『十字架』 (2015) 五十嵐匠監督

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重松清による原作のよさが出ている佳作。

 

中学2年生の秋、クラスでいじめを受けていたフジシュンこと藤井俊介が自ら命を絶った。遺書で親友と書かれてしまったユウ(小出恵介)と、その日が自分の誕生日だったサユ(木村文乃)は、それぞれ重い十字架を背負いながらその後の人生を歩み続ける。一方、フジシュンの父(永島敏行)はいじめを知りながらも何もしなかったユウたち同級生を許そうとせず、母(富田靖子)は愛する息子の思い出にすがりながら生きていく。

 

いじめ+自死をダイレクトに扱った作品。商業ベースに乗りにくい題材を扱った作品だが、よくできているので見逃すには惜しい作品。それは原作のよさから来ていると思われる。いじめを扱った作品であれば、被害者(及びその家族)ないし加害者が中心になると想像しがちだが、この作品は、被害者によって遺書に「親友」と書かれた者と、被害者が片思いしていた者が中心になっている。

 

前半の被害者が自死するまでのいじめを中心としたシーンは見ていて辛くなる。それは後半、彼の周囲の人間が背負う「十字架」を描くシーンでも、その辛さは変わりがないと言えるが、いじめ被害者の自死から20年を経た最後に少し希望が見える。つまり自死が周りの者に与える衝撃が少しなりとも緩和するには、相当の時間がかかることを意味している。そしてその時間を経ても、それでもその「十字架」を降ろすことはままならず、背負ったものと一緒に生きていくという覚悟ができるだけである。

 

実年齢31歳と27歳の小出恵介と木村文乃が中学2年生を演じるには若干の無理があったが、高校生役のペ・ヨンジュンを(最終的には)受け入れられた自分には恐いものはなかった。その木村文乃の演技は、悪くないどころかとてもよかった。

 

中心人物二人のほかによかったのは、いじめ被害者の弟役、特に青年時代の葉山奨之。彼が訴える自死遺族の心情は非常に説得力があった。

 

同じ五十嵐匠監督作『地雷を踏んだらサヨウナラ』は原作に比してあまりピンとこなかったが、この作品では、最後に原作にないユウとフジシュンのサッカーのシーンを挿入し、「もしフジシュンが生きていたら」という20年を経たユウの心情をよく描いていたと思う。

 

軽い題材ではないが、観れば考えさせられる、観るべき作品と言える。

 

★★★★★★ (6/10)

 

『十字架』予告編