2007年も今日で終わり。
そこで自分的に重大だなと思った音楽に関するニュースを列記しておくこととする。

・レッド・ツェッペリン再結成

 ついにというかまさかというかやっぱりというか、本当に再結成ライブをしてしまった。
 記事に書こうと思いつつタイミングを逃したのだが、youtubeで映像を見る限り、なかなかの出来であった。
 ジェイソン・ボーナムも以前よりずいぶん上手くなっていた。親父さんのずっしりと重いながらも飛翔する
 ドラムは再現できないにしろ、一般的なドラマーのレベルをはるかに凌駕するテク。
 そして何よりあの頭。ロブっちではないか!

・ロブっち光臨
 ブログ仲間に宇宙人が登場。輝かしい頭部はまさにジェイソン・ボーナムではないか!

・BOφWYのGIGS BOX発売
 ついにというか・・・やっと今まで未発表であった映像がまとまって発売された。
 自分の手元にも届いたので新年は観まくって過ごそうと思う。
 つーかもうほとんど観ちゃったw ブログネタには事欠かないボックスの内容である。

・氷室京介ポッドキャストを更新しない

 ツアーが終わったら更新するかと思いきや、Yahooジオログの二の舞。
 すっかりその存在すら氷室は忘れているかのように、更新を全くしなくなった。
 自ら番組名を募集しておきながら、である。 さすがは自称「言うだけ番長」。
 長年のファンは慣れっこであるが・・・。

・ニセ氷室「クリスマス・イブ」に意外な反応
 シャレ半分、おっかなびっくり、アップしたアホ記事に意外や意外、「Good!」が2つもついた。
 そして何と10代の氷室ファンの方からの好意的なコメント。
 いかんぞ、タイマイ。勘違いするな。調子に乗るな。今度やったら氷室ファンが黙っちゃいないぞ。
 でもなぜか次のネタを探してしまいそうな自分がいる。

・ヨメサン、ジャズ嫌い宣言
 これはやられた。「トランペットの音が嫌い」「リラックスできない」 の苦情がヨメサンからあがった。
 ジョン・コルトレーンの「Ballad」すら受け付けないという。シンマイの情操教育に暗雲!

・バンド活動紆余曲折
 ライブを2回やったけどベースの技量不足が深刻なため、暗礁に乗り上げたバンド活動。
 タイ人ベーシストを2人試してみるが、結局一緒に活動はできず。やっと先月末からカナダ人ベーシスト
 を一応メンバーに迎えることが出来た。来年はライブを行う予定。

ほかにもいろいろあるが、これくらいにしといてやるわ。
いや、これだけは付け加えておこう。

・音楽と人との強いつながり
 今年もいろいろな音楽との出会いがあったが、そこには常に仲間からの支えがあった。
 バカなこと言ったりすれ違ったりいろいろなことがあったけど、最後にこの言葉を添えて
 2007年を締めくくりたいと思う。








いつも素敵な音楽をありがとう。
そしていつも音楽と心が共にありますように。


なんちゃって


2007/12/31 タイマイ

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後半を追加しました。だんだん文章が壊れてきました。
化けの皮が剥がれてきた、とも言います。

Memories of Blue
『Memories of Blue』(1993)

 氷室のオリジナルアルバム4作目にして現在までのキャリア中で最もセールスを挙げた作品。
BOφWYの『PSYCHOPATH』の持つ100万枚という記録を抜く130万枚という驚異的な数字
である。しかしながらこの数字の持つ意味はさほど大きくないと自分は思う。
なぜならBOφWYの挙げた数字は、日本でほとんど初めてロックバンドが大衆にまで影響を及ぼした
という記録的なものであり、単なるソロ歌手が挙げた数字とは全く意味が異なるからである。
 しかもBOφWYの場合、ライブハウスで叩き上げ演奏力とパフォーマンスを磨き上げ、
イベントライブ参加等によって口コミ式に人気が広がるという、常識を覆す形で得た成功だった。
この成功により真の意味で日本という土壌にロックが根づき、その後の音楽シーンの活性化と成熟に
道を開いたのである。数字以上に、このことが持つ意味は大きい。

 そしてこのアルバム発表時の1993年、CDセールスが軒並み桁違いの数字となった時代である。
氷室のみならず、ミリオンセールスを記録するアーティストが数多くいた。携帯電話はまださほど普及
しておらず、若者の消費の対象はCD、カラオケ、ゲームなどに傾いていた。
小室哲哉などの有名音楽プロデューサーが数多くの歌手を輩出、ミリオンセラーを連発していた時代。
音楽的なバブルの時代であったのだ。
 氷室はその中で一つの勝負をかけた。それがこのアルバムならびにシングル「KISS ME」であった。
キャッチーなメロディの秀作であるこのシングル曲を売り込むために、徹底的なビジュアル
戦略がとられた。ジャケットは大型バイクにまたがった氷室を写し、斬新なデザインであった。
氷室のパフォーマンスの魅力を存分に見せ付けた、力の入ったPVが作られ、
カラオケボックスでも流された。本人がカラオケのビデオに出るのは当時は珍しかった。

 アルバム発表時にはジャケットの印刷されたポスターが渋谷センター街を埋め尽くし、大型の看板が
各地に飾られた。 こうした「渋谷ジャック」と呼ばれる手法は今では珍しくは無いが、当時は人々の
度肝を抜いたという。実はBOφWYもシングル「B BLUE」のプロモーションで、曲名の書いたキャップを
かぶった人たちを都内各所で歩かせるというユニークな手法を用いたことがある。
BOφWYのスタッフが解散後多く氷室についていったというが、もしかすると同じスタッフ陣のアイデア
なのかもしれない。氷室のこの成功も、BOφWYが作った土壌が無ければ実現しなかった。

そういう意味では、真の意味で氷室がBOφWYを超えることは無いとも言える。
何故ならBOφWYは彼の歴史の一部であるから。過去を消すことは誰にもできない。
人はそれを受け入れるか、受け入れないかだけだ。

 「KISS ME」以外にも「Good Luck My Love」ではTBSが「社運をかけた」番組とのタイアップが
行われた。これは非常に趣向を凝らしたもので、夜7時からの枠で月曜日から金曜日まで
クイズやバラエティなどのいろいろな形態の番組が放送され、それら全ての番組のエンディングテーマに
この曲のPVが使われた。月曜日には誰だかわからないシルエットで、金曜日にかけてだんだんと
はっきり氷室だとわかるようになるという仕掛けであった。このPV、長らく公式に発表されなかったのだが
2006年にDVD「CAPTURED CLIPS 1988~2006」に収録され、当時ワクワクしながらPVを見た
私のような人たちはほくそ笑んだ。
このような仕掛けは大当たり。上記に挙げたような大セールスをあげ、「氷室京介」は一般大衆に
浸透した。

 自分は数字の持つ意味はさほど大きくないと思っているが、氷室個人にとっては重要な意味があった。
BOφWYの持つ記録に追いつき追い抜くこと。元BOφWYという肩書きを一刻も早く外すこと。
その思いこそが氷室の音楽活動へのモティベーションを掻き立てたのだ。そしてそれを成し遂げた。
本人にとってこの成功は喜ばしきものであるが、同時にこれからの彼の活動にとっては足かせにさえ
なりかねないものであった。
今でも氷室って知ってる?と聞けば「ああ、KISS MEの人」みたいな返事が返ってくることもある。
この新たに作られたパブリック・イメージに、氷室自身が縛られてしまったのも皮肉である。

 そしてこのアルバム完成時の彼のコメント。「もうこれ以上のアルバムは作れないかもしれない」という。
実際に手をかけられたこのアルバムだが、むしろ氷室が音楽的にこれ以上向上できないかもしれないと
少しでも思ったこと、これが一番の大きな問題であった。
 
 現在の耳で聴くと、このアルバムは自分には隙だらけに聴こえる。
楽曲の中には優れたものもあるが、中途半端なものもある、玉石混交と言える。
サウンド面では氷室のボーカルも今ひとつだし、アレンジも時代に添ってはいるものの少しあざとく
感じられ、時の試練に耐え切れるものではない。
中古CDコーナーにも必ずと言っていいほどこのアルバムはある。
その事実がこのアルバムの特色を大いに物語っている。
残念ながら「流行り物」の一つとしてとらえられてしまった氷室のアルバムである。
氷室のこのアルバムに賭ける意気込みも、音の面では残念ながら空回りしている。
このアルバムに対しては、自分の評価はカラい。
一般の評価が高すぎることへのアンチテーゼと思って欲しい。

師匠のおすすめ度 ★★★

1. KISS ME
 アルバム・バージョンとシングル・バージョンが違うのは前回のアルバムも同様で、シングル・バージョン
の方が出来がいいのも同じである。この曲のシングル・バージョンのイントロではキーボードがいい音を
出しているのだが、アルバムではギターのカッティングだけである。よりロックっぽくしたかったのだろうが、
ポップな曲調なのだから徹底した方がいい。
 ただこの曲を続くツアー「L' EGOISTE」の1曲目に持ってきたことは評価できる。普通ならば
ブレイクした曲を本編最後かアンコールまで取っておくものだが、シングルを「名刺代わり」と言い切る
氷室にとってこの曲は「つかみはオッケー」に過ぎなかった。氷室の本当に伝えたいロックはここにはない。
 しかしカラオケでは未だにこの曲を歌って氷室の真似をするとウケるので、外せない曲ではある。
音楽的には正直いい評価はできない。売れすぎた。
 サウンドでは、ドラムがかっこいい。かつてレベッカに在籍し、COMPLEXのファーストツアーのサポート
を務めたことのある池畑潤二のプレイだが、単純な8ビートではなくアクセントを上手くつけている。
おかずがまた絶品。まさしく「Play The Song」している。アルバムの大半は彼のドラムである。

2. You're The Right
 全曲シングルのカップリング曲。これもシングル・バージョンが格段に良い。ポップなサウンドもそうだが
何より「痛みを許す気持ちが 欲しい」の「ふぉぅしい・・・」の「ふぉぅ」の声のかすれ具合である。
アルバムバージョンではボーカルが別テイク。ただの「ほぉ~ぅしい」になっている。
これでは胸がかきむしられない。萌えない。抜けない(いや、抜いたことは無いw)。
リズムパターンも、アルバムバージョンではパーカッションが追加されている。
オフビートを強調しているのだが、これがあんまり良くないのだ。無い方がリズムに「間」があって
味がある。何しろ余計なことしないでよい。このバージョンを収録したのは誰だ!けしからん!!
あ、氷室か・・・。

