昨日タイに到着しました。

一昨日は、越前くらげプロジェクトの発起人である らら さんとご主人のザッパさんと博多でお会いしまして、プロジェクト発足を記念して?交流会が行われました。


・・・単なる呑み+カラオケではありますが・・・


しかしこれはすごかった!

タイマイ3○歳、ザッパ氏5○歳のホモリハモリはレノン=マッカートニーも真っ青

そして語りも後追い世代のわしタイマイと現役世代のザッパ氏のコアなトークに、ららさんも真っ青

最高のひとときでした。


(タイマイとザッパ氏の夢の競演の模様はこちら


お別れの際に少しだけわしの作った「越前くらげ」の一節を披露。

次につながる会でした。


・・・山口にも遠征に行くか?



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プロジェクト発起人?の一人である ららさん  より、

作詞者である佐恵子・ロドリゲスさんが2番の歌詞を作ったとの報告あり。

(記事はこちら


では、その2番のご紹介。

 

 
    あなたの冷たいその心
    こごえる冬の日本海
    待っているのは ピアノ線

    この身は千散に引き裂かれても
    募る想いは 果てまでも

    あぁ~
    しょせん私は越前くらげ
    疎まれつつも 津軽海峡こえてゆく


*******************


発足の記事に箱崎のがまん袋さんのナイスな歌詞も送られてきましたので、こちらも掲載しましょう。



ほてった想いを切々と訴える2番

 

    あなたに好きよと言いたくて
    またもふらふら惹かれます
    むっちりねっとり このからだ

    そでにはされない今度こそ
    いつかは実るわ この想い
 
    あぁ~
    しょせん私は越前くらげ
    どうにかしてよ あなたに流れてゆきたいわ

  

    by 箱崎のがまん袋

 

 

******************

 

さあ、どうなることでしょう?

皆さんのご意見をお待ちしております。

で、肝心の作詞家・佐恵子ロドリゲスさん がまだこちらにいただいておりません・・・

作曲する私としてはちと寂しいぞよ。

この企画を盛り上げるためには、あなたの登場が必要です!

コメント&トラックバックをお待ちしております。

ららさん、責任持ってフォローのこと!!

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音楽ブログ初めての試みか?

いつも素晴らしい音楽ネタを書いている ららさん のコメント が私の眠れる創作意欲に火をつけてしまいました。

(コメントは こちらの記事に


ららさんのお友達のさえこさんが、作詞された「越前くらげ」です。

(元の記事はこちら


期待の大型新人、待望のデビュー曲発表
   「越前くらげ」
         作詞 佐恵子・ロドリゲス

   ♪あなたにさよなら告げられて
    泣いて背中を向けたけど
    あきらめきれない 女の未練 

    邪魔になるのは判っていても
    あなたを追いかけ つきまとう
 
    あぁ~
    しょせん私は越前くらげ
    波にただよい 北に流れてゆくばかり



echizen_1


以下、ららさんからのメールを転載。


作詞者の解説をまとめてみると。。。

・邪魔者扱いされる越前くらげ。
  →ふらふらと世間の波間を漂い、男に邪魔にされる女。

・駆除用に設置されたピアノ線で切り裂かれる越前くらげ
 →この身は引き裂かれても、私の想いは残るのよ。

・料理法によっては美味しく食べられる越前くらげ
 →(特に解説はなかったけど、何となくわかる気がしませんか?)

要するに、ちょっと悲しい女の歌なわけですね。

で、作詞者はド演歌を意図していたらしいのですが、
歌い手として予定されている彼女の母上(←宴会芸好きな詩吟の師匠)は、
マツケンサンバみたいに、
ポップで盛り上がれるものを望んでいらっしゃるようです。
2番・3番は上記の作詞意図を踏襲してもらえれば一般公募でもいいそうです。



*****************************

どうですか?みなさん。

私は自分の独自の歌詞もちょこっと考えていますが、2バージョン作れば問題ないと思います。


この曲を、皆さんの手で一つの曲にしてみませんか?


