みなさんは「ガラパゴス」と聞いて何を想像されますか?
めずらしい動物の楽園?生命進化の脅威?南海の秘境?

ワーカホリックの日本人テディが会社を辞め
ひょんなことから2ヶ月間そのガラパゴスで過ごすことに。
動物の楽園と揶揄されるガラパゴス。
しかし、日本の動物番組に慣れた筆者テディにとって
ガラパゴスのもっとも興味深い動物は人間でした・・・。
そのおかしな滞在記を記します。

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2006-12-07 10:27:35

ザ・ミリオネラ美容

テーマ:往復路
~ テディからのお知らせ ~
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~~~~~~~ 以下本文です ~~~~~~~



例えば世界を征服したいと言う存在があったとする。
もし僕がその存在だっとしたら
大衆には考えることをさせないだろう。
そして僕らが望むモノを買わせ
消費させてお金をすくい上げる。

1000万円を一人の人から借りるのは難しいが
1円を1000万人から集めれば良い。
少ない金額を多くから集める。
そう考えるとお金儲けは結構簡単だ。
そのシステムを創れば良いのだから。

ローマ帝国は娯楽で大衆の意識を政治からそらし
戦後のアメリカは3S(Sports,Screen,Sex)政策で
日本を弱体化させた。
質の低いテレビやスポーツの蔓延、そして風俗の氾濫。
今の日本を眺めると良く解る。
剣闘士を観て姦通し喜ぶローマの人々と
K-1を観てお金の為に体の売買をする日本の人々に
千数百年以上経つ時の開きを感じられない。
我々は中世で何を学んだのだろう?

子供の頃好きだった童話を思い出して欲しい。
白雪姫や人魚姫、色々あるが
オレは鶴の恩返しが好きだった。切なくて。
今は亡きオヤジ作の名作「子象のポンちゃん」も良かった。
子供の脳内でイメージを膨らませ
近所の森などたかだか知っている小さな環境に
その童話を当てはめて浸っていた訳だ。
そう、好きな童話は子供の数だけあったように思える。
しかし、もう10年以上前の事だろうかニューズウィークで
子供達の想像する童話のトップを読んで
衝撃を受けたのを覚えている。

それは横にスクロールする「スーパーマリオ・ブラザーズ」が
欧米の50%以上の子供、確かうろ覚えだが80%とかが
大好きな「童話」としてあげていたのだ。

1つのモチーフを10人でデッサンすれば上出来、不出来含め
10枚の異なった絵が出来て当たり前。
それが個性というものだ。
貧富、醜美問わず人と違うというのが当たり前で
それが与えられた魂の重さであり
逆に思えば人にはマネの出来ない特権でもある。

東京に戻ってきて電車に乗っていると広告が目に付いた。
とある女性誌の車内吊り広告は「ザ・ミリオネラ美容」。

内容は読まずもがな。
それ以外に、車内には本当に必要なのか
頭をかしげてしまう商品の購買意欲を煽るキャッチの数々。

これを持っていれば安心、
これを持っていれば他人と差が付く
お金があれば安心
お金を持っていれば他人より偉い
見方によっては確かに間違えでは無いが
そんな歪んだ人生観を植え付けられて
一生を見えない支配者の懐を潤す為に使う人生を
精神的な奴隷と言わずして何と言おう。

誰かより秀でていなければと言う不安
競うべきそれは人と動物を隔て、人を人として形作る
他人への思いやり、優しさそして暖かみであるはずのものが
拝金や美容といういかにも動物的な欲望に置換されている。

あの島では主張をする必要性が無かった。
必ず誰かの目にとまるから。
ここ東京のような大都会では主張をしなければ
人混みの渦の中に埋もれてしまうのが不安なのだろうか。
見えない支配者は良く人の心理を読んでいる。

整形無しのぱっちりお目々、長い足、小さい顔に可愛いアゴ、
所謂日本で言われる美人以上の美人が中南米にはゴマンといる。
彼らはそれが普通なのだ。

我々黒人は鼻が横に広がり唇が厚いことを誇りに思おう!
と言ったのはマーチン・ルーサー・キングだったか。
一重のまぶたにつり上がった目
短い手足脚を称える文化は潰えてしまった。

コーカソイドの体が一番美しく
肉のない少年の様な体が美しいと言う
操作され押しつけられた美意識。

美容業界はコンプレックスを突き、煽り
その人が持つ「本当の自尊心」を握りつぶす。
通信業界は一人であると不安を煽らせ
通話をするように強要する。

そしてグローバルスタンダードと言う名の元に行われる
げに恐ろしきかな価値観の統一。
崇拝する対照が将軍様からお金に変わっただけの国。
日本は裕福な北朝鮮と言ったのは誰だっただろうか。

社会的地位や財産の内側にその男の個性や人間性があり
ファッションや化粧の内側にその女の個性や人間性がある。

拝金というドグマが蔓延したこの国が良しと推奨するのは
そう、個性の否定である。



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2006-11-27 21:59:25

只今帰還しました

テーマ:往復路
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結構生ぬるいっすなあ、東京は。
リムジンバスの中、ヒーター入っているし。
友人達が寒いって脅すから
ビクビクしていたんだがね。
短パンで帰国、大正解。

成田からのバスの中、成田近郊に並び立つラブホテルや
コンビニの看板、バリバリマシーンと背中に書いてある走り屋
湿った灰色の空、そんなのを眺めていると
ああ、日本に戻ってきたという実感が。

しかしながら、何を観てもダメ。
今の心境を語るとすると大人の恋愛だろうか。
理由があってしっかりと離れたのに他のモノが目に映らない。
残っているのは少しの達成感と大きな虚無感。
そんな感じかなあ。
お台場の観覧車に及んでは虚無すぎて笑うことすら出来ない。
あの島は美しかった。
単に疲労だろうかね?

