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2012-02-23 19:02:20

カーネーション 第119回

テーマ:連続テレビ小説『カーネーション』
 昭和39年(1964年)11月のある日。

 糸やん(尾野真千子)が自分の店の前で看板を見上げながら、妄想にふけっていました。

 どうやら、ヒマなようです。

 糸やんは、自分がお父ちゃん(小林薫)から看板を譲られたその日に、ひとりでタームワープしていたのでした。
 まわりにいる昌ちゃん(玄覺悠子)や松田恵(六角精児)などは、すでに目の前から消え失せているかのようです。
 夢遊病のように店の奥へとフラフラと歩いて行く糸やんを見て、皆が心配そうにしていました。

 でも、心配するには及ばないのでした。
 糸やんは夢想して楽しんでいるのです。
 店を譲られたその日こそが、甘い甘い成功体験のスタートの時だったのでした。

 劇的な晩でした。
 「さっむい日いーに仕事から帰ってみたら、看板が消えちゃあった。ほんで店に入ってみたら…、家の中もガラーンとしちゃあって…」

 奥の台所に、先代のおばあちゃん(正司照枝)がひとりで居て…、
 『みんなどこ行ったん? なあ、なあ』
 糸やんが不安そうにして訊ねると、おばあちゃんは、
 『あんな、今日から、うちとあんたの二人っきりや』

 そういった“鮮やかな”引き際を見せたお父ちゃんを思う糸やんです。
 「ええなあ、お父ちゃん。あんな格好ええ事でけて」

 と言っても、糸やんに渡されたのは、ガランとして何もない店と婆さんひとりだけだったのでした。
 お父ちゃんからすれば、すっかりダメになった店を投げ出しただけの事です。

 ところが今の糸やんには、
 「うちが雇うてきた従業員がおる。つきおうてきたお客さんがおる。責任も義理も山ほどある」

 …背中に物差しを突っ込み、コリコリと気持ち良さそうに掻きながら、アレコレ考える糸やんです。
 今や、糸やんにとっての物差しは“孫の手”代わりに過ぎないのでした。

 本当にヒマそうでした。

 もはや店の事はほとんど、昌ちゃんと松田恵がやってくれているようです。

 「あないバッサリはいかん。店のためにも、優子のためにも」
 などと言ってますが、その実、楽隠居しながらも口だけ出せる方法を模索しているようです。

 「やっぱし、もっとこう…、ボチボチと…、丸う、丸う…」
 といった具合に、できるだけ穏便に“院政”に移行したいようなのでした。

 どんな小さなところでも、権力者の考える事はいっしょのようです。

 「ああー、しょうもな」
 糸やんも、自嘲ぎみに嘆息していました。

 一方、東京の直子(川崎亜沙美)の店では、姉の優子(新山千春)と間での、姉妹間の熾烈な“権力闘争”が繰り広げられたいたようなのでした。

 お互い、直接には口も利かないほどになっています。

 「優子さん、直子さんが“今日残業ないなら、優子さんのアパート寄っていいか? ”って聞いてます」
 「何で? 」
 「さあ…」
 「イイわよ。“9時くらいなら”って言っといて」
 「はい」

 直子は、優子のほとんど目の前にいます。

 「9時くらいなら、いいそうです」
 「フーン…、ありがと」

 同じ店にいる二つの才能が、反目し合っているようなのでした。
 同時代に宮廷を生き抜いた、紫式部と清少納言といった趣きです。
 さながら、取り次ぎ役の“女房”を通しての会話だったのでした。

 しかし実際は、そんな風流なもののはずもありません。
 直子が優子のアパートに押し掛けようとするのは、この権力争いに最終的な決着をつけるためだったのでした。

 そんな事とも知らず、優子はその晩アパートで、娘の里恵ちゃんに優しく微笑みかけながら寝かし付けていました。

 その時、突如、乱暴に戸を叩く音が聞こえてきました。
 「おーい、来たどー! 」
 「えっ? 北村のおっちゃんや」

 北村(ほっしゃん。)の突然の訪問に戸惑いながら優子が戸を開けると、その背後には直子が立っていたのでした。

 「どないしたん? 東京来てたん? 」
 「ほうよ! 展示会あってよ。言うてなかったんかよ? 」
 直子が小さな声で応えます。
 「うん」

 どうやら直子の策略のようです。

 「シューマイ、買うてきちゃった」
 「うん、ありがとう」
 「チビ元気か? おーい! 」

 北村が先頭切って、強引に押し入って来ます。

 「シーッ、今、寝たとこや」

 “せめて子どもには手を出さないで! ”と優子が北村に乞うていたのでした。

 「直子もよ、ここ住んじゃあったんけ? 」
 「うん」
 「そら、お前ら二人とチビやったら、こら狭いわ」

 最近、不動産に凝っている北村です。
 “いい賃貸物件でも紹介したろ”
 といった北村の目論見が外れて、早速に姉妹のバトルが始まったのでした。

 「せやから出たんやし。店でも一日顔突き合わしてんのに、うち帰ってまで一緒におりたないし」
 「こっちのセリフや」

 そしていよいよ、直子が攻撃に移ります。

 「あんな、うち店辞める」
 「はあ? 」
 「店辞めて、心斎橋で新しい店やる」
 「何言うてんや? 急に」
 「おっちゃんがな、心斎橋のごっついエエ物件紹介してくれたんや。家賃と面積はそこそこやけど、立地が抜群や。新しい店やんのにもってこいの場所や。なあ? 」

 ここで初めて、北村の出番となったようです。
 でも北村は、姉妹の散らす火花にすっかり怯えきってしまったようでした。
 ただ小さく頷くだけで黙ったままで、直子のお役にはとても立てそうにないのでした。

 北村は放置して、続きをやります。

 「何、勝手な事言うてんや? 今の店、どないすんねん? 」
 「せやから辞めるちゅうてるやろ! 」
 「辞める? ようそんな無責任な事言うな? あれ、あんたの店やろ? お客さんやら従業員やらどないすんねん! 」

 興奮して猛然とラッシュをかけ、直子をコーナーに追いつめる優子です。
 しかし、これも直子の計算どおりのようでした。

 バンッ!!

 直子が両手で机を叩いたのち、カウンター攻撃を開始したのでした。

 — 期せずして直子のセコンドに付くこととなった北村が、直子の一撃で吹き飛んだ割り箸を、甲斐甲斐しくも、皿に戻していました。
 — 冷めたりとはいえ、せっかく買って来たシューマイが、まだまだたくさん残っているのでした。

 「あんたがやったらエエんじゃ! 」
 「はあ? 」
 「あんたの売り上げのんが、うちよりずっと高いんや。あんた一人でも十分やっていけるやろ! 」
 「あんなあ、そもそもうちは、ただのあんたの手伝いやんか。そら、うちの方が売り上げが高いちゅうたかて、店におらなあかんのは、あんたちゃうんけ! 」

 優子が負けずに机を叩きます。
 「落ち着けよ」
 北村もそう言うのがやっとでした。

 しかし、これですっかり直子の思うツボとなってきたようなのでした。

 「知らん」
 「はあ? 」
 「あんな店…、うちはもう、どうでもエエ」

 直子の頬を涙がつたいます。
 満を持して、“伝家の宝刀”もしくは“女の武器”を抜いてきたのでした。

 「とにかく、うちはあんたが目障りなんや。あんたのおらんとこで、自分の力だけで店やりたい」

 いよいよホンネを炸裂させたのでした。

 — ご飯もなしにシューマイを喰った上に、涙を流してノドが渇きました。
 — しかし、手にした自分の湯のみには、すでにお茶が一滴も残ってませんでした。
 — 優子が意地悪して少ししか入れてなかったのかもしれません。

 — ここでまたセコンドの登場です。 
 — 「おお、それカラや。これ飲め」
 — 北村が自分の湯のみを差し出しました。

 — 直子がそれを受け取ります。
 — でもなにしろ、北村が口にした茶碗です。
 — とても飲む気にはなれないらしく、手は止まったままだったのでした。

 そんなおバカをしているうちに、優子によくよく考える余地を与えるという周到な計画にハマった優子です。

 「わかった。うちが店、辞める。ほんでエエやろ! 」

 直子の思惑どおりの返事をしてしまったようなのでした。
 直子が優子を店から追い出す事に、まんまと成功したのでした。

 すっかりヤケを起させられて、自分から店を辞めると言い出してしまった優子です。
 — 啖呵を切るなり、すぐに席を立っていました。
 — さすがに気になって、直子に新しいお茶を入れようとしたに違いないのでした。
 
