晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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『大阪春秋』平成29年新年号・通巻165号は
特集「いまよみがえる三好長慶の世界」です。
写真図1 表紙


編集主幹の長山公一氏から送られてきた意図は?
◇第一線で活躍する歴史家たちの最新の研究成果と、
  各地で盛り上がりを見せる三好氏愛好団体の活動をとりあげ、
  従来の三好長慶像(イメージ)の転換を図ります。

 

意欲的ですネ。
そんなに「従来の三好長慶像」ちゅうのはひどかったん?

天野忠幸「総論 三好長慶 河内飯盛城より天下を制す」の
「長慶はどう評価されてきたのか」に
江戸中期から後期にかけて
根拠のない嘘がひろまったとか、
司馬遼太郎『街道をゆく』では・・・・。
書くのはやめます。
「多くの市民の認識」が、この一冊で覆るのです。

 

「三好氏のふるさと 阿波勝瑞」
「戦国の自治都市堺と三好氏」
「三好氏の城 芥川・飯盛・勝瑞をめぐって」など
各地の教育委員会、博物館関係者による
地域研究に即した論考など
長慶・三好一族にまつわる歴史を
誠実に紹介しています。

 

この雑誌の特徴はアカデミック?な論調だけではありません。

今回の特集でおもしろいのは
長慶の人物像を、多面的にとらえている点です。
「三好長慶の連歌」
「戦国茶道文化と三好氏」など
長慶が文化をたしなむ人物であったことを照射しています。
「三好氏と禅宗」
「法華宗の広がりと三好氏」などは
戦国三好一族を宗教のアングルで切り取っています。

 

それだけで終わらないのが最近の『大阪春秋』です。
スペシャル鼎談「三好長慶 徳島と大阪のかけはしに」では
「くびちょう」が登場して
いかに街おこしをするのに
三好長慶に期待を寄せているのか、
NHK大河ドラマ実現に向けての
熱意と懸念を
熱っぽく語っています。
三好氏・長慶の世界の版図は
ほぼ現在の関西広域連合のエリアと重なります。
「(因幡鳥取は支配しておりません)」とありますが・・・。

 

はたまた
「三好ネットワーク
まちづくりまちおこしのゆるやかな連携」
「三好氏・松永氏でまちづくりまちおこし」
「三好長慶のふるさと 徳島県へようこそ」となれば
主人公は、「長慶」にまつわる地域の住民です。
最後に天野先生編の「三好長慶略年表」で
知識・情報を整理することをお薦めします。

 

なお『大阪春秋』は
近畿とくしま歴史講座
「三好氏の歴史をNHK大河ドラマへ」を
共催しています。
写真図2 歴史講座のチラシ

『大阪春秋』も編集同人による雑誌から
情報社会に開かれた雑誌に
確実に脱皮しています。
新年号をご覧ください。
最寄りの書店でお求め下さい。

 

『大阪春秋』編集委員からの
熱いメッセージでした。

 

究会代表   田野 登

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近世大阪の地誌や絵地図を
史料として読んでいて
どうしても腑に落ちないところがあります。
並河誠所による『五畿内志』(『摂津志』)に
もそれがみられます。
そこで*『江戸知識人と地図』に当たりました。
*『江戸知識人と地図』
  :上杉和央2010年『江戸知識人と地図』
   京都大学学術出版会

 

該書は冒頭《序章 知識人たちの森へいざなう地図》に
書物と地図を「情報媒体」として括って述べます。
◇書物や地図といった情報媒体と人間との関係には、
人間(作者)の持つ知識を書物内や地図上に情報として表現する過程
―書物ないし地図の「作成/作製」―と、
そこに記された情報を人間(読者)が「知識」として吸収する過程
―書物ないし地図の「受容」という大きな側面を確認することができる。

 

書物と地図は
たしかに相互に連関しているものです。
地図は書物情報を図像化したものであり、
書物は傍らの地図に基づく記述であったりもします。
近世といった、歴史認識に気づき始める時代、
その時代に見えていたものが、
両者に共有されることは当然のことであります。

