うスタイル)の複雑なパターンや、
シンバルの裏拍打ちやスネアの使い分けなど、あえてノーマルなビートから外れたもの
ばかりである。
 それにしてもそうる透のドラムは鋼のように強靭なサウンドだ。難解なリズムを自分のものにし、
魂を吹き込むことに成功している。四人囃子でならした佐久間のベースもハードだ。
この新しいビートたちとともに、バラエティにも富んだ楽曲群も今作品の特徴。
オーケストラからカリプソまで、様々なパターンの楽曲がしかし一定のコンセプトの中で
統一された質感を持って迫ってくる。
 ちなみにギターも佐久間正英が弾いている。彼のマルチっぷりには驚かされる。
後にはGLAYやヒステリックブルーなどのバンドを手がける佐久間だが、 BOφWYならびに
氷室を手がけたことは彼のキャリアでも大きなポイントの一つだろう。

 前作のサウンドがBOφWYの起こした流れをくんで発展させたものとすれば、このアルバムは
氷室が本格的にソロアーティストとしてのキャリアをスタートさせ、新たなビートへの旅を
続ける第一歩を記した重要な作品である。続く全曲解説で、このアルバムの狙いとコンセプトを
分析してみたいと思う。

師匠のおすすめ度 ★★★★★

<全曲解説>

1. OVERTURE
 BOφWYではGIGのはじめによくオリジナルのインストの曲を流していた。
誰のアイデアなのかはわからないが、氷室が気に入っていたことは間違いない。
なぜならソロになった氷室のライブのほとんどで、同様にオリジナルのインスト曲が
プロローグとして鳴り響いていたからだ。
 このアルバムのはじまりを告げる曲がインスト曲だということは、アルバムが楽曲の寄せ集めでは
なく、トータルなコンセプトを意識して作られたものだということを意味している。
ライブではアルバムカバーに描かれたNEO FASCIOの紋章がCGで描かれ、この曲に
ふさわしい荘厳な舞台演出で観客の期待を膨らませた。

2. NEO FASCIO
 「Born In The Dark 燃え上がる街に素敵に黒い夢」
のっけから不穏な歌詞で始まる、まさにファシズムの権威を表現するこの曲。
オイ!オイ!の掛け声が全編通して聞こえるが、まるでファシズムに乗せられた
大衆の声に聞こえる。そう、まるでヒトラー政権下のドイツ民衆のように。
ライブで氷室はまるで独裁者のようないかめしい衣装をまとい、聴衆を扇動する。
ちなみにこのいでたちにより、氷室はある音楽誌でその年のワーストドレッサーに選ばれた。 
 「踊れレジスタンス もう逃げられやしないさ
  狂いそうに 愛さえこの手逃げられない」
愛さえも支配する力を持つというカリスマである独裁者。
ステージでの氷室も、聴衆の心をコントロールするカリスマと化す。

サウンド面では、激しいリズムチェンジが特徴。Aメロでは16ビート、Bメロでは4ビートの頭打ちを
8ビートと組み合わせて変拍子のように聴かせる。非常にノリを出しにくいパターンだ。
サビのメロディも決してキャッチーではない。一緒に歌うような曲ではない。
聴衆はカリスマの命ずるまま大人しく拳を振り上げていればいいのだ。


3. ESCAPE
 ギターのアルペジオから始まり、突然としてドラムが暴れだす。
そして続く不穏な歌詞の数々。
「脱がせたジッパーに仕込まれたマイクで 声が奪われていく」
という愛に自由のない世界。盗聴問題のある現代社会を示唆しているのか。
そうした絶望的な世界を描きながら、一転かすかな希望を描く。

「おまえに見つけた夜の抜け道で 俺たちは今この壁を突き抜けるさ」
この歌詞で連想するのが前作の「Dear Algernon」である。
「優しさには出会えたかい 抜け道をいつも探してたお前に」
ダニエル・キールの小説の中でのアルジャーンは実験用マウスであり、
知能を確認するために迷路の中に入れられていた。
そのアルジャーノンと仲間意識をもつ主人公も、同じように実験下にある状況から
抜け出そうともがいていた。

「愛と呼んでいる罠に気をつけて 自由はどこか別の場所にあるはずさ」
「夢をくだらなくされたくはないさ 胸締め付けるシャツを破くだけでいい」
「苦しめあうリアルから ESCAPE」「Hurry Up Baby 狙われてるぜ」