近頃は音声ブログなるものもあるようなので、作曲の過程をそいつで公開しながら皆さんの意見や感想を取り入れていきたいと思います。


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We're All Water

テーマ:

weareallwater


今日、素晴らしき出会いがあった。

それはジョン・レノンの妻であり共演者であった芸術家オノ・ヨーコさんの作品との出会いです。


ジョンはビートルズの成功のさなかの1966年、当時新進の前衛芸術家であったオノ・ヨーコと出会いました。

有名なエピソードですが、その時ジョンはヨーコの展示会がオープン前に訪れ、ヨーコのアートに触れました。

当時の前衛芸術といえば、物を壊すなどの過激さで人々にショックを与える作品が多かったようです。

しかしヨーコの作品はそれとは逆。

展示会に用意されていた作品の中でジョンが感銘を受けたのは、脚立が天井まで届いていてそこに虫眼鏡がぶら下がっているというもの。

脚立を上っていってその虫眼鏡を使えば、天井に書いてある文字が読めるのですが、ジョンはここでもし破壊的だったりバカにしたような言葉が書いてあったならば、ヨーコのことをなんとも思わなかっただろうと後に告白しています。

実際にヨーコが書いていた言葉とは


「Yes」


そこに温かいものを感じたジョンは、ヨーコに好意を抱いたといいます。

ジョンは会場を去る前に、別の作品に興味を持ちました。

それは板のそばに釘とかなづちが置いてあり、誰でもわずかなお金を払えば板に釘を打ってその作品に参加できるというものでした。

ジョンはぜひ釘を打ちたいと言いましたが、ヨーコはオープン前に誰にも釘を打って欲しくなかったため(この時点ではヨーコはビートルズのことをほとんど知らなかった)、丁重に断りました。

しかし話題を呼ぶと思った展示会場の責任者のすすめにより、ヨーコはしぶしぶOKしました。

するとジョンは「想像上のお金を払うから、想像上の釘を打たせてくれ」と言ったそうです。

ヨーコはそこでジョンを見つめ、2人はにっこり笑ったといいます。


その後の2人については割愛しますが、今でもヨーコさんは芸術家として作品を発表しています。

写真はその作品の一つ。ある方にいただいたものです。

「We're All Water」という、70年代にヨーコさんが発表した曲に基いたパッケージ作品ですが、中に黒い紙の入れ物に、一枚の白い紙が収められていました。

それを水に濡らすと、上の写真のように文字が浮かび上がりました。

これを見たとたん、なんだかわからないけれど温かいものを感じました。

正確に言うと、このパッケージに触れた瞬間、それを感じていました。


私たちはみんな水


有名人もそうでない人も、人間である以上その体は8割近く水で出来ているといいます。

私たちにたいした違いはないし、いつか水のように蒸発していくもの

だから一緒に交わり調和しましょうというメッセージなのです。


まるで禅問答のようですが、しかめっ面して説教を聞くよりも

ユーモアあふれる表現で気づかせてくれることの方が、心に残りますよね。

正直言ってヨーコさんのジョン作品に対するスタンスに賛同しかねるところはあったのですが、このような作品に触れると、彼女の人間性が伝わってきます。

長い間の誤解が、水のように溶けていったような感覚を味わいました。


だから、今日は水のようになって寝ます

ありがとう、水のみんな

lennonsong

今日はこれ買っちゃいました。

ジョン・レノン・ソングブック―コピー&タブ譜

全29曲収録。定番曲のほとんどを押さえているので、入門編として最適です。

パラパラっと見てみると、意外と簡単なコードで作られた曲が多いことがわかります。


例えば「Mother」。ジョンの魂 に収録されており、ジョンのまさに魂の叫びを肌で感じることのできる凄まじい曲です。この曲、なんとたったの3つのコード(C,F,G)で作られています。


