2005-01-04 01:41:15

『<時代と人間>私抄・2』

テーマ:シリアス系
 藤原定家はその優れた和歌で著名な人物であるが、鴨長明と同時代の人であり、『新古今和歌集』の編者として同僚でもあった。前章でも触れたとおり、平安から鎌倉への変動期と言うのは単に源平の争乱のみならず、大火、地震、台風、大規模な飢饉と、大地を揺るがすような天変地異が続発するのである。当然人もバタバタと死んだ。長明が京周辺のその死者数を数えたのはわずか2ヶ月間であったが、平均して1日に700人が絶命していたと言うのだから、その凄惨さは計り知れないものであったろう。その時期、宮廷では定家をはじめとした公卿たちにより『新古今集』が編纂されていたのである。平安文化はきらびやかさが強調されるが、あくまで貴族文化であり、民衆との間にはのすごいコントラストが存在していたのだ。
 

 「名月記」は藤原定家が十九のときからつけていた日記であるが、この中で定家は市中の状況を「仏法王法滅尽(仏の法も王の法も滅び尽きてしまった)」と嘆いている。都を警備する検非違使も機能していなかったようで、昼夜かまわず僧兵崩れなどによる強盗・略奪も横行していたのだと言うから、もはや目の当てようもない。仕舞に定家はこう言い放つのだ。「紅旗征戎(こうきせいじゅう)吾が事に非ず(わがことにあらず)。」すなわち、「朝廷が戦争をしようとしているが、俺には関係ない」ということである。
 

 「新古今集」は、幽玄体という、優艶な表現を通して、言語に奥深い情緒が感じられる歌体を用いた、非常に抽象的な世界であり、実情とほとんど関係がないのである。町でいくら人が死のうと、強盗がはびころうと、一切反映されることのない、歌の美の追求のために作られた歌集と言ってよい。現実と完全に切り離された無関係な美であり、「むしろ関係があってはならないくらいのものだ」と堀田氏は言う。
 

 一方で、実情と乖離した文学と言うのは、膨大な知識の集約を必要とするのである。私の詩は幽玄の理念を自らの製作過程の中で追うようになったことを理解したが、時事を直接的に扱うか否かはさて置いたとしても、すべては世界あっての詩なのである。しかし、彼ら歌人たちは、後鳥羽院という芸能に達者な権力者の号令と庇護のもとで、宮中に入って実情と関わることなく、「言語芸術の美の極致」である「新古今集」を、その教養の深さを駆使して作り上げていくのだ。
 

 万物には関連性を見出すことが可能であると信じている私にとって、むしろ不気味なほどに切り離されている歌集と実情こそが恣意的であり疑いようのない接点に写る。時代が下って室町の和歌には絢爛な文化を詠んだ歌が数多くあろう。うんざりするような醜聞ばかりの世を誰が詠みたがろうか。それよりも醜いものは無視して、イメイジの中で自分に気持ちいいものを創作していたほうが、よっぽど気持ちはいいのだ。そこに現実を意識した「無視」という関連性が生じるのである。
 

 いずれにせよ、平安時代にすでに良くも悪くも個人が完全に独立しているのである。故にか、この当時確かに後鳥羽院は自分の道楽に夢中で、民衆に救いの手を差し伸べていない。「新古今集」を作った業績は、後世に至っても価値があり評価されるものではあるが、時代を凝視すると、みな己以外に関心がないのだ。また、もちろん厳格な身分差はあるのだが、それでも定家が政府のことなど関係ないと言えてしまうほど、言論の自由もあるのである。
 

 ここで次の挿話がくる。平安時代の恋愛と言うのは「夜這いの文化」であったことはおおよそ周知の事実であろう。「新古今集」の寄人(よりうど)の一人、寂連の息子が、鎌倉から来ていた武士の奥さんと入魂(じっこん)の仲になった。京文化では咎めだてすることではないが、彼は夫である武士の逆鱗に触れ、女ともども切り殺されてしまうのだ。もっとも父の寂連は地位を落とされるでもなく、子が何かをやったからと言って責任をとらされることもない。平安晩期から鎌倉初期にかけて、すでに個人主義が成立していたということになる。逆に言えば、だからこそ誰にかまわず性交ができ、遠慮のない強盗もまかり通ると言う側面もあるだろう。
 