全ての歌詞が実感を伴って迫ってくる。
それは氷室も同じようにもがき苦しんだ経験があるからではないか。魂のこもった歌である。
「痛み」を感じさせる歌である。

この曲もリズムチェンジが激しく、冒頭からの複雑なリズムパターンは混沌とする世界を表現し、
一転してストレートな8ビートで世界からのESCAPEを感じさせる。
しかしサビの部分ではまたも足かせをかけられたようなビートに変化し、
簡単には抜け出せない世界思わせる。
非常に考えられた曲である。今回再び聴き込んでそのアレンジの妙に唸ってしまった。

4. CHARISMA
 まずはサウンドに注目したい。ギターのリフがカッコいい。イントロのリフももちろんだが、
Aメロに入ってからカウンターメロディ的に入るミュートを聴かせたフレーズが美味しい。
 リズムは前曲以上に複雑。
基本ビートは16ビートに複雑に絡ませたバスドラのフレーズを盛り込んだもの。
Bメロ部分ではライドシンバルのカップ部分でリズムの裏打ちを「ウッキン ウッキン」とする。
サビではラップ的な要素を盛り込むとともに、ギターのカッティングが前に突っ込んで
一筋縄ではいかないグルーブを作り出している。
 この曲は、自分には叩けない。難しすぎる。こうした複雑なリズムを、タメをうまく作りながら
重すぎず軽すぎないグルーブを出しているそうる透の腕は凄い。
それをライブで叩きこなした永井利光はもっと評価されていい。
 
「世界中の愛を集めて 俺はさみしさを心で殺した きりがないぜ」
この曲では大衆を支配する絶対的な力を持つカリスマも
独りに帰ればただの愛を求める寂しい人間にすぎないということを表している。
ライブではイントロに氷室が「Children of Heartbreak!」と叫ぶ。
有名な「ランドセル事件」のように小学生の頃に挫折を経験した氷室。
その経験からなのだろうか。子供の頃に受けた痛みは大人になってもどこかに陰を落とす。
昨今でこそ児童虐待が多く取り上げられるようになったが、氷室は早くからこうした
問題に自分を重ね合わせていたのだろう。
予想通りすっかり更新しなくなったPodcastでも氷室はいじめ問題に大いに関心を寄せていた。


ここで氷室の出生について1つの説を紹介したい。氷室の実家が肉屋だというのは多くの方が
ご存知と思うが、自分がネットでいろいろと見ていると氷室がいわゆる被差別地域の出身だと
いうことを書いていたサイトがあった。
何でも肉屋というのはそうした人たちが多く営む職であり、氷室の実家もそうではないかという。
氷室はそれが原因で学校でも教師に差別されたのだろうか。それとも非行に走る原因に
差別があったのだろうか。
自分の出身地でもそうした差別は存在し、親からも「あの人はこれだからね」と指を4本そろえた
ジェスチャーで「4つ指」として表現されることを教わったことがある。
くだらない。実にくだらない。
差別の問題は自分も幼い頃からおかしいと感じていたし、それに関する教育もなんだか
言葉だけ立派で中身を伴っていないと直感していた。
なんだかんだ言ったって差別は今でも存在するし、それを消そうとすればするほど、
「昔はこんな差別がありました。だから無くしましょう」と言えば言うほど
油を注ぐようなものじゃないか。
また被差別地域出身の人が法外な要求を自治体に行い、それを通してしまうといういわゆる
「逆差別」も存在すると聞く。
そんなことがまかり通っているからこそ、問題の根を深くしているのだ。
氷室が実際に差別を受けていたのかどうかわからないし、知ろうとも思わないが、そうした
社会の黒い部分がまだ存在することは事実だ。
まったくいらだたしい限りだが。

「システムただフラストレーション」
このフレーズが意味しているもの。それは既存の社会に対する革命精神、つまりパンクである。
スターとなった氷室だが、いつでもそうしたパンク精神を忘れずに表現しているのが魅力である。
ソロ1作目のアルバムが大ヒットして、普通なら既存の路線を行くのだが氷室はそうではない。
こういう歌を歌える氷室は、まさしくロックそのものである。