キトからグアラキル経由でアトランタ、そして成田。
キト~アトランタ間8時間、トランジットだけだけど
米国の入国審査に1時間、それから2時間待って
アトランタ~成田間14時間の予定が
成田上空の混雑で1時間上空を旋回、計15時間。
都合26時間の長旅だった訳で。

キトには合計3日弱いたが
強烈な高山病でのたうち回っておりました。
木曜日にガラパゴスを発ち飛行機に乗るまで
口にした食事は1食だけ。

詳細は書かないけどデルタには辟易。
やっぱ、細やかな気配りがある日本の航空会社が好きだな。
真っ赤な制服で銀座の女みたいな髪型した
浅黒いバービー・スッチーの横柄な態度もダメダメよ。
コンパートメント閉める時もデカイ音立てるし。
静かに閉めれっちゅーの。サービスも横柄。
ああ、日本の女はええのう。

それとも何かね、日本の男性諸氏が
母性あふれるスッチーに憧れるように
ああいう粗野な美人にズキュンと来るのかね。欧米人は。

丸一日、養鶏場の様に機内食食わされたので
機内食のあのニオイにもげんなり。
ここ5年、しばらくは嗅ぎたくないな。

そんな帰国後の厄払いはマンマが作ってくれた夕ご飯。
シャケの塩焼きときゅうりの酢の物は
涙が流れるほど、とても美味しゅうございました。



2006-11-26 04:30:46

この2ヶ月

テーマ:ガラパゴスでの雑感
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僕がほぼ毎日、仕事を終えた夕食後
座っていた港の公園にあるベンチ。
娯楽の少ない島でここから様々な人を見るのが楽しみの1つだった。



~~~~~~~ 以下本文です ~~~~~~~



毎朝、5時に自然と目が覚め
毎朝、自転車に乗って
毎朝、広い空を眺め
毎朝、コーヒーを煎れ
毎昼、絵ヅラは悪いが添加物の無い昼食を楽しみ
毎昼、水平線を眺め
毎昼、海の青さに喜び
毎夕、雲と夕日を眺めながら
毎夕、デッキで涼しい潮風を受け
毎夕、そのデッキで波の音を楽しみ
毎晩、涼しい風の通る壁のないレストランで夕食をし
毎晩、宿に戻って犬たちと遊び
毎晩、10時には眠くなり
毎晩、窓を開けっ放しで寝る。

そして
時々、窓から入ってくる小鳥に和み
時々、港で泳ぐアシカを観て喜び
時々、強い日差しを楽しみ
時々、三日月なのに丸に見える月に驚き
時々、天の川に浸り
時々、広い真っ白なビーチで何も考えず
時々、地元の皆でシュラスコを食べに屋台に

書き出すと、とてつも無く贅沢な事に思える。
だけど事実、日々がこれの繰り返しで
その間に仕事や頭を抱える解決手段の無い問題が
入ってくるだけの2ヶ月だった。

皆は出発前に、2ヶ月なんてあっという間だよと言っていたし
読み返すに出発前の小生のヘタレ日記では
初めての海外暮らしに戸惑いも見受けられたが
考えてみればあの会社での15年に及ぶ苦役生活の
長めの夏休みみたいなモンで
仕事が苦になった事は一度たりとも無かった。
理解の深い上司、楽しい仲間に恵まれた
文字通りあっという間の2ヶ月だった。

そう、会社勤めのこの15年間の中で
最初に綴った事の1つでも出来た日があっただろうか?
答えは明確な否であるし、blogって便利だね。
1年前の日記を読み返すと自分が如何に消耗しきり
全ての事が上手く行っていなかったが良く解る。

一人ソロになって頑張っている友人たちは
早く会社を辞めるように僕に勧めてくれていた。
そして、思うに彼らは正しかった。
神様は彼らを通して柔らかに僕に語りかけてくれていたのだ。

今回の退職からこの仕事を終える過程で味わったのは
動き出さなくては何も変わらないと言うこと。
動き出せば何かが変わると言うこと。

今回は小生の人生はとても良い方向に変わってくれた。
ありがとう、みんな。

キトより。
今夜東京に向けて発ちます。
酷い高山病のテディより。


2006-11-24 17:48:53

夜のキト

テーマ:往復路
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~~~~~~~ 以下本文です ~~~~~~~



キト。
エクアドルの首都、キトは2800mの高地だ。
肥満児は酸素を必要とするのだろうかね
高山病で寝ていても頭痛や吐き気がする。

そんな中、こっちで出来た友人二人に
夜のキト、それも旧市街へドライブに連れて行ってもらった。
決して治安は良くないので心配だったのだが
頭痛や吐き気でどうにでもなれと
しとしと降る小雨の中出かけて写真を撮ってきました。
コロニアル風情が残っていて良かったよ。

































上の写真を撮った所では恋人達が車で集まり
おイタをする場所だそうだ。



さようならエクアドル、そしてガラパゴス。
ちょっとおセンチになったテディちゃんより。



2006-11-23 09:10:06

人の住まう場所

テーマ:ガラパゴスでの雑感
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~~~~~~~ 以下本文です ~~~~~~~



ネタだらけの島、ガラパゴス諸島の
サンタクルス島を後にするのはとても忍びないのだが
小生の契約は今日で終わり~。

明日、キトに移り2日高山病に耐える苦役を終えれば機上の人。
太平洋の暑い島からアトランタ経由で木枯らし吹く東京へ。

これで僕のガラパゴス旅行記は終えるわけだが
最後に僕の内側のお話をしましょう。

夢の話ね。
実は4~5年ほど前から定期的に見る夢があった。
みすぼらしく貧相な住宅の夢。
やはりみすぼらしい小さな港。
坂のある町の夢。
坂の上にあるガソリンスタンドの夢。
坂の上にある森の夢。

5年前に仕事で通っていたパラオかと思ったが何かが違う。
何の夢だか解らずに日々を過ごし
「ああ、また同じ夢見たな。何だろ」
という感想だったのを覚えている。