 堀田氏はその「言論の自由」と「個人主義」を、自らの戦時と照らし合わせながら賛美するのだが、それがもたらした、もしくは、それに取って代わったものはなにであったか。


 堀田氏はこの事件の象徴を「平安文化の終わり」と表現するが、つまり、平安朝の倫理が、鎌倉の倫理に移行したということらしい。それを淡々と語り己の価値観で尺度を測らないのがこの人のすごいところでもあるし、私も約1000年前の社会の成熟度を度外視して、そこにあった自由主義を糾弾するつもりもさらさらないが、民衆の救済に乗り出さず芸能にうつつを抜かしていた政府には責任があろうし、個人の独立は一見すばらしいイデオロギーに聞こえるが、やはり強い倫理観が台頭するのは歴史の必然か。
 

 要するにここで私が言いたいのは、現在の日本と平安末期はその点において非常に似か寄るのである。堀田氏はその経験からおそらく自由を非常に賛美するのであろうが、現在のわが国にはそれが悪しき状態で蔓延してしまっているという弊害があるのは否定するところではない。もちろん基本的な人間の尊厳は率先して保護されねばならぬが、歪んだ過度の自由主義など、歴史が許しはしまい。「他人に迷惑をかけなければ自分の勝手でしょ」と臆面もない台詞がまかり通り、常軌を逸した事件が頻発する今の日本において、次に控える厳格な倫理によって大きく見直される時代が到来する日も、そう遠くはなかろう。
 

 しかしながら、歴史を「一直線のものとして考えることはできない」という堀田氏のように、どちらの価値がより優れているかは、その時代によりまた大きく異なってくるものだが、ヨーロッパでも人権などという思想が生まれるのにまだ600年かかる前の日本で、すでに「言論の自由」と「個人主義」が存在していたと言うことは、素直に驚くべき事実なのである。
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2005-01-03 23:02:34

『<時間と人間>私抄・1』

テーマ:シリアス系
まあ、ひとつぶっちゃけときますと、
もうこのシリアス系とかいって、
ただのサボり以外のなにものでもねーですわ。

マミ姉のレスにも書いたけど、
本も日記も掛け持ちしまくりだ、このやろう。
お口、悪っ(´∀`*)
どうせコピペばっかだ、バカヤロー。
最低でつね、もう( ̄m ̄;)

肝心の「それでもモテたい日本人男性」のほうは
近日中に書き始めますんで、ご勘弁を(´д`;)

というわけで、今日はこれで勘弁してくださいm(__)m
エッセイ集『白地敷き燃ゆる愛しき日の国よ』より、
本日発表したばかりの新作、
『<時間と人間>私抄・1』です。



 堀田善衛(ほったよしえ;1918-1998)という作家がいる。戦時に思春期を過ごし、東京大空襲を経験し、中国で敗戦を迎えてからのち、世界日報社に就職して執筆活動を始め、33歳で第23回芥川賞を受賞。晩年は主にスペインに移り住み、77歳の時には和辻哲郎文化賞を受賞するなど、各国を旅しながら数多くのエッセイを残した。
 

先日友人から、NHK人間大学で放送されたテキストを単行本化した、没後の出版作『時代と人間』という堀田氏の著書を借り、これがなかなか良かったので紹介したい。タイトルにあるようにこの本は、時代と人間との相関関係を論じたものであるが、とくにここで堀田氏は平安時代晩期、及び、鎌倉時代初期の偉人、鴨長明、藤原定家、そしてヨーロッパ中世のモンティーニュ、近世の画廊ゴヤといった時代を超越した存在に焦点を当てながら、洋の東西を問わない視点で歴史の普遍性を見出す試みをしている。それは、20・21世紀を未だ乱世と位置づけることで、先人たちの生き抜く哲学を学ぼうと言うものでもある。
 

鴨長明といえば日本の中世期の作家で、吉田兼好の「徒然草」、清少納言の「枕草子」とならび日本の三大随筆に数えられる「方丈記」が代表作である。その「方丈記」の有名な冒頭は「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。」であり、無常観の文学と評されるが、堀田氏はそのような単純なものではないと言う。
 
