オーネット・コールマンと阿部薫の自覚
テーマ:ブログ対談『バンド入門』の続き
適菜 ガキの頃は乱聴時代で、一日中音楽漬けだったけど、歳をとるとあまり聴かなくなりますね。聴くものを選ぶようになる。というより、歳をとると短気になるから、くだらないものを聴くと腹が立つ。
山田 だから、どうしても聴くものが減っていく。
適菜 10代の頃はCDを買いまくって、それなりに衝撃を受けたりしていた。毎日、渋谷のレコード屋を三軒、四軒くらい回ってね。当時はデタラメに聴いていたからよくわからなかったけど、特にフリージャズという分野に関しては、大人になると少しは本物と紛い物の区別がつくようになる。
山田 そうだね。
適菜 バンド活動を始めて「新しい音楽をつくっていこう」というときに、もっとも参考になるのは、フリージャズかもしれないな。ここで、フリージャズの功罪を語っておいたほうがいいよ。
山田 フリージャズのくだらない部分をきちんと批判している人はほとんどいない。むしろ、日本のジャズ批評家は手放しでほめているでしょう。もちろん、今聴いてもいいものはあるんだけどさ。
適菜 一般的には、オーネット・コールマンの登場によりフリージャズが始まったということになるのかな。個人的には、フリージャズとオーネットの音楽はまったく別だと思いますが。
山田 オーネットのハーモロディクス理論は、西洋12音階のドミナントモーションの中で作られたものに対するアンチテーゼなんだよね。そういう意味では、自由な音楽=フリージャズというより、理論体系を構築しようとした人です。
適菜 それとリズムの理論ですね。あれは体系化されたものではないけど、肉体的に息子のデナード・コールマンに叩き込んだわけでしょう。たしかに、ジャズのスタンダードは、ドミナントモーションでできている曲ばかり。
山田 逆にいえば、それ以外の曲はスタンダードにならなかった。昔の映画音楽やポピュラー音楽を題材として、即興演奏をして切磋琢磨するのがモダンジャズだとしたら、オーネットはその範疇を広げていったんでしょうね。
適菜 そういう意味では、オーネット・コールマンは偉大です。フリージャズというカテゴリーに収まる人ではありませんね。
山田 最初にオーネットを聴いても、外国語を聴いているようでピンとこないんじゃないですか?
適菜 でも、フリージャズは迷走していきますからね。そこから見ると、オーネットは意外とわかりやすい。目的意識が明確です。
山田 あれは尊い音楽です。デレク・ベイリーはさらにその先まで解体したわけだけど。
適菜 巻上公一がデレク・ベイリーについて書いていましたね。78年ごろ、デレク・ベイリーが日本に来て、阿部薫や近藤等則らと共演したんです。それを見に行った巻上公一は、「日本のミュージシャンはただ指癖と情念だけで演奏していた」と。そこには、つまらない破壊の幻想があった。でも、デレク・ベイリーだけは、ハーモニクスやヴォリュームペダルを駆使して、新しい音をつくっていたと。要するに、指癖と情念だけでは自由になれないということです。
山田 日本的な物語をフリージャズにのせてしまう。つまらないドラマを見せられたような気分になる。
適菜 デレク・ベイリーは、もともとコマーシャルの音楽をつくっていた人でしょう。ポピュラー音楽を知り尽くしているから、逆に通俗化されたフレーズから逃れることができた。デレク・ベイリーは残ると思うけど、日本のフリージャズってほとんど残らないと思う。阿部薫も含めてね。
山田 当時彼はまだ20代でしょう。それで29歳で死ぬわけです。やんちゃな盛りでしょう。ハッタリも多分にあったのかなと。そんなこと言うと、辛口のジャズ批評家におこられると思うけど。デレク・ベイリーのインタビューを読んでいると、生み出すべき音楽について相当自覚的だったと思う。でも、阿部薫にその自覚があったのかどうかはわからない。
適菜 阿部薫も若くして死んだから伝説になった部分がある。
山田 「ソロ・ライヴ・アット・騒」のシリーズがあるじゃないですか。
適菜 ディスク・ユニオンが出した10枚組。
山田 あれを年代別に聴いていくと、初期は結構刺激的なんですよ。デタラメ放題で。でも、晩年は日和ったと思うんです。
適菜 童謡を吹き始めたり。
山田 ポップになろうと思ったのかどうかは知らないけど、煮詰まったのかなと。













1 ■音楽
あたしは今高校生です‼
昨日はCDを二枚買いました(o^^o)
聞きたい音楽があることに感謝です(^^)
今私を動かすこの瞬間をメロディーに変換していきたいですね♡