In My Blog Life

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今年も終わりですね。

2005年は大変充実したブログライフを送ることが出来ました。


忘れられない人たちとの出会い

忘れようとしていた音楽との再会

歌を作り歌うことの楽しみ


来年も楽しみです


今の自分にぴったりな曲を歌います。


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Deep Yellow ~ 水野 哲

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deep yellow


最近サンプルとして水野哲さんご本人からいただいたアルバム「Deep Yellow」。

気に入ってけっこう聴いています。


入手してから1週間以上たってしまいました。

仕事もちょっと落ち着いたのでやっとレビューがかける!

1曲ずつ感想を書いていきましょう。


1.Shout in the space ~宇宙に叫べ~

 アルバムの1曲目を飾る強力なナンバー。

 メロディにかぶるギターのフレーズが印象的。

 ボーカルも洋楽的な節回しが板についていて、安定感がある。

 後半はブルースハープの味付けが効果的。


2.肩の上のFly ~肩の上の蝿~

 ギターのイントロから気だるく語るように歌いだすところは、ジョン・レノンの影響を強く感じる。

 単語の並べ方も、Give Peace A Chanceのように聴く者のイマージネーションを掻き立てる。

 アウトロのカオス状態の中で響くベースラインが好きだ。


3.Big Boy, Mountain ~死ぬんじゃないよ~

 アルバムのハイライト。

 60年代のフラワームーブメントの真っ只中に放り込まれたかのような錯覚を受ける。

 これもギターのバッキングが出色の出来。

 右チャンネルで鳴り響くリフは、ビートルズのI Feel Fineのようなセンスがある。

 またアコースティックギターのカッティングもさりげないが素晴らしい。凄くリズムをわかっている人だ。

 ベースラインも美味しい。マッカートニーの遺伝子を受け継いでいるかのようだ。

 最後、ドラムだけになるパートでは、複雑なリズムをグルーブを保ちながら叩く力量の高さを感じる。

 個人的に一番好きな曲。


4.VOICEそらら ~Do The Right~

 アバンギャルドな曲。リズムパターンが面白い。


5.Present Life (Acoustic Version) ~至福の生活~

 この人の歌にはパワーがある。歌詞カードで読むよりも、聴くほうが何倍も説得力がある。

 金金金・・・かねやん滑って カーネギーでShout!

 これ読んでなんやねん?と思ったのですが、聴いてみるとあっ、なるほど!

 とわかりました。

 訳わかりませんか?聴かないとわからんとです。はい。


6.Rocket (Instrumental) ~弦楽四重奏~ ~星屑-飛行船~

 なんでこんな曲が録音できるの??

 誰がスコア書いたの????

 テーマとなっているメロディがいい。


7.LARGO

 哀愁漂うナンバー。ファルセットを効果的に使ったメロディは日本人離れしている。

 この人の声、いくら感情を込めても決して感傷的にはならないという特長がある。

 ある種の普遍性を感じるのだ。

 この曲はデモのようなラフな仕上げではあるのだが、それがかえっていい雰囲気をかもし出している。


8.天神, Blue ~青~

 ギターの弾き語りで聴かせる、アルバムラストの曲。

 一発録りならではのライブ感が味わえる。

 荒削りなメロディtと歌であるが、聴いていると風景が浮かんでくる。

 私にはこんな風景であった


   大きく緩やかな川の流れを見下ろす堤防沿い

   一人たたずむと 真っ青な空に 白い鳥が一羽

   何事もないように 羽を広げている

   飛ぶことさえ忘れた私たちの ちっぽけな出来事を

   知らぬがごとく



子供の頃から芸能界で活躍されていた水野哲さんのプロフィール
Johannes(ヨハネ)のHNで書かれているブログ

ご本人からのコメント。


12/28 Johannes

ホントに嬉しいです。m(__)m
感謝感激です!

ちなみにアコ・ギターとハープは、私が演奏してます。リズムに関して褒めてもらえたので良かった!JOHNが、好きで始めた音楽という事もあるのですが、リード・ギターではなく、リズム・ギターという、ポジションに拘ってきました。今はあまりそんな区分けはないのかも?ですが・・・あっ!そうか、タイマイさんはドラマーですからね!リズムやBEATが聴こえるのだと思います。

自分の、ブログでも今度、自分なりにも解説してみます。その時は、TBお願います。

素晴らしい解説と紹介、どうも、ありがとう。m(__)m

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氷室京介の公式サイトで来年2/8発売予定のニューシングル「EASY LOVE/BITCH AS WITCH」の試聴ができます。

限定2日間(12/24,25)だそうです。

お聴き逃しなく!