 「お世話になりました。じゃあ、あとはよろしくね」
 優子は、“女房”たちと百貨店の支配人にだけあいさつをして、店を去ります。

 東京でのバトルは、ひとまず直子の圧勝に終ったかのようでした。

~NHK 連続テレビ小説「カーネーション」第119回より

【今日の勘どころ】
 「そないして優子は東京の店を辞め、岸和田へ帰ってきました」

 糸やんには、優子が戦いに破れ、傷ついて帰って来たように見えたようなのでした。

 これは大きなチャンス到来です。
 この機を逃す手はありません。
 今ならデカい顔して、『店を譲ってやる! 』と言えるのでした。

 里恵ちゃんを連れて店に帰って来た優子を、遠くから静かに見やる糸やんです。
 「あっ、ここやな。ここがうちの引き際や」
 そのすました顔のウラで、秘かにほくそ笑んでいたようなのでした。

 まずは“御付き”の者どもに世継ぎが決まった事を申し送ります。
 昌ちゃんと松田恵の二人はたまげていました。

 — めずらしく糸やんが、珈琲店『太鼓』で奢ってくれるというので、テーブルには松田恵が注文されたらしいソーダとケーキのダブル甘い物セットが置いてありました。
 — 糸やんがすっかり気を大きくしている事が、うかがい知れるのでした。

 「看板を譲る?」
 「うん」
 「優ちゃんを、店の頭にするちゅう事ですか? 」
 「せや」
 「ほな、先生はどないしはるんですか? 」

 やはり、糸やんの中途ハンパな物腰しは、誰にも理解できなかったようです。

 「いや、けど別にうちかて辞めるわけ、ちゃう。形で言うたら、今のまんまや。これまでどおり店に出て仕事すんで。けど…、オハラの看板はもうあの子のもんや。大きい事はこれから全部あの子が決める。うちはそれを助ける役に回るちゅうこっちゃ」

 とても、“鮮やかな態度”(← 今週のテーマ)などと言えるものではないのでした。

 「東京と岸和田行き来してる間に、あの子ももう一丁前や。いや、一丁前どころか、働き手としたら相当デカなってまいよった。一軒の店にうちとあれが同じ大きさでおってみ? あんたらも仕事しにくいで」

 すっかり親バカな視点に立っているようでした。
 でも、下の者からすればどちらが大きかろうが、小さかろうが、どのみち“同族経営”には違いありません。
 仕事しにくい事には、かわりがないのでした。

 「けど、まだ早いんとちゃいますか? そんなん、うち…、先生がそんなん言うん、嫌です! 」

 昌ちゃんが、強い口調で不満を述べていました。
 いきなり身内をトップに持って来て経営に参加させるなぞ、歓迎されるはずもないのでした。

 「そうです。別にエエやないですか、もうちょっとこのままでも、ねえ」

 経理担当の松田恵も、現状維持を強く望んでいる様子でした。
 糸やんより算盤のはじける優子は、煙たい存在になるに決まっているのでした。

 「おおきに。せやけど、だんじりかて、あない役はどんどん代わるやろ? どんなけ寂しいても、誰も文句言わんと どんどん次に渡していく。格好エエやないか、あんなんが」

 呑気にそう言う糸やんを、寂しそうに見つめる二人でした。
 “あない役はどんどん代わる”
 自分たちの事を言われているような気がして、首筋が寒くなっていたようなのでした。

 『安岡美容室』の八重子さん(田丸麻紀)も、糸やんからそれを告げられて泣き出していました。
 「何も変われへんよ…、何も」
 と言う糸やんですが、優子が糸やんと同じようにこれまでどおりに気前よく融資してくれるとは、とても思えないといった様子です。

 店にはもはや店員がひとりもいなくなっていました。
 けっこう経営が苦しそうです。
 自らも老境に入った八重子さんにとって、これからという時に資金繰りがお先真っ暗となったようなのでした。

 美容室で髪も整え、意気揚々と家に戻って来た糸やんです。

 なぜかそこには北村が来ていて、家族の皆といっしょにケーキなぞ食べています。
 もうすっかり、“北村おとうさん”といった調子です。

 イヤな予感がしました。

 留守にすると必ず家に異変が生じるようなのでした。
 今度もまた、糸やんのいない隙に何か仕掛けられたような感じです。

 「あんな、お母ちゃん。話があんねんけど。ええ? 」

 北村と並んだ優子が糸やんにそう告げます。
 またぞろ、不動産の話でしょうか。
 “北村おとうさん”ならぬ、
 “北村ふどうさん”といった体(てい)です。

 『この店を売る気はないで! 』
 糸やんはきっとそう言う覚悟でいたに違いありません。

 でもまだバブルには早過ぎる、糸やんちの資産価値なのでした。
 でも内心、気の早い糸やんが、
 『この際、店を売り払って金にするのも悪くないかもしれない』
 と思ったとしても不思議はありません。

 瞬時にして、頭の中を“捕らぬ狸の皮算用”が駆け巡っていた糸やんだったようでした。

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2012-02-22 20:08:11

カーネーション 第118回

テーマ:連続テレビ小説『カーネーション』
 昭和39年(1964年)9月13日。
 『岸和田だんじり祭り』前日の事でした。

 鳥山さん(末成由美)という常連のオバはんから、
 「ごっついイカした服こさえてほしいんや」
 という注文を受けた聡子(安田美沙子)が、完成した服をそのオバはんに試着させていました。

 「聡ちゃんの若い感覚で、ほんまに聡ちゃんが思うとおりにして」
 と言われてこしらえた聡子の自信作でした。
 姉の優子(新山千春)からは、「えらいスカート短いなあ」という感想をもらっていましたが、それこそが“若い感覚”なのでした。

 — デザイン画を見ると可愛いミニのワンピースでした。

 — 誰しもが、これを着た鳥山さんだけは絶対に見たくない、と思うに決まっているのでした。

 「あの、どないでしょうか? あの…」
 何度も声をかけますが、試着室の中からはただゴソゴソという衣擦れの音が聞こえるばかりでした。
 やはり、全国のお茶の間にはとても見せられない姿のようです。

 ようやく出てきた鳥山さんは、頭から湯気を立てて怒っていました。
 「あんた、どうゆうつもりやの! こんなハレンチな服、着れるわけないやろ! 」
 そう言って、脱いだ服を聡子に投げつけたのでした。

 それにしても、鳥山さんは随分と試着に時間がかかっていたようなのでした。

 しかも試着室から出てきた時には、激怒して取乱しながらも、元着ていた服をきちんと着こなし直し、アクセサリーなどもちゃんとしていて、身繕いバッチリだったのです。

 本当は、自分の“ハレンチ”な姿にホレボレして、しばらく眺めていたのかもしれません。
 しかし、ふと興奮から冷めてみると、自分の事ながらあまりに恥ずかしい姿です。
 こんなのを着て表に出たら、たちまち石でも投げつけられそうな気がしたに違いないのでした。
 そう思うと、なんだか自分に対する嫌がらせでこの服を押し付けられたような気持ちになったようなのでした。

 鳥山さんも、実はこの『オハラ洋装店』の連中からメチャメチャ嫌われている事を、薄々感じていたのかもしれません。
 慌てて追い縋って来た糸やん(尾野真千子)に、強烈な捨て台詞を吐いたのでした。

 「文句言いたいんやったら、あんた着てみ! あんな短いスカート、膝丸出しやないの! うちはそこまでゲスとちゃうわ! 」
 「まあ、とりあえず座って下さい」
 「あかん、もうエエ! もう二度とここには金輪際来えへんから。ふん、さいなら! 」

 確かに、年寄りには膝が冷えて辛そうでもあります。
 それでもムリして着ていたら、それこそ、年寄りの冷や水と言われかねないのでした。

 ここまでされるのならイイーダロー!
 こっちから願い下げだ!
 となったようなのでした。

 実に、痛快なオバはんでした。
 ここまで脳みそで感じたままを何も加工せずにそのままハッキリ出してくれると、言われた方もスッキリします。

 「“もう、来ん! ”ちゅうた?」
 「言いました」
 「言うた」
 「やった! もう来えへん。やった! 」
 「やった! やりましたね」
 「はあー、これで1個心配事が減ったわあー! 」

 一同、大喜びとなっていました。
 あとクサれのない、見事な去り方でした。

 しかし、初めてこしらえた服に強烈なダメ出しを出された聡子には、さすがに大きなショックだったようです。
 服をかかえたまま大泣きしたのでした。

 いわば、これもひとつの“通過儀礼”です。
 他人のものを作る事を生業とするなら、いつもニコニコ歓迎されるとは限らないのでした。

 「勉強さしてもうたと思い」
 糸やんもそう言って聡子の膝を叩いていました。

 そう考えると、神様がくれた恩恵みたいなものなのでした。

 おばあちゃん(麻生祐未)の心配をよそに、糸やんは平然としていました。

 「どないや? 」
 「うん。心配要らん」
 「ほうかあ? 」

 「大丈夫や。明日から祭りやし」

 だんじりを前にして、鳥山さんは、小原家にひと足早くやって来た神様だったかもしれないのでした。
 普段は、洋菓子屋の社長の姿をしています。
 糸やんや娘たちが増長しないように、時々やって来てダメ出しをして戒めていたようなのでした。

