ネタバレについて

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2010年秋、花の都(映画ハートキャッチプリキュア!)の試写会があった。
横浜市民限定かなんかで抽選で一般人も参加できたヤツだったと思う。

そこでASDX3の予告が流れたみたいで、その予告を見た人のツイートを、
当時は何も考えてなかったから(今も特に何も考えていない)、
「そうなんだ!」って思って即RTしちゃって、他にもツイートやRTで拡散されてて、
その後で初代から観てる人たちをめちゃくちゃガッカリさせてしまったということを知った。

当時はまだプリキュアを追いかけ始めてから日が浅く、
「へー、またオールスターズやるんだー」
くらいにしか思って無かったんだけど、
無印から追ってる人からしたら、来年プリキュアがあるかどうかも毎年不安だし、
ましてや3度目とはいえオールスターズ映画がまたやるなんてのも、
当時の俺には想像できないくらいビッグなサプライズだったわけだ。

思い返せばその1年前、おもちゃの国の舞台挨拶でDX2の予告が流れた時、
劇場内に「おおお~~~~!」っていうどよめきが流れた。
その時もまだ来年もプリキュアがあること、映画でオールスターズが揃ってくれることのありがたみをあまり分かっていなかったけど、
長年ファンやってる人からしたらめちゃくちゃ嬉しいんだろうなあとは思ってた。

冒頭のDX3の予告の話にしたって、もう1週間もすれば周知されるようなことだけど、
やっぱり「来年はオールスターズやるのかなー、どうなのかなー」ってハラハラドキドキしてる人からすれば、
きちんと映画を観終わったあと、心の準備が出来た上で知りたいっていうのは当然。
俺もその期待をぶち壊してしまってから理解したわけなので、
あんまり人のこと言えないけど、見たくない人の目に触れるかもしれない情報、
ましてや公式が「発表」したわけでもない情報は、不用意に拡散しないほうが、
思いやりなんじゃあないかなと、毎年この時期になると思う。
「新しくて良い情報」を拡散するという行為そのものは本来良いことではあるはずなんだけどね。

こういう話をしている時に
「あらかじめネタバレを知っていたほうが物語は楽しめる」論とか、
「ネットなんだから見たくないものもあっても当然だろ」論を持ち出す人は、
普段、自分で思っているよりも無意識に人を傷つけている可能性があるのではと一度反省してください。
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東京国際映画祭で『映画ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!?未来につなぐ希望のドレス!』を観た。今までのプリキュア映画の中で一番衝撃的だった。

こんなに悲しい話がプリキュアで描かれるとは思ってなかった。悲しいまま終わる話じゃないけど、観ている最中はどうしてここまで悲しい話にしたのか分からなくて、観終わった後も、ああかも、こうかも、とか考えながら、立ち直るのに2日かかった。なんかずっとTOUGH BOY聴いてた。

これまでプリキュアを見てきた人なら衝撃を受けるポイントは大きくふたつあって、ひとつは現実に起こりうる形での人間の死。

本編でも、マナのおじいちゃんだけ出てくることからおばあちゃんは亡くなってるんだなっていうのが、間接的に分かるようにはなってる。
けど、今回ははっきりと、おばあちゃんも、ペットも、いつか死ぬってことを表現してる。しかも、マナをかばって散った、とか感動的なもんじゃなく、なんか綱が切れちゃって、なんか道に出ちゃって、なんか車に轢かれちゃったっていう、犬死にだ。
おばあちゃんのお見舞いから帰ると、雨の中、家の前にパトカーが停まっている。不安を抱えて家に入ると、マロが交通事故に遭ったことを知らされ、遺体が映し出される。おばあちゃんの心配をしているところに大好きだったマロの死。死をドラマチックに扱わない反面、マナの不安からショック、悲しみの心情が徹底的に演出されていて、自分の死別の記憶が、どんどん蘇る。
舞台挨拶で渕上さんが「大人にはちょっと切ない」とおっしゃっていたけど、切ないどころではない。マロもおばあちゃんも生きているオモイデの世界で「こんなのずるいよぉ!」と泣くマナ。こんな世界に閉じ込めてくれるなんて、むしろありがたいんじゃないか…?いいじゃん、ムーピーゲームみたいでさ…。