50年代~60年代初期のロックンロール創設期、3コードで作られた曲は数多かったのですが、この曲が発表されたのは1970年。アルバムはビートルズ解散後にジョンが幼児期からビートルズ解散時までの自らの心の傷を赤裸々に連ねた内容。

すでに複雑なコードや劇的な展開を特徴とするプログレッシブ・ロックが登場していた時期であったが、ジョンはその逆をいっている。


その他の曲も、3コードならずとも誰でも使う簡単なコード(A、D、Bmなど)を基本としている。

ビートルズ時代よりもっとシンプルに、自分の感情を直接曲にしていったジョン。

シンプルでありながら、心に残る名曲の数々。


ジョンは生前、自分の曲よりポールの曲のほうがカバーされているのを嘆いていたそうだ。

しかしその理由は明白である。

彼の曲はシンプルで誰でも簡単に演奏できるが、彼のように魂で歌うことは至難の業だったからである。


彼の死後、様々なアーティストがジョンのソロ曲をカバーしているが、1曲たりとも原曲よりいいと思った曲は無い。

ジョンが歌わなければただの曲、ということなのだ。


だからあえて、こう言おう。

私はただジョンの曲を歌いたいんだ、と。


誰に認められようとも思わない。

誰に聴かせようということもない。

ただ、自分のために歌いたいだけ。


今日は残念ながらいい場所が無いのとまだ腱鞘炎が完治していないので歌えなかったが、自分の好きな時に歌いたいなと思う。



kenshou


先週の怒涛の記事アップでこんなになりました。

誰かさんの指摘どおり、腱鞘炎っぽいです。


恐らく「ジョンの木 」で気を注入しすぎたせいです。

その後も氷室京介ジョン・レノンの誕生日などで相当酷使した俺の恋人左手。

ギターなぞ弾いてる場合じゃないな。


そういえば大学時代にMr.BIGの曲を練習しすぎて腱鞘炎になったギタリストがバンドにいたなあ。

リズムが滅茶苦茶なやつだったけど、最後のほうはけっこう上手くなってたもんなあ。


さて、アメブロに公傷の申請出してきますか。

強い味方

テーマ:

mypartner


本日、こいつを手に入れました。

この一週間、自分の音楽のルーツとなった2人の人物の誕生日がありました。

その中で記事を書くうちにどうしてもギターを弾いて歌いたくなったのであります。


タイマイ、もともとはドラマーですがアコギもちょっと弾けます。

複雑なコードはできないけれど、ドラマーだけあってリズムを刻むのはけっこう自信があります。

宮崎には美しい大淀川があるのですが、その堤防でのんびり座って大声で歌いたい。

それが目下の目標?です。


Happy Birthday To John

テーマ:

johnseanyoko


今日は、私の人生を変えたアーティスト、ジョン・レノンの生誕65周年です。

生きていれば65歳のジョン。

「たられば」では語れないことですが、きっと彼が今ここにいれば世界中の人たちからのお祝いメッセージにちょっとテレ気味の笑顔を返してくれることでしょう。


今ここにいれば

その思いを、彼が逝ってしまった後に歌にした人物がいます。

それは唯一無二のパートナーだった、ポール・マッカートニー

彼がジョンの死後はじめて発表したアルバム、Tug of Warに収録された曲

Here Today”です。

ポール・マッカートニー
タッグ・オブ・ウォー

 

Here Today / Paul Mccartney


And if I say I really knew you well
What would your answer be.
If you were here today.
Ooh- ooh- ooh- here to - day.
もし僕が「君の事をよく知ってるよ」なんていったら、君はなんてこたえるんだろうね。
もし君が今ここにいたならば。
今、ここに・・・


Well knowing you,
You’d probably laugh and say that we were worlds apart.
If you were here today.
Ooh- ooh- ooh- here to - day.
わかってるよ。君はきっと笑ってこう言うだろう
「僕らは世界のはじっこ同士ぐらい離れてるよ」ってね。
もし君が今ここにいたならば。
今、ここに・・・
johnandpaul2

But as for me,
I still remember how it was before.
And I am holding back the tears no more.
Ooh- ooh- ooh- I love you, ooh-
でもさ、僕にとっては違うんだよ。
昔のことを今でもとってもよく覚えているよ。
だからもう、涙をガマンするのはやめにするよ。
君の事を本当に愛している・・・

johnandpaul


What about the time we met,
Well I suppose that you could say that we were playing hard to get.
Didn’t understand a thing.
But we could always sing.