 戦前は、『国防婦人会』の澤田というオバはんの姿をしていました。
 “イイですか、オハラさん! ”などと言いながら、糸やんが糸の切れた凧のように世間から浮遊しないように、この世に縛り付けてくれていたものでした。

 糸やんも老境に入り、末娘の聡子への戒めも終えた“岸和田だんじり”の神様です。
 これから岸和田の街を離れて飛躍していく運命にある小原三姉妹の前に、二度と姿を現す事はないようなのでした。

~NHK 連続テレビ小説「カーネーション」第118回より

【今日の勘どころ】
 昭和39年(1964年)9月14日。
 『岸和田だんじり祭り』当日となりました。

 今年もだんじりが、糸やんの店の前を勇壮に通過して行きます。

 どう見ても、だんじりが通れそうにない狭い通りですが、ともかく毎年、糸やんたちが2階から身を乗り出して見ているのですから、そうだと信じる他ないのでした。

 「相変わらず祭りの日いーは朝から大忙しで、入れ代わり立ち代わりやって来るお客さんや、一日居座る酔っ払いのために、とにかく作っちゃ出す」
 といったわけで、この日ばかりはさすがの糸やんも台所に立っていたのでした。

 やりつけないので、卵焼きも焦がします。
 「あーあ、まあエエわ。…失敗しても出す! 」
 普段は一家の主(あるじ)の糸やんも、今日は一日限定の“ダメ主婦”のようです。

 「何これ? 」
 「“だし巻き”です」
 「“だし巻き”? こら、“ダメ巻き”やろ」

 こちらは一日限定で小原家の主(あるじ)のようにふんぞり返って、ダメ出しする北村(ほっしゃん。)でした。

 だんじりの神様が吹き込ませる風が、皆に新たな気持ちを呼び起こさせているようなのでした。

 2階ではだんじりのために帰省して来た次女の直子(川崎亜沙美)が、聡子からデザイン第一作めのミニワンピを見せられていました。
 いざ気持ちが落ち着いてみると言うと、自分でもなかなか気に入っているようで、ウキウキとしていました。

 第一作めが手元に残って姉に見せられるというのも、鳥山さんが受け取りを拒否したおかげなのでした。

 直子からも上々の評価を貰っていました。

 「お客さんからは“ハレンチ”って言われてしまったんけどな」
 「そんなん言われたもん勝ちや」

 直子が“デザイナー道”を説いたのでした。

 「うちなんかしょっちゅう言われてんで。ハレンチやら、悪趣味やら。ほんでエエねん。デザイナーが“エエ子ちゃん”でどないすんねん」

 そう言う直子のは、あまりにも“悪い子ちゃん”なデザインのようでした。
 実に、“悪い子ちゃん”が市民権を得た時代だったのでした。

 聡子がスカートの丈を短くしたのも、ロンドンの“悪い子ちゃん”たちにヒントを得たようです。

 「あんな、ロンドンの女の子らがな、こんなんよう穿いてんやし」
 「ロンドン? 」
 「うん。ビートルズの記事とか見とったらな、ファンの子らとかよう写真、写ってるやんか。その子おーらが、必ずこの丈穿いたんねんか。それがごっつ格好エエねん」

 昔、ビートルズは不良扱いされていたものです。
 ジョン・レノンを稀代の悪党のように言っていた人もいたほどでした
 それどころか、エレキギターに触れるだけでも不良とされていたのでした。
 『エレキギター禁止条例』などといった、とんでもない代物を本気で制定したおバカな自治体もあったようです。

 でも、不良は女の子にとっての大事な“栄養素”でもあるのでした。

 ロンドンからの風をいち早く嗅ぎ取った聡子のようです。
 しかし…、
 「“やっぱしそら、ロンドンの女の子やから似合うもんなんやで”って、お母ちゃんは言うちゃあった」

 そんな糸やんが、もはや直子にはひたすらババくさく感じられたようなのでした。
「あかんあかん。あんた、そんな事気にしちゃったらあかんで」

「あんなあ、あんたがロンドン風好きやったら、ひたすらロンドン風作っちゃあたらエエねん。ほしたら、勝手にロンドン風の客が集まってくるようになるんや」

 — 商いの上ではそれでいいかもしれませんが、やはり、“そら、ロンドンの女の子やから似合うもんなんやで”と糸やんが言った事は、あながち間違いとは言い切れないのでした。

 何はともあれ、売ったもん勝ちのようです。

 「相変わらずお前ごっつい格好しやんのうー。東京で流行っちゃあんのけ? 」
 「東京の流行りちゃうわ。うちの流行りや」

 アパレル界では先輩の北村に向って豪語する直子です。
 どのみち、洋服を作る限り西洋人の“猿マネ”にかわりはない、
 北村はそう思っていたようです。

 「さすがにもう山猿ちゃうのう。都会の猿や。言う事がひねくれちゃあるわ」

 ちょっとはマシな猿に進化したとばかりに、少しだけ褒めたやったのでした。

 「どっちも猿やなあ」
 「ほんまやな」

 直子、聡子の姉妹もそれは百も承知のようです。
 糸やんの血を引くだけに、性根が据わっているのでした。

 「まあ飲め!お猿」
 「もらえ、おしゃれ猿」

 出された酒を豪快に飲んでいたのでした。

 かつて北村は、聡子をデザイナーとして一から育てて“儲かる猿”に仕立て上げようとして、糸やんから拒絶されていたのでした。
 仕方がないので、市井の放し飼いの猿をかき集めて訓練しようとしたようなのでした。

 「すぐに一流育てれる思えへんかったけど、あないボンクラばっかり集まる思てへんかったわ」
 「どっから集めたんや? 」
 「大阪の洋裁学校や。優子行っちゃあった」
 「うちが3日でやめたとこ? 」

 「あっこや、あっこ! あっこの生徒やど。もっとお前らみたいなガメつい奴らが来る思ちゃあったら、皆が皆やる気スッカラカンや。“デザイン出せよ”ちゅうたらお前、“5分で描きました”ゆうようなもんばっかり持ってきやがってよう」

 やはり“お前らみたいなガメつい奴ら”でないと、一流とは呼ばれないようなのでした。
 褒めてるのか、バカにしてるのか、わからない様子です。

 「なんぼかマシなん2人だけ置いてよ、あとは工場回しちゃった」

 その子たちからすれば、いわゆる“ブラック企業”に入ってしまった気分だった事でしょう。

 糸やんがここでようやく口を差し挟みました。

 「ほれ、見た事け。せやから言うたやろ。“そんな簡単ちゃう”ちゅうて」

 家庭内での発言権がすっかり弱まった、このごろの糸やんです。
 すぐに北村の逆襲にあってました。

 「ああー、もうババアの決まり文句やの。“ほれ、見た事か”…。お前よ、これからの人生そればっかりで生きていくつもりやろ」

 すっかりチャレンジ精神の衰えてしまった糸やんに向けて、辛辣な悪態をついたのでした。

 「簡単やないちゅうのは、わかっちゃあんねん。せやけど、やらなわからへんやんけ。なあ! 」

 そういう北村の問いかけに、姉妹も激しく同意していました。

 しかし、北村のチャレンジ精神はいつも無謀に突っ走るだけの、ただのギャンブルに過ぎないようなのでした。
 今度はその矛先が、いよいよ不動産に向かったようです。

 「ごっつい勢いで土地の値段上がってきちゃあんねやし。そらもう絡んじゃあったら、何かエエ事あるかな思てよ」

 糸やんは開いた口が塞がらないといった表情です。
 「はあ…、ほんま、あんたのスケベ根性は腐らんな」
 むしろ、感心しているようにすら見えたほどでした。

 「心斎橋のよ、ごっついエエとこによ、一軒、空き店舗が出そうなっちゃあねんさかい、お前買えへんけ? 」

 結局のところ、またもや糸やんをアテにしての話のようでした。

 「買うか! 」
 鼻も引っかけない様子の糸やんです。
 ところが、この話に直子が喰いついてきたのでした。

 「えっ! 買およ、お母ちゃん」
 「要らん! 新しい店出す予定もないのに」
 「何でよ? ほんなの値段上がってんやったら、買うとくだけでも、買うといたらエエやん」

