A SINGER SAYS...

テーマ:
吉川晃司・公式サイトDOCUMENT より転載

俺が歌う。         2011.4.28

震災以来俺なりに、
エンターテイメントが力になれる機を伺っていました。

被災を免れた人々とは、ともに復興を支える決意を交せるような。
被災者の皆さんへは援助を届けられる行為を。
それをやれる空間と策を模索しながら。

いつかコンプレックスをやろうと話したこともあり、
ならば今しかないだろうと布袋氏に打診。
いまは諸々整理がつかないが、旨には賛同するゆえ独りで歌ってくれて
構わない、という返答を得た。

演奏メンバー、スタッフや機材の確保見込みが付いたのが今月中旬半ば。
さあ発表するぞ!の直前。
「やはり意義を優先したい、是非ともやろう」
と連絡があった。

ならば、それが一番じゃないか。
翌日に合意。

そこからはひたすらに突き進み、今日の発表となりました。


彼がギターを弾き、俺が歌う。

ただそれだけのこと。


されどそれだけのこと。


賛同を得られるならば、

同志の皆さん 東京ドームで逢おう!

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COMPLEX再結成!!!

テーマ:

コンプレックス、再び。『7/30 東京ドーム』


震災後、ミュージシャンとして、そして一人の男として
「自分に出来ることがあるならすべて行動にうつそう」と自分に誓った。
のちに後悔するような生き方は絶対にしたくない。

被災地で今も不安な毎日を過ごしている方々。
救援、復興、そして子供たちの大切な未来のために
力を尽くして下さっている方々。
そんな皆さんに向けて今、自分ができることは何か?

音楽でエールを送ることしかない!

そんな中、吉川君から連絡をもらい朝の公園でコンプレックスの話をした。
自分たちが持てる力を最大限の形で届けよう、と。

願いは一つ。

心は一つ。

答えは一つ。

「やろうぜ!」と固く握手を交わした。

清々しい一日の始まりだった。

二人の突然の決断を受け入れ、全面的な協力を約束してくれた関係者の皆さんに心から感謝します。
今度のコンプレックスは二人じゃない!
我々と心を一つにして、このコンサートに参加してくれる皆さん全員がバンドのメンバーです。

どうか皆さん、是非御協力ください!

COMPLEX.jpg

ありえない展開www
布袋さん自身がブログで発表しています。
こちら を御覧ください。


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PRODUCER SAYS AGAIN...

テーマ:

プロデューサー佐久間正英氏が、再びブログにBOΦWYのことを書いている。


Talking About a BOΦWY II


昨夜のブログに書きき切れなかったことをひとつ。
何故僕がBOΦWYだけは再結成に拘り大きく期待をするのか。


知っている限りバンドの再結成とは:
1.良くてその全盛期の演奏・興奮の再現。
2.多くはそのバンドの全盛期には追いつけない。当時の衝動や勢いに戻れない。ノスタルジーにしかならないケースも多い。


いずれにせよ当然ながら解散期間が長ければ長いほど再結成した上でのパフォーマンスレベルの向上は難しくなる。

自分の経験から述べても、例えば四人囃子の場合かつての演奏(森園脱退以前=1976年頃か?)にはやはり遠く及ばない様に思える。全員が未だに現役の経験豊かなミュージシャンとして活動を続けているにも関わらず。
元々ノン・ミュージシャンであったPLASTICSの場合は言わずもがなだ。

そんな事から基本バンドの再結成ストーリーにはあまり興味は湧かない。


ところがBOΦWYの場合、その後の4人は解散当時とは比べものにならないほどミュージシャンとして成長を遂げている。
あの時点ですらあれほどの演奏を出来た4人が、今の各自のレベルを持って再び揃ったとしたらそれはどんなすごいバンドになるだろうかと夢想する。解散時のBOΦWYとは比べものにならないライブになるに違いない。
世界中のどのロックバンドにも引けを取らないモンスターバンドになれるかも知れない。例えて言うならU2やらストーンズやらと並べてもおかしく無い様な演奏を見せてくれるだろう。


そんなすごい日本のバンドを見てみたい。しかもそのバンドが幸いにもかつて自分がプロデューサーとして関われたバンドだ。

アルバム2枚、12インチ1枚くらいしか付き合わなかったバンドなのに今でも一番鮮明で鮮烈な記憶が残っている。そんなバンドとはなかなか出会えない。


最後にもうひとつ。
”ただのギタリスト”に戻った布袋君の演奏を見たい。その場しか彼が”ただのギタリスト”(それもとんでもないギタリスト)に戻れるチャンスは生涯無いだろうからだ。