この鴨長明と言う人、非常に「不思議」な人物であったようで、一般的に認知されている無常観と実際の生活とは、程遠いものであったようだ。平安晩期から鎌倉初期にかけて、日本は大火、地震、台風、飢饉、などの天変地異、そして源平の争乱など、凄惨たる出来事が相次いで起こる。これを鴨長明は克明に記録していくのだが、その表現と方法がすごい。大火には現在の消防用語でいう「合流火災」という現象を詳述し、堀田氏は東京大空襲のときに「方丈記」のその一節と重なったと回顧するほどだ。飢饉には京の死者数を数えて歩くのである。その数4万2千3百余りというのだから、その規模もさることながら、よくもまあ「すさまじい行為」を成したものだと、感心を通り越して驚きあきれてしまう。また、どこへでも出向いて何でも自分で見に行く人であったようで、平清盛が遷都した福原へ行ったり、源実朝にも会っているそうだ。ようするに、極めて徹底したリアリストであったのだ。
 

堀田氏は鴨長明を、今より1000年ほど前にあって、その記録者としての観察眼のすさまじさを評価するのであるが、鴨長明はよほどの器用貧乏な人であったようで、雅楽も和歌も歌もうまいが、時代の移り変わりに蔓延する政界の賄賂の世界に、とうとう出世を果たすことがない。「新古今和歌集」の編纂に参画するが、身分が低いので蚊帳の外にはずされてしまう。妻も子もなく、最後はすべてを投げ出して隠遁してしまうのだが、堀田氏はその庶民と貴族の中間、というよりもむしろ曖昧で浮遊のどちらにも帰属しきれない立場が、乱世にあってそのような時代を超越した捕らわれない洞察力を生んだのではないかと推測している。「鴨長明にとっては迷惑千万なことであったかもしれないが―」と言いながら。
 

「方丈」とは四畳半ほどの住居の寸法を表す言葉であるが、鴨長明は出家して日野山にこもってからは、そのサイズの小さな庵を建てて住むことになる。以前の家の十分の一になってしまったと自嘲気味に書き残しているのだが、この庵がまた奇妙なもので、材木の継ぎ目に掛け金を使い、いつでも解体、移動可能な組み立て式だったのだ。そして「ヤドカリ」のように牛車二台で、気の赴くままに家ごと引越しをしていたのだと言うから、京の人々は、その著名人を目の当たりにしたとき、いかような奇異を見る視線を投げかけたことか。
 

鴨長明とはそのような怪人であった。源家長という人はそのころの長明に会って「狂せる者」と表現しているが、しかし、怪人であっても狂っていたわけではないと思わせられる長明の言葉が晩年にある。
 

「はたまた、妄信のいたりて狂せるか。そのとき心更に答ふる事なし(心そのものになってしまったら、心が何も答えてくれない)」。只、かたはらに舌根をやとひて、不請(ふしゃう;頼まれたわけでもない)の阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ。」
 

つまりは、南無阿弥陀仏と二、三べん繰り返してみても、別にどうって言うことはないということである。これはカツ目すべき宣言なのだ。考えてみてほしい。この鴨長明の晩年と言うのは、時代で言えば鎌倉初期であり、国家宗教として貴族の特権であった仏教が、法然や親鸞をはじめとした宗教革命で身分に関係なく誰でも仏の加護が得られると、民衆に熱狂的に受けいられるようになった頃合だ。政府が己に都合の良い教義を死守せんと、信仰団体を異端と呼び弾圧するほど、とにかく神経を尖らせている時期である。場所が中世ヨーロッパなら一発で火あぶりだろうて。まして長明自身、このとき仏教徒である。しかし、現在から歴史を振り返ってみれば、長明はもはや超時代的存在だったということになるのか。
 

堀田氏は、長明はすべてを捨てることで「一人の孤独な、少し大仰なことばを使えば全人間というもの」になり、因って「猛烈な一種の実存宣言」が出てきたと考えている。誰に頼る事もなく、小さな庵に戻れば自分に帰り、己の身一つ、心一つである。それは想像以上に過酷な暮らしであろうが、最終的に長明は「夫(それ)、三界(さんがい;生死流転する欲界・色界・無色界)は只心一つなり。」という明鏡止水の心境にたどり着く。人間の世界は主観的なものに過ぎず、長明は乞食みたいな境遇に落ちていながら、心そのもの、そういうものになってしまったと言うのだ。
 

