$taroozaの不思議の謎解き 邯鄲(かんたん)の夢



私は小学生でした。

その日は、「戦争体験」の話しです。(戦後の日教組指導で熱心でした)

戦争中の先生は、まだ学生で、空襲のあと勤労動員で焼死者の片付けをしたと話し始めました。 


子供相手にしては、えらく念入りな無残なことを話しています。
焼死者のあごに長いとび口で引っ掛けてひきずって運んだと・・子供たちの反応を窺うような嗤っている顔でした。

先生が教室に入ってきたときから異臭がします。我慢できないほどの悪臭です。
私は、静かにしていることが身を守ると、経験上から黙って耐えていました。
 


それから40年以上経ってから、あの臭いは何かとの疑問の一部が分かりました。
中世の僧侶「源信」が描いた地獄図絵にヒントが有りました。悪臭図です。
またこの源信は、夢日記を後世に残しました。( 往生要集 上下巻 源信 (著), 石田 瑞麿)


それから後年になり、
東京大空襲での出来事を懺悔する老人の話しを聞きました。

私は小学校での「悪臭」を思い出しました。


老人は告白しています・・・

火傷で瀕死のひとの頼みで、とび口で脳天を一撃して楽にしたと。
「お題目」を唱えながら・・泣きながらそれをしたとの。

この老人は、生涯にわたって功徳を積んでいる人でした。お寺の世話人としても良く尽力して亡くなりました。

臭いはありません。


幕末の「人斬り以蔵」と云われた人物は、暗殺を行った後、異常に臭かったと記録されています。
戦後の死刑囚のなかには、死刑執行の直前、異常に臭かったと刑務官の手記にあります。



そして、あの「悪臭」に包まれていた先生は、なにを・・・。



現在、平和な日本と謂われていますが、あの「悪臭」に包まれている人が増えてきたのを感じています。

ある方に、「気の臭いを嗅ぎ分けているのかもしれない」、と・・言われました。



13日より迎え盆が始まりました。



ご訪問感謝いたします。









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