どれも別々な夜に見た夢だが定期的に見るようになった。
共通しているのは自分の知らない環境だったと言うこと。
坂、見慣れない樹種の森、水、海、岩場などなど。
別々な日に見た別々の夢だけど何故か印象に残っていた。
何故か同じ場所じゃないかと言う直感も。

で、3年ほど前にシャーマン系の友人から
「最近、家の夢みる?」と聞かれびっくりして
「ああ、見るよ。」と驚きながら小生。
「どんな家?」友人は聞く。
「なんかボロボロの貧相な家なんだよね」

そこで友人が黙り込み何か必死に言い訳を考えている様子。
「ちょ、な、何よ?」と聞くと
「アナタが将来住む家の夢なの」と言い出す。
彼女は安心させようとしたのか
「前世の記憶が出てきているのかもね」と
その時は締めくくられた。

一生借家で良いと家には執着が無いので
そんなことはすっかり忘れ月日は流れ
現在に至れりはべりいまそかり。

こっちに来て数週間後、寝る前ぼんやりとしていたら
定期的に自分の見ていた夢を突然思い出した。
何だ!ここガラパゴスのサンタクルスじゃん!

で、色々と散歩したらあるんだこれが。面白い位。

あ、この階段出てきたねえ。
で、登ると左側に道より低い家があるんだよね。とか、
この質素な家の裏庭と木。とか、
この坂は良く出てきたなあ。とか、
この坂の上の左側にあるガソリンスタンド見た!とか
港はここだったのか!とか
幅の狭いビーチと岩場はここか!とか

どれもこれも全ての夢は露光不足の写真の様だったけど
それぞれの夢の印象は何故か深く残っていた。
4-5年前と言えば、初めて会社を辞めようと思った時期。
それから色々と悩み今日の日記に至る訳です。

そのシャーマン系の友人にメールで報告したら
オカルト以前に追いつめられると人は
面白い能力を発揮するんだねと言っていた。

同じく友人である元シャーマン・ママも
人はその土地に招かれていると言っていたけど
そうなんだろうなあ。

Google Earthで見てみると町の外れに
真っ直ぐに区画整理された箇所がある。



ここに行ってみたかったので先日、散歩で出掛けた。
てくてく歩いて行くと強い日差しの中
舗装されていない赤土の上を
恐らく教会の帰りだろう白いドレスがまぶしい姉妹とすれちがう。


そして、文字通り町の外れに行って撮った写真をみて欲しい。
豪華とは言えない住宅街のひとつ。


そこを歩いていると舗装されていない
道ばたに1つのサッカーボールが。


それを撮っていると「チーノ!チーノ!(やーい、中国人!)」
と言う中南米でアジア系を侮蔑する言葉を浴びせるガキども。
「オーラ!ノー!ハポン!」と笑いながら彼らに近寄る。
家と家の間でママーと一緒にお土産の民芸品作りを手伝う
クソガキどもはどいつもいい顔している。




今写真観てて気づいたんだが
コンクリートブロックを積み上げただけの家の壁に
青のスプレーで描かれた見事な尻と
ひねり出される物体のコンテンポラリー・アートが
クソガキ共の奔放さを表しているじゃないか!
これ、こっぴどく親に怒られたんだろうね(笑)。
貧しくても皆一緒に、そして幸せに暮らしている。
クリスマスシーズンが始まった今
小さくてつつましい家のドアにはきれいなオーナメントが。


夜になるとこのカラフルなファザードの小さな家には
サイズは小さいものの六本木ヒルズのけやき坂なんか
かすんで見える位の明かりが灯るのだろうな。
幸せとか豊かな生活とかデザインって何だろうね?
そう思ってしまうよ。

モダンな大きな家でスノッブな生活にも憧れるが
貧しいながらもつつましく生きて行く方が
その人の人生の中で愛を身近に感じ
その総量は人を保管する容器である家から
あふれ出するのでは無いだろうか。

この家のイヴに高価なプレゼントは無い。
月収3-500ドルの父ちゃんの稼ぎ考えるに
せいぜい数ドルのオモチャが関の山だろう。
だけど皆でテレビを観るんだ。
特等席はパパーの膝の上。

オレがクソガキだった頃もそうだったと思いを馳せる。
もう一度オヤジの膝の上でテレビを観てみたいな。
視界の左にキリンの瓶ビール
右にはコップがあって時々注ぐ瓶で視界が遮られる。
テレビが見えないと抗議すると
笑いながら「ゴメンゴメン」と言うオヤジ。
面白い事に東京到着翌日はオヤジの祥月命日だ。
ありがとうと報告に行こう。
彼とマンマが居なければ今の僕は居ない。

で、色々とこの島の人のいい加減さを書いたが
書き尽くせていない事もあるし書き残した事もある。
この島はそれ以外も色々と気づかせてくれた事がある。
その中の一番の収穫で、帰国後直ぐに会える
僕の友人は同じ思いを出来るかも知れないよ。

それは僕が土産の1つとして是非東京まで持ち帰りたいもので
何でもあるはずの今の東京には無いものでもある。
人は皆所有しているはずなのに使い方を忘れている。
僕はそれをずっと使えるようになりたい。
いや、それは不可能に近い事だと解っていて
都会に戻れば2週間もせずに使い方を
知らず知らずのうちに封印してしまうのだろう。
ここの人は子供から大人まで皆自然に
そして上手に使う。
思うに知っている人同士でも知らない人同士でも
人と出会った時にこれを使うと
和むことを都会の皆は押さえ込んでしまっている。

短気の小生が想像だにしないひねり出される変化球に
おまえズルだぞ!ざけんな!と机をひっくり返して
相手に掴み掛からなかったのは
この島の彼らが持っているこのおかげだと思う。

ん?日焼け?
違う、違う。
それは、健全な笑顔だ。

意外と帰りのトランジットと
デルタの機内だけで消滅しそうだがね(笑)。

それでは、皆さん。
東京でお会いしましょう!





2006-11-22 10:47:35

郷土の味

テーマ:ガラパゴスの人


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テディの大好物、エンパナーダを揚げる豊満熟女。
カメラ越しにハアハアしている。


