いよいよ今年もあと1ヶ月あまり。

忘年会シーズンもそろそろです。

という訳で(どういう訳?)、「越前くらげ」プロジェクトも押し迫ってまいりました。

私のつたないギターと歌でできることは限られているので、ちょいとましな演奏をお届けします。

煮るなる焼くなりして、好きなように召し上がれ!


ここでちょっと歌詞の変更のお知らせ。

3番の歌詞で「越前くらげは何者よ」とありましたが、ここはサビの「踊りまSHOW」と韻を踏んで(踏んでるか!?)

「越前くらげは誰でSHOW」とするべきだと思い、そのようにいたしました。

どうぞご了承ください。


それではお待ちかねの?音源は→こちら

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ELTON JOHN LENNON

テーマ:
Elton John
Here and There

エルトン・ジョンがジョン・レノンと共演していたことを知っている人は多いのか少ないのかよくわからない。

しかしエルトンはレノンにとって救いの神だった。


このアルバムのディスク2には1974年に行われたMadison Square Garden公演の様子が収録されている。

このライブで、ジョン・レノンは特別ゲストとして参加し、3曲を演奏している。

・Whatever Gets You Thru The Night

・Lucy In The Sky With Diamond

・I Saw Her Standing There


Whatever~は同年発表されたジョン・レノン名義のシングル。その頃ジョンはヨーコと別居し、ヨーコ公認の愛人(不思議な表現だが事実)であり秘書の中国人メイ・パンとロスで暮らしていた。

ジョンはヨーコに事実上「捨てられた」状態であり、彼はこの頃非常にすさんだ生活をしていた。

すさんだ、というよりは放蕩した、という方が正しいだろう。

The Whoのキース・ムーン、盟友リンゴ・スター、ビートルズ時代から親交のあったウェストコースのシンガーソングライター ハリー・ニルソンと連夜酒びたりの生活を続けていた。

その間、ジョンならびにその遊び仲間たちはそれぞれトラブルを抱えていった。

ジョンは自身のアルバム「Rock'n'Roll」をフィル・スペクターのプロデュースのもと製作していたが、フィルはミュージシャンを威嚇するためにスタジオで実弾を発砲するなど、奇行が目立っていた。

しかも製作中にフィルがマスターテープを持ち逃げするという信じられない事態が起こった。

結局フィル抜きでアルバムは完成したものの、マスターテープを預けたレーベルが勝手に「Roots」というタイトルで海賊盤もどきのアルバムを発表してしまうなど、このレコーディングにはトラブルがインナースリーブとして収録されたかのようだった。


リンゴはアル中になり、キース・ムーンは死を迎えた。

ハリー・ニルソンは美声を台無しにした。

ハリーはジョンにアルバムのプロデュースを依頼した。

ジョンにとって、それがいい影響を及ぼしたようだ。

なぜなら「プロデューサーとしての責任を感じ、しらふでいなければいけないと気づいたんだ」と本人が後に語ったように、いつまでもこの生活を続けていてはいけないと気づくきっかけになったからである。


ジョンはRock'n'Roll以外にも、アルバム『Walls and Bridges』を製作している。

John Lennon
Walls and Bridges

アルバムは別離しているヨーコへの悲痛なメッセージが込められている。

ジョン本人は「何のインスピレーションも無く作ったアルバム」と酷評しているが、ソフトなサウンドを好む人も多い。

その中で異色なのが、エルトン・ジョンと共演した曲「Whatever Gets You Thru The Night」である。

レコーディング時、エルトンは「この曲は絶対ナンバー1になる」と言った。

レノンはこれをいぶかり、「もしナンバー1になったら君のステージに出てやるよ」ということになった。


話題性豊富かつ久しぶりにジョン・レノンらしいストレートなロックナンバーであったため、この曲は大ヒット。

そういうわけで、エルトンの晴れの舞台にジョンは出演することに・・・


ああ、書いててどっちのジョンかややこしくなる!!


