Nice to NEET you.

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2007-10-19 20:10:25

    【ブログ『移転』のお知らせ】

テーマ:ご挨拶

テス茶の「学校行きたくない」ver.β

http://blog.livedoor.jp/tesutesutyan77/


と、いうことで移転することにしました。

ケータイから観覧中の方は、

お手数ですが「メニュー」→「テキストコピー」よりURLをコピペして訪問してください。


理由

アメブロ重すぎ

処理落ち多発で泣ける

編集誤作動多発しすぎ

もう重い ただただ重い

仕様を変えるたびにひどくなる それがアメブロ


今後ともよろしくお願いします学校潰れろ

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2007-10-17 22:40:10

ジャンプ!が糞つまらない件

テーマ:ケータイから更新
kdwvwqri576610.jpeg
「じゃあ見んなカス」
「おまえのブログより何倍もおもしろいわ」

とか言われるの承知の上なんだが、
あんなので笑ったりできる視聴者いんのかよと言いたい。


「『俺は周りとは違う』と おまえは思い込んでいるだけだ」
と、こうも言いたい人がでてくると思うんだけど





それにしたってつまらなすぎだろ…。
22時からやる価値ねーだろあれ。

なんかテーマ決めてランキングやるってのだが、
もうその『テーマ』が 小学生対象のアンケートみたいな ほんと『番組』にする意味がないような

そのうえ司会は 特に盛り上がらない芸人5人

「シュールな空間を楽しめ」
とでも言いてえのか 無理だろ。



こんなのが平気でこの時間占領するとか
T豚S終わっとる
つか 最近言われてることだけど、各所の番組の品質劣化が明らかすぎて泣けてくる。

「もっと派手なことをやれ」
とは言わないけど、
「つまらない物」ばっかやられりゃもうね…。





まああれだよな
何放送するにしても見る人しだいか。
俺はたぶん世間の少数派だろうからアレですね
所謂『異端』扱いですね
クソッ/(^O^)\タレー



<数人家に招いた>

病んでいる人間限定で招いた。
部屋が狭かった。
暑かった。
他色々あったようななんだっけ まあいいや打つの疲れたからこのへんで学校爆発しろ
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2007-10-15 02:15:36

( ^o^)<さて 模試も終わったことですし更sえ 来週も模試 死ねよ

テーマ:ジャンルなし

やあ。

人生の底辺をゴキブリのように這って這って這って這い回っていながらも生きてるよ。


今回はちょっとだけ長いから 事前に目次のようなものを。


なんかもうどうでもいい話

中間テスト

10月14日河合私大模試

家族談話っぽいもの

画とか


この順番でお送りするんだぜ。時間がない人は 極限までに暇になったときにでも見てくれるとうれしいんだぜ。



<どうでもいい話>



ああ、まあ「そういうのもあったねー」程度に。



まずはそうだな、先週だか先々週だっけ?

SONYだかどこだか忘れたけど薄さ3mmのテレビでたね。



ビクター:37mm

シャープ:20mm

日立:19mm


こんなかんじで競い合ってたというのにSONYはwwww

あと どっかが 体脂肪チェックとかアルコール検査の機能が付いたケータイ開発したそうな。

ほんと ケータイ一つで何でもできるようになってきたな。



あとは・・・

ああ、先週あたりだかの統計で国の中学1年生の1割が鬱病だそうだ。

俺もそろそろな気が。


あと もう知れ渡ってるけど 記者会見みたいの開いて任天堂が色々発表してきたそうで。

Wii専用ソフト『スマブラX』発売延期(来年1月24日決定)

『スマブラX』に SEGAの「ソニック」参戦

モンスターハンター3 Wiiに向けて発売決定


ソニーッ


(^o^)<な、なにをするだァーッ ゆるさんッ!


他話したいこと2件あったけど それは動画コーナーにて。



<中間テスト>



さて、まずは先週の火・水・木に実施された第2学期中間テストについて大雑把にまとめてみようか。



現代文

「現代文は寝てもいい」「寝たければ どんどん寝てください」

授業中に寝ることを むしろ推奨することで有名なT先生の科目です。

この教科の点数で 自分がどれだけジャパニーズなのかを把握できるという意味では楽しいですね。

テストの手ごたえに関してはなんとも言いがたいもの。

たいてい そういう感想述べた場合って40~60点あたりをさまようことになるよな。




国語演習1

生ける青春H先生の科目。

今回 問題は簡単にしてあるようなので 比較的楽な気もしたんだが、

テスト開始10分後。大問1を埋めた後熟睡。

気づいた頃には残り15分でしたっと/(^o^)\

大問2はなんとかギリギリ(無理やり)埋めたが、残った3は空欄白紙のまま提出となった。

あとできいてみれば 3は記号問題のオンパレードだったとかいうじゃないか。俺氏ね。




国語演習2

情熱の男Y先生の科目。

この人は 特別怒ったりしないし さっぱりした性格なので、ついつい「テストは簡単なんじゃあないか」とか思いたくなるんだが、1年に1,2回は鬼畜な問題を平然と出す。

かつて1年だったころ、2学期の期末だか3学期の期末だったか そのあたりで、

平均点数20台後半(30台前半だっけ?)という結果になったテストも出されたことがある。

さて今回はというと、案の定鬼畜ゾーンだった。

何が鬼畜って、

あの人 一つの作品に問題をいっぱい凝縮させたもんだから、読むところ読むところほとんどが空欄とかその他罫線部問題になってて もう何が何やら。本人も「やりすぎた」と言うくらい。



ちなみにこの科目はすでに返ってきている。




31点。

遅刻してきたとは言えど ひどい点数だ・・・。




古典

担任の科目。

1学期10段階評価2(=5段階評価1)だったため、

最終平均評価10段階3以上・3学期が無いということを考慮に入れると、

(2+X)÷2=3

X=4

つまり5段階評価で言うところの「限りなく3に近い10段階の4」をとらなければならないわけである。



今回 担任から課せられたノルマは

「中間・期末 平均55(60?)点以上」



「授業にしっかりでて、ノートもちゃんと写し、テスト前はちゃんと復習をやれば60は絶対とれるものしか作らない」

と、担任は言ったので とりあえず全部やってみた。






テスト返ってきた。



32点。







俺は諦めた。



ちなみに他の連中は 何もしなくても60・70だってよ。

(^o^)<もう いいです 。



英語R

帝王の科目。

出題問題数13問という生徒泣かせのものとなった。

問題数が少ないということは 点の分配もそれぞれ大きいから、点数の層は安定せずムラができる。

さらに、基本的な単語量(力)がないと 筆記においては何も書けない→赤点 こんなこともありえる。


さてまいった俺ブレイカーも甚だしい。



で、テスト返却。



43点。赤点以上普通未満。




( ゜Д゜)




( ゜Д゜)なに見てんだよ




英語R

DJと英語本場生まれのナイスガイによる科目。

これといって挙げる点がないんだが、強いて言うなら「よくはない。」




日本史B

ワクワクさんの科目。

危険科目。

古典と同じ状況。

さてテスト返ってきたんだが 意外にも58点。凄くもなんともないが 危険な教科だっただけあってやはり意外。文化史をちょっとやってみたのが効を成したみたいだ。

次回も同じ具合で点とれば単位取得は余裕とのこと。

一先ず安心だ。




日本史演習

けっこうキツイ、言いたいことはズバッというN先生の科目です。

別に危険な科目ではなかったはずなんだが

今回の結果:35点

「おまえ次こんなかんじだったら追試wwwwwwwwww」






ナンテ/(^o^)\コッタイ




政治経済

インド野郎の科目。現実主義者。

テストに関しては 2桁行けば上出来・奇跡。






と、いうことで さらにまとめてみると

<危険科目>

古典

日本史B(若干余裕に)

・日本史演習

政治経済


4教科からのフルボッコ。

ちなみに、3教科まで単位取得失敗すると 追試すら受けられないそうです。

つか、古典で追試確定したら 受験勉強捨てることになるな・・・。


俺高卒で終わるじゃねーか・・・。



<本屋まわってきたんだぜ>


どうもこれだけは止められないんですね。

漫画を まるでカードのように買いあさり始めてから早2年くらいか。



さて、色々紹介する前にちょっとした話を。



この前アレだ、川越駅の本屋寄ってきたわけだ。あ、改札口の内側じゃなくて外側のだ。

途中高校生のホモダチカップルみたいのが手ぇつないで前を歩いていたのはどうでもいいとして、

「今日は何かランダムで買ってみようかな」

と思ったわけだ。


「ランダム」とはいえ、何の制限も無しに買うのは少々気が引けるので、

『本棚に縦に並べられた 表紙の見えない漫画』

次いで、

『タイトル4文字の漫画』

これらの条件を加えて探索開始。


いくつか候補がでた。ここでさらに

『ケータイ予測変換機能「ウンコ」の次に出た文字の文頭の行で始まるタイトルの漫画』

これに限定。

(えーっと・・・簡単に例をだすと、

「ウンコ」の次に 予測変換機能で「マン」がでたとしたら「マ行」。「マ行」の文字=マ・ミ・ム・メ・モが文頭にあるタイトルの漫画に決定・・・となる。)




よし決定した。


漫画のタイトルは『かんなぎ』

「ウンコ」の次になぜか「カッター」がでたのでカ行に決定。

1巻だけじゃ微妙なので この『かんなぎ』とやらの1,2巻を本棚から引っ張り出し、さらにジョジョを2冊とってこの漫画の上に乗せる。


さて、この時点でまだ『かんなぎ』の表紙は見ていない。


というか、このまま見ないつもりである。

ジョジョを上に乗っけたのは、そうすることで見えなくなるので楽しみにしておけるから・・・である。




レジについた。

レジの手前のに台に


【ジョジョ】

【ジョジョ】

【かんなぎ1】

【かんなぎ2】


こんなかんじで積んだ。



まず1冊目の『ジョジョ』がカバーにかけられる。

この任を受け持ったのは20代後半あたりのネーチャン。


次いで、2冊目の『ジョジョ』に手がかけられた。



さあ 表紙を隠すものはなくなった。

(^o^)<お披露目の時間です!














( ゜Д゜)

(つ   lレ




( ゜Д゜)

(つ   lレ





よし、いったん冷静になってみようか。


漫画を買うことにおいてやってはいけないことは

「買うときに恥ずかしがる・周りの目線を気にすること」

この一点がまず挙がる。

これは絶対やっちゃいけない。「買いたい」気持ちと「恥ずかしい」って気持ちが反発しあって 店からいつまで経っても出られないというケースに陥ることがあるからだ。

さらに、長時間フラフラしていると不審者扱いされ 店側からマークをかけられる。俺の実例だ。



が、今回の場合って

「ランダムに何も知らずに買おうとしている物」

なんだよな・・・ま、まあ どんな経過にせよ

恥ずかしがっちゃ駄目だ恥ずかしがっちゃ駄目だ

なんか魔法のステッキみたいなの持った女が表紙だけど恥ずかしがっちゃ駄目だ恥ずかしがっちゃ駄目だ恥ずかしがっtt・・・




(ジョジョ2冊にカバーし終わった後)

店員:

「あっ、すみませーん。先にお会計のほう失礼させていただきます。」




つまり




お昼の客が密集しまくって列を作っている中『かんなぎ』放置プレイ。





集中する客たち(全員というわけではないが・・・)の視線。

隣で会計済ませたオッチャンがブツを見てから その視線を俺に。

4歳くらいの女の子をおぶったパパさんが ブツから俺の顔に流れるように視線を。ついでに女の子も。




/(^o^)\この女わざとだろ糞ったれ


(^o^)<さて、ここから漫画の普通な紹介になります




かんなぎ

さて、何か辛い眼差しを向けられながら買った作品です。

後々調べてみてわかったことは、この作品の作者は同人作家だとかそうでないとか。


内容は えーと・・・ああ・・なんだ、その よくある王道パターンというか・・・

突如神樹の 所謂神様みたいのが女の子の姿で登場して

      平凡な男子高校生の家に住むことになって

          他女どもがワラワラでてきてワーワーキャーキャー


まあ でもスラッとは読めるよ。ところどころ笑えるよ。

ただ、一般寄りの人が読むには 一旦他の漫画で耐性つける必要があるかもしんない。

俺?もういいよ 慣れた。



ジョジョの奇妙な冒険

さてさてさて 夏あたりから買い始めてようやく38巻!

