エコ・ブログトップへ スマイル・エコ・プログラム

春。作業の連鎖

テーマ:鉄と生命(いのち)
2008年03月19日

春になって4日目。


そろそろ畑に手を着けなくてはならない。


畑に放置してあったトラクターを点検する。


当然、バッテリーがあがっている。水も、少なくなっている。


水は補給し、バッテリーは充電する。


充電するための充電器を探す。


小さなものだから、奥の方に入っている。


それを取り出すために、古いプリンターを移動する。重い。


移動したついでに、きっちりと物置にしまってしまいたいと思う。


物置をあける。


するとプリンターを奥だけのスペースがない。


物置を片付け始める。


古いシーツなどが出てくる。


洗濯することにする。


ついでに、いろんなものをいっぺんに洗濯してしまおうと思う。


風呂の水を利用した方がいいと考える。


水中ポンプでお湯を洗濯機に入れる。


途中でうごかなくなる。


フィルターがつまった。


フィルターの清掃を始める・・・・


いつになったら、トラクターを動かせるようになるのか。

どんどん、離れて行っているような・・・

23日の地元学へ向けて

テーマ:鉄と生命(いのち)
2008年02月15日

23日は、古代東北の製鉄について「地元学」講座で話すことになっている。


先日のシンポの経験をふまえて、どこまで参加者の空気を読んで話をすすめるか、自己コントロールのいい機会だ。


全然知らない人に、どうやって伝えるか。


そして伝える事実がどれほど重要なことか。


それを理解してもらうために自分は何をするか。


考えていたら、寝てられなくなって飛び起きた。



十分に準備をしておかなくちゃ、そんなことはできないのだ。




23日の地元学へ向けて2

テーマ:鉄と生命(いのち)
2008年02月15日

23日は、古代東北の製鉄について「地元学」講座で話すことになっている。



一番伝えたいことは、福島は古代の最先端技術が展開されていた土地だということ。


そして、なぜ、福島に最先端技術の現場があったのかという歴史の背景だ。


二番目には、古代の先端技術の内容。


どこが、どんなふうに先端技術だったのかということ。


今のところ、最先端の現場ではいつもさらなる最先端が求められているということを指摘したいと思っている。



展示会以降ずっと歴史の本ばかりよんでたので、歴史の話になってしまわないよう気をつけようと思う。




教育機会の都市と地方の格差

テーマ:鉄と生命(いのち)
2007年12月01日

昨夜は、いつもの仲間ではなく、新しい顔ぶれで語り合った。


みんな東京で学んで、地方にもどってきた経歴だ。


「地方と都会とでは、あらゆるものの格差が広がるばかりだ」ということで一致した。


教育の機会もそうだ。


もちろん、地方にも東京と同じような施設はある。


しかし、あくまでも同じようなもので、同じではない。


なんといっても、人口が違うのだから、同じもの(箱)はつくれない。それでも似たようなもの(箱)をつくるのは、行政がいいわけをするためとしか思えない。


鳴り物入りで建設された箱も、当初はイベントもりだくさんでにぎわったが、一年も経つと、閑散。


そりゃそうだ。


似たようなもの(箱)は、もういっぱいある。


なんでまたつくるのか、そっちのほうが謎だ。


国の補助金とか、そんな理由だろう。


そうやって、たいしたつかいもしない箱をたくさんつくって、そこに所長と副所長と何とか部長と課長と係長と主任とを配置して、業務は全部癒着した下請けに出す。


要するに、箱は上のほうにたまった年寄り公務員の居場所なんだ。


それに、膨大な税金を投入して維持していく。


そんなふうにして老人の高給を確保するのが行政の目的になっているから、子どものための教育になんて金がまわらない。


一方、都会では、有料でもどんどん親子が集まってくる。

箱は、金を稼ぐ施設になっている。


地方の老人問題は、痴呆の老人問題だけではなく、老人による税金の独占と箱の独占でもある。


かといって、地方から老人をとったら、過疎どころか、廃墟になってしまう。


箱に老人がいるだけマシなのかもしれない。



やばし、暫くぶりの下痢

テーマ:鉄と生命(いのち)
2007年11月12日

 夜中に下痢感で目が覚めてしまった。


 両腕のシビレ感もあり、食中毒かと思った。


 しかし、どう考えても、食中毒になるようなものを食べていない。



 しかし、何で食中毒になるかわからない時代でもある。


 みかんの食べ過ぎかもしれない。一袋を一度に全部たべた。1㌔かな。


 白菜の漬け物をウイスキーの摘みにした。


 ウイスキーの残り物を飲み干した。


 4時頃、ソフトクリームを食べた。



 年齢にふさわしくない無謀な食事の一日だった。


 