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BOØWY再結成騒動の波紋

テーマ:

Infoseekニュース より転載


 ロック歌手の氷室京介(50)が、6月11日に予定する東京ドーム公演をチャリティーライブに急きょ変更し、かつて所属していた伝説のロックバンド・BOØWY(ボウイ)の曲を全編にわたって歌うことを発表したというニュースが波紋を広げている。

 1980年代に絶大な人気を誇ったBOØWYは、「B・BLUE」「わがままジュリエット」「Marionette」などのヒットを次々と飛ばしたが、結成から7年後となる88年の東京ドーム2Days公演を最後に、人気絶頂期にもかかわらず突如として解散。彼らの音楽性やビジュアルを重視したスタイルは同時代のバンドはもちろん、GLAYなど現在活躍するバンドにも大きな影響を与えている。

 再結成を望むファンの声は強かったが、今回の氷室のライブは"一人BOØWY"であり、かつての仲間には全く声を掛けていなかったようだ。このニュースを知った元メンバーの布袋寅泰(49)、松井常松(50)、高橋まこと(57)は、それぞれ自身のブログで心境をつづっている。「何かやってくれると思っていましたので良かったです」と手放しで氷室を応援する高橋に対し、「確かに素晴らしい決断だと思う。でも、少し寂しい。どうして、声を掛けてくれなかったのかと」と不満を見せた松井、そしてバンド時代に氷室と人気を二分したギタリストの布袋も、何か引っ掛かりを感じさせる記述をしている。

 布袋のブログの文章は以下のようなものだ。

「BOØWYの再結成を望む気持ちは皆さんと同じでした。大震災直後、被災地の皆さん、そして復興に向け力合わせる多くの皆さんに自分の持つ力を最大限に発揮し貢献できるとしたらそれはBOØWYの再結成しかない、と考えましたが、残念ながらそれは叶いませんでした」

 氷室と共に中心メンバーであった布袋が再結成を望んでいたとなれば、氷室の意思次第でBOØWY復活が実現していた可能性は非常に高そうだ。布袋は続けて「しかし氷室京介氏の復興支援に向けたアクションは、彼の信念に基づいた選択であるはずです。僕はそれを否定的にとらえる気持ちなど全くなく、リスペクトしています」と、噂されている氷室との確執を否定したが、「そして同時に自分の中で踏ん切りがつきました」とも記しており、再結成が完全に消滅したことをにおわせている。


「BOØWYの解散理由は諸説ありますが、ドラムの高橋が著書で語ったところによれば、布袋が当時の妻・山下久美子のサポートメンバーとして高橋と松井を誘い、バンドの4人中3人が山下のツアーに参加することになった。氷室をのけ者にしているかのような状況になり、ゴタゴタがあった末に布袋が解散を口走ったと言われています。氷室と布袋の音楽性の違いや、氷室のナンバー2でいることに対する布袋のコンプレックスも当時はあった。ほかにも理由はあるでしょうが、氷室にとっては再結成を考えにくい解散理由だったことは十分に察しがつきます」(音楽関係者)


 BOØWYの復活が消滅したとなれば、ファンとしては寂しいところ。近年は往年の人気バンドの再結成ブームとなっているが、再結成するバンドと再結成しないバンドは何が違うのだろうか。

「ミもフタもない言い方ですが、バンドの再結成の理由はほとんどがお金。ソロで十分にやっていけているミュージシャンなら、わざわざ過去の栄光にすがったりしないでしょう。特にロックのイメージからすれば、かなり格好悪いことですからね。それに加えてメンバーの不仲が原因で解散することが多いですから、確執が解消しなければ再結成はない。BOØWYと同じく元メンバーからもファンからも再結成を望まれているチェッカーズも、藤井フミヤに再結成の意思が全くなく実現は厳しい。象徴的存在であるボーカルがウンと言わなければ再結成はあり得ないですから、ボーカルがソロで成功して金銭的に余裕がある場合は難しいでしょうね」(前出)


 仮にお金が理由だとしても、ファンからすれば再結成はうれしいことには違いない。こんな時代だからこそ、確執を乗り越えて我々に夢を見せてほしいものだ。


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PRODUCER SAYS...