プリキュアは、どんな逆境でも、何度倒れても、立ち上がって、前に進んできた。プリキュアにハマる人の中には、プリキュアの逆境を自分の逆境に変換して、立ち向かうプリキュアの姿に励まされたという人が少なくない。俺の身近なプリキュアファンにはそういう人が多いし、俺もそうだった。

でも今回の映画は、逆境の概念じゃなくて、普段はなんとか折り合いをつけて心にしまっている、愛する者との死別の記憶を引きずり出されてしまう。犬や猫や人が幸せになるように祈っても、犬や猫や人がある日突然死んでしまう。
「マナ結婚!?」とか「未来の世界へ、レッツゴー!」なんて明るめの表現を使っているけど、テーマは生と死。重たい。
結婚するということは、人生が少し変化して、前に進むこと(したことないけど)。おばあちゃんのウェディングドレスを受け継ぐということは、おばあちゃんのたどった死にも近づくことでもある。ベベルの「マナたちには未来が、無限の可能性がある」という趣旨のセリフ。無限の可能性は、死も内包している。やはりなんとか目を逸らして折り合いをつけている、いつか来る自分の死も意識してしまう。

オールスターズDX3での妖精たちとの永遠の別れのように、直接死を描かなくても別れの辛さ・悲しさを描くことはできる。けど、脚本の山口亮太さんはあえて強烈に死を描くことで、人間の生を強調した。

それがもうひとつの衝撃的な描写、プリキュアの流血に現れている。めちゃくちゃ痛そうな攻撃はガードさせる、ダメージの大きさは地形とかで表現するっていう、鷲尾元プロデューサーの有名な言葉を知ってる人なら信じられないかもしれない。
暴力性・残虐性を高める意図で描かれたものじゃないのはストーリーを見ていれば分かる。ストーリーをよく見てもよく分からないクラリネットに、よく分からない理由でそそのかされたマロの牙で、キュアハートが出血する。変身しても、キラキラした衣装を着ていても、プリキュアは血の通った人間だった。
キュアハートのハートは、心とか、愛とかのイメージからハートなんだと思ってたけど、人間の心臓だった。「ドキドキ!」は鼓動、動いている心臓、生きた人間の心臓の音だったんだ(『ポッキョポッキョ』って鳴るやつもいる)。心臓の中には血が流れていて、ドキドキ!の中心であり源である心臓が傷つけば血が出る。生きてるからだ。マナの結婚は、マナの血痕だったんだ。女の子は誰でもプリキュアになれるけど、プリキュアになりたいと願う子供たちも、スクリーンの中のプリキュアも、同じ生きた人間。そして残念ながら、嬉しい事に、生きてる人は生きている。生きている人は、生きているうちに、受け継いだ愛を誰かに受け継がせていかなくちゃいけないらしい。
こんな残酷な現実を、優しく突きつけてくれる映画だったと思う。

これまでのプリキュア映画にあった「らしさ」はほとんどない。表層的には、ミラクルライトもあるし(ライトのシーン、亜久里ちゃんが一瞬こっちの世界に来るの、とても良かった)、EDのダンスもあるし、ちゃんとプリキュア映画してる。けど、スタッフたちが今のプリキュアが背負うべき役目とか、伝えないといけないこととか、ものすごくよく考えて生み出した結果、これまでのプリキュアとプリキュア映画に求められてきたものじゃなく、スタッフが今、世に伝えたいことをプリキュアで表現した映画になってる。

だからねー、愉快なプリキュア映画を期待して観に行った身としては、そりゃもうびっくりしたよ!!笑

死を描いて生を際立たせるのは一般的な手法でもあるけど、プリキュアでそれをやってしまうとはねー。強くて頼もしいキュアハートはむき出しの心臓だったなんて、ドップリハマった頃にこんな形で気付かされるとは…ドキドキ!プリキュアめ。かなり恐い、でも楽しい!
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これから見る人は読まないほうがいいです