~~~~~~~ 以下本文です ~~~~~~~


「テディさん
 もう、きりたんぽは召し上がりました?」
秋田に出張行った時の話だ。

「テディさん
 もう、日向地鶏は召し上がりました?」
宮崎に出張行った時の話だ。

「テディさん
 もう、わらすぼは召し上がりました?」
佐賀に出張行った時の話だ。

その土地土地が生んだ美味の数々。
郷土にはふらりと立ち寄った旅人に
それを味わって欲しいと言う切望がある。

リーマン(金融の方では無い)時代には
様々な所に出張に行きその土地土地の
美味珍味を味わってきた
違いが解るホンモノのオトコ、テディ。

しかし、ここエクアドルでは少々勝手が違う様だ。
小生のペーソス日記に度々登場する富豪運転手は
帰国を前にどうしても味わってからテクノロジーと未知の国
ハポンに帰ってもらいたいのだと語る。
彼は眉間に皺を寄せ懇願する様に小生にこう伝えるのだ。

「シニョール・テディ、エクアドルの女を
 是非味わって帰って欲しい」



小生と富豪運転手は筆談以外会話出来ない。
込み入った話では必ず通訳を必要とする。
しかしながら会話内容が毎回隠喩に富み
特殊なテクニカル・タームが必要であり
通常の通訳が持つ語彙では不可能な訳だ。

そんな時はいつも同僚のN博士にお願いしている。
彼はK里大を出て「あの」T大で博士号を取った
言わば、日本の頭脳な訳だが
どうやらあっちの方も博士号の様だ。

白馬の王子を夢見るティーン・ガールの様に
知性があって優しい、キャサリン・ゼダ・ジョーンズを
夢見るばかりに未だ結婚出来ない寂しい中年男、テディ。

そんな小生にどんなオンナが良いのか?と彼は聞く。
んー、何と申しましょうか、そのう。
悩んでいる小生に

富:「そうだ!シニョール・テディ。グランデ(大きい)は好きか?」
テ:「No! No! ペケーニョ(ちっこい)に決まっているだろ!」

スペイン語は日本語と同じように
主語を省略する傾向があるそうだ。
何が「大きい」のか解らずに会話が進む所に
この会話の可笑しさやツボがある訳だが
小生は何を想像してペケーニョと言ってしまったのだろうか。
考えるだに恥ずかしい。