テーマ:
BOΦWYのプロデューサーであった佐久間正英さんが、深夜にアップしたブログから


今回の震災後不思議なほどにBOΦWYの話し、ことに再結成話しに解散以後初めて公が触れた様に思う。
震災後の布袋君のtweet「今何かできること…」の発言に対し、僕は無責任に「今こそBOΦWYを!」みたいなコメントを寄せた。
実に無責任ではあるけれど、かつての仲間の一員だった者としてそれしか思いつかなかった。そしてそれは自分にとっても多くの人達にとっても同様にずっと夢であり希望でもあったのかも知れない。

BOΦWY解散後、その後のメンバーの活動に最初に関わったのは松井君のソロアルバム『よろこびのうた』だったかと思う。BOΦWYでの立ち位置とは全く別の視点からの音楽がとても新鮮でありかつ斬新な意欲作だった。
ほとんど同時期に氷室京介の『NEO FASCIO』の企画が飛び込んで来た。
丁度そのタイミングで急な病気を患って緊急入院をした。その入院先に松井君とヒムロックが一日差で見舞いに来てくれたのを思い出す。もちろん町の小さな病院はパニックだが。
退院そうそうの初仕事が『NEO FASCIO』。病み上がりにはあまりに重い仕事だったのを思い出す。2ヶ月近くギターもベースも手にしていなかったので、感覚を取り戻すのに必死だった。「Summer Game」のギターソロ、指が痛いのに何テイク弾いたことか…。結果プロデューサー人生の中でも特別な想いのあるアルバになった。
その後ドラムの高橋まことのDe-Lux をプロデュースし、その後のバンドGEENAにも関わった。ヒムロックとも時間を置いてからまた一枚シングルに関わった。
そんな思い出話はともかく。
いまだにBOΦWYを思い返すと、あんなすごいバンドはあれ以後存在しなかったなぁと思う。もちろん時代は多様化しいいバンドはたくさん居たし今のバンドでもそうだと思うけれど。それでも当時のライブバンドとしてのBOΦWYを越える演奏ができるバンドには残念ながら出会ったことは無い。(BOΦWYとは違った視点で言えば、エレカシやジュディマリやGLAYや筋少らのライブはもちろん本当に素晴らしいけれど)
タイトでスピードがありかつヘビーなのに何とも柔軟だった。そのくせ眩しいほどの華があった。ロックのロックたる所以と歌謡曲に通じる大衆性を見事に併せ持っていた。それを究極にシンプルな構成で具現していた。
BOΦWYのことを文章化するなど生まれて初めてだけれど、そんな感想と憧憬を未だに抱く。そんなバンドだから再結成に夢を託してしまうのだな、と改めて思う。
一度解散したロックバンドの再結成ほどみっともないことは無い!と自分がロックバンドを続けていた身として確信している。それでも彼らだけは別だったな、と。


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THE OTHER BOΦWY SAYS...

テーマ:
一方、まこっちゃんはまこっちゃんだったw
ブログより引用(http://blog.livedoor.jp/atomic_drum/archives/51986927.html

2011年04月19日

こんにちは(^^)ざんす。

東京は朝方の雨、花粉が流されて少し楽でございます。

昨日の新聞、ヒムロック・ドーム公演の広告見ましたよ!!!
何かやってくれると思っていましたので良かったです(^^)。
まこと、応援してます。
それぞれにやれる事やっていけばいいんだなあー。
俺も出来る事少しずつやって東北、福島応援していきます。

きっと、ボウイの曲で元気になれる方々がたくさんいるんだと思います。
それを想うと、バンドに携わってきた俺も嬉しい気持ちになります(^^)。

一日も早い、東北の復興を願ってやみません。

福島では、俺のコメントもTVで流れているとか。

一歩づついくべ!!!福島!

では。ま


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

まこっちゃんはホント、いいキャラだなぁ~

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ANOTHER BOΦWY SAYS...

