9.11以後のアメリカを思い出してみる。
まず、「犯人は○○だ」と決めつける。
そして「○○がいるのはアフガニスタンだ」と発表する(どうしてわかるのかは、不明)。
アフガニスタンは○○を応援していると宣言する。
だから、アフガニスタンを空爆する。
次に、「アフガニスタンと○○を応援しているのはイラクだ」と発表する。そして攻撃する。
これにはたまったものじゃない。
こんなことを書くのは、昔の東北地方がそういう立場じゃなかったのか、と想像するからだ。
蝦夷は従わない、と宣言する。
ヤマトに従わないのは成敗しなくてはならない、と決めつける。
そんな理由で侵入されたら(古代は、東北はヤマトの敵対勢力だった・・・日本ではなかった)、対抗するしかない。
そうすると、蝦夷は危険だと宣伝する。
だれも蝦夷なんて見ていないんだから、そうかな、と思ってしまう。
聖戦の成立だ。
今になってよく考えてみると、ヤマトが蝦夷の土地に侵入したのは、白河以北一山百文とこバカにした発言とは違って、白河以北には金銀銅、鉄、馬、そして人がたくさんいたからではないかと思う。
それらを、みんな欲しかったからヤマトは蝦夷の土地に侵入して、ほしいものをかっぱらっていったのだ。
これが「権力の現実」である。
だが、これは、あまりにもおおざっぱ過ぎる話だ。
現実は(実際の遺跡からは)、単に戦って負けてもってかれてしまっただけではない証拠が発掘される。
ヤマトの文化は、やはり進んでいた。
今でもそうだが、文化が進んでいると、光輝いている何かがある。
蝦夷も、その光を見た。
そして、取り入れた。
その対価として「鉄」が使われたのではないか。
ヤマトの本拠地や東海地方と違って、蝦夷の土地からは質のいい砂鉄が取れる。
原料が良ければ、製品もいい。
しかも、安い(?)。
ヤマトの文化と鉄は、いい取引になっただろう。
鐵の学校の問題としては、じゃあ、蝦夷はどうやって鉄をつくったのか、である。
ヤマトの技術者(半島からやってきた人たち)に教えてもらったのか?
そんな、だいじな技術を(敵である)蝦夷に教えるだろうか?
ヤマトの勢力は、今の青森県までには及ばなかった。
そこにも、製鉄の跡は残っている。
蝦夷は、ヤマトとは別に独自の製鉄技術を持っていた。
そういうことになるではないか。
半島の人たちも、蝦夷も、日本人ではなかったが、蝦夷は、いつのまにか日本人に組み入れられてしまった。
そのときこそ、大和(おおきなワ)の精神が必要になったのではないか。
敵も味方も、いっしょになってやっていこう!!
こういうのは、今はいいことだと思われている。
現実には、いっしょにやっていこう、と言われた側は、要するに税金を徴収されるということだ。
和(ワ)の精神は大事だ、どころではなく、税収を上げるのが大事だ、というのが本音だろう。
今も昔も、権力者の本音は変わらないことに気付いたのだった。
鉄の遺跡は、ウソをつけない。
ウソをつくのは、言葉だけで日々動いている連中である。