2005-11-23 14:48:52

2005年、心に残った音楽、摩擦を覚えたロックをここに届けてください!

テーマ:楽曲レヴュー

2005年も終盤に入ってきました。
今年もたくさんの素晴らしき音楽がドロップされたと心から感じられた一年でした。

ベテランや影響力のあるバンドが、その役割を真っ向から受けとめ、「時代よりも状況よりも、まずは僕ら個人が繋がろう」と琴音を鳴らした年だったと思います。

そして、名も届いていないバンドが、曲の良さと透明なスピリッツだけで状況を切り崩すばく表われ、06年に向けて宣戦布告を遂げた一年でもあったと思います。


あなたがいいと思った曲、、耳に残って離れなかったフレーズ、
心が揺さぶられた楽曲、アルバム、そして心に刺さったロック・スピリッツは何だったですか?

disocrdに届けてください。

この文章のすぐ下の「コメント」というところをクリックすると、書き込みができます。
あなたが感じたまま、思いのままにその音楽をレヴューして、投稿してください(トラックバックも同じです)。

そしてみんなで読み合って、感じ合って、突っ込み合ってください。

もちろん、洋楽、邦楽は問いません。
たくさんのコメントを待ってます!



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2005-11-20 23:46:16

向井と岸田―――ⅢとNIKKI

テーマ:et cetera
 ここ1週間、ハマりにハマっているアルバムがある。
 ZAZEN BOYZの『Ⅲ』だ。

 完成したようで、送ってもらいました。
 ぶっ飛ぶわ。
 それこそナンバーガール時代から毎回、向井はぶっ飛ばせてくれる。それはメロディから、声から、何よりディストーション・ギターから、そして音楽という名のすべての「間合い」の絶妙な発狂から、彼しか持っていけないやり方でぶっ飛ばせてくれる。
 向井のルーツにプリンスがいるのは有名な話で、彼の金属的なロックに腰の据わったファンクとセクシャルなエッセンスが入るのは多分にそういうところからだ。前作にあたる『Ⅱ』はそのロックとファンクとポップのバランスが異常によいロック・アルバムだった。今回はね、それとも全然違う。あんまバランスは良くないと思うんだ、これ。しかし、バランスを超えた発狂と洗練が詰まっているんだ。発狂はすげえ発狂しているし、洗練されているのはとことん絹のようなアレンジで洗練されまくっている。その極点美というべきなのか、すげえ放熱しているのだ。特に中盤がいい。発狂も洗練も、すべてをバンドのグルーヴが支配していて、今、こんな「猛獣使い」のようなロック・バンドはどこ探してもいないんじゃないか?と震えてくるんだよね。
 このアルバムは、絶対に体験すべきだ。ロックの定めを超えたロック・アルバムだ。

 くるりの『NIKKI』も語りたい。

 僕は、いや、僕以上にいろいろなジャーナリストがくるりとZAZENを、そして岸田と向井を相対させて語る。みんなどういうつもりなんだろうな?
 僕はこの二人の音楽性を真逆なものとして受けとめ、そして楽しんでいる。綺麗なまでに真逆なものとして感じられるのだ。
 向井のところで書いた言葉を使うなら「発狂」と「洗練」のバランスだ。向井は醒めているならではの発狂が大きな世界観を描き出し、その中で自然とポップという名の洗練さがいろいろなものを包んでいく。
 片や岸田は、あまり醒めていないアーティストだと思う。彼は基本的にいつでも無我夢中なアーティストなのだ。無我夢中じゃないときの彼は本当にからっぽで、満タンかガス欠かのどっちかしかないクリエイターだなぁと、個人的に思っている。
 だから岸田はその無我夢中になっているものを何とか形にしようと整理するのが上手だ。だから彼の音楽は発狂というより洗練さが際立っている。洗練された世界のネジを巻くために発狂エキスを降りかける感じ。だから彼の作るくるりのアルバムは毎回、コンセプトがはっきりと聴こえてくる。