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Happy Xmas(War Is Over)

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世の中クリスマス。

そしておいらは・・・


歌っちゃいましたこの歌を。

大切な人たちに贈ります。


怖いもの聴きたさだけで聴いてみたいだけの人にも贈ります。


それではどうぞ


   ↓


 「クリック


xmas johnyoko


war is over


戦争は終わる

あなたたちが望めば



残念ながら望まない人たちもいる

キリスト教のお祭りではあるけれど、多くの人たちが優しい気持ちを共有できるクリスマスに、願いを込めて

エチゼンクラゲ退治基金、農水省が創設へ

Photo
石川県小松市沖に漂流したエチゼンクラゲ
 

 農林水産省は17日、日本海沿岸を中心に大発生して、漁網が破損するなどの漁業被害が広がっているエチゼンクラゲ対策として、各地の漁協が駆除するのにかかる費用などを補助する「経営体質強化緊急総合対策基金」を創設する方針を明らかにした。

 2005年度補正予算案に盛り込む方向で調整している。

 エチゼンクラゲはかさの直径が最大2メートルにもなる大型のクラゲ。今年は大発生し、網にかかったクラゲが水揚げの障害になったほか、毒のある触手で魚が傷つく被害も頻発した。



ソースはこちら







農林水産省のエロイ方。この基金のテーマ曲に「越前くらげ」を宜しくお願いします!!

ビートルズとは?

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ビートルズとは


その答えはいく通りも出てくる。
男女問わず惹きつける元気で楽しくカッコいいアイドルとしてのビートルズ。
今日にもそして恐らくこの先の音楽の歴史にも残る美しいメロディを作ったソングライター集団としてのビートルズ。
激しいビートを叩きつけ、張り裂けんばかりのシャウトで聴く者を脳天から直撃するロックンローラーとしてのビートルズ。
ドラッグの影響下にてそれまでのポップスの概念を根本から覆す歴史的金字塔を打ち立てた革命的芸術家としてのビートルズ。


beatles sgt.pepper

しかしそれらは彼らを周りから見た時に生まれた賛辞なり評価なのである。
あまりにも世間は彼らを中心に廻っていた。
彼らにあてられたそれらの過剰な修飾語は、「虚像」としてのビートルズを作り上げるに至った。
その虚像を虚像と見た芯のある人々が、彼らをあえて敬遠したのであろう。

しかし彼らはただの4人の若者であり、音楽が好きで、才能にちょっと恵まれていて、お互いに刺激しあって、お互いに強い絆で結ばれていたのだ。
まさに彼らこそ「バンド」だったのだ。

彼らは時代の流れに乗っかって「旗振り役」をしていたのだろう。そして彼らの周りを渦巻く台風は大きくなる一方、台風の目の中にいる4人は、あのユーモアにあふれ、屈託の無い4人のまんまだったのだ。


beatles humour


そんな4人の関係に変化が生じたのは、ビートルズ後期、彼らの父親役であったマネージャーのブライアン・エプスタインが死去した後である。
4人は徐々に、ビートルズという台風の目の中から抜け始めていた。

ジョンはヨーコという稀有なパートナーに夢中になり、ポールとのパートナーシップにより得ていたインスピレーションに頼らないようになり、ビートルズのリーダーというポジションから遠ざかっていった。
ポールはジョンの姿をさびしげに見つめながらも、「バンド」であるビートルズを愛しまとめようと力を注いでいった。
しかしそれは時に独善的であったり命令的になってしまったりして、メンバー間の軋轢を生んだ。
リンゴはホワイトアルバムのレコーディング中に、そんな雰囲気に耐えられなくなり一時脱退する。
そしてジョージは宗教的な目覚めからビートルズ全員にインド行きをすすめ新たな境地に導くなど、その独特な感性を磨いていった。その結果、一番年下であるがゆえに常にジョンとポールに従ってきた彼の自我が蜂起し始めていった。
そうした4人の緊張関係をありのままに描いたのが映画「Let It Be」である。

let it be

この映画は恐らくポールが存命中にはDVD化されないだろう。
「バンド」としてのビートルズは、あの映画にはアップル屋上ライブ以外には描かれていない。

レコーディングの中で衝突する姿は、もうあの仲良くユーモアあふれる4人ではなくなったことを証明するものであった。
そんな末期症状の表れていたビートルズであったが、最後に4人で「バンド」として作品を残すことで全員が団結した。

先日手に入れた雑誌「大人のロック 」で一番感動した記事、小森和幸氏の「心の内と人の結びつきを物語る歌声」から引用させていただく。

(4人で最後にレコーディングしたアルバムAbbery Road収録の"Because"のハーモニーについて)
「いろいろなことがあっただろうけど、絶対に心は結ばれている。そうでないと、あのハーモニーはできない。」

彼らはやはり、最後まで「バンド」であった。

abbey road

この世界一有名な横断歩道、私も以前渡った。

ビートルズはAbbey Roadスタジオを一緒に出て行った。

そして二度と4人そろって戻ってくることはなかった。

まばゆいばかりの残像と残響を残して。

 

 

