2007年07月28日、日本出国。約1年半↓のルートで世界をぷらぷら。


福岡→韓国→中国→モンゴルロシア→エストニア→フィンランド→スウェーデン→ポーランド→リトアニア→ラトヴィア→エストニア(2回目)→ドイツ→イタリア→ギリシャ→トルコ→シリア→ヨルダン→イスラエル→ヨルダン(2回目)→エジプト→エチオピア→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→タンザニア→マラウイ→ザンビア→ナミビア→南アフリカ→レソト→南アフリカ(2回目)→ジンバブエ→モザンビーク→南アフリカ(3回目)→イギリス→日本!!



旅の写真へはコチラから→ こう・・・パシャっとね。。 虹

工事中・・・・・・・・・・・


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2010-08-24

待たされるのは嫌いなの

テーマ:04月08-04月20 イスラエル
ロビーで待たされること約30分。
未だパスポートが帰ってくる気配はない。


暇つぶし用に持参した本を読んだり
日記を書いたりして時間を潰す。


目と鼻の先では審査官が相変わらずの態度で旅行者を質問責めにしている。
周りを見渡すと、同じように待ちぼうけをしている人たちがちらほら。
各々が独自の方法で暇をやりすごす。


只今、イスラエルの入国審査中。
そう、これは世界的に有名なイスラエルの入国審査放置プレイ。
それを満喫中なのだ。


国柄もあり、入国審査が異様なまでに厳しいイスラエル。
前に通り過ぎたヨルダンの国境とは比べ物にならない。


パスポートにイスラエルと敵対関係にあるイスラム諸国
(イラク・サウジアラビア・シリア・・etc)のスタンプがあると審査官からの質問の数は倍増し、
放置される時間もかなり長くなる。場合によっては入国拒否を食らう可能性もある。


その逆も然り。


もしパスポートにイスラエルのスタンプがあれば、
上記のイスラム諸国への入国はできない。(エジプト・ヨルダンはOK)
なので、イスラエルの後にアラブ諸国を周りたい旅人は、
パスポートにイスラエルの入出国スタンプがあってはならない。


ではどうするのか?答えは意外とシンプル。
スタンプはパスポートではなく別紙に押してもらうのです。(大抵、出入国カード)



注意する点と言えば、
例え、イスラエルの入国スタンプがなくとも、
このキングフセイン橋でのヨルダン出国のスタンプがあれば、
自動的にイスラエルへの入国がばれるため、
スタンプ別紙はヨルダン出国時から維持しなければいけない。


同じ理由でイスラエル経由でエジプトへ行くこともできない。
(エジプトの入国スタンプがイスラエル出国を意味する為)
なので、オレはヨルダン→イスラエル→ヨルダンのルート。
これでパスポートにはイスラエル出入国の痕跡ゼロ。


ヨルダン・イスラエルの国境であるキングフセイン橋までは
アンマン中心部にあるアブダビ・バスターミナルから乗り合いタクシーで。
乗客も割とすぐ集まり、すぐに出発できた。



ヨルダン側は割とスムーズに行き、
別紙に出国スタンプを押してもらう。(むしろ向こうから聞いてくれるくらい)
その後は、バスに乗りイスラエル側へと移動。


ここからが本番。


まずは荷物を預ける。
バックパックなどの荷物は入国完了するまで完全に手元を離れる。
ので、暇つぶし用品はあらかじめプラのバックに入れて持ち運ぶ。


金属探知機や空気がパシュっ!と出る機械のチェックを受け、
いよいよ審査官の元へ・・・


この審査官はほどんどが、
20代前半の女性。(美人と評判)
高圧的な態度で質問されるのでMっ気のある人間には至福のひと時。


ありがちな質問が終わった後は、
予想通り、シリアビザを突いてきた。
なんでシリアに行った?
どれくらい滞在した?
シリアで何をした?