富:「そんな事言わずに、今回は
  大きいのを試してみたらどうだい?」


ここでもエクアドル人の厚かましさ、
もとい、寛容さが表れている。
なあ、人がイヤと言ったら他の道を探すだろうに。

しかし、現代の科学、ロジックでは理解出来ない発言を
マシンガンの様に叩き出す富豪運転手の魂の叫びに
さしもの博士も翻訳に困窮することしきり。

・・・・・可哀想に。
彼も猥談を通訳する為に
博士号を取った訳でもなかろうに(・∀・)ニヤニヤ。

通訳をした事のある人なら解るだろう。
相手国の言った事が正確に本国の人間に伝わるだろうか?
そんな心配をしながら必死に通訳を務める訳だ。

富豪の口から矢継ぎ早に出る提案の中で
博士が翻訳に一番困惑し、彼の脳内で
間違った翻訳をしていないか
親指と人差し指で両方のこめかみを挟み
下を向いて目をつぶりながら翻訳したことは以下に記そう。

「そうだ、オレの友達で一時娼婦をしていて
 一度本土に行って島に戻ってきた娘がいる。
 その娘は可愛くて、優しくて素晴らしい。
 その娘なんてどうだい?
 何なら一晩中でもお願い出来るよ」

え?可愛くて、優しいその娘なんてどうだい?
ハポンでは「お付き合い」をする相手を紹介するフレーズだが
それ決して「お突き合い」を紹介するフレーズじゃ無いって。

いや、良いんだ。良いんだよ。
誤解しないでくれ。職業で人を差別はしない。
娼婦だろうが、弁護士だろうが人が良ければ。
むしろ弁護士の方がいけ好かないと思うがね。
あ、してるか。

ま、いいや。
なあ、オレが理解出来ないのは、おまえさんの「友達」と
見つめ合って愛と二人の未来を語る真面目な恋愛で無く
一発いや、場合によっては数回ヤッて機上の人になるって事だ。

だいたい、ヒミツ諜報部員のオレから言わせてもらえば
エクアドル政府のハニー・トラップだっていう可能性もあるだろう。
N階やT垣みたいな中国に行った要人が
仕込まれた恥ずかしい写真を撮られ後に脅しを受け
その政府の言いなりにと言うアレだ。

シャワーを浴びている間に小生のコンピータの中の
月の裏に建設予定である宇宙基地の設計図を抜き取られたり
笑顔の彼女が作ったマティーニに自白剤が入れられていて
中国にいるパンダの本当の生息数を言わされたり
あるいは事に及んだ後のゆるんだ気持ちの中の
ピロートークで実はJFK暗殺の真相を語らされたり。

とまあ、色々書いたが一番心配なのは
小生が太平洋上でアイマスクしてヨダレを垂らしながら
幸せな爆睡を貪って居るときに
あのハポン野郎は態度がグランデだったが
持ってるウナギはペケーニョだったとか
早かったで候。とか
果て股、ずっとオッパイから手を離さなかったとか
そんな日本男児のコケンに関わる噂をされてはかまわん。
と思うわけ。

しかし、一番たまんねえなあと言うシチュエーションは
そんな与太話、もとい、国家機密を
富豪運転手とのピロートークでヤラれる事だ。
女の「友達」を穴兄弟に率先して推薦する
奴を思うにその可能性は否定出来まい。

日本のラジオ、雑誌、テレビの恋愛相談を観てみれば良い。
友人とヤッてしまったばかりに
精神を病んでしまった人が如何に多いことか!
オレはそうなりたく無いんだよ。

オレがハポンに行ったら、必ずハポンの
チュピータ・チキチータを味わいたい!
だから、シニョール・テディがこの島に居る間に
是非、エクアドルのチュピータ・チキチータを味わってもらいたいんだ!!
富豪運転手は熱くそう語る。

小生はこう思った。
「そうか、オンナは郷土の味なんだな」

数年前から解っているのだが
ここ10年、小生は脳で恋愛をする傾向がある。
ハートや体でした恋愛は必ず冷めると言う
経験上の傾向を理解した上での立ち位置なんだが
郷に入っては郷に従え。
朱に交わればしゅらしゅしゅしゅ。

野性を目覚めさせなければならないのだろうか?
テディちゃん発進!出来るか??



2006-11-21 10:47:57

広い空と夕焼け

テーマ:サンタクルス島


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~~~~~~~ 以下本文です ~~~~~~~


先日の休日。
朝は朝市に行って少しの野菜を仕入れ
ゲイリー・オールドマンにどこか似ている
無愛想な、くそオヤジがやっている美味いパン屋で
朝食のエンパナーダ(チーズ入りの揚げパン)を

買ってそのままオフィスに。
所が移動中ビニール袋には穴が空いていて何処かに落とした模様。
犯人はどうやら上記写真のエッヂ部だったらしい。
全く凶悪なパンだ。
あるいはどうしょうもないくらい薄いビニール袋だったのか。

結局朝食にはありつけず。
約2時間、雑務やネットを終え
宿に戻る途中にGarapataで早めのランチ。
こっちでは早寝早起きだからお腹が空く。
朝食も食べていないし。
休日は人の入りが少ないから人はまばら。
本格的な夏に向かっているので気温は上昇。
だけど空気は乾燥しているので
日陰で風が吹けば涼しいことこの上ない。
流れてくるイパネマの娘や
デサフィナードはあまりに似合いすぎ。

