2012-02-22 20:08:11
カーネーション 第118回
テーマ:連続テレビ小説『カーネーション』
昭和39年(1964年)9月13日。
『岸和田だんじり祭り』前日の事でした。
鳥山さん(末成由美)という常連のオバはんから、
「ごっついイカした服こさえてほしいんや」
という注文を受けた聡子(安田美沙子)が、完成した服をそのオバはんに試着させていました。
「聡ちゃんの若い感覚で、ほんまに聡ちゃんが思うとおりにして」
と言われてこしらえた聡子の自信作でした。
姉の優子(新山千春)からは、「えらいスカート短いなあ」という感想をもらっていましたが、それこそが“若い感覚”なのでした。
— デザイン画を見ると可愛いミニのワンピースでした。
— 誰しもが、これを着た鳥山さんだけは絶対に見たくない、と思うに決まっているのでした。
「あの、どないでしょうか? あの…」
何度も声をかけますが、試着室の中からはただゴソゴソという衣擦れの音が聞こえるばかりでした。
やはり、全国のお茶の間にはとても見せられない姿のようです。
ようやく出てきた鳥山さんは、頭から湯気を立てて怒っていました。
「あんた、どうゆうつもりやの! こんなハレンチな服、着れるわけないやろ! 」
そう言って、脱いだ服を聡子に投げつけたのでした。
それにしても、鳥山さんは随分と試着に時間がかかっていたようなのでした。
しかも試着室から出てきた時には、激怒して取乱しながらも、元着ていた服をきちんと着こなし直し、アクセサリーなどもちゃんとしていて、身繕いバッチリだったのです。
本当は、自分の“ハレンチ”な姿にホレボレして、しばらく眺めていたのかもしれません。
しかし、ふと興奮から冷めてみると、自分の事ながらあまりに恥ずかしい姿です。
こんなのを着て表に出たら、たちまち石でも投げつけられそうな気がしたに違いないのでした。
そう思うと、なんだか自分に対する嫌がらせでこの服を押し付けられたような気持ちになったようなのでした。
鳥山さんも、実はこの『オハラ洋装店』の連中からメチャメチャ嫌われている事を、薄々感じていたのかもしれません。
慌てて追い縋って来た糸やん(尾野真千子)に、強烈な捨て台詞を吐いたのでした。
「文句言いたいんやったら、あんた着てみ! あんな短いスカート、膝丸出しやないの! うちはそこまでゲスとちゃうわ! 」
「まあ、とりあえず座って下さい」
「あかん、もうエエ! もう二度とここには金輪際来えへんから。ふん、さいなら! 」
確かに、年寄りには膝が冷えて辛そうでもあります。
それでもムリして着ていたら、それこそ、年寄りの冷や水と言われかねないのでした。
ここまでされるのならイイーダロー!
こっちから願い下げだ!
となったようなのでした。
実に、痛快なオバはんでした。
ここまで脳みそで感じたままを何も加工せずにそのままハッキリ出してくれると、言われた方もスッキリします。
「“もう、来ん! ”ちゅうた?」
「言いました」
「言うた」
「やった! もう来えへん。やった! 」
「やった! やりましたね」
「はあー、これで1個心配事が減ったわあー! 」
一同、大喜びとなっていました。
あとクサれのない、見事な去り方でした。
しかし、初めてこしらえた服に強烈なダメ出しを出された聡子には、さすがに大きなショックだったようです。
服をかかえたまま大泣きしたのでした。
いわば、これもひとつの“通過儀礼”です。
他人のものを作る事を生業とするなら、いつもニコニコ歓迎されるとは限らないのでした。
「勉強さしてもうたと思い」
糸やんもそう言って聡子の膝を叩いていました。
そう考えると、神様がくれた恩恵みたいなものなのでした。
おばあちゃん(麻生祐未)の心配をよそに、糸やんは平然としていました。
「どないや? 」
「うん。心配要らん」
「ほうかあ? 」
「大丈夫や。明日から祭りやし」
だんじりを前にして、鳥山さんは、小原家にひと足早くやって来た神様だったかもしれないのでした。
普段は、洋菓子屋の社長の姿をしています。
糸やんや娘たちが増長しないように、時々やって来てダメ出しをして戒めていたようなのでした。
戦前は、『国防婦人会』の澤田というオバはんの姿をしていました。
