タイマイ★音楽ひとりごと-John

Happy Birthday From All Over The World


I wonder how many people search for you name in Google...
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今日10/9はジョンレノンの誕生日。
今年も来たか、という感じ。
かといって特にすることもないんだけどね。
とにかく彼の音楽とメッセージを好きでい続けること。
それが一番のトリビュートになるんだろう。
彼が夢見た世界に、世界は近づいているのだろうか?
その答えは今ここにいる私たちの手の中にある。
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12月8日

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またこの日がやってきた。
言わずと知れたジョン・レノンの命日。
最悪の手段で命を奪われてしまったジョン。
しかし今となってはそれも運命だったのかなと思ったりもする。
ただ、もしあの場にタイムスリップできたら身代わりになるけどね。
ジョンは、自分にとってそれぐらいの存在。
自分の父親が亡くなったのも、同じ12月。わずか6日前である。
その時も、自分が身代わりになってもいいと願ったものだった。

人間が生まれて死ぬまでの間に、それだけ思える存在ができたことが奇跡。
そしてやっぱりこう思うのだ。

生まれてくれてありがとう

と。


タイマイ★師匠の音楽講座-さいたまJohn

10/9は、ジョンレノンの生誕68周年の日。
そう、生きていればもうこんな年齢なのだ。

7月に帰国した際にジョンレノン・ミュージアムに行く機会があった。
以前から行きたいと思っていたが、地理的な問題もあり、実現できないでいた。
ちょうど氷室京介のコンサートがさいたまアリーナであり、そのついでに寄ることが出来た。
いや、ついでという表現ではおかしい。どちらも自分にとってはメインであった。

様々な遺品が展示されていた。生前弾いていたギター、子どもの時に書いた漫画、
パスポート、洋服・・・その中で特別オーラを発しているものがあった。


His Leather Skin

汗の染み込んだ革ジャン。
ビートルズとして成功を収める以前、ドイツ・ハンブルグのクラブで毎晩演奏していた際に
着ていたものだ。
この革ジャンの前に来た時に、動けなくなった。
数々のライブをこなしたジョンと共に汗を流し、シャウトし、ギターをかき鳴らした革ジャン。
まさにジョンの皮膚となって、時を止めて存在していた。
飢えたけだもののようにロックし続けているジョン。
やつが、そこにいた。

彼が残した音楽、言葉、栄光と悲劇のストーリー。伝説になってしまうのは誰にも止められない。
しかし、あの革ジャンは今も、自らの存在を証明するかのごとく叫び続ける男の姿を伝えていた。

生きていることへの限りない肯定がポップだとするならば
生きているんだと限りなく叫び続けるのがロックだ

Happy Birthday, John

貴方は今もそこらじゅうで生き続けています

ジョンの命日

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レノン・レジェンド~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン~/ジョン・レノン
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↑ジョンのことを知らない方には、まずこのベスト盤から入ることをお勧めします。
 代表曲はほとんど網羅されています。けっこう今安く手に入るんだね・・・

今日はジョン・レノンの命日。
1980年だからもう27年前の話。
しかし毎年この日になると世界中たくさんの人が彼のことを思い出す。
そして彼の曲を聴く。
彼の愛と平和のメッセージが響くようになったのは、皮肉にも彼が凶弾に倒れてしまってから。
死というものを考える時に、人間が死ぬのは二度という言葉を思い出す。
一度目、肉体的に死ぬ時と 二度目、人々から忘れ去られてしまう時。
そう考えるとジョンには二度目の死は永遠に訪れないような気がする。
そして彼の一度目の死は、二度目の誕生日だったのではないかという気さえしてしまう。