何でそこまでお前に言わんといかんのや


と心ではつぶやくが、
顔は無垢な子犬を演じる。


英語も喋れないほうが、
相手もめんどくさがって質問が長引かないと聞いていたので、
適度に理解していないフリをしつつ答えは一単語で済ます。


じゃそこで待ってなさい。
と高圧的に命令され、
無垢な子犬は喜びを感じながら(感じてない)
ロビーのベンチに腰を下ろす。


こうして放置プレイが始まったのだった・・・




この待たされている間は、
監視されている為、そわそわしてはいけない。(怪しまれる)
と言うが、普通イミグレで何十分も放置されたら、
そわそわするのが普通ではないのだろうか?
逆に確信犯の人間ほど、慌てず平然を装うのが常ではないのか?



そんなこんなをしばらく頭の中で考えていると、
ようやく質問係の男がやってきて、
先ほど受けた質問と同じような質問を機械的に繰り返した。



無垢な子犬の演技は上々で、
質問もすぐ終わった。
運の悪い人は、とことん根掘り葉掘りと聞かれるらしいのだ。


おじいさんの名前。日本での職業。年収。
実家の住所。両親の職業。携帯の番号。etc...



この後、ようやくチェックが終わり、
最後に、スタンプは別紙にお願いね。と頼むと、
快くではないが、別紙に入国のスタンプを押してくれた。


こればかりは、審査官に決定権を握られている。
懇願したにもかかわらず、パスポートに押された人も多い。
運。らしい。


久々に見る自分の荷物と合流し、
イミグレの出口へと向かう。


ここで、入国スタンプを確認されることがあり、
別紙の場合、回収されることもあるのだが、
あとあと面倒なことにもなりかねないので、
このスタンプの押された別紙はキープしておこう。


ここまで約1時間半。
まあまあかな?


イスラム諸国を多く訪れた旅行者などは、
数時間、6~8時間も放置されることもあるのだ。
(実際に8時間待たされた人にあった)


幸い、オレはシリアだけだったので、
この時間だったのかもしれない。
いや、というか無垢な子犬だからか。



エルサレム行きの乗り合いバスに腰を下ろしほっと一息。
別紙に押されたイスラエルの入国スタンプを眺め
この国で何を見ることになるのだろうと想像をふくらます。



バンのドアが勢いよく閉まり、聖地エルサレムへ向け出発した。





日々楽々 ~旅~-israel stamp










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2010-08-18

ようこそヨルダン

テーマ:04月04-04月08 ヨルダン
バスがシリアとヨルダンのボーダーに到着。
ヨルダンを目の前にした旅行者は荷物チェック待ちの列を作っている。


アンマンのソマリエバスターミナルから約4時間半、バスに揺られてやってきた。
VIPバスと呼ばれるバスだけあって、乗り心地はかなりよかった。
その分、こちらでは破格の700SYR(1400円)をしぶしぶ払ったもんね。
普通のバスは半額の値段。タクシーは1時間毎に出ているのだが高いのでパスした。


旅のお供はMika。


2人とも列の前の人がどういった感じで荷物チェックを受けているかを観察。
バックの中身をゴソっと丸ごと出し、吟味する。
出した中身もひとつひとつ念入りにチェック。


バックの底も、わざわざナイフでカットし、
底の底までチェックしている。


オレのバックパックは横から荷物を取りだせないので、
緻密に計算され、丁寧に積み上げられた荷物を全て出さなければならない。
あーめんどくさい。(バックに詰め直すのが)


係の人間がやってきて荷物を見せなさいと指示をする。
バックパックの上の部分を開け、
上層部から荷物を取りだそうとすると、


OK、次!


と係の人間。


あれ?チェックせんでいいのか?


一番怪しまれるであろうギターケースも、


これは何ですか?
ギターです。
そうですか。


のやりとりで終わってしまった。


日本人だから大丈夫ということなのか?
しかしMikaも同じ様に何事もなく通過。
後ろではこの地域の人たちが未だに徹底的に調べられている。


これは一種の差別では?
もしオレが何か違法なものを持ち込んでいたらどうするのか?
この警備体制はどうかと思う。
チェックされる煩わしさがないのはいいけども、
徹底的に調べられ、疑われている人間の横を素通りするのはいい気がしない。