いっぽうで、今日から見て、理解しがたい解釈が
当時、書物をそのまま受容した地図に
反映されていたりもします。

 

この「理解しがたい解釈」が
ボクの理解不足によるものなのか、
当時の知識人に共通する

バイアス「歪み」によるものなのかが
問題です。

 

この地図作製と地誌記述の

関係につきましては、

該書の《第三部 地図と一八世紀の社会、
第六章 地図貸借から見える知識人社会》に
『摂津志』編者・並河誠所の地図作製のことが
記されています。


◇『五畿内志』作成にあたり、
 誠所は老中水野忠邦に

 「壱国宛之絵図」の借用を願い出ていた。
 しかし、地図がなくとも地誌編纂は可能である旨が
 老中から確認された上で却下されるということがあった。
 実際の巡視で地図を校合しつつ作製した背景には、
 このように事前に入手できなかった事情があったのだが、
 地誌編纂には

 必ずしも必要ないと自覚していたにもかかわらず、
 誠所は畿内各国の地図を作製していったことになる。

 

「実際の巡視で地図を校合しつつ作製」する営為は
実証的と評価される反面、危険な側面もあります。
下手をしますと、地誌編纂により得た知見で以て
地図を書き換えたり、
逆に地図を読み誤って

地誌を記述したりする可能性もあります。
 

地図の図像と地誌の記述に矛盾が見られないのは
当然で
辻褄合わせ、こじつけをしてしまっていることもあり得ます。

問題は調査のありかたです。
 

次回は、気になる誠所の「廻村調査」を取り上げます。

 

究会代表 田野 登

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『大阪春秋』164号は東淀川魅力満載です。
写真図 表紙



早速ですが、
「特集"なんかおもろい"まち東淀川」の
どこが「おもろい」のかです。 

いつもの『大阪春秋』らしく
ちょっとアカデミックな匂いのするのから
日常の生活情報まで
てんこもりな編集です。

どこが「おもろい」のかを答えれば
それぞれの記事が個性的で、
それでいて読了した時、
行ったことがなくても
なんとなく東淀川の全体が見えてくるところです。


巻頭スペシャル対談では

金谷一郎東淀川区長が登場します。
《東淀川らしさ再発見!

  まちの魅力と未来をさぐる》を
読めばこの特集の察しがつきます。
この特集の魅力は区民のたくさんの
人たちが登場しているところです。


ボクの街へのアプローチは
地面からにしています。
《”砂”の祟禅寺遺跡 ─考古学から見た東淀川─》は
発掘調査の成果に基づき、
弥生時代以後、古墳時代初頭の
祟禅寺遺跡が淀川の自然堤防からなる
微高地だったことが記されています。

歴史好きのボクは
《特別寄稿 崇禅寺と三宝寺

  ─禅における継承と断絶─》と
《江口の君幻視行

  ─神崎と野崎、伝承をつなぐもの》を
一気に読み進みました。
前者を読んで、この北中島に
中世寺院・三宝寺が存在したことを知り、
後者により、この地の江口がいかに重要な
水上拠点であることを再認識しました。
《柴島浄水場と大阪市の水道の歴史》は
大阪の近代史を

「水」との関わりで述べています。
これらの記事は、いわば歴史篇です。


「歴史」で終わらないのが『大阪春秋』です。
ちゃんと現在から未来を見据えています。
《東淀川の地域資源探訪》など
この記事にある現存する
橋や石碑などを訪ね歩きたくもなります。
《ECOまちネットワーク・よどがわ会長 一栁正義氏に聞く
  中島大水道と東淀川の原風景》は
この地の開発者末裔による、

過去から現在、未来に向けての証言です。
この他にも
《淀川キリスト教病院 ─全人医療で社会に奉仕する》   
《地域に学び 地域を変える 大阪高等学校》
《学生が語る 東淀川立地企業の魅力》があります。
この《・・・東淀川立地企業の魅力》の

