ザ・コミュニケーション ”達人への道”(改)  今夜はブルーズ・ナイト♪

妙にブルーズが聴きたくなると言うときってありませんか?それでプレイしている彼らとは、一体、どの様な人物なのでしょうか?これからご紹介するユニークなアーティスト。彼らの生き様がアナタの人生において素敵なスパイスになりますように。


テーマ:

<<今日はいきなり紹介から>>


B.B.キング、フレディー・キングと並び、

モダン・ブルースの3大キングの一人として称されます。


もうこのアタリから

おわかりかと思いますが・・・。


「おそらくそのブルーズ・マンの

お名前は○○○ー○・キングですか?」




そうです。

ついでにもっと特徴をお伝え

しますと・・・。



身長192cm/体重118kgの巨体で、

あだ名は「ベルベット・ブルドーザー」。


「なにやらプロレスラーの

紹介のような印象を受けますね。」(笑)


(「なにやらプロレスラーの
紹介のような印象を受けますね。」(笑))



某、田中角栄(たなか かくえい)さんの

あだ名が確か

”コンピュータつきブルドーザー”でしたね。


(某、田中角栄(たなか かくえい)さんの
あだ名が確か”コンピュータつきブルドーザー”
でしたね。)


☆田中 角榮(たなか かくえい)

日本の政治家。、内閣総理大臣(第64・65代)などを歴任。

党人政治家でありながら官僚政治家の長所を併せ持った

稀有な存在であった。

首相在任中には、中華人民共和国との間の日中国交正常化や

日中記者交換協定、金大中事件、第一次オイルショックなどの

政治課題に対応。




ともかくカラダが大きくてとても

パワフルーなサウンドが魅力です。





<<アルバート・キング登場!>>



今日ご紹介するブルーズ・マンは

アルバート・キングです。


(今日ご紹介するブルーズ・マンは
アルバート・キングです。)



チョーキングを多用したシンプルかつ

豪快なプレイは、ブルース界のみならず、


エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックスら

ロック・ギタリストにも多大な影響を与えたと

いわれています。



なにしろ

彼のプレイ・スタイルは

観ていて嬉しくなりますネ。


それは彼の音楽に対する

その姿勢がとてもポジティブなコトに

由来するからかもしれませんね。


ココロからのワクワク感を

感じとっていただければ

と思います。


☆Albert King - "As The Years Go Passing By" Live Sweden 1980♪


☆Albert King - Please Come Back To Me♪



☆アルバート・キング


(Albert King, 1923年4月25日 - 1992年12月21日)


アメリカ合衆国ミシシッピ州インディアノーラ生まれ。

ブルース・シンガー、ギタリスト、ドラムス。


本名はアルバート・ネルソン。B.B.キング、

フレディー・キングと並び、

ブルース・ギタリストの3大キングと称される。

(血縁関係はない)




5歳のとき、綿花畑で働きながら、独学でギターを習得した。

ブラインド・レモン・ジェファーソンなどに

感銘を受けた彼は、ブルースをプレイするようになる。



1950年。オセオラに移住しT-99クラブのレギュラー・バンド、

イン・ザ・グルーヴ・ボーイズのメンバーとなった。

またラジオ番組のショーでもプレイしていたという。



1953年11月、パロット・レーベルでのセッションにて

自己名義の初レコーディング。


1959年、セントルイスにて地元のボビン・レーベルと契約。

彼のトレードマークとなるフライングVギター、

ルーシーをプレイするようになった。



1961年の"Don't Throw Your Love On Me So Strong"は、

R&Bチャート14位という大ヒットを記録した。



1966年、かの有名なスタックス・レコードと契約し、

アルバートの黄金期が訪れる。


ブッカー・T&ザ・MG'sがバックを付け、

ファンキーでソウルフルな新たな境地と言うべき

サウンドを切り開いた。



1968年に「Born Under A Bad Sign」をリリース。

このアルバムは歴史的名盤との評価が高い。


1968年夏のフィルモア・ウェストにも出演するようになった。

演奏はライブ盤「Live Wire/Blues Power」としてリリースされた。



1971年、アルバム「Lovejoy」をリリース。

同作ではローリング・ストーンズの"Honky Tonk Women"を

完全に自分の音に料理して見せるなど、より幅広い音楽性を

みせるようになっていた。



1978年にはB.B.キングとのジョイントで初来日。

彼は1989年にもB.B.キングとともに再来日を果たしている。


1980年代に入るとアルバートは、ファンタジー・レコードと契約し、

2枚のアルバムをリリースする。


"I'm In A Phone Booth Baby"はオリジナルのロバート・クレイとは

ひと味もふた味も違うアルバート節を聴かせており、

アルバート健在を印象づけた。


1991年の「Red House」が彼のラスト・アルバムとなった。



1992年12月21日、彼はメンフィスで心臓発作のため急逝してしまう。

その数日前にロサンゼルス郊外での公演をこなし、

自宅に戻ってきた矢先の出来事であった。



                (ウィキペディアより抜粋)
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