例えば、休日が前日になって決まると言う
予定の立たないガラパゴスの予定(笑)と
何だかんだ言って忙しいので観光もせずに
月日が経ってしまったが読者の皆様にも
本当の(その実選別された)ガラパゴス気分を
味わってもらおうと思う。

小生の宿から歩いて5分。
その入り口はある。トルトゥガ・ベイ。
溶岩でできた石畳の坂を上ってゆくと



浜辺まで行く公園の入り口がありそこで記名を済ませる。
開園時間は午前8時から午後5時まで。
公園の記名所は丘の上にあり町の様子を一望。
溶岩の流れで出来たなだらかな平野を観ることが出来る。
そこを通り抜け遮蔽物の無い炎天下
周りはサボテンなんかの林を黙々と進む。


炎天下の中、2-30分ひたすらに歩く。
すれ違いで帰ってくる人達は皆汗だくで
「そんなオーバーな」と思いきやかなり過酷な道でした。
歩道の脇には溶岩での低い壁があり恐らく職人達が
作業中にけがいて書いた落書きが沢山あった。
ガラパゴスでこの距離の歩道を造るのに
一体どれくらいの期間が必要だったのだろう。
大きなお世話だがチト考えてしまう。

んで水無しの片道4kmを歩くとそれは見えてくる。


ペリグロの看板。見渡しても人はほとんどいない。
湘南が少し恋しい。

波は荒く元救助員の小生から言わせると
かなりキケンなビーチだと思うんだよね。
当然、「泳ぐな!ペリグロ(キケン)!」の看板1つで
救助員なんて居ないし、売店や傘貸しも居ない。
日陰も無いので初心者はヤケドに注意。

しかし見渡す限り白いビーチ!
砂質はパウダーの様な細かさ!
靴に入っても何ら気持ち悪くない!
んで、ここサーファーには最高の波なんですわ。
サーファーのみんな、どうだい?

ペリグロの看板を過ぎて波間に近寄ると
ターコイズブルーに輝く海の手前
真っ白なビーチをイグアナが散歩していたりする。
あ、岩場じゃなくても居るんだ。
カメラをゴソゴソと取り出し、パシャ。



このイグアナ、ハンサム近づくかれるのがイヤイヤな様で
カメラ持って追いかけると当然逃げる(笑)。
でも遅いからニヤニヤ笑いながら追っかけていくと
彼方からペリカンが飛んできたりするんだなあ。
パシャ。



その後、弱って老いた体にムチ打って汗だくになりながら
宿に戻りゆっくり映画を観て昼寝して一週間分の飲み水や
砂糖のかたまりの様なお菓子を買い出しに
近所のスーパーまでお散歩。

スーパーから帰りナトリウムランプの光で
町はオレンジに染められ、涼みに出てきている人達が。
遠くのスカイラインは薄い金色にサボテンのシルエット。
サボテンのシルエットこそ無かったが
高いビルの無かった昔の東京の夕方も
こんな感じだったと思う。





