2008年03月17日(月) 18時53分03秒
チベット暴動、中国はダライ・ラマ派との「人民戦争」を宣言
テーマ:■ニュースを見て思うこと
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いや~、怒りは理解できるけれど、ラマ僧が一緒になって漢民族のお店を蹴ってる映像はあまり見たくなかったですね。
「え~っ!?天下のチベット仏教ってそんな感情むき出しなの~?悟っているお方なら止めるのが普通では?もっと知恵の戦いをするんじゃないの??」
ダライ・ラマまで出てきちゃって、これじゃ「血ベット仏教」ですな。
日本や韓国の僧侶でも似たシーンを見たことある気がしましたが、あれは内輪もめか、、
しかし、こんな「悟り」や「行動」のレベルってどうなんでしょうかね~?
「何かを信じて」革命起こしたって、いつも指導者の席が替わるだけで、「何かを信じて」血を流した庶民達の生活はそんなに変わらない気がしますが、、
結局「悟り」って「思想の道具、政治の道具」として利用されてませんか?
「なにが正しい」とかいう規範は、催眠術のように「行動の起爆剤」として利用されているんじゃないか?
あなたも「本当は怒ってない、自分に関係ない、なんだか正しそうなもの」に同意しなきゃいけないような強迫観念にかられて、参加したり、怒ったりしてませんか?
善悪を超えたところに悟りがある気がするんだけどね~。
怒られてばっかのおいらは、そう思う♪
いや~、怒りは理解できるけれど、ラマ僧が一緒になって漢民族のお店を蹴ってる映像はあまり見たくなかったですね。
「え~っ!?天下のチベット仏教ってそんな感情むき出しなの~?悟っているお方なら止めるのが普通では?もっと知恵の戦いをするんじゃないの??」
ダライ・ラマまで出てきちゃって、これじゃ「血ベット仏教」ですな。
日本や韓国の僧侶でも似たシーンを見たことある気がしましたが、あれは内輪もめか、、
しかし、こんな「悟り」や「行動」のレベルってどうなんでしょうかね~?
「何かを信じて」革命起こしたって、いつも指導者の席が替わるだけで、「何かを信じて」血を流した庶民達の生活はそんなに変わらない気がしますが、、
結局「悟り」って「思想の道具、政治の道具」として利用されてませんか?
「なにが正しい」とかいう規範は、催眠術のように「行動の起爆剤」として利用されているんじゃないか?
あなたも「本当は怒ってない、自分に関係ない、なんだか正しそうなもの」に同意しなきゃいけないような強迫観念にかられて、参加したり、怒ったりしてませんか?
善悪を超えたところに悟りがある気がするんだけどね~。
怒られてばっかのおいらは、そう思う♪














1 ■ちべっと
いつもむづかしいテーマについて書いてますよね。色々と考えさせられる事も多くて、いつも感心しながら読んでます!
あの僧侶さんの暴動はなしですよね。
ダライラマのメンツがつぶれてしまう...
まあ、宗教なんて所詮人の集まりに過ぎないと思うので、いろんな人がいるとおもうけど。
でも、この問題に限らず、どうしたら世の中の卑怯な圧力や差別、理不尽な仕打ち、といったものとつきあって行くべきなんでしょうかね... 損しないように打ち勝つには...?
暴力じゃない事は確かだと思うけど、
右のほほを殴られてもいらだたず、左のほほを差し出す、なんてのはこの世の中(特に中国のやりかた)ではやっぱり通用しない気がするし。
私はチベットも北海道も独立すればいいのに!って思うけどね。