3. RAINY BLUE
 メロディが美しいバラード。氷室のボーカルは力強く歌い上げる。ただアレンジが今ひとつ。
しゃくりあげるようなストリングスの音が耳につく。未確認情報ではあるが、氷室本人も後に
振り返ってこのアレンジを気に入っていないと語っているという。こうした欠点はあるものの、
やはり歌声の持つ力というのは高い水準にあり、説得力を持って響いてくる。
相当歌いこんだんだろうなというのが音に表れている。
歌詞は痛みを持ちつつ優しさをたたえたもの。
「重ねた罪許される 悲しみも許せる 優しさが欲しい もう一度」
この曲はぜひライブでアレンジを変えて歌ってもらいたいものである。

4. Memories of Blue
 これも切ない歌詞が魅力の曲。氷室曰く「収録曲の中で最も気に入った曲をアルバムタイトルに
した」そうだ。この曲はアルバムを象徴している。それは前曲にも歌われた痛みと優しさが存分に
表現されているからである。
「なぜただ若すぎただけで 二人泣きたくなったのだろう」
「夢だけに生きていた いつも現実から目を背けて」
BOφWYの名曲「Cloudy Heart」に通じる、切ない世界である。
氷室にとって「Blue」というのは特別な意味を持っている。それは黒人のブルースとは違う、
日本人特有の「わび・さび」に通じる感情である。日本の水墨画の世界との類似点を
指摘されるマイルス・デイビスのアルバム「Kind of Blue」の「Blue」が近いのかもしれない。
氷室の表現したい「Blue」の一端が垣間見える。
サックスの本田俊之のソロが切ない。CASE of HIMURO以降ライブのリストに入ることが多くなったが、
2006年のIn The Moodツアーではキーボードの大島俊一がサックスも披露。目玉の一つとなった。

5. Good Luck My Love
 アルバムから先行シングルカットされた曲。これもしつこいようだが痛みと優しさをたたえている。
この曲は自分の心の傷にズキズキっと染み入る曲だ。こんな内容だ。
好きな人とどうしようもない距離が出来てしまい、戻ることはできない。
そんな人に対してクールに忘れることができず、消せない想いを抱えている。
自分にできることは幸せを祈ることだけ・・・ああ、切ない。切ないッスねぇ兄貴!
 しかしながらこれもアルバムバージョンには文句がある。どうしてリズムパターンをいじったのだ?
余計なハイハットのパターンを入れたことでグルーブが変わってしまっているじゃないか。
シングルバージョンの方がやはりリズムの「間」があって、わび・さびを感じさせるではないか。
いったい誰がこのバージョンを(以下自主規制)
 ボーカルは技術的にも素晴らしい。聴いただけでは耳あたりの良いメロディなのだが、
実際に歌ってみるとその難しさが身に沁みてわかる。相当上手くないと歌えないノートだ。
音符の飛び方、拍の取り方・・・どれひとつとっても氷室ならではのものである。

6. SON OF A BITCH
後半は打って変わってロックンロール大会となる。
ドラムは元DEAD ENDの湊雅史が担当。イキのいい8ビートを奏でている。
しかしいかんせん曲がイマイチ。オリジナリティが感じられない。どっかで聴いたようなリフとメロディ。
サウンドも前作の友森が主にレスポールで太い音を基調にしていたのだが、それよりも細い音。
最近松たか子との結婚が秒読みと目されているギタリスト佐橋佳幸によるプレイである。
テクニックもフィーリングも優れているが、自分にはガツンと来るものに欠けると感じる。
簡単に言えば「上手いけど面白くない」ということである。
 歌詞も特に響くものは無い。パンクっぽいフレーズをちりばめているが、ねらった感があり過ぎ。
BOφWYの頃の本物のパンク魂から生まれたものではない。
ちょっとライブ向けの曲でも入れておこうかというだけのものである。

7. D'ecadant
 こちらはモロ、歌謡ロックの世界。アレンジもそれである。氷室が好きじゃない人には全く
受け入れられないだろう曲だが、BOφWYの日本的なメロディが好きな輩にはもってこいの曲。
歌詞もその世界。曲のはじめっからこうである。
「噂のまなざしで 摂氏100℃のMakin' Love」
あ、アイドルかよ!並の歌手では恥ずかしくて歌えない。しかし、氷室が歌うと許されるのである。
なぜなら歌を自分の世界にしてしまっているから。氷室歌唱の魔術である。
彼の声のもつサウンドが、この世界を成り立たせている。試しに歌ってごらん。全くキマらないから。
かつてBOφWYをはじめてプロデュースした時の佐久間正英は、BOφWYの持ってきた曲を聴いて
「やばい」と思ったという。いい意味ではなく、悪い意味で。あまりにも歌謡曲していたからである。
しかしそれをためらわずに、変に洋楽に媚びずにやりきったところにBOφWYの偉大さがあった。
それを氷室は確実に引き継いでいる。いや、氷室がもともと持っているものなのだ。
受け入れるか受け入れないかは、あなた次第!(都市伝説か)
 
8. Urban Dance
 アルバム制作に入るずっと以前、前回のツアーが終わりオフでエジプトに滞在している際に
ドラマ主題歌のオファーを受け、滞在先でデモテープを作ったという作品。
ドラムにはロキシー・ミュージックのツアーメンバーだったアンディ・ニューマーク、そしてベースには
何とあの名手トニー・レビンを迎えてレコーディングされた。トニーはキング・クリムゾンに在籍、
スタジオ・ミュージシャンとしても超売れっ子の凄腕ベーシストである。
 このアルバムの前にベスト盤『Master Piece#12』が発表されているが、それは
アメリカの一流エンジニア、ミュージシャンに依頼して氷室の楽曲を多彩にアレンジしたリミックス
アルバムであった。それをきっかけに、氷室は徐々にアメリカへと接近していく。その一つがこの
曲での彼らの起用であった。
 確かにドラムはさすがにタイト、ベースは絶妙なラインで、この曲に必要な都会的な無機質さ、
繊細さ、たくましさが表現されている。しかしそれが氷室の理想とするビートであったとは到底
思えない。この曲の本当の姿が表れたのは1998年のONE NIGHT STANDツアーであった。
スティーヴ・スティーヴンスのギターのカッティング、マーク・シューマンの躍動的なドラム、西山史晃の
タイトなベースによって、氷室の歌がばっちりとハマるグルーブが出来上がった。
 ちなみにスティーヴとトニーは超絶ドラマー テリー・ボジオと組んでアルバムを発表している。
(Bozzio Levin Stevens『Black Light Sindrome』)
 
9. GET READY "TONIGHT" TEDDY BOY
 痛快ロックンロール。この曲は氷室らしさにあふれている。まずはタイトル。ちょっとポップなニュアンスを
含んだ意味のわかるようでわからない英語。これこそヒムロックである。
なんでTONIGHTが" "でくくられているのかがまったくもってわからないw
ただこの言葉そのものの響きがリズムに乗っていて非常に気持ちいい。
頭打ちの早いエイトビート、サビから始まる曲展開、フロアタムとタムタムとを絡ませるドラムのおかず。
氷室が得意とするパターンが満載のおいしい曲である。
ここまでやりきってしまわれると素直にこぶしを上げるしかない。
 このアルバムに続くツアーでももちろん取り上げられたがCROSSOVER03-04で久々に披露された。
イントロでどよめきをもって受け止められ、序盤のつかみになるかと思われたのだが、いくらあおっても
なかなかついていけないオーディエンスに、氷室が親指を下に向けるポーズで不満を表すという
シーンがあった。このつまずきが1st Stageの流れに悪影響を与えてしまい、氷室自身が「調子が良くない」
とMCで言うに至った。
 しかしその時会場にいた自分からしてみれば、氷室に責任がある。
客は慣れないオールスタンディングの
会場で爪先立ちしながら氷室の姿をおっかけ、
その上転調してからサビを連呼させられるのである。

しかも当時からのファンは三十路を迎えた元TEDDY BOY & STEADY GIRLS(笑)
今は一児の母になったりバツ1のリーマンだったりするわけである。そんな俺たちには過大な要求である。
 しかし氷室はなんで老けないんだ・・・永遠のTEDDY BOYとでも言わせてもらおう。

10. WILL
 この曲は氷室のゴスペルである。いろいろと文句をつらつら書いてきたが、この曲にたどり着ければ
このアルバムの印象はぐっと変わる。氷室はソロ2作目から様々なボーカルスタイルを実験してきたが
この曲での歌唱はその集大成と言える。カッコつけず、ねらい過ぎず、感情を込めながらもうっとうしくない。
傷だらけの魂を引きずりながら真摯に人生に向かう一人の男の生の姿がそこに映し出されている。

 人はひとつ優しく変わろうとするたびに いくつもの新しい痛み覚えるけど
 なにもかも許せる力を握り締めて    明日のはじまりこの瞳で見つめたい

この歌詞に至るまでにどれだけの道を辿ってきたのだろう。
当時、氷室33歳。今の自分とほぼ同じ年齢であるが、自分にはこんな歌は歌えない。
真似しようとも思えない。氷室にしか描けない傷であり、痛みであり、優しさである。
ちくしょう!こんなやつだからここまで同じ男でありながら惹きつけられるんだ。
この歌は軽々しく聴ける類のものではない。
この歌にたどり着いたこと。それはBOφWYとのセールス面での勝ち負け以上の成果である。
そしてこの歌の後にさらなる戦い、自分との戦いがさらに続くことを氷室自身は予想していただろうか。
ビッグセールスを生んだ後の氷室。その歩みは決して平らなものではなかった。

成功がさらなら試練を生む。それを受け止めて何もかも許せる力を、氷室は持っていた。
あるいは持とうとしていた。それこそが、「WILL」である。

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え~と。昨晩は失礼いたしました。
とんだクリスマスプレゼントをみなさんにしてしまいました。
深く反省しております。

あれだけじゃただのアホなので、こんなん出ました。

All Along The Watchtower.mp3
ダウンロード用リンク

   ↑
今組んでるバンドの練習音源です。
23日に録りたてほやほやです。
ちょっと音が割れてるけど、音の分離はしっかりできてる。
曲はボブ・ディラン、というよりはジミ・ヘンドリックスのカバーバージョンの方のコピーですね。
ハワイあたりのブロガーさんが喜んで聴いてくれるかも。

ちなみに自分のバンドの紹介をしておきます。

ギター       : Poo    日本人 一応リーダー 半世紀生きてる
ベース       : Liam    カナダ人 先月加入 四半世紀ちょっと生きてる
ボーカル&ドラム: タイマイ  タイ人ではない バンドのかなめ

ライブは恐らく来月にはできるでしょう。
あ、バンド名まだなかった。そろそろ決めるとするか・・・。

ではみなさん、クリスマスケーキはお早めに。
  
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いやあのね、先に言っておきます。
バカ記事ですから。痛い記事ですから。