『NIKKI』は最初、「なんだかわけがわからんアルバムだなあ」と思っていた。世間が並べる「最高傑作」や「すげえロック・アルバム」という言葉が自分の中では浮いて浮いてまったく共感できなかった。それは多分、これを聴くとすぐに「ボ~っとしてしまう」からだったのだと思う。なんかすごいボーっとするんだ。耳の奥で貝の中から聴こえてくる幻聴のような、そんな感じがしていたのだ。このアルバムを聴いていると、まるで冬の海に大切な人と二人でいるような、「寂しくてしかたがないからこそ感じられる、絶対的な幸福感」が迫ってくるのだった。
 しかし、聴いているうちに幻聴のように感じられたアルバムが、どんどん「超実体」として聴こえてくるようになった。それがくるりの素晴らしいアレンジ能力によるものなのかどうかはわからない。たしかにこのアルバムも今までのアルバムに勝るとも劣らない洗練のレベルが聴こえてくるのだが、その洗練のベクトルは主に「サウンド」に向けられている気がするのだ。
 じゃあ、曲は何なんだ?ということになる。曲はね、「LOVE」だと思うんだ。どしようもなくLOVEしているメロディとハーモニーだと思うんだ。岸田がここまでLOVEを当為なものとしてソング・ライティングしたのは初めてなのではないか? そんな迷いがない無上のメロディが聴こえてくるのだ。洗練させることすらできない、LOVEの純粋さに魅せられたメロディとハーモニー。
 心がしびれるアルバムだ。今、岸田に会うと恋してしまいそうだ。
 みんな、このアルバムを聴くと恋してしまうんじゃないかな。
 切ないほど幸せな、残酷なほど心が魅せられていくあの感じ。
 恋の病が蔓延する、ある意味危険なアルバムだ。ソロになったジョン・レノンをどこかで彷彿とさせるアルバムの気がしてならない。
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2005-11-03 17:55:07

やっぱ納得いかねえわ

テーマ:et cetera
 ロンドンで読んだ(とは僕の英語力だと言えないか)新聞の記事が、ずっと頭から離れない。ロンドンでは「METRO」という新聞が地下鉄駅構内で無料で配られていて、その1面を飾っていた記事だ。

「ビル・ゲイツ、『CDとDVDは死滅(=doom)するだろう』と語る」

 METROの1面にはこう書いてあったのだ。大きなニュースだから、日本でも報道されたのではなかろうか。
 ここで「音楽&映像配信の時代におけるCDやDVDのあり方」を書くつもりはない。そんな論議は何度も行われているし、僕はDVDはまだしも、CDというパッケージはレコードというパッケージの次に好きなものだ。だから当たり前のように、なくなって欲しくない。しかし、それは至極個人的なことで、僕は配信にもとても興味がある。
 だってそこに音楽があるんだから。
 最近、NAPSTARをやっているが、あれは買うというより借りるという意味においてとても面白く、CDなどのパッケージとの連動も考えることが出来てとても興味深い。
 いや、ここで書きたいのは「ビル・ゲイツが——」という部分だ。

 僕はね、ビル・ゲイツにそんなこと決められたくないんだ。だって彼はあっち側の人間だから。

 いや、わかっている。どれだけガキ臭いことを大げさに書いているかはわかっている。確実に時代はCDやDVDのパッケージの次世代マターへと向かっているし、そういうことを話すに最もふさわしいイコンがビル・ゲイツだし、彼のような存在がこういうことを明確に話すことによっていろいろなことが前へ進んで行ける。それはね、わかる。
 だが、やはり嫌なのだ。あっち側の人間がこう言い放ち、それでみんなが安心したかのような顔でそっちを向いて、「やっぱそうだよね、うんうん。俺も前からそう思っていたし」なんて話して、次の日にiTMSなどの配信数がどっと増す。
 そういうのは激しく嫌なのだ。