 デザイナーとしてではなく、商売人としての血が騒いだようなのでした。

 「そや。上がっちゃる時売ったら、その分儲けやないか」
 北村もすぐに賛同します。
 気の合う父娘のようです。

 もしかしたら、二人とも岸和田と糸やんに見切りをつけ始めたのかもしれないのでした。

 「要ーらあーん! そんなあぶく銭、要らん。あんた、いつからそんな猿知恵働かせるようになったんや? 楽して儲ける事ばっかし考えちゃったら、罰当たんで。潰れんで! この人みたいに」

 知恵のついた猿に進化した直子に向って言い放つ糸やんです。
 “バブル崩壊”を、世界に先駆けて予言していたのでした。

 「潰れてるか、アホ」
 「潰れかけてるがな」
 「かけてても、潰れてへんやろが」

 まさに、“歩く不良債権”といった感じの北村です。

 糸やんは最後に「捕まったやろ」と言い返していました。
 これも時代に先駆けて“法令遵守”を説いていたようなものなのでした。

 糸やんが高みに立って、街を、時代を、達観してました。
 店先の縁台に座り、道行く人びとを眺めやります。

 「こないして見ると毎年同じ繰り返しのようで、祭りも随分変わりました。曳き手は、町ごとに揃いの法被を着るようになって、女の子らもみんな当たり前みたいに着て、だんじり曳いてます」

 まるで、だんじりの神様のような視点に立っているかのようです。

 その糸やんを昔から女神のように崇めていた北村です。
 糸やんの隣りにそっと座りました。

 「あのよ…。ずっと前から聞きたかったんやけどよ」
 「何や? 」
 「お前よう…。わい…。」

 北村が何か言いかけて、言い淀んでいました。
 女神への“信仰告白”でもするつもりだったのでしょうか。

 「お前よう、“ほんまは観音様ちゃうか? ” わい、“眩しいてよう”」

 …みたいに。

 ところが、北村は途中から急に言葉を変えたのでした。

 「こ…、この前、お前、ごっつ安い絹買うたんやしよ。ほんで偽物ちゃうかな思てん、お前どない思う? 」

 糸やん“女神”に、まずは吉凶を占ってもらう事にしたようなのでした。
 それに応じた糸やんが、ロウソクを用意します。

 「絹以外のもん混じっちゃったら溶けるさかい、見といてみ」

 静かに灯るロウソクの炎を前にそんな事を言われると、まるでこれから自分自身の純真さを試されるかのような恐れを抱いたに違いない北村でした。
 聖なる厳粛な儀式です。

 「うおおおおー! 」
 「溶けた」
 「“正絹”言うたぞ、おっさん! 」
 「偽物や」
 「えーっ! 早すぎるわこれ! 混ざり過ぎやろ! 」

 北村は、自分の糸やんに対する想いに、あまりに多くの邪心が混ざっている事を暴かれたような気分となったのでした。
 糸やんからそれを見透かされたように思えて、ただただ怯えるばかりとなっていたようなのでした。

 だんじりの神様が糸やんに乗り移って、様々な風を吹かせたような晩でした。
 きっとこうやって、毎年この町が少しずつ生まれ変わっていくようなのでした。

 翌朝、直子がドタバタと慌ただしく東京へと戻って行きます。

 家を出る直前になって、北村に言い残していました。
 「は…、せやせや、おっちゃん。昨日の話、“心斎橋に空き物件ある”ちゅうちゃあたやろ? あれな、もうちょっと置いといてくれへん? お母ちゃんに内緒で」

 どうやら、いよいよ岸和田と糸やんのもとから、永遠に旅立つつもりのようです。
 広く世界でだんじりを曵き回すつもりのようでした。

 糸やんの顔を見る事なく、家を飛び出して行ったのでした。
 「あーあ、もう行ってもうた。はあー、だんじりか。何や? 」

 一陣の風のように岸和田を吹き抜けていったかのようです。

 後に残された北村がその風を頬に受けて微笑んでいました。
 でも相変わらず、邪心でいっぱいのようです。
 頭の中ではひたすら、心斎橋の土地でどれほど儲けられるかと、算段していたようなのでした。

 神聖なる糸やんの住処でそんな目論見をする北村です。
 直子や、おばあちゃんや、糸やんたちから、踏んづけられたり、突き飛ばされたりといった罰を散々に浴びせられていました。

 「気色悪いなあ」
 そのニヤケづらを見た糸やんにも言われます。

 直子に大量のお土産を持たそうとして果たせなかったおばあちゃんが、ふいに北村の方を向いて言い出しました。

 「目玉焼きと卵焼き、どっちにしましょ? 」
 「いやもう、そんな構わんといておかあちゃん」
 「どっちか?」

 おばあちゃんは、なぜか厳しく追及するかのように迫っていました。
 なんだか、北村に孫をよそに追いやった責めを問うているかのようにも見える切実さです。
 
 「どっちか…、ほんなもう絶対、目玉焼き」

 北村はそう答えていました。
 これも何かの吉凶占いかもしれないのでした。

 「祭りが終わったら、また普通の日いーが始まります」

 祭りが終わってだんじりの神様が離れた生身の糸やんに、これからどんな運命が待っているというのでしょうか。
 なんだかんだと言っても、北村がいつもそのカギを握っているようでもあります。
 すでに、この家の主(あるじ)と言っていいのかもしれません。

 だからこそ、いつもないがしろにされているのかもしれないのでした。
 糸やんの人生にジャマをしながらも、支えている男のようです。


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2012-02-21 18:54:15

カーネーション 第117回

テーマ:連続テレビ小説『カーネーション』
 昭和39年(1964年)8月。
 糸やん(尾野真千子)がファッション雑誌を見ていました。

 「イブ・サンローランがジャンパールックちゅうのを発表しました。マルク・ボアンはサファリルックを発表。クレージュはパンタロンスタイルを発表…」

 かつては“若造”と見下してナメきっていたサンローランのデザインした服に眼を輝かせています。

 「昔は一部のお金持ちのためやったコレクションが、今や世界中の人に向けて発表されるもんになりました」

 つまりは、金持ちばかりでなく、貧乏な人にも高い服を売りつけられる時代になったという事なのでした。

 「日本でも洋服はもうよそ行きやのうて普段着で、オーダーメードと既製服の割合は3対7になったそうです」

 誰が作ったのかわからない服でも皆が平気で着られるようになったのでした。

 すべては、“モード”という魔法のおかげだったようなのでした。
 糸やんもすっかり魅了されています。

 「はあー、おもろいわあー! おおきにな」
 糸やんが見ていた雑誌は、自分で買った物でなく“手下”の北村(ほっしゃん。)からの貢ぎ物だったようです。
 かつてはもっぱら『安岡美容室』の八重子さん(田丸麻紀)からファッション雑誌を借りていたものでした。

 未だに買わずに済ませている糸やんです。
 プロなのだから自腹を切るべきだとも思いますが、この厚かましばかりのセコさが糸やんの魅力でもあるのでした。

 「お前、モードなんかさっぱりわからん、よう言うちゃったやんけ」
 「それがな、この頃何や、妙におもろい思うようになってきたんやし」

 糸やんがそう言うのも、自分の娘が成功しているからに他ならないのでした。

 「優子やら、直子やらのデザインも、見方がわかったらおもろいんや。あの子らなかなかのもんやで! 」

 この服でたんまり儲けていると思うと、いやでもよく見えてくるようなのでした。
 コイツらにできるのなら自分にだって、とでも目論んだのか、秘かに娘のデザインを写して練習している糸やんなのでした。

 それを三女の聡子(安田美沙子)に暴露されて、北村の前でとんだ赤っ恥を掻かされます。
 報復のために聡子の可愛い頬を思い切りつねったのでした。
 モードがわかったなどと言ってますが、粗暴な気質は変わっていないようです。

 糸やんは、月に一回送られて来る優子(新山千春)と直子(川崎亜沙美)のデザイン画を何よりの楽しみにしているようです。
 「女らしいて柔らかい優子の線。強うて勢いのすごい直子の線。厳しい競争の中で、どないか自分の世界を切り開いたろちゅう熱が伝わってくる」
 なにしろ、誰だかわからぬ相手に気に入られようとするのだから大変なのようなのでした。

 糸やんの頭の中で、突如、祭り囃子が鳴り響きます。

 「ごっつい勢いで走って行く時代。そのてっぺんで風切って立つ。舞って、跳んで、魅せる。モードは大工方や」

 糸やんが想像の中で、外人のファッションモデルにムリヤリ大工方のうちわを振り回させていました。
 かなり強引な解釈です。

 皆が、人の指図に従って自分の着る服を決めるという事のようです。
 「大工方とおんなしでモードも若い人らの役なんでしょう」
 そんな浮き草みたいな仕業は、若い奴に任せておけば良いのでした。