“イイですか、オハラさん! ”などと言いながら、糸やんが糸の切れた凧のように世間から浮遊しないように、この世に縛り付けてくれていたものでした。
糸やんも老境に入り、末娘の聡子への戒めも終えた“岸和田だんじり”の神様です。
これから岸和田の街を離れて飛躍していく運命にある小原三姉妹の前に、二度と姿を現す事はないようなのでした。
~NHK 連続テレビ小説「カーネーション」第118回より
【今日の勘どころ】
昭和39年(1964年)9月14日。
『岸和田だんじり祭り』当日となりました。
今年もだんじりが、糸やんの店の前を勇壮に通過して行きます。
どう見ても、だんじりが通れそうにない狭い通りですが、ともかく毎年、糸やんたちが2階から身を乗り出して見ているのですから、そうだと信じる他ないのでした。
「相変わらず祭りの日いーは朝から大忙しで、入れ代わり立ち代わりやって来るお客さんや、一日居座る酔っ払いのために、とにかく作っちゃ出す」
といったわけで、この日ばかりはさすがの糸やんも台所に立っていたのでした。
やりつけないので、卵焼きも焦がします。
「あーあ、まあエエわ。…失敗しても出す! 」
普段は一家の主(あるじ)の糸やんも、今日は一日限定の“ダメ主婦”のようです。
「何これ? 」
「“だし巻き”です」
「“だし巻き”? こら、“ダメ巻き”やろ」
こちらは一日限定で小原家の主(あるじ)のようにふんぞり返って、ダメ出しする北村(ほっしゃん。)でした。
だんじりの神様が吹き込ませる風が、皆に新たな気持ちを呼び起こさせているようなのでした。
2階ではだんじりのために帰省して来た次女の直子(川崎亜沙美)が、聡子からデザイン第一作めのミニワンピを見せられていました。
いざ気持ちが落ち着いてみると言うと、自分でもなかなか気に入っているようで、ウキウキとしていました。
第一作めが手元に残って姉に見せられるというのも、鳥山さんが受け取りを拒否したおかげなのでした。
直子からも上々の評価を貰っていました。
「お客さんからは“ハレンチ”って言われてしまったんけどな」
「そんなん言われたもん勝ちや」
直子が“デザイナー道”を説いたのでした。
「うちなんかしょっちゅう言われてんで。ハレンチやら、悪趣味やら。ほんでエエねん。デザイナーが“エエ子ちゃん”でどないすんねん」
そう言う直子のは、あまりにも“悪い子ちゃん”なデザインのようでした。
実に、“悪い子ちゃん”が市民権を得た時代だったのでした。
聡子がスカートの丈を短くしたのも、ロンドンの“悪い子ちゃん”たちにヒントを得たようです。
「あんな、ロンドンの女の子らがな、こんなんよう穿いてんやし」
「ロンドン? 」
「うん。ビートルズの記事とか見とったらな、ファンの子らとかよう写真、写ってるやんか。その子おーらが、必ずこの丈穿いたんねんか。それがごっつ格好エエねん」
昔、ビートルズは不良扱いされていたものです。
ジョン・レノンを稀代の悪党のように言っていた人もいたほどでした
それどころか、エレキギターに触れるだけでも不良とされていたのでした。
『エレキギター禁止条例』などといった、とんでもない代物を本気で制定したおバカな自治体もあったようです。
でも、不良は女の子にとっての大事な“栄養素”でもあるのでした。
ロンドンからの風をいち早く嗅ぎ取った聡子のようです。
しかし…、
「“やっぱしそら、ロンドンの女の子やから似合うもんなんやで”って、お母ちゃんは言うちゃあった」
そんな糸やんが、もはや直子にはひたすらババくさく感じられたようなのでした。
「あかんあかん。あんた、そんな事気にしちゃったらあかんで」
「あんなあ、あんたがロンドン風好きやったら、ひたすらロンドン風作っちゃあたらエエねん。ほしたら、勝手にロンドン風の客が集まってくるようになるんや」
— 商いの上ではそれでいいかもしれませんが、やはり、“そら、ロンドンの女の子やから似合うもんなんやで”と糸やんが言った事は、あながち間違いとは言い切れないのでした。
何はともあれ、売ったもん勝ちのようです。
「相変わらずお前ごっつい格好しやんのうー。東京で流行っちゃあんのけ? 」
「東京の流行りちゃうわ。うちの流行りや」
アパレル界では先輩の北村に向って豪語する直子です。