テーマ:
布袋寅泰さんの本日のブログより転載


語らぬことで自分の気持ちが不本意な形で伝わってしまうなら
それは語らぬ自分の責任です。
ここではっきり申し上げるべきでしょう。

BOΦWYの再結成を望む気持ちは皆さんと同じでした。

大震災直後、被災地の皆さん、そして復興に向け力合わせる多くの皆さんに
自分の持つ力を最大限に発揮し貢献できるとしたら
それはBOΦWYの再結成しかない、と考えましたが
残念ながらそれは叶いませんでした。

しかしどうぞ誤解しないで下さい。
氷室京介氏の復興支援に向けたアクションは、彼の信念に基づいた選択であるはずです。
僕はそれを否定的にとらえる気持ちなど全くなく、リスペクトしています。
そして同時に自分の中で踏ん切りがつきました。

これからもBOΦWYのギタリストであったことを誇りに
沢山の皆さんにパワーを与えられるよう
力の限り自分の音楽を奏で叫び続けてゆくつもりです。
変わらぬ応援をよろしく申し上げます。

解散から長い時を経たBOΦWYというバンドは
メンバー4人だけのものではく、ファンの皆さんのものです。
それぞれの思い出と共に、いつまでも色あせる事なく
皆さんの心の奥で熱いBEATを打ち続けることを信じ、祈っています。

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1 BOΦWY SAYS...

テーマ:
私が4月1日に書いた記事が、なにやら音楽業界の中でまた話題になっているようだ。
知人の業界関係者から聞いた。
氷室さんの復興支援ライブの発表を受け、真意を問う問い合わせがマネージメントに
殺到しているという。
無理もない。
賛否両論あるが、それだけあの4人が集まることを多くの人が望んでいるのだから。
そしてそれがどれだけ大きなエネルギーを生むことなのか、皆わかっていることだから。

ELTや木山裕策を手がけた、4人と同じ出身地の作曲家、多胡邦夫はこうつぶいやいた。
「独り言です。  全曲やるなら是非是非是非このタイミングで復活して日本中を沸かせて欲しいです。あの4人ならドーム10DAYSも可能です。日本最強ですから。」


その4人のうち、最も寡黙な男が能弁にその気持ちを書き連ねている。


タイマイ★音楽ひとりごと-寡黙な男

「無題」 松井常松
2011.4.18

氷室君のチャリティーライブのこと、
今朝、知りました。

「収益金は全額、復興義援金として寄付される。」

素晴らしいことだと思う。

ファンの人達も、
このイベントに参加することで、
復興支援に協力することが出来るし、
何よりも、
いま、彼がバンド時代の作品を歌うことで、
どれだけの人達が、
勇気と元気をもらうことができるか、
それを思うと、
確かに素晴らしい決断だと思う。


でも、少し寂しい。

どうして、声を掛けてくれなかったのかと。


僕一人の力なんて、
決して大きなものではないけれど、
でも、バンド時代の曲を演奏するというならば、
微力ながらも協力したかった。


「それぞれがエゴを捨て、再び手を握り、
共に戦うことができれば、
きっと、想像以上に大きな力になるんだろう」
ということを、僕は4月1日のこのページで書いた。
それは、祈りにも似た気持ちだった。

こんな時だからこそ、再び4人で手を握り合い、
大いなる目的のために、協力し合うべきだと思った。
それが僕らが出来る、最大限なことだと思ったから。


アーティストとして、
素晴らしい決断だと思う反面、
一緒に活動を共にしていた仲間としては、
残念でならない。


それぞれの人に、いろんな考えや、
いろんな想いがあるのは良くわかっている。

でも、今日だけは、
僕も、正直な胸の内を書かずにはいられなかった。

こんな時だからこそ。


背の高いギタリストは、こうつぶやいた。
「今日は一日中同じ質問やリクエストを浴びるのでしょう。僕の気持ちを察してもらえないのは淋しいことです。Twitter、今日は休憩。」
彼の気持ちを察するのは難しい。寡黙な男と同じような気持ちなのだろうか?
彼は以前、LAST GIGSのDVDを見た際にそのバンドへの思いを書き連ねている。
ブログ記事


非常に難しいことだとは思う。
彼らだけにしかわからない感情があるだろう。
6.11まであと53日。
しかし、それでも・・・
たくさんの人の祈りが集まって、何か大きな奇跡が起こりそうな気がするのは私だけだろうか・・・?

