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????と思われる方が多いと思う。
この島は壱岐という4町からなる人口3万を切ってしまった島だ。
最盛期は5万人弱だと思う。
僕が高校の頃まで、4万5千程度だったように思う。

俗にみんなは【壱州弁】と呼ばれるものを喋っている。
長崎の言葉には程遠く、福岡にやや近いという感じなのかなと思う。

4町ほぼ同じ言葉だと思う。
例外を除いては・・・。

その例外とは?
そう我が勝本町勝本浦である。

勝本町勝本浦


勝本町は人口的に郷ノ浦町に次ぐ人口でいつも郷ノ浦か勝本かという時代もあった。
中体連などもそうかな?
郷ノ浦はいわば都会で行政機関も揃っている。
長崎県庁の出先機関、壱岐支庁もこの町にある。
病院も高校も(商業高校は勝本町にある)。
そして、繁華街も・・・。

勝本の漁師さんたちが稼いで郷ノ浦で金を落とすというのは長い間続いていたと思う。
今ではすっかり崩れているけどね。
もっと昔は勝本にも映画館が2つあり、最絶頂期だったみたい。
昭和30年代初めかな。

勝本町は3つの小学校と2つの中学校からなる。
まず勝本地区は勝本小学校、霞翠(かすい)小学校が勝本中学校に行く。
ほぼ2倍の人数(ちなみに僕らの年はなぜか少し多い程度だった)なので3年間で霞翠(かすい)小学校の生徒は勝本弁になる。というかなってしまう?
そして湯の本地区には鯨伏小学校から鯨伏中学校へ行く。
ここが一番生徒数は少ない。

ちなみにこの湯の本地区は温泉街です。
よく怪我などしたら治癒のために小さな頃行った記憶もある。

この勝本弁、他と違うのを痛感させられるのが高校に行った時である。
しかも、壱岐高校に行った時、そして、行った人間は意地でも壱州弁を話さないし、変えれないのだ。何かしろ変なプライド?みたいなものもある(笑)。
壱岐商業に行った人間はわりかし楽らしい。勝本の人間も多く、前友達が言ってたけど、勝本中学4年生みたいな感じだったと(笑)。

そして、最も困るのが【敬語】なのだ。

僕ら勝本中学校の生徒は、多少の上下関係はあっても、世に言う『先輩!!』などと使ったことがないのである。ほぼタメ語に近いし、馴れ馴れしいというか・・・。

だから、やんちゃだった僕は部活に入って言葉が出てこなかった。
なんて、呼んでいいかわからないのだ。そして呼ぶことに恥じらいを覚えるのである。
さすがに場の雰囲気でタメ口訊いちゃいけないだろうことは察知した。
でも、口が裂けても『○○先輩!!』なんて言えないのである。

このことは1年前、福岡で友達と話して大笑いしたものだ。
『困ったよなぁ』と。

しかも、僕は特進クラスに入ってしまい、周りからは『なんでこんな奴が』、『怖い』と両方です。
特進クラスというと聞こえはいいが、この島には2校しかなく、福岡や他県のように成績に応じた高校に行くというシステムは存在しない。
たまに、長崎の青雲に行く奴が出てくる。
僕の場合、親戚が『現住所移して福岡の○○館、○○丘受けなさい!』と煩かったけど。
一時期というか、中学の2年の時、4ヶ月福岡の病院に入院した時、従兄弟の姉ちゃんに勧められた時はその気になったけどね。博多弁覚えたし(笑)。
そして、入院してた女の子可愛かったしね。この前書いた、マドンナとの恋は終わってたしね(というか捨てられたのだが)(笑)。
ただ、ほぼ2日に1回くらいで手紙が来てたんだよなぁ。
結構、みんなから手紙来てたんだけどね。そんな頻繁じゃなかった。
あっ、これもこの前書いたが(マドンナへの返事を書かなかったこと)、返事を1通も誰にも書いてない(笑)。
そうそう、だから9クラス(クラス/45人)あって90位以内に入れば自動的に特進クラスに入ってしまうのである。
だから、眉毛の細い変な奴がいたら、いい大学へ行くためのステップとして特進クラスを目指して頑張って来た子たちにとっては迷惑な話なのである(笑)。
だから、最初、煙たがられた感じがありありしたけど、まぁ、文句は言っちゃこないわなぁ。
でも、この場合、僕は勝本弁に救われたのだ。
教師が意見を求めたところ、僕が『なんや突然!俺に聞くなよ。そんなの。わからんめえもん!』を勝本弁で(そう、僕らは教師に対しても勝本弁で答えてしまうのです(汗))答えたら大爆笑が起きて、僕は何がなんだかわからなかったのだが・・・。

