大津事件(1891)
1891年5月11日、日本を訪問中のロシア皇太子ニコライが、滋賀県大津市で警備の巡査・津田三蔵に突然斬りかかられた。 津田巡査はその場で二人の男に取り押さえられ、皇太子も額に2ヶ所傷を負っただけで命に別状はなかったが、一応大事をとり、そのあとの日程をキャンセルして数日後帰国した。
当時日本はまだ国際舞台に登場してから30年の弱小国、相手は大ロシア帝国ということで政府は震え上がり、明治天皇が事件の2日後には京都に駆けつけて皇太子の宿舎を訪問しお見舞いし、全国からのニコライ皇太子へのお見舞いの手紙も1万通に及んだ。
政府は更にロシアに対して謝罪の意を明らかにするため、津田巡査を死刑にすべく裁判所に圧力を掛たが、法的に見ると被害者が日本の皇族であれば死刑を宣告することが可能でしたが、相手は外国の皇族であり、法律上は一般人と同じ扱いのため従って怪我を負わせただけなのに死刑を宣告することは法的には根拠が無かった。このため裁判を担当した大審院(現在の最高裁判所)院長の児島惟謙は法治主義遵守の立場から政府の圧力をはねつけ、法定刑内で「無期懲役」の判決を下した。
さて、今回大津事件を取り上げたのは、過剰な刑罰を求める動きに厳しいけん制をする意味でコメントをするためである。
今回、毎日新聞の記事から引用させていただく。
山口・光の母子殺害:差し戻し審 遺族・本村さん「命をもって罪の償いを」 /広島
9月21日17時3分配信 毎日新聞
広島高裁(楢崎康英裁判長)で20日にあった山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審集中審理で、遺族の本村洋さん(31)が行った意見陳述の要旨は次の通り。
私が、この裁判で意見陳述を行うのは2回目となります。初めて意見陳述した時は、死刑判決が下されない可能性が高いと思っていました。だから、君が社会復帰した時に、同じ過ちを犯して欲しくないと思い、一生懸命話しました。
その時から5年以上の歳月が流れ、死刑判決が下される可能性が高まり、弁護人が代わり、君は主張を一変させた。
なぜ1審・2審で争点になっていなかったことが、唐突に主張されるようになったのか。遺族としては、弁護人が代わることで、ここまで被告人の主張が変わってしまうことが非常に不可解でなりません。
君がこれまで、検察側の起訴事実を大筋で認め、反省しているとして情状酌量を求めていたが、それは全て嘘だったと思っていいのですか? 私が墓前で妻と娘に報告してきた犯行事実は、すべて嘘だったと思っていいのですか?
どうしても君が心の底から真実を話しているように思えない。君の言葉は、全く心に入ってこない。この裁判で君の主張が認められず、裁判が終結したとしても、私には疑心が残ると思う。
事件の真相は君しか知らない。
だから今後、君が謝罪の言葉を述べようともその言葉は信じられないし、君が謝罪の手紙を何通綴ろうとも読むに値しないと思っている。
もし、ここでの発言が真実だとすれば、私は君に絶望する。君はこの罪に対し、生涯反省できないと思うからだ。君は殺意もなく、偶発的に人の家に上がり込み、2人の人間を殺したことになる。こんな恐ろしい人間がいるだろうか?
私が君に言葉を掛けることは、これが最後だと思う。私が事件後に知った言葉を君に伝えます。中国、春秋戦国時代の老子の言葉です。「天網恢恢(てんもうかいかい)、疎にして漏らさず」。この言葉の意味をよく考えてほしい。
君の犯した罪は万死に値する。君は自らの命をもって罪を償わなければならない。
裁判官の皆様。私は事件当初のように心が怒りや憎しみだけに満たされているわけではありません。しかし、冷静になればなるほど、命でもって償うしかないと思いを深くしています。それが、私の正義感であり、私の思う社会正義です。正義を実現するために、司法には死刑を科していただきたくお願い申し上げます。
◇100%立証できたと自信 弁護団が会見「事実ねじ曲げていない」
閉廷後、広島弁護士会館で8人の弁護団が会見。「今の司法は『疑わしきは被告人の利益に』が存在しないかのような状況。300%の主張をしないと我々の立証は採用されない」と話し、「100%の立証はできたとの自信はある」と振り返った。
また、元少年との接見を担当した弁護士は「異常ともいえる注目と批判のなかでの弁護活動。しかし、弁護団は被告の利益のために事実をねじ曲げているのではない」とし、「今回の事件を担当し、初めて世間からにらまれている刑事被告の気持ちが分かった。刑事弁護とは何かをもう一度、考えてほしい」と涙で訴えた。
◇被告人質問一問一答
被告人質問の要旨は次の通り。
【弁護側】
――本村さんの意見陳述をどう思ったか。
絶望する状況を生んだのは僕だ。責任の重みを痛感し、事件と向き合っていきたい。生涯償っていきたい。
――生きたいと思っているか。
(亡くなった)2人のことを思うと生きたいとはいえないが、よければ生かしてもらいたい。
――生きて何をしたい。
僕は当初、弁護態勢が十分ではなかった。でも今は語れるようになった。同じ立場の人のために語り続けたい。