5. COOL
 タイトル通りCOOLな曲。シャッフルビートだがギターの裏拍を強調したカッティングと
ハモンドオルガンのコード弾きがジャジーな雰囲気をかもし出している。
しかし曲そのものは見事なまでにロックしている。氷室のボーカルがさせているのだ。
氷室のボーカルはこの曲で新境地に達した。
これまでは天然素材そのままで勝負していて、しかもそれが一級品だったので誰も
太刀打ちできなかった。
それがこの曲に代表されるように、氷室自身が自分のボーカルサウンドの最も美味しいところを
意識してそれを生かすような言葉を選び、パーカッシヴにそれを響かせることで他のサウンドと
混じり新たな音世界を構築している。
氷室のボーカルは反射神経に富んでいる。この曲のような強力なオケの中ではひときわ輝く。
ビートに乗せる彼のボーカルラインは、数字で表せる類のものではないような気がする。
実際Protoolsなどコンピューター上で音をいじることのできるツールで氷室は自分のボーカルを
分析してみたことがあるということだが、想像するに例えば音符にしっかり乗せてもしっくりこない
のではないか。彼独特の反射神経、肉体的能力で作り出されたボーカルライン。
唯一無二のそれを意識的に曲に反映させ始めた最も初めの曲である。
シャウト1つとっても計算されている。それでいて、あざとくなく自然に曲にハマっている。
断言しよう。この曲を歌いこなせるボーカリストは、氷室しかいない。
 歌詞は前曲までのコンセプチュアルなメッセージ性は薄まり、人工的な世界の中で
本能のままに躍動する人間の野性味・肉体性を表現している。
NEO FASCIOツアー以降にもしばしばセットリストに組み込まれ、OVERSOUL MATRIXツアーでは
氷室が切れのよいアクションとボーカルでその魅力を十二分に出し切った。
CASE of HIMUROで復活した後、Higher Than Heavenでは本編序盤の主要曲として配置された。
とりもなおさず、この曲がいかに氷室のボーカルを語る上で欠かせないものかということがわかる。

6. SUMMER GAME
 コンセプト重視のこのアルバムからはほとんどシングルカットされていないが、この曲は例外。
氷室の得意な8ビートで、この年の夏にアルバムに先行し発表されている。
LPでいうA面の最後に位置することからも、この曲がアルバムのコンセプトに基づいたもの
というよりはボーナス的な扱いであることがわかる。
 過去の音楽史でもこうした例がしばしばある。The Beach Boysの傑作『Pet Sounds』でも
シングル「Sloop John B」はA面最後に収録され、アルバムのコンセプトからは一線を画していた。
しかもシングルは大ヒットし、後々までライブの目玉曲として取り上げられることとなる。
 「SUMMER GAME」も同様にヒットし、夏には欠かせない曲となった。

NEO FASCIOツアーのサポートを勤めたバンドは「S=PEED(エスピード)」と名づけられ、
90年夏には『GOLDED AGE of R&R(日比谷野外音楽堂)』『JT SUPER SOUND'90
(真駒内陸上競技場)』、『R&R OLYMPIC(仙台SUGO)』など様々なイベントに出演したが、
その際にこの曲はメインの曲として演奏された。
近年の氷室のライブではアンコール最後の曲として定着している。
 2007年8月に行われたGLAYとのジョイントライブでは、アンコールで氷室とGLAYとの
共演にこの曲が選ばれた。TERUのボーカルはやはり氷室の曲ではパワー不足だと感じた。
またこの時期のインタビューで、SUMMER GAMEができた時ちょうど2番目の子供ができた時
だったと明かしている。氷室曰く、1番目の子の時がANGEL、2番目がSUMMER GAME、
3番目が魂を抱いてくれの時で、このライブではSUMMER GAMEしかやらなかったので
他の子が文句を言ったという微笑ましいエピソードを語っている。

