2014-12-21 23:56:13

劇的な日

テーマ:日々のできごと

【BBTにて】

さかのぼってます。
12月21日。この日は、新春特番の収録日でした。

緊急動員したアルバイトちゃんにも手伝ってもらって、
朝からもくもく作業して、夜の収録に滑り込む!
…そんな予定を立てていました。


…でも、全てが狂ってしまいました。

朝方、病院から私のケイタイに電話が入り、
昨日急におなかがいたくなって緊急入院した父の件で、
母と連絡をとりたいと。

内容的には、休日ということもあって、
専任の先生が来られるのはもう少し先なので、
今後の対策を練りましょうと伝えてくれというような話でした。
今は安静にしているから、そんなに急いで来なくていいですよ、と。

…そこから1時間も経たないうちに、今すぐ来いと母から連絡が入りました。
病院に駆けつけた頃には、すでに蘇生が試みられているところでした。

もう意識はなくて、呼び掛けても反応はありません。

…あまりの急激な展開に、ぜんぜん頭の整理がつかなかったのですが、
父とはもう、普通に会話できない状態にあるということは分かりました。

叔父夫妻も駆けつけてくれ、先生からも状況を伺い、
昨日の夜から今日の朝にかけて、劇的に臓器がやられてしまったとのこと。

…だって、おとといまではピンピンして大学の授業にも行ってたのにさ。
何を口にしたのかわからないけど、
とにかく激烈な変化が父のカラダに起こってしまったようです。

…目の前が涙で全然見えない中運転して、
アルバイトちゃんに指示をするために一旦事務所に戻って作業。
…でも全然手に着かない。

そうこうしていると、叔父から「息をひきとった」と連絡が。

そこからは諸手続きと葬儀の手配で
あっという間に時間が経ってしまいました。

やることが多くて、結局悲しみに浸る余裕もなく
夜の番組収録へ。

外見からは何も変わらない私のようだけど、
1日のうちに、いろんなことが大きく変わったその日に、
こういうお仕事をさせていただけたこと、
豪華な出演者のみなさんの様々なお考えに触れられたことに感謝しつつ、
日付が変わる直前にテレビ局を後にしました。

まちづくりの業界で40年以上がんばってきた父。
いつのまにか私もなんとなくまちづくり系の道に進んで、今があります。

今、私が取り組んでいることを、
最も近い師匠として評価しアドバイスしてくれることがもうないのは残念だけどね。

ぶれない指標をひとつなくしちゃったけど、
全身全霊でその時々になすべきことを見極めて行動していくしかない。

遅かれ早かれ、別れがやってくるなら、
驚く早さで逝っちゃったのもまた潔くて父らしい。

…そうだ、これもきっと、父からの謎かけに違いない。
いつも、禅問答みたいな会話ばかりしていたから。

この状況で、私がどう取り組むか、
ニヤニヤと、どこかで見ているかもしれない。

おやすみ、お父さん。ゆっくり休んでね。
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コメント

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1 ■本当に残念でした

あおいさんのコメントを今マレーシアのクアラルンプールで拝見してます。
読んでいて昔先妻の父親が入院したときのことを思い出します。日曜日で先生がいなくて、様子を見ているうちに急に具合が悪くなったこと。病気は違いますけれど。街づくりの跡継ぎをしてと言ってますよね。

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