僕たちが出会ったときのこと、どうだったかな。
たぶん君はこう言うだろうね。「俺たちけっこういかつい感じでとっつきにくくしてたよな」って。
何にも物事をわかっちゃいなかったけど、俺たちいつだって歌うことはできたよな。
johncry

What about the night we cried,
Because there wasn’t any reason left to keep it all inside.
Never understood a word.
But you were always there with a smile.
僕たち二人で泣いたときはどうだった?
心の中に何も隠しておく理由なんてなかったから、泣いたんだよね。
うまく言えなかったけれど、君はいつだって笑顔でいてくれた。
 
johnhat

And if I say I really loved you
And was glad you came along.

もし僕が君の事を大好きだった、君と一緒にいられて嬉しかったって言ったなら

You were here today.
Ooh- ooh- ooh- for you were in my song.
Ooh- ooh- ooh- here to - day.
君は今ここにいたってことだね。
だって君は僕の歌の中にいたんだから
今、この歌に。
今日は、この曲をジョンに贈ります。
今日、あなたがここにいるために。
johnhat2

反響にびっくり!

テーマ:

昨日氷室京介さんの誕生日記事を書いて、他のブログにもトラックバックしてお祝いを盛り上げたら、今日のアクセス数がなんと180を超えてしまいました・・・

すごい、さすがヒムロックだ・・・


明日はいよいよあの人の誕生日。

さあいい記事が書けますように。

Happy Birthday To Him

テーマ:

himrock


今日は氷室京介の45歳の誕生日である。

45歳のロッカー。はっきり言ってもう若くないが、その業績は素晴らしい。

今回は彼が20代にメンバーとして活動していた伝説のバンド、BOφWYについて語ろうと思う。


BOφWY(ボウイ)。1982~88年に活動。

メンバーは氷室京介(vo)・布袋寅泰(G)・松井常松(B)・高橋まこと(Ds)。

ロックの魅力を大衆にわかりやすく普遍的なスタイルと楽曲で日本中に広めたバンド。

しかも大成功を収めたとたんに自ら活動に終止符を打つというドラマ性が、当時の若者には衝撃を持って受け止められ、伝説から永遠の存在にまで高められた。


しかし氷室京介らメンバーは決してそれを計算でやったわけではなく、自分たちの好きなことをつきつめていって、若者らしい欲望・自己顕示欲・反骨精神をそのまま形にしただけだった。

本人たちはBOφWYがヒットチャートをにぎわしメジャーな存在になるにしたがい、自分たちの嫌う「システム」の側になってしまうことへのどうしようもない違和感を感じていたのだ。


彼らは「パンクの皮をかぶったビートルズ」といわれる。

本人たちは嫌っている表現だが、これはある程度的を得ている。

ビートルズはご存知の通り世界的なアイドルからアーティストへと登りつめ、世界の音楽をまるっきり変えてしまった。

いわば「ビートルズ前」と「ビートルズ後」ではポピュラー音楽の図式は全く異なるのだ。

詳細はこの場では割愛するが、これはBOφWYにも言えることである。


BOφWY前」 

歌謡曲やアイドルがもてはやされ、キャロルや矢沢永吉などの例外を除き、ロックがまだ大衆には広く受け入れられていない時代。 楽器を手にする音楽少年少女はほとんどが洋楽ロックをお手本とした。