2006-11-20 02:16:17

あんよ

テーマ:サンタクルス島


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時々見かけるクルーザーのキャプテンとその奥様。
日本なら小学4年生位までしか着ることが許されない色の
ワンピースを着た奥様。年齢ですか?ノーコメントです。



~~~~~~~ 以下本文です ~~~~~~~


オトコのそれのように角が無く
なだらかな曲線で構成されたオンナの脚。
なめらかな肌がその陰影をさらに強調し
国や肌の区別こそあれ鑑賞する喜びに国境はない。

ここエクアドルでも例に漏れず
女性はミニスカを好むようだ。
脚に自身があるレディもそうでないレディも 
首都キトの街を歩いていたら銀行員のレディ達が
殆どミニスカ制服を着て街を練り歩いているのを良く目にした。

世のミニスカ愛好家諸君、ミニスカ制服銀行員だよ。
六本木や錦糸町じゃなくてエクアドルのキトだからね。

その昔、今となっては懐かしい響きの
ミニスカポリスがテレビで流行っていた頃
ミニスカポリス・パブというのがあったと聞く。
小生の大学の同級生はいたく気に入り
ほぼ毎週末通い、大枚注ぎ込む体たらく。

キャバクラ擁護派の友人とどっちがエライかと言う
何のためにも成らない議論を小生の目の前で始め
価値観の違う二人の熱い議論は続いた物の
ディベートのスキルでは一枚も二枚も上手な
ミニスカポリス派に言いくるめられそうになったキャバクラ擁護派は
「オマエなんかは、ミニスカポリス行きすぎて
 ミニスカポリス税払っているんだろ!」
と言う褒めているのか罵りなのか解らない
切ない言葉を思い出す。
こう言うときは「ドングリの背比べ」などとは言わない。
「目くそ鼻くそ」とはこういう事を言う。

その手の性的趣向がある方にはタマラン国だと思うが
小生にしてみればキライじゃ無いけど
卒倒するほど好きかと聞かれれば首を横に振る。
強い日差しに目を細めつつ眺め
首を縦にゆっくり振りながら
オンナってのはつくづく良いモンだと
コーラの瓶にささったストローをかじるのだ。
長い長い昼休み。チェーベレ(nice!)。

ここサンタクルス島では高地のキトより暖かいので
当然ながらミニスカ・レディを良く見かける。
ムチムチのフトモモをピンクのミニスカでかろうじて包んでいる
あ、これ書いているだけで昭和の安いポルノみたいだが
そんなのがやたら走りまくっている。

話は逸れるがこっちのレディはピンクが好きみたい。
紫外線が強いからビビッドな色が目立つんですわ。
ピンクのミニスカワンピースからキレイな
あんよ出して練り歩いているのだが
小生の目が寝ている間に政府のヒミツ組織に
赤外線仕様に改造されたのか、
はてまたキヨスコで食べたシュラスコに当たって
透視能力を得てしまったのかと思うくらい
あからさまにTバックと解るV.P.L.出して
むりゅんむりゅん歩いているのだ。

そう、オトコであれば必ず思うだろう。
よし、解った。
そこまで言うのなら前を確認してやろう」と。
自転車でふり向きざまに目視確認したりすると
50近いオバサマが艶めかしい笑顔で
「オーラ♪」と予想外の対応をするので
ひっくり返ってしまった経験は
ここ2ヶ月で少なく見積もって300回ほど。
全く、この島は。
幾つになってもオンナは女ですのね。

可笑しかったのはペリカン湾沿いの
土曜日の昼下がりカフェで30分も待たされた挙げ句
これほどクソ不味いピザは39年間食べた事がない
と言うランチをしていた時、それは起こった。
とてもスリムで脚の長い女性がコカンを抑えながら
必死の形相しながら自転車をもの凄い勢いで
こいでこっちに向かってくるのだ。
本人は何かしらの用事で急いでいるのだろうが
そんなに隠すのに苦労するのなら
ミニスカ穿かなければ良いじゃないですか、シニョリータ(笑)。

魅せたいし、見せたくない。
全く、オンナってのは大変だね。






写真は観光客向けのレストラン、ガラパタ(スペイン語でダニの意味)の
ランチデザート。全く、この島にはピンクがとてもに似合うのだ。



2006-11-18 10:02:56

日本人よ

テーマ:ガラパゴスの人


~ テディからのお知らせ ~
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ここは「無責任な思いつき文化」だと
小生の以前の日記に書いた。
しかし、どいつもこいつもそんな感じなんだな。
面白いほどに。
日本人のさじ加減でこちらの物事考えれば
胃潰瘍になって病院へ入院になりかねないが
折角なら楽しまなきゃいけない。

でね、考えたんだ。
どこの国、どこの町、どこの会社でもいる
誰もが「あいつはいい加減だよ」って思う奴。
で、この島で一番いい加減な奴を島の皆に
聞いたら誰になるんだろう?って。
どんな奴が一位になるんだろうか?
すごく知りたいんよなあ(・∀・)ニヤニヤ。

栄えあるそいつを日本に拉致。
国士舘大学の応援団に入団させる。
何なら地元の少年野球チームでも良い。
勘違いした元高校野球児の厳しいコーチいるから。
それから、杓子定規な仕事をさせたら世界で一番の
日本のお役所(杓子定規ならどこでも良い)に入官。

そこで一字一句の過ちさえゆるさない厳格さ
真夏の蒸し風呂の中、スーツとネクタイをする
不条理を味わいながらも厳粛さ
そして、時間と金の厳しさを学ぶのだ。
これが正解なのか否かという疑問すら起こさせない
周りに流される状態を認識させる。

数年後、ハガネのような頭脳と明晰な筋肉をした
ん?順番が逆?心配しない、心配しない。
「OSアップグレード・ニュー・ホアン某Ver.10.4.7」が出来上がる訳だ。
日本で改良と言うかこっちにしてみれば改悪と言うか
そんなんされた危険な奴が島に戻ってくる。

そこでBBCとNHKそしてTBCやCIAとかKGBらと一緒に
彼の島でのその後と言うドキュメンタリーを作り