どのみち、洋服を作る限り西洋人の“猿マネ”にかわりはない、
北村はそう思っていたようです。
「さすがにもう山猿ちゃうのう。都会の猿や。言う事がひねくれちゃあるわ」
ちょっとはマシな猿に進化したとばかりに、少しだけ褒めたやったのでした。
「どっちも猿やなあ」
「ほんまやな」
直子、聡子の姉妹もそれは百も承知のようです。
糸やんの血を引くだけに、性根が据わっているのでした。
「まあ飲め!お猿」
「もらえ、おしゃれ猿」
出された酒を豪快に飲んでいたのでした。
かつて北村は、聡子をデザイナーとして一から育てて“儲かる猿”に仕立て上げようとして、糸やんから拒絶されていたのでした。
仕方がないので、市井の放し飼いの猿をかき集めて訓練しようとしたようなのでした。
「すぐに一流育てれる思えへんかったけど、あないボンクラばっかり集まる思てへんかったわ」
「どっから集めたんや? 」
「大阪の洋裁学校や。優子行っちゃあった」
「うちが3日でやめたとこ? 」
「あっこや、あっこ! あっこの生徒やど。もっとお前らみたいなガメつい奴らが来る思ちゃあったら、皆が皆やる気スッカラカンや。“デザイン出せよ”ちゅうたらお前、“5分で描きました”ゆうようなもんばっかり持ってきやがってよう」
やはり“お前らみたいなガメつい奴ら”でないと、一流とは呼ばれないようなのでした。
褒めてるのか、バカにしてるのか、わからない様子です。
「なんぼかマシなん2人だけ置いてよ、あとは工場回しちゃった」
その子たちからすれば、いわゆる“ブラック企業”に入ってしまった気分だった事でしょう。
糸やんがここでようやく口を差し挟みました。
「ほれ、見た事け。せやから言うたやろ。“そんな簡単ちゃう”ちゅうて」
家庭内での発言権がすっかり弱まった、このごろの糸やんです。
すぐに北村の逆襲にあってました。
「ああー、もうババアの決まり文句やの。“ほれ、見た事か”…。お前よ、これからの人生そればっかりで生きていくつもりやろ」
すっかりチャレンジ精神の衰えてしまった糸やんに向けて、辛辣な悪態をついたのでした。
「簡単やないちゅうのは、わかっちゃあんねん。せやけど、やらなわからへんやんけ。なあ! 」
そういう北村の問いかけに、姉妹も激しく同意していました。
しかし、北村のチャレンジ精神はいつも無謀に突っ走るだけの、ただのギャンブルに過ぎないようなのでした。
今度はその矛先が、いよいよ不動産に向かったようです。
「ごっつい勢いで土地の値段上がってきちゃあんねやし。そらもう絡んじゃあったら、何かエエ事あるかな思てよ」
糸やんは開いた口が塞がらないといった表情です。
「はあ…、ほんま、あんたのスケベ根性は腐らんな」
むしろ、感心しているようにすら見えたほどでした。
「心斎橋のよ、ごっついエエとこによ、一軒、空き店舗が出そうなっちゃあねんさかい、お前買えへんけ? 」
結局のところ、またもや糸やんをアテにしての話のようでした。
「買うか! 」
鼻も引っかけない様子の糸やんです。
ところが、この話に直子が喰いついてきたのでした。
「えっ! 買およ、お母ちゃん」
「要らん! 新しい店出す予定もないのに」
「何でよ? ほんなの値段上がってんやったら、買うとくだけでも、買うといたらエエやん」
デザイナーとしてではなく、商売人としての血が騒いだようなのでした。
「そや。上がっちゃる時売ったら、その分儲けやないか」
北村もすぐに賛同します。
気の合う父娘のようです。
もしかしたら、二人とも岸和田と糸やんに見切りをつけ始めたのかもしれないのでした。
「要ーらあーん! そんなあぶく銭、要らん。あんた、いつからそんな猿知恵働かせるようになったんや? 楽して儲ける事ばっかし考えちゃったら、罰当たんで。潰れんで! この人みたいに」
知恵のついた猿に進化した直子に向って言い放つ糸やんです。
“バブル崩壊”を、世界に先駆けて予言していたのでした。
「潰れてるか、アホ」
「潰れかけてるがな」
「かけてても、潰れてへんやろが」
まさに、“歩く不良債権”といった感じの北村です。
糸やんは最後に「捕まったやろ」と言い返していました。
これも時代に先駆けて“法令遵守”を説いていたようなものなのでした。