想像してごらん・・・
もしも氷室が「クリスマス・イブ」を歌ったら


クリスマス・イブ ニセ氷室バージョン.mp3
ダウンロード用リンク

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ほんますいません。
ほんの出来心です。
おねがい、ぶたないで。
いや、むしろぶって。

クリスマスツリーMerry Christmasクリスマスツリー

<追記>
LOFT of HIMUROをご覧のみなさま
普段異常に細かいレビューやら全曲解説をしてますが、実態はこんなアホです。
今日だけですから、今日だけですから、かんにんな。かんにんな~・・・

後半部分を追加いたしました。お付き合いください。

Higher Self


『Higher Self』(1991)

前作で完璧なまでのプロダクションでコンセプトアルバムを作り上げた氷室。
この作品では彼自身の原点であるバンドサウンドに回帰している。
そのバンドとはSP≒EED(エスピード)。改めてメンバー紹介を。
ギター   友森昭一
ベース   春山信吾
ドラム   永井利光
キーボード 西平彰

ライブで鍛え上げられたSP≒EEDは、見事にバンドとなっている。
「もともとバンドの人だから」という氷室。BOφWYとは違うビートをこのバンドで実現したかったに
違いない。その上でBOφWYを超えたいという強い欲求があったのだろう。
そしてアルバムの収録曲のほとんどが、SP≒EEDのメンバーとの共作である。
特にギターの友森の貢献度は高い。またキーボードの西平は氷室と共同プロデュースを務めた。

統一感のあるサウンドであるが、楽曲はバラエティに富んでいる。
氷室はバラードやキッチュなロックンロールナンバーで新たなボーカル表現にトライしている。
それが全て成功しているとは思わないが、それでも自分はこのアルバムに夢中になった。
なぜならファンだと意識して初めてリアルタイムで買ったアルバムだったからである。
BOφWYの存在を知ったのは86年。そして初めて聴いたのは87年。ファンになった頃には
解散してしまった後であった。
それ以前はビートルズが好きになったが、もちろん自分の生まれる前に解散していたし、ジョン・レノン
はすでに鬼籍に入ってしまっていた。
90年に地元に氷室がやって来たときにはチケットの予約telにつながらず早々にあきらめていたほど
淡白なファンであった自分だが、このアルバムで氷室に本気でハマり始めた。
アルバムのストレートさが自分にはピッタリ合っていたのである。

タイトルの「Higher Self」とは、当時流行っていたシャーリーマクレーンらが書いたチャネリング本の
影響である。ミーハー性な氷室らしいと言えなくも無いが、氷室の解釈は恐らく自分を越えた存在を
意識するというよりは、もっと己を高めていこうという志の表れではないかと思う。
ソロアーティストとしてスタートダッシュに成功した氷室だが、そこにとどまるのではなく
より音楽的にもスケールを増し、自分のロックに自身を持てるようになりたいということだ。

氷室はインタビューで「自分の音楽にコンプレックスを感じている」と明かしたことがある。
それは日本的なメロディを伴うロック、いわゆる歌謡ロックとも揶揄される氷室の音楽に対し
氷室自身が洋楽に比べてクオリティの面で劣っているのではないかというコンプレックスである。

サザンオールスターの例を挙げるにおよばず、日本語をいかにロックのリズムに乗せるかということは
80年代以前からの命題であった。その中で氷室は普遍的な魅力を持つBOφWYを結成したが、
若さの勢いにまかせて活動していたこともあり、確固とした裏づけのある音楽にはなっていないと
氷室自身が思っていたのではないか。
ソロとなった氷室が様々に自己革命とも言える音楽的変化を経ていったのは、
こうした彼のコンプレックスが背景にあったのだろう。

このアルバムは、氷室が自分自身と向き合い、新たな音楽性への飛翔を目指した作品である。
完成度は高いとは言えないものの、その後の氷室の活動を示唆する楽曲が目白押しだ。
何より、個人的にはテープにロゴまで書いて聴きこんだ愛聴盤である。
また初回版のイラスト集のカッコよさと言ったら・・・男を惚れさせるほどである。
この作品について冷静なジャッジはできない。が、あくまでも個人的なお勧め度としてご参考まで。

師匠のお勧め度 ★★★★☆

1. Crime of Love
 日本的なメロディの楽曲であるが、サウンドはずっしりと重いグルーブを基調とした
骨太のロックである。氷室はこの曲を「太くて黒いのいくぞ!」とか「太くて硬いのいくぞ!」とか、
お下品に紹介していたという。アルバムの先行シングルとして発表されヒットしている。
ライブでも定番とまではいかずとも馴染みの曲であり、その時のバンドのグルーブの違いが
はっきりと表れる。特に98年のOne Night Standツアーでの演奏は素晴らしく、
グルービーなこの曲の魅力を一気に開花させた。

2. Black List
 氷室の今までの楽曲では挑戦したことが無いビート、アレンジが際立つ作品。
カッティング主体のギターリフは妖しくクールに曲をリードし、キーボードによるホーンがさらに
グラマラスに味付けする。リズムはヘビーではないがハード。ほんの少しシャッフルの
ニュアンスが入っている。 氷室のボーカルも物憂げに妖艶に、クセのあるメロディを歌い上げる。
 歌詞も非常にユニーク。Black Listというタイトルに引っ掛けて、曲の最後には様々な団体の
イニシャルをごちゃ混ぜにして歌っている。全ては聞き取れないが、わかるものだけを挙げると
BBC、CIA、FBI、KGB・・・イギリスの国営放送や各国の諜報機関の名前がずらりと並ぶ。
氷室の得意な聞き取り不能のでたらめ英語にまぎれているが、アブナげな雰囲気である。
 ライブではこのアルバムを受けた91年のOVER SOUL MATRIXツアーでリストに入った。
曲の後半では永井のツーバスを多用するハードなドラムで激しくテンポアップするアレンジで、
序盤から会場を盛り上げる重要な役割を担っていた。
 
 98年のOne Night Standで復活。
 公式に音源として残されていないのが残念だが、リハーサルの模様はSkyPerfecTV!特別番組で
放送された。ドラムのマーク・シューマンが間奏部分のドラムのフィーリングをつかめるように氷室が
指示している場面や、ラフなボーカル入りで音あわせする場面が見られた。本番の音源を聞いたことが
あるが、非常にカッコいい出来である。スティーヴのギターも、この曲の妖艶さをより際立たせている。
 想像するに、スティーヴ・スティーヴンスもこの曲が気に入ったのではないか。
というのも彼がリーダーとなり結成したバンド「Atomic Playboys」の唯一のアルバム収録曲に、
この曲に似てホーンを大胆に取り入れたナンバーがあるのだ。
 都会的でちょっと危険、元祖「ちょいワル」な氷室にぴったりのナンバーである。

3. VELVET ROSE
 春山のフレットレス・ベースが光るバラード。このアルバムではバラードが大きなポイントとなるが、
その一つ目。シンセによるヴェルヴェットのようなサウンドの波間を彷徨うベースのメロディ。
その厚みのある音に氷室の感情を抑制するようなボーカルがさらに加わり、重厚な空間を彩る。
フルートのソロはひとしずくの湧き水のように爽やかな風となって響き渡る。
すると突然薔薇のような情熱的な愛がギターとともに燃え上がる。
 これほどの楽曲だが、ライブでは再現できないためか演奏されたことが無い。隠れておくには
もったいない名曲である。

4. PSYCHIC BABY
前曲のムードをかき消すように、プリミティブなギターリフが反逆の狼煙を上げる。
恐らく友森によるものであろうギターの印象的なリフが曲の骨格を成す。
そこに西平の、一切無駄を省いたキーボードが味付けをする。リズムはあくまでもタイト。
互いの呼吸のタイミングまで分かり合ってるかのようだ。
 ソロは一転ゴージャスなキーボードサウンド、そして早弾きに逃げないセンスの光るギター。
氷室のボーカルもバンドサウンドの一部となり、パーカッシヴにメロディを刻む。
 スタジオ盤でももちろん魅力的なのだが、ライブバージョンではさらにイキのいいサウンドとパフォーマンスに
圧倒される。ビデオで確認して欲しいのだが、この曲での氷室のアクションはキレキレ。
キーボードのフレーズに合わせて口元を悪ガキっぽく結びながら首を上下させたり、モニターにかけた
足元に沿ってマイクを下から上まで一瞬にしてかき上げたり、ソフトリーゼントにキメた広いおでこに
滴る汗を指先でしなやかに払いのけたり・・・ああ、この氷室になら抱かれてもイイ。

5. MAXIMUM100の憂鬱
 頭打ちのビートが強襲、氷室のパーカッシヴなボーカルが追い討ちをかける。キーボードもリズムを
強調したサウンドである。SP≒EEDバンドサウンドの集大成である。
 歌詞は調子にのってる女たちに対する苛立ちがテーマ。まぁ大した意味は無いがそれが
ロックンロールである。OVER SOUL MATRIXではキレた氷室のパフォーマンスが炸裂した。
CROSSOVER05-06で突然復活したが、会場は「待ってました!」というよりは「へぇ~意外」
という空気に包まれた。発表当時の氷室でなければ似合わない曲である。

6. WILD AT NIGHT
 SP≒EEDの最高傑作と言ってよいでしょう。この曲ができただけでもこのアルバムは大成功。
3分と短いが、強烈なインパクトを与える名曲。まずはイントロ。車または大型バイクのエンジン音
をきっかけに、ギターの歯切れのいいリフがスタートダッシュを決める。ドラムが入ると一気に加速、
キーボードの機械音が高速まで押し上げる。
「きついアルバイト止めにして まよわずGetaway」
「派手にNoise Up この街の奴隷じゃないぜ」
氷室総長が叛乱を扇動する。みんな狂うしかない。
 ライブでも重要な曲。完全な定番曲。OVER SOUL MATRIXではオープニングから聴衆を
文字通りワイルドな夜へと導く。その後もほとんどのツアーやライブでリストに入ったが、中でも
2000年のBEAT HAZE ODYSSEYツアー最中に「Hey!Hey!Hey!」のTV中継が
入った際に、生中継のためか非常に限られた時間の放送枠となってしまい、演奏時間の短い
この曲が選ばれた。こうした決められた枠組みに対して甘んじて収まっている氷室ではない。
本番ではキレキレのパフォーマンスを見せてくれた。上記の歌詞の一部をこう変えたのだ。
「奴隷じゃねぇよな(怒)!!」
アップになった氷室の顔には、かつての狂介の面影があった。
氷室はやっぱり、何にも変わっちゃいなかった。
何ものにも縛られない、自由な自分でいるために。
魂を込めて歌う彼が、そこにいた。
・・・この氷室には路上で遭いたくない・・・