 この曲に関しては個人的な思い出がある。中学の修学旅行のバスの中、前の席から順番に
一枚のタオルを廻していくというゲームをやっていた。そのタオルはきつく結ばれており、前の
人からまわってくるたびに一旦ほどいて、また結びなおしてから次の人にまわすルールだった。
制限時間が設けられ、最後に持っていた人が罰ゲームとして1曲歌わなければならなくなった。
 ゲームの時、自分は眠たくて内容がよくわかっていなかった。そして悪いことに制限時間ぎりぎり
になって自分にタオルがまわって来て、結局罰ゲームをさせられることになった。
カラオケ好きな今なかば何てことないのだが、当時の自分は内気なシャイボーイ。
歌のノートを見てもなかなか曲が決められない。時間が過ぎていき、車内は不穏な空気に。
「はよう歌え!」の声が飛び交う中何とか選んだのが、吉幾三の「雪国」。
テープでカラオケが流され、歌いだした自分。うまくもないし下手でもない。微妙。
空気を変えないとと思った自分は何と歌詞を変えて歌った。
「追いかけて 追いかけて 追いかけて 雪国」を
「お湯かけて お湯かけて お湯かけて 3分」と・・・。
瞬間、車内は雪国と化した。
バスを降りた後ホテルにチェックイン。無視されていた自分に唯一声をかけてくれたやつがいた。
「あれはいかんで」彼こそが後にBOφWYのコピーバンドに誘ってくれたギタリストのYくんであった。
この事件の後、自分は密かに復讐の時を待っていた。
姉が買っていたCASE of BOφWYビデオを見ながら氷室の歌マネ特訓。
その甲斐あってか、翌年のなんだったか忘れたが旅行では車内で見事に
SUMMER GAMEを歌いきり、バスガイドから「うまいですね。」と言われたのだ。
以来、人前で歌うのは大丈夫になった。
その時調子に乗って松任谷由美の「ANNIVERSARY」も歌ったのは秘密。
ちなみに自分の「雪国」の替え歌は、志村けんが「だいじょうぶだぁ」で全く同じフレーズでコントに
使っていた。志村にシンパシーを覚えつつもバスでのトラウマを思い出し、素直に喜べない
自分がいた。
余談が過ぎた。次いってみよう!(いかりや風に)


7. RHAPSODY IN RED

 この曲もアルバムのコンセプトからは少し外れた曲。実験的な要素が満載だ。
 シングル「SUMMER GAME」のカップリングに、姉妹曲「RHAPSODY IN BLUE」がある。
そちらはアップテンポでシャッフルしているノリのいいバージョン。一方こちらはカリプソ風のアレンジで
ソロにはなんとスチール・ドラムが使われている。
  明るい曲調だがサウンドはダークと、結構複雑な印象を与える曲。氷室流ひねくれたポップか。
歌詞には特に注目すべき点は無い。

8. MISTY
 化粧品のCMとのタイアップでシングルカットされた曲。バラード曲だが一筋縄ではいかなメロディと
どことなく憂いを含んだようなサウンドが特徴。直接的にファシズムにつながる歌詞は無いが、
プロモーションビデオはNEO FASCIOの世界をそのまま描いたものであった。
ビデオで氷室は孤独な独裁者となり、悪夢にうなされる日常を演じている。
その中で赤い液体にまみれた手を洗い流すシーンがあるのだが、これが血を思わせるということで
放送禁止になってしまった。MISTYのPVにプライベート・バージョンがあるのはこういう理由からである。
NEO FASCIOツアーで披露されたが、それ以降はライブで演奏されていないはず。
氷室自身はこの曲の歌い方が自分自身気に入っているという。

9. CAMOUFLAGE
 3曲、シングルがらみの曲が続いたが、再びコンセプトに戻る。
「わからない なぜ胸が寒いのか Different Eyes, Voices, Skins 俺だけがStranger」
「少しでも違うのが怖いのさ Different Dreams, Lovers, Hearts 名前の無いStranger」
 ここでは社会差別に言及している。氷室の出生の噂もあながち・・・と思わせる。
世界の大きな動きの中で、人種差別というものがクローズアップされ出したのがこの時代である。
アルバム発表後にはユーゴスラビアのコソボ問題が非常に根の深い人種問題から発生している。
そうした世界史の動きと重ね合わせて、氷室はこの曲で個人としての行き方を問うている。
 すなわち、「違う」ことを恐れずに生きていけるのか、自分のアイデンティティは何なのか、
それを明確にして生きていかなければならない。氷室は自分自身に問うている。

10. CALLING
 ついにこの曲までたどり着いた。アルバムのハイライトがラスト2曲目のこの曲である。
この曲に込められた思いこそが、氷室がこのアルバムを通じて伝えたかったことである。
歌詞の一部を紹介しよう。
「さびた鎖につながれたままでまた尻尾を巻くのなら
 いつか誰かが言ってたように答えは風の中」
「ふりしぼる声と 握り締めるその手で
 運命はきっと変わる時を待っている」
「ちっぽけな愛のささやかな力で 魂は抱かれるのを待っている」
 こうした歌詞に魂を込めて歌い上げるために、氷室は喉がつぶれるまで歌入れに徹したという。
氷室のメッセージは壮絶なまでの説得力で迫ってくる。

