松坂世代

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昨日、ドラゴンズ松坂大輔投手が今季2度目の登板を果たし、7イニング123球を投げ2失点ながら惜しくも2敗目を喫してしまいました。


前回は4月5日のジャイアンツ戦、5イニング96球で8安打3失点ということを考えれば、完全復活に向けてさらに階段を1つ上がったのではないでしょうか。

そんな前回のジャイアンツ戦を僕の両親がナゴヤドームに観に行ってまして、その理由が「ひょっとしたらあの松坂の最後の勇姿になるかもしれないから…」と言うことだったんです。

そんな思いを同じく感じていたファンはかなりいたようで、ナゴヤドームは満員御礼状態だったのだとか。

そんな時偶然にも隣の席に座った男性二人と意気投合してしまった僕の父親、試合中にいろいろ話し、東京からわざわざ試合を観に行っていたと聞くとすかさず「ウチの息子が中目黒でお店をやっていて…」と宣伝してくれて、その方々もノリで「そうですか、じゃあすぐに行きますよ!」なんて言ってくれたそうですが、先日本当にご来店くださって、律儀に父親との約束を守ってくれたなんて事があったんですよね。

そんなお二人もなぜわざわざ名古屋まで試合を観に行っていたのかというと、「僕ら“松坂世代”ですから。ひょっとして最後のマウンドになるかもしれないから、目に焼きつけようと思って…」と理由は父親と同じでした。

この数十年、突出した能力を持った選手などが出ると、よく“〇〇世代”なんて言い方をするようになりましたが、その発端はこの松坂大輔投手の時代の“松坂世代”だったのではないでしょうか?

その松坂投手も今年でプロ20年目、38歳になります。数多くの優秀な選手を輩出し当時甲子園を沸かせた“松坂世代”の選手も、今や当人を含めた二人だけになってしまいました。

平成の怪物と言われ圧倒的な力の違いを見せつけた高校時代、その勢いにさらに磨きがかかったライオンズ時代、全米の注目を集め破格の契約で海を渡ったレッドソックスでは、最初こそ良かったものの、その後は不運な怪我や勤続疲労もあったのでしょうか、悔しい時代を過ごすことになってしまいます。

ソフトバンクホークスと契約し日本プロ野球に復帰したものの、3年間の契約で一軍の試合に登板したのはわずか1試合のみと、ついにあの松坂も終わりかと言われました。

実績もプライドもかなぐり捨ててテスト入団したドラゴンズで、なんとか投げられるようになり、2試合に登板しました。

意地もあったのでしょう、どうにかこうにか試合を作り、昨日の試合では復活の兆しも見せてくれました。

降板するときは、相手チームの応援団も含め誰彼となく球場全体から惜しみない拍手が巻き起こったと言います。

確かによく投げました。よく踏みとどまりました。よく頑張りました。

…でも、それでいいのかな?と僕は思ってしまいます。

怪物松坂大輔の圧巻のパフォーマンスを目の当たりにしてきた僕としては、なんか切なくなってしまうんですよねぐすん

軽く150キロを超える快速球も、えげつないキレッキレのスライダーを含めた変化球ももはや望めません。

140キロもギリギリ出るかでないかのボールを、少しでも速く見せたり、相手バッターの打ち気をそらす投球術でかわすしかないわけです。

もちろん年齢を重ねれば、全盛期の力が出せなくなるのは当たり前の事です。それでもその世界で生き残っていくには、姿カタチを変えるしか方法はないわけです。

それはよくわかっていますし、松坂大輔投手は個人的に大好きな選手です。1年でも長く、1試合でも1イニングでも多く投げる姿を観ていたい。

38歳。世間一般では中堅どころになり、これから社会を背負って立つ年齢です。しかしながらプロ野球の世界ではすでに大ベテランの域でして、ともすればいつ引退してもおかしくない年齢なんですよね。

今、松坂投手の投げる姿は中年に差し掛かった世代の勇気の象徴だとも言われています。

かつての栄光もプライドもかなぐり捨てて、度重なる怪我にも耐えて、一心不乱にもがく姿が共感を呼ぶのでしょう。

頑張って欲しい…心の底からそう思います。

でも本当は、憎らしいほど凄い、とても敵わないという松坂大輔であって欲しいと思うのは僕だけでしょうかね?

第二段階に入った松坂でもいいから、これからもずっと観ていたいと思う気持ちと、観ているのがツラい切ないと思ってしまう気持ちが同居している僕です。