もし・・・もしも氷室さんライブに4人全員が集まったとしたら・・・















嘘から出たまこっちゃん(;´∀`)

タイマイ★音楽ひとりごと-まこっちゃん


被災地出身の、この人はどう思ってるんだろうな・・・

やっぱり実現して欲しいと思ってるんかな・・・

もちろん、彼らそれぞれがそれぞれのできる限りの復興支援をしていますし、
とても素晴らしいことです。
しかし、やはり寡黙な男の言うとおりのことを思ってしまう。

こんな時だからこそ・・・。
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私の願いが、形を変え実現しました。

氷室京介、初の全曲BOΦWYライブ開催 復興支援で23年ぶり楽曲披露

4月18日(月)5時0分配信

 ロック歌手・氷室京介が東日本大震災の被災者支援のため、全曲BOOWYの楽曲で構成するチャリティーライブを東京ドームで行うことが17日、わかった。1988年のバンド解散以降、全てBOOWYの楽曲でライブを行うのは今回が初めて。23年間歌うことのなかった楽曲も披露する予定となっており、収益の全額を復興義援金として寄付する。

 当初、氷室の50歳のアニバーサリー公演を予定していたが、震災が起こったため公演内容を変更。復興支援ライブ『KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME “We Are Down But Never Give Up!!”』として6月11日に開催することが決定した。一世を風靡し、未だ多くの支持を得ているBOOWYの楽曲を、ボーカルの氷室が今歌うことで多くの人のエネルギーになれば、と企画された。東京ドームでの公演は電力消費の問題などもあるが、可能な限り節電に配慮し、最小限の電力と機材で行う。

 ソロ23年、バンド時代6年の約30年の氷室のキャリアの中で、岩手県、宮城県、福島県は幾度となく全国ツアーやライブイベントで訪れた、縁の深い地のひとつ。今年1月にも盛岡、仙台、郡山にツアーで訪れたばかりとあって、被災地の映像を見て愕然としたという。

 氷室は「互いの気持ちと力を合わせて支え合う運命の時 微力ではあるけれど俺なりに 過酷な状況下でいまも闘っている皆さんを応援したいと思います We are down but never give up!」とコメントを寄せている。

 BOOWYは氷室(Vo)、布袋寅泰(G)、高橋まこと(Dr)、松井常松(B)によるロックバンド。1981年に結成し、翌年アルバム『moral』でメジャーデビュー。アルバム『BOOWY』(1985年)から次第に確固たるバンドのサウンドを打ち出し、代表作は「Marionette」「B・BLUE」「わがままジュリエット」など。1988年、ファンに惜しまれながら東京ドーム公演を最後に解散した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

氷室さんの英断です。このライブにスペシャルゲストが来るのではないかという
期待は多くの人が持つことでしょう。
私ももちろんしていますが、とにかく祈ることとします。
この復興支援ライブが素晴らしいものになりますように、と。
なることは間違いないですけどね。
このニュースは本物のニュースです。
私の妄想でもなんでもありません。
ソースは下記にまとめました。


Yahooニュース 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000302-oric-ent

ナタリー
http://natalie.mu/music/news/48012

まんたんウェブ
http://mantan-web.jp/2011/04/18/20110417dog00m200023000c.html

なお、4/18日本時間8:30現在、氷室京介公式サイトはつながりにくくなっております。
しばらくたってからアクセスしてみてください。

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お詫び(追記あり)

テーマ:
<注!これは4月2日に書いた記事です。この時はまさか氷室さんが復興支援ライブを本当にすることになるとは思いもしませんでした。前日に書いた記事に対する大きな反響に戸惑い、驚き、迷惑をかけたという思いで書いたものです。自分の記録として残しておきたいと思っています。>

日付が変わり、2011年4月2日になりました。

昨日私が願望を込めて書いた記事が、大変な騒ぎを起こしてしまいました。
瞬く間に拡散し、内容が独り歩きしてしまいました。
佐久間正英さんご本人も本当だったら嬉しいな、とまでツイートするなど、
私が思った以上に大変な広がりとなってしまいました。

中にはメッセージで真偽を確かめる方や、騒ぎに対する注意をしてくれた方、

そして少しでも夢を見させてくれてありがとうと言って下さる方もいましたが、
多くの方から怒りのコメントをいただき、ブログ炎上という事態になってしまいました。
これはすべて私の軽率な行動が招いたことです。

