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2008-08-18 10:04:43 テーマ:転職&天職で輝く女性インタビュー

「転職&天職で輝く女性に学ぶ」キャリア・インタビューVol.7 小澤彰美さん(前編)

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「転職&天職で輝く女性に学ぶ~幸せキャリアのレシピ」
 キャリア・インタビュー Vol.7~教員から人事コンサルタントへの転身
 小澤 彰美さん(人事コンサルティング会社勤務)前編
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こんにちは。コーチ&キャリアカウンセラーの小田美奈子です。

この企画は、転職など様々な転機を経て、自分らしく幸せに働いている女性の道のりをたどることで、自分に合った仕事に就く、仕事での充実感をより感じるための"幸せなキャリアのヒント"を学ぼうというものです。

第7回は、教員から人事コンサルティング会社への転職を体験された小澤彰美さん(旧姓:佐々木)にご協力いただきました。

小澤さんとは、友人の紹介で出会いました。人を惹き付ける華があり、行動力あふれる素敵な女性。今回、小澤さんが教員から人事コンサルタントへ転身したお 話や、30歳前後の女性を応援するコミュニティを主宰しているお話などを伺いました。小澤さんのキャリア・インタビューから、幸せなキャリアへのヒントを つかんでいただけると幸いです。

◆ 小澤彰美さん (Terumi Ozawa) プロフィール

ozawa

1978年生まれ。大学卒業後、大学院に進学し、アメリカ文学とジェンダーを学ぶ。アメリカへへの1年間の留学を経て、私立高校で英語講師として3年間勤務する。2008年に株式会社ヒューマン・キャピタル・コンサルティング(http://www.hc2.co.jp/ )に入社、人事コンサルタントして人材教育に携わる。仕事以外では30歳前後の女性を対象にしたコミュニティ「My素tyle」を主宰し、すべての女性が自分らしいスタイルを持てる社会を目指し、活動している。

ブログ
「My素tyle~私らしいキャリアとライフを考える」http://mysta.seesaa.net/
「愉快痛快てるニズム」http://plaza.rakuten.co.jp/bushiteru/

下記、インタビュー本編です。

Q:小田 美奈子
A:小澤 彰美さん

■ 人事コンサルタントの仕事

【小澤さんが勤務している株式会社ヒューマン・キャピタル・コンサルティングは、人材を企業活動の資本として位置づけ、生産性をアップすることを目指している。小澤さんは、人事コンサルタントとして、研修講師や研修コンテンツの作成を担当している。】

Q. 教員から転身して数ヶ月が経ちましたね。現在のお仕事はいかがですか?

A. 教員と会社勤めの違いを感じています。これまでは生徒をどうするかという視点で考えていましたが、今は会社の売上を上げる思考で、意識が違います。今の方が自分のしたことが見えやすいと感じています。自分はやればやるほど評価をされるのが好きなので、向いていますね。


Q. 今のお仕事で面白いのはどんなところですか?

A. 会社組織で働くこと自体が、これまでと別世界なので面白い、目新しいというのはあります。それに、女性が働きやすい環境になるためにはどうしたらよいのかという意識がいつも頭にあるので、人材コンサルタントとして、社会の枠組み、会社組織、人材というものを考える立場に踏み込めてうれしいです。まず一歩という感じです。

どうしたら会社組織の流れや生産性が良くなるのか、人が能力を発揮するには何が必要なのかを考えるのが面白く、大変やりがいがあります。人が輝ける存在になるためには、対組織の存在が大きいので、会社の組織を変えていくことをこれからもっともっと勉強していきたですね!



Q. 今の会社を選んだのは?

A. 人材教育ができるのがよかった。もともと人のよいところを見つけるのが好きで、教育を通して人の成長を見られるのが面白いと感じています。これまでは内容が英語でしたが、それが組織や人材に変わっただけで、教育に関われるのは、これまでの教職経験が活かせてよかったと思います。人前で話すことや教えること、コミュニケーション力、リーダーシップは活かせています。


■ 教員からの転身

Q. 以前は私立高校で英語を教えていたそうですが、元々教員になりたかったのですか?

A. いえ、もともとは研究職につきたかったでんす。大学院の時に留学していて帰国後、進学する(研究職の道にこのまま進む)予定でいましたが、少しその方向について考えていました。帰ってきたのが7月中旬で、就職活動が終わっていたんですね。修士論文を書きながら、9月から公立の学校で非常勤講師として働いて、卒業後も教職に就いて少し自分の人生について考える時間を持ってもいいかなと思っていました。それに、今まで自分が学んできた英語を与えることもやってみたかったというのもありますね。


Q. 教員を辞めようと思ったのは、どんなことがきっかけでしたか?

A. 学校は社会と切り離されていると感じていて、1歩外に出てもっと広いところで活動したいと思いました。「スーパー先生」といわれる、教えるプロになるのを目指す道もあるけれど、社会を変えたいという想いが強かった。研究者になりたかったのも、社会を変える一つの手段だった。でもそのとき、教員だと目指すものが見えてこなかったのです。自分はマネージャーよりもプレイヤーのタイプですが、教員の仕事は、どちらかというとマネージャーに近いと思います。
自分が勉強して、どんどんやっていきたいと思うので、ずっとプレイヤーでいたいという気持ちもありました。もっと経験を積んで、もう少し時間が経ってから教員に戻る道もあるなと思いました。