(注:この記事は、The Beatles Bookに参加されているwakuwaku姐さんのブログに書き込んだ私のコメントを若干手直ししたものです。

December 8

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何も言うまい。彼が肉体的に地球上からいなくなった日だ。

彼のことを追悼するより、私はあえて歴史の「たら、れば」を語りたい。

自分の人生の軌跡に重ねながら


想像してみよう

もしも彼がこの世に、あの時代に生まれなかったら私は・・・



小5の時にロックの衝撃を覚えることは無かっただろう


中1の時に英語に興味を覚えることは無かっただろう


中2の12月8日に彼の曲を聴きながら、彼の詩を読みながら、彼を偲んで布団の中ででこっそり泣くことは無かっただろう


中3の時彼の所属したバンドのファンクラブに入ることは無かっただろう


高2の頃彼の所属したバンドのコピーバンドに参加することは無かっただろう


高3の頃彼のメッセージに影響を受け、世界平和にたずさわるという夢を抱くことは無かっただろう


浪人の頃英語を磨いて海外でいつか仕事をしようと思うことは無かっただろう


大学1年の頃彼のかつてのパートナーの来日公演を観に行くことは無かっただろう


大学2年の頃音楽の道で生きていこうと決意し、バンド仲間の説得によりそれを諦めることは無かっただろう


大学3年の頃彼の母国に1ヶ月滞在し、イチゴ畑の名のついた施設を訪れたり大英博物館で彼の直筆の歌詞を読んだり何てこと無い横断歩道を特別な思いで歩くことは無かっただろう


大学4年の頃彼のメッセージに影響を受け、世界平和に貢献する仕事に就こうと決意することは無かっただろう


今の嫁さんと出会うことも無かっただろう


大事な子供も産まれることが無かっただろう


Beautiful Boy 」を心から理解することもなかっただろう


Woman 」を捧げることも無かっただろう


いつか家族でニューヨークに行こうと夢見ることもなかっただろう


この記事を書くこともなかっただろう


彼を亡くなった父の代わりのように慕うことはなかっただろう






ジョン・レノン John Ono Lennon

john

           1940.10.09 - 1980.12.08


Remember Love

Crying Over You

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12月6日。

この日を覚えている人はどれくらいいるのだろうか。

2日後にせまるあの世界的アーティストの死に隠れて、この日はあまり注目されていない。

しかし私にとっては忘れられない日だ。


1988年12月6日、私の注目していたバンドのメンバーの一人が急死した。

そのバンドとは

The Traveling Wilburys
Traveling Wilburys, Vol. 1

ジョージ・ハリソン、ボブ・ディラン、ジェフ・リン、トム・ペティ、そしてロイ・オービソンによるスーパーバンド。

亡くなったメンバーとは、ロイ・オービソンである。


彼のことは当時全く知らなかった。

しかし、シングル「Handle with care」のプロモビデオに映る彼の姿は、とても印象的だった。

層々たるメンバーの中で、一人なんだか浮いてる。

失礼ながら、とてもおっさんくさいのだ。

しかし、アルバムの中で聴かせる彼の歌声にはぶっ飛んだ。

とてつもない伸びやかな高音。歌い上げるスタイルがすっかり廃れてしまった中で、古めかしくも新鮮なそのボーカルスタイルに私は注目せざるを得なかった。


そんな中、突然の訃報だった。

私にとって一つまた、12月の悲しみが増えた。




ここで、ロイのプロフィールを紹介。

roy

Roy Orbison

1936年4月23日米国テキサス出身。88年12月6日、心臓発作のため死去。


哀愁溢れるヴェルヴェット・ヴォイスで60年代に多くのヒット曲を放ったロイ・オービソン。「オー・プリティ・ウーマン(後にヴァン・へイレンがカヴァー)」や「キャンディ・マン」といったロックンロール・ナンバーもヒットを記録したが、名曲の大半はバラードにあるといっていいだろう。繊細なストリングスをバックに、私生活の悲劇をそのまま投影したような苦悩に満ちた歌詞を、哀しみを帯びた声を駆使して歌い、「オンリー・ザ・ロンリー」や「クライング」といった誰にも模倣できない美しいポップ・ミュージックを創りあげたのだ。


80年代に入るとサントラへの参加やカヴァー曲のヒットにより再び注目を集め、88年にはボブ・ディラン、ジョージ・ハリソン、ジェフ・リン、トム・ペティらと覆面バンド、トラヴェリング・ウィルベリーズを結成、燻し銀のロックンロールで多くのポップ・ファンを魅了した。しかし同年、久々のカムバック・アルバムを残し、突然の心臓発作で他界してしまう。彼の歌と同様、最後にもう一度ポップス・ファンの心を悲しませて、この世を去っていった。


彼の遺作が、1989年に発表されている。

Roy Orbison
Mystery Girl

これにはなんとU2のボノも参加している。Traveling Wilburysの面々も参加した、豪華なアルバムだ。

結果的に遺作になってしまったが、彼の魅力が世界中に再発見されつつあった時期に、華々しくカムバックしようとしていた彼の魂が感じられる。


ブルース・スプリングスティーンは言った。「ボブ・ディランのような歌詞とフィル・スペクターのようなサウンドでレコードを創りたかった。そして何よりもロイ・オービソンのように歌いたかったんだ」・・・。


彼のように歌える者は、今後出てくるのだろうか。

彼の歌の中で一番好きな「Crying」を聴きながら、そんなことをふと思った。