第4部の後半あたりかな。展開がかなりおもしろくなってきたぞ。


ハマりすぎて病気になったがな。うん。



神様ドォルズ

地元の駅の店員に

「何かオススメありますか」

ってきいたところ、

「本棚に 縦に表紙が見えるように置いてあるのが最近でたオススメです」

って言うから その条件にあったのを見てみたらコレだった。


表紙見る限りでは純愛漫画にも見えそうだったけど

「まあいいやコレくださいうぼぁー」

ってなかんじで即購入。なんだっけ、そんときの店員とのやりとりをちょっとだけ。


店員

 ↓      俺

( ^ω^)   ↓

       (^o^ )



●●●円でーす/

( ^ω^)

       (^o^ )



ありがとうございませーッ/

( ^ω^)

       (^o^ )




( ^ω^)

       (^o^ )




ありがとうございましたァーッ/

( ^ω^) \どうもォーッ

       (^o^ )



WORKING!



ああ、まだ発売してないよ。10月22日だ。

「表紙だけで・・・」っていう偏見が癖な人には想像できないと思うが、とんでもなくシュールなファミレス漫画です。

コスプレ漫画じゃね?とか萌えとか、そういうんじゃなくて。

(^o^)4コマ好きにはたまらねー



勤しめ!仁岡先生

学園物ですね。こちらも10月22日に第2巻発売。

(^q^)<馬鹿なノリの学園物4コマうめぇwwwww




<10月14日河合私大模試>


今回は正式に 学校を仲介に申し込んだので前みたいにドタバタしてないぞ。


会場は 朝霞台駅から徒歩10分の『東洋大学(朝霞台キャンパス)』。

駅から離れれば離れるほど高い建物がなくなっていって、徒歩2分の時点で校舎が見えた。


が、性(さが)というのかね。遅刻は変わらんね。


受験科目の開始時間は11:20と遅かったので 余裕ぶっこいていたらこれである。

とはいっても、さすがに遅れすぎるのもヤバイと思ったのでダッシュしてみたところ、

なんとか11:20ピッタリに教室に入れた。

息が切れてるなか、隣に座ってた奴が屁こきやがった。死ぬかと思った。あたり見回してんじゃねーよバレてるよこの野郎。



英語


息も荒れていて屁も吸って。俺は落ち着かなかった。

用紙切り取って 名前書いて。その他もろもろ処理して 皆とは2分遅れくらいでスタート。

時間は100分。




さてさてまいった。


模試のときは毎度のことなんだが時計忘れた

時間がわからないってのはけっこう痛い。

その配分とか調節ができなくなるし、「あと何分で終わりなんだ」とビクビクしながらやっていく羽目になるからキツイものがある。


まあ「毎度のこと」だからどうでもいい。デュクシデュクシ!


よし始めるぞ。

大問いっぱいあるけど頑張る。

それにマークだからな、多少はマシになるでsy・・・ん?




緊急/(^o^)\事態




なんか大問6まで解いたら その次の7・8筆記wwwwwwwwwwww


問題用紙にはしっかり書かれている!

「7・8は筆記の解答用紙に書け」

ナンテ/(^o^)\コッタイ


急いで用紙を探す。

おいどこだよ見つかんねーぞ糞!

あぁっ!数学の用紙じゃねーかコレ糞!

ウンコ!ウンコマン!氏ね!ばーか!!!!11



無事に英語の『筆記』の用紙を切り取ることができた。

にしても、、、まさかマークと筆記あわせた形式だったとは・・・。


と、いうときに

「試験終了10分前です」

という試験管の声が。オワタ\(^o^)/オワタ



手ごたえは、うん。「良くはない。」

ちなみに、あとに続く教科も2つともマーク+筆記。



国語(現代文型)


できているかできていないかわからないが、文章がおもしろかった。

終わり。



日本史


氏ね。


ただ収穫はあった。

問題の出し方とか出題傾向。

見た感じ表面っつうか正直な問題しかでてなかった。

とは言っても全然わからなかったものの、なんか聞いたことあるよーな問題ばっかだったし、やればできるんじゃね?っていう内容だね。


よっしゃ

(^o^)<明日から本気だす



(^o^)



(^o^)<来週かr(ry





さてさて、試験終わって帰り道。

急行・準急の関係で止まる駅 止まらない駅があるよな。

俺の地元は急行じゃあ止まらないから 先にきた準急に乗って 友人たちとは一足先に移動。





某駅到着。


車掌:

「この電車は 急行電車との待ち合わせのため一時停車いたします。」


あいつらの乗っている急行到着。


急行お先に出発。



(^o^ )



(^o^)< しんで ください 。




帰りの途中 ちょっと高いカレーパン買って一人で食う。

笑点おもしろいな・・・は・・はは・・・・・。



<俺んちの会話とかなんとか>


「おまえんちって 普段どんな会話してんの?」

って何人かによくきかれるんで このへんで紹介。あれだな。変人の性だな。


会話の風景は『みなみけ』とか知ってる人はそれを思い浮かべてくれていい。

そんなかんじだから。



<父>



俺:「8本。タコが。10本。イカが。」


父:「何の話。」


俺:「いや、足の本数の話。時々逆になる。」


父:「じゃあそうだな。0皿。母が。1皿。俺が。」


俺:「今日のスパゲッティの量の話か。」


父:「違う。昨日おまえの皿割った枚数。」


俺:「おい。」



<母>


母:「ねえねえ。修学旅行をカメラで撮ってさ、その様子をネットで見れるとか・・・そういうのないの?あの学校は。」


俺:「?様子をネットで見るって・・・リアルタイムでってこと?」


母:「そうそう。」


俺:「んなもんはないなあ。」


母:「っはー・・・やっぱ私立中学はスゴいんだねー。なんか●●学校とかそういうのやってるみたいなのよ。校舎も綺麗だし 先生の話もおもしろいし。」


俺:「同じ私立でも 高校と中学じゃ全然違うなー。」


母:「まぁエリートが集まるってイメージだしね。そういえばね、前に高校の説明会みたいのがあって、●●中学の付属元の●●高校の校長の話がとてもおもしろかった。」


俺:「ほお。」


母:「でもそのあとは■■高校(俺の今行ってるとこ)の なんか校長じゃない事務っぽい人が事務的に話しててね。つまんなかった。」


俺:「あー、あの高校そういうとこ事務的だから。」


母:「そのあと◎◎高校の校長がでてきて、その人も●●と同じでおもしろかった!だからさ、その間に挟まれてつまんない話していった■■がねえ・・・なんか・・・。」


俺:「ちょっと浮くね。退屈になるし。」


母:「でもね、なんでそれなのにあんたを■■にいれたかっていうのは『共学』だからなのよ。」


俺:「なに?男子校だとホ●になるとでも思ってたの?」


母:「そうじゃあないよ。」


俺:「正直、なんかツライところもあるんだけど共学・・・女子の汚い面がわらわらと・・っていうか・・・。」


母:「そう、それ。女はね、汚いんだよ。でしゃばるだけでしゃばって そのわりには状況をよくみて身を引いたりする。集団になるとやっかい。『男女平等』を謳うけど それを利用して自分たちに極端に有利な状況を作りたがる。」


俺:「はあ・・・。」


母:「そういう汚いところを見て育ってほしかった。なんでかって、ホラ、女子のそういうところを知らずに大学なり就職なり寺行くなりしたらどうなるの?ショックでしょ?私の知り合いの息子さんが男子校行ってるみたいだけど その子世間を知らないのか『女子は絶対守るべき存在』とか思ってるみたいなのよ。こういう世間知らずな甘い人間は 守るだけ守るけど利益が期待できない、想像と現実の違いを大人になってから気づいてワケわかんなくなっちゃうのが多いのよ。」


俺:「・・・・・。」


母:「時々あれね、『利益なんて求めてないぞ!』とかいうけどね、ああ、あれ嘘っぱちね。表面上には出さないけど、自分の理想である美しい女子たちに好感もたれたいのよ実は。別に悪いことじゃないけどね。でもそうして求めるだけ求めたってねぇー。現実はそうはいかないんだってばー。」


俺:「えーと、つまり一言で言うと!?


母:「女は汚いぞー。」


俺:「でも 全員ってわけじゃないでしょ?」


母:「そうだね。漫画とかで心の綺麗な女子がけっこうでてくるけど あんな子達が本当にいたら嬉しいね。そう考えるとさ、そんなありえない理想を描く漫画家って共感できるものがあるよね。」


俺:「はあ・・・。」


母:「だから、そういう汚いのに関わらないようにするにはどうするかって、学力!出世!これよ。だからアンタね、遅刻ばっかしてんじゃないわよ!しまいにゃ単位はアレってもう本当にどうすんの あーもう 遅刻!しないの!」


俺:「( ゜Д゜)」


こんな会話だったと思う。



<姉>


俺:「(寿司の)サーモンは1個しかないみたい。ジャンケンしt・・・


姉:「サーモンヴメ”ェー。」


俺:「おい。」


姉:「ヴマ”ァーィ。」


俺:「おい貴様。」


姉:「・・・なに。


俺:「サーモンを返せ。」


姉:「ホラ、マグロあるでしょ。それ食えば。」


俺:「それは好物だってのは知ってるだろ。先に食っちまうとはどういうことじゃ。」


姉:「私だって好物ですー!」


俺:「黙れカス。じゃあそれも考慮に入れてもジャンケンするのが妥当だったろ。」


姉:「食っちゃったもんのこと話しても意味ないでしょ。」


俺:「おまえはこの手のことが何度もあるから 今回は念を入れて話してんじゃねーか。」


姉:「じゃあ50円やるよ。」


俺:「金の話じゃなくってさ。」


姉:「100円。」


俺:「・・・!」


姉:「ん?」


俺:「いや、もういいや・・・。」


姉:「喉かわいた。お茶ちょうだい。」


俺:「自分でやってくれ。」



<一家全員>


母:「学校関連でしりとり。り。理学部。」


俺:「ぶ。部室。」


姉:「津田塾。」


父:「く。くーくー。く。く?く。訓練 あっ」


母:「はい、お茶入れてきて。」



<動画とか>


[みなみけMAD]なんという次女

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1238708

http://www.youtube.com/watch?v=Ho3JgPS4ViY

ツェペリの膝ジャンプが見所。

ジョジョ弾幕貼ってみたらすごいことになった。


【ひぐらしのなく頃に】【MAD】 ひぐら神拳 解

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1130390

http://www.youtube.com/watch?v=SSmaHsfekm0

ネタバレ有


\(^o^)/人生オワタソング\(^o^)/
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1255925

http://www.youtube.com/watch?v=qA0V2rHYlg0

\(^o^)/


たまちゃんは大変なあんこ入り☆パスタライスをチンしていきました
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1258015
http://www.youtube.com/watch?v=d0b_dnUYVpc