そこで気づいたよ。
勝本弁笑われるやん!と(汗)。
ちなみに女の子の勝本弁は可愛いと言われるこの矛盾(笑)。

そして、2年に上がるときには見事に特進クラスから落ちてました。ハイ!(笑)
落ちたのは90人中2人です。

ちなみに長崎県自体がそういう雰囲気なんだと思うけど、やたらと国立志向が強く、教師が押し付けてくるのには嫌気が差していた。
90人中70人位国立に合格するから恐ろしい特進クラスではある。
僕は中学の頃から、もし大学行くなら東京の私立という願望が強かったから、それでも反抗してしまってたんだよね、教師に。
入学順位でクラスが決められるということは前述したが、入るとそうそう目標大学を設定させられる。教師曰く『九○大学にしろ』、僕『嫌!』の応酬です。なんかしつこいんだよな。教師にもノルマがあるんだろうけど、田舎の公立高校だよ?
なんでそんなしつこいか尋ねると入試の順位を聞かされ、本人が驚いたよ(笑)。
ちなみに、妹はその九○大学に絶対合格の模試などではA判定、B判定だったが、僕らの次の年から始まったセンター試験とやらに失敗した。
でも、国立には行ったけど。
元々、音大志望だったけど、お袋のお金がかかるで却下!!
わかんないもんだよね~、大学入試なんて。

これ以上、この話はよそう。明らかに自慢話になってる(笑)。

そう、高校時代は勝本弁を貫き通したというか・・・。
どれくらい他の町と違うかというと、例えば大きなスーパーで会話が聞こえたら、どこの人かわからないけど、勝本浦の人間は一発でわかってしまう。

特に最近感じるのは、お袋が昔の言葉を使う。それは僕らでもわからない(汗)。

なぜ、ここまで違うのか?
高校の時、ある町のやつが、太古の昔、勝本浦だけ島に後でくっついたって奴いたけど、無理ありすぎやろ?
よく聞くのは、前書いたことがあると思うんだけど、漁が盛んな時代に江戸時代だったかな?(ちなみにこの島は元寇で一度壊滅してるはずだから、それ以前の歴史は消えてると思うんだよね)。
京都から芸姑さんを呼んでたという話をよく聞く。
九州内なのに『おおきに』って平気で僕らも使うもんね。
相手のことを『われ』とか言ったり・・・。

でも、不思議だよね。
同じ町でも、ここ勝本浦だけ違うし、いろいろ地区があり、そこそこちがうんだろうけど『勝本弁』は明らかに違うんだよね。

そして、子どもが少なくなっているとはいえ、見かける子どもたちが喋っているのが勝本弁だったりすると、なんかニヤついてしまう。
他所の町からお嫁さんが生まれても、子どもは勝本弁になるから不思議だよね(笑)。

お袋は小さい頃、お袋のおばあちゃん、つまり曾祖母が厳しかったらしく勝本弁を話せなかったらしい。曾祖母が厳しい人だったみたい。珍しいよな、この町で。

だから、僕に多国語、英語など喋れるわけないのである。

勝本弁、博多弁、標準語、もういっぱいいっぱいなのである(笑)。
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