 もう、命のやりとりをする毎日の年齢になったことを実感する。

いのちというのは、ふしぎなものだ・・・

テーマ:鉄と生命(いのち)
2007年10月24日

宇宙が誕生したのも不思議だが、命が誕生して自分が存在しているのも不思議なことだ。


昨日の夜から体調は一段と悪化し、今朝は起きられなかった。


全身の節々が痛い。


電話の鳴る音が聞こえるが、これは幻聴だ。


いろいろな妄想の中で、眠るでもなく、起きるでもなく、時間の流れに漂っている。


こうやって、全身症状があると、持病の右脇腹痛がなくなるから不思議だ。



朝は、とほうもない青空だった。



負けている。

畑に出て、野沢菜を蒔く

テーマ:鉄と生命(いのち)
2007年09月09日

 今日の午前中は強制的な用事はない。


 天気も良いし、秋が近いし、しばらくぶりに畑に出た。


 台風の雨でまだ十分土が湿っている。

 こんなときに種を蒔けば、何の労力もいらずに芽が出てくる。


 2メートルの畝つくりで息がきれる。

 3メートルで頭痛がでる。

 4メートルで用事を思いつく。

 5メートルでギブアップ。


 なんだいこれ。


 やったことにならない。


 昔、男は一日に一反の畑を耕せると一人前と認められたそうだ。


 そんなレベルを目指していない。


 週1回2時間かな。

 足りないな。


 父がいなくなると、畑の管理の責任も出てきた。


 原野にはできないから、何か植えておかなくてはならない。


 何者かが、もう、触手を動かしているのだ。

 まったく、油断ならない。

 イノシシよりも恐ろしいのは人間だ。


 もう一回、行きます!


(畑をやるのに、4本鍬をつかい、それは鉄製なので書きました)


命に焦点が当たっていなかった活動

テーマ:鉄と生命(いのち)
2007年09月06日

 新盆で弟が滞在していた。


 私は、普通にモンシロチョウを網で捕獲し足で踏んで始末していた。


 それを見て「なんでそんな残虐なことすんの!」と叫んだ。



 私自身も、田舎の実家に戻っての1-2年はモンシロチョウやモンキチョウなど、いいなと許容していたことを思い出した。


 しかし、いまでは見つけ次第できるだけ排除することにしている。


 連中がぱたぱたしているのは、そこに卵を産むためだ。


 その卵は、たちまち青虫や黒虫になる。


 そして、はっぱをむさぼりつくす。


 その勢い、はんぱじゃない。


 連中は、夜昼無しに葉っぱを食い刻んでいるのだ。

 もちろん、それがチョウの生命活動である。


 しかし、別に人間の生命活動がある。

 キャベツを作って自給自足の足しにする、とかだ。


 一個のキャベツに青虫が5匹着いたら1週間で食い尽くす。


 運がよければ、野鳥がやってきて一瞬の間に青虫を食い尽くす。


 青虫毛虫は小鳥の大好物のようだ。

 しかし、大量発生していないと小鳥はやってこないようだ。

 大量発生しているときには、たとえばキャベツは、もはや食い尽くされている状態だ。


 こういう現実を見ていると、モンシロチョウなど、見つけ次第捕獲するのが非常に効果的であることがわかってくる。もちろん、うちでは殺虫剤など散布しない。

 高価だし、手間がかかるからだ。


 

 こういう現実を自分で自覚した上で、鉄と生命について書きはじめるつもりだ。


 地球史の中で生命を考えるのと、日常生活の中の、とりわけ庭と畑の生命の素顔を現実に見ながら考えるのとでは、まったく違う精神活動になるような気がする。


 ファーブルの昆虫記のことを思い出す。

 

 ファーブルは、庭で命を見つめていたのだ。


 

 鉄


 鉄は、人類発展の象徴的物質だ(気づかない人は多いけど)。


 鉄と生命


 

 自分自身の中で、新しい精神活動がはじまったように思う。


 

 医者からは、先日、メタボで余命10年と言われた!!

Amebaおすすめキーワード

    あなたもエコ・ブログでブログをつくりませんか?