これなどを読むと、この書では触れていないが、私なぞはデカルトのあの有名な「我思う、故に我あり。」という思想を連想してしまう。「私の感覚はややもすれば私たちを欺くものであるから、有るものとして感覚が私たちに思わせるような、そのようなものは有るものではないのだ」という、すべての実存は虚偽であると仮定するところから始まる懐疑論の到達点であるが、そういった点ではデカルトもまた無常観の人であったといえるだろう。しかし、デカルトは17世紀の人物であり、鴨長明から600年もあとの哲学者である。かくも早い時代の日本に、そのような哲学者がいたことが感動的ではないか。
 

鴨長明はリアリストだと先に述べたが、ならば現実そのものがやはり、姿も本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないという、諸行無常に真理があるのではないかと思うのは、なにも私だけではあるまい。世を注視すればするほど、無常観にたどり着いてしまう気がしてならないのである。この書では、長明の無常観とリアリズムを結びつけることはしないが、デカルトはいざしらず、しかしその本質はやはり鴨長明に見られるような、リアルすなわち無常という表裏一体性であろう。長明の二面性に潜む関連を説明付けるにも、非常に無理がない。また、この思想こそが、その視点が欠落した状態で物質に価値観を見出してしまう現在の社会と人々に、私が強い危機感を感じる所以でもあるのだ。

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2005-01-02 00:30:12

FUCKIN' COUNT DOWN!!

テーマ:日記系
午後8時から、各国の留学生の連中と近くのホテルのレストランで
2004年最後の夕食会に行って、
10時半から日本人のダチの家で年越しソバを食い、
11時半、誘われたバーに移動してカウントダウンをする。

なんか、めっちゃ忙しいじゃん、俺(´д`;)
ま、人付き合いは大切にしねーとな。

バーには一緒に食事した連中が先に来ているはずだけれども、
年越しをするために、地元のやつらがゾクゾクと集まって、
ものすげー人だかりに(汗

あいつらどこだと、店内を押し分け進んでいると、
めっちゃかわいい子発見!!!!!
・・・って、俺が今まで会った女の中でも
飛びっきりキュートなあのアメリカ人の女の子じゃねーか!!!!

この子との出会いは半年ほど前。
このバーで意気投合して、
以来、週末になるたびに家に
泊り込みで入り浸ったり、デートしたり。
ところがいつしか俺も忙しくなって、連絡も途絶え、それっきり。

向こうも気づいて、飛びつくように抱きついてきた。
「キャー!!!! OH MY GOD!!!!!」

オー・マイ・ゴッドって・・・
やっぱ本場は言うことがちげーな。
かっかっかw

「会えなくてすごい寂しかったんだよー!!!!!」

「俺もだよ(^-^)」

「誕生日パーティーに誘いたくて電話もしたのにー!!!!」

「え、マジ?いつ?」

「11月6日!!」

「ずっと忙しかったからな。誕生日おめでとう(^-^)」

「会いたくてずっと探してたの!!!!」

「かっかっかwここに来るのももう3ヶ月ぶりだ。」

「ねえ!!踊ろう!!??」

「おう!!」

んなわけで、体を密着させて濃厚なダンス。
腰を振ったり擦り付けたり。
顔を股間にうずてもらったり。
おっぱいも気持ちいいもー(´∀`*)ハアハア♪


ところが、ここには今入り浸ってる
マレーシア人の女の子もきていて、
思いっきり遭遇してしまいましたわ(´д`;)エー

酒を持ってくると言って、そこをいったん離れて
マレーシア人の子と今度は一緒にいて
頭なでなでしてかわいがってあげるけれど
めっちゃ気まずっ!!!!
↑自業自得ww
こんなんじゃ乗れねーんで、
今晩はおとなしくすることにケテーイ!!

でもって、一緒にカウントダウンw
HAPPY NEW YEAR!!!!! WHOOOOOOOW!!!!