『バンブーブレード』MAD


涼宮キワミの憂鬱 Ⅰ 前編
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1270647

原作わからないのにおもしろかった。アメリカ版『るろうにけんしん』の知識があればおk。


何も知らない人でも見れば解る(たぶん) 「ヤンデレ」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1183841


遊戯王サスペンス劇場
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1211546
http://www.youtube.com/watch?v=7zmoySofqnA


フタエノ作業用BGM(長時間ver)2007年10月07日 22:53:54 投稿
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1225881

総集編


スマブラは大変な音声を流していきました
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1249130
http://www.youtube.com/watch?v=_-IsKsz_kBA


ジョジョ達は愉快な仲間と歩んできました
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1161554


内藤 VS 亀田 12R開始~終わりまで
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1256012
http://www.youtube.com/watch?v=ci7mTyGEmd4

もういいよ亀田・・・。


麻生「あなたの指摘を受ける必要はない」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1233199


石川智晶アンインストールPV
http://www.nicovideo.jp/watch/sm310682
http://www.youtube.com/watch?v=KW6-RXZ-UHo


アンニンストール
http://www.nicovideo.jp/watch/sm814643
http://www.youtube.com/watch?v=lAUAJCreijA

我が校では『アクエリオン』のテーマソングは公認なのに これは違うそうです。

「あなたと・・・合体したい」とか茶の間荒らし止めろと。


遊戯王 AIBOvs王様・社長・凡骨・顔芸 【前編】 なのはMAD

http://www.nicovideo.jp/watch/sm745655

『遊戯王』の知識さえあれば大丈夫です。全部で4つのセットになってます。

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2007-10-10 06:14:14

(^O^)<うんこうんこー

テーマ:ケータイから更新
Image163.jpg
と、いったぐあいに今朝
「もうテストどうでもいいや」
とか思いながら壁逆立ちしてうんこ連呼してたら親に見られた。

その後
「朝食はどうするのウンコマン」
とか
「行ってらっしゃいウンコマン」
とか言われた肩脱臼しろ。



昨日今日明日でテストなんだが 終わったら色々更新してみるよ学校粉塵化しろ
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2007-10-03 09:31:12

はいはい/(^O^)\遅刻遅刻

テーマ:ケータイから更新
ejulacix2743010.jpeg
人生\(^O^)/オワタ


電車内で女の香水ブレンドに囲まれて吐きそうになったから 必死になって降りたら
次の電車全然こねえ/(^O^)\遅刻確定した死にたい

もし一時間目のやつが単位危うい科目だったら俺本当に終わる
大学受験以前の話になってきた



まあそれはもういいや
そんときは寺行ってボコボコにされるってことでよしとして…


ところでだ、最近始まったアニメ とりあえず3つだけみたんだが…


◆バンブーブレード

OP見たときは なんのエロゲーかと思った。
話の流れはけっこう普通で観やすかった。声優が理想的な配置でよかったよかった。


◆逆境無頼カイジ

いやっほう待ってました。
カイジの声優が キャラ正反対のアカギの人だっていうからどうなるかと思ったが あんま違和感なかった
(^O^)<プロすげー

OP・EDはやっぱカイジの生き様を表すかのようなテーマソングだったな…情熱とか負け犬とかいうのがキーワードだな。

第一話『出航』ということで、まだギャンブルの説明すらできずに終わったが それでも名言は健在。
「なぜそんなことをするか?それはおまえが金を持っていないからだ。」

本作最優良名言である
「金は命より重い」
これはまだまだ先になりそうだけど、話のテンポとしてはけっこうみてて楽だったよ。
第二話は利根川大先生の名言ラッシュです。ここで感涙した読者は何人いたことか…!



補足:
「ざわ…」の表現がおもしろかった
機械音かと思いきや肉声かよwwwカイジはじまったな


◆ネウロ

話わかんねー
/(^O^)\今後の展開で様子見頑張る。

声優陣の配置にミスはない、ってのが今のところ言えることかな?




よし学校ついた
留年じゃないことを祈る電車で降りる人より先に乗り込もうとする馬鹿死ね!ついでに学校も燃えろ!
(^O^)<うんこうんこー!
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2007-10-02 22:49:55

【リア充から】俺の生い立ちを年表形式で書く【どん底へ】 2

テーマ:ジャンルなし

よし、破局イベントまで書いたな。

そろそろ終盤の高校時代でシメるぞ。



<( ^o^)<俺は一生童貞独身だと思う>


2005年3月序盤

卒業だ。

担任は涙を流しながら 俺たちに歌を歌ってくれたよ。

泣いててほとんど歌えてなかったけど、それを後押ししてくれるかのように 俺らの保護者もいっしょに歌いだしたよ。そんなリハーサルもないのにだぜ・・・?


ただ年代の差を感じたぜ。

だって俺らぜんぜん知らねー歌なんだもの・・・。


でもだ、本当に優しい人ってのを見たよ。本当にいい経験だったよ。


さてさて・・・ここから性格に変化が出始めるわけだが・・・・・・・。



2005年3月

【一種の錯乱発生】

俺の誕生日も兼ねて 男子でカラオケいくことになった。


そのときだ。そのうちの一人が言ったんだが・・・

「あいつ、おまえのこと遊びだったって噂だぜwww金目的だーとかwwwwww」



・・・・・。



正直俺はまだひきずってた。

お互い「友達」という関係に戻すという約束の下の破局だったのだが、どうも意識せずにはいられないというか。。。


だから そういう話とかきくと もう信じずにはいられない。

俺は遊ばれていたんだーwwうはwwwwうわーいwwwwwwwwwwww


そっからヤケになって大合唱。

もう忘れてやると!あんなやつもう友達でもなんでもねーと!




と、いう流れの中メールがきた。

あいつだったよー。

誕生日のお祝いメールだった。


な・・・涙がでそうだった・・・・・・が!

あの時俺は完全にそそのかされていた!このメール事務的にやったにきまってると!そう思い込んだ!


メールの返答はしなかった!

もうほんと泣きたかった いったい俺は何を信じればいいんだと!!!




で、、、

その翌年2006年秋。

あいつの女友達に会って その話になった。

「そんな話はデマだ」と。

「●●(あいつ)は真意をもってメールを送ったんだよ」と。


うう・・・・・・・・。




帰宅してメール。

あのときの事を謝罪して、今度は逆にあいつの誕生日祝いのメールを送ったよ。

そりゃあ いい返事をしてくれたとも・・・。

何度かアド変してたみたいだけど、返信もしなかった俺にすら逐一その報告してくれててさ・・・。はぁ。。。



2005年4月序盤

某高等学校入学。

クラスの雰囲気は 前記事『俺の思い出話聞いてくれ』に記載したとおりだ。重い。


ああ、あと弓道部本格入学。

それと同時に、ネトゲー中毒。

勉強と部活とネトゲーの三立は正直キツイ。

遅刻とか普通にしまくって そりゃもう怒られたとも・・・。


あとあれだな。

校内実力テストみたいのがいきなり実施されたんだが、それで英語が学年1位だったっていうのはもはや過去の遺産。

今となってはこんな男になっちまったけど→(^o^)<うんこうんこー!



2005年4月中旬

【退部宣告事件】

弓道部の顧問は 英語の担任なんだが、そんなこと知らずに初っ端授業中寝てたら

「おまえ態度でかいなー。何部だ。」

とか言われたから


「えーっと・・・弓道部です」


って答えたら


「辞めろー。いらねー。授業中寝ちまうような奴は弓道部にはいらねー。」


と、入学したてでボロクソ言われた。

その後平然と授業を進める姿勢が クラス全員に恐怖を植え付けた。

生徒全員が「どんな先生かな」と思った矢先 この恐怖との対面である。

いうなれば俺は それを知るための生贄であった。



授業終了後、弓道部滞在を許可してもらえるよう先生のもとへ駆けつけた。

そのときだ、この人が顧問だってことに気づくのは。


そして、この弓道部顧問は 鬼のような姿を度々見せつけ、後々校内での最有力実力者にまでのぼりつめ その地位を確固たる物とし、生徒たちから『帝王』と呼ばれるようになる・・・というのはもう少し後の話だ。



2005年6月?


【失言】

もう話したことだから要約するぞ。



当時 暇あれば一人でゲームやりながら クラスがなんらかの動きをするのに期待していた俺は、度々起こす小さなハプニングで変人扱いをくらった。特に女子から。

状況から言って、あの頃の明るい時代ではない。

「地域が違うからなのか」と言いたかったが、話はあわないしノリもあいそうな奴がそこまでいない。

だからあまり喋らなかったのだが それがまた変人扱いの原因になってた。


そんななか、一人の女子(Aさんとする)から 参考書を貸してくれと頼まれたのだが、

交友関係をもつチャンスだと思い、冗談のつもりで

「貸さなかったら何言われるかわからんしwww」

と言ったところ めちゃくちゃ嫌な印象うけた。交友どころか反感だった。やっちゃいました氏ね俺。


なんで嫌な印象になったかって、特別親しくもない奴があんなこと言ったら 冗談として捉えてもらえるわけないから・・・だろうな。あの頃 存在もそうだが頭も浮いてたから 冷静な判断なんてできなかったんだろうな。



その翌日謝罪。

あっちもそれに応じてくれた・・・ようだが。うん、そのはずだ・・・。



2005年7月

【人として軸がブレてしまった時期】


よし、ぶっちゃけよう。

このときだ。

このとき!この頃に俺は

人間が嫌いになった。


全員とは言わないが、たぶん校内の約95%に対して ものすごい嫌悪感をもっていた。

なんでかって、理由を説明するとかなり長くなる。

「こうなっちゃった経緯を言え」って言われたら たぶん即答できないレベルだ。



さて、じゃあ簡単に説明しようか。なんで人が嫌いになったか。


まず第一に、俺はDQN思想にその頃腹が立ち始めていたってのがある。

自分がやってきた非道の数々に怒りを覚え、そんな中 中3のころ本当に信頼できる懸命で厳格で優しい先生に出会い人の優しさを知って、そして6月の失言事件の後 「空気を読む」「状況を判断する」といったことに着目するよう心がけるようになってからというもの、そのすべてをバサッと切裂くあのDQNの思想・思考に腹が立って仕方なかった。

とはいえ、俺も変人扱いされるほどの身。DQN思想はまだ中途半端に残ってたし、そのうえ空気を読む能力も無いため 堂々と言えたもんでもないんだが。


次に、みんななんだかんだで裏があるという実態を知った衝撃。これもだ。

表面上おとなしくすごしているが、いざ何かあると 極力関わるのを回避したがる。しかもその能力には長けている。

生きていくにおいてはこの能力はけっこう重要で、なにより無駄が舞い込んでこないから 日々が要領よくすごせる。だからそういう面を見せることは世間では普通のことらしいが・・・正直俺は怖かった。

なにより、冷たい。

そこらにゴミをポイ捨てするのに罪悪感を抱かなくなった奴の眼をみたことがあるだろーか。

なんというか・・・冷たい。つか怖い。

普段普通の奴でも ポイ捨てするときはちょっと申し訳なさそうにやるもんだ。結局悪いことに変わりないが。

まあ、ああいう冷たい面が多く見られる奴がいたからだ・・・特に現代風の女子にはそれが多かった。うちのクラスも例外じゃなかった 人をすぐ見下すよーな連中もいっぱいいた。だから嫌だった。


最後に、うん、部活だな。

テメーで抱えたストレスを勝手にこっちにぶつけてきやがる馬鹿な同級生が何人かいた。

そんで

「部活には誠心誠意、まじめに取り組んでいます!」

とか 死ねカス と思った。

このあたりから ついでに退部願望がでてくる。




と、いうわけで、つまりそういうことです。

え?よくわからないって?俺もよくわからないけどそういうことです。



2005年9月

弓道部退部。

馬鹿のワケのわからんストレスの対処に疲れた。物にあたらねーで周りの人間にあたるあいつらが嫌いでしょうがなかった。

そんな理由で退部ってのもアホみたいだが。うん。笑えよ。



2005年9月~10月?

