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山井完全燃焼!快挙よりチーム

>日本シリーズ2007第5戦(1日・ナゴヤドーム)、中日がシリーズ史上初の“完全試合”で1954年以来、53年ぶり2度目の日本一に輝いた。落合博満監督(53)は九回に、それまで完全投球を続けていた先発・山井から守護神・岩瀬に継投。交代劇にナゴヤドームがどよめく中、2投手による大記録達成となった。


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山井投手が11月1日の日本シリーズ第5戦で、8回までパーフェクト・ピッチング、いよいよ9回に偉業に挑戦か、という所で落合監督は抑えの岩瀬に継投、そのまま1-0で逃げ切り、53年ぶりの日本一を決めた。


この完全試合の可能性を残したまま交代するという行動には賛否両論が聞かれたが、中日ファンとそれ以外の人々では意見が割れていたのが目に付いた。例えば「報道ステーション」では「10人監督がいたら10人替えない」という野村監督のコメントと共に、古館アナが「交代はして欲しくなかった」と述べていた。一方の中日ファンのコメントは、落合監督の判断には納得しているという意見が大多数。この違いはなんなのか。


この交代が正しかったかどうかはここでは言わない。俺が監督の立場だったら交代はさせなかっただろうし、山井をそのまま投げさせていたら完全試合、少なくともノーヒット・ノーランは十分ありえたと思う。それでも山井の交代は仕方なかったかな、と思っている。


落合監督に山井投手交代という行動を起こさせたのは、間違いなく53年という月日の重みだ。

「元祖フォークボール」杉下投手を擁してドラゴンズ初の日本一に輝いたのは1954年。以来半世紀あまりの間、その座から遠ざかっていた。その間リーグ優勝は実に6回。通算勝率はジャイアンツに次いで2位という好成績であったにもかかわらず、日本一にだけはなれなかった。


自分も1988年のリーグ優勝あたりからドラゴンズの戦いぶりを見てきたが、日本シリーズでは実に弱かった。まるで呪縛にでもかかったように動きの悪い選手たち。その持ち味を発揮できないまま破れ続けた。杉下氏はすでに82歳。「早く成仏させてくれよ」という言葉は積年の思いが感じ取れた。そしてその思いを最も強く感じていたのが落合監督であった。リーグ優勝できなかった時に頭を丸刈りにしたのも(息子との約束ではあったが)、杉下氏や長年待ち続けているドラゴンズファンに向けてのものだと思った。それほどドラゴンズは日本一を切望していた。現在193勝を上げている山本昌投手も「日本一になれるんだったら200勝できなくてもいい」と言っていたほどだ。


そんな53年という月日の重みが落合監督に山井投手交代という決断をさせた。それが良かったか悪かったかはわからない。しかしその異常とも思える行動には積年の思いが詰まっていることが感じ取れたからこそ、中日ファンは納得したのだ。


参考リンク

個人記録より

「小心で夢のない野球」玉木氏、落合采配に激怒

夢を見せるのがプロ

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