てか、この子、後数日でカリフォルニアに旅立って
もう、まず会うことはなくなってしまうから
いいっちゃいいんだけど、

遊びでも本気でも
女の子を傷つけるのは、俺の主義じゃねー。


それに短い残り時間を
一緒にいることに喜びをいっぱい感じてもらわないとな。
ぶっちゃけ女に幸せを配達するサービスと思ってますから。
見返りに俺も楽しめれば、それでよしww

閉店時間になって、さっさと外に出る。
マイナス25度!? さぶっ!!!!
そこへアメリカ人の女の子が出てきた。
俺を見つけるなり、
「ねえ、寒いから抱きしめて。。。?」

うーん。。。。
一緒に腰を下ろして、やっぱり肩を抱き寄せてしまう、俺。
それって、ダメダメじゃん!!(´д`;)

そして身を寄せて肩に頭を乗せながら
「ねえ、これから家にこない?」

「ごめん、今日は帰らなきゃ。」

「デートのときの写真、すごいきれいにできてるよ。」

「ああ、すげー見てーな(^-^)」

「また電話でもメールでもしてね?」

「おう!!」

そこでようやくみんな出てきて、
面倒なことになるのはマジ勘弁なので、
アメリカ人のその子にバイバイの抱擁をしようと思ったら、
マレーシアのその子に襟を引っ張られて引き剥がされた。。。
あらー・・・見てたのね。。。(汗

でも不思議とこの子、どんなときでもニコニコと
笑顔を絶やすことがない。
ま、心の中じゃ悲しい思いをしてるときもあるんだろうけど、
その明るさがやっぱすげー一緒にいていいよな。

「あたしのこと好きじゃないでしょー?」

「いや、好きだよ。」

「んーん。あたしはそう思わないな。
あの子とやりたいの?」

「んなことねーって。」

「いいわよ、あたし気にしないから。
ただ、そのときは正直に言ってね。」

と言われて、正直になるほど馬鹿じゃねーだろ。
正直になったらなったで、辛い思いするのは自分のくせによ。
世の中知らなくていいことも、山ほどあんだよ。
こんなときは見苦しく言い訳するより、
黙っておくべしw

てか、だいーぶ前にすでにご馳走済み
ってのが正直なとこでつが(´∀`*)ウフッ♪

「あたしがあなたのこと好きだから、それでいいの。
ねえ、今晩部屋にくる?」

「おう。」

「セックスして?」

「ああ、いいよ。」

っつーわけで、姫はじめバッチリ終了ww
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2005-01-01 19:53:22

謹賀新年~2005年スローガン

テーマ:シリアス系
みなさま、あけましておめでとうございます。

実は厳密に言うと、これを書いている時点で
アメリカはまだ大晦日、夕方なのですが、
日本は一足先に正月を迎えたと言うことで、
年明けはどのように迎えましたか?
恒例紅白か、格闘番組に血を滾(たぎ)らせたか、
レコ大のミスチルに感動したか、
テレビ番組を見ずとも大切な人(たち)とのカウントダウンか、
はたまたもう寝ていたり、一人寂しい思いをしていたり。

さて、こちらは2004年も残り6時間となりました。
年賀状というわけにはいきませんが、お世話になった方、親しい友人へ、
e-メールもしくはe-カードで新年の挨拶を送っています。
僕はこれからビルマのアレン・ウォンらとひさしぶりの外食と一杯やったあと、
チャリンコ宅へ移り、ここに残っている日本人たちと
年越しソバをいただきながらカウントダウンです。
食べ過ぎに注意して行ってきます。

僕は毎年ごとに四文字熟語のスローガンを立てているのですが、
昨晩いろいろと調べてみまして、いち早く決定しました。
2005年のスローガン、それは・・・

『徹底抗戦』です。

中島みゆきの「ファイト!」ではありませんが、
自分にとって最大の敵は己自身です。
特に甘えの心がもっとも手ごわいやつです。
2004年は『大胆不敵』のもと、
何にも捕らわれない心で、
思い立つことをすぐさま行動に移すことを目標にしてきましたが、
まだ僕の中には甘い心の残党が、
弱る隙をうかがって支配しようと潜んでいるようです。
それに屈し、貴重な時間を無駄にすることも多々ありました。

新年はこれを完全排除することが最優先事項です。
すべての行動には理由がなくてはなりません。
たとえば休憩するにしても、ただだらけるだけでは意味がありません。
だらけるにしても、意義のあるだらけ方と言うものがあると思います。
そういう上手な時間の使い方を目指します。
しかし、それは強い意志の元でしか成り立たないものです。
それを一年を通して維持することで、
弱い心に付け入る隙を与えないようにしたいのです。