取材先は以下のとおりです。
 ギター工房shoji /コリス株式会社/プチプランス豊里本店/
 株式会社丸赤製菓糸田川商店/株式会社神戸屋/
 飯田繊工株式会社/和田精密歯研株式会社

特集評言にある
「どこにでもあるような大阪の下町ですが、
 じっくり探すといろんな宝物が埋まっています」とは
このことかと読んでいて納得します。


《古き良きに新しきスパイスを加える
 東淀川区の人物たち》など
この雑誌は、なかなか、気配りも行き届いてます。
この街に住み、この街を愛する人々が登場します。
この雑誌を作った区民の郷土愛のほとばしりです。


以上、「特集"なんかおもろい"まち東淀川」の世界を
駆け足で紹介しました。
あれっ、ボクは編集委員の一人やったんや。


そうそう《"なんかおもろい"まち東淀川》の

発刊記念講演会が
下記の予定で行われます。
ご参集ください。

11月15日(火)午後7時~9時、
会場:東淀川区役所 3階区民ホール
第1部 講演「崇禅寺と三宝寺

         禅のはじまりは東淀川区にあり」
    西岡祖秀(崇禅寺住職・四天王寺大学名誉教授)
第2部 パネルディスカッション
   「企業と学生が語る

     東淀川立地企業の魅力」
   コーディネーター:

    山本俊一郎(大阪経済大学教授)
   パネリスト:「大阪春秋」掲載の企業と学生
参加費 無料
問い合わせ 東淀川区役所 電話:06-4809-9908

http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/higashiyodogawa/0000375931.html


究会代表 田野 登

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前回、*野本寛一先生の著作における
「鼠送り」の記事と
 近世大阪の「風の神送り」とが
通底する民俗を想定しようとの
意欲をボクは示しました。
   *野本寛一先生の著作:
  野本寛一、2016年『季節の民俗誌』玉川大学出版部

そのために、同書
〈Ⅳ 冬を迎え、冬を送る―その行事の深層
 三 コト八日と太陽〉における
民俗行事の比較的考察を紹介します。


●先に、コト八日行事のなかの追送型たる
 コトの神送りと
  「鼠送り」の接点についてふれたが、
 この追送型行事について考える場合は、
 人の暮らしに対する
 阻害要因を追送・追放することを目的とした
 民俗行事との比較的考察も必要になってくる。


以下、「鼠送り」の「阻害要因」たる「ネズミ」に
対応するものを送る民俗行事が挙げられます。
引用の続きです。
●それは、「鳥追い」「虫送り」「ミサキ送り」
 「モグラ打ち」「雛流し」、
 そして南島の「シマフサラー」などである。
 これらは、追送の民俗としてくくることができるのだ。


ここに追送の対象として列挙されているうち、
「ネズミ」と同じ動物は
「鳥」「虫」「モグラ」です。
「ミサキ送り」の「ミサキ」は
神の使いと信じられた動物です。
「雛流し」の「雛」はどうでしょうか?
「雛」は「流し雛」ですから
人形など形代となるモノです。
「シマフサラー」について
*沖縄発 ブロードバンドテレビの
ブログには次の記事があります。
 *沖縄発 ・・・ブログ:

  blog.okinawabbtv.com/seasa/?itemid=39077
この記事によりますと
厄払いの儀式で
「鳥の内臓などをのせた
 バショウで編んだイカダを海に流した」とありますが、
「鳥の内臓」までも「阻害要因」たる動物と
結びつけるのでしょうか?


引用の続きです。
●拡大すれば、害獣たる猪、その猪追いから、
 猪のムラ狩りにまでつながっていく。
 先に見た「鼠送り」や「猪のムラ狩り」などは、
 可視の害物の捕獲追送であり、
 行事も即物的側面をもつ。
 こうした即物的な行事が、
 不可視の病魔・悪霊を追送する
 コトの神送りのごときものに
 影響をあたえたという矢印も考えられる。
 鼠送りの遣らい詞と鉦・太鼓の囃しかたと、
 コトの神送りのスタイルは近似している。


「可視の害物」と「不可視の病魔・悪霊」を
重ね合わせるこの段に至って
「捕獲追送」という言葉に違和感を感じます。
「猪追い」と「猪のムラ狩り」との間には
違いを感じるのです。
害獣のムラ域外への駆逐は
「追送」でありましょうが
「狩り」はいかがでしょうか?