糸やんが高みに立って、街を、時代を、達観してました。
店先の縁台に座り、道行く人びとを眺めやります。
「こないして見ると毎年同じ繰り返しのようで、祭りも随分変わりました。曳き手は、町ごとに揃いの法被を着るようになって、女の子らもみんな当たり前みたいに着て、だんじり曳いてます」
まるで、だんじりの神様のような視点に立っているかのようです。
その糸やんを昔から女神のように崇めていた北村です。
糸やんの隣りにそっと座りました。
「あのよ…。ずっと前から聞きたかったんやけどよ」
「何や? 」
「お前よう…。わい…。」
北村が何か言いかけて、言い淀んでいました。
女神への“信仰告白”でもするつもりだったのでしょうか。
「お前よう、“ほんまは観音様ちゃうか? ” わい、“眩しいてよう”」
…みたいに。
ところが、北村は途中から急に言葉を変えたのでした。
「こ…、この前、お前、ごっつ安い絹買うたんやしよ。ほんで偽物ちゃうかな思てん、お前どない思う? 」
糸やん“女神”に、まずは吉凶を占ってもらう事にしたようなのでした。
それに応じた糸やんが、ロウソクを用意します。
「絹以外のもん混じっちゃったら溶けるさかい、見といてみ」
静かに灯るロウソクの炎を前にそんな事を言われると、まるでこれから自分自身の純真さを試されるかのような恐れを抱いたに違いない北村でした。
聖なる厳粛な儀式です。
「うおおおおー! 」
「溶けた」
「“正絹”言うたぞ、おっさん! 」
「偽物や」
「えーっ! 早すぎるわこれ! 混ざり過ぎやろ! 」
北村は、自分の糸やんに対する想いに、あまりに多くの邪心が混ざっている事を暴かれたような気分となったのでした。
糸やんからそれを見透かされたように思えて、ただただ怯えるばかりとなっていたようなのでした。
だんじりの神様が糸やんに乗り移って、様々な風を吹かせたような晩でした。
きっとこうやって、毎年この町が少しずつ生まれ変わっていくようなのでした。
翌朝、直子がドタバタと慌ただしく東京へと戻って行きます。
家を出る直前になって、北村に言い残していました。
「は…、せやせや、おっちゃん。昨日の話、“心斎橋に空き物件ある”ちゅうちゃあたやろ? あれな、もうちょっと置いといてくれへん? お母ちゃんに内緒で」
どうやら、いよいよ岸和田と糸やんのもとから、永遠に旅立つつもりのようです。
広く世界でだんじりを曵き回すつもりのようでした。
糸やんの顔を見る事なく、家を飛び出して行ったのでした。
「あーあ、もう行ってもうた。はあー、だんじりか。何や? 」
一陣の風のように岸和田を吹き抜けていったかのようです。
後に残された北村がその風を頬に受けて微笑んでいました。
でも相変わらず、邪心でいっぱいのようです。
頭の中ではひたすら、心斎橋の土地でどれほど儲けられるかと、算段していたようなのでした。
神聖なる糸やんの住処でそんな目論見をする北村です。
直子や、おばあちゃんや、糸やんたちから、踏んづけられたり、突き飛ばされたりといった罰を散々に浴びせられていました。
「気色悪いなあ」
そのニヤケづらを見た糸やんにも言われます。
直子に大量のお土産を持たそうとして果たせなかったおばあちゃんが、ふいに北村の方を向いて言い出しました。
「目玉焼きと卵焼き、どっちにしましょ? 」
「いやもう、そんな構わんといておかあちゃん」
「どっちか?」
おばあちゃんは、なぜか厳しく追及するかのように迫っていました。
なんだか、北村に孫をよそに追いやった責めを問うているかのようにも見える切実さです。
「どっちか…、ほんなもう絶対、目玉焼き」
北村はそう答えていました。
これも何かの吉凶占いかもしれないのでした。
「祭りが終わったら、また普通の日いーが始まります」
祭りが終わってだんじりの神様が離れた生身の糸やんに、これからどんな運命が待っているというのでしょうか。
なんだかんだと言っても、北村がいつもそのカギを握っているようでもあります。
すでに、この家の主(あるじ)と言っていいのかもしれません。
だからこそ、いつもないがしろにされているのかもしれないのでした。
糸やんの人生にジャマをしながらも、支えている男のようです。