ピューリッツアー賞、アカデミー賞、ノーベル平和賞を総ナメ。
左うちわの生活になってめでたしめでたし。

そんなのを先日寝る前の薄れ行く意識の中で
思いつき一人ニヤニヤしながら
深い闇にゆっくりと沈んでいったテディちゃん。

翌朝、このアイデアどうよ?と同僚に聞いたところ
うーん、と唸り少し考えた彼がこう言う。
「あいつはいい加減だ」って言っている本人が
一番いい加減だからダメなんじゃない?と。

結局の所、皆がええ感じにいい加減と言うオチかい。
はあーっと深いため息。
なので小生の野望はもろくも崩れ去ることに。

東京にXと言う友人の在日の中国人がいる。
彼は画家で、画家でも中国では限られた人しか出来ない
天安門の壁画を描いていたと言うエリートの中のエリートな訳だ。

そんなスゴイ奴が日本にやって来てDと言う会社に入社。
入社早々、某国立科学博物館の壁画を描く
と言う仕事に投入される運びに。
しかしながら繁忙期で毎晩徹夜作業となり
彼と日本人たちは黙々と描画に勤しんだ。

3日目の夜、ついに彼の精神は蝕まれ
「ニッポンジン働きすぎッ!!」のおたけびと共に
現場から走り逃げ出し戻らなかったという。

彼が居なくなった現場では、特に混乱も無く黙々と作業は進められ
問題なく納期に間に合いお施主様には喜ばれたと言う話。

日本の壁画屋さんたちは所謂ドカタに近い環境で働いていて
仕事内容はエリートなんだがお給料は残念ながらそうではない。
「たった」3日の徹夜で逃げ出しやがった
何がエリートだと彼らはあざ笑う。
中国でのエリート意識が如何に下らない事だったかと
Xは後日、小生に遠い目で語ってくれた。
でも働き過ぎだと思うとも。

次、イタリアの旅行者の話。
日本に来たイタリア人が驚いた事がある。
電車が時刻通りに来るのだ。
あまりの正確さに感銘を受けたのでシステムを聞き帰国の途に。
遠い東洋の国ジパングから戻ってきた彼の話を聞いた
日本に行ったことのないイタリア人達は
一向に彼の話を信じようとしない。
「いや、ホントなんだ。」と彼はシステムを解説すらする。
しかし、友人らは首を横に振りながらこう言ったそうだ。
「いいか、良く聞け。
人間にそんな事が出来るわけない。」

世界の人々、特にラテンの人々とは
仕事の運びとして相容れないのかね。オレらは(笑)。

日本は職人気質というか江戸あたりから匠の文化。
焼け野原からソニーやキャノンや東芝が世界に邁進したのは
不断の営業もあるだろうが技術者らの絶え間ない努力、
そう、匠が自らの仕事にこだわりを持つように
仕事への取り組みが一生懸命だったおかげだろう。

仕事はお金を稼ぐ手段なんだがその過程と結果に
満足の行く結果、「品質」が追従しないと満足しない。
その「品質」にコーコツとし喜ぶ訳だ。
そんな嬉しくも悲しい性を湛えた一日本人
そろそろ任務完了。たぶん。
帰れるかな?


2006-11-17 10:33:43

のりたま

テーマ:ガラパゴスの食事


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出発前に炊飯器を持参した方がイイか?との問いに
「安い中国製が売っていますよ」と返信され
イグアナやリクガメの楽園に炊飯器とは
いったいどのような場所なのだろう?
と出発前に想像着かず寝る前に訝しんだものだ。

ここの国の人は嬉しいことにパンよりも米を好む。
定食屋での日替わりランチでは必ず米が盛られているし
スーパーや商店でも必ず米は売っている。
ただし、水稲では無く陸稲のインディカ米なので
パサパサというかポソポソというか米に粘りが無い。

昼間は大抵こちらの定食屋で済ますのだが
だいたい2.5ドル~3.5ドル。
野菜や肉・魚のごった煮スープどんぶり一杯に
ライスと調理した肉か魚が付く。
量は凶悪だが暑い気候のせいか





不思議と夕方にはお腹がすいてしまう。
特にスープは皿を替えて盛りつけも上品にすれば
都会では良い金取れるんじゃ無いかと思う時もある。
でもこっちのシェフはレシピとか作って無いだろうから
再現性が無いだろうなあ。

2ヶ月くらい我慢出来るだろうと日本のカップ麺の類は
何も持って行かなかったのだ。
しかし先日、どうしても麺の類が食べたくなったので
近くのスーパーでカップ麺を購入。
ワクワクしながら包装を開けるとすでに酸化した油のニオイ。


とりあえず食してみたが翌日はひどく腹を下しまして。
生水には気を遣っているので
お腹を下したのは後にも先にもこれだけ。

海苔としょうゆ、美味しいご飯があれば
他に何も要らないという食事を維持できる。

そうは言う物の!日本で暮らしていれば先ず食べない
丸美屋の「のりたま」を持参した。
数年に1度、食べたくなって買うのだが
最後まで食べきる事は先ず無い。
神の啓示かチャックのついた大袋を持参したのだがこれ大正解。

五穀米やら七穀米、時には十穀米が流行っている日本。
噛み応えがあるので健康的にも、
色々入っているので栄養的にも素晴らしく
美味い!と思うし、テディちゃんも大好物なのだが
小生の先輩のお母さん、戦時中を経験した人に言わせると
もう絶対食べたくないし見たくもないんだそうだ。
思うに味も大切だがその時の辛かった状況を
思い起こさせるのがイヤなのではないだろうかね。

同じように海外に出たときに日本食が恋しくなるのは
慣れない環境で日本を思い起こして懐古し
不安さを取り除いているような気がする。
単に味かね?

今朝も出勤前にマンマのくれたお海苔とのりたま。
んで東急ストアで買ったパック入りの
味噌汁でペケーニョ・ハポンを思い出す。

在ガ一ヶ月を超しそろそろ美味いウナギとか
美味いイクラとか、美味いラーメンとか
無理ならどん兵衛や焼きそばUFOでも良い。
もう何でもいいや。
日本感じるモン食べたい!



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