【『Nintendo64』直下爆撃事件】


ああ、64がぶっ壊れたってわけじゃない。

64を学校にもっていってやったんだ。


誰から頼まれたわけでもない。

ましてや その頃は人が信じられないような性格だったんだ。自分の独断だ。


前記事『俺の思い出話きいてくれ』で

「一種の錯乱状態のため こういう行動にでた」みたいなことかいたが、ちょっと他の理由もある。



「人が嫌いになった」って言っても、誠意を持って優しさを与えてくれる奴は大好きだった。

だから やっぱり協調性を持ちたいって気持ちはあったんだと思う。

そこで、今もまだある『変人』というレッテルの上にのしかかる大きな壁をぶち壊す手段はないか・・・ということで この64である。



俺は ゲームが本当に好きな奴・純粋に楽しめる奴に悪い奴はいないと思っている。

だからこそ、この64・・・しかもスマブラ 昭和後半・序盤生まれ世代のゲーム。こいつに寄ってくる奴はいるかいないか「調べる」意味で持ってきた。

これに何の興味も示さないようなら、ぶっちゃけ俺はこの学校での人との交友を諦めるつもりでいた。




俺はここに人生を賭けたッ!

本当にここにいる人間はみんな冷たい奴らなのか・・・!

心の底から俺に壁をつくって そのまますごしてやろう・・・そんな奴らなのか・・・!!

試したかったッ!




そして案の定いっぱい釣れたッ!


最初は3人・・・4人・・・とかそんなもんだったが、その規模はどんどん増えて、少なくともあのクラスの男子には コントローラーを握らなかった人間はいなかった!


そこから話す機会が多く生まれた!

意思疎通!

うう・・・おめーらいい奴らじゃないか なんで黙ってたんだよおおおおおおお





家に帰って 時々一人泣いてたのはここだけの話だぞみんな。



2006年2月?

【盗難疑惑でクラスの女子全員敵にまわす】


もうね。


死ぬかと思った。


あとちょっとでマインドクラッシュするところだった 退学も考えた。




俺は整理癖がなくてね。教科書とか資料集は 机の横にゴミみたいに積んでたわけよ。

だから、そこらへんにポロッと落ちてる物とかは 大抵俺のって皆認識してたみたいで けっこう積んでくれるわけだ。


でだ。


なんかのひょうしで 俺の前の席にいた女子(Bさんとする)の教科書と資料集が俺のところにいってた。


さて、それを気づかず使っていたわけである。


ゴミ山に積んであるのは俺の物である。

だから 何が積んであろうが勝手に「俺の」って考えてたわけで。

そんでそんな流れになったと。



授業が終わった。

まだ俺はBさんのを使っていたことに気づいていない。

何気なく資料集を自分の机に放置する。



そのときだ。


資料集を俺は裏面においていて、そこには名前がかいてあった。


Bさんの名前だ。


それでも俺は気づかず他の男子とくっちゃべってたところで

数人を筆頭に女子がブチ切れた。



そのときの女子の中心人物、Cさんとしようか。

Cさんはものっすごい形相で俺をにらみつけて

「てめーどういうことだよ」

と言ってきた。

俺意味がわからず

「え・・・どういう・・え、わからん・・・」


突然

「おまえはBの教科書を盗んだ」

って言われるんだもの 事態が把握できない・・・混乱してる俺をみてCさんはますます切れた。

「死ね」っていう言葉がきこえた気もする・・・ワケがわからなくなった。。。


Bさんに事態の説明・・・つうか誤解を解こうとBさんを探したがいなかった。

聞いた話じゃ、

「盗まれた」

ってことで トイレで泣いている・・・という話だった・・・・・・



集中するクラスの女子の殺伐とした目線。


し、死にたくなった・・・。


だって・・・意味わかんない・・じゃ・・ん・・・・・・何・・・これ・・・・・・・・・・。





その後、女子とよく話せる一人の男子を仲介人にたて、なんとかおさまったが・・・

彼がいなかったらどうなってたことかと思う。



で、あの誤解は解けたように思うんだが まだ数人は疑ってる気がする・・・

だってよ・・・アレだぜ?

校内でも有名な『変人』が女子の教科書持ってたんだぜ・・・?

絶対信用ないだろ・・・・・・。




さて、ここで童貞独身フラグだ。


かくして俺は 女子が苦手になったのである。



(^o^)<「ホモですかw」とか言った 利き手の中指捻挫しろ



2006年4月

先生方のおかげで高等学校第二学年進級。

人間嫌いはなくなったが、DQNに対する異常なまでの嫌悪と 女子が苦手という性格を抱えたままの形になった。


2006年7月

【実はここでひどいタッグができ始めたっていう・・・】

なんか『変人』扱いされてる男子と初めて(?)話す。

きっかけはゲーム。

同じ境遇に置かれた人間であることと、ゲームが好きなこと。

悪い奴ではないと思ったが、最初 なんかそこまで仲良くなれる気しないような・・・と思ったが・・・・・・・。



2006年8月

オーストラリア旅行。


正直 本意ではなかったが、余った者メンバーで同じ部屋になった。

3人構成で、一人は俺、もう一人は例の『変人』扱いされてた彼、もう一人は特別な雰囲気をかもし出した『変人』というよりは『特殊』な男子というメンツになった。


ようするに変人メンバーである。



2006年9月

『変人』と呼ばれていた彼と意思疎通。

なんか考えてることがほとんどいっしょ。

ここから 話す機会が増えるのだが、今まで生きてきたなかでの人の見方とか 他趣味とか 共通する点が多くあったから話しやすい。

「類は友を呼ぶ」とかいう言葉があるが 勝手に言ってろ。

人を見下すことばっか考える大人ぶった奴らなんて大嫌いだ死ね!リア充死ね!


とにかく意思疎通。

今となっては「生き別れの兄弟だろおまえ」ってレベルになった。

一応言っておくけどホモではない。



あとあれだな、このときから本格的に麻雀好きになった。

8月に苦労かけさせて麻雀のルール説明させたんだが、ちょっとそれが助かったんだぜ。



2006年10月~12月

馬鹿がつくほど麻雀が好きになった。強くはないけど。

麻雀専用マット買ったのってこの頃だっけ?

何回かしょっぴかれる事態があったがおかまいなしにやったな・・・。


2007年序盤

女性が苦手ってのがちょっとなくなってきた。それでも多少の偏見は残ったが・・・。


2007年4月

高等学校第三学年進級。

気分は複雑だ・・・。


2007年5月

【「死にたい」発言が増える】


奴とメールするたびに「死にたい」の文字。

もうね、そうも言いたくなるっての・・・。

愚痴りたくなるっての・・・あ、愚痴るわ。




世間様はよォー 立派でございますよねェー!

従業員と客の関係はさぁー あれだってさ!客のが圧倒的に「えらい」んだと!笑わせるぜファck!


なにが「えらい」だよ馬鹿じゃん

そういうリア充思考でできてる脳みそに何の疑問も持たない奴らばっかだから『一般人』は嫌いなんだよ。

『世間』でいう『一般人』ってのはあれか、自分勝手な馬鹿を指すのか。

っへー!そいつぁすごいや ついていけねーや!

自分ばっか優先したがるクズどもの群れで何を見出せっていうの 人を見下すことばっかは楽しそうにするあの中で何を楽しみにいきろっていうの?死ね!!ほんと死ね!リア充死ね!特に不謹慎なノリで絡んでくるDQN同級生死ね!てめーら誰だよ名前しらねーよ!!!




と、いうことで。

うん。暴言吐きまくったね。すまない。





でもまだ愚痴は続くんだがね。






『一般人』と『オタク』ってのは 人種は別の扱いだそーだな。いや、そこは問題ないよ。

だってさ、『オタク』っつーのはさ、今まで『一般的』って言われたものを荒らすくらいの影響力がある存在だもの。

そこを考えれば 別の人種として扱ってくれて構わない。


さて、俺の人種はというと 今オタ寄りだ。


数年前はリア充であった。

世間様の言う『一般人』であった。そこから急遽オタに移転。




二つの面を知ってるからこそね、自信持って言うんだが。




「オタクきめえ」とかならまだしも「死ね」とか「邪魔」とか言ってる奴らなんなの。

ほんと死ね。

しかも俺の同級生そんな奴らばっかりだったよ ほんと死ね。


いいか

今から 聞く人によってはついつい納得してしまいそうな話するぞ。


ゲーム大好きの『オタク』とサッカー大好きの『熱烈ファン』。

こいつらの違いをあげろって言われたら何て言う?


どーせよ、お偉い世間様はこういうだろうな

「キモイかキモくないか、もっと言えば邪魔か役立ってるか、ってとこです(笑)」


もうね。

死ねばいいのに。

実際こんなコメントする奴ばっかじゃん死ねばいいのに。

たぶん中学時代仲よかった奴にも 何人かこういうコメントのやつ絶対いると思う。同窓会とかあったら話あいそうにないわ。


よく考えてみろよ!?

オタクはゲームとかアニメとか萌えだとかそーいうのが好きなわけで。

一方ファンたちはサッカーとかの球技が大好きなわけで。


なんか違うとこあんの?


好きなものを追い求める姿勢になんか違いあんの?

端から見たらサッカーファンだって十分邪魔なんだが。



って言ったらこれですよ


サッカーファン:

「サッカーはみんなからの知名度もあるし注目されてるだろ。オタと一緒にすんな」



ほんと死ねよ。


何の説明にもなってねーよ。世間がのってきた文化の「威厳を借りて」さも自分が好んでる そのサッカーとやらの凄さってのを増長させようとしてるだけじゃん。

馬鹿じゃねえの。

ほんと死ね。氏ねじゃなくて死ね。



お互い牽制しあって壁をつくるのはいいよ。ってかむしろ必要だと思うよ。

それでもよ、『オタ』ってだけで「人間失格」「ゴミ」とかって判断する奴らばっかだぜ今。

頭にウジでもわいてんじゃねーの。せいぜいいい成績とってお偉い立派な『一般人』にでもなってくれと言いたい。




(^o^)<愚痴終わりー



2007年9月

受験をほぼ諦める。


2007年9月

『中退』・『留年』・『浪人』が確定した時点で寺におくられるらしい。

俺としてはむしろ そういうところでボコボコにされたほうが自分のためになる気がするから いいと思ってる。

素人よりも知識浅いけど ああいった悟りとかを重んじる仏教にはちょっと興味あるしな・・・。


2007年10月2日(政客には3日)25:29

やったぜみんな!


カイジアニメ化だ!!





よし さっそく見てくるわ お疲れ様でした学校倒壊しろ。

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2007-10-02 21:06:34

【リア充から】俺の生い立ちを年表形式にする【どん底へ】

テーマ:ジャンルなし

(^o^)ノ おいーっす。


(^o^)<リア充氏ね!学校には隕石落ちろ!