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『岸和田だんじり祭り』前日の事でした。
鳥山さん(末成由美)という常連のオバはんから、
「ごっついイカした服こさえてほしいんや」
という注文を受けた聡子(安田美沙子)が、完成した服をそのオバはんに試着させていました。
「聡ちゃんの若い感覚で、ほんまに聡ちゃんが思うとおりにして」
と言われてこしらえた聡子の自信作でした。
姉の優子(新山千春)からは、「えらいスカート短いなあ」という感想をもらっていましたが、それこそが“若い感覚”なのでした。
— デザイン画を見ると可愛いミニのワンピースでした。
— 誰しもが、これを着た鳥山さんだけは絶対に見たくない、と思うに決まっているのでした。
「あの、どないでしょうか? あの…」
何度も声をかけますが、試着室の中からはただゴソゴソという衣擦れの音が聞こえるばかりでした。
やはり、全国のお茶の間にはとても見せられない姿のようです。
ようやく出てきた鳥山さんは、頭から湯気を立てて怒っていました。
「あんた、どうゆうつもりやの! こんなハレンチな服、着れるわけないやろ! 」
そう言って、脱いだ服を聡子に投げつけたのでした。
それにしても、鳥山さんは随分と試着に時間がかかっていたようなのでした。
しかも試着室から出てきた時には、激怒して取乱しながらも、元着ていた服をきちんと着こなし直し、アクセサリーなどもちゃんとしていて、身繕いバッチリだったのです。
本当は、自分の“ハレンチ”な姿にホレボレして、しばらく眺めていたのかもしれません。
しかし、ふと興奮から冷めてみると、自分の事ながらあまりに恥ずかしい姿です。
こんなのを着て表に出たら、たちまち石でも投げつけられそうな気がしたに違いないのでした。
そう思うと、なんだか自分に対する嫌がらせでこの服を押し付けられたような気持ちになったようなのでした。
鳥山さんも、実はこの『オハラ洋装店』の連中からメチャメチャ嫌われている事を、薄々感じていたのかもしれません。
慌てて追い縋って来た糸やん(尾野真千子)に、強烈な捨て台詞を吐いたのでした。
「文句言いたいんやったら、あんた着てみ! あんな短いスカート、膝丸出しやないの! うちはそこまでゲスとちゃうわ! 」
「まあ、とりあえず座って下さい」
「あかん、もうエエ! もう二度とここには金輪際来えへんから。ふん、さいなら! 」
確かに、年寄りには膝が冷えて辛そうでもあります。
それでもムリして着ていたら、それこそ、年寄りの冷や水と言われかねないのでした。
ここまでされるのならイイーダロー!
こっちから願い下げだ!
となったようなのでした。
実に、痛快なオバはんでした。
ここまで脳みそで感じたままを何も加工せずにそのままハッキリ出してくれると、言われた方もスッキリします。
「“もう、来ん! ”ちゅうた?」
「言いました」
「言うた」
「やった! もう来えへん。やった! 」
「やった! やりましたね」
「はあー、これで1個心配事が減ったわあー! 」
一同、大喜びとなっていました。
あとクサれのない、見事な去り方でした。
しかし、初めてこしらえた服に強烈なダメ出しを出された聡子には、さすがに大きなショックだったようです。
服をかかえたまま大泣きしたのでした。
いわば、これもひとつの“通過儀礼”です。
他人のものを作る事を生業とするなら、いつもニコニコ歓迎されるとは限らないのでした。
「勉強さしてもうたと思い」
糸やんもそう言って聡子の膝を叩いていました。
そう考えると、神様がくれた恩恵みたいなものなのでした。
おばあちゃん(麻生祐未)の心配をよそに、糸やんは平然としていました。
「どないや? 」
「うん。心配要らん」
「ほうかあ? 」
「大丈夫や。明日から祭りやし」
だんじりを前にして、鳥山さんは、小原家にひと足早くやって来た神様だったかもしれないのでした。
普段は、洋菓子屋の社長の姿をしています。
糸やんや娘たちが増長しないように、時々やって来てダメ出しをして戒めていたようなのでした。
戦前は、『国防婦人会』の澤田というオバはんの姿をしていました。
“イイですか、オハラさん! ”などと言いながら、糸やんが糸の切れた凧のように世間から浮遊しないように、この世に縛り付けてくれていたものでした。
