ヒトを感動させるモノって
いったいナンでしょうか?
「やはりナニをするにしても
一生懸命に取り組んでいる姿に
私は感動をおぼえますが・・・。」
そうですよね。
それはヒトに魅(み)せるワケですから
それなりのパフォーマンスも
必要かとは思いますが、
(それはヒトに魅(み)せるワケですから
それなりのパフォーマンスも
必要かとは思いますが)
それはアクターでもシンガーでも
演奏家でもソウですが
何らかのパフォーマンスのときに
観客との共感が生まれ
そこから舞台が
思いがけないコトに
移行するとき・・・。
観客が予想をくつがえす行為
を受けたトキ・・・。
つ ま り
観客のみなさんが
非日常を体験するときに
感動が生まれるのではないか
とそう思われます。
<<クリップル・クラレンス・ロフトン登場!>>
今日ご紹介するブルーズ・マンは
クリップル・クラレンス・ロフトンです。
(今日ご紹介するブルーズ・マンは
クリップル・クラレンス・ロフトンです。)
彼は生まれたときから
足に障害があります。
ところが彼の最初のキャリアが
なんとタップダンサーです。
「それは大胆(だいたん)な選択を
したモノですね。」
ええ。彼は踊りながら歌い、
口笛を吹いたりもしたそうです。
スペインのダンサーのように
指を鳴らしたりとかも・・・。
「当時としてはカナリ
斬新(ざんしん)だった
のではないでしょうか?」
技術的には洗練(せんれん)されて
なかったようですが、
みなさん彼のエネルギッシュな
パフォーマンスのファンだったそうです。
☆Cripple Clarence Lofton (Streamline Train) ♪
☆クリップル・クラレンス・ロフトン
(Cripple Clarence Lofton,
1887年3月28日- 1957年1月9日)
アメリカ合衆国テネシー州 キングスポート生れ。
ブギウギ・ピアニスト、シンガー。
彼はタップダンサーとしてのキャリアから始まった。
イリノイ州のシカゴへ公演でブギウギにタップダンスを
取り入れた。
彼の足は先天性欠損症でいつも足を引きずりつつ
歩いていた。でもそれが彼のショウ・ビジネスのなかでの
名声を得た後も変わることはなかった。
彼のエネルギッシュな舞台度胸は公演のトレードマークだった。
彼は踊りと歌にくわえ口笛を吹いた。
1917年にシカゴに移る。
1930年代から多くのアーティストを伴奏する。
1935年4月2日自己名義での初録音。
ビッグ・ビル・ブルーンジーとの共演でヴォキャリオンに
2曲を吹き込む。
1940年代になりブギウギ・ブームが低迷し彼は早くに引退をした。
1957年1月9日に脳血栓で死ぬまでシカゴの周辺に住んでいた。
(ウィキペディアより抜粋)
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