死を悼むよりも、自分はあえてこう言おう

Happy Birthday Again, John
Thank you for your life

John Lennon's 67th Birthday

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今日はジョン・レノンの67歳の誕生日。

生きていれば、という枕詞は何の意味も無い。


今日は自分にとって大きな買い物をした。

車だ。

今まで乗っていた車が走行距離20万キロを越え既に限界を迎え、

エンジンのかかりがすさまじく悪くなっていた。

そして意を決して新車を購入。

初めてカーステレオでかける曲は既に決めていた。


「(Just Like) Starting Over」

ほぼ引退状態だったジョンが、息子ショーンの「パパはビートルズだったの?」という

言葉をきっかけに音楽活動を再開した際のシングルだ。

皮肉なことにこの曲で再出発したジョンは12月に凶弾に倒れた。

彼の命は無きものになってしまったのか。

いや、この曲とアルバム『Double Fantasy』の輝きを残し逝ってしまった彼のオーラは

この先も消えることは無いだろう。


実はこの1年間、今日までジョンの曲をほとんど聴いていなかった。

自分にとってすでに血や肉の一部となってしまったジョンの存在。

それを確かめるのは1年に1度で十分なのだと思う。

そしてこの曲を聴くたびに、人生はいつでももう一度スタートを切れるんだと

教えられている。

何度目なのか、歳を重ねるごとにわからなくなってくるが、ともかく今日は

自分にとって一番新しい「Starting Over」である。


おかげで貯金はスッカラカンだが、マイナスになったわけじゃない。

ゼロから始めればいいじゃないか。

君も、僕も。

ごめんなさい ジョン

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ごめんなさい ジョン

ごめんなさい ジョン あなたの命日というのに氷室と山下達郎ばっかり聴いてて
ごめんなさい ジョン あなたの1965年当時のビデオを見て太ってると突っ込みを入れて
ごめんなさい ジョン 正直言うとそのビデオ海賊盤です
ごめんなさい ジョン チェンマイのデパートで180バーツで売ってました
ごめんなさい ジョン 日本円で540円です
ごめんなさい ジョン LOVEを聴いたけどいまいちです
ごめんなさい ジョン 特にストロベリーフィールズは終盤最低だと思っちゃいました
ごめんなさい ジョン デモからオフィシャルバージョンに発展していくところは良かったんですけど
ごめんなさい ジョン ハローグッバイとつなげられて 曲の精神性を失っています
ごめんなさい ジョン ジョージ・マーティンの最後っ屁は臭かったです
ごめんなさい ジョン ポールが離婚で泥沼にはまってます
ごめんなさい ジョン もうWhen I'm Sixty fourを涙なしでは聴けません
ごめんなさい ジョン ジョージの誕生日 最近まで2月25日だと思ってました
ごめんなさい ジョン ジョージの誕生日 ホントは2月24日だったんですね
ごめんなさい ジョン なんで1日サバ読んだのかわけわかりません
ごめんなさい ジョン リンゴが一番長生きしそうです
ごめんなさい ジョン なんでよりによってリンゴやねん と正直思う自分がいます

ごめんなさい ジョン 最近素直な気持ちでIMAGINE聴けません
ごめんなさい ジョン あなたがいなくなってから愛と平和が安っぽくなってしまいました
ごめんなさい ジョン ホワイトバンドもただのイカリング
ごめんなさい ジョン 何もできない自分 それでも人生は続いています


Happy Xmas(War Is Over)

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世の中クリスマス。

そしておいらは・・・


歌っちゃいましたこの歌を。

大切な人たちに贈ります。


怖いもの聴きたさだけで聴いてみたいだけの人にも贈ります。


それではどうぞ


   ↓


 「クリック


xmas johnyoko


war is over


戦争は終わる

あなたたちが望めば



残念ながら望まない人たちもいる

キリスト教のお祭りではあるけれど、多くの人たちが優しい気持ちを共有できるクリスマスに、願いを込めて

December 8

テーマ:


何も言うまい。彼が肉体的に地球上からいなくなった日だ。

彼のことを追悼するより、私はあえて歴史の「たら、れば」を語りたい。

自分の人生の軌跡に重ねながら


想像してみよう

もしも彼がこの世に、あの時代に生まれなかったら私は・・・



小5の時にロックの衝撃を覚えることは無かっただろう


中1の時に英語に興味を覚えることは無かっただろう


中2の12月8日に彼の曲を聴きながら、彼の詩を読みながら、彼を偲んで布団の中ででこっそり泣くことは無かっただろう


中3の時彼の所属したバンドのファンクラブに入ることは無かっただろう


高2の頃彼の所属したバンドのコピーバンドに参加することは無かっただろう


高3の頃彼のメッセージに影響を受け、世界平和にたずさわるという夢を抱くことは無かっただろう


浪人の頃英語を磨いて海外でいつか仕事をしようと思うことは無かっただろう


大学1年の頃彼のかつてのパートナーの来日公演を観に行くことは無かっただろう


大学2年の頃音楽の道で生きていこうと決意し、バンド仲間の説得によりそれを諦めることは無かっただろう


大学3年の頃彼の母国に1ヶ月滞在し、イチゴ畑の名のついた施設を訪れたり大英博物館で彼の直筆の歌詞を読んだり何てこと無い横断歩道を特別な思いで歩くことは無かっただろう


大学4年の頃彼のメッセージに影響を受け、世界平和に貢献する仕事に就こうと決意することは無かっただろう


今の嫁さんと出会うことも無かっただろう


大事な子供も産まれることが無かっただろう


Beautiful Boy 」を心から理解することもなかっただろう


Woman 」を捧げることも無かっただろう


いつか家族でニューヨークに行こうと夢見ることもなかっただろう


この記事を書くこともなかっただろう


彼を亡くなった父の代わりのように慕うことはなかっただろう






ジョン・レノン John Ono Lennon

john

           1940.10.09 - 1980.12.08


Remember Love