あの頃は充実してたな・・・。



<俺 1990(平成2年)~2007年の生い立ち>



「●年●月」って形式で書いていくけど、「月」にかんしては目安程度に考えてくれ。




1990年(平成2年)3月

正確な誕生日までは記載できないが この世に生をうける。埼玉生まれ埼玉育ち。

この年に生まれ現在高校3年なので 俗に言うところの遅生まれである。


1990年5月

姉貴が俺にジャーマンスープレックスに似た技をかけたらしい。

お互いその記憶はない。



1990年10月

当時4歳の姉貴に頻繁にベビーベットのっとられはじめる。

この頃からお嬢様体勢が発生していたらしい。俺はというと 寝てるときは普段泣きもしないくらい落ち着いていたようだが、ベットから床の布団に定着してからは さらに落ち着いてたそうな。



1991年3月

1歳。

特別な変化は見られず。



1992年3月

2歳。

やはり特別な変化は見られず。



1993年3月

3歳。

変化なし。つまらない子だ。



1993年4月

この頃かな。

某幼稚園に入園。本人 これといった感想もなく 自宅感覚で生活。していた気がする。



1994年4月

年中昇進。

誰かと頻繁に話すことはなく 常にぼーっと遠くを見てすごしていた気がする。

「会話するのが恥ずかしい」とかじゃなくて 「会話の仕方がわからなかった」からなんじゃないかと思う。

そういえば、人は『3歳』になったあたりから記憶がほとんどシャットされるらしい。つまり 3歳になる前なら、母親の腹の中にいた頃の記憶すら残っているというわけだが。

ここからだんだんと記憶がはっきりしてくる。



1994年9月

【高熱発生】

人生発の高熱体験。

クラスの ダンボールなどを使った大規模な展示会を前に 最高40℃の熱にうなされる。

が、つらかったのは一瞬で、病に臥してから4日間 時々苦しむそぶりを見せてぐーたら寝ていた。

このときから登校拒否が発動していたのだろうか。



1995年2月

【反抗期傾向表面化】

その幼稚園には 各自宅へ子どもたちを迎えにいく送迎バスがあった。

登校(登園?)時刻は小学校とかと比べりゃかなり遅かったし(9時とか10時とか)、遅刻する要素は何一つ無いものかにみえたが、このとき寝るのが大好きだった俺は バスが来ても起きないということがあった(2時間遅れくらいで 親にチャリで運んでもらってた)。

数回そういったことを繰り返しているうちに 園内で先生に個人的に

「なんでバスに乗れないのッ!だめでしょっ!」

とか言われたが

俺「じゃあ二階までバスでくればいいじゃない。」

とか わけのわからないことをぬかす(我が家は某マンション2階に位置する)。



1995年4月

年長昇進。

教室が広くなったが まあどうでもいいか。



1995年7月
【『北風小僧のかんたろう』事件発生】

「きったかっぜ~~♪こっぞぉーのかんたろぉー♪(かんたろー!)」っていう歌である。

クラス全体で歌ったわけだが、俺の本名がこの『かんたろう』に似ていることから、クラス全員に授業中 替え歌で歌われる。

先生もノリノリでピアノを弾いて しまいにゃ全員に「こう歌いましょうw」とか指揮しやがった あの女許さん。

俺はといえば、クラス総勢約40名の中 一人座り込んで替え歌が終わるまで待っていた。

あの時流した涙は忘れんぞ貴様ら。

この頃 生涯初の『殺意』というものに目覚める。

人を「殺す」という行動の存在すら知らない常態だったが、たぶん誰かを「完膚なきまでにぶちのめして沈めてやりたい」という感情があらわれたのだろう。

「殺す」という単語の存在と意味を明確に知るのは 翌年になる。


1995年10月

【脳天落下事件】

高さ約1m80cmくらいの滑り台から落下。

漫画みたいに そのままひっくりかえった状態で脳天からいった。

検査をするが身体、脳共に異常はなかった。誤診な気がしてならないんだが。



1995年11月

【落ち葉に小便小僧事件】

その幼稚園は木がだいぶ多かったので あたりは落ち葉だらけであった。先生たちは暇があればそれをせっせと集めている。

その年の冬は寒さが身にしみた。それに「子供のうちから体を強くする」とかいう慣習にのっとって 常時薄着だった気がする。

さて尿意が急接近なわけだが。

そのとき座っていた位置からトイレまでの距離は約20m。園児にはけっこう応える。

しかし、先生が集めていた落ち葉までは5mである。

その日、園内のど真ん中で初めて小便をした。

1996年2月?

幼稚園最後の出し物として『劇』があった。このときやることになったのは『美女と野獣』。

このとき俺がやることになったのは役は『野獣』であった。それも終盤の人間の姿(イケメン)になったときの。

今でも台詞覚えてるぞ。

「君のおかげで、魔法が解けたよ」

こいつは臭ェッー!ゲロ以下の臭いがプンプn(ry

1996年4月

某公立小学校入学。テス茶6歳。人生の始まりであった。

1996年5月

【放置プレイ事件】

5時間目の学級活動フルで寝てたら 放課後のホームルームも起こされることなく 予定されている時間から2時間遅れての帰宅となった。

生徒も先生もいない中 夕日にさされて目が覚めた俺はあの時何を思ったのか。

翌日 友人にそれについてきいてみると

「起こしちゃ悪いと思ってさ!」

だそうである。

(^o^)<そうですか

1996年6月

漢字に目覚める。

そのとき

「漢字がなかったら人間としてだめだ」

とかコメントしてた記憶がある。

俺きめえwwwwwwwwwwwww今となっては大っ嫌いです。

1996年10月

【後頭部強打】

何を思ったか あまりにも暇だったのでセーラームーンの変身シーン(クルクル回転するやつ)の真似を 高さ50cm程度のバランスの悪いところで行ったところ そのままひっくりかえって後頭部強打。

コンクリートに。

やはり「脳に異常はない」と言われたが 誤診に違いない。

1997年4月

小学校第二学年昇進。

今のところ学校生活に問題はない。

1997年

何月だっけ?

ポケモンブーム到来。あの時買ってもらった『ポケットモンスター緑』は今でも大切な宝物。

当時行った ポケモンごっこで何か痛い行動をしてた気がする。

1998年2月

【人生転換期】

この頃 なぜか自分に絶対の自信をもつようになる。

理由は、特別勉強してもいないのに 度々出される公式小テストみたいので常に満点ばっかだったため。

つーか、公立小学校のテストなんて何もしないでもいいようなレベルのものばかりなのだが、このときそんな考えは一切なく

「俺天才すぎwwひゃっほうwwwwwwwwwww」

とか思ってた。

(^o^)<ばーか!

1998年4月 08:50

小学校第三学年昇進。

今通ってる高校よりでかく広い校舎にもだんだん慣れてきた。

ただ、知人・友人はまだまだ限られた数で、ぼーっとしてる日が多かったりそうでなかったり。

1998年4月 09:20

【リア充誕生期】

教室内にあった謎の絵本で知らない人間と意気投合。

その笑いがだんだん蔓延していって 他の人間とも打ち解け始める。

男女壁隔たりのない学校生活がはじまる。

1998年10月

【『学校へ行こう』式 愛の告白】

そのとき 好きな女性が二人いた。

(^o^)<ばーか!

今からは考えられないくらい女子とはくっちゃべるくらいの度胸があったので 告白なんてものは容易かった。

なにより 小学3年生。まだ若かったので『恥』ってのがなかったせいなのか。

3階の教室のベランダから

「●●!◎◎好きだァーーーーーッ!」

と、クラス全員の前、また、その本人の前で大絶叫した記憶がある。

1998年10月20日あたり

【フラグに似たもの】

●●と◎◎から「いっしょに遊ぼう」という提案がきた。

なにこのエロゲー展開。

正直俺は困った。まさかダイレクトにそんな提案がなされるなんて・・・。

放課後 近所の公園で遊ぶことになった。

好きな女性二人に囲まれたあの時間はすごかったぞ・・・!いい意味でも悪い意味でも!

そのとき 二人によるお手製の指輪っぽいアクセサリーもらった。

俺\(^o^)/ハジマタ!

1998年11月

イベントもあったにもかかわらず、その後 好きな女性が加えて3人できて、その全員に告白した。

何がしたいんだ俺は。

(^o^)<ばーか!氏ね!

1998年12月

【後頭部強打2】

当時流行っていた 64ソフト『ゼルダの伝説 時のオカリナ』の遊び(時オカごっこ)があって、俺はボス役をよくやっていたのだが、

闇の神殿の『ボンゴボンゴ』ってやつの真似(手でバンバン床を叩くパントマイムじみたことをしながら 身体をピョンピョン浮かせる)してたら バランス崩してそのまま後ろに転倒。

たまたまそこにあった釘みたいなもの(角が尖っていないタイプの釘)で頭を打ち出血。

転倒しているときも役を演じきっており、そのとき発していた声は「ヴウォオオオ」だった気がする。

現在もその傷はささやかながら残っている。

1999年1月

【作家デビュー気取り】

今からは考えられないほど俺は積極的なタイプだった。

関わらなくていいようなものにも首を突っ込むほどのもんであった。

当時、学校全体のお祭りみたいなイベントがあって、うちのクラスは輪投げとか射的とかいったものを扱ったんだが、

その際の景品がなくなってしまったとき 何を考えたか

「俺のサインを配る!」

という発想にいたった。

客人は「?????」といった顔で俺のサインを受け取りかえっていく。

まあ場つなぎ程度だったから 特別なリアクションはもとめていなかったが。

その翌日に クラスの人間から「サインくれ」って要望があった。

その「サイン」ってのは、俺の名前と各種さまざまな絵がかいてあった 一種のトレーディングカードみたいなもんだったんだが、まあ「くれ」と言われたら断るのもあれだし ネタで数枚作ってみた。

さらに翌日「くれ」の声が膨大化した。

あのクラスで俺のサインもらわなかった奴いないんじゃねーの。ってくらいに。

このとき なんか作家にでもなったかのような錯覚が起きる。

さらにさらに翌日も「くれ」の要望と それにともない増える「サイン」。

なんか幸せだった。

同時に 限定版の漫画も2、3部ほど発刊したが需要がやばくてすぐなくなった。

俺調子のんな死ね。

この頃か。

下手でもいいとして絵が好きになったのは。

さて、そういった明るい面とは裏腹に この歳 実はあるとんでもないハプニングを生んでいた人間でもあったのだが、書くのはあまりにも恥ずかしいので控えさせていただきます。

1999年2月

【後輩フルボッコ事件】

実は嫌いな後輩が一人いた。

身長の高さを理由にちょくちょくいじってきた。つうか挑発してきた。それも実は1年前くらいからである。

今まで穏便に対応してきたが、その日は大分機嫌が悪かったので、

ひっくりかえして腹を数発踏むとか そういう行為にいたった。

その後、俺に敬語で接するようになったのだが、つい最近(2007年現在)そいつらしき奴を見かけたが 立派なDQNになってた。

(^o^)<氏ね!

1999年4月

小学校第四学年昇進。

正直 話そうと思えば誰とでも話せるくらい充実。

『ムードメーカー』とか呼ばれはじめていたが、あんな奴にムードつくられるとか 今となっては恐ろしい事態のよーな気もするが、小学校だからある程度大丈夫だったっぽい。

それでも 反感持ってた人はいたはず。本当にすまない。

1999年9月

【輪ゴム事件】

授業中に輪ゴムとばして遊んでたら

「輪ゴム飛ばしたの誰だ!」

と先生がぶち切れた。

生徒一人一人に

「おまえか!」「おまえがやったのか!?」

とか尋問していく形になった。

俺の番になった

先生:「おまえか!」

俺:「ふっふー!(違う!)(;´^ω^` )」

ばれた/(^o^)\

1999年10月

【また後輩フルボッコ】

また身長を理由に 今度は別の後輩から挑発された。

小学生ってのは頭が悪い。

挑発するとき 必ず自分の身を無防備にしたがる。

すかさず顔面(正確には耳)パンチ。

後で病院で検査しにいったらしい。サーセンwwwwwww

この頃つくづく荒れてたな俺・・・。信じられんわ・・・。俺氏ね。

1999年11月?