7. STORMY NIGHT
 感動的なバラード。歌詞が秀逸。ほろりとさせるフレーズ満載である。
「もうどこへも行かないで このまま瞳閉じて 胸のメトロノームを一つに止めてみたい」
「なくしてきたものより 眩しい夜明け待とう」
 絶望に満ちた時、この曲にどれだけ救われたことだろう。エンディングのドラム・ロールは、
闇の底から立ち上がり再び歩き出す人たちのためのマーチだ。
 この曲には2つのバージョンがあり、1つがこのオリジナル・アルバムバージョン。もう1つが
ベスト盤「Master Piece#12」に収録されたバージョン。後者はイントロに雷雨のSEが
入っており、シンプルなパーカッションによるリズムトラックになっており、ギターも差し替えられている。
このバージョンはバラード・ベストアルバム『Ballad Le Plue』のオープニングを飾っており、
現在はこちらの方が馴染み深いものとなっている。
 ライブでは発表から10年以上経った2003年のSoul Standing Byツアーで取り上げられた。
氷室はこのツアーでは過去のバラード作を掘り起こして数多く歌っている。理由としては、当時は十分
表現できなかったことが、不惑を過ぎて文字通り迷いが無くなり、自身が納得できるだけの歌が歌えるように
なったからだという。それだけこの歌に込めた感情が深いということである。長く胸に残る名曲。

8. CLIMAX
 前曲の雰囲気をぶち壊しにしてくれる曲。キーボードの怪しげなリフが気分を盛り下げる。
ギターもリズム隊も、救ってはくれない。氷室のボーカルはねっちりと不気味なメロディを響かせる。
こんな風に書くと駄作なように思えるが、これが日によっては良く聴こえてしまうもんだから困るw
退廃性をテーマにした歌なのだが、歌詞とサウンド、雰囲気がばっちりと合っているのだ。
やっちゃいけないことをやってしまう、見ちゃいけないものをあえて見てしまう、そういう時の感覚に似ている。
この曲を聴いたら気分が悪くなるんだけど、わかっちゃいるけど聴かないではいられない。
そう、聴く者を退廃性のCLIMAXに導く魔力を、氷室はこの曲に閉じ込めてしまった。
ライブ音源も聴いたことがあるが、会場をなんとも言えない空気に包んでしまったのがわかる。
 好き嫌いのはっきり分かれる曲。

9. CABARET IN HEAVEN
 これも退廃性をテーマにした曲。前作と全く違う世界を表現している。
氷室のボーカルは「帰ってきたヨッパライ」のオクターブ下げの様(分かる?)。
「天国に行っただ~」てな具合に、天国のキャバレーへとあなたをいざなう。
そこにはマリーネ・ディートリッヒノーマ・ジーン(マリリン・モンロー)らの故人のみならず、
存命中のエリザベス・テイラーマドンナもみーんな誘ってくる。さあ、あなたならどうする?
快楽に溺れる人間の弱さ、醜さを
切り捨てる。
「最低なロマンティスト そこらじゅうで濡れるだけ」
 発表時1991年は、まさにバブル末期。浮かれた気分でいてはいけないと警鐘を鳴らす。
「上品なアバンギャルド この世界から抜け出そう」
バブル青田はまだ抜け出せないでいる。
 サウンド面では前曲よりはリズムもシャッフルでアップテンポで気持ちいい。キーボードがジャジーな
ロでキャバレー気分を盛り上げている。変態チックなギターソロがソドムの悦楽を思わせる。
ライブではさすがに氷室はアルバムバージョンの声では歌わず、演奏も横に縦に気持ちよく乗せてくれる。
どっちのバージョンが好きかと言われれば、自分はアルバムのほうである。
妄想に狂い猿のように毎晩自分を慰めていた私を、この歌が諌めてくれた。性春、もとい青春の歌だ。
 何だか訳分からなくなったが、氷室の実験的な作品である。

10. MOON
 退廃の世界から抜け出したら、お月様が見つめていてくれた。お月様
「Moonlight 僕らにまちがいがなく Moonlight 涙がうそつきじゃなく
 何もかもひとつになれるまで Wow ずっと見つめて欲しい」
 アルバムのタイトルである「Higher Self」、すなわち自己を超えた大きな存在を歌っている。
氷室の曲でここまで素直な歌はない。「僕ら」という呼称を使っているのもこの曲だけである。
前作でファシストを演じた男とは思えないほど、まっすぐでまじりっけの無い自分を出している。
ボーカリストとして、様々なスタイルに挑戦しているこのアルバムの中でも、最も成功した曲ではないか。
それは氷室がこれまでになくシンプルに、飾りを捨てて望んでいるからである。
ボーカリストとしてのエゴや美学だけでは表せないものが、この歌にはある。

11. Jealousyを眠らせて
(RE-MIX VERSION)

 先行シングルとして発表された同曲のアルバム・バージョン。限りなく装飾音を削って、シンプルな
ロックサウンドに仕立て上げている。Aメロなど、ドラムとベースだけのオケである。シングルでは
いきなりサビのメロディで始まるのだが、それも割愛されている。この曲にはいろいろなバージョンがあるが
最もシンプルなアレンジである。バンドサウンドに重きを置いたアルバムの内容に準じた形である。
 自分は正直このアルバムバージョンはさほど気に入っていない。シングルの方がよっぽど曲の魅力を
伝えている。サビからいきなり始まるパターンはこの後も何度か用いられるが、最もフレッシュな印象を
与えるのがこの曲である。
出すシングル全てがNo.1になっていたこの時期、確かに売れ線ではあるが
こうしたポップなアレンジは
いつの時代にも色あせない。

 ライブでももちろん定番となり、タイアップシングルだったのを氷室が忘れてしまうぐらいである。
(MCで「タイアップとかせずにオーディエンスと作り上げていった曲」と紹介したことがある)
しかし実際、この曲が何のタイアップだったかなんて覚えている人の方が少ない。
OVER SOUL MATRIXツアーでは非常に速いテンポで演奏され、会場を1つにした。

12. LOVER'S DAY
-SOLITUDE-

 前曲シングルのカップリングとして収録されたバラードの名曲のインストゥルメンタル・バージョン。
西平のピアノによる独奏である。こちらは自分は大好きである。氷室の楽曲の中で最も美しい
この曲のメロディをいっそう際立てている。この曲もいろいろなバージョンがあるが、インストの方が
自分は好きである。氷室のメロディ・メーカーとしての才能が十二分に発揮された名曲。
 ライブでは当時この曲などでいい雰囲気になるカップルが多かったらしく、氷室がMCでそのことに
触れ揶揄することもあったという。確かにそういう気分にさせるメロディと歌詞である。
 「あの季節の中で二人が見た夢は 止めたはずの時間と 傾いたMoon」
あ、ここにもお月様が・・・お月様



速報!BOφWY関連書籍発売

テーマ:
 
B-PASS SPECIAL EDITION BOOWY 1986-1988
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1986年5月号から、LAST GIGSの記事を掲載した1988年6月号までの約2年間、B-PASSは

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すごい!この本欲しい・・・


当時を知る人にとっては懐かしの、そうでない人には資料となるでしょう。


誰かお歳暮に・・・




NEO FASCIO
NEO FASCIO(1989)

 1989年世界は変革期にあった。旧ソ連のゴルバチョフ書記長の推進するペレストロイカを
きっかけとして、東側の共産主義国の体制が次々と崩壊していったのである。
中国では天安門事件が起こり、自由を求める民衆と既存の体制を維持したい権力側との
激しい衝突があった。
 またBOφWYが東芝EMIに移籍して初めてのレコーディングに望むため訪れたベルリンでは、
東西を断絶するベルリンの壁が崩壊した。中国政権が民衆を制圧したのに対し、ベルリンで
は民衆の力を押さえつけることはできなかった。
 ルーマニアでは1974年より独裁政権を敷いたチャウシェスク共産党書記長が民主化運動
の中逮捕、即日処刑された。しかしこれは公正な裁判に基づくものではなく、自由を求める
民衆の力が暴走した結果もたらされたものであった。
 このように既存の権力構造と民衆との間で起こったパワーシフトは、世界史を大きく変えると
ともに、崩壊した体制の後をどのように秩序立てるかという課題を人類に突きつけた。

 こうした背景の中氷室が発表したのがこのアルバム。
タイトル『NEO FASCIO』とはファシズムが終わった後の新たな体制を示している。
アルバムの中で氷室はファシストを演じ、その暴力性と孤独、そして愛を表現した。
 サウンド面では上記のBOφWYのレコーディング時にプロデューサーを務めた佐久間正英を
再びプロデューサーとして起用し、硬質なサウンドづくりを行っている。
しかしBOφWYの時に比べるとよりダークな質感で、前作Flowers~のきらびやかさとは
大きく異なる音世界である。
 
 製作に当たり氷室が作成したデモテープは、佐久間いわく「そのまま出しても十分作品として
通用するレベル」であったという。
自分はネット上に流出していたデモテープ音源を聴いたことがあるが、確かにリズムトラック
などは完全にスタジオ版と同じであった。
しかもそのリズムトラックは非常に作りこまれており、氷室の頭の中でいかに複雑に鳴り響いて
いたのか想像に難くない。佐久間はドラマーにそうる透を起用し、氷室の作った
リズムパターンをドラムでそのまま再現させた。しかし後に黒夢やCOMPLEXのサポートにも
加わる名ドラマーそうる透をして、「最初はどう叩くか非常に悩んだ」と言わしめるほど
そのリズムは難解なものだった。
 これは氷室がBOφWYで培ったビートとは別のビートを探求していたことを意味している。
BOφWYではシンプルな8ビートが基本で、いわゆる縦ノリといわれる、思わずこぶしを
上げたくなるような強く速いリズムに氷室の独特な譜割りのボーカルが乗ることで
発明とまで言われるあのビートが作り上げられていた。
 一方このアルバムのビートはツーバス(バスドラムを2つ使うスタイル)の複雑なパターンや、
シンバルの裏拍打ちやスネアの使い分けなど、あえてノーマルなビートから外れたもの
ばかりである。
 それにしてもそうる透のドラムは鋼のように強靭なサウンドだ。難解なリズムを自分のものにし、
魂を吹き込むことに成功している。四人囃子でならした佐久間のベースもハードだ。
この新しいビートたちとともに、バラエティにも富んだ楽曲群も今作品の特徴。
オーケストラからカリプソまで、様々なパターンの楽曲がしかし一定のコンセプトの中で
統一された質感を持って迫ってくる。
 ちなみにギターも佐久間正英が弾いている。彼のマルチっぷりには驚かされる。
後にはGLAYやヒステリックブルーなどのバンドを手がける佐久間だが、 BOφWYならびに
氷室を手がけたことは彼のキャリアでも大きなポイントの一つだろう。