入国手続きも、入国審査官からの質問も一切なく、
審査官からウェルカムとパスポートへのスタンプをもらう。
(日本人はビザなしで15日間の滞在が可能)


アンマンに着くころには完全に日が暮れていた。
宿はダマスカスであった日本人の人に教えてもらった所へ。
バスを降りてから歩いてすぐの所にあるヨルダンリバーというホステル。
ドミトリーで1泊、3.5JOD(約500円)。ヨルダンの通貨はヨルダンディナール。


3340

これはハーフディナール。
あまり硬貨では見ることのない、1/2表記。


アンマンでは特に何をするでもなく、
街をぷらぷらしたり、イスラエルの情報を集めたりして過ごした。



3342


食料は近くの市場で。
市場はいつも活気があっていい。
あちらこちらから威勢のいい声が飛び交い、
買い物客は野菜が新鮮かどうか吟味し、値段を交渉している。


市場の喧騒を縫うように歩き、
活気が遠くで響くようになったころ、
たまたま通りすぎようとしていた食堂から
えらく好い匂いがしたので、そのまま匂いに誘われてみた。


こじんまりとした店内では、
シェフの息子であろう男の子が先客に料理を運んでいるところだった。
椅子に座り、男の子に同じものをくれと注文。


ニンニクと鶏肉のレバー・玉ねぎの炒め物。
これをピタパンと一緒に食べるシンプルな料理やけど、美味し。
皿まできれいに平らげた。
久々に食べたレバー独特の味が、同じものを最後に食べた日本を思い出させる。


男の子は中学生に行く前くらいの年頃で、
わりと大人しい。英語も達者だ。
イギリスの委任統治領でもあったヨルダンでは、
英語をしゃべれる人が多い。
会話をする分にはあまり困ることは少ない。


それに加え、街を歩いていると
うぇーるかーむ!と声をかけるられることが多い。
特に話しかけてくるわけでもなく、
通りすがりにようこそ!歓迎されるのは悪くない。距離感も良し。


一通り歩き回った後は、
丘の上を目指す。丘があるかどうかも不明なんだが、
とにかくどこか高い所を目指す。
街を探検する時は、なぜか最後に高い所から、
今まで歩いてきた所を見渡したい症候群にかられることが多い。





3334



いい感じに街を見渡せる丘を見つけた。(丘あった!)
街の形状もあるのか、この丘から街全体の音が聞こえた。

家の近所で仲間と遊ぶ子供たち
屋上で洗濯物を干すかあちゃんたち
家路を急ぐとうちゃんが鳴らすクラクションの音
たまに耳をつんざくようなパトカーのサイレン

午後6時の街の音。すごい和む。


丘に座り込み日記を書いていると
子供づれのおじさんがこんなところで
1人で座ってなにかやってる日本人が気になったのか話しかけてきた。


あいさつをすると、こっちの人がよくやる、
手のひらを胸にあて、軽くお辞儀をする動作をする。
オレはこの挨拶が好き。
親近感もあるし、どこか品がある。


このおじさんも空気も柔らかく、
たどたどしい英語でいろいろ話そうとしてくれるのを見ると、
こちらが申し訳ない気分になる。


世間話程度に話をする間、
連れの子供は、見知らぬ異国の人間は気になるが恥ずかしいのか
おじさんの脚の後ろに出入りしながら、見物していた。


喧嘩っ早く、熱っぽいのもアラブ人の一面の1つだが、
礼を重んじ、年配者を敬うのもアラブ人の一面。
外から来た人間を歓迎する姿勢も素晴らしい。


子供に少し急かされるおじさんは、
別れ際に一言、
Welcom to Jordan
と、お辞儀をして去っていった。






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2010-08-17

クネイトラの跡

テーマ:03月24-04月04 シリア
住宅地のど真ん中で迷ってしまった。
閑静な家々が並ぶこの区域はそこに住んでいる人の位を表すかのように、
警備員、私服警察が番犬のように各家の前に突っ立っている。


その内の一人に政府役所の場所を尋ねると
親切にもその場所まで連れて行ってくれた。(警備はいいんやろか?)