ともかく、舞台はニューヨークはMadison Square Garden。エルトンはジョンに内緒でヨーコを招待していた。

熱狂的にオーディエンスに迎えられ3曲を熱演したジョンは、コンサート終了後の楽屋でヨーコと再開する。

別居を解消したのはその直後だった。



音楽に話を戻すと、このライブ盤はLPの時にはわずか8曲の収録であったが、私は高校生の頃聴いて非常に気に入っていた。

エルトンは押しも押されもせぬ旬なスターであり、喉の手術をする前でもあり、歌も演奏も素晴らしい。

なにしろ曲が最高。Crocodile RockやBenny and the Jetsなどのロックナンバーが目白押し。

その中でRocket ManやYour Songなどのスローナンバーを織り交ぜ、聴く者に多様な音楽性を味わわせる。


ジョンとの共演曲で秀逸なのが、何と言っても「Lucy In The Sky With Diamonds」。

ビートルズのアルバム『Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band』収録のこの曲は、エルトンがカバーして

原曲のサイケデリックな音像とはまた違った、ファンタジックなアレンジでスマッシュヒットしていた。

(そのシングルでもジョンと共演していた)


エルトン・ジョンとジョン・レノン。

二人合わせてエルトン・ジョン・レノン。

これは私の寒いギャグではなく、LPの日本盤が確かこんなタイトルだったのだ。

エルトン本人は同性結婚をするらしい。

同性だけど同姓ではなく、でも同姓同名のような名前の妙である。

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Tomorrow Never Knows

テーマ:

すんごいぶっ飛んだサイトを発見した。

発見、というより正確に言えば音楽の話題が豊富な ろうずさんの記事 で紹介されていたのです。


Tomorrow Never Knows

何も言わず飛んでみてください。飛べますので。


この曲について若干の説明を加えます。

ビートルズが1966年に発表したアルバム『Revolver』の最後に収録された曲。

ザ・ビートルズ
リボルバー

このアルバムは、アイドルから脱却したビートルズの姿が見られる力作だ。

1曲目を飾るのは、それまで「第3の男」としてあまり注目されていなかったジョージの作品「Taxman」。

あまり知られていないが、ギターソロはポールが弾いている。

音楽的に優れているゆえ、ジョージが前に出ようとすると押さえつけてしゃしゃり出ていくビートルズ時代のポールらしさがあふれる曲だ。

ポールとジョージの微妙な関係は置いておくとして、サウンドは素晴らしい。

ギターは目いっぱい歪み、もはやハードロックサウンドとなっている。

ベースラインも秀逸。

やはりポールは素晴らしいミュージシャンだ。

しかし何と言っても、ソングライターとしてのジョージの成長ぶりは目を見張るものである。


ジョンといえば、この時期は公私にわたり不調であった。

シンシアとの結婚生活が徐々にうまくいかなくなり、ヨーコと出会う直前の頃である。

有名な「ビートルズはJesus Christより有名だ」との発言が曲解され、アメリカでビートルズ排斥運動が活発になった。


ビートルズとしても、アイドルグループとしての位置づけにメンバー自身が飽き飽きしていた。

特にワールドツアーは彼らにプレッシャーを与えるだけでなく、常に叫び続ける観客の声援で自らの演奏が聴こえず、ミュージシャンとしての腕前にも悪影響を与えるほどのひどい条件であった(PAシステムの発達にはあと数年待たなければならなかった)。


その中で特にジョンはドラッグに手を染めるようになった。

そのトリップ体験を元にした曲がこのアルバムには数曲収められている。

ドラッグでトリップした友人が「死ぬとはどういうことか知っている」と口にしたことを題材にした「She Said She Said」。

ドラッグを処方する架空の医者を題材とした「Dr. Robert」。

そしてこの「Tomorrow Never Knows」。



 

Turn off your mind relax and float downstream
It is not dying It is not dying

意識を閉じてリラックスすれば、無意識下に漂う

それは死ではない それは死ではない


Lay down all thoughts, surrender to the void
It is shining It is shining

思考を停止し「空」に屈せよ

それは輝けるもの それは輝けるもの


That you may see the meaning of within
It is being It is being

内面の意味を理解すること

それは存在そのもの それは存在そのもの


That love is all and love is everyone
It is knowing It is knowing

愛は全て 愛は全ての人々

それは知ること それは知ること


That ignorance and haste may mourn the dead
It is believing It is believing

無知と性急は死者を哀悼する

それは信じること それは信じること


But listen to the colour of your dream
It is not living It is not living

己の夢の色に耳を傾けよ

それは生けるものではない それは生けるものではない


Or play the game of existence to the end
Of the beginning Of the beginning Of the beginning


存在という遊戯を最後まで楽しむのか

始まりの最後の遊戯 始まりの最後の遊戯


(やっつけ訳:タイマイ)