 関係なさそうで関係ある話なのだが、昨晩(というか、今日の朝まで)はファンタスティック・プラスティック・マシーンの10周年パーティーが新木場のスタジオ・コースト(=ageHa)で行われたので、遊びに行ってきた。田中さん、10年おめでとう。
 勿論楽しかったし、気持ちがとてもよかった。イビザ・アンセムとしても10年に1度ぐらいの名曲“ミュージック・サウンド・ベター・ウィズ・ユー”のヴォーカリストを務めたベンジャミン・ダイアモンドが歌うというので、それがかなり楽しみだったりもした。彼の歌はよかった。けど、その後の彼のDJがあまりにも酷くてね。ちょっとびっくりした。DJは自分が気持ちよくなるためのものじゃなく、踊っている人にハピネスを振り掛ける、そのこと自体を気持ちよがるものなんだよ、ベンジャミンさん。
 と思いながら、それでもフロアで拾ったドリンク・チケットでぐびぐびカクテル呑んでいたら、その後のDJが素晴らしくて! それがMUROとエスカレーター・レコーズの仲くんだった。MUROはヒップホップというかR&Bだし、仲くんはロッキン・ハウスだ。タイプは全然違う。勿論、プレゼント・ソング(僕はDJが流す音楽をこう呼んでます。プレゼントもらってる気持ちになりませんか?)もまったく違うものだった。でも二人ともすげえよかったんだ。

「音楽知ってるDJは最高だなあ!」

 こう思ったのです。絶妙なんだよね。絶妙にセクシーだったり(MURO)、絶妙にガンガンだったり(仲くん)、何しろ絶妙で、本当に気持ちが全部スピンされてる音楽に翻弄されてしまったんです。すごい楽しかった。
 この二人は、レコード・ショップを開いている(MUROはいた?なのかな。服とレコードを渋谷で売っていたのを覚えています)DJで、多分死ぬほど音楽聴き続けてると思うんだ。僕もずいぶんと聴いてるつもりだけど、そんなもんじゃねー!って感じなんじゃないかと思うんです。そう思うほどの「音楽知ってんなあ!」なDJだったのです。
 こういう人は、音楽自体にとって何より大事な存在だと思うんだ。
 だからレコード・ショップを残せ、という話じゃない。いや、僕はレコード・ショップには音楽の達人がたくさんいるので、大好きなのだが、ここもまたそういう話じゃない。

 こっち側にはこんな素晴らしい音楽と伝達者がいるんだ。

 ということを声高々に伝えたいのだ。
 先週、何度かバンプ・オブ・チキンとインタヴューしたのだが、プロモーションという言葉の意味とはかけ離れた、もう何だかわからない告白をし合う会話となった。藤原基央はこんな時代だからこそ、音楽以外のことに関して鍵をかけまくっている。その中で、音楽を作り続けている。こういうアーティストが、リスナーである僕ら側にはいるのだ。MUROにしろ仲くんにしろバンプにしろ、心のそこから誇らしく思える。
 音楽がどんな進化と変化を遂げるのか、それは音楽自体の問題で、システムはそれを補填するべきものなのだ。ラジオもテレビもレコードもラジカセもウォークマンもみんなそうやって、音楽を聴く僕らを進化させ、補填してきたのだ。だから、ビル・ゲイツの発言のような「CDやDVDが死滅する」なんてことはどうでもいいことだし、その発言自体に圧倒的な不信感を覚えるのだ。愛がないんだよ、金と成功にしか愛が感じられないんだよ。頭くるんだ、そういうのが音楽にへばりついているのが。
 音楽も映像も配信することはいいよ。そのシステムによって音楽や映画が好きになった人もいるだろうから。しかし、だからってCDやDVDを殺す必要なんてまるでない。いいものは、進化の過程の中で必然的に人々に選ばれて行くのだ。

 僕らはもっと音楽を聴きたい。けど、やり方なんて誰にも決められたくない。まして、仲間でもない人の一言なんて、聞きたくもない。

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