糸やんも老境に入り、末娘の聡子への戒めも終えた“岸和田だんじり”の神様です。
これから岸和田の街を離れて飛躍していく運命にある小原三姉妹の前に、二度と姿を現す事はないようなのでした。
~NHK 連続テレビ小説「カーネーション」第118回より
【今日の勘どころ】
昭和39年(1964年)9月14日。
『岸和田だんじり祭り』当日となりました。
今年もだんじりが、糸やんの店の前を勇壮に通過して行きます。
どう見ても、だんじりが通れそうにない狭い通りですが、ともかく毎年、糸やんたちが2階から身を乗り出して見ているのですから、そうだと信じる他ないのでした。
「相変わらず祭りの日いーは朝から大忙しで、入れ代わり立ち代わりやって来るお客さんや、一日居座る酔っ払いのために、とにかく作っちゃ出す」
といったわけで、この日ばかりはさすがの糸やんも台所に立っていたのでした。
やりつけないので、卵焼きも焦がします。
「あーあ、まあエエわ。…失敗しても出す! 」
普段は一家の主(あるじ)の糸やんも、今日は一日限定の“ダメ主婦”のようです。
「何これ? 」
「“だし巻き”です」
「“だし巻き”? こら、“ダメ巻き”やろ」
こちらは一日限定で小原家の主(あるじ)のようにふんぞり返って、ダメ出しする北村(ほっしゃん。)でした。
だんじりの神様が吹き込ませる風が、皆に新たな気持ちを呼び起こさせているようなのでした。
2階ではだんじりのために帰省して来た次女の直子(川崎亜沙美)が、聡子からデザイン第一作めのミニワンピを見せられていました。
いざ気持ちが落ち着いてみると言うと、自分でもなかなか気に入っているようで、ウキウキとしていました。
第一作めが手元に残って姉に見せられるというのも、鳥山さんが受け取りを拒否したおかげなのでした。
直子からも上々の評価を貰っていました。
「お客さんからは“ハレンチ”って言われてしまったんけどな」
「そんなん言われたもん勝ちや」
直子が“デザイナー道”を説いたのでした。
「うちなんかしょっちゅう言われてんで。ハレンチやら、悪趣味やら。ほんでエエねん。デザイナーが“エエ子ちゃん”でどないすんねん」
そう言う直子のは、あまりにも“悪い子ちゃん”なデザインのようでした。
実に、“悪い子ちゃん”が市民権を得た時代だったのでした。
聡子がスカートの丈を短くしたのも、ロンドンの“悪い子ちゃん”たちにヒントを得たようです。
「あんな、ロンドンの女の子らがな、こんなんよう穿いてんやし」
「ロンドン? 」
「うん。ビートルズの記事とか見とったらな、ファンの子らとかよう写真、写ってるやんか。その子おーらが、必ずこの丈穿いたんねんか。それがごっつ格好エエねん」
昔、ビートルズは不良扱いされていたものです。
ジョン・レノンを稀代の悪党のように言っていた人もいたほどでした
それどころか、エレキギターに触れるだけでも不良とされていたのでした。
『エレキギター禁止条例』などといった、とんでもない代物を本気で制定したおバカな自治体もあったようです。
でも、不良は女の子にとっての大事な“栄養素”でもあるのでした。
ロンドンからの風をいち早く嗅ぎ取った聡子のようです。
しかし…、
「“やっぱしそら、ロンドンの女の子やから似合うもんなんやで”って、お母ちゃんは言うちゃあった」
そんな糸やんが、もはや直子にはひたすらババくさく感じられたようなのでした。
「あかんあかん。あんた、そんな事気にしちゃったらあかんで」
「あんなあ、あんたがロンドン風好きやったら、ひたすらロンドン風作っちゃあたらエエねん。ほしたら、勝手にロンドン風の客が集まってくるようになるんや」
— 商いの上ではそれでいいかもしれませんが、やはり、“そら、ロンドンの女の子やから似合うもんなんやで”と糸やんが言った事は、あながち間違いとは言い切れないのでした。
何はともあれ、売ったもん勝ちのようです。
「相変わらずお前ごっつい格好しやんのうー。東京で流行っちゃあんのけ? 」
「東京の流行りちゃうわ。うちの流行りや」
アパレル界では先輩の北村に向って豪語する直子です。
どのみち、洋服を作る限り西洋人の“猿マネ”にかわりはない、