 「こんにちは! 」
 「ああ、いらっしゃい! 」

 糸やんのところにオバやんの客がやって来ました。
 このオバやんにとっては、垂れたお腹をどう服に収めて始末するのかが最大の問題です。
 モードを遥かに凌ぐ難しい世界なのでした。
 難問に挑む糸やんです。

 「ほな、タック入れよか? 」
 「そしたら隠れるやろか? 」
 「だいぶ目立たんようにはなるで」
 「余計目立たへんか? 」
 「目立たへん」

 実際にはどうにもならん腹でも、実際に作ってくれる人と膝詰めで話せばなんとなく安心できるようです。
 モードには、こんな気やすめは微塵もないようなのでした。
 着る人がセンスを服に合わせなければならないという緊張感を強います。
 糸やんのこしらえる服にはそんな窮屈な事はありません。

 しかし裏を返せば、近所のオバやんの気やすめが糸やんの仕事となったわけです。

 そんな糸やんを聡子が目指すわけがないのでした。
 目の前で華々しく活躍する姉たちが目標です。
 娘の里恵ちゃんを連れて毎月岸和田に戻って来る優子が格好の師匠となったようなのでした。

 糸やんといえばもはや優子と口をきくこともなくなったようです。
 もっぱら孫の“配達係”といった役割です。

 「はあーい、里恵ちゃん! 歩いて来たん? 」
 「うん」
 「うーん、えらかったなあ! 」

 「よう言うわ。ほんのそこまで、ずっと抱っこやったやんか! あんた! 」
 「あっ! バレちゃった」

 けっこうこまっしゃくれたガキなのでした。

 聡子は自分の描いたデザイン画を優子に見せて、教えを請うたのでした。
 「まあ、基礎は出来たんちゃうか。けどな、こっからなんやでほんまは」 
 優子が真剣な眼をして言ってました。
 「あんたがどの程度の洋裁屋になりたいかやけど。要はな、普通の職人でエエんやったら、もう十分一人前や。けど うちとか直子くらいのデザイナーになりたいんやったら、こっからが勝負ちゅう事や」

 オバやん相手で終るのか、でっかくモードで勝負するのか、分かれ目にきたようです。
 そのためには…、
 「あんたの色ちゅうもんを自分で見つけていかなあかん。それが一番大変なんや」
 などと忠告されていました。

 しかし、岸和田の街のオバやんが聡子を黙って見過ごす事はなかったようなのでした。
 鳥山さんという洋菓子屋の女社長さんが、聡子を指名してきたのです。

 「悪いけどな、あんたとこのお母ちゃんのデザイン、何かババくさいやろ? 優子ちゃんのは澄ましきっちゃって何か息苦しいし。せやさかいに…」

 ともかく金だけは持ってそうなド派手なバアさんが、そんな生意気を言うのでした。

 「聡ちゃんの若い感覚で、ごっついイカした服こさえてほしいんや」

 いくら若い感覚でこしらえようが、何を着てもババくさくなりそうなのでした。
 それでも断りきれない糸やんでした。
 欲には勝てません。

 聡子には、いきなり超難関が突きつけられたようです。
 好みのよくわからぬバアさんのようです。
 「派手なんがエエんか思たら“うちの事チンドン屋て思てんの!”ちゅうて怒るしな」
 「地味にしたら地味にしたで、怒るしなあ!」

 要するに、何を着ても似合わない本人に問題がありそうなのでした。
 いっその事、アッパッパーでも着せて『よう似合いまっせ! 』とでも言ってやった方が、本人のためかもしれません。

 「直ちゃんの服なんか好きなんちゃいますか? 」
 古参店員の昌ちゃん(玄覺悠子)が提案してきました。
 なるほど、お化けの着る服はお化けに作らせろという事のようです。

 「いや、直子の事は面(つら)が気に食わへんのやて。“あの子はこの店置かんといて。うち、来んようになるでえ”ちゅうちゃった」
 結局、お化けはお化けを嫌う、“近親憎悪”のようなもののようなのでした。

 直子の場合は“自分の色”を出すためにあえてお化けとなっているわけですが、鳥山さんは正真正銘、天然の“お化け”です。
 “それなら直子を店に置いておけば、魔除け代わりとなって来なくなる”とまで言われていました。

 「ほんでも、初めての自分への注文が聡子は嬉しかったようで。その日から一生懸命デザインを考え出しました」

 その姿を暖かく見守るかのような糸やんの視線です。
 でもその実、面倒な客を押し付けられてホッとしたようなのでした。

 そうかと思えば、東京での優子の評判を聞きつけてやって来る上客もいたようです。
 『泉州繊維商業組合』の組合長(近藤正臣)の紹介でした。

 たいして有り難くもない客ですが、
 「そらまあ、ありがとうございます。ぜひ作らせて下さい!」
 などとソツのない対応を見せる優子です。

 「いやあー、さすがに東京で鍛えられとるだけの事はある。上等な跡取りが育った。ハハハ!」
 組合長が優子を褒めちぎっています。
 ご婦人方に“著名人”を引き合せられて鼻が高いようなのでした。
 糸やんにまでヨイショするほどの嬉しさのようでした。

 「おかげさんで、経理の計算も、うちよりあれのんがよっぽど立つんですわ」
 糸やんには世間の評判よりも、算盤をはじけるのが何よりのようです。

 「そらもう安心や。いつでも隠居でけるで! エエこっちゃ。ううん…」
 そんなふうにしみじみとして“隠居”などという言葉を使われると、急に老けこんだ気分になるようです。
 「気いー付いたら51。お父ちゃんがうちに店を譲った年を越えてしまいました」

 どうやら糸やんが“楽隠居”を目論み始めたようなのでした。

~NHK 連続テレビ小説「カーネーション」第117回より

【今日の勘どころ】
 糸やんが夜ひとりで酒を飲みながら、引退について考えていました。

 自分の父親が衰えた時には、容赦ない言葉を浴びせていた糸やんです。
 「悪いけどな、お父ちゃんより、今はうちのがよっぽどこの家支えてるんや! 」

 糸やんがお父ちゃん(小林薫)の遺影に向って語りかけます。
 「なあ、お父ちゃん。うちの娘は、うちと違て優しいよって、うちを、あんなぶった切ったりしません」

 しかし一方で、父親からあまた受けた暴行の数々も胸に去来してくるのでした。
 本気のビンタをくらって頬が赤く染まった事もありました。

 中でも口悔しかったのは、クリスマスケーキをちゃぶ台に叩き付けられた事でした。
 「こんなもんが、なんぼのもんじゃ! 」
 本当にモッタイない事をしてくれました。
 喰い物の恨みは忘れないのでした。
 「まあうちも、お父ちゃんほどひどないけどな」
 つくづくそう思い返す糸やんでした。

 戦前の糸やんちは貧乏で呉服屋がつぶれかけていたので、随分とやさぐれていたものでした。
 今は皆が呑気にやってます。
 聡子なぞは、たかだかオバやんの服をデザインするためにロンドンのファッション雑誌なんかを参考にしているくらいです。
 部屋には大きなユニオンジャックが掛かっていました。
 それを前にして平然としていた優子ですが、かつては鬼とまで言って竹槍で突いていた相手なのでした。

 今では娘たちがこぞって外国のモードをマネて儲けているのでした。
 おかげでいつでも引退して楽しながら酒を飲めます。

 「いつ、そないしたらエエんやろか? いつ…」
 その日を心待ちにしている糸やんです。

 「デザイン見てもらいたあて」
 と言う聡子に、
 「どれ? 」
 と言って差し出す手も空しく、
 「姉ちゃん! あんな、ちょっと見てもうてエエ? 」
 もはや自分ではなく優子を頼りにしているのを目の当たりにする糸やんです。

 しかし、こういった哀愁も引退前の楽しみとして味わう、余裕の人生なのでした。

 「間髪入れず、潔う決めちゃろう。お父ちゃんみたいに」
 どうせなら、格好よく極めたいところです。

 でも実際は、“オバやん相手の店なんか要らない”と、誰からも言われそうなのでした。


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2012-02-20 19:33:25

カーネーション 第116回

テーマ:連続テレビ小説『カーネーション』
 糸やん(尾野真千子)が三女の聡子(安田美沙子)を見る目が、急に変わったようです。

 「今日かぎりで…、テニスやめるわ」
 聡子がそう言い出したのを聞いてからの事でした。

 糸やんには、テニスをしようなどという娘の気持ちがどうにもわからなかったようなのでした。
 きっと、“網付きの棒をただ振り回してるだけの事で何が楽しいのだろう”といったくらいにしか思ってなかったに違いないのでした。
 おそらく糸やんはテニスがどういう競技なのか、ルールすら知らなかった事でしょう。

