引っかかるもの

テーマ:

『私』感覚の消滅がもたらすものを、毎日楽しんでいます。


思考も感情も今まで通りおこってくる、とわかりました。

でもこれまで「怒り」と名付けて、「恨み」コーナーに分類してしまいこんでいた感覚がやってきたとしても、それを名づけたり分類したりする人がもういないので、その感覚は「あ、そう、誰もいないのね」とどこかへいってしまう。

そんな感じでしょうか。

「怒り」「不快」として知っていた感覚がやってこないわけじゃない。

「私傷ついた」「恥ずかしい~」という思考が起こらなくなるわけじゃない。

でも判断する人がいないから、感覚はいつか消えていくし、

傷ついたり、恥ずかしがったりする「私」が、「ああ、本当はいないんだっけ」と思い出すと、思考は思考として通り過ぎていく。


引っかかるところ、フックがなくなってしまったので、全部がスムーズに流れていくような感じがします。

思っていたのと全然、違いますねえっ

違うといえば、エックハルト・トールが「be present」と言っていた状態が、どういう状態なのかも、やっとわかりました。だいぶ、遅いんですけど・・・・・・


まだまだプロセスの途中なので、これからどんな理解が起こってくるのが、楽しみデス。


おーい、小説はどうなってるんだよぅ・・・・・・





AD