 前作のサウンドがBOφWYの起こした流れをくんで発展させたものとすれば、このアルバムは
氷室が本格的にソロアーティストとしてのキャリアをスタートさせ、新たなビートへの旅を
続ける第一歩を記した重要な作品である。続く全曲解説で、このアルバムの狙いとコンセプトを
分析してみたいと思う。

師匠のおすすめ度 ★★★★★

<全曲解説>

1. OVERTURE
 BOφWYではGIGのはじめによくオリジナルのインストの曲を流していた。
誰のアイデアなのかはわからないが、氷室が気に入っていたことは間違いない。
なぜならソロになった氷室のライブのほとんどで、同様にオリジナルのインスト曲が
プロローグとして鳴り響いていたからだ。
 このアルバムのはじまりを告げる曲がインスト曲だということは、アルバムが楽曲の寄せ集めでは
なく、トータルなコンセプトを意識して作られたものだということを意味している。
ライブではアルバムカバーに描かれたNEO FASCIOの紋章がCGで描かれ、この曲に
ふさわしい荘厳な舞台演出で観客の期待を膨らませた。

2. NEO FASCIO
 「Born In The Dark 燃え上がる街に素敵に黒い夢」
のっけから不穏な歌詞で始まる、まさにファシズムの権威を表現するこの曲。
オイ!オイ!の掛け声が全編通して聞こえるが、まるでファシズムに乗せられた
大衆の声に聞こえる。そう、まるでヒトラー政権下のドイツ民衆のように。
ライブで氷室はまるで独裁者のようないかめしい衣装をまとい、聴衆を扇動する。
ちなみにこのいでたちにより、氷室はある音楽誌でその年のワーストドレッサーに選ばれた。 
 「踊れレジスタンス もう逃げられやしないさ
  狂いそうに 愛さえこの手逃げられない」
愛さえも支配する力を持つというカリスマである独裁者。
ステージでの氷室も、聴衆の心をコントロールするカリスマと化す。

サウンド面では、激しいリズムチェンジが特徴。Aメロでは16ビート、Bメロでは4ビートの頭打ちを
8ビートと組み合わせて変拍子のように聴かせる。非常にノリを出しにくいパターンだ。
サビのメロディも決してキャッチーではない。一緒に歌うような曲ではない。
聴衆はカリスマの命ずるまま大人しく拳を振り上げていればいいのだ。


3. ESCAPE
 ギターのアルペジオから始まり、突然としてドラムが暴れだす。
そして続く不穏な歌詞の数々。
「脱がせたジッパーに仕込まれたマイクで 声が奪われていく」
という愛に自由のない世界。盗聴問題のある現代社会を示唆しているのか。
そうした絶望的な世界を描きながら、一転かすかな希望を描く。

「おまえに見つけた夜の抜け道で 俺たちは今この壁を突き抜けるさ」
この歌詞で連想するのが前作の「Dear Algernon」である。
「優しさには出会えたかい 抜け道をいつも探してたお前に」
ダニエル・キールの小説の中でのアルジャーンは実験用マウスであり、
知能を確認するために迷路の中に入れられていた。
そのアルジャーノンと仲間意識をもつ主人公も、同じように実験下にある状況から
抜け出そうともがいていた。

「愛と呼んでいる罠に気をつけて 自由はどこか別の場所にあるはずさ」
「夢をくだらなくされたくはないさ 胸締め付けるシャツを破くだけでいい」
「苦しめあうリアルから ESCAPE」「Hurry Up Baby 狙われてるぜ」

全ての歌詞が実感を伴って迫ってくる。
それは氷室も同じようにもがき苦しんだ経験があるからではないか。魂のこもった歌である。
「痛み」を感じさせる歌である。

この曲もリズムチェンジが激しく、冒頭からの複雑なリズムパターンは混沌とする世界を表現し、
一転してストレートな8ビートで世界からのESCAPEを感じさせる。
しかしサビの部分ではまたも足かせをかけられたようなビートに変化し、
簡単には抜け出せない世界思わせる。
非常に考えられた曲である。今回再び聴き込んでそのアレンジの妙に唸ってしまった。

4. CHARISMA
 まずはサウンドに注目したい。ギターのリフがカッコいい。イントロのリフももちろんだが、
Aメロに入ってからカウンターメロディ的に入るミュートを聴かせたフレーズが美味しい。
 リズムは前曲以上に複雑。
基本ビートは16ビートに複雑に絡ませたバスドラのフレーズを盛り込んだもの。
Bメロ部分ではライドシンバルのカップ部分でリズムの裏打ちを「ウッキン ウッキン」とする。
サビではラップ的な要素を盛り込むとともに、ギターのカッティングが前に突っ込んで
一筋縄ではいかないグルーブを作り出している。
 この曲は、自分には叩けない。難しすぎる。こうした複雑なリズムを、タメをうまく作りながら
重すぎず軽すぎないグルーブを出しているそうる透の腕は凄い。
それをライブで叩きこなした永井利光はもっと評価されていい。
 
「世界中の愛を集めて 俺はさみしさを心で殺した きりがないぜ」
この曲では大衆を支配する絶対的な力を持つカリスマも
独りに帰ればただの愛を求める寂しい人間にすぎないということを表している。
ライブではイントロに氷室が「Children of Heartbreak!」と叫ぶ。
有名な「ランドセル事件」のように小学生の頃に挫折を経験した氷室。
その経験からなのだろうか。子供の頃に受けた痛みは大人になってもどこかに陰を落とす。
昨今でこそ児童虐待が多く取り上げられるようになったが、氷室は早くからこうした
問題に自分を重ね合わせていたのだろう。
予想通りすっかり更新しなくなったPodcastでも氷室はいじめ問題に大いに関心を寄せていた。


ここで氷室の出生について1つの説を紹介したい。氷室の実家が肉屋だというのは多くの方が
ご存知と思うが、自分がネットでいろいろと見ていると氷室がいわゆる被差別地域の出身だと
いうことを書いていたサイトがあった。
何でも肉屋というのはそうした人たちが多く営む職であり、氷室の実家もそうではないかという。
氷室はそれが原因で学校でも教師に差別されたのだろうか。それとも非行に走る原因に
差別があったのだろうか。
自分の出身地でもそうした差別は存在し、親からも「あの人はこれだからね」と指を4本そろえた
ジェスチャーで「4つ指」として表現されることを教わったことがある。
くだらない。実にくだらない。
差別の問題は自分も幼い頃からおかしいと感じていたし、それに関する教育もなんだか
言葉だけ立派で中身を伴っていないと直感していた。
なんだかんだ言ったって差別は今でも存在するし、それを消そうとすればするほど、
「昔はこんな差別がありました。だから無くしましょう」と言えば言うほど
油を注ぐようなものじゃないか。
また被差別地域出身の人が法外な要求を自治体に行い、それを通してしまうといういわゆる
「逆差別」も存在すると聞く。
そんなことがまかり通っているからこそ、問題の根を深くしているのだ。
氷室が実際に差別を受けていたのかどうかわからないし、知ろうとも思わないが、そうした
社会の黒い部分がまだ存在することは事実だ。
まったくいらだたしい限りだが。

「システムただフラストレーション」
このフレーズが意味しているもの。それは既存の社会に対する革命精神、つまりパンクである。
スターとなった氷室だが、いつでもそうしたパンク精神を忘れずに表現しているのが魅力である。
ソロ1作目のアルバムが大ヒットして、普通なら既存の路線を行くのだが氷室はそうではない。
こういう歌を歌える氷室は、まさしくロックそのものである。

5. COOL
 タイトル通りCOOLな曲。シャッフルビートだがギターの裏拍を強調したカッティングと
ハモンドオルガンのコード弾きがジャジーな雰囲気をかもし出している。
しかし曲そのものは見事なまでにロックしている。氷室のボーカルがさせているのだ。
氷室のボーカルはこの曲で新境地に達した。
これまでは天然素材そのままで勝負していて、しかもそれが一級品だったので誰も
太刀打ちできなかった。
それがこの曲に代表されるように、氷室自身が自分のボーカルサウンドの最も美味しいところを
意識してそれを生かすような言葉を選び、パーカッシヴにそれを響かせることで他のサウンドと
混じり新たな音世界を構築している。
氷室のボーカルは反射神経に富んでいる。この曲のような強力なオケの中ではひときわ輝く。
ビートに乗せる彼のボーカルラインは、数字で表せる類のものではないような気がする。
実際Protoolsなどコンピューター上で音をいじることのできるツールで氷室は自分のボーカルを
分析してみたことがあるということだが、想像するに例えば音符にしっかり乗せてもしっくりこない
のではないか。彼独特の反射神経、肉体的能力で作り出されたボーカルライン。
唯一無二のそれを意識的に曲に反映させ始めた最も初めの曲である。
シャウト1つとっても計算されている。それでいて、あざとくなく自然に曲にハマっている。
断言しよう。この曲を歌いこなせるボーカリストは、氷室しかいない。
 歌詞は前曲までのコンセプチュアルなメッセージ性は薄まり、人工的な世界の中で
本能のままに躍動する人間の野性味・肉体性を表現している。
NEO FASCIOツアー以降にもしばしばセットリストに組み込まれ、OVERSOUL MATRIXツアーでは
氷室が切れのよいアクションとボーカルでその魅力を十二分に出し切った。
CASE of HIMUROで復活した後、Higher Than Heavenでは本編序盤の主要曲として配置された。
とりもなおさず、この曲がいかに氷室のボーカルを語る上で欠かせないものかということがわかる。

6. SUMMER GAME
 コンセプト重視のこのアルバムからはほとんどシングルカットされていないが、この曲は例外。
氷室の得意な8ビートで、この年の夏にアルバムに先行し発表されている。
LPでいうA面の最後に位置することからも、この曲がアルバムのコンセプトに基づいたもの
というよりはボーナス的な扱いであることがわかる。
 過去の音楽史でもこうした例がしばしばある。The Beach Boysの傑作『Pet Sounds』でも
シングル「Sloop John B」はA面最後に収録され、アルバムのコンセプトからは一線を画していた。
しかもシングルは大ヒットし、後々までライブの目玉曲として取り上げられることとなる。
 「SUMMER GAME」も同様にヒットし、夏には欠かせない曲となった。