今、改めて
《『季節の民俗誌』に知る暮らしの古典(5)》に
引用した「・・・鼠の害が出た折、「鼠送り」をおこなった」の
「・・・」でボクが誤魔化した箇所を
挙げてみます。

「そうした害を予防する行事として」です。
「そうした害」とは
直前の「萱野が野鼠のために全滅すること」です。
臨時に行われた「鼠送り」は
殊更、「コト八日」に

結びつけることはないように思えます。


ちなみに「コト八日、二つの八日」について
該書は次のように記述しています。
●12月8日から2月8日の期間は、
 平易な表現をすれば「冬籠り」の期間であり、
 両日は、
 その入りと出のための
  忌みの日だったと考えることができよう。


今回の疑問点は、
野本寛一先生にお目にかかった時にでも
直接、伺うべきことだったかもしれません。

ともあれ、6回にわたって
このたび恵与賜りました
『季節の民俗誌』を拝読してみて
暮らしの古典を知った喜びを
思いつくまま記しました。
柳田国男の*「年中行事覚書」の
拾遺を補綴して余りある
この書を携えることの恩恵を感じます。
*「年中行事覚書」:青空文庫版
 
http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/53812_50600.html


究会代表 田野 登

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前回、追送型のコト八日行事の対象物を
即物的な物としての「鼠送り」を取り上げると書きました。


「風の神」をはじめ
人間に災厄をもたらすと信じられていた
邪悪なる霊は
目にはみえませんが、
ネズミは脅威を感じさせる
可視的な存在です。


ネズミと人類は長い間、

相重なる棲息領域を有していたのでしょうか?
古今東西、ネズミへの脅威は
想像にあまりあるものがあります。
開高健の1957年の*
小説『パニック』では
集団発生したネズミの大群は次々と
湖の中に飛び込み、パニックは終結しました。
  小説『パニック』:
  ja.wikipedia.org/wiki/パニック_(小説) -


中世ドイツにおける「ハーメルンの笛吹き男」の
伝承については

*ウィキペディア「ハーメルンの笛吹き男」
「伝説の起源に関する仮説」に
次の記述があります。
 *「ハーメルンの笛吹き男」:
   ja.wikipedia.org/wiki/ハーメルンの笛吹き男
●この伝説はまず例外なく、
 中世の製粉所のある町の
 最大の脅威であったネズミの集団発生と、
 時には成功を収め
 時には失敗する

  職業的ネズミ駆除人について述べている。


ここでは「笛吹き男」を
「職業的ネズミ駆除人」として
ネズミの集団発生を最大の脅威と
とらえています。
 
ようやく該書
野本寛一、2016年『季節の民俗誌』の
〈Ⅳ 冬を迎え、冬を送る―その行事の深層

 三 コト八日と太陽〉
「追送の民俗」に入ることにします。

●・・・鼠の害が出た折、「鼠送り」をおこなった。
 ムラびとたちが列を組み、
 鉦・太鼓を叩いて右の遣らい詞をくり返しながら、
 下のムラ、大沢の境の「神送り淵」まで送った。


この「鼠送り」が、
「鉦・太鼓を叩いて・・・・」
「神送り淵」まで送った」とは
まるで近世大阪の「風の神送り」と
変わらない行動をとっているのです。

この「鼠送り」の記事の話者は
「静岡県賀茂郡松崎町池代・
 山本吾郎さん・明治41年生まれ」とあります。
近世大阪の「風の神送り」が
直接、伝播したなど考えられません。
もっと深いところで
通底する民俗が想定されます。


次回、野本寛一先生による
民俗行事の比較的考察を紹介します。


究会代表 田野 登

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