予測変換

テーマ:

帰りの電車の中。


座席はすべて埋まっていたので、僕は出入り口のドアに寄りかかった。


電車は比較的混んでいて、


僕の正面には60前後のオヤジが、同じくドアに寄りかかって携帯をいじっていた。



背丈は160くらい。


トカゲみたいな風貌に細い金色の神経質そうなメガネ。


少し乱れた白髪。


良く言えばカジュアルなスーツ。



正直あまりぱっとしないオヤジが、僕の目の前でしきりに携帯をいじっていた。


僕はこのオヤジがいったい携帯をどういじるのかが気になって、


オヤジの背の低さをいいことに、さりげなく携帯の画面を覗き込んだ。



なんとオヤジはメールを打っていた。


そうか、定年間近のオヤジも、今ではケータイでメールを打つ時代か!


と軽く関心していたが、それもつかの間。



そのオヤジの行為に僕は驚愕した。



皆さんご存知だと思うが、


最近の携帯には「予測変換」という機能がついていて、



たとえば、


「ち」


とうつと、


最近打った「ち」から始まる単語がずらずら出てくるのである。


「ち」


もちろん俺の携帯で「ち」を打つと


予測変換では「ちんこ」と出てくると確信していたが、


残念ながら、


ちんこではななく、


1、ちなみに

2、小さい

3、直行

4、ちんこ


という微妙な結果に終わった。


続けて読むと


「ちなみに小さい直行ちんこ」


「直行ちんこ」に妙なフィット感を覚えつつ、


なにかの標語っぽいところが軽く痛いが、


そんなことはどうでもいい。



そのオヤジはメール作成画面で


「あい」


の2文字をしきりに打っていた。


その「あい」の二文字から、オヤジの携帯で繰り広げられる予測変換はすごかった。


1、愛してる

2、愛してるよ

3、愛

4、会いたい

5、会いたいよ


ずいぶんラブラブな予測変換だ。

そうとう奥さんとラブラブなのか?とほほえましくなったが、


親父の行動は不可解だった。


メール作成画面で、


「あい」


から始まる単語を打っては消し、打っては消しを繰り返した。


その瞬間、謎が解けた。


1、愛してる

2、愛してるよ

3、愛

4、会いたい

5、会いたくて


つまり、これらの予測変換を消したいのだ・・・と


そう、推測する限り、そのオヤジは浮気をしていて、

浮気相手とのラブラブメールのやり取りの影響で

予測変換がラブラブ色に染まった事実を隠滅しようとしているのだ。


奥さんの浮気チェックが相当厳しいのか、

過去に浮気がばれて、相当痛い目にあったであろうそのオヤジが

すこし哀れに思えた。


痛かったのは、


このラブラブ予測変換を消そうと


「あい」から始まる言葉を必死に探しているオヤジだったが、


「挨拶」、「哀悼」・・・


の2変換しか思いつけないらしく、


いつまでたっても、予測変換の3候補目に


「愛してる」


が残っていたことだ。



「愛してる」「会いたい」といったラブラブ変換が消えてない事実を確認すると


オヤジの顔は見るからに落胆して、舌打ちまでもらしている。



「あい」から始まる言葉なんてたくさんあるじゃないか!


いらいらしながら僕はオヤジの手元を眺めた。



だいたい、携帯メールで「哀悼」なんて単語はつかわねーだろ!


と突っ込みを入れたくなったが、ぐっとこらえた。




それでもイライラした僕は、


思いつく限りの


「あい」


からはじまる熟語を思い出した。


「愛着」


「愛想」


「相手」


「相対」


「あいまい」



僕は自分の最寄駅に到着する直前にかばんからメモ用紙を出して


この5つの熟語を走り書きした。


最後の「あいまい」は漢字が思い出せなかったのでひらがなで書いた。

電車が停車して、ドアが開いた瞬間に、その5つの単語を書いたメモ用紙を


オヤジの手元に差し出した。



オヤジは目を丸くして僕を見た。


僕はオヤジの手元にメモ用紙を押し付けて電車をおりた。



電車のドアがしまり、走りすぎていく電車の窓の中で、


僕が渡したメモ用紙を見ながら携帯をいじるオヤジの姿が闇に消えていった。





実話です。

AD

コメント(5)