 糸やんには、服をこしらえる以上に、面白くて儲かる生き方など、考えられないのでした。

 ところが、服になどまるで興味がなく、姉妹でただひとり体育会系の聡子は、ひたすらテニスに打ち込んでいたわけなのでした。
 そして日本一になり、頂点を極めたしまうまでに昇りつめてしまったのです。

 思ったよりチャラい世界でした。
 どうにも物足りません。
 大失敗でした。
 やはりテニスといっても軟式をやってしまったのがまずかったようです。
 硬式だったら錦織みたいに、世界を舞台にバンバン稼ぐのも夢ではなかったのでした。

 後から聞けば、軟式は半ばアジア限定のマイナーなスポーツだというではないですか。
 しかも、ダブルスだけ(当時)の競技なので、手柄も半分になります。
 当然の事にプロなぞいるはずもなく、実業団にでも行くより他ないのでした。

 つまりはただのOLになるしかないわけです。
 禿げたおっさんの上司から“オハラちゃーん、今度の大会も頑張ってね”などと言われながら競技に臨む事になるのでした。
 せっかくここまで頑張って来たのに、これからそんな生活が待っていると思うと心の底からむなしくなってきます。

 「もうさみしい。さみしいさかい」

 糸やんの前で思わずそんなふうに嘆いてみせるのもムリはないのでした。

 それを糸やんは、服を作らぬ聡子を仲間はずれに続けてきた事に対してさみしく思っていたととったようです。
 「初めて見せたそんな顔が、うちには案外こたえたんです」
 などと自戒してみせるのでした。

 実は、糸やんのそんな思惑とは別に、聡子は将来の生活設計を真剣に考えていたようでした。
 テニスの道具やトロフィ一式を柳行李に葬り去ります。
 こんなもの集めても、ちっとも金になりません。
 そして新たに選んだ道が、家族と同じ服作りだったのでした。

 短大を卒業して社会に出るに際して改めて見てみると、やはりこれからは家族の皆がやってる服を作る仕事が一番儲かりそうだと気づいたようです。
 糸やんや姉たちを見ていると、服さえ作っていれば、お金も、男も、ひとりでに向うから寄って来るかのように思えるのでした。

 意外と“利に聡い”聡子のようです。
 神戸のおばあちゃん(十朱幸代)のつけてくれた名前も、伊達ではなかったようなのでした。

 「お母ちゃん。うち、短大卒業したら、洋裁学校行かしてもらわれへんやろか? 」
 聡子が糸やんに申し入れます。

 「うん。やりたいようにやり」
 糸やんもすぐに応じました。
 おバカな末娘がようやく目覚めた事に安堵したようです。
 これで家族4人が服を作る、“無敵の布陣”が完成するようなのでした。

 昭和38年(1963年)4月。
 聡子が洋裁学校に通い始めました。
 初めて通学しようという朝には、糸やんとおばあちゃん(麻生祐未)がわざわざ外に出て聡子を送り出していました。
 「頑張っちょいでや」
 糸やんの期待の大きさがうかがい知れようというものです。
 しかし、聡子はボサボサ頭の上に欠伸しながら学校に向うなどして、どうにも心許ない様子ではありました。

 「これまでなあんも目えーかけてやられへんかった分、これからは何なと与えちゃろう…、珍しく、そんな甘い気いになってました。ところが…」

 案の定、3日めにして、聡子は学校をやめたいと言い出したのでした。
 「うちな…、机にじいーっと座って勉強ちゅうんがな、ほんまにようせんねん」
 体育以外は1か2の成績だった聡子には、机の上での勉強が大きな壁となったようなのでした。

 糸やんは激怒します。
 「あんたが“洋裁の学校行かせてくれ”ちゅうたんやろ? 」
 「はい…、そうです」
 「ほな我慢せんかいな! 何でも最初の基礎ちゅうたらな、机にじいーっと座って勉強するもんや! 」

 そう言う糸やんも実は、最初の基礎をたったの一週間の実地訓練で速習していたのでした。
 それを忘れたのか、トボけてるのか、糸やんは聡子に迫って念押しします。
 「わかったか? わかったんか? 」

 元より言葉で説明されても理解する力のない子のようです。
 「ふーん? 」
 首を傾げて、まさしく「糠に釘」だったのでした。

 もちろん糸やんの怒りの“ツボ”は、聡子のやる気のなさではなかったのでした。
 「こっちはもう学費も納めてしもてんや」
 何はなくとも通学だけはしてもらわないと、モッタイないのでした。
 ともかく学校に行かせていました。

 「ほんま、あのアホ娘が」
 糸やんが憤慨しながらショーウィンドーの飾り付けをしていると、そこへ聡子の中学時代のテニスの顧問の先生が通りかかります。

 「先生! ご無沙汰してます、先生」
 “放し飼い”にしていた頃の聡子をうまく“調教”して、テニスの才能を開花させた人です。
 飼いならすコツを聞き出そうとしたのでした。

 「いつぞやは、ほんますんませんでした」
 聡子がテニスで日本一になった時には、真っ先に駆けつけてくれたにもかかわらず、
 「何や、ほんな事かいな」
 と言ったなり、戸をピシャリと閉めてしまった糸やんだったのでした。
 いざ自分で面倒を見ようとして手に焼いている今となってみれば、この先生が“名伯楽”にも思えてきたようです。

 「ハハッ、ようわかります。聡子さんはそうゆう子おーですわ、おかあさん」
 「どうゆう子ですやろ? 」
 「その“学校やめたい”ちゅうんも、根性がのうて言うてるんとちゃうんです。聡子さんの根性は、もうごっついもんです。“10km走れ”ちゅうたら必ず走る。腕立て200回、素振り1,000回。やれちゅうた事、やらんかった事は一回もありません。やりきるか、倒れるかのどっちかでした」

 何を言っても素直にやるので、この先生も面白がってスパルタをしたようです。
 調子に乗って変な要求をされずに済んで、良かったようなのでした。

 「あいつにはとにかく、でっかい山をドーンと置いちゃるちゅう事が大事なんです。“この山を登れよ”ちゅうて言うときさえしたら、どんだけしんどても脇目も振らずに登っていく。ハッと気い付いたらもう、エラいとこまで行ってるんです」

 どんな過酷なノルマにも、盲目的に従うタイプのようです。
 “案外、役に立ちそうだ”と糸やんも思ったに違いないのでした。

 「やる気がのうて“学校やめたい”言うてるんやない。ガムシャラに洋裁をやりたいだけちゃうやろか。自分にはそんな気いします」

 かつての糸やんのように、ひと晩でパッチ100枚縫え、と言っても喜んで仕上げるかもしれないのでした。
 けっこう、儲けにつながりそうな話を聞くことができました。

 「持つべきものは中学校の恩師です」

 糸やんは先生に何度もお礼を言ったのでした。
 アホを活かす道を教えられた糸やんです。

 「早速“山”を、ドーンと置いてみちゃる事にしました」

 聡子に糸やんがかつて描いたデザイン画を写させる事にしたのでした。
 机の上でじっとしれいられないなら、ともかく実地で手を動かさせる事にしたようです。
 頭が空っぽでも出来る事なのでした。

 糸やんは、その後聡子がどうするか、観察を続けたのでした。
 まるで、お猿を使った知能の実験のようになっていきました。

 「最初は、それが“山”やちゅう事すら、ようわかってないようでした」

 聡子が与えられたデザイン画を摘んで、不思議そうに首を傾げます。
 『2001年宇宙の旅』で猿人が骨を拾ってつまみ上げた時のようでした。

 糸やんが襖の隙間から覗いていると、聡子は机に向いそのデザイン画を写そうとし始めたのでした。
 進化が始まったようです。

 糸やんはそのまま仕事に向っていました。
 聡子を放っておいて、ミシンを踏み続けます。
 柱時計が午前2時を告げました。

 就寝につこうと2階に上がると、まだ聡子の部屋に灯りがついているようです。
 そうっと覗いて観察してみると、聡子が机に向ったままでいたのでした。
 あまりうまく写せない様子でした。
 描いたものを消しゴムで消そうとすると、紙がビリっと破けてしまっていました。
 聡子がお猿のように頭を掻いていました。
 まだ人類にはほど遠いようです。

 翌朝になってまた糸やんが観察してみると、今度は朝日の差す窓にデザイン画と紙を重ねて写しているではないですか。
 たったひと晩で大変な進化です。
 窓ガラスが、進化を促す“モノリス”の役目を果たしたようなのでした。
 糸やん博士の実験は大成功のようです。