北村はそう思っていたようです。
「さすがにもう山猿ちゃうのう。都会の猿や。言う事がひねくれちゃあるわ」
ちょっとはマシな猿に進化したとばかりに、少しだけ褒めたやったのでした。
「どっちも猿やなあ」
「ほんまやな」
直子、聡子の姉妹もそれは百も承知のようです。
糸やんの血を引くだけに、性根が据わっているのでした。
「まあ飲め!お猿」
「もらえ、おしゃれ猿」
出された酒を豪快に飲んでいたのでした。
かつて北村は、聡子をデザイナーとして一から育てて“儲かる猿”に仕立て上げようとして、糸やんから拒絶されていたのでした。
仕方がないので、市井の放し飼いの猿をかき集めて訓練しようとしたようなのでした。
「すぐに一流育てれる思えへんかったけど、あないボンクラばっかり集まる思てへんかったわ」
「どっから集めたんや? 」
「大阪の洋裁学校や。優子行っちゃあった」
「うちが3日でやめたとこ? 」
「あっこや、あっこ! あっこの生徒やど。もっとお前らみたいなガメつい奴らが来る思ちゃあったら、皆が皆やる気スッカラカンや。“デザイン出せよ”ちゅうたらお前、“5分で描きました”ゆうようなもんばっかり持ってきやがってよう」
やはり“お前らみたいなガメつい奴ら”でないと、一流とは呼ばれないようなのでした。
褒めてるのか、バカにしてるのか、わからない様子です。
「なんぼかマシなん2人だけ置いてよ、あとは工場回しちゃった」
その子たちからすれば、いわゆる“ブラック企業”に入ってしまった気分だった事でしょう。
糸やんがここでようやく口を差し挟みました。
「ほれ、見た事け。せやから言うたやろ。“そんな簡単ちゃう”ちゅうて」
家庭内での発言権がすっかり弱まった、このごろの糸やんです。
すぐに北村の逆襲にあってました。
「ああー、もうババアの決まり文句やの。“ほれ、見た事か”…。お前よ、これからの人生そればっかりで生きていくつもりやろ」
すっかりチャレンジ精神の衰えてしまった糸やんに向けて、辛辣な悪態をついたのでした。
「簡単やないちゅうのは、わかっちゃあんねん。せやけど、やらなわからへんやんけ。なあ! 」
そういう北村の問いかけに、姉妹も激しく同意していました。
しかし、北村のチャレンジ精神はいつも無謀に突っ走るだけの、ただのギャンブルに過ぎないようなのでした。
今度はその矛先が、いよいよ不動産に向かったようです。
「ごっつい勢いで土地の値段上がってきちゃあんねやし。そらもう絡んじゃあったら、何かエエ事あるかな思てよ」
糸やんは開いた口が塞がらないといった表情です。
「はあ…、ほんま、あんたのスケベ根性は腐らんな」
むしろ、感心しているようにすら見えたほどでした。
「心斎橋のよ、ごっついエエとこによ、一軒、空き店舗が出そうなっちゃあねんさかい、お前買えへんけ? 」
結局のところ、またもや糸やんをアテにしての話のようでした。
「買うか! 」
鼻も引っかけない様子の糸やんです。
ところが、この話に直子が喰いついてきたのでした。
「えっ! 買およ、お母ちゃん」
「要らん! 新しい店出す予定もないのに」
「何でよ? ほんなの値段上がってんやったら、買うとくだけでも、買うといたらエエやん」
デザイナーとしてではなく、商売人としての血が騒いだようなのでした。
「そや。上がっちゃる時売ったら、その分儲けやないか」
北村もすぐに賛同します。
気の合う父娘のようです。
もしかしたら、二人とも岸和田と糸やんに見切りをつけ始めたのかもしれないのでした。
「要ーらあーん! そんなあぶく銭、要らん。あんた、いつからそんな猿知恵働かせるようになったんや? 楽して儲ける事ばっかし考えちゃったら、罰当たんで。潰れんで! この人みたいに」
知恵のついた猿に進化した直子に向って言い放つ糸やんです。
“バブル崩壊”を、世界に先駆けて予言していたのでした。
「潰れてるか、アホ」
「潰れかけてるがな」
「かけてても、潰れてへんやろが」
まさに、“歩く不良債権”といった感じの北村です。
糸やんは最後に「捕まったやろ」と言い返していました。
これも時代に先駆けて“法令遵守”を説いていたようなものなのでした。
糸やんが高みに立って、街を、時代を、達観してました。
