♪重いコンダラ 試練の道を行くが・・・♪ | 大阪の禅寺 天正寺だより(佐々木奘堂住職)

♪重いコンダラ 試練の道を行くが・・・♪

 「巨人の星」の主題歌:
重いコンダラ
試練の道を行くが男のど根性
真っ赤に燃える王者のしるし
巨人の星をつかむまで
血の汗流せ 涙をふくな
行け行け飛雄馬 どんと行け


「重いコンダラ」と歌われてますが、
その「コンダラ」とは何かと、疑問に思う人もいたようです。



 グラウンドを整地するローラーを「コンダラ」というようです。
確かに、「重いコンダラ」を引いて歩くのは、
試練の道ですね。


 これは、コンダラの写真で、一緒に移っている女性は、
モーニング娘。の亀井絵里とのことです。

 と、ここまで書いてきましたが、
みなさん、真に受けました?
 昔、谷村新司のラジオで、
「重いコンダラ」コーナーがあって、それで
「コンダラ」も知られるようになったようです。
(私の中学時代、谷村新司のラジオで、
「暗い過去コーナー」とか聞いていましたが、
知ってます?)

 「思い込んでしまうと、他から間違いを指摘されても、
正しいと思い込んでいるので、思い込んだまま変わらない。
 はたしてこの問題は、克服しうるのか?」
 これは、私が仏教や禅と取り組む中でぶつかった
最大の問題です。
 具体例で言えば、長年禅の世界にいるので、
「自分は悟った」と思い込んでいる人と、
ある程度の数、出会いました。
(中には、素行がひどく、他の誰もその人を悟ってるとは、
とうてい思えない人もいます。)
 仮に、その人が、他の人から低く評価された場合でも、
「悟っている私の境地はとうていわからないような、
何もわかっていないバカが言っている。あわれよ。」
などと思うだけで、自分の思い込みの中で生きているので、
どうにもこうにもならない人もいたりします。
 原則、その人を変えることは難しいですよね。
 
 人のことはおいておいて、はたして自分自身も
やはり同じ問題の中にいて、抜け出られないですよね。
知らず知らずの面も多いでしょうし。

 この問題は、もう一つのブログ(ブッダの言葉)でも、
メインテーマです。
 ブッダ自身も、この問題の難しさを、
繰り返し繰り返し、すごい迫力で語っています。
 みなさん、この問題どう思いますか?

●関連する文章 「心の底から思いこめ」――スティーブ・ジョブズの言葉