Q. もっと幅を広げたかったのですね。

A. そうですね。また、英語を教えていたのですが、実際の社会で英語をどう使えるか?という時に、もう少し広い視野に立って生徒に伝えたかったのですが、それができず、歯がゆさを感じていました。英語を使って実際の社会で何ができるの?という具体的なものを求められた時に、話せなかったのです。
それに、女性に関わることをやりたかったというのが大きいです。
大学院の時は、アメリカ文学とジェンダーを勉強していました。研究者になる道は選ばなかったのですが、「My素tyle(マイスタイル)」(注:小澤さんが立ち上げた30歳前後の女性のためのコミュニティ)では、形は変わるけど、追求することは同じです。それを捨て切れなかったというのが、教員を辞める理由で一番大きいです。


Q. 女性のための活動をしたかったという想いが強かったのですね。

A. そうですね!教員の狭い世界でまだ落ち着きたくもないと思っていたのですが、次が見つけられなくて悩んでいました。その頃、人生の目的を見つけるセミナーに参加して、何をやりたいのか話した時に、「女性の生き方を変える、環境を変える」という視点が出てきて、そうありたいと思いました。ただ、信念や想いはあるけど、それをどうやって形にしていけばいいのか、How toが分かりませんでした。

【2007年9月、すべての女性が自分らしいスタイルを持てる社会を目指し、30歳前後の女性のためのコミュニティ「My素tyle」を立ち上げる。「自分が女性のために何ができるか? まずはできることからやってみよう」というスタートだった。「これが将来にどうつながるかわからないが、今やりたいことをやれば何か見えてくるかもしれない」と思ったという。同年12月には、転職活動をスタートする。】


■ 学校から企業への転職活動

Q. 実際に転職活動をしようと思ったのは、何がきっかけでしたか?

A. 教員になって1年目はもうちょっと考えようと思っていました。2~3年目で、動くなら動きたいと思い、3年目は現実的に決めようと思ったのです。教員を3年やったという区切りがよかったのはあります。
2年目は英語教育に特化しているところを担当し、専門性を出す勉強をしました。1年間を通して、自分なりでしたが、英語教育を極めたというやりきった感がありました。

このまま教員の道を行くのか迷ったのですが、それは"逃げ"だと思いました。もちろん安定もあり、両親や友人からも教師の方がいいと言われ、どう考えてもそうなのですが、自分では納得がいかなかったのです。
30歳からの転職は難しいと言われたこともあって、29歳で動かなければ今後は難しいと思っていました。教員で正規の職員になるお話もあったのですが、それとは別に応募する企業も探し始めました。


Q. とにかく想いが強かった、それで行動に移したという感じですね。
  3年間悩んでよく決断しましたね。

A. 1歩出るのは勇気がいりました。やはり、色々な業種の人に会い始めて、その中で自分が変わっていったことが大きいです。
それまでは、教員の友人が多くて、教員は異業種交流会には行かないんですね。
教員3年目位から、セミナーに参加するようになりました。やはり、自分の想いを外に出していかないと、変わらない。自分で言葉に出すことで、自分が何を考えているのかも分かります。結局は不安だったんですね。(教員から民間企業への転職は)壁が高すぎて、どうみても難しいよねという感じでした。


Q. 転職活動は具体的にどのように進めたのですか?

A. 教員からの転職は難しいと言われていて、どうしていくか悩んでいました。英語を使う仕事にも応募しましたが、英語は一つの手段なので、通訳ではなく、英語を通して何かをやる仕事がいいと思っていました。
ただ、何をやりたいのかと思った時に、女性が働きやすい社会を作りたいという想いにどうしても戻ります。
今年の1月から本気で動いて、自分がやりたいこととできることの範囲で応募先を決めました。英語を使う仕事や国際会議を行っている会社、女性関連の会社(女性を対象にしたサービスを行う会社)、人材関連の会社など、10社位受けました。
転職活動する中で、やりたいことが変わっていきました。具体化していったんでしょうね。「これは本当にやりたいと思うか?」と確かめることもできました。


【当初は、女性関連の会社が第一希望で、内定を獲得した会社もあったが、女性向けの活動は自身の「My素tyle」でできるため、「国際会議」か「人材関連」のどちらかに決めることにした。
現在の人事コンサルティング会社は、会社組織に踏み込めること、研修のコンテンツを作れることに魅力を感じた。面白い発想や新しい考え方が必要とされており、自分のアイデアがダイレクトに活かせると思ったことが決め手となった。】


Q. コミュニティを立ち上げたり、転職活動したりと忙しい年でしたね。

A. 29歳の1年間は激動でした。その間に結婚もしたので、忙しくてはちゃめちゃでした(笑)「My素tyle」、結婚、転職と全部が同時進行で、ある友人から、「欲張りだよ、全部やっていけるの?」と言われました。でも、それを順番にやっていこうとは決して思いませんでした。すべてのことがベストなタイミングでやってくる気がして、その勢いに乗りきったほうがいい気がしたんです。

【昨年結婚したパートナーも、小澤さんと同じく、教員から企業へ転職しており、色々な勇気やヒントをもらえる心強い存在。「My素tyle」の活動も一緒に行うなど、公私共に小澤さんを支えている。】


~後編へ続く~

※ 前編、いかがでしたでしょうか?

教員から民間企業への転職、結婚、女性向けコミュニティの立ち上げを並行して行ったお話や具体的な転職活動について伺いました。

次号の後編では、小澤さんが立ち上げた30歳前後の女性を対象としたコミュニティの活動や、働く上で大事にしていることについてご紹介します。


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「30代女性のプラチナキャリア~幸せ転職・天職のレシピ☆」
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