高校1年の時に自分はこの曲を初めて聴いた。そしてそのメッセージを受けとめた。
また、この曲の歌詞やタイトルについてもずいぶん調べた。
まず上の歌詞にある「いつか誰かが言ってたように」というのは、ボブ・ディランのことである。
「Blowin' In The Wind」。詳しくはこのwikipediaのページ を見て欲しいが、曲のテーマや歌詞の
内容はかなり類似していることがわかる。
いわば、CALLINGは氷室版Blowin' In The Windといったところだ。
言っておくが、これはパクリとは違う。
曲を聴いてそう思う人がいれば、それだけの感性しかないということだ。

タイトル「CALLING」は辞書で引くと
1 呼ぶこと 2 (神の)啓示 3 強い衝動,欲求
という意味がある。自分にとってはこの曲は言うなれば「啓示」であった。
人生の節目ではこの曲を聴いて、力を得た。
運命を変える力は自分にあるんだと信じ、決して人任せの人生の選択をするまいと心に決めた。

氷室の生き様そのものを、この曲に込めた。そして彼にとってのファシズム、それは既存の社会システム
であり、それを壊し新たな世界を作るのが魂の力であると信じているのだ。
それは音楽業界の方程式に乗らずにライブハウスから東京ドームまで上りつめたBOφWYの
成功物語を生み出した原点である。
また、BOφWYで作られたイメージをぶち壊し、ソロ・アーティストとしての新たな自己を確立しようと
強い意志で自身の音楽活動に望む氷室の想いでもある。

NEO FASCIOツアーではアンコール最後に演奏され、NEO FASCIOの旗がはためく中
氷室が熱唱する。その姿は独裁者のそれではなく、独りの人間氷室京介そのものだ。
最後にささやく言葉は「愛してるぜ 私たちを」と自分には聞こえる。

11. LOVE SONG
 アルバムのフィナーレを飾る、いわば映画のエンディングテーマにあたる曲。
ピアノの伴奏にのせて歌われるメロディは、キャッチーでありながらボーカルに相当の力量を必要とする
ラインである。特に「愛しているのさ」のフレーズは、一度歌ってみたらわかるが、普通はあんな風に
聞かせることができない。音符で言うと同じ音階なのだが、微妙にフラットさせている。
一筋縄ではいかない氷室のメロディ解釈と譜割りが如実に表れている。
 アレンジは仰々しいのだが、先に書いたように一大巨編のフィナーレと思えば納得できる。
ライブでは、90年のNEO FASCIO ENCOREツアーで演奏されたという。もし映像があれば公式に
発表してもらいたいと切に願う。

 最後に、このアルバムのサウンドおよびコンセプトをライブで再現してのけたバックバンドS=PEEDの
力量はもっと評価されるべきだと思う。永井利光のドラムはもちろんだが、ベースもなかなかのもの。
意外に知られていないが、ベースの春山信吾は、氷室がBOφWY結成以前に加入させられていた
バンド「スピニッジ・パワー」のメンバーだった。考えれば相当長い付き合いである。
春山は後に活動再開後のTM Networkでもサポートを勤めるなどの、実力者だ。
氷室は春山のことを「ファンだった」と言っている。音楽的に納得できないバンドではあったものの、
春山のプロフェッショナリズムには一目置かざるを得なかったのだろう。

友森昭一のギターは、アルバムの複雑に重ねられたギターサウンドを一人で表現しきっている。
カリスマ的なオーラは感じられない友森であるが、ミュージシャンとしての能力は一歩抜きん出ている。
今では藤井フミヤ、大塚愛のどのサポートをしているが、氷室との共演が彼のキャリアの
ハイライトであることは言うまでも無い。次作
では友森の作曲能力が重要な役割を占める。

キーボードの西平彰は、ファーストアルバムからの付き合いであるが、ライブでのパフォーマンスは圧巻。
そのアレンジ・プロデュース能力が次作ではいかんなく発揮されることとなる。

その次作『Higher Self』については、次回の記事にて。