まず、ヴンダー初戦のBGMで泣いた。
水面?(偽装なんちゃらとかいってたからホントの水じゃないんだろう)から浮上する戦艦に
NノーチラスのBGM、しかもオペレーターに大塚明夫さんがいて、
ナディア要素が今こんなところでちょうカッコよく盛られててたまんなかった。

16日に流された冒頭6分のシーンでもナディアBGMが使われてるって気づいてる人はいたけど(俺は気づかなくて、あとで原曲聞かされてあああ!ってなった)、ここまでモロに使ってくるとは。

ATフィールドを戦艦の推進力に使ったりしてるのもすごい面白かった、人間がここまでエヴァの謎テクノロジーを応用できるってのが、最初から描かれてたら安っぽくなってただろうけど。

追い打ちをかけるように、伊瀬茉莉也ちゃんが演じるオペレーターがいて、大塚明夫さん演じるおっさんとも絡んでて、個人的に狙い撃ちされてるのかと思った。

序盤はそんな感じで、予想を裏切るもなにも何も予想できないままワケわかんないけど楽しいシーンが連続だった。

シンジがNERVに行ってからは一転、どんどん謎ばっかり出てきてシンジが陰惨な感じになってきて、序とか破じゃなく、昔エヴァ見てた時の気分を思い出す。ヱヴァからエヴァに戻っていく感じ。
このあたりからのワケわかんなさは、新劇場版から観始めて、序とか破みたいなの期待してた人は怒るんじゃないかってくらい。
それこそ昔、『Air/まごころを、君に』を劇場で観て
「なにこれふざけんな!!」
ってなった高校生の頃の自分みたいな気持ちになる人がまたたくさん出るんだなあって思って、
楽しかったです。

にしても、現NERVはゲンドウ・冬月・アヤナミ・カヲル君の4人だけで運営してるんだろうか。次回作では、インフィニティだのガフの扉だのの謎は謎のままでいいから(説明されたって分かんない)、プシュって出てくるペースト状のメシは誰がどうやって作ってるのかとか、カヲル君がウォークマン直すところとかをきちんと描いて欲しい。

13号機起動からも全くワケわからない。けど、『エヴァンゲリオン』見てる感はすごく高かった。エヴァがファンネル使い始めたのもびっくり、特に反応せず普通に戦ってたアスカにもびっくり。昔だったら「◯◯兵装(←専門用語)まで使えるの!?」とか言いそうなのに。
関係ないけど、『破』の健康的なアスカも素晴らしいけど、片目だったりやつれてるアスカもいい。

頭蓋骨でできた丘みたいなところで2本あるロンギヌスの槍を手にする13号機、2本あるのが旧劇と何かが重なってることの暗示かなあ、以外はどういう意味か分からないけど、ゴルゴダの丘でイエスを処刑した13番目の男、ゴルゴ13と関係あると思う。本当は無いと思う。

最後に赤い大地でシンジ・レイ・アスカが歩き出すところで終わるのは、やっと、「改めてエヴァンゲリオン始めますね」って言う感じで良かった。
次回は荒野を歩いてふと入った店で、ランバ・ラルみたいなおっさんに何かおごってもらうところから始まると思う。

『破』はエンタメ性がめちゃくちゃ高いと同時に『エヴァ』から見てる人には衝撃が強すぎて、情報量の多さも相まって観終わったあと頭痛が止まらず、その日は何もできなくなったけど、
『Q』は時間短いしドギツイショックはあまりないから、2日連続でみても大丈夫だった。

早くサントラ欲しい!資料集みたいなのもあったら手出す。

【追記】
2回目をみて、7月に金曜ロードショーでトトロやったときに流れたCGで描かれたピアノの映像だけの予告編の意味がわかった。
Qではあからさまなギャグシーンが全くないから、あの予告編を観た人がピアノが映った瞬間笑っちゃうように用意してくれてたんだと思う。
今のところ、それ以外に意味が見出せない
参考:7月の予告編流れたあとのまとめてきなやつ
http://matome.naver.jp/odai/2134219450422091501
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