 「どうやら、ほんまに山を登り始めたようなんが面白て…」

 しばらく放っておいて、さらなる進化に期待する事にしたようなのでした…。

 「ところで一方、東京の直子の店はちゅうと」

 遠く離れた東京という惑星にいる次女の直子(川崎亜沙美)です。

 「今や、ごっつい人気店なんやそうです」

 その星にすっかり根を下ろしたようなのでした。
 すでにそこの言語も、しっかりと身につけているようです。

 「ダメよ。ミナはさ、せっかくタッパがあるんだから、それを生かさなきゃ」

 客の“東京星人”に、上から物言う余裕です。
 かつて姉の優子(新山千春)が“東京語”を使った時には、「気色悪いんだけど」と言っていたのがウソのようです。

 「そうかな? だけど自分では嫌なのよね。女のくせにこんなデカいの」
 「ダメダメ、そんな弱気じゃ。私の服を着るなら、もっと堂々としてほしいの。じゃなきゃ作んないわよ」
 「イヤだ、そんなの困る! わかった。私、堂々とするわ」
 「そうよ。その方がずっとイカすわ」

 客に威張って物を売る、現代的な手法を駆使していた直子でした。
 まかり間違えば、新宿二丁目のなんとかバーみたいなノリです。
 “直子デラックス”とかになりかねない勢いなのでした。

 もちろん、一般的なシロウトのお客には通用しません。
 そういう客は優子を指名するようです。
 うまく棲み分けできてるともいえるのでした。

 「いらっしゃいませ…。姉ですか? 」
 「ええ」
 「すみません。今、出張に出てるんです」

 「その出張先ちゅうのがつまり、岸和田の『オハラ洋装店』です。優子はこの2年間、ずっと岸和田と東京を行き来して暮らしています」

 というわけで、優子のセンスは汎用性が高いらしく故郷の“岸和田星”でもウケてるようなのでした。
 宇宙を股にかけて、あちこちの星を侵略しているのでした。

 「ご苦労さんやったなあ。お店、相変わらず繁盛してるんか? 」
 おばあちゃんが優子の労をねぎらいます。

 「先月の売り上げも、去年の倍や。そのうち6割がうちの売り上げ。4割が直子」
 売上げだけ見ると、優子の圧勝のようです。
 「せやから、直子が僻んでやりにくいやりにくい」
 などと言ってますが、直子はモード雑誌の取材など受けていて、“量”では負けても“質”では勝っている気分のようなのでした。

 それぞれに進化を極めた二人のようです。

 それを二人の“創造主”であるおばあちゃんが面白がっています。
 「まあ一軒の店に、糸子が二人おるようなもんやもんなあ。そらやりにくかろてなあ。アハハハ! 」

 同じ星に降り立って競い合う二つの生物です。
 さながら、エイリアン VS プレデターといった趣きなのでした。

~NHK 連続テレビ小説「カーネーション」第116回より

【今日の勘どころ】
 より進化して“岸和田星”に戻った優子です。
 聡子が糸やんのデザイン画を一心に猿マネしようとしているのを目撃しました。

 優子は、この“原始的生物”をさらなる進化に導こうと考えたようなのでした。
 そのためには、糸やんのような“古代生物”の焼き直しばかりではダメだと悟ったようです。

 自分と直子の手による、より進んだ高度なデザイン画をこのお猿に渡します。

 「はあー! お母ちゃんのと、優子姉ちゃんのと、直子姉ちゃんのと、全部全然ちゃう! すごいなあー、どれも! 」

 “ウッキッキー”とばかりにハシャいで喜ぶ聡子です。
 それを見て、“先輩ザル”の糸やんも羨んだようでした。
 「はあー、あかん! 負けてられへん。負けてられへん! 」

 二人並んで、窓に姉妹のデザイン画を紙に重ね、必死に写し始めたのでした。

 “老いて子に従う”糸やんです。
 儲かる服をこしらえるためなら、何でもやるのでした。


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2012-02-18 19:32:24

カーネーション 第115回

テーマ:連続テレビ小説『カーネーション』
 糸やん(尾野真千子)の次女の直子(川崎亜沙美)が東京の百貨店に出した店を手伝いに、長女の優子(新山千春)がやって来ました。

 優子は抜群の愛想の良さで、まずは百貨店の支配人のハートを掴んだようでした。
 「小原君のお姉さん? 」
 「ええ! 妹が大変、お世話になっております」
 「ああ、こんなお姉さんに手伝ってもらえるなら、小原君も安心だろう。ねえ? エヘヘヘ」

 直子にはいつもツンケンしてるのに、優子を前にしてすっかり上機嫌となっていた支配人のオヤジです。

 それにしても、直子はこの百貨店にどういう契約で入り込んだのでしょうか。
 支配人は言葉遣いひとつにもうるさいわりに、勝手に身内を雇う事を簡単に許してしまったりしています。
 単なる社員でもなさそうだし、普通にテナント契約しているのとも違うようです。

 都会の真ん中の百貨店の中に、まるでおできのように“さんちゃん経営”の商店がポツンと出来てしまったような具合でした。

 やって来る客も、そこいらの商店街をウロウロしているようなオバはんばかりのようです。
 表に飾った直子の奇抜なデザインの服は、そういう輩(やから)が入り込まないための案山子みたいなものだったはずなのでした。
 「へえー、すごい服! 」
 「今どきの若い子の服よねえ」
 だったら、なぜ入って来るのかとも思いますが、バカにできそうな対象についつい吸い寄せられてしまうのがオバはんの習性です。

 「ねえ、これが今の流行りなの? 」
 オバはん方が、自分の理解できない物を目の当たりにした時には、大抵こう言って自尊心を防衛するようなのでした。
 
 「ええ。何だか、カラスみたいですけど」
 万事にソツのない優子が、相手のそうした気持ちを汲み取ってあげたのでした。

 「あっ、カラス! 」
 「ほんとに、カラスよねえ」

 以前直子がこしらえたのは、オウムでした。
 直子は鳥が好きなようです。
 今度のも、カラスの羽根をふんだんに使ったようなデザインでした。
 “カラスみたい”ではなく、カラスそのものといっていい代物なのでした。

 一見、客の心を掴んだかのような優子でした。
 「だけどお客様、今、私が着てるのもうちのデザイナーのものでございますのよ」
 そう言って、実際見事に着こなしていた服を客に披露します。

 「あら、へえー! 」
 「あなたが着るとまともに見えるわね」
 「ねえ、悪くないわ」

 “まとも”、“悪くない”…。
 この程度の評価では、どうにも注文は来そうにないようです。

 「オーダーメードですから、もちろんお客様のご要望になるべくそえるようにお作り致します。こんなカラスみたいなのだけでなく」
 優子はそう言って、客からせめて笑いだけでもとっていたのでした。

 「是非一度、ご相談下さいませ。お願いします」
 もちろん言外には、“二度と来るな、このクソババアーども! ”が含まれていたのでした。

 慇懃無礼な百貨店スタイルを踏襲した、パーフェクトな接客態度です。
 せめて悪口を吹聴されないように体よく追い返したといったわけなのでした。
 場所柄をちゃんとわきまえてます。

 それがわからなかったのか、後からイチャモンをつける直子です。

 「せやから、あない客にこび売ってもらわんかてエエちゅうてんや」
 「何? 」
 「うちは、うちの服をわかってくれる人にだけ着てもらえたらほんでエエ。ようわからんおばちゃんらにまで頭下げてまで着てほしいとは思えへん」

 優子の顔色が変わりました。
 店の中を覗いて誰もいないのを確かめてから、バチン! と一発、直子の頭を叩いたのでした。

 「このクソガキ、いつまで甘ったれてんや! これは商売なんや! 腐れ芸術家気取りもエエかげんにしい! 」

 そう怒鳴った優子と直子が睨み合いになります。
 ちょうどそこへ支配人がやって来ました。
 「やあ、小原姉妹。どうだね? 調子は? 」
 呑気な言葉をかけてきました。

 優子がすぐに鬼の面をとって、笑顔を作ります。
 「ああ、どうも…、おかげさまで、なんとか頑張っております」
 「それはよかった。ハハハハ」

 これぞまさしく商売人の顔なのでした。
 怒って糸やんをぶん殴ったその後に、客に愛想の笑顔を向けた祖父善作(小林薫)の血が息づいているかのようです。

 この姉妹は、同じ道をほぼ同時に歩いているので、常々足を踏み合っているような調子です。
 でも末っ子の聡子(安田美沙子)だけは、全く別の階段を上っていたのでした。

 「大阪府大会で優勝した直子は、そのあとの近畿大会でも優勝したそうで、なんと全国大会に出場する事になったそうです」
 といったわけで、東京に行く事になった聡子です。

 ご近所の人びとが珈琲店『太鼓』に集まって、盛大に壮行会を開いてくれました。
 その中には、糸やんをはじめとする小原一家の人の姿はひとりも見られませんでした。
 なにしろテニスは、糸やん“非公認”の競技です。
 小原家の中での“公式競技”は唯ひとつ、洋裁だけだったのでした。

