一昨日までは暑がりでない私は
薄手のダウンロングコートを羽織って
お出かけしていましたが...

一気に気温が上がりました〜
日当たりの良い部屋は28度に...

上記の様な飲み物を欲する天気でした〜

ここ数年のパリは春うららといえる時期がないように
毎年感じています。
少しづつ気温が上がり徐々に花が咲き乱れていく
という春の季節感がなくなりました。

6月中旬ぐらいまで、肌寒かったりして
グズグズの天気が続き、7月入った頃に一気に
真夏のカンカン照りになります。

今日はこれ↓↓↓
噴水に足を入れてるパリっ子発見〜

日焼け?単に昼寝中?なのか謎のオッチャン…
お肌が白いお方なので無理されない方が良いと思い
ますが...とりあえず、爆睡のご様子。
平和的で何より…

この太陽を見よ!!! という感じの勢い…

パリ市庁舎です。新宿の東京都庁と同じ存在です。
フランス語でオテル・ド・ヴィルと呼ばれています。
東京オリンピックのあとの
2024年はパリオリンピックが出来るように
頑張っています〜。

オレンジ色の旗をなびがせているのは
BHVと呼ばれるパリの東急ハンズ的な存在の
デパート。

バザール・ド・オテル・ド・ヴィルの略でBHV.

バザールは元々ペルシャ語が語源。
基本は屋根のある市場という意味ですが

中東でバザールというと、バザールに行けば
何でも揃う的な意味合いというか感覚なので
そのイメージを狙ってつけられたのだと
おもいます。

元々はこのパリ市庁舎前の広場はその昔
"グレーヴ広場"と呼ばれていました。

そこでは古着やボロ布を売られる日があったり、
色々な物が売られる"バザール"的な催し物が
行われていて当時のパリっ子が集まって
賑わっていました!!

その名残りでこのパリ市庁舎の向かいにBHVが
今もあるわけですね!!

グレーヴ広場↓↓↓

日本時間の午前中にアップする事になるのですが
朝っぱらから、チョイ怖話で申し訳ないです~。

このグレーヴ広場はバザール以外の用途では↓↓

フランス革命以前は殆どの大きな処刑は
このグレーヴ広場で行われていました...OMG!!

思いっきり公開処刑です。
その当時のパリっ子は悪名高い
有名な罪人だったりすると
人気のロックバンドのコンサートに群がるファンの
如くに集まっていたそうです。

今から260年前のパリの日常の一コマ…
タイムスリップしてみたいけど

処刑見学はノンメルシーだな〜。

蚤の市は行ってみたい〜。
でもその当時は大々的な処刑翌日に
バザールが同じ広場で開かれていたらしいから

やっぱりそれだったら嫌だな〜。
流石に掘り出し物探す気になれないなー。

朝っぱらからこんな話を続けて申し訳ないですが、
ついでなので...

コンコルド広場ではフランス革命後に
悪名高い"ギロチン"が現れて多くの人々の
命を奪いました。

因みにこのギロチンで
首を切られる処刑を受けるには"貴族"でなければ
なりませんでした。

先祖代々貴族の家柄という家系の場合、一人か二人は
首を切られてなくなっている人がいるらしく
その"貴族である"というタイトルがまがい物でないか
どうかを調べるためにお墓を掘り起こして調べる事も
当時されていたそうです。

首が切れたガイコツがあったら
"貴方は由緒ある古い家系だったんですね。
有名な貴族の家柄ではないですが..."という
具合ですね。

本当にその当時の感覚は強烈すぎます〜。

耳を疑う怖い小話ですが...

コンコルド広場の処刑に立ち会った多くの
野次馬見学のパリっ子市民達は、
あっという間に終わるギロチンを見たあと
"やっぱり物足りない〜"と小唄を歌っていたそうです。
恐るべし、昔の感覚...野蛮すぎる〜

今はこんなメリーゴーランドも設置されちゃって
平和そのもの…
今のパリ市庁舎前の広場は"グレーヴ広場"などとは
呼ばれていません。

暗い過去を封印したいんだろうなーと思ったり。

そんなこんなで、
やっぱりパリの右岸は歴史も古く重たいわ~と思う
今日この頃…
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