【伝説のファンクラブ『ルイーズ』結成】

この頃親からパソコンを習い、はまりはじめた。

小学生のやることといえばまずはゲーム情報の検索である。

俺は 任天堂のあの『ルイージ』が好きで、どっかの攻略サイトで

「ルイージのファンはいませんか?」

みたいなスレを立てた。板違いにもほどがある。

だが、最初俺含め4名が集結し、後々そのファンクラブは拡大化し、

俺を公式にリーダーとした総勢30名のルイージファンクラブ『ルイーズ』が誕生した。

1999年12月?

【『ルイーズ』の最後】

誕生から数日後、『ルイーズ』の公式サイトを誰かがつくってくれたのだが、俺、また他の数名がなぜかアクセスできないという事態があった。

最初 小学4年生の俺が募集をかけたファンクラブ構成員4名から 約100名にも拡大したファンクラブであったが、この頃自然消滅をそこに成す。

暇な人はググってみるといいかもしれないね。意外と残ってるかもしれない・・・たぶん。

2000年

『ミレニアム』ですね。

あれ?このあたりだっけ?911事件って。

たしか 同時にでかい台風とかも来たよな。あとゲームキューブとかもこのあたりだったよーな。

2000年4月

小学校第5学年昇進。

『高学年』に位置づけられ、小学校の社会では手本とされる身になった。

2000年7月

【なんだかんだでみんなが好きだった】

悲観的に生きている今であっても、やっぱり一度『仲間』と意識した人間は何より優先してしまうのが男の性というもので。

それはこのときからずーっと続いてきた感情でした。みんなもそういう意識はあるはずだ。

このとき、クラスの誰かがつくった遊びが流行っていて、休み時間になると毎回その遊びをしていた。

が、後輩たちがすぐ隣でその遊びを真似しはじめた。

うちのクラスの人間は「許可」もなしに 自分たちの遊びを侵害されたような気がして嫌だったんだろう。

その様子見てるといてもたってもいられなくなって 小さな暴動を起こしてしまった(ほんと小さいが)。

その後クラス会議で 俺泣きながら演説。

なんと暑苦しい男。今となってはこんなんですが→(^o^)<うんこうんこー

2001年4月

小学校第六学年昇進。

学校のトップでありリーダーである。

書いていなかったが、5年の頃から入ってた放送委員を継続。

2001年10月

【・・・また後輩フルボッコ】

むかつく女後輩がいた。

身長が低い=知能も低い となぜか自信満々に定義してくる女だった。その性格から 俺の同級生の知り合い9割はそいつが嫌いであった。

数ヶ月にわたり粘着してきたので とうとう嫌になって そいつの髪を長時間引っ張るという暴挙にでた。

その数日後、そいつの親が学校に来て 校長室で裁判っぽいものが行われたが、徹底して反抗した。

後悔はしていない。

今でもだが、自分が納得できない限りは徹底して反論するめんどくさい性格です。

周りからは「屁理屈」とか言われるけど そんなの承知の上です。

わかりやすいよう説明してもらって それを「理解」して「納得」して、そうして初めて『反省』に繋がると信じているからです。

ホラ、後から

「あれ?こーいうふうにも考えられたんじゃ・・・」

とかいうふうになるの嫌でしょ?

正当な理由→納得→反省 この形が大事なんじゃねーのか・・・



/(^o^)\叱られるよーなことしてる俺が原因そのものだけどな!

さて 愚痴っぽくなるが、今みんなあれだよな。大人だよな 悪い意味で。

話を長引かせないために「とりあえず」謝っておくもんな。

大人も大人だよな。

そういうやり取りで終わらせようとしてるもんな。

形だけの話し合いとか笑わせてくれるわ。

2002年1月?

【「放送委員は 毎日の掃除をちゃんとしています」】

この頃か?去年かな?いつだったかわからないけど 各委員会の活動発表をテーマにした劇っぽいのをやることになっててね。

我が放送委員会も 各班別れてそれぞれ台本を練っていたわけですよ。

でだ、

この「各班に別れて」ってのが問題だったんだ。

別れたからには そりゃ当然劇の内容もバラバラだ。

たしか、午前・昼・放課後の3つの班に別れたんだっけかな。

で、別にバラバラなのはどーでもいいんだが・・・

なぜか予行練習までバラバラで行われていたわけで。

つまり 各班それぞれ 他がどういう台本なのか把握してなかったんだ。

それはそれで「楽しみとしてとっておける」ってのもあっていんだけどさ。こればっかりは把握しておかなきゃならなかったんだ。

でもこのときは そのことには何の関心もなかった。それぞれ自分のことで精一杯だった。

さて、そのまま発表会が始まった。

体育館に全生徒を集めちょっと大掛かりなものとなった。

さて、うちの班の劇は終わって 次の班もおわって最後の一班なんだが・・・・・。

最後の一班には委員長がいた。

まーだからこそ頼れるし問題ないとも思った。台本も無駄がなさすぎというわけでもなくつまらなすぎず。

ただ問題発生。

一人欠席がいたらしい。そこを俺が埋めることに。

舞台は掃除の時間。

とはいっても 放送委員は特別仕事をしない。なんでかって 別にする必要がないくらい無駄がないためだ。

だから実際は掃除なんかしないでダラッとしている。それは先生を除くほとんどの生徒が知っていることだ。

そのため 掃除のシーンなんか入れても妙な空気になるだけじゃ・・・と思ったが建て前上仕方なく。

劇終了。

突然渡された台本の台詞忘れたからアドリブで回避とか 色々危なかったが無事終了した。

生徒たちも拍手でむかえてくれている。どうやら退屈しなかったようだ。が、その直後

ナレーター(委員長):

「このように、放送委員は毎日の掃除をちゃんとしています。」

拍手が止まった。

そして体育館内が「ざわ・・・ざわ・・・」という雰囲気になった。

生徒のほとんどが唖然としている。

それよりも驚いたのは俺である。

委員長のいた班の台本を 急遽代役のため見たといえど、俺が見たのは台詞だけだ。

「台本になにありもしねー嘘かいてやがんだコイツ・・・!!」と そう思った。

というか 他の委員たちもそんな顔だった。

委員長は「やりとげた」といった気に満ちた顔つき クールビューティーな完璧主義者みたいな気になっている。ピザなのに。

だが「やっちまった」という事実には気づいていない。放送委員オワタ


それから数日。

掃除をしていないところを覗きにくる連中が増えた。

そんで してないのを先生にチクるのも増えた。

小学6年、生徒の代表である俺ばかりが怒られた。委員長氏ね。


2002年3月

某小学校卒業。

将来の夢を全校生徒・保護者の前で一人一人発表する場面で みんなは「パイロット」とか「調理師」とか言ってる中


俺「普通に幸せな家庭を築きたい」


今となってはこんな男です→(^o^)<うんこうんこー



ああ、あとスイミングスクールのMAX階級特2級とったよー


2002年4月

某公立中学校入学。

小学生の頃と特に変わらない日々。


2002年5月

各教科ワケがわからない。

英語に関しては「am」の原理も意味不明。SVOCとか言ってたが逆に混乱した。

この頃『家庭学習』というものの存在を知る。


あとアレだ。

バスケ部に入部したのもこの頃か。

今となっては運動音痴のこんな男ですが→(^o^)<うんこうんこー!


2002年6月

人生初の中間テスト。

各教科まぁまぁ 順位もまぁまぁ。

やはりはじめての英語のテストは糞がつくほど簡単だった。


2003年4月

【人間の最下層 底辺誕生期】

かくして中学1年は何の問題もなく通過 中等学校第二学年に進級。

部活のほうは黄金期がいなくなってしまったので 練習内容が劇的に変化した。それでも向上できない俺涙目wwwwwwww


2003年5月

【クラス合同担任集中砲火開始】

「過去に帰れるとしたら、いったい誰を殺したい?」

と、きかれたら

精神状態にもよるが まずこの頃の『自分』を殺すかもしれない。

そのくらいひどい時期だ。


あれだよ、もう今となっちゃありえねーよ。悪いことにあこがれちゃう時期だよ。

(^o^)<ばーか!氏ね俺

こういう時期って ほんと端からみて馬鹿みたいだよな。ほんと死ねばいいと思う。



担任がね、なんというかひどかった。

てきとーだったり セクハラじみてたり そのくせワケのわからん理屈で生徒捻じ曲げてくる場面がところどころあったので、俺はもちろん他全員って言ってもいいんじゃないかってくらい評判悪かった。

「甘えてんじゃねーぞ俺」と言ってやりたいが ほんとにひどかったと思う。


と、いうことで その担任にダイレクトに「辞任しろー!」とか 黒板に「辞任しろ!」とか「くたばれ」みたいなことを書きまくってた それも集団で。

ほんとこのときの俺ほど死んでほしいのはいない。


頭はリア充のーてんき馬鹿丸出し 他の迷惑顧みず 楽しければそれでいいじゃないかの傍若無人っぷり ほんと氏ね。

そんな行いを1年通してやっていくことになるんだが・・・。

それもその暴動の中心として動くことに・・・なるんだが・・・・・・・。



2003年夏あたり

【体育祭で応援団長立候補】


と、いうことで ほんとこの時は今の何兆倍もアクティブだったので、

「応援団長ほど楽しそうなのはねーな」と思った俺はすぐにそのポジションに飛びついた。


アンチ俺の女子が2名ほどいたんだが、その判断は今思えば正しい。

ってかむしろ あの二人以外が俺に賛同していたこと自体がやばかったと思う。それとも「賛同している」と勝手に俺が思い込んでるだけだったのか。なんにせよ そんな空気で1年過ぎるんだから恐ろしい。


応援団は応援歌を作る仕事がある。他、道具とか。

神業といってもいいくらい不器用なので そういう道具類は女子にまかせて 男子の応援団員は応援歌を考える。


そんで使う題材が『仮面ライダー』になった。

ほら、あの「せまる~ショッカー」ってやつ。

応援団長は声だせばいいものと思ってたから めちゃくちゃ音痴な濁声で本番を乗り切った記憶がある。恐ろしい。


2003年?月

【デブ差別発言事件】

この頃の俺ほどチョーシのってたのはいない。

たぶん都内歩いてたらヤクザと肩ぶつかって殺されるタイプだったに違いない。


休職の時間、なんかの拍子で『デブ』が話の題材になって いつも普通に接してた太ってる女子に

「●●!おめーのことだよ!」

とか言った。うん。たしかに言った。ほんとすまねえ。今度あったら土下座したいほどに。


だが当時は「悪いことにあこがれている」そんな時期。

『反省をしない』という行いにかっこよさを見出した俺氏ね。


なんでここまで神経くるってんだろう。



2004年2月?

【「がんばる目的が違う気がするがまあいいか」】

この頃 合唱コンクールなるものがある。

恒例の「男子ちゃんとやってよ」は健在であった。


そこで変な話がでてきた。


「1位を獲れば、それを高く評価され 担任を辞任させられるんじゃ・・・?」


ほんと馬鹿。死ねばいい。


が、その頃は 担任を辞めさせたくてしかたなかったので、半分冗談のつもりがマジに捉えてしまうことになる。

男子のみならず女子までもが『担任辞任要請』にむけ練習にはげんだ。


その結果 本当に1位、優勝した。


「やったー!辞任!辞任!」

とクラス全体で騒いだ。ほんと馬鹿じゃねーの。

当然そんな話はとおるはずなく みんなの顔には不満が見られた。

俺はひっくりかえって「くやちー!」とか はだしのゲンみたいな悔しがり方してた気がする。馬鹿かこいつ。馬鹿だね。



2004年4月

中等学校第三学年進級。

一気に学校のトップになってしまった。先輩DQNも消え去ったし「俺の世界www」とか考えてた。

馬鹿丸出しだな。


2004年5月頃?