BOφWY後」 

下世話なまでの甘い歌詞にキャッチーなメロディ。それでいてカッコいい音楽性・ファッション・スタイルが広く認知された。

高校生はこぞって楽器を持ちコピーバンドを組み、BOφWYやブルーハーツ、The Street Slidersなど日本のバンドをお手本とした。

街には布袋モデルのギターを手にしたにわかギタリストがあふれ、カラオケでは小指でマイクをはさむニセモノヒムロックが自分に酔った。

結果としてJ-ROCKといわれる日本のロックシーンが確立される。


ビートルズとBOφWY、両者に共通する点は他にもある。いくつか挙げてみよう。


・デビュー前はパンク

 ビートルズがデビュー前には、ドイツのハンブルグのストリップ場やキャバレーで1日8時間以上も演奏するという過酷な下積み時代を経験している。 

 そのときの彼らの服装は革ジャンに革パン、時にはドラッグをキメ酒をあおりながら演奏をしていた。       

 BOφWYはデビュー前には新宿LOFTを拠点として、客を煽りどなりつけながら過激なパフォーマンスをすることで知られていた。


・二人の優秀なソングライターの存在

 ビートルズにはジョン・レノンとポール・マッカートニー。 BOφWYには氷室京介と布袋寅泰。 

 互いを良きライバルとして作品作りに刺激を与え合い、後々にも評価される普遍的な魅力溢れる楽曲を残している。


・同郷の出身者で結成

 ビートルズは全員がリバプール、BOφWYは結成当時6人で、そのうち5人が群馬県高崎市の出身(2人脱退後は4人中3人)。 

 同郷意識がつなぐメンバーの結束は強かったと思われる。


・ドラマーの加入経緯と存在感

 ビートルズはリンゴ・スター。ルックスの良かった前ドラマーに代わって、デビュー直前に加入。

 ルックスはそれほどハンサムではないが、そのひょうきんなキャラクターはメンバー間の潤滑油となるとともにファンに愛された。

 意外と評価は低いが確かなリズムキープと独特のドラム奏法でビートルズ・サウンドの背骨を支えた。 


 BOφWYは高橋まこと。デビュー直前に前ドラマーが脱退。オーディションで加入した。

 その落ちキャラ的なひょうきんさと朴訥さで愛され、他のメンバーより年齢が高く「親父」的存在で個性豊かで時にはぶつかるメンバーの間にうまく入った。

 単純だがパワフルなドラミングは大きな魅力。タイマイ少年にも大きな影響を与えた。


・「第3の男」の存在

 2人の天才の陰に隠れて見過ごされがちなメンバーがどちらも存在する。

 ビートルズにはジョージ・ハリソン。BOφWYには松井常松。

 少年時代、ジョージはジョンの子分、松井は氷室の子分だった。

 ちなみにジョンも氷室もガキ大将で札付きのワルだった。


・解散後、ソロで2人のメンバーが突出した活躍

 ビートルズはジョンとポール。

 ジョンはカリスマ的アーティストとして、ポールは稀代のメロディーメーカーとして活躍。ジョンは今でもカリスマ。ポールは今でも結構下世話なネタを提供してくれる。

 BOφWYは氷室と布袋。

 氷室はカリスマ性を発揮し、コアなファンを多く抱える。布袋は節操の無いほど多くの楽曲を手がけ、CMにも出るなどしてお茶の間にも広く知られる。女性関係のネタをよく提供する。



 こじつけかもしれないが、これだけ重なる点があるのは偶然ではない気がする。

ただのロック少年の集まりが伝説のバンドとなり、解散後もメンバーは個性を伸ばし活躍する。そこには何か法則のようなものがありはしないか。


 ただ一つ言えること。それは、彼らは誰に強いられたわけでもなく、自分たちの意思の赴くままただひたすら一つのことを追求していった結果、大きなものを得た ということ。

 多くの人々が望んでもなかなか得られない生き方を、彼らは達成している。

 そこに我々は憧れを抱き、夢中になれるのだ。


 氷室京介、私たちに夢をありがとう。

 そのままで 飾らないで 歌い続けてください。