甘ちゃん精神の残党の一掃。
そのための自分との「徹底抗戦」。
これが2005年のスローガンです。
これを成し遂げ、自分の中の氾濫分子を統一したら
来年以降、いよいよ具体的な階段を駆け上がって行く予定です。
今年はそのための礎であり、最後の体力づくりの年なのです。
物には順序があり、そういう明確な位置づけをしています。
それは戦国の武将たちの成功プロセスとよく似ています。

若いうちにしっかりとした土台を作ることに専念する時間を持つことが、
将来成功するために、非常に有意義で欠かせないことだと信じています。
面白みに欠け、苦しいことも反面あるでしょうが、
苦労を買ってでもすることが、未来の道筋に繁栄されてくるのではないでしょうか。
イチローは言いました。
「小さなこと、細かいことの積み重ねですから。
それなしには何もあり得ないと言うことですよね・・・」

ですから、今年はひたすら辛抱の年でもあります。
『臥薪嘗胆』でもいいのですが、そのネガティブな受身の姿勢より
『徹底抗戦』、このチャレンジャーとしての攻撃的な響きに惚れます。
稀代の負けず嫌いとして、リングに賭けるチップはプライドです。
将来の成功のためにも、この勝負だけは絶対に落とすわけにはいきません。
がんばります。


それでは改めまして
みなさん、今年もよろしくお願いします。
そして、よき一年になるよう、心からお祈りします。

合掌。
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2004-12-31 19:50:24

1年総括と新年への抱負

テーマ:シリアス系
年の瀬ですね。
いよいよ今年も残すところ明日のみです。
皆さんにとって今年はどんな1年だったでしょうか?
今学期の成績が出揃いました。
同じキャンパスの皆さん、もうチェックしましたか?
僕はおおよそ予定通りの結果でした。

今年の1年というのは、僕にとっていろいろありました。
だからこそ過ぎ去ってしまうことに寂しさを感じるものです。
いろいろとあったからこそ、
2004年は忘れられないものとなりそうです。

新年、何度も折に触れて書いたとおり、
24年最悪の運勢で、試練を覚悟した一方、
僕の心はウキウキでした。
自分の命をルーレットのテーブルに出すような
刺激がなければ生きられない男です。
だからこそ、その中で結果を出すことが今年の目標でした。

精力的な執筆を本格化し、
フィースト・オブ・ネイションを経て、
カナダのウィニペグを皮切りに、
ダルースやカリフォルニアに旅をして、
美しい景観を愉しみ、土地の人の生活を感じ、異文化を吸収する体験です。

一方で、夏には最愛の人との別れが待ち受けていました。
反動で一人、酒を飲み、暴食し、日柄寝て過ごし続けた7月。
経済的、現状的な問題に立ちはだかれ、
うまく進まないまま断念した、転学への想い。
パソコンが壊れ、発注ができなかったのも、
高効率で高質な勉強をするのには、大きな支障でした。

秋が始まり、僕は再び始動します。
授業を20単位とり、バイトを週18時間(MAXは20時間)もらい、
スポーツ・ディレクターに着任し、
時にスケジュールを切り詰めてでも人付き合いを最優先することを心がけました。
そして、1週間とはいえ、追い込みの過酷だった減量。

僕のこれまでの成績は決していいものではない。
それはその持ちうるすべての情熱を、時間を、エネルギーを
ひとつの恋のために注いできたからだと思いたいけれども、
ただの言い訳に過ぎないかは、すべてその後の自分の行動と結果次第であると
ずっと思っていました。

一人になっても同じような成績しか残せないようならば、
恋愛をしていてもしていなくても、所詮自分の能力はその程度だったということです。
自らが自らの大切なものの価値を貶めるようなことをすることだけは、
どうしても我慢なりませんでした。
たとえその瞬間とても苦しくても、この3年間、もっと辛かったことはいくらでもあった。
それに比べれば、別れた後の自分による、自分の、自分のための苦しみなど、
物の数にも入りはしない。
それが自分の心の中の合言葉です。
大きく変わることが、何も変わっていないことだと信じています。

成績は、満足は決してしませんが、
納得できるものではありました。
来年は、それをさらに昇華させます。
自分の中に巣食う甘い心を排除し、無駄な時間をそぎ落とす作業は、
一定の段階を追いながら進行中ですが、
それをある程度自分の脳内でイメイジする形に完成することを第一目標とします。
工期は夏までを予定しています。
それからはそれを通常状態に染み付かせる作業がありますから。
孫悟空と悟飯が、セルゲームに望む前に、
精神と時の部屋で修行したあれと、原理は一緒です。