 朝まだ早くに東京に向おうとしていた聡子でした。
 「忘れもんないか? 」
 「うん」
 「おばあちゃん心配やわ」
 聡子の道行きを心配するのは、おばあちゃん(麻生祐未)だけでした。

 今の小原家で洋裁をしていないのは、聡子の他にはおばあちゃんのみです。
 “異端”の孫をコッソリと送り出すのでした。

 糸やんはといえば、夜通し“洋裁三昧”の様子で、ミシンに臥して居眠りをしています。
 「あれあれ。お母ちゃん! おはよう」
 おばあちゃんに背中を叩かれて、ようやく眼を覚ましていました。
 「あ…、行くんか? 行っちょいで。気い付けてな」
 それだけ言って、また寝てしまいました。
 我関せず、といった調子です。
 洋裁をやらなければ、うちの子ではないのでした。

 聡子は東京での宿に、姉たちのアパートを選んでいました。
 “洋裁天国”の住人たちです。
 やはり、テニスにかまける聡子を世話するヒマなどないようでした。

 「ごめんな。うちすぐに店に戻らんならんよって出るけど、好きにしといてな。帰りはせやな、8時か、9時頃なると思うけどおなかすいたら何や適当に即席ラーメンでも食べといて」

 部屋まで案内した優子はそう言い残してすぐに出て行ってしまいます。
 ひとり残された聡子です。
 テニスをやっている限り、家族の中では孤独なのでした。
 それが身にしみる瞬間です。

 「試合会場の近くのホテルでもとればエエもんを、何でか知らん聡子は姉ちゃんらの部屋に泊まりたがって、世話の一つ焼いてもらえるでもなく、その部屋から毎日会場に通て…」

 ダブルスのパートナーと一緒にいたくなかったといった事もあったかもわかりません。
 漫才とスポーツでは、仲が悪ければ悪いほど、より強力なコンビに成り得るようです。

 それに加えて、東京で華々しく活躍する姉の姿を見てみたいといった気持ちもあった事でしょう。
 ところが、いざ来てみるとまず即席ラーメンを喰わされたのでした。
 夜は夜で、姉たちが夜なべして仕事している間、優子の娘の里恵の添い寝をさせられます。
 これでは家で糸やんから疎外されているのと同じようなものでした。

 こうなれば結局、家にいる時と同じようにテニスに集中する他ないようです。
 その結果、日本一になってしまったのでした。

 日本一になりさえすれば、さすがに家の皆も認めてくれるかもしれない、と思った聡子でした。
 早速、直子の店に行って姉二人に報告します。
 二人とも飛び上がらんばかりに喜んでくれました。

 「さすがにその日は仕事もはよ切り上げて、みんなでお祝いをしちゃったそうです」

 直子の友人の男の子が三人も駆けつけてくれて、どんちゃん騒ぎの宴会です。
 聡子は、昼間には百貨店で格好よく働く姉たちの姿を見、夜は男がわんさか寄って来るのを見て、洋裁というものも悪くないものだと思ったようなのでした。
 騒ぐ皆をよそに、聡子はすっかり満足の様子で、ひとり寝入っていたのでした。

 聡子が日本一になって岸和田の町は大騒ぎとなります。
 翌日の新聞に載ると、朝一番で中学で聡子の顧問だったと名乗る男までが、糸やんちの戸をガンガンと叩いてきたほどでした。

 糸やんはこの男の口から、初めて聡子の快挙を聞いたのでした。
 「本当におめでとうございます」
 男がそう言って、物欲しそうに糸やんに迫ります。
 「何や、ほんな事かいな」
 全く、取り合わない糸やんでした。
 またもや徹夜明けで、ひたすら眠いだけのようです。
 「ほなまた、本人帰ってきてから直接言うちゃって下さい」
 そう言うなり、戸を閉めてしまっていました。

 聡子に関心がないというより、これは有象無象の騒ぎに耳を塞いだけの事でした。
 しかし商売人の糸やんには、商店街の反応は何より気になるところです。
 『祝日本一 小原聡子選手』
 などといった横断幕まで通りに掲げられては、
 「よう考えたら、確かにすごいこっちゃ」
 と思うより他ないようなのでした。

 聡子が町に凱旋してきます。

 「日本一! ようやったね。おめでとう! 」
 町をあげてのお祝いムードの中、家に到着しました。

 「ただいま! 」
 元気よく言うと、店の人らも晴れやかな笑顔で迎えてくれます。
 もちろん、おばあちゃんも大喜びです。
 「聡子ー!」
 「おばあちゃん」
 「よかったなあー! よう頑張ったなあ、偉かったあー! 」

 さしもの糸やんもこの時ばかりは笑顔でした。
 「ごっついなあ。全国1位か? 」

 縫い子の者どもも、口々にお祝いを述べていました。
 「聡ちゃん、おめでとう! 」

 しかしすでにその時、この歓喜の輪の中に糸やんの姿はなく、見るとすぐに仕事に戻っていたようなのでした。
 珈琲店『太鼓』での大祝勝会においても、またもや糸やんや一家の者の姿はありませんでした。

 夜、聡子が床についてひとりで2階で寝ていると、今日もまた糸やんの踏むミシンの音が下から聞こえてきます。
 ドコドコ、ドコドコという音に乗って、どんどんと糸やんが遠ざかって行くような気がする聡子だったのでした。

~NHK 連続テレビ小説「カーネーション」第115回より

【今日の勘どころ】
 聡子はついにテニスに見切りをつけたようです。
 
 ラケットを置いて、糸やんと向かい合います。
 「あんなお母ちゃん。うち、今日かぎりで…、テニスやめるわ」

 糸やんは当然ビックリです。
 「はあ? 何でや? せっかくあんたここまで来て何でやめんや? スカウトかてあちこちから来てんやろ? 実業団にかて入れるかもしれんのに、もったいない! 」

 今までの“投資”がまるでムダになるのでした。
 “ラケット代、ユニフォーム代、靴代、遠征代、いくらかかったと思てんねん! ”
 といった心持ちだったでしょう。

 「もうええんや。やれるとこまでやったよって」

 聡子は日本一という目標を達成して、これ以上やり続けるためのモチベーションを失ってしまったというのでしょうか。
 そうではなくて、糸やんの気を引くために“やれるとこまでやった”という事のようでした。

 たとえ日本一になってもこの始末です。
 テニスをやっていては永遠にダメだと悟ったようなのでした。

 「もうさみしい。さみしいさかい」

 ひとりで置いて行かれる思いです。

 おそらく、糸やんが姉二人に対しても無関心でいたとしたら、こうまで気持ちが追い込まれる事はなかったのかもしれないのでした。

 「うちは、なあーんも気いついてへんかったけど、上二人の取っ組み合いの横でいっつもヘニャヘニャ笑てたこの子にも、いろんな思いがあったようでした」

 何とかお母ちゃんに褒めてもらいたい一心で競い合っていたような二人です。
 でも聡子が気にかけ続けていたのは、姉二人の取っ組み合いの方ではなくて、それを見る糸やんの眼だったに違いないのでした。

 自分だって偉大なお母ちゃんに褒めてもらいたい、秘かにそう思い続けていた聡子です。
 — しかし、王道である洋裁の道はただでさえ姉二人が取り合っている。
 — ここはひとつ、目先を変えて結果の見やすいスポーツの世界で勝負してやろうじゃないの。
 そう思った聡子でした。

 ところが、なにしろ相手は“洋裁バカ一代”の糸やんです。
 洋裁をやる人間以外は、頭に入らないようでした。
 亭主も愛人も洋裁やっていたぐらいです。
 単なるブローカーである北村(ほっしゃん。)なぞは全く相手にされないどころか、ひどく蔑まれてすらいるのでした。

 テニス日本一となって、ようやくその事に気づいた聡子でした。
 自分も洋裁の道に進みたい、と糸やんに申し入れたようなのでした。
 以前、北村に言われてその気になったのとはあきらかに違う切実さです。
 今度は糸やんも認めたようでした。

 「へえ! あんたまで洋裁かいな! 」
 それを聞いたおばあちゃんがたまげていました。

 「うちは、お母ちゃんも、姉ちゃんらも、みんなそればっかしや。うちだけずっと仲間外れやったんや」
 「せやなあ」
 「やっとや…。こんでやっと仲間入れる」

 おばあちゃんはそれを聞いてただ笑っていました。
 随分子どもじみた動機です。
 まだまだ幼いと感じたのかもしれません。

 でも幼い本気こそ、堅固で力強いもののようです。
 糸やんを見て来たおばあちゃんには、それがわかっていたようなのでした。


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