NEO FASCIOツアーのサポートを勤めたバンドは「S=PEED(エスピード)」と名づけられ、
90年夏には『GOLDED AGE of R&R(日比谷野外音楽堂)』『JT SUPER SOUND'90
(真駒内陸上競技場)』、『R&R OLYMPIC(仙台SUGO)』など様々なイベントに出演したが、
その際にこの曲はメインの曲として演奏された。
近年の氷室のライブではアンコール最後の曲として定着している。
 2007年8月に行われたGLAYとのジョイントライブでは、アンコールで氷室とGLAYとの
共演にこの曲が選ばれた。TERUのボーカルはやはり氷室の曲ではパワー不足だと感じた。
またこの時期のインタビューで、SUMMER GAMEができた時ちょうど2番目の子供ができた時
だったと明かしている。氷室曰く、1番目の子の時がANGEL、2番目がSUMMER GAME、
3番目が魂を抱いてくれの時で、このライブではSUMMER GAMEしかやらなかったので
他の子が文句を言ったという微笑ましいエピソードを語っている。

 この曲に関しては個人的な思い出がある。中学の修学旅行のバスの中、前の席から順番に
一枚のタオルを廻していくというゲームをやっていた。そのタオルはきつく結ばれており、前の
人からまわってくるたびに一旦ほどいて、また結びなおしてから次の人にまわすルールだった。
制限時間が設けられ、最後に持っていた人が罰ゲームとして1曲歌わなければならなくなった。
 ゲームの時、自分は眠たくて内容がよくわかっていなかった。そして悪いことに制限時間ぎりぎり
になって自分にタオルがまわって来て、結局罰ゲームをさせられることになった。
カラオケ好きな今なかば何てことないのだが、当時の自分は内気なシャイボーイ。
歌のノートを見てもなかなか曲が決められない。時間が過ぎていき、車内は不穏な空気に。
「はよう歌え!」の声が飛び交う中何とか選んだのが、吉幾三の「雪国」。
テープでカラオケが流され、歌いだした自分。うまくもないし下手でもない。微妙。
空気を変えないとと思った自分は何と歌詞を変えて歌った。
「追いかけて 追いかけて 追いかけて 雪国」を
「お湯かけて お湯かけて お湯かけて 3分」と・・・。
瞬間、車内は雪国と化した。
バスを降りた後ホテルにチェックイン。無視されていた自分に唯一声をかけてくれたやつがいた。
「あれはいかんで」彼こそが後にBOφWYのコピーバンドに誘ってくれたギタリストのYくんであった。
この事件の後、自分は密かに復讐の時を待っていた。
姉が買っていたCASE of BOφWYビデオを見ながら氷室の歌マネ特訓。
その甲斐あってか、翌年のなんだったか忘れたが旅行では車内で見事に
SUMMER GAMEを歌いきり、バスガイドから「うまいですね。」と言われたのだ。
以来、人前で歌うのは大丈夫になった。
その時調子に乗って松任谷由美の「ANNIVERSARY」も歌ったのは秘密。
ちなみに自分の「雪国」の替え歌は、志村けんが「だいじょうぶだぁ」で全く同じフレーズでコントに
使っていた。志村にシンパシーを覚えつつもバスでのトラウマを思い出し、素直に喜べない
自分がいた。
余談が過ぎた。次いってみよう!(いかりや風に)


7. RHAPSODY IN RED

 この曲もアルバムのコンセプトからは少し外れた曲。実験的な要素が満載だ。
 シングル「SUMMER GAME」のカップリングに、姉妹曲「RHAPSODY IN BLUE」がある。
そちらはアップテンポでシャッフルしているノリのいいバージョン。一方こちらはカリプソ風のアレンジで
ソロにはなんとスチール・ドラムが使われている。
  明るい曲調だがサウンドはダークと、結構複雑な印象を与える曲。氷室流ひねくれたポップか。
歌詞には特に注目すべき点は無い。

8. MISTY
 化粧品のCMとのタイアップでシングルカットされた曲。バラード曲だが一筋縄ではいかなメロディと
どことなく憂いを含んだようなサウンドが特徴。直接的にファシズムにつながる歌詞は無いが、
プロモーションビデオはNEO FASCIOの世界をそのまま描いたものであった。
ビデオで氷室は孤独な独裁者となり、悪夢にうなされる日常を演じている。
その中で赤い液体にまみれた手を洗い流すシーンがあるのだが、これが血を思わせるということで
放送禁止になってしまった。MISTYのPVにプライベート・バージョンがあるのはこういう理由からである。
NEO FASCIOツアーで披露されたが、それ以降はライブで演奏されていないはず。
氷室自身はこの曲の歌い方が自分自身気に入っているという。

9. CAMOUFLAGE
 3曲、シングルがらみの曲が続いたが、再びコンセプトに戻る。
「わからない なぜ胸が寒いのか Different Eyes, Voices, Skins 俺だけがStranger」
「少しでも違うのが怖いのさ Different Dreams, Lovers, Hearts 名前の無いStranger」
 ここでは社会差別に言及している。氷室の出生の噂もあながち・・・と思わせる。
世界の大きな動きの中で、人種差別というものがクローズアップされ出したのがこの時代である。
アルバム発表後にはユーゴスラビアのコソボ問題が非常に根の深い人種問題から発生している。
そうした世界史の動きと重ね合わせて、氷室はこの曲で個人としての行き方を問うている。
 すなわち、「違う」ことを恐れずに生きていけるのか、自分のアイデンティティは何なのか、
それを明確にして生きていかなければならない。氷室は自分自身に問うている。

10. CALLING
 ついにこの曲までたどり着いた。アルバムのハイライトがラスト2曲目のこの曲である。
この曲に込められた思いこそが、氷室がこのアルバムを通じて伝えたかったことである。
歌詞の一部を紹介しよう。
「さびた鎖につながれたままでまた尻尾を巻くのなら
 いつか誰かが言ってたように答えは風の中」
「ふりしぼる声と 握り締めるその手で
 運命はきっと変わる時を待っている」
「ちっぽけな愛のささやかな力で 魂は抱かれるのを待っている」
 こうした歌詞に魂を込めて歌い上げるために、氷室は喉がつぶれるまで歌入れに徹したという。
氷室のメッセージは壮絶なまでの説得力で迫ってくる。

高校1年の時に自分はこの曲を初めて聴いた。そしてそのメッセージを受けとめた。
また、この曲の歌詞やタイトルについてもずいぶん調べた。
まず上の歌詞にある「いつか誰かが言ってたように」というのは、ボブ・ディランのことである。
「Blowin' In The Wind」。詳しくはこのwikipediaのページ を見て欲しいが、曲のテーマや歌詞の
内容はかなり類似していることがわかる。
いわば、CALLINGは氷室版Blowin' In The Windといったところだ。
言っておくが、これはパクリとは違う。
曲を聴いてそう思う人がいれば、それだけの感性しかないということだ。

タイトル「CALLING」は辞書で引くと
1 呼ぶこと 2 (神の)啓示 3 強い衝動,欲求
という意味がある。自分にとってはこの曲は言うなれば「啓示」であった。
人生の節目ではこの曲を聴いて、力を得た。
運命を変える力は自分にあるんだと信じ、決して人任せの人生の選択をするまいと心に決めた。

氷室の生き様そのものを、この曲に込めた。そして彼にとってのファシズム、それは既存の社会システム
であり、それを壊し新たな世界を作るのが魂の力であると信じているのだ。
それは音楽業界の方程式に乗らずにライブハウスから東京ドームまで上りつめたBOφWYの
成功物語を生み出した原点である。
また、BOφWYで作られたイメージをぶち壊し、ソロ・アーティストとしての新たな自己を確立しようと
強い意志で自身の音楽活動に望む氷室の想いでもある。

NEO FASCIOツアーではアンコール最後に演奏され、NEO FASCIOの旗がはためく中
氷室が熱唱する。その姿は独裁者のそれではなく、独りの人間氷室京介そのものだ。
最後にささやく言葉は「愛してるぜ 私たちを」と自分には聞こえる。

11. LOVE SONG
 アルバムのフィナーレを飾る、いわば映画のエンディングテーマにあたる曲。
ピアノの伴奏にのせて歌われるメロディは、キャッチーでありながらボーカルに相当の力量を必要とする
ラインである。特に「愛しているのさ」のフレーズは、一度歌ってみたらわかるが、普通はあんな風に
聞かせることができない。音符で言うと同じ音階なのだが、微妙にフラットさせている。
一筋縄ではいかない氷室のメロディ解釈と譜割りが如実に表れている。
 アレンジは仰々しいのだが、先に書いたように一大巨編のフィナーレと思えば納得できる。
ライブでは、90年のNEO FASCIO ENCOREツアーで演奏されたという。もし映像があれば公式に
発表してもらいたいと切に願う。

 最後に、このアルバムのサウンドおよびコンセプトをライブで再現してのけたバックバンドS=PEEDの
力量はもっと評価されるべきだと思う。永井利光のドラムはもちろんだが、ベースもなかなかのもの。
意外に知られていないが、ベースの春山信吾は、氷室がBOφWY結成以前に加入させられていた
バンド「スピニッジ・パワー」のメンバーだった。考えれば相当長い付き合いである。
春山は後に活動再開後のTM Networkでもサポートを勤めるなどの、実力者だ。
氷室は春山のことを「ファンだった」と言っている。音楽的に納得できないバンドではあったものの、
春山のプロフェッショナリズムには一目置かざるを得なかったのだろう。

友森昭一のギターは、アルバムの複雑に重ねられたギターサウンドを一人で表現しきっている。
カリスマ的なオーラは感じられない友森であるが、ミュージシャンとしての能力は一歩抜きん出ている。
今では藤井フミヤ、大塚愛のどのサポートをしているが、氷室との共演が彼のキャリアの
ハイライトであることは言うまでも無い。次作
では友森の作曲能力が重要な役割を占める。

キーボードの西平彰は、ファーストアルバムからの付き合いであるが、ライブでのパフォーマンスは圧巻。
そのアレンジ・プロデュース能力が次作ではいかんなく発揮されることとなる。

その次作『Higher Self』については、次回の記事にて。

ジョンの命日

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↑ジョンのことを知らない方には、まずこのベスト盤から入ることをお勧めします。
 代表曲はほとんど網羅されています。けっこう今安く手に入るんだね・・・

今日はジョン・レノンの命日。
1980年だからもう27年前の話。
しかし毎年この日になると世界中たくさんの人が彼のことを思い出す。
そして彼の曲を聴く。
彼の愛と平和のメッセージが響くようになったのは、皮肉にも彼が凶弾に倒れてしまってから。
死というものを考える時に、人間が死ぬのは二度という言葉を思い出す。
一度目、肉体的に死ぬ時と 二度目、人々から忘れ去られてしまう時。
そう考えるとジョンには二度目の死は永遠に訪れないような気がする。
そして彼の一度目の死は、二度目の誕生日だったのではないかという気さえしてしまう。