【いつしかのDQN後輩が部活に来た】

っていうか呼び出されたかたちだが。


このとき、部活のコーチは 近くの小学校のミニバスケのコーチもやっていて、

そこでバスケやってる小学生らは俺より明らか実力上です。運動神経もいいです。


が、容姿みたかぎりはDQN。

「バスケはDQN率が高い」という話聞いたが、俺含め 本当にそんなかんじだった気もする。バスケ部にケンカ売ってるようで悪いが。


さて、そいつら練習試合をすることとなった。

正確には「させてもらう」だが。だってあいつらのが上手いからね。そういう意味じゃ先輩だ。

試合は普通のマンツーマン形式5対5。

俺についた相手が もう髪型からして「なんじゃこいつ」って奴だったがそこまで気にしない。


試合開始1分。

目が合った。


はて、どっかで見たツラだなと思ったわけですよ。




・・・



ああ、



俺が小学6年のとき 俺のダチにボールぶつけといて「拾いにいけよオラ」とかえばってた後輩DQNじゃねーか。


このやろー。


俺はアレだ。自分で言うのもあれだし 周りとしては「え・・・?」って言いたくなるだろうが 情に熱いところがあるんだ。・・・。あるんだって!


そういうことでだ!

そんな情を、義を、仁を!すべてにおいて信頼していた友人にあんなことしやがったヤローだ どさくさにまぎれてなんかしてやりたいとこだ。

あ、備考。

なんで小学6年のあのときやりかえさなかったかって 単に俺がビビってただけ。

小学生であんなうんこ茶髪ヘアとか反則だろ。



よし、実戦に移る。

あからさまにやると何か言われそうだし、「わざと」ってのが相手に悟られるのもなんかやばそうだ!

つか そんな技術を連続で使いこなすほどバスケの能力ねーぞ!一発やってやるのが限界だ!

でかいのお見舞いしてやるぜ!!!







ディフェンスとき足踏んでやったぜー!ひゃっはー!wwwwwwww





もう俺はだめだと思った。


ちなみに踏んだ足を軽く捻挫した。俺が。


2004年夏頃

これといった賞もなく・・・部活引退。

俺も何か「これだ!」といえるような爆発力もなく 普通の人間として幕を閉じた。


2004年10月?

【リアル金八クラスじゃねーか】

今回我がクラスの担任になったのは ハゲちゃってる人であった。

周りはもっさり中心ツルツル。鳥の巣を想像してくれりゃいい。


が、性格・顔つきともに真っ直ぐで、悪を許さない。本当に真っ直ぐな人だった。

「ハゲ」だなんて呼ぶのは 時間がたつごとに嫌になってきた。



で、我がクラスには俺と違うタイプでの問題児ってのがいた。

登校回数も少なめ。体育は大好き。たぶんあの学校ではトップクラスのDQNだったんだろうなあ・・・。

ただ、ほんと体育やってるときはホント楽しそうな顔をする。

いい意味で「子供っぽい」そんなところに愛嬌・好感が持てる人だった。ちなみにその年の応援団長。優勝かっさらった。


さて 彼が今回問題を起こすわけだが。


何が発端かはわからなかったが、彼はキレた。とにかくキレた。

消火器を暴発させ 机とか椅子とかぶん投げ、しまいにゃ押さえつけにかかった教員を殴った。うちの担任も顔面殴られたっぽい。


全生徒は暴動が治まるまで教室待機。

みんな重い顔つきで担任の帰りを待つ。


数分して担任が帰ってきた。神妙な顔をしながら頭をおさえている。殴られたか・・・。

心配だったんで

「・・・大丈夫ですか」と声をかけた。


すると、

担任:

「●●(俺)、君にそんな言葉をかけられると・・・


涙が出るじゃないか・・・!!!」


っひゅう~wくっさい台詞はくねwwwwwやっぱこの担任おもしr・・・

とか思ってたが、

担任は本当に泣いてた。

自分のクラスの生徒に殴られたこと、担任として事態を防げなかったこと、そしてその結末を生徒に見守られ声をかけられたこと

そーいったもんが全部からんで涙にかわったんだろうな。


女子というのはもらい泣き体質だ。もう女子ほとんどなきまくりだ。

俺もうっかり泣くとこだった。



担任はそのあと話を続けた。要約すると

「俺は何があっても 自分の生徒を大事に思う。雨だろーが嵐だろーが 俺の生徒が困ってたら絶対に駆けつける!」

という内容だ。

ほんと 本場できくと泣くぞあれ。

「なんていい人なんだ!」と 久しぶりに人を尊敬したぜ・・・。あの半DQNの俺が尊敬だぜ?

('A`)嘘みたいだろ・・・?



翌日、クラスの男子に 担任の熱弁をどう思ったかって話をしたら


友人「俺ちょっと笑いそうになったわwwwwww」




・・・・・・・。


今まで長年の付き合い。

信用してきた友人だったが・・・このときばかりは見損なった。



どうやら 俺の性格が少し変わる前兆はここだったらしい。

変わるのにはまだもう少しかかるが。。。



2004年11月24日

【俺に彼女ってのが一時でもいたなんて 信じらんねーだろ】

もしかしたら25日だったかもしんね。

彼女ってのが俺にもできたんだ。

元々 あれだ、傍若無人ではあったものの 人には優しく接してきたつもりだ。そこに好感があったらしい。


間接的告白で まー世間でいうカップルができた。

あれだな。やっぱちょっとDQN寄りのほうが女受けいいんじゃねーの。今となっちゃ絶対なりたくない性格だけどな。


2004年12月24日

【田舎丸出し俺ワロタ】

クリスマスである。

当時彼女であった女性と大都会 東京へむかうことになった。


が、東京なんて初めてだ。

俺:「ビルでけー!すげー!」

一目でわかる田舎者だった。


他、デート中は

「都会には悪い奴がいっぱいってきいたぞ・・・!こいつは絶対守るぞ・・・!」

と、半ばビビりながら・・・ああ、デートっていうか警備になってた。

つまんなかっただろーなー。

あとは特別何にもなしにオワタ。


ちなみにだ。

手すらつなげてねえ。


「恥ずかしかった」ってのもあるが、「こいつは高貴な存在だ!」とか意識してたのもあって 手が触れるのだけでも申し訳ないくらい丁重に扱いすぎた。うん。丁重に扱いすぎた。



2005年1月

現在通っている某高等学校入学試験に合格。

高校受験の世界では中の上くらいだった偏差値の学校だったが、テストがウンコだった。

他の人間も 入学試験に向けて最低限のことはやったらしいが 入試前日にゲームとかやってたらしい。やっぱやりたくなるよな 俺もやったとも兄弟。

それでも入学できるテスト。北進テストのほうが数倍難しいだろ。

英語なんて ラスト5問あたりで眠くなったから試験中にもかかわらず寝たが普通に合格とか。


2005年2月

【破\(^o^)/局】


さて、皆さんお待ちかねの破局イベントです 本当にありがとうございました。

相手側から言ってきました。


理由は

「彼氏彼女の関係になったら前より空気が重くなった」

「自分にはやりたいことがある」

だそうです。


なんか意味がわからないが、たぶん彼女なりに気を使って言ってくれたんだと思う。


付き合ってた頃、何度か遊びに行く計画をたてたが、俺があまりにもケチで金をぜんぜん使わなかったってのが記憶にある。たぶん彼女にとっては それが刺激不足だったんだろう。だから、ここは無理をしてでも金使って遊ぶべきだったんだが、あの金は親の金だ。ホイホイ遊ぶためにくれた金ではない。

彼女も大事だが、親も尊敬する存在だった。その気持ちが災いして、彼女に一心になれなかったのは事実。これが最も大きいと思う。

受験が終わってからあたりで、俺は一人でブラッと遊ぶことが多かった。

また、あいつに構ってやれないときとかも増えた。


うん、これじゃーね・・・普通の『友達』の関係のがいいよな・・・うん・・・。

それにしても 最後まで優しい奴だったよ・・・・・・。


続き↓

http://ameblo.jp/te-sutyatesutya-77/entry-10049497429.html
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2007-10-01 21:36:28

俺の想い出話聞いてくれ3

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俺の人生\(^O^)/ハジマタ



「64がなければ、今の私はいなかったと思います。」
と言ってしまうような。



野郎がいっぱい集まった。

各自に対抗意識を燃やし ライバルをつくった。
平均スマブラ偏差値は他クラスの比ではないと自負する。

毎日毎日 授業がおわったら放課後は64。

「…なんかヤバイよーな………。」
とか思いつつ 身体は正直じゃねえかビクンビクン的な毎日であった。







さて………
野郎とは隔たりがほぼなくなった(と判断した)。





女  子  が  …  。



もはや男子校同然の暮らしに慣れてしまった俺は 女子との接触が皆無になっていた。

「やっべえ」
とか思ったが、



………………






……


ここから俺の独身フラグがたつ。






クラスの女子たちとは ぶっちゃけ波長があわない気がしていた。

「地域が違うから」
とかそんなチャチなもんじゃなく、
「現代風の女子のノリについていけない」
これがもっともな理由だった。



高校生活始まって約半年。

このころから 自分の中学生活、つまり自分勝手に生きてきた姿を思い出し 反省するようになった。


真の優しさってのはなんなんだろとか、人の完全な共存がうんたらかんたら………
妄想に浸りやすくなった。



人に迷惑をかけるのは あからさま具の骨頂。
実例(中学時代)をみているだけにそんなことは容易に理解できた。

迷惑行為を平然とやって反省すらしない人間には嫌悪感がわきはじめた。
自分に対する反省が 周りに対してもそれを求めるかのように拡散し始めた。
正直 病気なんじゃないかと思えた。

とはいえ、自分も無意識のうちにやってしまっているが、そこは自分の身を以てして改善していった。


というか、たぶん
「人に迷惑をかけるのに恐怖を感じはじめた」
のかなと思う。
眉間にシワを寄せて後ろ指を指されるのが恐ろしかったのかなと。


いつしか恐怖が別の形になった。

今度は
「周りの人間を尊く思いやるべき対象として見なすようにする」

なんというか、
「主人と従者」の『従者』が落ち着くポジションになってきた。
思いやりをもってして誰かの補佐をするとか そんな流れに満足感を感じはじめたのかなと。


自分に接してくれる人間!
また、他に思いやりの心を絶やすことのない純真な心を持つ人間!

この者たちに なにか大きな尊敬の意を以て接したくなったッ!
誠意ある共存を!
ときには自分の身を削っても他の幸せを優先したくなったッ!
(とはいえ、現在もその思想は中途半端で ところどころミスがある)



他者を重んじる人間に悪はいないッ!
善意を以て生きる人間には 多大なる尊敬の念をッ!