具体的には、学期あたりの単位数の増加、バイト時間の増加、
留学生の委員会での責任ある地位への就任、
成績はすべてA、企画ごとや集まりへの積極参加、
執筆活動の迅速化、などなどを予定しています。

ただ、努力の引き換えに心の余裕のない人間にはなりたくないものです。
必死にならなければできませんが、
必死さを見せるのは極力自分の部屋にこもっているときだけにしたいですね。
仁義や尊厳を守るためならどんな小さなことにでも反応して怒りますが、
大概のことは寛容な精神で受け入れればいいと思う次第です。

ここで僕は特別な存在ではなく、日々隠れてすごい努力をする
僕も一目を置く男たちがいます。
ともにいい刺激でいて切磋琢磨していたいものです。

今年の点数は70点です。
ここで一句。
頂(いただき)は 峻険(しゅんけん)の道 ほど遠し
されど見果てむ 富士の夢かな

みなさん、1年間おつかれさまでした。
そして、お世話になりました。
来年もよろしくおねがいいたします。
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2004-12-30 17:12:13

おやすみの・・・合体?

テーマ:日記系
おまえこのブログって本の下書きメインで、
日記はおまけじゃなかったのかよ。
と内心思い、一人突っ込みをしながら、
それでもやっぱり今日も日記系でいってしまえ、コノヤローww

昨日はある試みをしてみたんだ。
なーんていうとシリアスだよなー(笑
なあ、突っ込んだまま寝たことってある?
合体した状態で、さあ寝るか、とww

ベッドに横になって後ろからで。
でもなー、ダメでした(爆
いや、めっちゃ寝ようとがんばったんだけど、
微妙に相手の中が動いたらこっちの腰もリズムきざんじまうっつーの!!
結局、最後までしっかり済ませてしまった、俺(´∀`*)テヘッ♪

そしてふと正気に戻って、思う。
てか、なんでこんな意味のねーことやってんの???と。。ww
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2004-12-29 00:00:13

ミス

テーマ:日記系
「ねー、あたし最近ちょーいっぱい電話してたんだよー」

「ああ、そうなん?」

「それなのにぜんぜん出てくれないしー」

「なんか用だったのかよ?」

「えー、部屋に泊めてもらおうと思ってさー。」

「ああ、いつでもいいけど、俺ずっと部屋にいねーから」

「どこ行ってたのー?」

「どっかそこらへん」

という会話をした子は明日の朝早くニューヨークへ。
なんだよ、もっと早めに話しとけよ、と思いつつ、
おしいチャンスを逃し、一度やっておけばよかったと、
失敗したなーって感じの俺。
ちっ、もったいねー。。。www
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2004-12-28 22:19:33

やらせないが勝ち

テーマ:日記系
なあ、相方が夜中酔って帰ってきて、
しきりに今夜やりたいっていうとするじゃん。
でも今日のあなたはそんな気分じゃない。

するとそいつは「今すぐ帰って」と言う。
「一緒にいたらきっとレイプしちゃう」っていうのがその理由らしい。
相方は怒ってるわけじゃないんだが、そんなときどうする?

1かわいそうなので我慢して相手をする

2言われたとおりすぐ帰る

3やりもしないが、帰りもしない。

別に心理テストでもなんでもねーよ。
昨晩そんなことがあってよ、「レイプって。。。(汗」
と思ったんだけど、俺なりに考えてみた。

1-同情でエッチするもんじゃねーだろ、と。
  やっぱお互い気分が盛り上がってねーのにしてもおもしろくねー。
  よしんばできても、相手だって敏感にこっちのノリを感じて、
  やっぱ冷めてしまうもんじゃねーの?
  だいたい俺は女に積極的に迫られると引いちまうから、やっぱ無理。

2-これができるやつって、相当鬼かよっぽどモテるやつに違いない!
  チラっと脳裏をよぎったけれども、やっぱ俺にはできねーわ。
  たとえそれが遊びであっても、女を傷つけるのは俺の主義じゃねー。

それで3がくるんだよ。
やらなきゃやらないで凹むんだろうけど、
そこは寝付くまで頭なでて額にキスしながら
寄り添ってあげることでカバー。

一時的に相手は不満かもしれねーけど、
朝になって目が覚めれば、
酔って暴走してくれた自分を見放さず
やさしくなだめ介護してくれた、ってな感じにならない!?