謹んでお詫びいたします。

2011年4月2日 タイマイ


<以下、追記>
なお、ブログ炎上に伴いそのコメント数を換算して募金を行うという企画を
考えてそれを記事にアップしていましたが、その内容そのものにもお怒りの
意見が多く寄せられました。
また4月1日にアップした記事2つも、削除要請が多数寄せられましたので
削除させていただきました。
当初デマを流すつもりは毛頭なく、自分の願望を祈りを込めて書いたつもりでした。
こんな状況だからこそ、明るい夢を見られたらなぁという気持ちでした。
何ヶ月もアップしていない過疎ブログでしたから、せいぜい数件のアクセスがあってそれに対して
ネタばらし、と考えていましたがツイッターにより瞬く間に広がったことで
記事を訂正する暇もなく数時間でデマとなって広がってしまいました。
改めてネットの怖さというのを実感させられました。
ソースも何も書いていない個人のブログでも、信じられてしまう。
確かに事実としてあったことを絡めて書いているので、一般の方々には事実かどうか
判断する材料に乏しいため、布袋さんご本人に確認のツイートをしたり、
佐久間正英さん本人も布袋さんに「どうだろ?ホントなら嬉しいな」とツイートしたりした結果
多くの人が事実ではないかと勘違いされて広まってしまったようです。

タイマイ★音楽ひとりごと-アクセス解析

記事をアップしたのは日本時間の9時頃でした。
そして昼過ぎまではさほどのアクセスも無く、むしろ減少傾向にありました。
それが16:00台に突然急激なアクセスがありました。
(この辺りで佐久間さんと布袋さんのやり取りがあったのでしょうか?
もしご存じの方がいればご一報ください。)

私が願望として書いたことがデマとして多くの人に流れ、結果として
信じた方々を傷つけてしまったことは本当に残念です。
もう少しエイプリルフールと分かりやすいように表記したりしておけば
このような事態を招くことはなかったと反省しております。
また、震災復興のためにこうしたイベントがあったらいいな、という気持ちで
震災に絡めてしまったことも深く反省しております。

ソロのキャリアを重んじるファンの皆さんの怒りに触れることになったり、
また再結成ライブを信じ楽しみにした人たちの気持ちを裏切る結果に
なってしまったことは非常に残念です。
私としては一緒に夢を見ませんか、そして実現に向け何か行動を起こしませんか、
と呼びかけたかったのですが・・・
それも皆様の怒りの波の中でかき消されてしまいました。

炎上を募金に結びつけようとした行為を、粋だと思ってくれる人もいれば、
RTの数x10円になぜしないんだ、どうせコメントも大して集まらないと思ってるんだろ?
お金が足りないならその分働いて稼げ、被災地に行ってお詫びしろ!
という貴重なご意見もいただきました。

募金については、私ができる範囲で、私の基準に基づいてさせていただきます。
決して多くはない財産の中から、自分の良心の形として協力させていただきます。
私がもっとお金持ちなら、RTx100でも1000でも、アクセス数の10倍でも20倍でも、
億単位のお金でも募金させていただきたいのですが、それは不可能です。
ただ、こうして大きな反響を呼んでしまった事態を重く見て、自分なりにできることを
やり続けることを決意いたしました。

私は海外在住ですが、震災直後から個人的に
募金を募ったり、地域の日本人グループの募金イベントに参加したり、
日本人会に募金の窓口を開設して欲しい、街頭募金を実施してほしいと提案し、
実際にそれが実現したりと、自分なりに一生懸命この未曽有の惨事に対して
できることをしてきたつもりです。

復興にかかる時間はどれだけかかるかわかりません。
だからこそ、続けていくことが大事なんだと思います。
自分の財布と相談しながら、続けていきたいと思っています。
それは今回の騒ぎがあったからではなく、私が震災直後からずっと今まで考えていたことです。

なお、ブログ更新はこれをもって無期停止とさせていただきます。

中には話題となったバンドやそのメンバーについて金輪際書くな、という手厳しい意見も
頂戴いたしました。言論の自由を日本国憲法で保証されて限りそれは難しいことですが、
しばらくは書かないことは間違いありません。そして何か書くときには注意して書くことにします。

そして私が言うとやぶへびですが、個人のツイッターやブログの情報が、必ずしも
真実を伝えるものではないことを皆様には重々ご注意頂きたくお願いいたします。
今回私のように悪意があってやったことではなくても広まってしまうということは、
政治的・社会的な意図を持って行われた場合、もっと恐ろしいことになると思います。
以前天安門事件の頃に、私が尊敬するアーティストがファシズムを題材に取り上げ、
日本社会が潜在的に持つファシズムの危険性についても言及していました。
あれから10余年たった今の日本はどうでしょう?
今回の騒動がそれを考えるヒントになれば幸いです。

少し長くなってしまいましたが、私の今の思いを追記させていただきました。

2011年4月3日 タイマイ

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