まるで禅問答のような歌詞。さっぱり意味がわからない。

この曲のサウンドは不気味といえるほど特異である。

まず耳に残るのが、まるでかもめの大群が海の彼方から迫り来るようなサウンドエフェクト。

実は当初ジョンは「チベット僧が1000人経文を唱えているようなサウンド」を求めていたという。

それを形にするために応用されたのが、テープエフェクト。

さまざまな音を収めたテープを無限ループにして、逆回転させたり回転数を操作するなどして、摩訶不思議なサウンドを作り上げたビートルズ。

意外と知られていないが、このアバンギャルドな方法を発見したのはポールであった。

Here, There and Everywhere」をしてジョンに「この曲を作ったのが自分でなかったのが悔しい」とまで言わしめた稀代のメロディーメイカーという印象の強いポールだが、実はメンバーで一番アバンギャルド音楽に傾倒していたのは彼であった。

後にヨーコとの出会いで目覚めるジョンは、逆にアバンギャルドの表現を敬遠していたという。


多分に実験的要素の強いこの曲であるが、発表から40年(!)近くたった今でもその魅力は輝き続けている。



ちなみに、日本のバンドMr.Childrenの「Tomorrow Never Knows」は、タイトルのみこの曲から影響を受けていると思われる。



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Silent Blue

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さて、この記事はついさっき作ったスクラップブック「LOFT of HIMURO 」に最初に投稿する記事である。

そして、今週のトラックバックステーションのお題である「一番感動したコンサート、ライブ」に寄せる記事でもある。


私が一番感動したライブ。それは、氷室京介が2000年に行ったツアー「Beat Haze Odyssey」の中で11月1日に大阪厚生年金会館大ホールで行われたライブである。

この時、私はどん底の状態にあった。

職場の上司と全く合わず、業務の負担が私に一身に押し寄せて、精神的にも肉体的にもボロボロであった。

前の週、ついにその職場を離れることを決意したところ、グループの別の職場に配置換えとなった。異動の合間がこの日であった。職場にいた恋人(今の嫁さん)と別れを惜しみ、実家にいったん帰る前の日。

たった1日与えられた自由の日。それが運命の11月1日であった。




遡ること12年。

BOφWYの解散した年、中学3年生であった私は氷室京介と出あった。

小5でビートルズにはまった私は、ほとんど邦楽は聴かなかったのだが、隣の姉貴の部屋から流れてくる「Image Down」が耳に残っていた。

「ザ・ベストテン」では「Marionette」が連続1位になっていたが、司会のたまねぎ頭の女性は「BOφWYの皆さんはレコーディング中です」とありもしない情報を垂れ流すだけで、メンバーが実際に演奏するシーンは観ることがなかった。