ま、実際んとこ、こっちの目論見どおり( ̄+ー ̄)
だいたいすんなり望まれたままやるより、
こういうときに我慢を覚えさせたほうが、
相手は深みにはまっちまうのが、人間ってもんだよな(´∀`*)かっかっかw

幸せは結局相対論。
当たり前で倦怠せず、小さなことに満足感を覚えさせるよう、
教育をすることもまた大事( ̄m ̄;)ブブッw
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2004-12-27 14:36:09

女の好み

テーマ:日記系
俺の家ってよ、めちゃくちゃ厳しくて
ドラマとかってぜんぜん見たことなかったんだよ。
「3年B組 金八先生」くらいですわ、まじで。

だいたいずっとスイマーで毎日練習があって
帰ってくるのは9時過ぎで、風呂とかご飯とか済ましたら、
カクーっと気持ちよく寝てたからな。
時間そのものがなかったっちゃーなかったけれども。

現役引退して高校卒業したら飲みに出たりバイトしたり、
やっぱりなんだかんだ時間ないまま
テレビとは縁があんまりなかったなーって、ふとな。
それが今入り浸ってる部屋の子はマレーシア人なんだけど、
中国語字幕つきの日本のドラマのDVDをいっぱいもってて
ようやく時間ができたこの隙に片っ端から見てんだよ。

そして気づいた。
「アンティーク」ってドラマに出てたんだけどよ、
なんかひさしぶりにっつーか、あらためてマジマジと見たら
細川直美めっちゃ美人じゃん!!
てか、そうとう好みかも(´∀`*)ポッ♪


いや、30のババーじゃんとか言うなよ。
むしろ30であんだけきれいなら、ふつーにすげーよ。
俺べつに年上好きとかじゃねーけどよ。
プラマイ5才以内ならOKだもーw
ちなみに細川直美6コ上だけど、それくらいの融通はいくらでも利かせますww

いやー、でもいーもんだな、大人の女も(かっかっかw
清楚で品があって細い線の中に強い芯のあるような。
新宿のサバティーニローマでグラス傾けたくなるような(意味不w
行ったことねーけど、あそこは(ボソッ
ぎゃっはっはw

でも実際、酒も料理も雰囲気も味がわかんねーお子ちゃまは
そういうレストランには行きたくねーもんなー。
いいっすよ、大人の付き合いはw

でもよー、デビュー当時の写真を見て俺はへこんだぜ。。。
なんだよ、ありゃ!!もうぜ~んぜん、ダメ!!
今のままのルックスで5年時間を巻き戻してこいよ!!
( ̄m ̄*)ウププッw

psどっかに細川直美落ちてたら連絡ください。
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2004-12-26 07:58:46

もくじ(ブレイン・ストーム)

テーマ:モテたい系
1.初級編~まずは己を知るべし     

  ・最大の課題はやはり英語     

    -英語ができないコンプレックス     
    -その話し方と笑顔が気持ち悪い    
    -ごまかしのテクニック    
    -ごまかさず落とすテクニック   

  ・セルフ・インプルーブメント     

    -鏡を見ろ    
    -自己満足の服装はダサい    
    -高いものには意味がある    
    -特技を身に着けろ

2.対外人用テクニック   

  ・モテるモテないの違い       

    -アジア人男性vs日本人男性    
    -出る杭のススメ    
    -言い訳せずに表へ出ろ    
    -馴れ合い禁止令    

  ・日本人であることを忘れるべからず     

    -日本人であることのメリットは?      
      -大和魂活用法      
      -童顔活用法    

    -日本人であることのデメリットは?      
   
      -口説き文句は挨拶代わり      
      -下心の見えやすい顔      
      -ボディー・ランゲイジ      
      -貧弱君たちへ    

3.実用編   
 
  ・リンゴの皮をナイフでむけますか?  
  ・草で作るエンゲージ・リング  
  ・ポケットに忍ぶリップクリーム  
  ・肩を露にした地中海人  


などなど、以上追加・削除、順不同の可能性大いにあり。
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