死を悼むよりも、自分はあえてこう言おう

Happy Birthday Again, John
Thank you for your life
Flowers for Algernon

Flowers For Algernon (1988)


ソロデビューアルバムにしてレコード大賞・アルバム大賞を受賞した傑作。
氷室京介のイメージを広くそして強く印象づける内容。
BOφWYの頃のやんちゃさは少し抑えられて、ファッショナブルでちょい不良、
それでいて優しさとナイーブさを備えた男というイメージを確立した。

サウンド面では沢田研二などを手がけた吉田建をプロデューサーに迎え、
キーボードやシーケンサーを多用し、洗練された空気感を演出している。
ドラムには村上ポンタ秀一を起用し、BOφWYの縦ノリかつスクエアなビートからの脱却が図られた。
すなわち、よりグルーブと歌心を重視したビートへの変化である。
この試みは見事に成功している。
ポンタは私の尊敬するドラマーの一人だが、彼はレコーディングの前に必ず歌詞を読んで
曲の持つ雰囲気を理解して望むという。
ポップな中にも芯のあるこのアルバムの雰囲気を演出しているのはまぎれもなく彼のドラムである。

そして吉田建のアレンジ。完璧である。
完璧すぎたゆえか、これ以降氷室は吉田を起用していない。
他人に任せていい結果が出るのと言うことがわかった以上、同じことを繰り返さないのが氷室である。
よりわがままに自分の音を追及するようになる前の氷室。一級品の素材として自分を提供し、
ジャパニーズ・ポップ&ロックの歴史に残る素晴らしい作品を残した。

アルバム大賞の授賞式で彼が発した言葉。
「(受賞できたのは)自分の実力だと思います
は不遜な言葉でも何でもなく、自らの天賦の才能、ボーカリストとしての能力、スター性が
生かされればここまでの作品になるんだという確信から生まれた言葉ではないか。

ライブでの定番曲を数多く含むこのアルバム。作曲は全て氷室の手によるもの。
何かと言うと布袋の作曲能力が評価されたBOφWY時代に比べても全く遜色の無い作品ばかりである。
そして作詞のほとんどは、BOφWY時代から付き合いのある松井五郎。
1曲のみ、泉谷しげるを起用している。
ロック歌謡とも言うべき独自のスタイルを確立した本作品。
なお、ゲストとして当時注目を浴びたギタリスト、チャーリー・セクストンが参加。

師匠のおすすめ度 ★★★★★

1 . ANGEL
デビュー曲にして氷室京介の代表作。
抜けるような軽快な8ビートのロックンロール。
歌詞は氷室自身がてがけ、これからのソロ活動に不安を持ちながらも
力強く立ち向かっていくという決意表明。
ギターはチャーリー・セクストン。17歳で全米デビューし注目を浴びたギタリストで、
氷室とはこのアルバムを受けたツアーの最終日東京ドーム公演で共演している。
その後もNEO FASCIOツアーの同じく最終日東京ドーム公演で共演。
自分の記憶が正しければ、他にもステージを数回共にしている。
BOφWYでは布袋が機械のような正確なビートでソロをとっていたが、チャーリーはもっと
ざっくりした譜割りで聴かせるギタリストである。
BOφWYと異なるビート感を目指す上では適切な人選だと思う。
ドラムはオカズがばっちり決まって気持ちいい。何よりそのサウンドの美しさ。
みずみずしいサウンドは生まれたてのスターである氷室京介の旅立ちを支えている。
吉田建のベースはオーソドックスだが手堅いプレイである。
しかし何と言ってもこのボーカルの凄さ。
後に氷室自身がANGEL2003としてリメイクした時に思わず「昔の俺、凄いな」
と思ったほど、その声量と勢いは圧倒的である。
その後のツアーで本編ラストもしくはアンコールで演奏され、そのたびに氷室は
「一番大事にしている8ビートのロックンロール」と曲紹介をしている。
近年ではGLAYとのコラボレーション・ライブで一旦封印されるも、続くIn The Moodツアー
最終の2日公演で復活するや、ファンの大反響を呼んだ。
演奏されてもされなくても注目される、彼の音楽人生の中で最も重要な曲。
それがANGELである。

2. ROXY
BOφWY時代から得意としていたシャッフル・ビートの曲。
ちょっと小粋でポップ曲調で、アレンジが冴えている。
氷室のボーカルもハマっている。
歌詞も秀逸で、中でも「くすんだ車で しけた夜をぶっとばす」というフレーズ。
何度聴いても「盗んだ車で」と聴こえる。これは確信犯だろう。
尾崎豊の「盗んだバイクで走り出す」へのオマージュなのだろうか。
King of Rock Showツアーではビートルズのカバー「Come Together」に続いて演奏され、
前曲で登場した氷室のデスマスクをつけたレプリカダンサーがマスクを投げ捨て、
陽気に踊りだすという演出もあり、ステージを盛り上げた。
ちなみにこのレプリカダンサーの振り付けの中で、手を顔の横で縦・横へと90度を描く箇所は、
工藤静香の「あ~らしを お~こして」の曲(タイトル忘れた)で有名になった振り付け
そのまんまである。80年代には欠かせないあの振り付け・・・
みなさんもやったことがあるでしょうか?私は、あります。
2003年に行われたデビュー15周年ライブCase of Himuroでは、この曲がギターの
本田毅の手によりハードなロックバージョンに生まれ変わり披露された。
オーディエンスとの掛け合いも組み込まれたこのバージョンは、初演にもかかわらず
会場を大いに盛り上げた。続くHigher Than Heavenツアーおよび翌年のSoul Standing Byツアー
でもセットリストに入り、新たなライブの定番曲として定着した感がある。

3. LOVE & GAME
BOφWY時代にたしか1986年だったか、小泉今日子に氷室が提供した「3001年のスターシップ」
が土台になった曲。その際にアレンジを担当したのがホッピー神山。
多くのアーティストからアレンジャーとして起用されている実力者。くわしくはこちら
ホッピーとはアルバム『Shake The Fake』で再びアレンジャーとして起用され、2000年の
Beat Haze Odysseyツアーではキーボードを担当している。その彼が初めて手がけた氷室の作品である。
キーボードの印象的なフレーズが曲全体を通し流れており、ポップでありながらロックしているこの
アルバムのサウンドを象徴している。
ライブでも定番曲としてほとんどのツアーで演奏されており、一部のファンからは飽きたという
声すら聞こえるほどである。
2003年のCase of Himuroでの氷室の最初のMCで「今日はレアな曲を・・・」とファンを期待させた
直後にこの曲を披露し、多くの聴衆を混乱に落としいれた。

4. DEAR ALGERNON
セカンドシングルとなったロッカ・バラード。
「ひび割れたアスファルトの上に苛立ちをはき捨てる」と始まる内省的な歌詞が特徴。
アルバムタイトルともなったダニエル・キースの名作SF小説「アルジャーノンに花束を」
にインスパイアされた内容である。

ここで同小説を知らない方に説明すると、アルジャーノンというのは実験用のマウスの名前で、
人工的に知能を高める実験に使われた。
物語は知能障害を持つ主人公(名前は忘れた)が同じく知能を高める実験の対象となり、
徐々に知能が高まっていく様を本人の書く実験レポートとして記したものである。
最初は文法もつづりも滅茶苦茶だったレポートが、だんだんと知的な文章になっていく様は
激しいリアリティを持って迫り、作者の力量を称えずにはいられない。
主人公は知能は向上したものの、自分がいかに他人から見られているか気づくことなり、
以前は感じなかった孤独を感じるようになった。
実験対象として見られ人として愛されているのではないとさえ思うようになった彼だが、
実験の効果が薄れるに従い知能が低下しもとに戻る。彼の実験レポートの最後には、
実験中に死んでしまったアルジャーノンの墓に花束を供えて欲しいという願いを書き記した。
この小説で描かれている孤独が、氷室の奥底に眠る孤独に響いたのだろう。

氷室は小学生の時に悪ガキで、ある日クラスメートがカバンを傷つけられたのを教師から
自分のせいにされたことをトラウマとして語っている。
また高校生の時には親友だった山田かまちが自宅でギターを弾いていて感電死するという
悲劇にも遭っている。
暴走族にも入るほど荒れていた少年時代の氷室だが、その族でさえ上下関係に縛られる
1つのシステムでしかなかった。
「ざらついた心はどうすればいい」
「悲しみと哀れみに縛られた夜」
と自らの孤独を切々と歌い、自らに語りかけるようにこう歌う。
「Dear Algernon 優しさには出会えたかい 抜け道をいつも探してたお前に」
小説の中でアルジャーノンは、実験の効果を調べるために迷路の中に入れられ、
そこから出るタイムを計られていた。
氷室の感じた孤独は、閉塞的な周りの状況から抜け出すためのたった一人の戦いの中で
感じたものだったのだろうか。

BOφWY結成以前には、氷室は地元群馬でバンド・コンテストで賞を取り、上京しビーイング
音楽事務所に所属し、「スピニッジ・パワー」というバンドのボーカルとして活動していた。
しかしこれは彼の本意ではなく、本人曰く「フィリピンバンドみたいなダサい音楽」をいやいや
やらされていた。その他の仕事としては、「アトラス寺西」という名義で鉄腕アトムの挿入歌を
歌ったりもしていた。
いずれにせよ自分のやりたい音楽からはかけ離れたもので、その状況を脱しようともがいていた。
そこで地元で別バンドで注目を集めていた布袋とコンタクトを取りBOφWY結成となったわけだが、
解散当時の氷室がこの曲を書いたことには非常に大きな意味があるのではないか。

決して後ろを振り返ることのなかった20代。前を向いて攻め続けた時代に終わりを告げ、
たった一人で歩み始めた自分を表現する曲。それがこのDear Algernonである。
「魂を感じたい、命を感じたい、夢を感じたい、愛を感じたい」と叫ぶ氷室。
ある意味ANGELよりむき出しの氷室がここにいる。

一方、別の解釈もできる。氷室はインタビューの中で
「ガキのころから自分が周りと違うという感覚を覚えていた」という。
また「うまく融合できている人間よりはそうでない人間の方が信用できる」とも。
アルジャーノンとは、周りとは違う己の存在を象徴するものであるのかもしれない。
氷室は作品のクレジットの最後にいつもALGERNONと記している。
これは奥さんのことを示しているという説もあるが、自分がそうではないと思う。
飾りを取り去った後にのこる自分の素の姿。それがALGERNONではないか。
常にそうした周りとは違う自分を忘れないでいたい、最後に頼れるのは自分だということを、
クレジットに表しているのではないかと思う。