4月にLAST GIGSでBOφWYとしての活動を終えた後、氷室京介はいち早くソロ活動をスタートし、その年のうちに東京ドーム公演を実現させている。

私は、姉貴に頼まれて録画したそのドーム公演ライブを観た。「けっこういいじゃん。」そう思った。

続けて姉貴が持っていた4巻組のビデオ「Case of BOφWY」を観た。

そのころビートルズのファンクラブにも入るほどファンで、かつすでに死去していたジョンレノン・フリークであったを観てこう思った。

「メンバーが全員生きていて、ソロ活動をリアルタイムで体験できるBOφWYみたいなバンドのファンになれたら楽しいだろうな。」


すぐにファンになった。BOφWYのビジュアルも、ステージアクションも、曲も歌詞も最高だった。

高校1年になって、時はバンドブーム真っ只中。

当時メガネをかけ運動が苦手で、中1の時に父親を亡くたこともあり内気でネクラであったタイマイ少年は、なぜかドラムをやることになった。

友達からは「CCBみたい」と揶揄されながら、BOφWYの初期の曲を主にコピーしていった。

ちなみに、人生最初のライブの1曲目は「Mass Age」であった。

内気な性格はドラムをやることで徐々に活発になり、友達も恋人もできた。

ドラムをやってはいたものの、BOφWYの中で一番好きだったのは氷室京介その人だった。

ビデオを繰り返し観て、マイクの持ち方からアクションまでを、部屋のガラスに映してチェックしながら真似した。

声も歌い方も真似し、大学1年の時クラスメイトのみんなと行ったカラオケの席でそれを披露。

4年間、あだ名は「ヒムロック」だった。

しかし、なぜか氷室京介本人のライブには、一度も足を運んだことは無かった。



そして運命の2000年11月1日。チケットを持たない私は、開演3時間前に会場に着き、ダフ屋から1階席の中央ぐらいの席を手に入れた。

大学でバンドを続け、洋楽のハードロック・ヘビーメタル漬けとなっていた私。

大学時代には海外のロック・アーティストのライブに何回か足を運んでおり、この日のライブでは実は氷室京介その人より、Steve Stevensの方に興味があった。

1曲目、アルバム『Mellow』のラストに収録された異色のナンバー「Bringing Da Noise」でライブは幕を開ける。

氷室京介はグラサンをかけ、ビデオで観ていたとおりのアクションをしている。

なんだか現実感が無い。

隣ではSteve Stevensが図太いギターサウンドを響かせ、お得意のフレーズを連発している。

「おおっ本物のSteveだ!」

けしからん私。


アップテンポの曲が続き、会場は熱気に包まれる。

しかし私はまだそれほど熱くなっていなかった。

バンドをやっていたせいか、サウンドのバランスやアレンジ、ドラムのフレーズなどが気になって心底楽しめていなかったのだ。

そして中盤のバラード・セクションに入る。

高校生の頃、CDシングルで毎日のように聴いていた「Lover's Day」で、氷室の歌のうまさに惚れ惚れする。

本田毅のギターもなかなかいい。

Steveは完全に脇役に徹している。

心地よい余韻を残しながら、曲は終了。

会場は照明が切られ、ほぼ真っ暗な状態。

そこで、運命の曲のイントロが流れてきた。


暗闇の向こうから迫り来るようなギターの音色。

それにシンクロして、ステージの中央付近から、まっすぐに私を照明が差した。

そして氷室の声・・・



太陽が昇る 少し前に・・・

 世界はブルーな 闇に包まれる・・・




背筋の神経が震える

体が動かなくなる

頭の中は真っ白 何も考えられない


昨日の記憶も、明日への不安も

悲しみも 後悔も

怒りも 恨みも

すべて

すべて 時を止めた




Silent Blue


氷室京介は、この曲の歌詞をライブでは少し変えて歌っていた


この場所がHeavenか砂漠なのか 

Jesusにもわからないままさ


       ↓


この場所がHeavenか砂漠なのか

 今自分で決めるしかないぜ



彼の声は、魔法だった




気がつけば、泣いていた


すべての自分に降り注いだ災難

死まで考えるほどの悩み

殺してやりたいと真剣に思うほどの恨み

最愛の存在との別れの辛さ


その全てを、光が包んでくれた


その日、私は生きるということがどんなに大切で素晴らしいものかということを実感させてもらった。

そして、明けない闇はないのだと気づかされた



「太陽が昇る 少し前に 世界はBlueな 闇に包まれる」

全ての傷ついた人たちに、このことばを贈ります。








「越前くらげ」


(Aメロ)

A F#m
越前くらげはどこへゆく

Bm E

越前くらげはどこへゆく

A F#m Bm A E A

僕らの心の奥底の 海流れてくよ



A F#m

越前くらげは邪魔者よ

Bm E

漁師のあいつに嫌われて

A F#m Bm A E A

仕掛けたピアノ線のえじき 海の「もずく」だよ


(Bメロ)

D       Dm       A
哀しいね 胸が張り裂けそう

D Dm A E F#m

狂おしく 焦がれる想い あなたに 届けたい

D Dm

届かない 届きたい

E   E7   E (Break)

身も心も CHIRI-ZIRI BARA-BARA

 

(サビ)

A           E        G       F#
Ooh Ooh Yeah 越前くらげ 一緒に踊りまSHOW

D    A       Dm    E

人生の浮き沈み 感じるままに

A           E        G       F#

Ooh Ooh Yeah 越前くらげ 今宵はいかがでSHOW

D    A      E   A   

人生の悲哀さえ 漂うよ


(ブリッジ)

A           D      E

FURI-FURI FURA-FURA あなたに近づくよ

A           D      E

FURI-FURI FURA-FURA  あなたに食べられよっ

A           D      E

WAKU-WAKU KITA-KITA あなたに詰め寄るよっ 

A           D      E

PORE-PORE LALA-LALA DAN-DAN 硬くなるっ

A          D      E

あら、がまん袋が もうすぐ 爆発よっ

A          D      E       E

ロドリゲス親子は 今夜もノリノリよっ ノリノリよっ

 E    E#

(パッパ シュビドゥワー)



(サビくりかえし)