――遺族には。
まず会いたい。会って本当の僕自身を見てほしい。
――父の暴力や母の自殺、今回の事件。これまで幸せを感じたことは。
まったくないとはいえない。今は人との触れ合いの大切さを実感している。小さな幸せを大きな幸せにつなげていきたい。
【検察側】
――(遺族側の)意見陳述の時、何を書いていたか。
陳述の中身を紙に書いていた。
――その紙に縦に線を引くのをみた。
引いていない。(裁判官らがメモを閲覧し、線がないことを確認。その後弁護側の質問に対し)検察は、なめないでいただきたい。
9月21日朝刊
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私が激怒したのは、本村の感情的な暴言の数々。
まず、被告人の家庭環境を見ても分かるように、ドメスティックバイオレンスを被告人は父親から受けていた。そうしたゆがみが引き起こした人格未熟は、本来なら刑事事件の責任を問えない可能性も否めないのだが、私は犯罪という結果に対し、断固問うべきだと考えている。私自身、親類で刑事事件の被告人がいる。そのものは今、刑務所で刑役に服している。
それでも、死刑は絶対に許されない。この刑役はどんなに考えても現状では無期懲役である。本村を以前、私は無責任連中書人両断で厳しく批判した。どうやら、その独善的ともいえるゆがみきった思想は死ぬまで治る事はないだろう。ならば、ブログからホームページに切り替えるときに徹底的に地獄のそこまで突き落とすように書人両断するしかない。Neutralizer氏もまさか、中国の故事を遣う姑息なやり方には驚いているではないか。断固、私は本村を言論をもって厳しく叩き潰す。
松本サリンガステロの被害者で犯人に疑われた河野義之さんはメディアの犯人報道に対して厳しい批判を加えてきた。私は客観的な情報を手に厳しく批判を続ける。それが佐高信であれ、宗田理であれ、そうした姿勢は絶対に崩すわけには行かない。それがブロガーとしてのルールである。
本村は北京ルールに従った判断を取るべきだったのだ。1985年に北京で採択されたいわゆる「北京ルール」で、「犯罪のゆえに成人とは異なる扱いをされる児童もしくは青少年は死刑を禁止する」としており、日本では二十歳未満がこれに当たるとの意見もある。
よって、被告人の死刑求刑はこの国際法に明白に違反している。本村はこうした国際法の知識を知りえた立場なのだが、己の独善的な思想を優先させようと敢えて無視している。何度でも私は本村に言う。
「物事は一つではない。多くの総合した情報から見えてくるものは、それぞれが違う。あなたが言っている暴言はそうした原則に明白に反しているのではないのですか」と。被告人への制裁の手段としては、損害賠償を行う手もある。絶対払えないようない車両を被告人に求めて社会的責任を取らせる手段もまた一つの制裁である。
1992年10月17日、アメリカルイジアナ州バトンルージュに留学していた日本人の高校生・服部剛丈(はっとり・よしひろ、当時16歳)さんが、ハロウィンに留学先の友人と出かけた。しかし、訪問しようとした家と間違えて別の家を訪問したため、家人ロドニー・ピアース(当時30歳)から侵入者と判断されて銃(.44マグナム)を突きつけられ、「フリーズ(Freeze、訳:動くな)」と警告された。しかしながら高校生は止まらずに男性の方に進んだため射殺された。
ピアースは、日本の刑法では傷害致死罪に相当する計画性のない殺人罪で起訴されたが、同州の東バトンルージュ郡地方裁判所陪審員は12名全員一致で無罪の評決を下した。評決の理由として、発砲現場の玄関先は屋内と同じであり、犯罪から身を守るために銃を持って立つことは正当な権利である、というものであった。なおルイジアナ州の法律では、屋内への侵入者については発砲が容認されている。日本での報道はこの時点でアメリカの銃社会に対する不信感を表明しただけで終わったが、この後行われた、遺族が起こした損害賠償を求める民事裁判では、刑事裁判とは正反対の結果となった。ピアースが家に何丁も銃を持つガンマニアであり、しばしば近所の野良犬を射殺しており、当日は酒に酔っていて、妻の制止を振り払って家から飛び出し発砲したことなどが実証されたため、正当防衛であると認められないとして653,000ドル(およそ7,000万円)を支払うよう命令する判決が出され、同州最高裁も上告を棄却したため確定した。
これから、本村がとるべき道が見えてくる。もし、損害賠償を行うなら私はブログ上におけるできるだけのアドバイスをする用意はある。ただし、刑事事件の決着がついた後になるのは言うまでもない。
このことについてはコメント返しはしない。申し訳ないのだが、おそらく考え方は多くの人と異なるではないかと思うからだ。だが、コメントは反映させる。一本だけのレールに載せられて終着駅に辿り着くしか能のないようなブログにはしたくないからだ。
今回、ピアーズのことも書いたのだが、この男がKKKというアメリカのファシズム団体の一員だったという正体も暴かれたため、ホームページ版書人両断で厳しく批判することにした。