役所に着くと別の警備員が建物の前に立っていた。

「クネイトラに行くための許可書を申請しに来たんやけど・・・」

「何時?」

「今日行きたい」

というと、ちょっと待ってろと言って、
役所の中に消えていった。

10分もしない内に許可書を手に持って戻ってきた。
宿で調べた情報よりもずい分早めだった。


クネイトラはシリア南西部にある都市で
ゴラン高原の谷間の内部に位置し、イスラエルとの国境のすぐそこにある。


この地域は1967年までシリア領だったが、イスラエル軍に侵略され、
その後、両国が奪回を繰り返したが、74年イスラエル軍は撤退の際、
この町を徹底的に破壊していった。


シリア政府はイスラエル軍の残虐行為を世界に訴えるため、
町を修復せず、そのままにしている。
当のイスラエル政府は、そのシリアのやり方を非難し、
町が破壊したのは両軍の攻防の結果であることを主張し、
シリア側が自ら町を破壊し、それをイスラエル軍の破壊行為に仕立て上げている。
と反論しているが、その真相はここを訪れただけのオレにはわからん。


旅行者でもクネイトラを訪れることは可能だが許可書が必要。
代理店なんかでたまに許可書はいらない。
なんて言われることもあるけど、絶対必要です。


ソマリエ・バスターミナルで、
クネイトラ行きのセルビス(乗り合いタクシー)を拾う。
ダマスカスからは約一時間弱。


一時間弱のバス代がSYR20(40円)なのは、さすがシリア。
クネイトラ手前の町で、バスを乗り換える。
数人いた乗客もひとり、ふたりと降車していき自分一人になった。


二つあるチェックポイントのふたつ目に来た辺りで、
ドライバーが警備のおっちゃんとモメだした。
情報ではここで、公認ガイドが乗車してくる予定なんやけど一向に現れない。
ドライバーはしきりに腕時計と後部座席を指差し、
「一人の旅行客の為に何十分も止まってられるか!」
と言わんばかり。


我慢の限界に来たドライバーは、
警備のおっちゃんに交渉した後、
オレをここに残し、引き戻すことを宣言した。
警備のおっちゃんも、こっちに来な。と手招きしている。


チェックポイント横にある小屋で
警備の人間数人に囲まれ待機するオレは、
通りかかる関係者から見ると完全になんかやらかしたヒト。


しばらくすると案内人らしき若い男がやってきた。
歩きで、町を案内してくれるらしい。
そんなに英語が喋れるわけでもなく、公認ガイドかどうかは不明。


天気もよく歩きも悪くない、
通行人、通行牛もその辺を歩き回り変にゆったりした時間が流れている。

しかし歩き始めて数分もすれば、
クネイトラがどういった町であるかを思い出さされる。


粘土をグーで潰したかのような、いびつなひしゃげ方をした建物、
銃弾、爆撃でスカスカになった建物、
悪ガキの実験台になったカエルのように
丸焦げになりひっくり返った車は、この長閑な風景を完全に無視している。


案内人は、特に歴史を語るわけでもなく、
通り過ぎる建物がどういう建物であったかを教えてくれるだけ。


数か所回った後は、教会跡へ。
他の建物に比べあまり破壊の跡がない。
外壁には兵士か一般市民が描いたと思われる兵士の画が。



3325



それとは対照的に、
教会の後に行ったモスク跡はしっかりと破壊されていた。
屋根が吹き飛んでいる。



3328



他にも屋根が未だに残っている建物には、
丁寧に天井にまで銃弾が撃ち込まれている。



3326



案内人によれば、まだクネイトラに住んでいる人もいて、
案内人自身もクネイトラ出身で、
大学の学期中だけダマスカスへ行くらしい。


歩きまわっている時に見かけた
通行人・通行牛もここに住んでいる人らしい。



一番破壊がひどかったと言われる病院へは、
遠かったのか、めんどくさかったのか、
訪れることなく、40分ほどのガイドを終える。


案内人にお礼を言って別れると、
男は警備員に向かって何か言い、歩いて草むらの遠くに消えていった。




2010年現在、
シリア政府はここクネイトラに破壊を記念する博物館を建てているらしい。



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