と、いうふうになってきた。
簡単にいえば、前よりは人の痛みがわかる人間になったということで。前よりは。うん、、前よりは………。






そんな俺にとって『現代風女子』は『敵』にすら思えたときがあった。

ときに見せる汚い裏側を知ってからというもの 蔑みの目を向けるようになってしまった。



後の偏見である。



簡単にいうところ病気である。

優しさを兼ねたのかひどくなったのかわからなくなってきたが まーそんなもんは自覚できるものじゃなくて そのうちなってるもんなんだろということで。



そんなこんなで いつの間にか優劣意識ができあがった

男子>>>>>女子

俺死ね。
ただ、この形になっちゃう場面は何度も見られたんだよな…何を信じて生きろと。

そんでまたトラブルになるんだが それはあとで書く………。





高校二年。

偏見癖をなくすことにした。
完璧にとはいえないが、極力無くし切ったころには夏だった。
意識改革ってのは楽じゃないが 人の見方を変えていくのは今後必要になってくると思う。人生の勉強と思えば。





そして現在。

特別不都合なこともない(?)まま高校三年へ。





偏  見  再  発  。



「細かい、うじうじした男」
そう呼ばれてもかまわないくらい状況は悪化した。
この学校やってられん。



なにより杜撰(ずさん)。
DQN。
空気読めない。
不謹慎。


1000を越える生徒の中、波長があうのはかなり限られる気がしてならない だってほとんどDQN思考だったりするんだもの。
中学の頃の俺をみてるような…
なんだこのストレス
(^O^)<不謹慎リア充死ね!うんこ顔にあてて死ね!








さて
突然始めた愚痴を目的とした内容だから けっきょく何がいいたいのかわからなくなったが、たぶん
「みんな持っている優しさを捨てないでください><」
とでも言いたかったんじゃあないのかと思う





あとで年表っぽくまとめるから そっちみてもらったほうがいいかな。


次回更新
◆年表ぽいの
◆家族の会話
◆その他
の三本です


じゃーんけーん

(^O^)<リア充死ね!!

うふふふh
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2007-10-01 14:31:36

俺の想い出話聞いてくれ2

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自爆の後、少年は悟った。



中学時代の あの明るい生活は絶望的だと。

『高校デビュー』なんてするつもりなかったのに 悪い意味での『デビュー』がここに成熟した。





さて気まずい空気だ。
話し掛けられない。

なぜあの時
「ちょww冗談だってばwwwww」
と言う勇気がなかったのか。
悔やみきれないところだが、おそらく 言っても意味がない と思ったからだろう。

一度発した『言葉』は 状況しだいでは撤回しづらい。
重役公務員の失言がマスコミにフルボッコされるのと同じく、『変人』の失言もそうである。

子供が大人から
「言葉をよく選べ」
と教えられるのは、そういう『空気』を回避できる能力を養わせるためである。

『言葉』は『伝達手段』だが、変なふうに例えて『果物包丁』といえる。


『果物包丁』というからには、その使い道は当然
「果物を切る(扱う)」
これにある。

対話相手を林檎にでも例えてみようか。

調理師ってのは 皮とかスルスルむいていくよな(非性的な意味で)。
完成形は綺麗な球となるはずだ。
それは『包丁』の用途を理解し、慣れているからこそ為せる技だよな。
つまり扱いが「正しい」、「上手」ってことだ。

さて、これを下手くそな奴が使ったとする。

いわずもがな、デコボコになるかと。
皮が中途半端に残ってたり、余分に切りすぎちゃったり。バランスが悪い。
見た者から得る印象は悪い。


対話ってのは思いやりのかけあいだ。
つまりだ、ちょっと違う気もするけど「相手の扱い方」ってのが極めて重要になると思うんだ。


当時 俺が放ったB29
「貸さなきゃ何言われるかわからんしwww」



林檎をど真ん中からぶっ刺すような行いである。

ズッタズタである。

『包丁』の用途を見事に見誤った、典型的な『やっちまった人』である。
笑いの沸点が高い人間だけを積めたドームの真ん中で 小島よしおにネタやらせましたみたいな。
物事には『適材適所』ってのがあってですね………





さて
林檎に包丁ぶっ刺してぐっちゃぐちゃにした状況だ。
「取り返しがつかない」事態なわけだが。

「やっちまった」を治めるための『冗談』は さらなる「やっちまった」を生む。
やはり謝罪が必要だ。

交遊を求めるための『冗談』が『謝罪』に直結するとは…思いもしなかった事態だが、今の社会 空気読めなかった奴は滅ぶ。
滅びたくなかったら それ相応の行動をしなければ………。

というわけで 後日謝罪をすることにした。





こんな謝り方したのは何年ぶりか。

高校一年にして 少年は一人の女性に頭を下げた。
もう本当に申し訳なかった





それから数日。

今までの考えを改めることにした。それでも馬鹿には変わりなかったがマシだった。


高校は 様々な地域から様々な人が集まる一つの『社会』だ。
全員が自分と共通の意識というわけではなく 趣味も知識もバラバラである。
極端な話
『都会』『準都会』『準田舎』『田舎』
こんなかんじでわかれる。
通ることもあれば無理なこともある。言葉に注意せねばならんわけで。

また、多少の大人意識をもちはじめた人間が多いみたいなので 空気も重要になってきた。

率直に
「とてもめんどくさい人付合い」
が展開しかねないといっても過言じゃあない。


ただ、俺なりに努力はしてみるつもりだった。
中学の『傍若無人』から一変『思慮分別』
これはけっこうキツイものがある。
意識改革というよりは「性格を捩曲げる」に値する行為。長い時間が必要だろうな…。





さて 野郎と仲良くなった(はず…)その後押しは64。

あの時俺は何考えていたのか。

恥を乗り越えハード機器次いでコントローラ四つにカセット…
あれは一種の錯乱状態だったんじゃないかと思う。



最初
野郎たちは
引  い  た  。



彼らの顔面から

「こいつ…とうとうトチ狂いやがった………!」

「プッツンしたか…!」

とでも言いたそうな空気の流れを感じたが もうどうでもいい。


無理な意識改革が錯乱を生んだ この『64で拡げる友情の輪作戦』
聞いた話では ハード機器を大胆にも持ち込んだのは 開校初の試みであり、後に他のクラスも持ち込むことになるのだが 俺は火種をまいた当事者としていらんところで注目をうけることになる。
つか 模試のやけくそ解答を職員室→他クラスに晒されるとか
遅刻常習犯だとかで もともといらん知名度があったらしい。なんという人生………。


まあなんやかんやで 序盤二人だけでもいいから一緒にやるやつみつけようと思ってるうちに めちゃくちゃ増えた。
みんな64スマブラ世代。
あの頃に帰りたかった野郎が ひどいときには約10人が閉校まで残ったときもあった。



かくして 俺の周りに人が集まった。
というよりは「64で釣った」ってとこだが まあよしとする。

前と比べて口数が増えた。
話す機会が増えた。
自分の意見がみんなの耳に届くようになった。


高校生活第一学年二学期。
どん底から脱し 俺の人生\(^O^)/ハジマタ


3につづく↓↓↓
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2007-10-01 09:53:05

俺の想い出話きいてくれ1

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つくづく 自分のリア充時代を思い出すと「死ね」と言いたくなる。
かつてそんな時代もあったんです。

いつだったか話したかな、特に中学時代は周りの人間に迷惑かけつつ 自分は楽しく過ごしていましたっていう話。
『自分勝手』とか『傍若無人』そんな言葉が似合ってたんじゃあないか。
今となっちゃ 当時と比べて根暗って言われてもいいくらい引っ込んでる気がするが。
けれども「自重する」ことの意味を理解したことで 今の俺は前より改善されたのか。はたまた抑えすぎで廃れてしまったか。
あの頃は輝いていたかもしれないが 周りに迷惑をかけたうえでの輝きなんてものは今の俺は信じちゃあいない。そういう見方ができるようになっただけ「改善」とまでは言えなくとも「マシ」にはなったんじゃないかと思う。



さて 高校入ってなぜこんなんなっちゃったかについてである。

正直『自爆』なのだが、
入学して早々、女子に喧嘩を売ってしまったのが事の発端である。

入学当時、中学の頃の脳みそを抱えたまま 名前もわからない人間に囲まれつつ
「前と同じ学校生活送りてえな」
とか考えてた。この時点で死ねと言いたい。
この曲面での「前」とは

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
男女関係なく とにかく馴れ馴れしく接しあう
__________

そういう考えである。
まあ 見ず知らずの人間たちと仲良くしていくなら、多少なりそういう考えを持たないと隔たりがいつまでも残るし、そういう意味では悪い考え方でもない。

しかし中学時代 かつて彼女であった人間はこう言った

「シャイボーイ(笑)」


思い返せば あんなリア充半DQNだった俺の何に惹かれたんだろうと考えたくなるが…
言葉のとおり 俺はシャイであった。
自分から話しかけるのは苦手であった。告白も俺からというよりは 周りを使っての間接的なものだったと言える。

さて困った
クラスは全体的に牽制しあっている。
各個 全体の流れを読みつつ動く機会をうかがっている状況だ。
全員とは言えないが『一時的なシャイボーイ』と化してしまっている。大変気持ち悪い。

ここまで静まり返っていると さすがに苛立ってきた。
今まで思い通りになってきた人生に まさかのアクシデントである。

「んだよこのクラス…つまんねーな」

とか考えていた さすが馬鹿。
自分は動かない受動型のくせに、変化が訪れなければこれである。
しかし本人、まだその自覚がない。


さて数日後。
クラスの人間とも 少しずつではあるが話せるようになってきたが まだあの自覚がない。
そのうえ ちょびちょびやらかしてしまったハプニングが災いし、「悪い意味」での”変人”扱いをされていることは否めず。さらに壁ができている気がした 特に女子と。


ある女子(『A』とする)と たまたま同じ部屋で勉強する状況になった。いや、席は離れているが。

そこでAさんが言った

「チャート(数学の参考書みたいなやつ)貸してくれる?」


さて 高校生活始まって「初」と言えるんじゃないかと思われる女子との対話イベントである。
ここで好印象を与えるような対応をすれば、その評価は後々 女子全体に行き渡り、中学の頃の『夢の極楽リア充生活(全体に馴れ馴れしくできる生活)』がおくれるんじゃあないかと判断。俺死ね。

瞬時に作戦をたてた。

普通に貸すだけでは 当然普通に終わると考えた俺は、「冗談を交えて」を課題に接することにした。


俺:「どうぞー」

Aさん:「ありがとー」



さて ここから俺の自爆生活が始まるわけだが。





俺:
「貸さなきゃ何言われるかわからんしwww」



/(^O^)\






中学時代なら こうなる手筈である↓

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
俺:
「貸さなきゃ何言われるかわからんしwww」

女子:
「ちょっとそれどういう意味ーwwwww」

__________



さあ 現状を把握しよう。
入学当初の俺の全体印象である

◆ぎこちない
◆特に女子に悪い意味での変人扱い
◆未知

つまり 壁が解消していない状態である。
サトシとピカチュウが初めて出会ったときくらいに思ってくれていい。


そんな俺が
「貸さなきゃ何言われるかわからんしwww」






冗 談 と 思 わ れ る わ け が な い



遅刻常習犯、常に眠たそうな顔、気付けばゲームばっかやってる不気味な奴にチャートを借りようとしたAさんの行動は『勇気』と呼ぶに相応しい。

しかし まさかの

「貸さなきゃ何言われるかわからんしwww」



不気味さを増長させてしまったどころか、嫌悪感をも生んだに違いない。


打ち解けてもいない。
大きな壁で遮られていた間柄での『冗談』は その効果を成していなかった。


そして
「あ…しまった」
と気付いた頃には、Aさんが普段ださないような重い声で 嫌悪に満ちた返答をしてきた…そんな記憶がある。




一本の死亡フラグがたった。


このとき少年は

「(;^O^)こ、この地域の人間は冗談も通じないのか………怖えー」

とか思っていた。どこまで馬鹿なのか俺死ね。



よし2に続く。
授業中の更新だからいつ書き終わるかわからんけど………。
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