店先の縁台に座り、道行く人びとを眺めやります。
「こないして見ると毎年同じ繰り返しのようで、祭りも随分変わりました。曳き手は、町ごとに揃いの法被を着るようになって、女の子らもみんな当たり前みたいに着て、だんじり曳いてます」
まるで、だんじりの神様のような視点に立っているかのようです。
その糸やんを昔から女神のように崇めていた北村です。
糸やんの隣りにそっと座りました。
「あのよ…。ずっと前から聞きたかったんやけどよ」
「何や? 」
「お前よう…。わい…。」
北村が何か言いかけて、言い淀んでいました。
女神への“信仰告白”でもするつもりだったのでしょうか。
「お前よう、“ほんまは観音様ちゃうか? ” わい、“眩しいてよう”」
…みたいに。
ところが、北村は途中から急に言葉を変えたのでした。
「こ…、この前、お前、ごっつ安い絹買うたんやしよ。ほんで偽物ちゃうかな思てん、お前どない思う? 」
糸やん“女神”に、まずは吉凶を占ってもらう事にしたようなのでした。
それに応じた糸やんが、ロウソクを用意します。
「絹以外のもん混じっちゃったら溶けるさかい、見といてみ」
静かに灯るロウソクの炎を前にそんな事を言われると、まるでこれから自分自身の純真さを試されるかのような恐れを抱いたに違いない北村でした。
聖なる厳粛な儀式です。
「うおおおおー! 」
「溶けた」
「“正絹”言うたぞ、おっさん! 」
「偽物や」
「えーっ! 早すぎるわこれ! 混ざり過ぎやろ! 」
北村は、自分の糸やんに対する想いに、あまりに多くの邪心が混ざっている事を暴かれたような気分となったのでした。
糸やんからそれを見透かされたように思えて、ただただ怯えるばかりとなっていたようなのでした。
だんじりの神様が糸やんに乗り移って、様々な風を吹かせたような晩でした。
きっとこうやって、毎年この町が少しずつ生まれ変わっていくようなのでした。
翌朝、直子がドタバタと慌ただしく東京へと戻って行きます。
家を出る直前になって、北村に言い残していました。
「は…、せやせや、おっちゃん。昨日の話、“心斎橋に空き物件ある”ちゅうちゃあたやろ? あれな、もうちょっと置いといてくれへん? お母ちゃんに内緒で」
どうやら、いよいよ岸和田と糸やんのもとから、永遠に旅立つつもりのようです。
広く世界でだんじりを曵き回すつもりのようでした。
糸やんの顔を見る事なく、家を飛び出して行ったのでした。
「あーあ、もう行ってもうた。はあー、だんじりか。何や? 」
一陣の風のように岸和田を吹き抜けていったかのようです。
後に残された北村がその風を頬に受けて微笑んでいました。
でも相変わらず、邪心でいっぱいのようです。
頭の中ではひたすら、心斎橋の土地でどれほど儲けられるかと、算段していたようなのでした。
神聖なる糸やんの住処でそんな目論見をする北村です。
直子や、おばあちゃんや、糸やんたちから、踏んづけられたり、突き飛ばされたりといった罰を散々に浴びせられていました。
「気色悪いなあ」
そのニヤケづらを見た糸やんにも言われます。
直子に大量のお土産を持たそうとして果たせなかったおばあちゃんが、ふいに北村の方を向いて言い出しました。
「目玉焼きと卵焼き、どっちにしましょ? 」
「いやもう、そんな構わんといておかあちゃん」
「どっちか?」
おばあちゃんは、なぜか厳しく追及するかのように迫っていました。
なんだか、北村に孫をよそに追いやった責めを問うているかのようにも見える切実さです。
「どっちか…、ほんなもう絶対、目玉焼き」
北村はそう答えていました。
これも何かの吉凶占いかもしれないのでした。
「祭りが終わったら、また普通の日いーが始まります」
祭りが終わってだんじりの神様が離れた生身の糸やんに、これからどんな運命が待っているというのでしょうか。
なんだかんだと言っても、北村がいつもそのカギを握っているようでもあります。
すでに、この家の主(あるじ)と言っていいのかもしれません。
だからこそ、いつもないがしろにされているのかもしれないのでした。
糸やんの人生にジャマをしながらも、支えている男のようです。
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