A           E        G       F#

Ooh Ooh Yeah 越前くらげ 大きな夢を見よう

D    A      Dm  E

一人で見る夢は ただの夢

A           E        G       F#

Ooh Ooh Yeah 越前くらげ 一緒に夢を見よう

D    A      E   A

二人で見る夢は 現実よ



A F#m
越前くらげはどこへゆく

Bm E

越前くらげは何者よ

A F#m Bm   A E A

僕らの体の半分は 水でできてるよ

 A E A

僕らはくらげよ

 A E A

越前くらげ~よ


A

We're Almost Water ~ Swimming in the sky

We're Almost Water ~ Swimming in the life

We're Almost Water ~ Singing in our souls

We're Almost Water ~ Kissing our aXX holes our souls

「越前くらげ」を『越前くらげ』にレコーディングしていただく署名活動も順調にすすんでおります。

そこでそろそろ曲を完成させないとレコーディングどころではないし、ロドリゲスさん親子(元気?)も忘年会の練習ができなくて困ることでしょう。

という訳で、未完成だった3番を誰も作ってくれないので自分で作りました。

・・・ちゅうか、誰かが作っても自分が変えちゃうでしょうから、この方がいいのでした。


では、3番です。



越前くらげはどこへゆく


越前くらげは何者よ

 

僕らの体の半分は 水でできてるよ

 

僕らはくらげよ

 

越前くらげ~よ




いかがでしょうか?

この3番の意味するところは、感じていただけたでしょうか?

そして歌の終わりにはこのリフレインが。


We're Almost Water ~


そう。僕らはみんなほぼ水なのさ。

容姿の違いや肌の色、性別、服装、そんなものを剥ぎ取れば、皆ほぼ同じ。

みんなエゴを捨てて、さあ無限の海へ

フリフリ、フラフラっと泳ぎだそうよ

きっと僕らは見えないピアノ線で結ばれてるよ


そんな想いを歌に込めました。

近いうちに、最終デモバージョンをアップしたいと思います。




さあてそろそろ始めますか!

ひょんなきっかけで作ることになった名曲「越前くらげ」ですが、関東のほうで活動している人間のバンド「越前くらげ」を呼び寄せてしまったことは皆さんご存知のこと。

どうやら明日バンドのリハーサルがあるそうです。

ボーカルのJuriさんがメンバーに報告するとのことなので、反応が恐ろしい・・・いや楽しみ♪


そこで、間に合うかどうかわかりませんが、「越前くらげ」バンドに恐れ多くも私の奥底からフラフラっと出てきた曲「越前くらげ」をレコーディングしていただく署名活動をこのブログで行います。


コメント欄にお名前と「越前くらげ」に寄せる想いのたけを書いちゃってください。

きっとそれはインターネットのピアノ線をフリフリ・フラフラっと華麗にかわしながら、江戸の「越前くらげ」まで届くことでしょう・・・


では、署名をどうぞ!


みなさん大ニュースです!

ひょんなきっかけで始まった「越前くらげ」プロジェクトですが、なんと本物の越前くらげがついてきちゃいました。

海の底からフリフリ・フラフラと・・・ではなく、ブログの彼方から呼び寄せられるようにキターーーーー!!!!


それは都内(ですよね?)で活躍中の実在のバンド「越前くらげ」。

ただいま3回目のライブに向けて活動中のぴっちぴちのバンドです。

そのボーカリスト、お肌ぴっちぴちの(ですよね)元・女子高生Juriさんが、読者登録をしてくださったのです。

しかもその記事を読むと、なんとバンドで作った曲をタイ語に訳して歌うとのこと。

なんでやねんw!こんなつながりは無いですよ。


こうなれば、バンドでぜひ曲を取り上げてレコーディングしていただきましょう。

みなさんの声が頼りです。

『「越前くらげ」に「越前くらげ」をレコーディングしていただく署名活動』

はじめときますか???


そんな気になる「越前くらげ」のブログはこちら→「クリック

公開中の「越前くらげ」デモバージョンはこちら→「クリック

全国3人の越前くらげファンのみなさん、お待たせいたしました。

いよいよ幻の名曲「越前くらげ」のデモバージョンが公開されます。


公開において、らじろぐというブログサイトをハケーン!

「タイマイ★師匠の音楽づくり」 というブログを新たに立ち上げました。

これでもうブログだけで4つのサイトを持つことに。やりすぎだね。


さて、お待ちかねのデモはこちらから入るのだ!


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