ツアーKING of ROCK SHOWではアンコールにアコギ一本に弾き語り、
途中からバンドが加わるというスタイルで披露された。
ビデオにもなった最終公演では本編終了後カメラが控え室まで氷室を追いかけ、
アンコールに登場するまでの様子が場内スクリーンで映されるという演出で
一人の人間としての氷室を浮き彫りにした。
NEO FASCIOツアーでは弾き語りの部分が1コーラス多めに取られ、
氷室が演じる独裁者の孤独をより強く表現した。
それ以降のツアーではリストに入らなかったが、唯一2003年のCase of HIMUROにて
弾き語りではなくフルバンドスタイルで演奏された。

5. SEX & CLASH & ROCK'N'ROLL
 タイトルからわかるように、快楽を追求するものとしてのロックを表現した曲。
ツアーKING of ROCK SHOWのオープニング・ナンバーとして演奏されたように、
ライブ向けの曲として作られた可能性が高い。アルバムバージョンはジャジーなアレンジが施され、
どちらかというとお下品な歌詞内容のこの曲に一定の品を与えることに成功している。
 OVER SOUL MATRIXツアー(NEO FASCIOツアーの誤り)
ドラムのハードなリズムから始まりアレンジが施され、
メンバー紹介と共にそれぞれのソロパートが組み込まれたバージョンが演奏されるようになり、
以降このバージョンが定着した。
 One Night Standツアーでは、「SEXは好きかい(ニヤ笑)?」というMCとともに演奏され、
氷室の変わらぬお下品さ、いやセクシーさが発揮された。

6. ALISON
壮大なスケールのバラード。
レコーディング・ブースの外にいても聴こえたという伝説を持つ氷室のボーカルが
いかに力強いものだったのかが、この曲を聴けばわかる。
KING of ROCK SHOWツアーに先立って行われたDON'T KNOCK THE ROCKツアーは
雨天に見舞われることが多かったとのことだが、ビデオに収録されているその雨の中の
ALISONは、あまりに美しい。
 レコード大賞の授賞式でもANGELの後に歌われ、すさまじいボーカルを披露している。
ただのちゃらちゃらしたロック・ボーカリストであれば表現できないボーカルである。
たった2曲にもかかわらず、氷室の顔には汗が滴り、全力を出し切っている。
このパフォーマンスをぜひとも正式にDVD化してもらいたいものである。
 2003年のCASE of HIMUROでも歌われたが、1988年当時のエネルギーは氷室本人でも
さすがに再現できなかった。
ANGEL2003でもそうだが、キレイに歌ってはいるものの、明日さえ考えないような勢いに欠ける。
若さのなせる業である。

7. SHADOW BOXER
 BOφWYを髣髴させるアップテンポでメロディアスなロック・ナンバー。
イントロでエフェクトのかかった氷室のボーカルがフェード・インしてくるのだが、
何を言ってるかがわからないと、しばしば話題になる。
自分にはこれは「Don't Know Fears(恐れを知らない)」と聞こえる。
非常にノリのいい曲だが、歌詞は内省的である。
「今一人だけで Break My Darkness」
「振り向くことはしないぜ To Be Myself」
相手のいない戦い、自分だけの戦いを続けることをしっかりと歌っている。

ここまで見るとこのアルバムの特徴がはっきりと浮かんできた。
一見キャッチーなメロディとポップなサウンドでとっつきやすい、大衆にアピールできる曲だが、
細かく見ていくと非常に内省的かつ精神的なテーマを含んでいることがわかる。
氷室がレコード大賞授賞式で語った「ポピュラリティのあるロック・アルバム」、まさにこのアルバムを
言い表すのに最適な言葉だ。
氷室の言うロックとは、どこか「痛み」を抱えたものであり、それが決してポップにはとどまらない
彼の音楽性であり魅力であると考える。
 自分の大好きな曲だが、KING of ROCK SHOWツアー以降は封印されてしまった。
それが解けたのがCROSSOVER 05-06のカウントダウンライブ。
何と2曲目に何の前触れもなく演奏され、多くの観客を狂喜の渦に叩き込んだ。
その後ツアーIn The Moodでも何会場かで演奏された。

8. TASTE OF MONEY
 アンチ拝金主義の熱いメッセージの込められたロックナンバー。
 男から金を巻き上げる女ども、損得ばかり考えて夢のためにリスクを冒そうとしない親たちを
取り上げ、強烈な反骨精神が歌われている。
 サウンドもハードでアップテンポ。もちろんライブの定番曲。
 しばしば「金が全ての世の中じゃないぞ!」というMCから始まる。
 氷室の真骨頂である早口言葉シャウトについていく観客。
 大阪で初氷室体験をした時に、一人だけ台詞を間違えたファビョってしまったのもいい思い出。
 1991年のOVER SOUL MATRIXツアーでは、汚職事件で逮捕された大物政治家金丸信を
皮肉った伝説の「金丸バージョン」がごく一部の会場で歌われた。

9. STRANGER
 氷室はBOφWYの「Dreamin'」を歌う際に「夢を見てるやつらに贈ります」と紹介していたのだが、
そんな氷室のもとに「自分は夢が見れない」というファンからの手紙が来た。そ
のファンに対して氷室が作ったという非常に珍しい経緯を持つ作品。
 「もてあますPassion We've Been Strangers
  ぎらついたEmotion We've Been Strangers」
周囲に融合できない、どこか他人とは違う孤独を感じていたという氷室だから、
「You」ではなく「We」と歌えたのだ。
 「土砂降りのRainy Way 飛び出したSixteen
  びしょぬれの金と夢 ポケットに握り締め」
この歌詞はBOφWYの「16(Sixteenと発音)」を連想させるが、同様に思春期に抱えられない
思いを抱いていた氷室自身を投影している。
 「駆け引きだけの街 夢の置き場探してる
  時計仕掛けの夜に 縛られたくはないぜ」
 とツッパリながらも
 「駆け引きだけの街 また何かを見失う
  時計仕掛けの夜に いつか飲み込まれてく」
 と一方で崩れ落ちそうな危うさを表現している。これはティーンエイジャーの何の根拠も無い自信と
何の裏づけもないことへの不安のせめぎあいを見事に表している。

 現在恐らくティーンエイジャーになっている氷室の3男が、この曲には共感して聴いているという。
いつの時代も若者は夢を抱き不安を戦いながら一歩一歩大人になっていく。
大人になっていくということは、何かを無くしていくことでもある。
こんなことを考えてこの曲を聴くと、胸の奥に潜む傷跡がうずくのを感じる。
そしてその傷跡を持つ人こそ、本当の意味で優しくなれるのだろう。

 この曲は1998年のベストアルバム「COLLECTIVE SOULS」でボーカルを録り直して収録されている。
氷室は1988年当時のボーカルを「未熟」と判断したのだが、確かに再録の方が音程が安定していて
成熟している。しかしこの曲の持つ「痛み」をよりリアルに響かせるのは、断然オリジナルの方である。
ライブでも度々演奏されているが、1998年のOne Night Standツアーでの演奏は、本田毅が絶品の
ソロを弾いている。彼はこの曲のもつ「痛み」をギターで表現できた唯一のギタリストである。
 ドラムに関して言えば、技術的な面ではそのOne Night Standでのマーク・シューマンのプレイが
光っているのだが、いかんせん彼は日本人ではない。この曲の歌詞を心から理解し、
痛みを表現しているのは何といってもこのオリジナル・バージョンの村上ポンタ秀一のドラムである。
微妙なハイハット・シンバルの表現は、彼にしかできない。
いや、真似はできてもあのように切なさを感じさせることはできない。
 日も翳る今の季節にこそ、「Stranger」を聴いて欲しい。そしてあの懐かしい痛みを、味わて欲しい。

10. PUSSY CAT
 箸にも棒にもひっかからない、いわゆる捨て曲。
 ラスト曲の世界を際立たせるために置かれただけ、もしくはとりあえず氷室はこんなことも
できるんだよと証明するだけの曲。
 曲名は女性の大事な部分を表すスラング。歌詞も要するに行為そのもののことを歌っており、
オールドタイプのロックンロールというところか。
キーボードの音も古臭く、エンディングも意図的なのだろうがとっ散らかっていてすっきり終わっていない。
 ライブでも一度も演奏されたことがなく、ファンからの支持も特に無い。
 たとえこの曲が突然演奏されたとしても、ファンはぽかーんと口を開けて見るだけだろう。
 たとえ氷室に「カモンシェイ!」と煽られても「??」である。
 なにしろ歌詞がいただけない。
 「ジャングルに俺の熱い指でタッチ」とか「やらせておくれ~ぃよ」とか・・・歌えるかっつーの。
 近年のインタビューで氷室は、子供が大きくなってきて昔ほど意味の無い歌詞を歌えなくなった
ということを語っていたが、この曲などその代表だ。
 今では考えられない氷室のアブナイ魅力が満載の珍曲。

11. 独りファシズム
 アルバムのラストにふさわしい、しっとりとしたバラード。氷室の曲では珍しい3拍子の曲。
 作詞は泉谷しげる。当時彼のことはテレビに出ては暴れるただの頭のおかしいおっさんとしか
思っていなかった。優れた曲を書くフォークシンガーだったとは全く知らなかった。
 「今夜こそ 悪びれずに 誰にも見せない独りファシズムを」
と歌われることでわかるように、ここでいうファシズムとは決して全体主義的な政治体制のことではなく、自分なりのこだわり、自分の生き様のようなものを意味している。
 「やつらのスケープゴートにはまりはしないぜ 不敵になるのさ」
 「愛の不毛という死語」
 「夢のかたまりだけを抱きしめたままさ」
反骨精神を持ちながら愛や夢を信じ続ける少年の
 氷室のアルバムでは最後の曲にパーソナルな心情を表す曲がしばしば置かれるのだが、
このアルバムがその始まりである。
 この曲はたしかライブでは演奏されたことはないのではないだろうか。
 しかしこの曲の重要度がそれで損なわれることは無い。
 なぜなら泉谷しげるが描いた独りぼっちの独裁者というイメージが氷室を触発し、
時代に見事にリンクしたアルバム『NEO FASCIO』へと向かわせたからである。

 ちなみに泉谷は当時シンガーとして再注目されていて、吉田建、村上ポンタ秀一、仲井戸麗市から
なる「ルーザー」を従えて活動していた。氷室と泉谷をつなげたのがポンタなのか吉田なのか
わからないが、このあたりの人脈は興味深い。
 吉田建と村上ポンタ秀一はこのルーザーで初めてリズム隊を組んだが、同時期に沢田研二の
サポートも共に行っている。そこでキーボードを担当していたのが西平彰であり、氷室のこの
デビューアルバムでも起用されている。氷室は吉田、村上、泉谷と再び組むことはなかったが、
西平はその後サポート・ミュージシャンとしても、アレンジャーとしても長く起用されることとなる。